英雄の部下。東の友らに仲間の重要性を説く。
気性の荒い人格が表に出たユン。
その“闘気”。その存在感はもはや、嵐そのもの。
対するズィルバーが放つ“闘気”も存在感も嵐そのもの。
嵐と嵐がぶつかり合えば、当然、周辺に“闘気”の余波が広がっていくのは至極当然であった。
野営地で明日のことを話している東方貴族の諸侯。
中央と東の風紀委員会メンバー同士で交流を深めているシューテルたち。
そして、疲れを癒してるユウトたち親衛隊。
彼らは突如、身体に重くのしかかった“闘気”に全身が総毛立った。
「なに、今の……」
「これは、ズィルバーの“闘気”……」
「もう一方は誰だ!? 感じたことがねぇ“闘気”だぞ」
シューテルら白銀の黄昏。ユウトたち親衛隊。
嵐と思わせる“闘気”のぶつかり合いに驚くのと同時にズィルバーと戦っている相手の“闘気”が分からずにいた。
タークらユンの下についている少年少女がズィルバーと戦っている相手の“闘気”が誰なのか、ようやく理解した。
「おい、これって――」
「ええ。ユンの“闘気”。もう一人のユンよ!!」
タークに呟きに、ピンク色の髪を二つの団子状にまとめた少女が誰なのか言い当てる。
彼女の発言でユンの下についている彼らが驚きよりも動揺を隠せずにいた。
「ユン様。まさか……」
「今夜、目覚めたのかよ!?」
「ちぃ。このタイミングで目覚められると困る」
慌て始めるタークたち。シューテルは訝しげ、タークに話しかける。
「おい、ターク。ズィルバーとやり合ってる相手がユンだって言うのは本当か?」
「ああ。そうだ……ったく、ユンの奴。今夜、顔を出すって言うなら、そう言えっての!!」
声を荒げるターク。その声音にはユンのことを信じきれていない意味合いのが含まれていた。
「おい、お前。自分らのリーダーを信じていないのか?」
「あっ? それがなんだ? 元より、俺たちは東の“問題児”だ。気紛れに集まった委員会だ」
タークの言動にどこか付箋に触れたのかシューテルは声を低くなる。
「気紛れだぁ? お前の自分らのリーダーの器に惹かれてついてきたんじゃねぇのか?」
「俺たち全員。ユンの器に惹かれてついてきてるんじゃねぇ。ユンの強さに惹かれてついてきてるだけだ。あいつに強さがなければ、とっくの昔についていくかよ」
「だったら、なんでついてきてるんだよ!」
タークに詰めかけていくシューテル。
「シューテルさん。落ち着いて」
アルスとヒガヤが抑えにかかる。
「お前らは黙ってろ。俺はこのバカをぶん殴らなきゃ、気が収まらねぇ!」
「だから、抑えてください。不用意な戦闘をすれば、ズィルバーからお叱りを受けます」
「責任は俺が取る。アルス、ヒガヤ、下がってろ!」
シューテルが全責任を取る心遣いでアルスとヒガヤを下がらせる。
「へぇ~。白銀の黄昏はしっかりと上下関係ができてるんだな」
「そりゃ。ズィルバーはお前らの大将と違って真面目だからな」
リーダー同士がドンパチすれば、当然、部下もドンパチしようと空気が重くなる。
「シューテルさん。抑えて、抑えて」
「タークもしつけぇんだよ」
ライナと黄土色のおかっぱの少女がシューテルとタークを引き剥がそうとする。
「表に出ろ。大将を信じるって意味を教えてやる!」
「ハッ? 大将を信じきるだぁ? それを強さじゃねぇのを教えてやる!」
シューテルとタークは武器を手に、野営地外れ、広々とした場所へと歩きだした。
野営地外れに広場に来たシューテルとターク。
両者ともに武器を手にする。
シューテルは二本の魔剣。
タークは二本の鎌を手にする。
シューテルはタークの武器、鎌を見る。片手で持てるサイズの鎌。
(明らかに小回りの利く鎌、か。大振りで戦うシノアとは違うってわけか)
さらに彼はタークの背を見る。
