英雄ら、東の森へと赴く。後編
うっそうと生い茂る自然界の植物。
ズィルバーたちがいる場所は東方の東部に位置する森の中。
迷子になられては困るので、隊列を組んで森の中を歩いていた。
「しかし、生い茂ってるなぁ」
「ほんとね。東方にいるとは思えない」
泣き言ならぬ文句ならぬ愚痴をこぼすティアとシューテルの二人。
「愚痴を言うな。この森は精霊も棲まう森。気を抜いてると森に惑わされて迷う羽目になる。集中せんか!」
キツく言わしめるズィルバーに「はーい」と間の抜けた返事をするティアとシューテルの二人。
(先が思いやられる…)
とゲンナリするズィルバー。
すると、彼の懐に忍ばせ続けていた小鳥の姿のレインが顔を出してはすぐに人間の姿へと変化した。
「レイン。どうした?」
訝しむ彼を余所に彼女は周囲を見渡す。
「見られていない?」
見渡した後、自分らが見られていることに気づく彼女。
「ああ。それは気づいていた」
彼女の弁にズィルバーは気づいていたと答える。ティアたちに目配せすれば、彼らも気づいていたと頷く。
ズィルバーらと隊列を組んでいたユンらは誰かに見られている気配すら気づけなかった。
(俺らは気づかなかった…)
(“闘気”の水準が高い…)
基礎、“闘気”だけでも、今の豪雷なる蛇は白銀の黄昏よりもはるかに劣っている事実に変わりなかった。
悔しく思うも恥じることではないとユンらは思い至り、集中力を高め、“静の闘気”で気配を探ることに意識を向ける。
「…………」
ズィルバーとティアはユンらが強くなろうとしてる意志が肌にビンビンと感じとる。
「ねえ、ズィルバー…」
「ああ。ユンたちはこの状況下でも修行しているな」
ヒソヒソと話してた。
同様に隊列を組んでるシノア部隊。
「ユウトさん…」
「ああ。ここに来て。チーム力っていうか、組織の一体感が増してるな」
ユウトとシノアもヒソヒソと話してた。
「だがよ、シノア…」
「はい。“静の闘気”を鍛えることは間違っていませんが……いきなり、気配を探るのは難しくありませんか?」
ヒソヒソと話し合う二人。
二人はユンらの向上心を高く買うが、やり方の順序が間違ってる気がした。
ズィルバーとティアも同じであった。
「基礎はある程度できてる奴はいる。だが…」
「うん。いきなりレベルの高いことをしてる」
彼らもやり方の順序を指摘した。
シューテルらもユンらの鍛え方に文句を言いたかった。
言いたかったけども、不意に視線を感じとったズィルバーたち。
「ッ!」
「ズィルバー!?」
ティアとシューテルも囲まれているのを肌で感じとる。
「ああ」
彼は周囲に目を配らせれば、ヤマトやヒロ、ノウェムが自分の得物を手にかける。
アルスやライナらも臨戦態勢にとったところでユンたちは臨戦態勢を取り始める。
ズィルバーは戦い慣れていないのを認識し、ユンに声を投げる。
「ユン。キミは“静の闘気”による見極めが全然できていない。基礎はできてるが…それだけじゃ…この先は生き残れないぞ」
「うっ…」
ズィルバーに指摘され、ユンはなにも言い返せなかった。
「シノも“闘気”の使い方が無茶苦茶すぎる。実戦だけで磨けばいいものじゃないわ」
「ッ…」
シノもティアに指摘され、言葉が出ずにいた。
ズィルバーは周囲に目を配らせ、“静の闘気”で監視者の特徴やら人数を把握に務める。
「“闘気”だけでわかるのは……森への順応が高い…」
「オマケにこちらをバラバラにさせようって言う腹積もりだ。どうする、ズィルバー?」
「そうだな」
シューテルが指示を仰げば、ズィルバーはうーんと頭を捻らせる。
「ひとまず、こいつらはおそらく――」
「ズィルバー」
彼は監視者の正体を言おうとした矢先にノウェムが話しかける。
「私が話しかけてみる。幾分か向こうも了承してくれるはずだ」
なけなしな発言にズィルバーは目を細める。
「それもそうだが…ダメだ」
「な、なぜ!?」
「そんな面をされたら、向こうも話し合いに応じるはずがない」
彼の指摘が正しく、今のノウェムは悲しげな表情を浮かべてる。
それはひどくつらい経験をしたのだと理解できたからだ。
「キミが出ることもない。ヒロ…キミもだ」
ズィルバーはフードを深く被るヒロにも指摘する。
