ユン。独りぼっちではない。
昨夜、ズィルバーとユンのドンパチから時間が経過し、夜が明けた。
天幕の隙間から日が差し込み、眉間が動くユン。
「ん……う、うぅ~」
差し込む光に目を覚ましたユン。
彼は寝袋で横になっていた。
横になった彼は昨夜のことを思いだす。
『――“一骨豪蓮突き”!!』
土手っ腹に強烈な一撃を叩き込まされたのを思いだし、口を咬む。
「ち、く…しょう…」
彼は寝袋から手を出し、額に置いて、目元を隠す。
声だけでもわかる。彼は悔しがってる。
ズィルバーに挑発され、いいように気性が荒い自分を引き摺りだされた上に大敗に期した。
今でも、ユンの中では煮えたぎるほどの屈辱が渦巻いていた。
「強く、なりたい……」
同時に彼の中に抱く感情。
それは強さ。
ズィルバーに負けないほどの強さを手に入れたという欲望だった。
と、そこに天幕の垂れ幕がめくれ、薄い黄土色の髪をした少年が入ってくる。
彼はユンが起きてることに気づく。気づいたのと同時にユンが今、抱いている感情も手に取るように分かった。
少年は寝袋の隣に座り込み、ユンに声をかける。
「随分とへこたれているじゃないか、ユン」
「……ゼオン」
ユンは起こしに来た少年――ゼオンに目を向ける。
今のユンの顔は皹まみれだった。
ユンは涙を流していない。だが、悔しさのあまりに心に濁りに濁っていた感情が決壊し、涙となって流していた。
そう。ユンは気づいてないだけだ。
ゼオンは医者を志している。
医学と聖属性の魔法を勉強し、治療しているうちに患者の心の内が読めるようになった。
その彼がユンの心の内を読んだ。
(だいぶ、ドロドロだな)
「今は副委員長もタークらもいない。あいつらの前じゃ……お前も本音を話せないだろ」
「ッ――!」
核心を突かれたのか黙りになるユン。
「ユン。お前……いつから、自分の力が怖くなった?」
ゼオンの核心を突く問いにユンは手で目元を隠す。
「かつて、気紛れかつ規律を乱し続けた俺たちを締め上げたのがお前だ。今のお前から見る影もない。気性が荒い自分。それを自分だと認めたくなくて、お前は自分の力が怖くなった……違うか?」
的確についてくるゼオンの問いにユンは黙りをし続けている。
「黄昏の首魁から聞いた。お前は自分がリーダーだと思っていない、ってな。まさか、今の自分で俺たちをまとめ上げようと思っているのか?」
核心を突いてくる問いばかりを投げられて、ユンはガバッ、と起き上がり、ゼオンの服の胸元を掴む。
「ああ。そうだよ。俺が頑張らなきゃ。皆、ついてこないじゃないか!!」
「ユン…それは…お前の本音じゃない」
「本音だ!! 本音だって思ってる!! 俺は未だに皆から信頼されていない!! だから、頑張ってるんだろが!!」
怒号を吐き散らすユンを前にゼオンは頭突きをした。
「ッてぇな……」
ギロリ、とゼオンを睨むユン。
ゼオンもユンを睨み、剣幕を立てる。
「アホか、お前は!! 俺たちはお前の仁義を感じてるからついてきてんだ!! 国すら忠義の欠片もない俺たちがお前についていきたいと思ってるからお前に集ってきたんだろうが!!」
「ゼオン……?」
ユンはゼオンの剣幕を前に怒気が抜き、腰を引けている。
「俺はどうあってもついていくぞ。お前の器に惚れ込んだんだからな。ユン。お前は……お前にしかない委員会を、組織を作れ――!!」
ゼオンは感情を露わにし、自分の気持ちをユンにぶつけた。
「俺が組織を作る?」
呆気にとられるユンにゼオンは頷いた。
「そうだ――ズィルバーの白銀の黄昏。カズの漆黒なる狼に負けねぇ組織をよ。元々、“問題児”は自由気儘に規律を乱しまくる。強い大将がいないと収まりどころにつかない連中ばかりだ。ましてや――自分の気持ちを話せないお前なんかについてくるかよ。いいか…ユン………お前の気持ちを全部吐き散らせ!」
ゼオンはユンをおだててるんじゃない。本気でユンを大将にさせたい強い気持ちがあった。
「分かってる」
ユンは顔をゼオンから逸らしながら言い返す。
「ゼオン……それは気性が荒い俺のことを言ってるんだろ!? だけど、もう一人の俺が皆に危害を加えたくないんだよ。俺は……今のままでも皆がついてくるようにしたいんだ!! 今のままじゃダメだから、俺はこうやって頑張って――」
ユンが剣幕を立て始めた途端、ゼオンがぶった切った。
「バカ野郎――!! 全然分かっていないお前は――」
ゼオンの怒気に慌てるユン。
「組織ってのは、大将ってのはそうじゃない。昼だろうが夜だろうが見た目は変わろうがお前そのものに自ずとついてくるのが……“仲間”、って奴だろう」