背には残り四本の鎌が円を描くように円形の鞘に納められている。
(二刀流っていうより、多刀流って感じだな)
シューテルは観察のをやめ、刀身に“動の闘気”を纏わせる。
タークはシューテルが剣に“闘気”を纏わせたのを見て、感心の声をあげる。
「へぇ~。白銀の黄昏の幹部だけあって、それぐらいはできるんだな」
「教えておいてやる。俺だってな。白銀の黄昏じゃあそれなりの立ち位置にいる“四剣将”の一人、シューテル・ファーズ。よく覚えておけ」
構えるどころか悠然とした姿勢を見せるシューテル。
「お前も名乗ったらどうだ、タークよ」
シューテルの挑発にニッと少し口角を上げる。
「剣と鎌か。小回り勝負じゃあ、相手にならんぞ」
彼の返しにシューテルはチッと舌打ちをする。
「名を名乗れんほどの小物か!」
地を蹴って宙を舞うシューテル。
彼は剣を強く握り、タークめがけて斬撃を振るった。
「“北蓮流”・“剣舞”!!」
二本の剣から振るわれる斬撃の雨。
迫り来る斬撃の雨を前にしてもタークの表情に余裕があった。
「なんだよ、“四剣将”つってもたいしたことねぇんだな」
タークは迫り来る斬撃の雨に対し、鎌を巧みに操って打ち払った。
「ふーん」
シューテルも“剣舞”を放ったにもかかわらず、平然と地に降り立った。
「さすがは東の“問題児”。これぐらいはさばきますか」
シューテルも余裕そうな顔をしている。
「気に入らねぇな。その余裕面……泣かせてやる!」
今度はタークが地を蹴って、シューテルに接近する。
先の一連を見ていたアルスたち。一同、シューテルの“剣舞”をさばいたタークの技量に驚いた。
「マジか。シューテルさんの“剣舞”を打ち払いやがった!?」
アルスが驚く中、黄土色のおかっぱの少女はタークと刃を交えているシューテルの技量に感心した。
「おいおい、タークを相手にできるなんざ初めて見たぞ」
「テメェはなんだ?」
「ああ? うちはナギニ。おたくは?」
「アルス・ファング」
黄土色のおかっぱの少女――ナギニとアルスは互いに自己紹介した。ナギニはアルスの姓を聞き、驚愕の表情を浮かべる。
「もしかして、ファング家の――」
「ああ。暗殺者だよ」
アルスは自分がどこの家の出身なのかを明かした。
「だが、今はズィルバーについていくことを決めた暗殺者だ」
彼は自分が仕えるべき主を見定めている。
アルスが堂々とズィルバーに仕えるメンバーだと告げれば、
「そっか」
ナギニは納得する。
「すごいなぁ。うちらはユンについて行きたい者たちなんだが、ユンの強さがいまいちピーンとこないんだ」
「自分らの主が弱いのか?」
「そう言ってんじゃない。見定まらないんだよ。情緒不安定な大将について行きたいと思えないんだ。だから、タークのような輩がうちらの中にわんさかといるんだ」
ナギニは今の東の状況を大雑把に説明した。
「ふーん。要はお前ら、ユンが怖いんじゃないの?」
「あ゛ぁ゛!!」
アルスの言葉にナギニが声を荒立ててくる。
「だって、そうだろう。自分らの大将が本当に強くなったら、力で虐げられるのがビクビクして怖がってるだけじゃないか」
「お前になにがわかる? うちらの気持ちを!!」
「わかるか。分かりたくもねぇ。これは俺たちの問題じゃねぇ。そっちの問題だろう。だったら、俺たちを巻き込むな」
「お前――」
「それに教えてやる」
アルスは一度、言葉を置いて、教えてやった。
「自分らの気持ちをぶつけないで信頼し合えると思ってるんじゃねぇ! 本気でユンって奴を大将にしたいんだったら、自分から想いをぶつければいいじゃねぇか!」
本気声でナギニらに分からせてやった。
自分の気持ちをぶつけなければ、そいつの本音なんて聞こえはしないのだと――。
彼に言われて、ナギニはギリッと歯を食いしばった。
