英雄。新世代と共に成長する。中編
決戦まで残り九日。
耳長族の里で鍛錬してるズィルバーたち。
彼らは森全体の空気に身体が慣らすことができず、悪戦苦闘し続けている。
「ハア…ハア…」
「苦しいぜぇ……」
「ハア…ハア…ハア…ハア…」
息を切らし続けるシノ。
彼女は“無垢なる蒼空”をしつつ、“闘気”と同時に身体能力を鍛え続けていた。
「く、そ……」
(まだ、ここの空気に身体が、慣れない……)
シノは目線を見上げれば、アルバスとアウラが息一つ乱さずに見下ろしている。
「…………」
(この環境の中……息一つ乱さないなんて……)
経験値の差があれど、力の差を見せつけられると思うと腹が立ってくるのをシノは心の奥底に募らせていた。
逆にアウラは剣を片手にシノを見下ろしていたが、胸中では驚きを隠せずにいた。
(……なに、この娘……意図も容易く、“無垢なる蒼空”を使いこなし始めてるの……
“無垢なるシリーズ”は人族の中でも“両性往来者”や“人格変性”とは違った稀有な異能体質……扱えるだけでもすごいことなのに――。
この娘はなんで、オンオフができるの……)
ゾッと背筋に冷や汗が流れ落ちるアウラ。
彼女はシノが“無垢なる蒼空”を使いこなし始めてることに恐怖を覚え始める。
(……この娘)
アウラはシノを見続け、恐怖を抱いたまま、胸中で口にする。
(心に恐怖とかないの?)
そう。心に恐怖を一ミリも抱いていない。いや、一ミリも恐怖を抱かない。
心が――。精神が強くなければ……圧倒的な実力差のある強敵を前にして諦める気持ちを抱かないのがおかしく思えてしまう。
肩から息をしているシノ。
里の最奥――。
森の最奥――。
神代の空気に晒されてもなお、彼女の心は折れなかった。
いや、心が強くなったというのが正しい。
シノは生まれてこの方、劣っている日々を送っていた。
彼女は明るく活発な娘かと言われたら、そうではない。
物心をついた時に一番大事な家族、母親を病気で他界した。父をライヒ皇帝に持つも幼い頃から家族としての時間を過ごしていないためか、母を病気で他界したきっかけに一人で生き残るための力と知恵を持たなければいけないという義務感を抱き始める。
しかし、同時期に彼女にとって最大の好敵手が立ちはだかった。
そう。ティアである。
彼女は生まれついての武芸の才能に秀でていた。
女の端くれなのに剣の才能に秀でており、[戦神ヘルト]に憧れ、軍学を学び始めたのをシノは今でも忘れずに覚えている。
(どうして……)
この時、彼女は苦悩した。
悲しんだ。
嫌悪した。
(どうして、ティアは私より才能が秀でているのよ!?)
自分が先に努力し始めたのに、後から努力し始めたティアに追い抜かれてしまった現実になにもかも投げ出したくなってしまったこともあった。
皇家にいた頃から誰もがエリザベスが仮に死去したとしてもティアに皇帝を即位することができると思われていた。
しかし、現実、ティアは皇帝の勅命でファーレン公爵家の嫡男――ズィルバー・R・ファーレンの婚約者として嫁ぐことが決まったのをシノは今でも覚えている。
シノはティアが先へ進んでいる現実が許せず、いつの日にかは追い抜いてやりたいという野望を抱くことになった。
だが、現実は厳しく、シノはズィルバーと一緒にどんどん先へ進んでいく。
どんどん先へ進んでいく彼女の姿にシノは哀しみに明け暮れ、嫁ぐことになったパーフィス公爵家の嫡男――ユン・R・パーフィスと共に東部の学園に転校することにした。