ゼオンは立ち上がり、垂れ幕を掴む。
「そして、そんな仲間はな……集まってくるんだよー!!」
バサッ、と垂れ幕を広げれば――。
『うわっ!? ちょっ――!?』
垂れ幕越しに聞いていたシノやターク、ユキネたちが雪崩れ込んでくる。
さすがのユンも雪崩れ込む皆を前に慌てふためいた。
「ちょっ……エルラ…ユキネ…?」
ドサッ、とのしかかってくる彼女たち。
タークは頭を掻きつつ、ゼオンを見る。
「痛ぇ………バレたのか…」
「ユン様!!」
「ユン様!! 私たちと契りを交わしてください!!」
エルラとユキネがユンに詰め寄って直談判してくる。
「えっ……?」
「私たちがユン様に仕えてるのは……」
「あなたの強さに惹かれてただけだったから」
「いわば、俺たちはユンとなんの契りも結んじゃいねぇ」
タークが啖呵を切って言い放った。
「でも、ユン様のおそばにいたからこそ分かったんです。ユン様はどんな種族だろうと東部を護ってくださる御方だと」
「ユキネ」
「器の大きいあなただからこそ――」
「うちらはユンを大将にさせたいんだ」
「だから、東部の危機に契りを交わして今のユンについていくんだよ」
タークたちの口上にユンは後ろめたい気持ちがあった。
「だが……俺は……皆と関わりを持ち始めてから迷惑かけてばかり……」
「だから、俺たちと戦おうぜ。一人で戦おうとしてるんじゃねぇ!! 俺たちがオメエを信じてるように……オメエも俺たちを信じろ!! ユン!!」
タークがユンに発破を掛ける。
タークの言い分にユキネたちも頷いた。
「ユン様。東方に伝わる“契り法”で私たちを子分として使ってください!!」
「自分に正直に生きなさい。その方が男気あってかっこいいわよ」
シノにまで言われる始末。
「…………」
ユンは本音を吐き散らしてもなお、自分についてきてくれるシノやタークたちに頭が下がる思い。
だけど――。
「ああ。俺は迷わない。俺はお前らを信じるし。お前らも俺を信じろ」
『はい! ユン様!』
自分の力に怯え続けたユン。シノたちから激励をもらい、自分らしく生きていこうと思い始めた。
ユンがいる天幕付近に集められたユンを慕う者。
少し離れた場所で朝食の準備をしていたズィルバーたちも見ていた。
「なに、急に集まって……」
「どうやら、あっちの大将の指示らしいぜ」
「ユンが、ね……」
ズィルバーは目を細め、天幕を見る。
同様に親衛隊、シノア部隊のメンバーもズィルバーらと同様に見ていた。
「なにしてるんでしょうか?」
「私に聞くなよ」
「同感です」
「何でも、東の風紀委員長に呼ばれたらしいよ」
「昨日、ズィルバーにボロ負けしたっていうパーフィス公爵公子のことか?」
シーホがユンのことを軽んじている中、ユウトだけはうーん、と目を細めていた。
「ユウトさん。どうかしました?」
ユウトが神妙な面持ちだったので、シノアが思わず気にかけた。
「確かに、昨夜、公爵公子同士のドンパチはズィルバーの勝ちだが――」
「だが?」
「ユンって奴は“闘気”の制御さえ身につけば一気に伸びると思うんだ。しかも、気性が荒かったときの奴は俺やズィルバー、カズとためを張れる強ぇと思うぞ」
ユウトが漏らした言。その言はシノアたちに広く突き刺さった。
「まさか……」
「そんなわけ……」
ミバルとメリナが信じられない面持ちなのに対し、シノアだけは危機感を強めていた。
「“契り法”?」
「東方に伝わる?」
「うん。東方文化は異様と言われる独自の文化が発達した。その中の一つが“契り法”」
「東は元々、耳長族が住まう森がある。だけど、その昔は異種族が東に流れ着いていたっていう歴史がある」
「私たち精霊が住まう森も東にある」
「精霊の森って、東方にあったんですね」
「でも、東に異種族が流れ着いたとしても、異種族同士での争いが絶えなかった。争いをなくすために生まれたのが“契り法”。種族が異なる者同士が血盟的連帯を持たせるために生み出された」
「へぇ~」
「知らなかった」
ノウェムとヒロは東方出身だったけども“契り法”っていう言葉すら知らなかった。
レインはユンがいる天幕に目を向けて、可能性を告げる。
「この場合は“親子分の契り”ね」
「親子分?」
「忠誠を誓うっていう契りよ。互いに信頼しあっていないとできないとされる契りよ」
レインは今、行われている“契り法”が“親子分の契り”ではないのかと示唆した。
ユンに忠誠を誓うために盃に酒を注ぐのだが、未成人であるため、水で代用して契りを交わしていくユキネら。
