英雄。新世代と共に成長する。後編②
三百人以上もいた“問題児”をユン一人だけで全滅させられた。
間近で見ていたタークたちですら、あまりの光景に絶句し、言葉が出ずにいた。
「――――」
「なんという……」
「…………」
力の差を。実力差をはっきり見せつけたユンにタークはギリッと歯を食いしばらせる。
「後はオメエらだけ。全員、ぶっ飛ばしてやるよぅ……」
「あ゛? そいつは不可能だ。俺はオメエよりも強ぇ。
ぶっ飛ばすのはオメエだよ」
タークは強きにも自分のほうが強いと言い切ってみせる。
「それだけじゃねぇ!!」
タークは腕を掲げれば、出入り口の方からゾロゾロと“問題児”が広場に入り込んでくる。
ユンは周りを取り囲んでくる“問題児”を見渡すも
「いいよ。
別に歯牙にもかけていねぇから」
些事に過ぎないと言い切ってしまう。
その言い分にタークは思わず聞き入ってしまう。
「……なぜだ?
なぜ、オメエのような男が東部のために命を賭ける」
「東部のためじゃねぇ。単純に俺個人、東部が好きだから守りてぇだけだ」
ユンはタークの問答に淡々と返す。
「オメエこそ、なぜ、こんな奴らの御山の大将なんざしてるんだぁ?
オメエ、強ぇだから。自由気儘にやりゃいいじゃねぇか?」
今度はユンから問い返される。
「ハァ? 俺が御山の大将だぁ?
自由気儘にやれだぁ?
なに、バカなこと言ってる。俺たちは東部から異種族が上だってことを中央の連中に見せつけてやるんだよ!!」
ユンの問いに対し、彼なりに答えを返したが、ユンはタークの答えに対し、鼻で笑った。
「無理だな」
「あ゛ぁ゛!!?」
「オメエ程度の実力じゃあ中央なんざに勝てるわけがねぇ」
ユンの脳裏に過ぎるのはズィルバーの後ろ姿。
彼がいるかぎり、東部が中央に勝てる未来はないとユンは分かりきってた。
「あそこには俺やオメエ以上にとんでもねぇ化物がいるんだ。
オメエ程度の実力なんざぁ。そいつの歯牙にもかからねぇよ」
ユンはズィルバーの実力と功績を知ってるが上にタークらなんかが束になって挑みかかろうが敗残に帰するのが目に見えていた。
「だいたいよぅ。オメエ程度の器じゃあ。中央に勝てる見込みがねぇ」
「俺程度の器で中央に勝てねぇだと!?」
「事実だろ? 俺が見るかぎり、“問題児”を背負うだけでも悲鳴をあげてるじゃねぇか」
ユンの言い分ももっともで。タークは確かに人の上に立つ器こそあれど。皆を牽引するだけの力を持ち合わせていない。
東部の絶対なる掟。
“強さこそ絶対”。という掟に準じて“問題児”を束ねてるだけにすぎない。
だからこそ――。
「だから、オメエはそこにいる彼女を含めた強ぇ奴らを従えていねぇんだよ」
ユンは成し得たい器の格が違うと言い切る。
「だいたい、オメエが言ってることが俺には嘘っぱちにしか聞こえねぇな」
バリバリと雷を迸らせるユン。
「だったら――
それを証明しやがれ」
タークも鎌を手にする。
「オメエが俺より強ぇところをよ!!」
地を蹴ってユンに立ち向かっていくターク。
同時に周りにいる“問題児”も加勢にするかのように襲いかかった。
真っ正面から突っ込んでくるタークのみに意識を向けるユン。
しかし、左右後方から“問題児”が一気呵成に襲いかかってくる。
ユンは左右を一瞥した後、呆れたと言わんばかりに溜息を吐く。
「鬱陶しいんだよ……」
彼の身体に帯びる雷が激しく迸る。
「“大放電”!!」
指向性を持った雷が解き放たれ、有象無象の“問題児”が痺れ上がって気絶する。
倒れていく“問題児”を無視し、タークはユンへと近づいてくる。
「来い」
「いくぜぇ」
今、ここに二人の少年がぶつかり合う。
「むぅ……」
レイルズは広場の状況が分からず、業を煮やしていた。
すると、生徒たちに動きがあり、徐々に広場の方へと足を進んでいる。
「ん?」
「学園長……」
訝しむレイルズたちだが、生徒たちが動きだしたのなら好機だと思い、立ち上がって生徒たちの間を割って入る。
「あぁ。退いてくれ、生徒たち」
レイルズは生徒たちに道を分けるように言いながら広場へと進んでいく。
広場へと足を運んでいる最中、生徒間の話を耳に入れる。
「おい、ユンっていう一年に“問題児”が返り討ちに遭ってるらしいぜ!?」
「私が聞いた話によると三百人以上もいる“問題児”をたった一人で片付けたらしいよ」
「近くで見ていた子の話によると、拳と蹴りだけでぶっ飛ばしてるらしいよ」
という話を耳にして、レイルズは動揺を隠しきれない。
「なに――?」
(ユン。たった一人で“問題児”を叩き伏せてるだと!?)
