英雄。東の友と刃を交える。
月明かりに照らされる高原で剣戟音が木霊する。
闇に光る火花が誰かが戦ってるのを物語らせる。
刃を交えるはズィルバーとユン。
剣を右手に持ち、剣技を披露する。
拳鍔を嵌め、剣を弾き、体技で応戦する。
理由も分からずにいきなり、ドンパチを始めたズィルバーとユン。
岩場に腰を下ろして見ているティアとシノからしたら、
((どうしてこうなったの!?))
という心境だ。
いきなり、ドンパチをする羽目になったユン。
彼はズィルバーがなぜ、ドンパチをしようと思い至ったのかは分からない。しかし、ドンパチをしていると胸中に渦巻く血の気の多さ。気性の荒さに対する疑問が薄れていく。
「ハッ!」
「オラッ!」
剣と拳鍔が衝突し、押し合っている。
ギリギリ、と押し合うもユンの瞳には怯えがある。ズィルバーは瞳を見て、“静の闘気”で心の内を読んで、目を細める。
「どうした、拳に冴えがないな」
「ズィルバー。どうして、急にドンパチなんかを――」
「キミが抱いている恐怖を払拭するためだ」
「恐怖?」
ユンは言葉の意味が分からず、呆気にとられる。呆気にとられたことで拳の力が緩み、
「甘い!」
ズィルバーに押し切られてしまう。
ユンは押し切られた勢いを利用して後ろに距離を取って体勢を立て直す。
ズィルバーは剣を払った後、言葉を紡ぐ。
「ユン。キミが抱いてる恐怖は血の気の多さであり、気性の荒さ、だろう」
ユンは彼に指摘され、言葉を詰まらせる。
言葉を詰まらせるということは、つまり――。
「図星か。全く……東の大将もカズとは違った悩みを抱えてやがる」
「カズが悩んでいた?」
ユンはカズが悩んでいたとは初耳だった。
「ああ。北に帰ってきたときからカズには自信がなかった」
ズィルバーはカズにも悩みがあったと話す。
「俺と比較し、卑屈になっていたが、“魔王傭兵団”の総督、“魔王カイ”を倒してからか自信がついて、北方をまとめ上げるだけの力を持ち始めた」
「カズ……」
(あいつ。やっぱり、すごいな。どこか、大物になる風格を持ち合わせたけど、俺よりも優秀だったんだな)
ユンはここに来て、卑屈になる。
ズィルバーは“静の闘気”を使わなくても、ユンが卑屈になってるのがわかる。
「さっき言ったな。『ブチ切れたときは人が変わったように気性が荒かった』って。キミはただ、スイッチの入れ方を知らないだけ」
「スイッチの入れ方……?」
ユンはズィルバーの言葉の意味が分からず、頭の中で渦巻く。
「気性の荒い性格と穏便な性格を切り替えるスイッチのことだ」
「…………」
ズィルバーの話を聞きつつ、ユンは自分の気性の荒さをどう向き合えばいいのか悩んでいる。
岩場に腰を下ろして見ているティアとシノ。特に、シノはズィルバーが言ってることがよく理解できる。
「ズィルバー。ユンが一番悩んでることをスパッと聞いてくるね」
「ユンが一番悩んでること?」
ティアはシノにユンが悩んでることを訊ねた。
「ユンは自分の気性の荒さに怖がってるのよ」
「気性の荒さ?」
「言うなれば、血の気が多い、って感じね。私も血の気が多い方だけど、ユンは、それ以上に多くて、しょっちゅう喧嘩に絡まれることが多かった。東に戻って、東部支部の学園に通うも生徒から喧嘩を吹き込まれる日々。ユンは穏便な性格。喧嘩をしたくない性分なのよ」
「つまり、板挟み状態なのね」
ティアが鋭く指摘すれば、シノは頷いた。
「だから、ユンは自分の気性の荒さに怖がっているのよ」
「ふーん」
ティアは素っ気ない態度を示した。シノからしたら、素っ気ないティアにジーッと睨みつける。
「なに、睨んでるの? それはユン自身の問題でしょう。私やシノに関係ないじゃない」
「大有りよ。ユンはブチ切れると人が変わるのと同時に――」
「同時に?」
シノは続きを言おうとしたところで、ゾクッと背筋を凍らせるほどの寒気が身体を通り抜けた。
