“獅子盗賊団”壊滅。
ズィルバーたちに凶報が届けられる数時間前に遡る。
“獅子盗賊団”の根城へ参った“血の師団”の使者。彼らと対談してるは盗賊団の頭にして提督と言われるヴァシキ。
彼は不機嫌であったも顔には出さず、交渉相手として顔をして対談に応じた。
「それで、今回はどんな用件だ?」
彼は葉巻を口に咥え、火を付けながら使者に問いかける。
“血の師団”の使者は二人。
シルクハットを被った少年――レスカーと成人女性。レスカーがヴァシキの質問に答える。
「単刀直入に申します。盗賊団が東方貴族と秘密裏に密会していると聞きました。その真意を聞きたいと思いまして」
「ああ。あんなのは足がかりだ」
「足がかり?」
「東方貴族を足がかりにパーフィス公爵家を失脚させ、俺たちが東部を支配する。そのために東方貴族に密会しただけのことだ」
「なるほど。つまり、東部を制圧するために密会したにすぎないと――」
「ああ。そうだ。東部を起点に俺様はライヒ大帝国を支配する!! そのためにパーフィス公爵家を失脚させる計画を準備した。俺の計画は完璧だ!!」
言い張るヴァシキ。
「完璧な計画、ですか…」
レスカーは彼の話を聞き、クスッと笑みを浮かべる。
「素晴らしい。その計画に僕らも協力してもらえますか?」
頼み込めば、ヴァシキは葉巻を吸って、煙を吐いた。
「断る!」
拒否を示した。
「理由をお聞きしてもよろしいかな?」
「なんで、テメエらの協力がいる。テメエらなんざ端っから信用していねぇんだ。カイの奴は取引相手に人身売買していたようだが、俺はテメエらの力なんてなくても東部を支配するなんて簡単なことなんだよ!!」
豪語するヴァシキの言動にレスカーは軽やかな笑みを浮かべたまま
「そうですか。それは残念です」
言い返した。
ただ、レスカーの笑顔はどこか不気味さを物語っていた。
「…………」
ヴァシキも不気味な笑顔を浮かべ続けるレスカーに気味悪くなり、話を打ち切ろうと考え始めた。
「一つ聞きますが、パーフィス公爵家がどのような一家なのかご存じですか?」
レスカーは笑顔を浮かべたまま、質問を投げかける。
「ああ? 東方貴族の頂点。東部を統治する貴族だろ。それがどうかしたのか?」
苛立ちを募らせつつもヴァシキは穏便に答えた。
「そうですか」
クスッと深い笑みを浮かべるレスカー。その笑みはヴァシキの計画は失敗すると物語っていた。
「なんだ!? その笑みは!?」
声を荒立てるヴァシキにレスカーは笑顔を浮かべたまま謝罪した。
「申し訳ございません。ヴァシキ殿ともあろう御方がパーフィス公爵家を軽んじておられるとは思わず――つい、笑みが深くなってしまった」
「あ゛っ!? 俺が軽んじてるだと!?」
積もりに積もった苛立ちが爆発し、ドスの利いた声音で言い返した。
「はい」
レスカーはヴァシキの声音に臆すことなく答える。
余さず答える彼にヴァシキはギリッと歯を食いしばり、葉巻をかみ切る。
「どう軽んじてるか。教えやがれ!!?」
怒りに、感情に任せて叫ぶヴァシキにレスカーは笑顔絶やさず答えきる。
「まず、あなたはパーフィス公爵家のことを知らなさすぎる」
「あ゛? ただ、歴史が長ぇ家に血の師団が恐れる必要がある? テメエらがビクビク怯えてるじゃねぇか?」
レスカーの忠告すら鼻で笑って言い返すヴァシキ。
「東部は異種族と人族が対等に扱われてる地方。結束力に関していえば、他の地方でも類を見ない」
「上辺だけの、力だけの結束なんざ俺の前じゃ屁でもねぇよ」
「パーフィス公爵家には異能があると言ってもですか?」
「異能なんざ。所詮、呪いみてぇなもんじゃねぇか。そんなのにビクビク怯えるほど“獅子”の名は廃れてねぇんだよ!!」
力強く言い放つヴァシキの口調にレスカーはニコッと笑顔を浮かべ続けてる。