「分かってる……」
彼女はギュッ、と手を強く握る。
「分かってんだよ……」
彼女は顔を俯かせる。
「言いたいことは……だがな。ユンにボロ負けされて、なんの気持ちを告げずに、『俺の下に就け』って、言われて……一方的な切り口に、どう反論しやいいんだよ!」
「力で示せばいいじゃねぇかよ」
「それができたら苦労しねぇ。うちらを負かしたユンは気性が荒ぇユンだ! 普段のユンじゃねぇんだよ!」
剣幕たってナギニはアルスに吐き散らしている。
「ふーん」
アルスからしたら、
「要は負け犬の遠吠えじゃん」
負けたことを認めず、騒いでいるだけのだと認識だった。
アルスの言い返しにナギニは我慢になれず、胸元を掴みかかる。
「お前。うちの気持ちを聞いても、それだけしか言えないのか?」
「ああ。言えないな。だがな。今のお前らは自分の負けを認めたくないバカにしか見えねぇんだよ!!」
アルスはナギニの手を打ち払って、剣幕たてる。
「俺だってな。ズィルバーをこの手で殺したかった!」
「ッ――!」
「知ってるだろう。去年、古貴族の派閥が白銀の黄昏上層部の暗殺を企てたって話――」
「ああ。聞いてるよ。ユンから聞いたよ」
「ん?」
(ユンから聞いた?)
アルスはナギニの言葉に矛盾があることに気づく。
「俺は暗殺者としてズィルバーを暗殺し続けた。だが、ズィルバーを暗殺することもできず、大敗した。それでもズィルバーは俺の力を欲してくれた! 碌でもない俺を迎え入れてくれた! ズィルバーのためだったら、俺はこの力を惜しまねぇと決めたんだよ!!」
アルスは力強く言い放ち、ナギニらの心に浸透させる。
「それにお前らの言葉に矛盾がある」
「矛盾、だぁ?」
アルスの指摘にナギニがまたもや、疑問を交えた声で言い返した。
「ああ、矛盾しているね。お前らの組織はいつ、できた?」
「昨年の春頃だ」
アルスが問いかけた質問に正直に答えれば、ますます、アルスの中で疑問が強まる。
「だったら、おかしい。お前らは一年近く、ユンの下に就いていたことになる。ユンに負けたことを一年以上も認めていないことになる。普通、考えてあり得ねぇんだよ」
アルスの指摘は正しく、普通に考えて、一年以上もユンのことを認めずに信頼関係を築けずにいるのは一番おかしいと彼は考えた。
アルスの考えは正しく、過去になんどもユンに挑んだのではないかと考えがついていた。
彼の考えにナギニは間違っていないと認めるしかなく、なにも言い返せない。
「一つ聞く。お前らがユンの元から離れないのはユンに言われたからなのか。本当はユンそのものに自ずとついていきたいんじゃないのか」
アルスの問いかけにナギニは顔を上げて正直に答えた。
「うちらだってな。本当はユンについていきたい。ユンに言われてついていくんじゃなく、本心からあいつについていきたいんだ!!」
彼女の本音を聞き、フッと口角を上げるアルス。
「シューテルさん。聞きましたか?」
アルスは声を張りあげれば、シューテルの耳に届く。
で――、肝心のシューテルは
「聞こえてる」
タークを組み伏せていた。
右腕で両腕を押さえ、左に持つ剣を首筋に添えていた。
「て、めぇ……」
首に剣を添えられていても、殺気混じりの眼差しを向けるターク。だが、シューテルからしたら
「やめとけ。今のオメエじゃあ俺に勝てねぇよ。そんな強がりの刃なんざ怖くもなんともねぇ」
「強がり、だぁ……?」
タークは自分が強がってるのを認めたくない言い回しで言い放つ。
「ああ。強がってる。強がってるから、こうして負けている。何か間違ってるか?」
シューテルの言い返しにタークはギリッと歯を食いしばって剣幕を立てる。
「ハッ。お前の強さなんざ。所詮、仲間を信じ合う強さだろ? 仲間なんざ邪魔なだけだ。守る者なんざ足手まといになる。俺にとって、貴族なんざクソ食らえだ!」