ティアとシノは同時に視線を転じれば、ユンからパリパリ、と雷が迸っていた。
「なに、あれ……」
「ユンが気性の荒さが出ると精霊の力が暴走しちゃうのよ」
「えっ!?」
ティアにとっても予想外で驚きを隠せない。
「精霊が暴走する!?」
「ユンの首にかかっている黄色いネックレス。あれが、パーフィス公爵家を代々から守り続ける精霊が眠っている」
「それが暴走しているというの? じゃあ、ユンの父君も同様に――」
「違う。暴走はユンのみに起きている」
「ユンだけ、って……」
ティアは危険だと判断したら、ズィルバーに声を飛ばす。
「ズィルバー! 逃げて! ユンが暴走している!」
ズィルバーはティアの声を聞こえてるのか。一度、彼女を見て、ユンを見つめた。
彼が視線を切ったことでティアは
(まさか……)
という心境に至る。
「まさか、ズィルバー。わざと、ユンを、暴走させた……」
「ッ! あいつ……」
ティアの言葉にシノは激情し、ズィルバーへの怒りを募らせる。
「落ち着きなさい。あれは起こるべくして起きているのよ」
「「ッ――!?」」
背後から声が聞こえ、ティアとシノは振り向けば、レインが歩み寄ってきた。
「レイン様!?」
「それより、どういうこと?」
「なにが?」
「ユンを暴走させたことよ!!」
声を荒立てるシノ。
その言葉にはユンのことを重んじ、恋し、助けたいという想いが篭もっていた。
レインはシノの気持ちを受け止めつつ、ユンの暴走するわけを教える。
「“人格変性”」
「ぺ、……“人格変性”?」
「なによ、それ……」
ティアとシノは聞いたことがない単語に呆気にとられる。
「一人の人間に人格が二つという異能体質。俗に言う、“二重人格”」
「二重…人格……」
「でも、ユンは今まで、人格が変わることなんてなかったわ!」
シノはユンが異能を持っているとは知らず、人格が変わることがなかったと豪語する。
「異能の発現条件がズィルバーのとは違う」
「ズィルバーとは違う?」
「ええ。ズィルバーの“両性往来者”は月齢期で発現するのに対し、“人格変性”は心の変化、感情の変化で発現する」
「心と感情の、変化……」
レインの口から明かされる異能の発現条件にティアとシノは血の気を引く。
「“人格変性”の場合、昼夜で人格が変わるという話を聞いたことがある」
「ちょっと、待って!? ユンは今まで、昼でも夜でも性格は変わらなかった! そんな意味の分からないことを言わないでよ!」
シノは真っ向からレインに食ってかかる。
ユンが異能を持っていることも。異能の発現条件が心の変化や昼夜で変化するのを信じたくなかった。
レインもシノの気持ちが痛いほど理解できる。
理解できるからこそ、彼女の反問を答えないといけなかった。
「残念だけど、この異能は実在する。現に彼が、その異能を発現した」
「言わないで――」
「私は“人格変性”を持った人間を知っている」
「言わないで――」
「今の彼は――」
「それ以上は言わないで!!」
レインの言葉を真っ向からぶった切り、信じたくないと豪語する。
レインはシノの胸倉を掴み、キツイ言葉を言い放つ。
「信じたくないなら、それでもいい! でもね。本気で彼のことを助けたいと思っているのなら、目を背くんじゃない!!」
「…………」
彼女のキツイ言葉にシノは目尻から涙を流し始める。
レインは手を放す。手を放せば、シノはその場でしゃがみ込む。
「どうすれば、いいのよ……」
涙ぐみ、嗚咽を吐き散らす。
自分ではユンを助けられない。
ユンが未知なる自分に怖がって苦悩している。
そんな彼を見続けたシノ。彼女はどうすればいいのか分からずにいた。
レインはシノの頭を撫でる。
「彼の気性の荒さにご家族は知っている?」
シノはレインの質問に首を横に振る。
「そう。一人で抱え込んできたのね」