「気味悪いんだよ!! テメエの面がよ!!」
笑顔を浮かべ続けてるレスカーが気味悪く苛立ちを募らせていた。
彼は立ち上がって、拳に“動の闘気”を大きく纏わせてレスカーに殴りかかる。
「テメエの面から笑顔なくしてやる!!」
振るわれる拳。迫り来る拳を前にレスカーは臆すことも、逃げることも、身構えることもなく、ただ平然とソファーに座っていた。
だが、ヴァシキの目には恐怖でビビってるのを顔に出していないと思い込んでおり、ニヤッと下卑た笑顔を浮かべる。
「へッ! ビビって顔色すら変える間もねぇってわけか!」
レスカーに迫り来る拳。
拳がレスカーの頬に触れようとしたとき――
ヒュンッ、となにかが出る音をヴァシキの耳穴をすり抜けた。
「あ?」
(なんだ、先のお、とは――)
ヴァシキは心の内でなにかを言いかけたが、続きを言うことはできなかったか。
ゴトンとなにかが床に落ちる音が部屋中に木霊する。
続けざまにドサッとなにかが床に倒れる音も木霊する。
床に広がる赤い液体。
透き通った液体ではなく、鈍く光る赤い液体。
ドロッと粘り気がある液体でもなければ、サラサラと滑らかな液体でもない。
鼻腔をくすぐるは鉄の匂い。
部屋中に飛び散る赤い斑点。
レスカーはポケットから真っ白い手巾を取りだし、顔に付着した液体を拭き取り始める。
「あぁ~。せっかくの忠告を無視するとは“獅子”と呼ばれた男も耄碌になったようだ。いや、天狗になっていたと言っておこうか」
レスカーは顔についた液体を拭き取った後、席を立って赤い液体の上に転がる物体を踏みつける。
「全く、使えないゴミだ。こちらの忠告を無視して、東部を手中に収めるほど、パーフィス公爵家は甘くない。憎きベルデの血族。奴の末裔を殺さなければ、東部を手にすることなどできないというもの……」
フンッと鼻で笑うレスカーは物体を蹴り、液体の上に転がせる。
「それで、そちらの方は問題なく済みそうか?」
彼は一緒に同行してた女性に声をかける。
濡れ烏を思わせる黒髪、白い肌に黒服を着こなす女性。
生き物を思わせる毛並みが整った尾を出したまま、答えた。
「ああ。問題なく済みそうじゃ。手間をかけてすまん。レスカーよ」
「他ならぬキミの頼みだ。断るわけがないだろ」
笑みを浮かべて述べたレスカー。
「そうだな。では、妾はにっくきベルデの血族を根絶やしにしてみせようではないか」
「計画とか考えてるのか?」
「無論、考えておる。じゃが、あやつは呪術を使いこなしておった男故。通じぬ場合もある。故に――」
「真っ正面から潰すというわけか」
レスカーは女性の計画を聞き入れ、それ以上は聞かなかった。
「じゃあ、ここから先はキミに任せるよ。僕は、あの方に報告してくる」
言い残して彼は部屋を退室した。
彼を見送らずに残った彼女はクスッと深い笑みを浮かべる。
「さて、盗賊団の連中を妾の下僕に変えてやろう。逃れぬこともできぬ毒でな」
と、言葉が隙間から出る風に乗って消え去っていく。
女性も部屋を出れば、部屋に残るのは赤い液体に転がる物体と沈んでる物体だけが取り残されていた。
部屋を退室したレスカーはその足で“獅子盗賊団”の根城をあとにする。
緑が生い茂る獣道で歩を進める彼は盗賊団の根城で仲間増やしをしてる彼女を思い返す。
「今に思えば、彼女も恨みと復讐だけで生き続ける化物だな」
(あの方が彼女を気にかけるのもわかる。ライヒ大帝国への想いは同じ。彼女もこの国に復讐を果たしたい…かつての屈辱を晴らしたい…それだけの想いだけで千年の時を生き続けてきた)
「全く――」
レスカーは歩を止め、後ろに振り返る。
「復讐するためだけに生き長らえ続ける。まさに執念としか言えない。その執念を我々のためにつくしてくれるのだったら、喜んで吸血鬼族にさせてあげてもよかったのに――」