とても信じられないことだった。
東部における“問題児”は大半が異種族。
つまり、人族よりも身体能力に長けた種族ばかりだ。
その彼らが人族であるユンに叩きのめされていることになる。
これではまるで――。
(まるで、初代様そのもの――)
「加減とか考えずにぶっ飛ばしてるから。見ているだけで爽快感があるよね」
生徒の話を聞き、レイルズはかつて、読んだ歴史書を思い返す。
(伝説では初代様は東部や愛する者のためなら、単独で戦場に出て、たった一人で数千の敵を返り討ちにさせたという――)
思い返すうちに彼は一つの可能性に思い至る。
「まさか――」
「学園長?」
講師の一人がレイルズに声をかけるも彼は反応を示さなかった。
(まさか、ユンが初代様再来だというのか!?)
彼は全身に悪寒が走り、生徒たちを掻き分けて城内広場へと入る。
広場に入り、彼は目撃する。
金髪をした少年――ユンが“問題児”の筆頭――タークを相手に力を見せつけていたのを――。
縦横無尽に鎌を走らせ、吼え上がるターク。
「ッ――!!」
ユンは無意識下ではあるものの“静の闘気”による感情を読み取り、動きを先読みして最小限の力で回避する。
回避する際の力を利用し、タークの土手っ腹に回し蹴りを叩き込む。
「ゴホッ!?」
回し蹴りを綺麗に決められて、腹を押さえながら咳き込むターク。
「利いたぜぇ……」
「見かけによらず頑丈っぽいな」
「ったりめぇだ。俺は誰にも負けたくねぇんだよ!!」
「奇遇だな。俺も二度と負けたくねぇ!!」
互いに吼え、男の勝負を続けた。
「“音速”!!」
両手に一本ずつ持つ鎌を振るい、空気も斬り裂く飛ぶ斬撃をくりだす。
「面白ぇ!!」
ユンは右手を横に構える。
「“斬り裂け、手刀斬”!!」
右腕を振るえば、“闘気”を帯びた斬撃が放たれる。
ユンが放った斬撃が、タークが放った斬撃を相殺させ、その間にユンは突っ込んでいき、追撃を仕掛ける。
「“爆裂拳”」
“動の闘気”を纏った右拳がタークの顔面にクリーンヒットする。
助走の勢いを乗せた拳だ。振り切れば、タークは吹き飛ばされ、ゴロゴロと広場を転がっていく。
ゲホゲホと咳き込み、唇を切ったのか血が垂れる。
タークは垂れる血を拭い、立ち上がる。
「俺はまだ終わってねぇぞ」
「俺もだ」
不敵に笑い合う二人にユキネやエルラたちは参戦することができなかった。
彼らとて分かっているのだ。単純に実力がない。
自分らよりも実力のあるタークと張り合えるユン。
仮にユンがタークを倒したとすれば、それは同時に自分たちではユンに勝てないのと同義である。
故に彼らは手を出せずにいる。
子供同士の喧嘩とはいえ、互いに命を賭けて戦ってる。
そこに割って入るのは無粋だというのを本能的に理解していた。
「アァアアアアアーーーーーーーー!!!!」
猛るユンの左ストレートが頬に直撃する。
「ゼァアアアアアーーーーーーーー!!!!」
鎌を振るった斬撃がユンの胴を斬りつける。
なおもユンとターク。拳と鎌がぶつかり合い、打撃と斬り傷を負っていき、血が舞ってく。
互いに攻撃あるのみとも言える猛攻。
全力猛攻に誰もが目を見張る。
猛攻が一時的に終わり。互いに距離を取った。
「ハアハア……」「ハアハア……」
互いに死力を尽くして戦ってる故に汗が滲み、汗とともに流れ落ちてく血。
「オメエ……ほんとに人族か……その見た目でなんて力していやがる……」
「そっちこそ……異種族にしては、強ぇじゃねぇか……」
息を切らす二人だが、ユンは手をグーパーグーパーして、感覚を確かめる。
「よし」
「ん?
なに、笑みが浮かべてるんだ?