レインは抱きとめる。
「よく頑張ってる。本気で彼のことを思っていなかったら、そこまで苦悩しない。涙を流すことはない。ユンへの想いはシノにとって大事なものよ」
彼女に優しくほだされ、シノは今まで抑えていた感情が吐き出された。
ティアはシノを見て、こう思った。
(私もズィルバーの異能をどうにかしてあげたい。でも、どうすればいいのか分からない。だからこそ――)
「シノ」
ティアは泣き続けるシノに声をかける。
「お互い。私たちには叶えてあげないといけない想いがある」
「叶えてあげないと、いけない、想い……」
「いつまでもめそめそ泣かない。あなたが信じているユンは、そんなに柔な男だった?」
ティアの発言にキッ、と猫のように睨みつけるシノ。
「ユンはそんな柔じゃない。呪術を勉強し続け、ズィルバーに見返してやろうと努力し続けてきた」
「だったら、私たちがすべきことは信じる。ユンは自分の気性の荒さに負けない。信じてあげないとユンに惚れた意義がなくなるわ」
ティアに言われて、シノは涙を拭い、皹まみれの目元でズィルバーとユンのドンパチを見守り続ける。
ズィルバーは今、自ら暴走を促したユンとドンパチしている。
「ラッ!!」
縦横無尽。乱雑に振るわれる拳の応酬。
まさに、嵐そのものだった。
拳の嵐を前にズィルバーは
「フゥ~」
と、大きく息を吐いて、心を静める。
(まず、心を静め、相手の流れに合わせること――)
ズィルバーの紅と蒼の瞳が虚ろになっていく。
剣を鞘に納め、襲いかかる拳の嵐を彼は必要最小限の動きだけで躱してみせる。
首を動かしたり、腕や手でいなしたりしてる。ただ一つだけ言えることは全ての攻撃が“静の闘気”に取り込んでいることに――。
「ッ――!?」
ユンも暴走しているとはいえ、本能で躱されていることに気づき、動きを止めて、様子を見るかのように身構える。
ズィルバーはユンが攻撃の手を止め、身構えたのを“静の闘気”を通して気づいていた。
故に――。ユンの懐に入り込み、拳を添える。
ハー、と息を吐いた瞬間、ユンの胴体に強烈な一撃が叩き込まれた。
「“帝剣流”・“羅刹豪拳突き”!!!」
「がッ!?」
一撃を受けたユンは衝撃に吹き飛ばされ、ゴロゴロと高原の上を転がり込む。
ゲホゲホと咳き込み、血を吐き出した。
胴体に拳が触れたまま叩き込まれた一撃にユンの内臓は多少ダメージを負った。
口の中が鉄の味に支配されるも、彼は口から垂れる血を拭って立ち上がった。
立ち上がるユンはズィルバーを睨みつける。
その睨みはまさに、獣であり、食い殺すかのような殺気を放っていた。
ズィルバーはユンから放たれる殺気をビリビリ、と肌を滑らせながらも感じとる。
(すごい殺気……暴走させたとはいえ、気性が荒いときはまさに獣だな)
分析こそすれど、彼の目は懐かしむような目をしていた。
まるで、暴走するユンを誰かに重ねたように――。
(彼を見ると、キミを思いだすよ。ベルデ――)
忘れたくても忘れられない戦友の面影だった。
(あの時のキミも、その異能に悩まされていたっけ……)
「“人格変性”。条件を満たすと人格、性格が変わってしまう異能体質。俺の“両性往来者”とは違うも呪われた体質に変わりない」
「――?」
ユンはズィルバーの言葉の意味が理解できず、本能に従い、警戒している。
「まあ、それも――関係ない話だけどな」
ズィルバーも構える。
確実にユンを倒す気でいるのが“闘気”を使用しなくてもユンは肌で感じとる。
「――!」
警戒したのと同時に、危険だと判断したのか。
首に下げている首飾りから青白い稲妻が彼の身体に走る。
バリバリ、と迸る稲妻。
ズィルバーとレインは稲妻の発生源、力の源がどこから来るのか見てとれた。
(この力は――)
(――ネル……)
力の源が誰なのか言葉にせずとも分かりきってしまう。