レスカーは興味が失せたように踵を返して再び、獣道を歩き始めた。
某日。
某所。
“獅子盗賊団”の根城にて。
盗賊団内部では一種の地獄。惨劇が起きていた。
「おい、どうした!? 返事をしろ!!」
「う、うぅ~…うがぁあーーーー!!?」
ところどころで呻き声が飛び交っている。
呻き声を聞きつつ、女性は赤い液体の上で紅茶を飲んでいた。
「お姉様。新しい紅茶を用意しました」
「あぁ、ありがとう。フィス」
彼女はティーカップに紅茶を注ぐ白髪褐色肌の女性を褒める。
彼女はサクリ・フィス。“獅子盗賊団”の幹部、“死旋剣”の一人である。元からヴァシキに仕える身だったが、予てより、ヴァシキへの反乱を企てていた。
彼女が望むものは無血による統治であり、血を流し、力による統制をよしとしなかった。
なにより、ヴァシキは異種族を見下す傾向があった。モンドスにより、連れ攫われたが、ヒロに対して、ひどく当たっていたのをフィスは忘れずに覚えている。
故に、彼女は反乱を企てた。
自分についてくる同志を募ろうとしたが、どこかで話が洩れて、ヴァシキの懐刀である“三王”の耳に入ってしまい、重罰を受けてしまった。
頭を冷やすために投獄された牢屋の中でフィスはヴァシキへの怒りを募らせ続けた。
時が流れ、彼女に天からの思し召しが参り込んできた。
獣道を歩いてたとき、偶然、“血の師団”と遭遇し、話を持ちかけた。
「血を見ることもなく、この国を手に入れたいか。血を見て、この国を手に入れたいか。どちらがいい。擦れば、私たちは貴殿に力を与えよう」
取引を持ちかけられた。まるで、悪魔との駆け引きのように――。
フィスは目先のことに囚われ、彼らの取引に応じた。彼女は“血の師団”に指定の場所へ赴けと言われて訪れれば、黒き魔女と出くわした。
フィスは彼女の求めに応じ、身も心も虜にされた。そう。逃れうることもできない毒牙にフィスは自ら捧げたのだ。
今や、彼女のために忠を尽くし、彼女のために“獅子盗賊団”を手中に収める手引きをしたのだった。
「お姉様。首尾の方はどうですか?」
「うまくいっておる奴といっておらん奴がおる。このままでは侵攻するまでに変成ができるのかどうか」
気分を悪くする女性にフィスは具申する。
「では、こういう方法はどうでしょうか」
「許す。話してみよ」
「僭越ながら」
フィスは赤い液体の上で転がってる男の髪を掴み上げる。
「こいつを使って誘導させるのです」
「死体を操って利用するというわけか」
「はい。こいつの亡骸を利用し、盗賊団全員をあなた様の下僕に書き換えればよろしいかと」
「なるほど。影から支配すればいいというわけか。余興としては面白い」
女性はフィスの案を受け入れ、男の亡骸に術を施す。
擬似的な蘇生を与え、赤い液体の上から起き上がる男に彼女は命令を告げた。
「妾の言うことを聞くのじゃ」
呟けば、男はコクッと首肯する。
「これより、貴様の下僕共を集めよ。妾自ら術を施す」
命を受ければ、男は頷き、おぼつかない足取りで部屋を出て行く。
男が出たのを見送った女性とフィスは何気ない満面な笑みを浮かべていた。
「憐れよな。自らの部下に利用され殺されたよ」
「お姉様。それは過去の話。私は一度、心が折れかけた身の上。“血の師団”、お姉様に出会わなければ、私は一生、野垂れ死んでたことでしょう」
「妾の下僕として生きるために命を捧げる覚悟があったか?」
「この身が悪魔に売る覚悟があります。さもなければ、このような姿になる覚悟がありません」
今、フィスの姿は白髪褐色肌だが、最初からそうではなかった。
“獅子盗賊団”・“死旋剣”として動いてた彼女は金髪色白だった。幼少の頃、自らの容姿のせいで街から人々から追われに追われまくられ、盗賊団に入り、十年の歳月を経て、“死旋剣”という地位を手にした。