「そうか。仲間がいる方が強ぇと思うぜ。俺はズィルバーの下に就いてるが。ズィルバーのためだったら、力を惜しまねぇよ」
「だったら、ここでお前の仲間を皆殺しにしてやる! 仲間を失ったときの絶望を味わわせてやる!」
悔し混じり、憎しみ混じりのタークの声音、言動を聞き、シューテルはハアと息を吐く。
「そっか」
彼は左に持つ剣を逆手に持って、タークの首を獲ろうと掲げる。
と、そこに――
「待ってください!!」
ピンク色の髪を二つの団子状にまとめた少女が割り込んできた。
「シューテルさん。お願いします。タークだけは助けてください。代わりに私を」
自ら首を差し出そうと懇願してきた。
タークは彼女の命乞いを聞いて、声を荒立てる。
「エルラ! 出てくるんじゃねぇ!」
「お願いします。タークはユンの器に惚れ込んでいるのを認めたくなくて強がってるだけなんです! お願いですから命だけは……」
頭を下げてまで懇願されては気が削がれてるシューテル。彼は頭を下げてまで懇願するピンク色の髪を二つの団子状にまとめた少女――エルラの行動に感服する。
「なんだぁ……タークも守られてるんじゃねぇか」
彼の言葉にタークは黙りになる。
「いいか。俺たち白銀の黄昏もオメエらも平たく言えば、風紀委員。学園の風紀を守り、居場所を守る。同時に仲間のために命が張れる……今、彼女が見せたのが……本当の強さだ。オメエの強さは強がりでしかねぇんだよ……っていうか、大将に惚れ込んでおいて、認めたくないなんざ。どんだけ意固地なんだよ。ここまで意地を張るバカは初めて見たわ」
シューテルからしたら、意地を張り通しすぎてるタークがバカに思えてしょうがなかった。
「アルスらの話を聞きゃあ。本心から大将についていきたいんだが、自信がねぇから。ついていこうか判断つかねてるわけか」
事情を知って、頭を掻き始めるシューテル。
「なんとも北とは違った問題を抱え込みやがって」
(振り回されるこっちの身を考えやがれ)
内外問わず、悪態を吐き散らすシューテル。
彼の心情を察してしまうアルスたち。
「あとはズィルバーに任せな。あいつは仲間の重要性をオメエらの大将に教えてくれるよ」
皮切りに“静の闘気”で向こうの状況を確認し始めた。
「へぇ~」
“静の闘気”による状況確認でシューテルは感心の声をあげる。
「思いの外、お前らの大将、頑張るんだな。ズィルバーと張り合うなんざ。カズとユウト以来だ」
「あっ……?」
シューテルに組み伏せられているターク。彼はシューテルを見ながら苛立った声を飛ばす。
シューテルはタークを見て、溜息を一つつく。
「この状況になっても大将を重んじるとは。お前も随分と男気があるんじゃねぇの?」
「あ゛? お前が言うことか。そもそも、お前……どんだけ“闘気”を鍛えていやがる」
タークはシューテルの修練度合いを聞く。
「俺だって、“闘気”はそれなりに鍛えてる。お前、“闘気”をどんだけ鍛えやがった」
「そうだな」
シューテルはタークの質問に朧気ながら答える。
「少なくとも、ノウェムやヒロよりかは上だ。俺を含めた“四剣将”はそれなりの修羅場は潜ってる。北方の防衛戦争で“魔王傭兵団”を叩き潰してるからな。ジノやナルスリーには劣るが、お前よりは強ぇのは自負してる」
彼の答え方にタークは違和感を覚える。
「おい、その言い方だと、お前の大将はそれ以上に強ぇって聞こえるぞ」
「ズィルバーとティアが強いのは端っから分かってる。ティアは傭兵団の二番手を倒した。そりゃ、強ぇ。ズィルバーはカイとやり合って平気で生還してるぐれぇの奴だ。俺なんかが勝てるかよ」
「チッ……ユンは負けるのか?」
タークは弱々しく、ユンが負ける姿を想像したくない言い回しを吐く。