先へ行くティアを追い抜いて見返してやりたいという気持ちが強くなる一方だった。
“闘気”とは心の持ち方一つで大きく変わることはないが、自分に疑いを持たない強さを抱いていれば、大きく発揮する力。
もとい、神代の空気を残す耳長族の里で“闘気”を放出することは魔剣によって無理やり“闘気”を放出されているのと同義。
しかも、“無垢なる蒼空”で溢れ出る“闘気”を無駄に放出してることからシノの根幹に眠る力が呼び起こすことになった。
「いい加減に――」
シノは矢の鏃に身体から溢れ出る“闘気”を収束させていく。
だが、同時に溢れ出た“闘気”につられて眠らされた力が引き出された。
「――その顔に傷跡を残してあげる!!」
彼女が吼え上がったのと同時に左目から濡れ羽色の魔力が洩れ、左手の甲から紋章が浮かび上がり、濡れ羽色の雷が迸った。
「ッ――!?」
「なっ――!?」
鏃に帯びる濡れ羽色の雷にアルバスとアウラは驚愕を禁じ得ない。
「……」
(こ、これは――)
(まさか――)
「喰らいなさい!!」
シノは濡れ羽色の雷を帯びた矢を弓に携え、放たれた。
狙いはアウラのこめかみ。
確実に彼女を仕留めにかかった。
鏃には濡れ羽色の雷が帯びている。対峙するアウラは今までの経験から――
(この矢は、危険……)
だと、瞬時に判断し、首を横に振って矢を通り過ぎようとした。
しかし、予想外なことが起きてしまった。
「逃げたって無駄よ。
私の矢は必ず貫く!!」
予想外なことに矢の軌道がアウラのこめかみめがけて軌道が修正された。
「ッ――!?」
アウラも矢の軌道が修正されたことに動揺を隠しきれない。
(――矢の軌道が……いや――)
彼女はシノの左目から洩れる濡れ羽色の魔力と左手の甲に浮かび紋章に意識が削がれる。
左手の甲から洩れる濡れ羽色の雷。
左目から濡れ羽色の魔力。
双方を見て、アウラは息を詰まらせる。
(――運命を…ねじ曲げた…!?)
この事象にアルバスもまずいことが起きた。
「まずい――!!」
(彼女が使用してる加護がレイ様と同じであれば、魔法や武術では受け流すのはキツイ――!!
しかも、アウラ殿を仕留めるまで矢の軌道は修正され続ける。
よって、答えはもう見えきっている――!!)
アルバスは濡れ羽色の雷を帯びた矢への対抗策は一つしかないと講じる。
アウラもアルバスと同様に一つの答えに至っていた。
「狙いが私のこめかみなら――」
(力技で迎え撃つしかない!!)
アウラは剣を両手で持って上段構えをする。
シノは彼女の構えに既視感を抱く。
(あの構え――どこかで見たことが……)
シノの頭の中に過ぎるは――
『――“神大太刀”!!』
一昨年、ズィルバーが模擬戦で披露した剣技と動きに酷似していた。
「――“神大太刀”!!」
光の速度で振るわれる斬撃。
光速に振るわれた斬撃が、シノが放った矢の鏃と衝突し、火花を散らす。
バチバチと火花が迸り、左腕で視界を覆うシノ。
剣と矢が衝突した衝撃波が花園一帯に広がっていき、タークたちは足に踏ん張りをつけてなんとか衝撃に堪えていた。
しかし、彼らもシノが使用した力に度肝を抜かれていた。
「シノ様の、あの力って、いったい――」
「知るかよ。だが、言えることは――
どう見ても、人族の限界を超えてるだろ!?」
タークはシノが使用した力は明らかに常識の埒外かつ限界を超えた力であることは確かだと言い放った。
タークたちの反応にアルバスは内心、驚いていた。
(なんと、彼女が加護を所持してるのを知らない!?