「ユン様。どのようなユン様でも私たちは受け入れます。これからも信じてついていきたいんです。だから、シノ様の言うとおり、自分に正直に生きてください」
ユキネが契りを交わそうとしている中、ユンは自分を振り返る。
(俺の――本当の気持ち。そうだ――俺は知っている。もう一人の俺も俺の本音の一つなんだってことを……)
ユンは意識の中でもう一人の自分――気性が荒い自分と対峙する。
『おい、心穏やかな昼の俺。優しすぎるお前に……なにができる?』
(痛いところを突くじゃないか)
『事実だろ? 優しすぎるが上に覚悟が定まっていなかった。だが、弱さ、優しさって言うのがお前の強さだ。夜や強者との戦いは俺の領分だ。そこを退きなよ』
気性が荒い自分に言われて、ムッとなる心優しき自分。
(……お前に全部を譲る気はない。お前のようになるのは難しい――お前は強くて恐ろしくて怖いからな)
悲痛な面持ちで顔を少し俯かせる。
『ああ……お前は説法している方がマシだ』
気性が荒い自分に説教がお似合い、と言われる始末。
しかし――
『説法はお前に任せる』
口で任すことは心優しき自分に譲らせ、
『口の聞かねぇ喧嘩は――この俺に任せろ』
ポン、と肩に手を置いた。
『真っ昼間の時は難しい。だから、お前の強くなれよ。少なくとも、俺たちを打ち負かしたズィルバーをぶっ飛ばすほどにな!!』
もう一人の自分にそこまで言われては心優しき自分も頷くほかない。
(当然だ。俺は同じ敵にぶっ飛ばすつもりでいる)
迷いのない表情で言い切った自分にもう一人の自分もニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
『昼間は任せた。夜や喧嘩は俺に任せろ』
(もちろん。俺も負けず嫌いだ。たまには俺にも喧嘩をさせろ)
互いの人格に折り合いを付け、人格が入れ替わった。
ユキネが盃の水を口にするとき、バリッと空気が変わった。
(え――――)
「ユン様――――」
ユキネは呆気にとられてしまった。
「どうした? 盃……受けねぇのか?」
「え…あ…はい……」
グイッと飲み干すユキネ。
「よろしく頼むぜ、ユキネ。お前ら」
ニッと笑みを浮かべるユン。
その姿は気性が荒い人格そのものだった。
急に人格が入れ替わったことにシノたちは呆けた面を晒してしまった。
ユンがいる天幕に集う彼ら――ユンに慕う者。
彼らは主の心配を募らせていた。
彼らを横目に朝食を口にしているズィルバーらとユウトら。
朝のお茶を飲んでると――
「「ッ!!」」
不意にズィルバーとユウトはゾクッと背筋を凍らせた。
「なっ――」
「なんだ、この“闘気”――」
(背筋が凍っちまった)
(久しぶりに感じたぜ……)
ズィルバーは額から垂れる水滴――冷や汗を拭う。
ズィルバーとユウトが“静の闘気”を使わずとも感じとったのは、“恐怖”。
ただの恐怖ではない。
圧倒的な力を持つ者だけが放つ存在感。
圧倒的な存在感にズィルバーとユウトが恐怖したのだ。
(この感覚……ズィルバーやカズと対峙したときと同じ感覚……)
(ここに来て、覚醒するかァ? だが、カズもカズで心の持ち方一つで一気に伸びたからな)
ズィルバーとユウト。
彼らが急に強張ったのを見て、ティアとシノアらは一斉にユンがいる天幕に目を向ける。
途端――
バサッ、と天幕の垂れ幕が捲り上がり、中から金髪の少年が姿を見せた。
天幕に集う者たちはまさか、という面持ちになる中、少年は彼らの面を見て、呆れ返った。
「なに、辛気くせぇ面してるんだ。お前らはそんなに弱っちぃ連中だったのか」
荒々しい口調に、稲妻が迸らせる体躯。そして、他を魅了させる圧倒的な存在感。
彼が何者なのか集う彼らには分かっていた。
「ユン様!」
「その姿になれるのですか」
誰もが驚きを隠せずにいる。
「「…………」」
ズィルバーとユウトは金髪の少年――ユンに見つめていた。
「ズィルバー……シノア部隊最強隊員……」
ユンはズィルバーとユウトを見据えて言い放った。
「ようやく、お前らと張り合えそうだ。ぜってぇ、吠え面掻かせてやるから覚悟しろ」
言い放った言葉には力強さがあり、反射的に“闘気”を放出させるズィルバーとユウト。
しかし、ティアたちはゾクッと背中に寒気が走り、全身から鳥肌を立たせていた。
ユンから一歩離れていたシノはますます惚れ落ちたのかうっとりとした表情を浮かべていた。
逆にゼオンはゴクッと息を呑んだ。
「…………」
(ユン………そうだ…それでいいんだ、ユン。ここにいる誰もがお前の存在感に魅了できる。今のお前を見せてこそ、俺たちの組織の強さは完成する!!)