そして、今や。
“獅子盗賊団”提督――ヴァシキを意図も容易く殺してみせた彼女の腹心として仕えている。
人族生まれから女性によって魔人族へと生まれ変わった。
「妾もフィスがそこまで心酔するとは思わなかった。先の男はお主の上司にあたる男だったのだろ?」
「はい。その通りですが、かの男は異種族を差別する傾向が強く、親類ではありましたが、耳長族の女子をひどく痛めつけておりました」
「そうか。それはひどいことをするものだ。器のなき男よ」
「ですが、その娘は今や、幸せに過ごしておられると思います」
フィスはここにいなくなった娘――ヒロのことを思い浮かべる。
「うむ。そうか」
女性はカップを手にし、紅茶を啜る。
「白銀の黄昏なる組織に入っております」
「ほぅ。その組織はどういう組織なのだ?」
「学園の生徒が作り出した組織…風紀委員会、と名乗っていますが、学園や街の治安維持を努めております」
「そうか。子供らの力が結集して生まれた組織、か」
(今の子供は思いきりのいいことをするものじゃ)
女性は紅茶を口に含ませつつ、内心で吐露する。
「風の噂でその娘は元気で過ごしてるとのこと。黄昏の総帥は異種族に関して、全面的に許してる傾向にあります」
「まるで、東部と同じ在り方じゃ」
女性は黄昏の首魁の考え方が東部における人族と異種族を対等として扱う在り方に似ていると述べる。
と、そこに――。
ドアを開け放たれているので、外から歓声が轟いてくる。
「お姉様」
「どうやら、呪術を一斉に執り行える準備が整えたようじゃ」
「では、私はこの部屋を掃除しておきます」
フィスは部屋の床が赤い液体で塗れてるのを許せず、女性の衣類と靴が汚れてしまうと案じた。
女性がフィスの行動を手で制した。
「よい。この部屋などもはや、興味ない」
「――でしたら、ヴァシキの部屋なんてのはどうでしょうか? 部屋の外はテラスになっていて、東部の景色がよく見えるとか」
「そうか。では、その部屋を妾の部屋とする」
「しからば、私があらまし掃除しておきます」
「そうしてもらうとしよう」
女性はフィスに次なる役割を与え、フィスも彼女の役に立てる喜びに浸りながら役割を全うする。
役割を果たそうとするフィスを尻目に女性は深い笑みを浮かべる。
「あの娘があの時代におれば、妾も奴に負けることがなかったのに…残念なことじゃ…」
女性は傍らに如何様なことを呟いてヴァシキが歩いた廊下を進む。
大広間に通ずる出入口にさしかかったところで女性は歩みを止め、肢体たるヴァシキを影から操り、物陰から術を発動する。
ヴァシキのもとに集まった“獅子盗賊団”のメンバー。
彼らの足元に幾何学的な紋様を思わせる方陣が展開される。
展開された方陣の上にいる盗賊団員。いきなりのことで戸惑いを見せるもヴァシキが声を張りあげた。
「騒ぐな。今、貴様にしているのは精霊の力を暴走させ、より強大な力を手にする魔法陣。多少、身体に痛みは走るが進化するうえの痛みである」
彼が叫べば、盗賊団の誰もが彼の声に従い、方陣から出ることはしなかった。その間に女性は別の術を発動し、大広間に通ずる出入口を封鎖させた後、大広間に背を向けてフィスが宗治をしている部屋へと歩きだした。
「フフフッ…」
彼女は深い深い笑みを浮かべ、声だけで魅了させるかの如く微笑する。
「精霊の力を暴走させる術など存在せぬ。より強大な力を得られるのは精霊ではない。貴様ら人族共じゃ。憐れよな。貴様らの最期は人としてではなく、この世で醜い魔族の一つ“魔人族”に成り下がるのじゃからな」
彼女はそう告げて闇の中へと消え失せた。
大広間からはヴァシキの名を呼ぶ盗賊団員の呻き声が木霊し続けた。
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