まさか、もう勝った気でいるのか?」
「そのまさか。いやぁ、そこまでの実力を持ちながら、俺にはあって、オメエにはねぇとは驚いてんだよ」
「俺にねぇもの?」
タークは訝しげ小首を傾げる。
ユンが言ってる意味が分からなかったからだ。
「そいつは――」
ニッと口角を上げ、全身に雷を帯びる。
「覚悟、だ!!」
言い切れば、全身から雷が迸り、両拳に“闘気”と雷が纏っていく。
纏わっていく雷に警戒を強めるターク。
「見せてやる。
これが東部を守り通してく俺の姿だぁ!!」
とどめの一撃と言わんばかりの気迫にタークはビクついた。
咆吼を上げ、“闘気”と雷を纏った拳が振るわれよう……とした。
だが、すんでの所でドサッとユンが倒れ込んでしまった。
「えっ――?」
「えっ?」「えっ?」
いきなりのことで困惑するタークたち。タークに至ってはとどめの一撃を振るわれんばかりに気構えていたが、急にユンが倒れだしてしまったため、二の足を踏まされてしまった。
彼らは視線を下に向ければ、髪の色が金髪から藍色の髪に戻っており、寝息を立ててたユンを見る。
「あれ?
もしかして――」
「寝ちゃってます、ね……」
タラリと水滴を流すユキネとエルラ。
ハァーっと息を吐いたタークはその場に座り込んだ。
「…………」
座り込む彼は眠りについてるユンを見る。
(危なかった……最後の一撃を喰らってたら、俺は確実に負けていた)
『見せてやる。
これが東部を守り通してく俺の姿だぁ!!』
彼の頭には先ほど口にしたユンの言葉が復唱される。
「覚悟、か――」
ハッとタークは鼻で笑い、ユンを見続ける。
「ユン・R・パーフィス……人族のくせにクソ強ぇ」
「ターク――」
エルラは心配げにタークを見つめる。
「勝負は引き分けちまったが、俺の負けだ」
なんと、ターク自ら敗北を宣言する。
ユキネやエルラたちは驚きを隠せない。
タークは人一倍に我が強い。その彼が敗北を認めさせたのだ。
同時にユンの強さを認めたということになる。
「まっ、人格やら雰囲気が変わる大将ってのは初めての経験だが――」
彼はフッと笑みを零す。
「それはそれでこいつの強さなんだろーよ」
盛大に笑い飛ばした。
笑いだす彼にキョトンとするユキネたち。
「オメエら。この喧嘩は俺たちの敗北だ。
盛大かつ完膚なきまでに敗北しちまったのは悔しいけど、掟に従え。
俺たちはユンの下に就く。文句のある奴は今すぐ出てこい!!」
叫べば、立ち続けてる“問題児”共は反論する気はないと首を横に振った。
「変な形で終わっちまったが……
オメエが俺たちの大将だ。ユン」
ズタボロになったタークが同じくズタボロになって眠ってるユンに向けて、リーダーとして認めると言い放ったのだった。
外野で見ていたレイルズは一部始終を見届けた。
いろいろと驚く場面があったが、一番の驚きは人格と雰囲気が変わったユン。
彼の人格の変化にはレイルズも聞いたことがなかった。
しかし、“問題児”を相手に力を見せつけ、リーダーに据えたという事実に驚きを隠せずにいた。
ただし、言えることは一つだけあった。
(東部を守り通してく、か……大きく言ったな、息子よ)
父として息子の成長を心より喜んだのだった。
ネルはユンの過去を思い返し、あの時にはできたものが、今のユンにないことが彼女が苛立ちを募らせていく起点だった。
『ねえ、ユン。
あなたはどうして、覚悟を見せないの?
あなたに東部を守り通してく意志はあるの?』
「ッ――!?」
彼女の言葉がユンの心に深く突き刺さる。
『“人格変性”で初めて、人格を交代したとき、あなたから放たれる“闘気”には凄みがあった。覚悟があった。
でも、今のあなたは覚悟を抱きたいっていう意志を感じられない。
あなたは仲間を信じ、信じ合えることで揺らいだとでも言う気?』
(…………)
ネルの言葉が鋭く、ユンの心を深く突き刺さっていく。
『そんなんだったら
……仲間を信じ合えるなんて思わないで!!
今のあなたたちは掟に準じた集団にすぎない!!
お互いに託し合えるのが本当の仲間よ!!
それぐらいだったら、あなた一人で戦ってる方がまだマシよ!!』
(ッ――!!)