ユンの身体に帯びる稲妻。
“静の闘気”による先読みをしなくても目で、肌で感じとっている。
ズィルバーが首を右に傾げば、こめかみを狙った拳が通り過ぎる。
「…………」
ジーッと観察するズィルバー。
いや、見ているが正しい。
今のズィルバーはユンの動きがスローモーションに見えている。
(川に流れる岩の如く、全ての攻撃を前から後ろに滑らせる)
次第にズィルバーの動きがユンの目から見ても緩やかに見え始めた。
「――!?」
身の危険を感じたユンは距離をとった後、すぐさま、地を蹴ってズィルバーに接近する。
常人の目にはユンの動きが追いついていない。今のユンは常人の域を超えていた。
だが――
「残念だけど、同じ轍は踏まない」
ズィルバーの目にはユンの動きがスローに見えている。まるで水中で戦っているかのような感覚を味わっている。
「――!?」
ユンも稲妻を帯びた拳がズィルバーに当たっていないことを、ようやく気づく。
気づいたことですかさず、距離を取って身構える。
「距離を取るのはいいけど、我を忘れて、他に気配りできないようじゃあ、せっかくの力も無駄に消耗するだけだ。意味がないよ」
ズィルバーも構えて、奇襲への対応を取る。
ズィルバーの動きもさることながら、ユンの急加速に驚くティアとシノ。
「ズィルバーの“闘気”は何度見てもすごいけど」
「それよりも、ユンの急加速はなに? 今まで、見たことがない」
ズィルバーの技術の高さは“ティーターン学園”に入学した頃から知っていたティアとシノ。
而して、ユンの急加速には驚きを隠せない。
身体に帯びる稲妻。稲妻が急加速に関係するのか、と疑っている。
「なんて無茶を……」
レインがティアとシノとは違った驚きをしている。手で口元を覆い、震えていたからだ。
「ネルは何をしているの!? このままじゃあ、彼の身体にとんでもないことが起きるわ!?」
「レイン様。それはどういうことですか!?」
「とんでもないことって――」
ティアとシノがレインに詰め寄り訊ねてくる。
「生物の身体には神経があるのを知っているね」
「はい。痛みとか味とか、ですよね?」
「そう。生物の身体にある神経は電気が走っている。脳からの指令が出るシグナルを、神経を伝って肉体に作用させる、というのが一般常識。でも、ユンくんがしていることは自分の肉体に負荷を掛けて、限界を超えた速度を出している。脳から出る指令を急激に早めて、肉体の反応速度を上げているのよ」
レインの解説を聞き、シノは全身に寒気が走る。
「でも、それって……」
「ええ。限界を超えた速度を出すってことは、肉体にかかる負荷は尋常にならない痛みとなって襲いかかる。しかも、身体ができていない状態だと、身体のどこかが故障してもおかしくない」
「――――あ、ああ…………」
シノはユンが壊れていく姿を想像して、身体が震えだした。
「それじゃあ、ズィルバーに『一気に勝負をつけて』と頼まないと」
「いえ、それをしても意味がない。あれはいわば、暴走状態」
「暴走?」
「“人格変性”。異能によって表出した、もう一人の人格とユンくんは闘わないといけない」
「闘うって――」
「こんな状況なのに!?」
ティアは声を荒げて、レインに問い詰める。
「そうよ。シノちゃんに聞きたいけど、パーフィス公爵家はベルデの子孫だよね?」
「ベルデ? ベルデ・I・グリューンのこと?」
「ええ。彼のことよ」
「うん。前にユンのお父さん――レイルズ卿が教えてくれたわ」
シノはユンの先祖がベルデであることを肯定した。
レインはユンがベルデの子孫だと知ると同時に彼の首に下げている首飾りを睨みつける。
「ネルは何をしているの!? 本来なら無理にでも使い手を寝かせるのが普通でしょう!!」
声を荒げる彼女だが、ティアとシノからしたら――
((それ、精霊としてあるまじき行動じゃない?))