「いや、そうでもねぇよ」
「なに?」
「っていうか、“静の闘気”に意識を向けろよ。気配を強く感じとれば、向こうの状況なんざよく分かるぜ」
シューテルに言われて、チッと舌打ちするターク。
「言われなくても分かってる」
彼は意識を、“静の闘気”を集中させ、ズィルバーとユンを確認する。
「なっ……」
向こうの状況を確認したことで彼は驚きを隠せずにいる。
「なぁ、面白ぇだろう」
タークの驚きにシューテルは面白げな笑みを浮かべる。
「お前らのユン。俺らのズィルバーと渡り合ってるぜ」
シューテルの言葉通りにズィルバーとユンは互角の戦いを繰り広げている。
高原でドンパチをしているズィルバーとユン。
二人のドンパチを岩場に腰を下ろして見届けているティアとシノそして、レイン。
しかも、自分らの大将を心配してかノウェムとコロネら白銀の黄昏に、長い黒髪に黒の瞳を持ち、白い着物を着た少女ら、ユンの部下らも見届けていた。
彼らもユンの変貌に驚くもユンの勝利を案じていた。
「アァアアアアアアアアーーーーーーーー!!!」
「ハァアアアアアアアアーーーーーーーー!!!」
ズィルバーとユンの拳が衝突する。
ユンの拳には拳鞘が填め込まれているのに、ズィルバーの拳には傷一つついていない。
その答えは簡単。
彼の拳には“動の闘気”を大きく纏わせるため、拳を傷つけずに済んでいる。同時に付属として襲いかかる稲妻すらも“動の闘気”で相殺させている。
それを知ってるか知らずか。ユンは果敢に攻め続ける。
攻めあるのみとスタンスなのか。十代とは思えない反応と速度で果敢に攻め続ける。
攻め続けてもなお、ズィルバーに決定打が決まらない。
攻めのユンに対して、ズィルバーは守りに徹している。
“流桜空剣界”。
“静の闘気”の極み。“水蓮流”の奥義だけで相手をしている。
ズィルバーはユンいや、気性が荒いユンの戦い方を観察して思わず
(まるで、猪だな)
猪突猛進の一言についた。
“動の闘気”を大きく纏わせること以外は全て、“静の闘気”に“闘気”を回している。
回している状況下、拳をぶつけ合うだけでズィルバーはユンの現状を把握する。
(このまま、ズルズルと引き延ばせば、確実に体力切れを起こすのはユンだ。それは間違えない。だが、油断してはならない。戦いとは不確定要素がつきものだ。実力だけが全てじゃないのは千年前に経験している)
ズィルバーは傲りも慢心もしない。獅子搏兎。
なにごとにも全力を尽くす。それがズィルバーの心情である。
彼は一度、フゥ~ッ、と息を吐いて、気持ちを整え直す。
「よし」
気持ちを切り替えて、集中し直すズィルバー。
ユンはズィルバーが息を吐いたことに不審がるも途端、彼の雰囲気が変わったと本能で感じとる。
「ッ――!」
(雰囲気が変わりやがった。俺がなんども攻撃しようが、いまいちの感触だった。おまけに身体に纏わり付いてる空気が俺の動きを察知していやがる。ついでに言や。拳に“動の闘気”を大きく纏ってやがる)
「チッ。力越しじゃあ勝てねぇのか」
思わず、悪態を吐き散らす。
「ああ。力だけじゃあ勝てない。それに伴う技術がないとな。力とセンスだけで勝てる世界じゃないんだよ。この世界は」
上から目線になるが、ズィルバーの言ってることは正しく、大きすぎる力も技術と伴っていなければ、思う存分発揮できない。
「ひどいことだが言っておく。今のキミはカズやユウトにも劣るぞ」
「ッ――!!」
心を抉らせるズィルバーの言葉にユンが今まで募りに募らせた怒りが沸点を超えた。
「俺が……カズだけじゃなく、親衛隊にも、劣っている、だと……?」
ユンの身体から洩れ出す“闘気”。
沸点を超えて、感情が爆発した証拠でもある。
「ふざけんなァアアアアアーーーーーーーー!!!」
爆発したかのように“闘気”が放出される。