彼女もコクッと頷き、大人しく引き下がる。
ティアに目配せして、彼女はコロネとヤマトを交えて、ノウェムとヒロの気持ちを和らげることに専念した。
ズィルバーは周囲に目を回した後、声を張りあげる。
「出てこい! 隠れてるのは分かってる! 出てこなければ、ここいら一帯の木々を切り倒していくぞ!!」
“闘気”を発するかのように言い放てば、正面から誰かが近づいてくるのが見てとれた。
影だからだから、はっきりと見えないが、尖った耳が見えたことから――。
「耳長族、か…」
「如何にも――」
ズィルバーの声に耳長族の者が日の光に晒され、素顔を見せた。
素顔を見せた耳長族。
体型からして女性なのがわかる。
金髪を胸元付近まで伸ばし、弓が得意なのか弓と矢筒が常備していた。
彼女はティアたちに介抱されてるノウェムとヒロに目を向け、フンとそっぽを向く。
ズィルバーは彼女とノウェムらとの間に何かがあると目を細めるも興味がない素振りをしてから話しかける。
「先に言っておくが、キミらの問題にとやかく言うつもりはないが…周りで監視してる彼らをどうかしてくれない? 敵意を向けられると話もできないんだが…」
言い放てば、彼女は目を見開いた後、「分かった」と漏らして、左手を挙げた。
途端、向けられる視線から敵意が消え、ピリピリしていた空気が静まりかえった。
敵意を向けられなくなったところのを“静の闘気”で確認したズィルバー。彼は目の前の彼女に話しかける。
「俺らになんのようだ?」
「用件を聞く前に、先にそちらが何者なのか訊ねさせてもらえるか?」
彼女はズィルバーに問い返された。
彼も彼女の言い分が正しく、自分の非を認めた上で再度、話しかける。
「俺はズィルバー・R・ファーレン。ファーレン公爵公子であり、白銀の黄昏の総帥を務めている。彼女はティア・B・ライヒ。俺の婚約者だ」
ズィルバーは自分の自己紹介とティアを紹介した。
「ファーレン公爵家とライヒ皇家…そちらは…」
彼女はユンとシノに目を向ける。
「俺はユン・R・パーフィス。パーフィス公爵公子。こっちはシノ。シノ・B・ライヒ」
「シノです。よろしく」
ユンが簡潔に自己紹介すれば、彼女はズィルバーとユンの名前を聞いたら、一度、目を閉じる。
彼女が目を閉じたことでズィルバーらは首を傾げる。
ハアと彼女は軽く息を吐いた後、言葉を紡ぐ。
「五大公爵家と皇家の者たちか。分かった…」
彼女はそう言って背を向ける。
「ついてこい。耳長族の里へ案内する」
目を向けずに彼女は歩き始めた。
ズィルバーたちは一度、顔を見合わせるも従った方がいいと思い、彼女の後ろをついて行くことにした。
ライヒ大帝国、東方東部。
東部は森が広がっており、熟練した冒険者でも足を運ばない禁足地となっていると言われている、という通説がある。
実際は耳長族が住んでいる森が、里があるため、近づければなかった。
森を進むのは人族では不可能。
現に――
「なんか、急に気分が…悪くなって、きた…」
「やっべぇ…気持ち悪ぃ…」
顔色が青くなるティアたち。気分が悪くなるのはティアたちだけではない。シノアたち親衛隊もシノたち豪雷なる蛇も気分が悪くなり始めた。
皆が気持ち悪くなる中、ズィルバー、ユウト、ユンの三人は気分が悪くなることはなかった。
「うーん」
ズィルバーは足を止め、頬を掻きながら、周囲を見渡す。
「おい、少し休まないか?」
彼女に提案を投げれば、彼女もティアたちの気分が悪いのを見て頷いた。
「分かった…ここいらで休憩を取ろう。ちょうど昼時だ」
昼食を取ろうと言葉を投げられる。
彼女に言われるまで気づかなかったが、今はお昼時。上を見上げれば、太陽の位置が頂点の位置にあった。
「確かに、もう昼の時間か」
「森の中にいると時間感覚が分かんねぇな」
「奇遇だが同感だ」
彼らはここで足を止めて昼食をとることにした。
東部の森で少し開けた場所で昼食をとることにしたズィルバーたち一行。
だが、大半が森を歩いてるうちに気分が悪くなり、休めるうちに休ませようとズィルバーとユウト、ユンは考えた。
「うっ…気持ち悪い…」
口を押さえるティア。
「私も…」
「今にでも吐きそう…」