人間と精霊との主従関係を明らかに無視した言い分に感じた。
「全く、精霊は使い手の影響を及ぼされやすい。ネルの血の気の多さは主人譲りってわけ!!」
「え? 精霊って、主の影響を受けやすいんですか?」
ティアとシノは学園の講義で精霊のことは関して聴いてはいても個性があるとは聞いたことがなかったからだ。
ティアの問いかけにレインはうーん、と頭を捻らせながら答えた。
「うーん。個人差はあるけど、基本、精霊は生き物だから。主の精神性が色濃く反映されやすい。私の天然っぽい性格もズィルバーに影響よ」
レインが自分の性格を打ち明かし、要因がズィルバーにあると聞いて、ティアは
「そういえば、ズィルバーも女子に対しては天然よね」
(ヤマトもノウェムもズィルバーに惚れ落ちているし)
「ふーん。“動物は飼い主に似る”って聞くけど、“精霊は主人に似る”ってところかしら」
「シノちゃんの例えが正解。精霊とて生き物よ。主人との関係が深まり、相性が良くなれば、振るわれる力が増大する。特に性格が似通っていると関係の深まりが良くなっていく。しかも、血の気が多い者同士が関係を深めると――ッ!?」
ふいに、ティアとシノ、レインの三人に強烈な寒気が走った。
いや、寒気なんて生温い。
今、彼女たちに襲いかかったのは存在感。
「なに、いまの……」
「きゅうに、寒くなった……?」
ガタガタ、と腕を抱いて震え上がっているティアとシノ。
「いえ、違うわ。これは――寒気を通り越した存在感……」
レインはズィルバーとドンパチしているユンを見る。
月明かりに照らされ、変貌した彼を見る。
艶のある黒髪が稲妻を思わせる金髪へと変わる。
目つきまで変わり、先ほどユンとは別人を思わせる風貌。なにより、驚くべきなのは――。
「ようやく、面を見せたか」
(同時に“闘気”も膨れあがっている。血の気の多さの源たる人格が出たことでユン自身が持つ秘めた力が芽吹き始めた)
対峙してるズィルバーはユンの秘めた力を引き出してやった。
(千年前、ベルデと同じ方法を試したがうまくいくものだな)
千年前、ズィルバーの戦友、ベルデもユンと同じように“人格変性”。自身の血の気の多さに苛まれていた。
自分の武器にするために彼は戦友と喧嘩をふっかけ続けたことで自身の最大の強みを知り、同時に弱みを知ることで最強を目指す道を見出したのをズィルバーは記憶している。
記憶通りにズィルバーはユンを追い詰め、ユンの秘めた力を引き摺りださせた。
引き摺りださせた結果、ユンの風貌が大きく変化し、血の気の多さの源たる人格が顔を出した。
「気分はどうだい?」
彼は目の前の少年――ユンに話しかける。
「いい気分だ。俺はこんなのに苛まれていたんだな」
ユンは自分に卑下を吐く。
「そう言ってやるな。キミはけっこう、その人格を弱さと怖がってる。自分が長に相応しいのかどうか、ってな」
ズィルバーの指摘に嫌気をさしたのか。ケッ、と盛大に舌打ちをする。
「優しさだけじゃあ、彼奴らを率いれねぇって言うんだったら――」
「だったら?」
「だったら……弱っちい優しさなんざ捨ててやるよ!!」
ビリビリ、と大気が震撼するほどの存在感を放つユン。
ユンが放つ存在感を前にシノはドキッと顔を赤らめる。
「……え?」
(――えぇぇぇっ!? ユン。急に男前になっちゃった!? か、格好良すぎる!?)