放出される“闘気”と同じように稲妻も激しく迸らせる。
月明かりに照らされる高原。
闇夜すらも照らす月明かりを打ち消すほどの稲妻が煌星の如く迸っている。
ユンが感情を爆発したことで眠っていた。いや、本来、時間をかけて開花するであろう才能が強引に開かれてしまった。
「チィ――」
(“人格変性”による感情の変化を感じとって無理やり才能を開花させやがった……)
洩れ出す“闘気”を“静の闘気”で絡みとる。
絡みとった“闘気”からユンの状態を把握したズィルバーは舌打ちをしてしまった。
「全く――」
(千年経っても、俺は他人を煽らせる。地雷を踏むことだけは天才だな)
内心、あきれ果てる。
ハア、と一度、息を吐いた。
ユンから見れば、哀れみに思われたのか。さらに感情を爆発させ、獣如き咆吼を上げながら、ズィルバーに突っ込んでいく。
「ガァアアアアアアアーーーーーーーー!!!」
咆吼を上げながら、ユンは縦横無尽に拳と蹴りの乱打を繰り出す。
しかし、くりだされる乱打がズィルバーの身体に纏わり付いてる空気が押し流し、いなされている。
それでも、ユンは果敢に乱打を繰り出し続ける。
乱打を繰り出し続けてるうちにユンに変化が起きた。
「ハア、ハア……」
と、肩から息を吐いている。呼吸が荒くなっていく。
呼吸が荒くなっていくユンを見て、シノや長い黒髪に黒の瞳を持ち、白い着物を着た少女がどうしてという表情を浮かべる。
「シノ様」
「ユキネ。皆は?」
「皆、ユン様のことを心配しています。それとタークがシューテルさんと喧嘩を始めちゃって――」
「全く、タークは……」
ハア、と息を吐いて、頭を痛めるシノ。
ティアはシノと長い黒髪に黒の瞳を持ち、白い着物を着た少女――ユキネの話を盗み聞いて、ハア、と息を吐いた。
「ったく、シューテルも血の気が多いんだから」
「そっちのメンバーもタークみたいな奴がいるのね」
「全くよ。それより、ユンはもうそろそろ体力切れを起こすわよ」
「えっ!? どうして、分かるんですか!?」
ユキネがティアに突っかかってくる。
「見ればわかるでしょう。ユンの“闘気”が減り続けているのを」
「え、ええ……」
「“静の闘気”を使わなくても分かります」
シノもユキネもユンの“闘気”が減り続けているのは気づいていた。
「今のユンは無闇に“闘気”を放出させて、制御しないままに使ってる。制御していないから“闘気”が拡散して受け流されちゃう」
「でも、ユンは攻撃し続けているじゃない」
「あれは攻め続けないとズィルバーに攻撃が通らないから。私たちのズィルバーを舐めないでもらえる。“闘気”の扱いに関していえば、大帝国最強といっても過言じゃないから」
ティアの言葉を聞き、シノとユキネは驚いたままズィルバーを見る。
「大帝国、最強……」
「あれが、白銀の黄昏の首魁……」
ズィルバーの強さを目の当たりにしたのと同時に彼女たちは彼の脅威を再認識した。
ズィルバーの強さ、脅威を再確認したシノとユキネ。
彼女たちとは裏腹にユンは咆吼を上げつつ、乱打を繰り出し続けた。
ズィルバーは“流桜空剣界”で受け流しながら前へと進んでいく。
前に進むということは乱打の奔流に突っ込んでいくのと同じである。
乱打の奔流たるユンに近づいていけば、速度とキレのある拳と蹴りが襲いかかってくる。
しかも、纏われている“動の闘気”が大岩規模で振るわれているため、受け流すのにも一苦労。
(おまけに稲妻で帯びているから掠るだけでも皮膚が切れるな)
拳と蹴りに、いや、大きく纏った“動の闘気”ごと稲妻が帯びてるため、近づく度に受け流すのは一苦労。
故に、ズィルバーは考えた。
(仕方ない)
フゥ~ッ、と息を吐いて、足に力を入れて地を蹴ってユンに近づいていく。