シノアとシノも口を押さえ、嘔吐しかけていた。
「大丈夫か。ティア?」
「ずぃ、るばー…」
ズィルバーはティアの背中をさすり気分を楽にさせようとしてる。ユウトとユンもシノアとシノの背中をさすっていた。
「コロネ。大丈夫か?」
「ヤマト、平気?」
比較的、気分を弄していないノウェムとヒロがメンバーの介抱をしている。
しかし、彼女たちの顔色は優れない。それは森を歩いてからの影響ではなく、別の問題。内面的な問題と言えていた。
ズィルバーはティアの背中をさすりながらノウェムとヒロを見つめるも
(へたに介入してはいけないな)
身の程を弁え、自分から聞くことはしなかった。
(話せば楽になれるというのもあるが…あの面じゃあ話してくれそうにないし。自分から話してくれるのを待つとしよう)
彼は待つことを選んだ。自分から愚痴を吐き散らすのを待つように――。
耳長族の彼女もノウェムとヒロを見て、ハッと少し呆れたように溜息をこぼした。
(全く…まだ引き摺ってるのか…)
彼女は心に闇を抱えてるノウェムとヒロを気に懸けた。
昼休憩さながら、ユウトはなぜ、急に気分が悪くなったのかを気にかけ、ズィルバーに聞いてみた。
「なあ、ズィルバー。なんで皆、急に気分が悪くなったんだ?」
「契約精霊に聞けよ」
「それがキララの奴…「出たくねぇ」って言ってるんだ」
「なんでだよ…ったく…」
頭を掻き始める。
(全く、キララさん。キミだって、この森が特殊なのを知ってるだろ…)
内心、不機嫌を呈する。
「っていうか、なんで、俺に訊ねる」
「だって、いろいろと知っていそうだし」
「俺たち敵同士だよな?」
「それはそれ。これはこれじゃねぇか」
ユウトのバカさ加減にズィルバーはイラッとくるも精神年齢では年上なので心を落ち着かせる。
彼の心の内を把握したレインが年長者として答えてあげた。
「この森が特殊なのよ」
「特殊?」
「耳長族が住んでいるからもあるけど、この森自体は神代――つまり、リヒトやレイン様、ヘルトが生きてた時代の名残が残り続けてるのよ」
「じゃ、じゃあ…つまり――」
「俺らは千年前の森を…歩いてるの、か?」
顔を引き攣らせて問い返すユウトとユン。
「うん。魔力濃度が高い。魔力濃度が高すぎると人体に影響を及ぼし、魔力酔いが起こりやすいし。精霊も棲みついてるから森自体が人を迷わせるのよ」
「その通り」
レインの説明が正解と言わんばかりに耳長族の彼女が割り込む。
「この森を進むには耳長族の案内なしでは奥に進むことができない。ノウェムとヒロも知ってるが、ここに帰りたくないと思ってる上、話したくもないだろ」
彼女はノウェムとヒロに目を向けるも、彼女たちは顔を合わせたくないのか俯かせてる。
ユウトは彼女たちを見て、思わず口にした。
「自分が思っていないタイミングで故郷に帰らされると気持ちの整理がつかないものだもんな」
「気持ちが分かるぞ」と言わんばかりに数度頷いた。
ユウトも半年ほど前に任務とはいえ、故郷の“ドラグル島”へ帰る羽目になった。
最初は気持ちの整理がつかなかったが、数日、街に見返し続けたことで自分の気持ちの整理がつき、再度、目標を見つめ直すことができた。
故にノウェムとヒロにも自分を見つめ直す時間が必要なのだとユウトは思っていた。
ユウトは言葉にせずとも言外に「故郷に帰ることで自分を見つめ直すいい機会だ」と言い放った。
ズィルバーはユウトの意図が理解できずとも、ノウェムとヒロには時間が必要なのはなんとなく分かっていた。
「ユウトが言ってる意味が分からないけど、時間が必要なのは分かった。だから、ノウェム…ヒロ…無理に話そうとするな。自分らのペースで気持ちの整理をつけてくれ」
彼は彼なりに労い言葉を投げる。
「ズィルバー…」
「…かたじけない」
二人はズィルバーに頭を軽く下げる。
耳長族の彼女はズィルバーとノウェム、ヒロとの関係性を…いや、絆を見て安堵した。
(なんだ、里を出られて、悄げてるかと思えば、良好な関係ではないか)
彼女はズィルバーに感謝の目線を送る。
(彼女たちが幸せにしてくれて感謝してる)
念を込めて――。
ズィルバーは視線を向けられてることに気づき、振り返るも彼女は彼に目を向けず、明後日の方向に目を向けていた。