両手を頬に添えて、ユンに視線を合わせづらくなっているシノ。
ティアとレインは目を細め、呆気に囚われていた。
(ギャップがすごくない?)
(ズィルバーもカズもそうだけど、ユンもユンでギャップがすごいわね)
呆れていた。
フゥ~ッ、と息を吐くユン。
「なんだか……血が……熱いなぁ……」
「それがキミが持つ異能、“人格変性”の影響じゃないか?」
「血……? “人格変性”……?」
「異能の一つさ。俺の“両性往来者”は性転換だが、キミの“人格変性”は人格転換」
「人格転換?」
「要は二重人格。昼夜や異能者の心の変化によって人格転移を引き起こす病気みたいなもの。ユン。キミも俺と同じ異能者ってわけだ」
ズィルバーの言葉を聞き、ユンはふーん、と納得したのかしていないかの素振りをする。
「なあ、一つ聞きたいんだ。今の俺ならよぅ……お前に勝てるのか、ズィルバー?」
バリバリ、と身体に稲妻を帯びさせるユン。
あからさまな挑発にズィルバーは鼻で笑った。
「ハッ。笑わせるな。たった一人で戦おうとしていないキミが俺に勝てるか? っていうか、血の気が多くなって、獣じみているのか?」
ズィルバーもあからさまな挑発で返してくる。
彼の返しをどう解釈したのか知らないが、ビリ、と空気が変わったのを確かであった。
「俺がたった一人で戦おうとしているんだと? ふざけたことを抜かしてるんじゃねぇぞ、ズィルバー?」
「ふざけてないよ。事実だし」
(っていうか、人格が変わると口調が大きく変わってないか?)
ユンの口調が変わっているのをズィルバーだけじゃなく、ティアとレインも気づいていた。
シノに関してはユンのことに恋しすぎて、気づいてすらいなかった。
「シノ。ユンの口調が変わってることに気づきなさいよ」
「え? 口調? 何を言ってるの、ユンが男勝りになってるなら、口調が変わるなんて普通じゃない」
「「…………」」
(ダメね――)
(好きな人の雰囲気が変わってることに全然気づいていない。“恋に盲目”とはこのことね)
(私もズィルバーとデートしているとき、ってそうなのかしら? 後で、シューテルに聞いてみよう)
ティアは自分もシノと同じになってるときがあるんじゃないかと思い込んでしまった。
「だったら、俺が一人で戦っていねぇことを拳で証明してやるよ」
「いいよ。互いの主張が正しければ、拳でぶつかり合うしかないからね」
“闘気”を高め合うズィルバーとユン。
互いに公爵公子。国を引っ張っていく次世代の申し子。そりが合わなくて上等。
喧嘩するのは至極当然。
ぶつかり合わなければ、互いの気持ちなんて理解し合えない。
気持ちを知ることで人は集まり、自ずと仲間がついてくるのが人の上に立つ長の器なのだと、ズィルバーは千年前に経験した。
「こい! 強さを理解せず、たった一人で戦うキミなんざ怖くもなんともない! 昼のキミも、夜のキミも、自分の強さだと理解していない奴に俺は負けるわけにはいかねぇ!」
「だったら、教えてみやがれ!!」
声を荒げるのと同時に稲妻を迸らせるユン。
地を蹴って彼に接近し、顔面めがけて拳を振るってきた。
ズィルバーは迫り来る拳の前に臆さず、立ち向かう姿勢をとった。
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