ユンもズィルバーが一気に接近してきてくれたのが好機だと思ったのか。
一気に勝負を仕掛けてきた。
「ガァアアアアアアアーーーーーーーー!!!」
ラストスパートをかけてきた。
拳と蹴りがズィルバーの身体に叩き込まれる。
乱打を受けてもなお、体勢を崩すこともなく、ズィルバーはユンに接近していく。
獣如き咆吼を上げ続けるユン。
だが、ここで、彼はズィルバーの視線が自分に向けられていることに気づく。
(ま、まさか……あいつ、俺を見続けている)
この戦い方は“魔王傭兵団”・“三災厄王”の一人、“鎧王”セルケトと殺し合ったナルスリーが使用した“流桜空剣界”と同じ運び方。
ズィルバーは接近しながらもユンの目を捉え続けている。
ここに来て、ユンも気づかれた。
「まさか――」
「気がついたか」
乱打を受け続けながらもズィルバーは笑みを浮かべていた。
「俺が近づいたんじゃない。ユン。キミが俺に近づいていたんだ」
ズィルバーはユンが服の胸元を掴む。
「キミの目を見て、キミ側に立って考え、流れを一つにした……見せてやろう。これが……“静の闘気”の極みの一つにして、“水蓮流”の真髄だ! “青龍拳舞”!!!」
ズィルバーが使用する技はナルスリーが使用した“青龍剣舞”の派生技。
“真・闘気流し”の応用を体術で再現させる技。
ユンが今まで繰り出し続けた乱打の奔流全てがユンに襲いかかる。
有り余る“闘気”の奔流を叩き込まれるユン。
掌底、突き、払い、蹴り、拳の全てがユンに叩き込まれる。
自分が攻撃に転じた“闘気”がそのまま自分に返ってくるという事実にユンは動揺を禁じ得ない。
投げ飛ばされたユンは高原に叩きつけられる。しかし、叩きつけられた衝撃を殺しきれず、宙を舞うユン。
舞っているユンめがけてズィルバーの右拳がユンの土手っ腹に吸い込まれるように叩き込まれる。
「“帝剣流”・“一骨豪蓮突き”!!」
渾身の一撃が炸裂し、身体をくの字に折れたユン。彼は衝撃に飛ばされ、高原に叩きつけながら転がっていく。
高原に点在する岩場に衝突したことで衝撃が相殺され、高原に倒れ込んだ。
ズィルバーとユンのドンパチ。
結果はズィルバーが勝利し、ユンが敗北した。
ユンの敗北。
この事実にシノとユキネ。そして、ユンを慕う仲間たちが放心する。
ハアハア、と息を吐いているズィルバー。
彼は拳を下ろし、近づくこともなく、ユンを見据えている。彼の目は未だに地に倒れ伏しているユンを見ている。
カラッ、と小石が転がる音を耳にしたズィルバーは奇襲に備えて体勢を取る。
地に伏したユンが起き上がった。
しかし、一撃が重かったのか息が絶え絶えであり、意識が保つだけで精一杯。
戦うどころか立ち上がるだけの体力が残っていなかった。
「く……く、そ…………」
(い、意識が…………)
朧気になりつつある意識。沸騰する血が収まっていくのか彼の髪の色が金髪から黒髪に戻っていく。
髪の色が完全に戻ったところでユンの意識が途切れ、地に倒れ伏した。
「ユン!?」
「ユン様!?」
シノとユキネらが倒れたユンに駆け寄っていく。
ティアとレインも少々ボロボロになったズィルバーのもとへ近寄る。
「悪いな。迷惑をかけてしまって」
近寄ってきた彼女たちに謝罪を述べる。
ティアとレインも顔を見合わせ、肩を落とした。
「それが分かってるなら、どうして、ユンとドンパチしたの?」
「ユンに仲間の重要性と強さの根幹を教えたかった」
「強さの根幹?」
「“人格変性”ね」
レインはユン自身が持つ異能――“人格変性”が強さの根幹だと言い当てる。
ズィルバーはその通り、と言わんばかりに頷いた。
「“人格変性”は昼夜もしくは心の変化で人格が逆転する体質」
「厄介な異能、よね」
「異能を悪く捉えているなら、ね」
ズィルバーの含み的な言い方に違和感を覚えるティア。