ゼオンですらもユンの存在感に圧倒され、汗を流す。
「――――あ――――」
「…………信じ、られ…ない…」
(身体に帯びる稲妻…………力でねじ伏せると思わせる粗暴な口調)
(そして、なにより、誰もが魅了させる――圧倒的な存在感……)
キララとノイ。彼らですら目に映るユンに息を呑まざるを得なかった。
「ノイ――」
「うん。千年ぶりに、この感覚を味わわされる」
放たれる存在感に寒気を感じたのか身を強張らせるノイ。
(ノイさんが寒気を感じさせるほど、ですか……)
シノアは彼が強張っているのを見た後、ユンに恐怖と畏敬の念を持ち始めた。
キララは気性が荒い人格のユンを誰かと重ねてしまった。
(似てる……千年ぶりに、この感覚を味わって……認めざるを得ない。他を魅了させる圧倒的な存在感……“鬼神”とまで謂われ……混沌と化していた東方を傍若無人の力で屈服させた彼を彷彿とさせる)
思いだされるは千年前の記憶。
血で血を洗う戦場。
地方とはいえ、東部を血の気が多い異種族で溢れていた。
しかし、たった一人の存在によって、東部は平定された。
猛者共を傍若無人な力でねじ伏せ、畏敬の念を持たせた。
今や伝説として語りつがれた東方初代大将軍にして、パーフィス公爵家初代当主――ベルデ・I・グリューエン。
ユンと同じように“人格変性”を持ち合わせていた。
(千年の時を経て、あなたのような子孫を巡り合うなんて――)
「ユウト」
キララはユウトに声をかける。
「気を抜いていると好敵手の座を奪われるわよ」
「うるさいな。ズィルバーの好敵手は俺だけだ。誰にも譲らねぇ」
キララにおちょくられ、ユウトは声を荒立て言い返した。
怒気が彼の“闘気”を滾らせ、ユンを睨みつける。
「ん?」
強い視線が突き刺され、ユウトに目を向けたユン。
途端、彼は思わず僅かばかし目を見開いた。
“闘気”を滾らせるユウト。
彼の“闘気”を目で見て、肌で感じとる。
「へぇ~。親衛隊にも骨のある奴がいるんだな。お前が超有望株のユウトか」
「ああ。パーフィス公爵公子に知られるなんざ光栄の極みだよ」
ピリッ、と空気が凍りつく。
ユンとユウト。
両者の視線がぶつかり合い、どんより重苦しい剣呑な空気になりつつある。
「ちょっ!?」
「あわわわわ――」
互いの彼女? ――シノとシノアが今にでも殺し合いそうな雰囲気を作らせるユンとユウトをどう止めようとか慌てふためいている。
ティアたちもどうしようとざわつき始める。
一触即発の空気、少年の手によってぶった切られた。
「はいはい。喧嘩しない。ひとまず、当初の目的を済ませようじゃないか。喧嘩なんざ目的を済ませたらいくらでもできるだろう」
ズィルバーが仲裁に入り、ユンとユウトを窘める。
「確かに」
「その通りだな」
彼の言い分を聞き入れ、“闘気”を収めるユンとユウト。
ズィルバーが仲裁に入ってくれたおかげで誰もが安堵の息を吐いたのだった。
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