バカな、ライヒ皇家ともなれば、書物に書き記されてもおかしくないはず……)
彼も彼でライヒ大帝国の歴史を繙けば、加護の存在も知られておかしくない。
故にライヒ大帝国が歴史の調査をひた隠しに続けて、調査すらも厳禁にしていたのだろう。
アルバスとて、千年前から生き続ける耳長族にして、歴戦の猛者。
リヒトの考えが分からなくてもおかしくないのに、シノが使用した力に際し、心の内であのような態度が出てしまったのは何かしらの訳があると誰もが思われてもおかしくもなかった。
だが、心の内で態度が出てしまったので、タークたちに気づかれることもなく、事をなきに終えた。
バチバチと火花が迸り、衝撃波を生み続けている。
ビリビリと衝撃波がアウラの両腕に広がっていく。
「――う、ぐぅ……!?」
予想以上の力に腕が痺れ始めるアウラ。
元より、彼女は小人族。
人族よりも背は劣るけども身体能力においては人族の倍以上はある。
そんな彼女が、シノが放った矢に押され始めている。
(威力が高すぎる――)
しかし、彼女は必ず、剣を振り切る自信があった。なぜなら――
「私は…ヘルト様の…愛弟子……まだ、戦場を知らない…青臭い小娘に、負けるわけにはいかない!!」
吼え上がり、剣で矢を鏃ごとへし折った。
だが、同時に――。
ビキビキ…バキャーンと剣が粉々に砕け散った。
「ハア…ハア…ハアハア……」
「ハア……ハア……ハア…ハア…」
肩から息を切らすアウラとシノ。
お互いに全力を尽くし、“闘気”と技術。全てを、死力を尽くした結果が引き分ける形となった。
アウラは荒い呼吸をしながら自身が持つ剣を見る。
見事に剣の根元まで亀裂が走っており、少しの衝撃を加えるだけで使い物にならなくなることだろう。
逆にシノは“無垢なる蒼空”を維持するだけの“闘気”がなく、水色の髪質に戻ってしまった。
「く、そ……」
(また、手傷を終えなかった……)
シノは悔し混じりに地面に拳を叩きつける。
アウラは全身から汗を大量に流し、背筋に寒気が走った。
(まさか……あの歳で――あの力を開花させるなんて……)
彼女はシノに秘められた才能に驚愕せざるを得なかった。
アルバスもアルバスでシノの才能に恐怖を覚える。
(いやはや――
さすが、あなたの末裔ですね
――リヒト殿。
――レイ様)
彼はシノがライヒ皇家の血族であることに間違えないことと末恐ろしさを肌で感じとっていた。
(それに――)
アルバスはタークとユキネら“豪雷なる蛇”の面々を見る。
(森の最奥の環境下に身体が徐々に適応しつつある……通常、身体が環境に適応するまでに、あと二日ぐらいはかかるかと思いましたが――
若さというのは時に自分たちの想像を遥か上を行くのですね)
「――まいりました」
アルバスは小声でボソボソと呟いていたら、巨木の方から途轍もない“闘気”が洩れだしていた。
「これは――」
彼の意識が巨木に向けられれば、タークたちの意識も巨木に向けられる。
「ユン――」
「ユン様――」
タークとユキネが巨木の中で鍛錬してるユンを気にかけた。
雲海に浮かぶ雲の大陸。
真っ白な大陸に広がっていく赤い斑点。
ハアハアと息を切らし、血を流しているユン。
対するはユンの先祖にして、パーフィス公爵家初代当主――ベルデ・I・グリューエン。
彼はユンと同様、“人格変性”なる異能を持ち、自由自在に異能を使いこなしていた。
「どうしたぁ? ようやく、ネルから器を認めてもらえて得た力をまだ使ってこないのか?」
彼は別の大陸からユンを見下ろしていた。
ユンはハアハアと肩から息を吐きつつ、頭から垂れ落ちる血を拭う。
彼の両手にはベルデと同様の武器。金色の爪を装備していた。
金色の爪の名は“聖爪ミョルニル”。
“雷帝ネル”の真の姿にして、精霊剣の一振りである。
一振りすれば、大地を穿てば、なにもかも引き裂く雷の爪。
伝説において、初代東方大将軍――ベルデ・I・グリューエン。彼はその爪をもって、敵を薙ぎ倒し続けた歴史を残している。
しかし、武器とは使い手との相性というのがある。
ユンとて武器に対する心得は身に付けている。
ただし、彼は武器を一つも手にせず、拳と蹴りだけでタークたちをまとめ上げ、“豪雷なる蛇”を設立した。
そう。ユンの得意スタイルは無手による拳闘士がスタイルである。
武器を用いたスタイルとなると型通りの動きすらもできないほど、ユンは不器用なのだ。
(うるさい……こっちの気持ちを考えやがれ!!)