身体に優しい果物を食べて、気持ちが幾分、楽になったところで耳長族の彼女はユンに話しかける。
「パーフィス公爵家の者よ」
「なんだ?」
「貴殿には会わせたい御方がいる」
「俺に会わせたい奴?」
ユンは目を細める。
耳長族の彼女は頷いてから話してほしい相手の名を告げる。
「我ら耳長族の最長老――アルバス様にお目にかからせたい」
彼女から告げられた人物の名前にズィルバーは表情に変化こそなかったけども、内心、動揺を隠せずにいた。
レインに至ってはひどく動揺し、顔を隠しきれなかった。
「レイン様…?」
ティアが不思議そうに声をかけるもレインは反応すらせず、驚愕の表情を浮かべていた。
(アルバス様…まだ生きておられたのですか…)
彼女は心の内でアルバスなる人物の存命に驚きを隠せずにいた。
レインの気持ちを浅はからぬ想いをズィルバーも抱かせる。
(アルバス。キミは今も待ち続けてるのか。俺との約束を――)
ズィルバーは今でもアルバスとの約束を忘れずにいた。
耳長族の彼女はレインの驚きを無視し、ユンに話を続ける。
「我ら耳長族はライヒ皇家に忠誠を誓う種族。しかし、忠義に異を唱える者もいる」
「それがオクタヴィアか」
ズィルバーが割り込んで言えば、彼女は頷く。
「耳長族の長老衆は最長老の言葉を絶対としてるが、人族を毛嫌いにしてる節がある」
ズィルバーたちは無言のまま続きを促す。
「自分は最長老様を護衛することもあるが、アルバス様の顔を知る者がいない。彼はいつも、こう言っていた。『必ず、世界には夜明けがくる』と――」
「『必ず、世界には夜明けがくる』か…」
彼女の言葉にユンは復唱するも意味が分からず、首を傾げる。
ティアたちも首を傾げる中、ズィルバーだけは言葉の真意が読み取れた。
(まさか…)
彼が分かれば、レインも分かってしまった。
(アルバス様…)
哀愁を漂わせる顔を浮かべていた。
ズィルバーとレインをさておき、ユンは耳長族の彼女に質問する。
「どうして、アルバスなる耳長族は俺に会いたいと言うんだ?」
「詳しいことは知らないが、最長老様はベルデ殿との約束を果たさなければならないと告げていた」
「ベルデ?」
首を傾げるティアだが、ユンはベルデなる人物が誰なのか見当がついた。
「それって、俺のご先祖様?」
「え?」
ユンが言った言葉にシノはとぼけた。
「なんで、俺のご先祖様が…耳長族の最長老に約束をしたんだ?」
(っていうか、俺のご先祖様ってどんな奴なんだ…)
ユンは自分の先祖が如何様な人物なのか想像できずに困惑させる。
さらに、耳長族の最長老と約束をしているほど、友好的な関係だったのかも分からず、謎が謎を呼び込んでこんがらがっていた。
耳長族の彼女もユンの心境を察してるかどうかは定かではないが、時間がないのも確かであった。
「急に言われて分からないことだらけだと思うが、今は耳長族の里に来てもらいたい。話はそこで聞けるはずだ」
彼女は太陽の位置から時間を推察し、先を急ごうとズィルバーたちに促す。
「そう、だな……今は耳長族の里に行こうじゃねぇか」
ユンは奥歯に詰め物が挟まったかのような口調で出発しようと声をあげる。
しかし、ズィルバーとユウトの目から見ても、ユンがひどく動揺してるのは確かであった。
さまざまな情報を聞き、困惑するズィルバーたちは耳長族の彼女の案内で森を奥深く進んでいき、一行は耳長族の里に到着した。
里で紡がれる真実。
果たせれなかったアルバスとの約束。
グリューエン。いや、パーフィス公爵家が残してしまった問題。
そして、吸血鬼族。“血の師団”の目的と狙う敵の正体が語られる。
ズィルバーもズィルバーで知らなければならないことがあった。
なぜ、自分が千年の時を経て転生されなければならなかったのか。
なぜ、レインを含めた五神帝を眠らせなければならなかったのか。
彼は知らなければならない。初代皇帝リヒトと初代媛巫女レイが想いを馳せた願いがなんだったのかを――。
全てを知ることで彼がなにをすべきことがなんなのか導きだされるのだった。
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