ネルに言われるだけ言われて、ユンはようやく、ネルが言外に言おうとしていた本懐が読み取れた。
(そうか――)
彼は愚かしいことに『東部を守らないといけない』と背負い込みすぎていたのだと自覚した。
(俺はとてもバカげてた。
口では言っていても、本心は一人で全部抱え込んでいたんだな。
そりゃ、感覚も鈍るわ)
ユンは身の丈に合わない。いや、年齢に似つかわしくない想いを背負い込みすぎてたことに気づく。
(誰かさんに比較されたくなくて、二度と負けたくねぇと思ってたが
……それが逆に背負い込みすぎてたってわけか)
ハアと盛大に溜息を吐くユン。
「全く……」
ユンはポロッと独りごちる。
「不釣り合いなことをすると人ってダメになるんだな」
急に彼はフッと笑みを零す。
「あぁ~。
簡単じゃねぇか」
途端、ユンの口調に変化が起きる。大人しい口調から荒々しい口調へと変化していく。同時に髪の色にも変化が起きる。
「俺にだって譲れねぇものがある。
大事なものを守りてぇ。
それだったら、やりてぇようにやりゃいいだけの話じゃねぇか」
その在り方はまさに目の前で対峙してるベルデと同じであった。
ベルデはユンが自分と同じ“人格変性”の異能保持者だと知り、ニヤッと不敵な笑みを浮かべる。
「なんだ、急に笑えば、雰囲気が変わりやがって――」
(ここからが本当の勝負だな)
「ああ。俺自身、バカだったってことに気づけてよ。
俺は俺のやり方で東部を守り通してく。そのためだったら、どんな敵だろうとぶっ飛ばしていくってな」
バリバリと雷が身体に帯びていく。
「だがよぅ、統治していくには政治ってものがあるぜぇ」
「そんなの
……穏やかな俺がすればいいだけの話だ。
気性の荒ぇ俺は敵をぶっ飛ばすことだけ考えてればいいんだよ」
ユンは明確な答えで言い返せば、ベルデは盛大に笑い飛ばした。
「正解だぁ!!
どっちの人格も所詮、自分でしかない。
役割なんざ分担すればいい。
だが、穏やかだろうが、気性が荒かろうが許せねぇ敵がいればぶっ飛ばす。
それが“人格変性”を保持する俺たちの本懐だぁ!!」
自分らの存在意義を言い放ち、雷が激しく迸り、身体に帯びていく。
「やることなんザァ、変わりねぇ。
俺は――」
「行く道を阻む敵を――」
「「ぶっ飛ばすだけだ!!」」
覚悟が定まったユンにネルはクスッと笑みを零した後、気性の荒い人格へと変化していき、盛大に言い放った。
『ユン!! やることは一つ。
目の前が先祖だろうが関係ない!!
我が道を阻む敵を薙ぎ倒してけ!!』
「ああ!!」
全身に雷を帯びたユンは雲を蹴ってベルデに突っ込んでいく。
「来やがれ!! 子孫!!
東部を守り通してきた男の力を見せてやる!!」
互いに吼え上がり、目の前の敵をぶっ飛ばしてくことしか頭になかった。
バチン、バチンとなにかがぶつかり合い、衝撃波と同時に雷が迸る。
「ハハハハーーーーーー!!!
いいぞ。その調子だ!! 怖ぇぐらいにパンチが鋭いじゃないか!!」
ユンに殴られてるにもかかわらず、ベルデは笑ってた。
「ハハッーー!!
先祖様も鋭ぇ爪の切れ味だ。斬り裂かれるだけで痛みが脳天まで直撃するぜぇ!!」
ベルデが爪を振るわれ、斬り裂かれてるにもかかわらず、ユンもユンで笑ってた。
ユンは猛りながら、右拳に“動の闘気”と雷を纏わせる。
「“壊せ、雷鳴爆拳”!!」
纏わせた右拳が左頬に直撃し、ベルデは殴り飛ばされる。しかし、彼も彼で伝説の大英雄だ。
攻撃を受けながらも反撃の一手を加える。
「甘いぞ!!
ガキ!!!
“雷神脚”!!」
ユン以上に“動の闘気”と雷を纏わせた左脚が右脇腹に突き刺さった。
殴られ、蹴られた衝撃が互いに鋭く貫通し、衝撃で別々の雲でできた丘に叩きつけられる。
叩きつけられた痛みよりもベルデに蹴られた痛みで口から血を吐き、真っ白な雲も真紅に染め上がっていく。
喉の奥から込み上がってくる赤い激流もユンはゲホゲホと吐き出した。
右手で脇腹を押さえながら、身体の損傷を確認する。
(内蔵の至るところが悲鳴を上げてる。
あばらは二、三本逝ったな)
口の中を鉄の味で支配されてもなお、ユンは立ち上がり、雲海に隔たれた向こう側で同様に起き上がるベルデの姿を視界に収める。
ハアハアと荒い息を吐きながらもユンはニッと笑顔を浮かべた。
ベルデもユンと同様に笑顔を浮かべていた。
「楽しいなぁ
……先祖様よぅ」
「俺もだ」
気持ちを昂ぶらせ、気分が最高潮であり、ところどころ血を流してるというのに二人は自分が負けると全然想像していない好戦的な笑みを浮かべてた。
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