胸中では盛大に苛立ちを吐き散らすユン。
そんなユンに見かねて、ネルがユンの頭に直接、声を叩き込んだ。
『待て、ユン!!』
(なんだよ、ネル。今になって、俺のことが嫌いになったのか?)
『誰が、あなたのことを嫌いになるものですか。
って、そうじゃない。私たちは精霊。主の意のままに力を振るうことができる』
(俺の意のままにネルの力を振るえるのか?)
『ええ。首飾りで眠っていた間もあなたのことは見てたけど――
あなたには剣や槍を扱えるだけの才能はない』
(心にくるから。言うな、ゴラ!!)
『でも、拳での格闘センスはズィルバーよりも上。
技術では劣っていても、センスに関していえば、あなたのほうが断然上なのは事実。
足りないのは技術だけど……あなたは私の使い方が超ドへたすぎる』
(だから、心を抉る言い方をするな!!)
胸中で苛立ちを募らせていくユンだが、ネルは彼の怒気を一気に沈静化させる言葉を投げる。
『精霊は主の想像通りに力を振るえる。
あなたに合わせた武器にすればいい』
(俺に、合わせた武器――)
ユンはネルの助言を聞き、頭に過ぎったのは拳鞘。メリケンサックである。
(俺はどこまでいっても、この拳と脚でしか能がねぇ。だったら――)
ユンはイメージ通りに念じれば、金色の爪からバチバチと雷が迸り、形状が変わっていく。
彼の手には拳鞘が装着され、両腕には手甲。両脚に足甲が装着されていた。
「ん?」
ベルデも怪訝そうにユンを見つめ、彼のスタイルが変わったのを見て取れば、なるほどと関心を持つ。
(なるほど。俺のように爪じゃなく、拳と脚。
つまり――体術だけで俺に挑みかかるってわけか――)
「よく考えたと褒めてやりたいが……それで勝てるほど、俺は甘くないぞ!!」
彼は跳躍し、ユンに接近する。
接近してくるベルデに対し、ユンはフゥーッと大きく息を吐いて、詰めかかってくる彼に立ち向かった。
バチバチと雷同士が衝突しあい、雲が吹き飛んでいく。
互いに真っ白な雲の大陸に着地するユンとベルデ。
ツゥーッと口元から垂れる血を拭いながら、ベルデは肩を回して準備運動をしてるユンを見つめる。
「こいつ――」
(俺との打ち合いの最中に二撃も喰らっちまった。
ネルの使い方も理解してきたが、神経の伝達速度に身体が追いついていない。
勝機はそこしかない、か)
彼は準備運動をしてるユンを見据えて、必勝パターンを考える。
たいするユンはといえば――
(さすが、俺の先祖。二撃しか与えられなかった。俺の反射速度も見切られちまってるし。どうしようか?)
頭を悩ませるユン。
(うーん。どうしようか)
策を考えるユン。だが、ネルが問答無用にぶった切る。
『作戦を回せるほどの頭なんてないんじゃない。だったら、やることは一つしかないでしょ』
ネルにはっきり言われて、ムッと苛立ちを募るユンだが
(確かに考えるだけ無駄か。相手は俺の先祖。
実戦経験も技術もあっちが上なんだ。浅はかな策なんざぁ……通じるわけない。だったら――)
ネルの言うとおりであり、やることは一つしかなかった。
「真っ向からねじ伏せるだけだァ!!」
足に力を入れ、真っ向勝負と言わんばかりにベルデへ挑みかかった。
雲を蹴って駆けてくるユンにベルデは呆気に取られる。
「考えてくるどころか無策のままに突っ込んで来やがった!?」
(若さ故というのもあるが……無謀にも程があるだろ――)
内心、呆れてしまったベルデ。
「――ったく……」
(こいつは軽く説教した方がいいなぁ)
頭を掻くベルデであった。
ガキン、ガキンと金属同士がぶつかり合う甲高い音が晴天の雲海に木霊する。
懐に入ったユンのインファイトもベルデの“静の闘気”による受け流しで空を切る始末。逆にベルデからの爪の刃には“動の闘気”を纏わせた腕の手甲で防ぎきってみせた。
ユンは体勢を立て直すために一度、距離を取って息を整える。
ハアハアと息を吐きながら、体勢を立て直そうとするユン。
しかし、ベルデはユンに体勢を立て直す気すらも与えない攻撃を仕掛けてくる。
「オラオラ!! 休んでる暇なんざないぞぉ!!」
一気に詰め寄って、拳と蹴りの応酬がユンに襲いかかる。
「どうした!? 懐に入って決まらなかったら、すぐに立て直すとは随分、天狗じゃないか!!