「なによ、その言い方……」
ジーッと睨みつけてくるティアにズィルバーは抑えて抑えて、とジェスチャーしながら教える。
「異能は使い方次第で大きなアドバンテージになる」
「武器になる、ってこと?」
「そうだ。実のところ、俺も“両性往来者”には頭を悩ましたが、使い所を間違えなければ大きな武器になる」
「使い所、って?」
首を傾げるティア。
だが、ズィルバーは、それ以上は教えたくないのか頑な口を閉ざす。
「それより――」
ズィルバーはシノらの方に目を向ける。
「ユンを連れて野営地に戻るぞ。一晩休めれば、明日の朝には立てるぐらいに回復する」
戻ることを告げれば、ユキネを筆頭にユンを慕う仲間たちがズィルバーに敵意を示してくる。
敵意に晒されてもなお、ズィルバーは臆することもなく、ユキネらを見渡す。
見渡した後、悪態をつくかのようにフンッ、と鼻で笑った。
「なんだ。一人じゃないじゃん。全く、一人だと思い込んでるバカを相手にするのは嫌な気分だぜ」
「そのわりにはスッキリしているように見えるけど?」
「うぐっ!?」
ティアの指摘に言葉を詰まらせるズィルバー。
「とりあえず、敵意を向けるのはけっこう。地方の風紀を守るやり方はバラバラだろうが。こっちのやり方に反感があるんだったら、いつでも喧嘩は受けてやる。自分らの大将を支えていきたい度胸があるキミらだったら、いつでも相手になってやるよ」
ズィルバーの言葉に怪訝そうに睨んでくるユキネたち。
「だが、今は目の前の敵に優先すべきだ。俺たちの敵は“獅子盗賊団”。奴らを叩き伏せるためだったら、俺たちは協力を惜しまないよ」
ギリッ、と歯を食いしばるユキネたち。徐々に剣呑な空気になっていく中、シノが止めに入る。
「やめなさい、あんたたち!」
「シノ様!?」
「しかし、あいつはユン様を――」
「今のズィルバーはユン以上に強い。ユンに負けたあんたたちが束になっても勝てる相手じゃないでしょう!」
シノの言葉は的を射ており、ユキネたちもぐうの音も出ずに黙りになる。
「白銀の黄昏との折り合いは私に任せて。あんたたちはユンを天幕に運びなさい!」
『は、はい!』
「ゼオン! 天幕に運んだら、すぐに治療しなさい。見た目より内蔵に損傷が見られるわ!」
「お、おう……」
シノがテキパキと指示を出して、ユキネたちはユンを大事そうに野営地へと運んでいく。
静まりかえった高原でシノはズィルバーに問い質した。
「どうして、ユンとドンパチをしようと思ったの?」
「ユンに自分こそ東部を守っていくんだと自覚させるため」
「え?」
「カズもそうだったが、小さいことで悩むなよ、って思った」
「小さいこと、って……」
「事実だろう。自分がリーダーに相応しいと思っているのかと疑ると皆が彷徨ってしまう。本気で悩む奴が自分よりも家族や仲間のことで怒ったりするか」
彼の指摘にシノは今になってユンは小さいことだったと理解する。
「後はきっかけを掴めば、ユンは伸びるよ」
ズィルバーは背を向け、ティアとレインを引き連れて野営地に戻っていく。
「あんたがきっかけを教えればいいじゃない」
「アホか。余所様の問題に突っ込む気はない。今回は皇家からの勅命を受けたから東部に来ただけ。そっちの事情なんざ興味がない」
皮切りに彼らは野営地へと戻ってしまった。
一人取り残されたシノ。
彼女は夜空に浮かべる月を眺める。
「そう、よね……」
(ズィルバーは自分がリーダーに相応しいと思っているから。ぶれることもなく進む道に迷いがなく、ティアやシューテルたちも彷徨ったりしない)
「結局のところ……経験の差、か」
独りごちに呟いて、彼女は野営地へと走っていった。
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