こっちから懐に入ってやったんだぞ!! この時代のガキは所詮、その程度か!!」
嵐の如く轟かせる拳と蹴りの応酬。時折、爪の斬り裂きも襲いかかって、ユンは手甲と足甲でガードするのが精一杯。
だが、ベルデがくりだす全ての攻撃は鋭く重い。
ガードしているだけで腕や脚が痺れていき、身動きが取れなくなっていく。
「ぐっ、ぅっ」
手甲や足甲越しに伝わってくる衝撃が骨を軋ませる。
しかも、拳と蹴り、爪の斬り裂きの応酬に加え、雷が迸らせ、ユンの身体を痺れ上げる。
痺れ上がる身体にユンの意識が飛びかける。
「グゥッ――」
痛みで集中力が途切れつつあるユンに追い打ちをかけるベルデ。
「オラァ!! 戦闘中に集中力を途切れらせるんじゃない!!」
彼は右脚に“動の闘気”を大きく纏わせ、ユンの下顎めがけて蹴りを放つ。
「“雷神脚”!!」
「ガァッ!?」
ベルデの足蹴りが見事にユンの下顎に直撃する。
意識が飛んでグラッと体勢を崩しかける。
しかし、足に力を入れ、踏ん張ったことで体勢が崩れることがなく、飛んだ意識も気力で目覚めさせた。
だが、下顎を直撃されたため、軽い脳震盪を起こし、目覚めさせた意識が朦朧としてるため、視界がぼやけてベルデの姿を真面に視認できていない。
(意識が――)
視界が鮮明でないため、ベルデの姿を捉えきることができていないユン。
かろうじて立っているだけの彼にベルデは追撃を仕掛けることもなく、立ち続けている。
「どうだ? ネルの本当の力を受けた感想は――」
「ネルの……本当の、力――?」
ユンは朧気な意識でベルデの話を真摯に受け止めようと試みる。
「“五神帝”ってのは精霊の中でも最高位に位置するんだが……精霊剣たる真の姿をした彼女たちはそれぞれ唯一無二の能力を持ってる」
「唯一無二の、能力――」
「そいつを理解し、使いこなせないようじゃ。ネルの主なんざぁなれないなぁ」
ベルデは嘲笑し、ユンに侮蔑する。本来なら、言い返したいユンであるものの正論であるため、言い返せず、口が噤んだ。
彼の沈黙を肯定と見たベルデはさらに言葉による追い打ちをかけていく。
「そんなんで。ネルの主になろうなんて思ったな。これじゃあ中央に東部の利権は取られるかもしれないねぇ。それじゃあ、お前の大事なものも全部、中央に持っていかれるかもな」
ユンの心を深く抉らせ、戦意を削っていく。
「…………」
ベルデの追い打ちにギリッと歯を食いしばらせるユン。
なにもかも正しすぎて、なにも言い返せない自分が許せなかった。やるせなかった。
(いや、だ……)
『ユン?』
(嫌だ――)
ユンは心の内にバカな自分を信頼し、集まってきてくれるタークたちのために強くなろうと決意した。
自分一人で戦おうとせず、仲間とともに巨大な敵を打ち倒していくと誓い合った。
それなのに、目の前に巨大な敵がいて、なにもできない自分が許せなかった。
(俺は……自分が許せねぇ――)
『ユン……』
ネルはユンの心の内を知り、涙を流す。
『あなたは今まで――誰かに比較されながら生き続けてきた』
彼女の心の内に秘めるはユンのこれまでの過去であった。
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