プロローグ 東へ。
新章開幕!!
第二帝都で起きた吸血鬼族襲撃事件から半年の時が経過した。この半年で第二帝都並びに学園の方でいくつか変わったことがある。
第二帝都の城壁を堅牢強固にすることだった。
主な要因は“獅子盗賊団”、“魔王傭兵団”と“大食らいの悪魔団”の混成部隊で第二帝都の城壁の一部が崩落し、吸血鬼族襲撃事件で正門付近が崩落したことで皇帝も城壁の修繕をするより強化して堅牢すべきだという決議がなされ、第二帝都の城壁は堅牢強固になった。
並びに第二帝都支部の人員の増加も検討された。
先の事件で第二帝都の戦力強化という提案が浮上し、皇帝も、その提案を受け入れ、本部から異動する命令を出した。
もちろん、“ティーターン学園”の警備並びに防衛には白銀の黄昏に任された。
学園の方で変わったことは学園講師陣に裏金を横領していないかの調査だ。
北方における防衛戦争において、北部の学園の長と副長は私腹を肥やしていたというのが発覚し、皇帝とゲルト公爵卿に決定により、学園長と副学園長の家は取り壊し、北壁の復興支援に回された。
なお、北部の学園――“蒼銀城”の学園長にゲルト公爵卿が就任し、学園の警備にカズ率いる漆黒なる狼が一任されることとなった。
今じゃあ、“北の黒狼”とまで呼ばれる始末。
北の治安は暗転したと言われている。
同時に中央も大きくとは言わないが、変化があった。
白銀の黄昏でも、部隊分けが発表され、正式に通知された。
基本は問題児ばかりだが、組織運営を考えて、運営を一任する生徒たちを募集し、人選、面接を経て、実務や仕事の振り分けを担当する部隊も分けた。
この提案にメンバーは文句を言う気がなく、むしろ、そうしてほしい、という声が上がった。
学園においての変化は異種族の受け入れだ。
異種族も学問を学び、知識を増やして、貢献していく仕組みが整えつつある。
理由としては白銀の黄昏が象徴ともいえる。
当組織が異種族を受け入れ、個性や能力に振り分けた役割を与えているからだ。それを学園と生徒会が認め、異種族の受け入れを認めたのだ。
とは言っても、いきなり、人族とごちゃ混ぜになるといけないので、学生寮も分けて使用することになった。
問題が発生すれば、風紀委員たる白銀の黄昏が止めに入るという形で生徒たちも納得した。
新入生も在学生も異種族の受け入れに賛否両論だったが、最終的に在学している異種族に惹かれていき、小さくなっていった。
地方においても同様な動きをし始めている。
北方は魚人族と人魚族の受け入れ。
東方は耳長族の受け入れ。
西方は巨人族の受け入れ。
南方は小人族と獣族の受け入れ。
と、着実に多種族国家としての道を歩み始めている。
千年前に築きあげてきた土台がようやく、芽吹きだした気がした。
ここまでが大きな変革だった。
しかし、おおきな変革の中にはちょっとした事件も発生した。
それが、第二帝都支部に囚われている吸血鬼族――アシュラとクルルが脱走したことだ。
親衛隊も総力をあげて捜索し、捕縛しようと検討されたが、支部長シンの決定により、取り消された。
彼は味方の損害を考え、みすみす逃がしてあげようという意見を提示した。
当然、支部内でも反発があったが、ここに捕縛ないしは交戦経験を持つシノアが
「下手な追撃は危険です。吸血鬼族の感覚器官は人族の倍以上。身体能力においても人族とは画然としています。今回は逃がしてあげるのが得策だと思います」
進言したが、一部は反発する声が上がる。
彼らは本部から異動されたばかりの親衛隊隊員が眼福した体型をしており、功績を立てて、本部に返り咲きたいという野望が丸出しだった。
彼らの気持ちを汲んで、シンが指令を出した。
「では、キミたちで吸血鬼族の追跡隊を組織し、追跡・捕縛してほしい。手柄次第で僕から本部に昇進の打診を言ってみるよ」
告げて、彼らは快く指令を全うすることを誓った。
彼らがいなくなったところでシノアとグレンはシンの容赦のなさに感服した。
「思いきったことをしたな」
「だって、彼らは第二帝都支部において、邪魔だから。この機会に殺処分しようと思った」
「彼らに関していえば、悪評が流れていますからね」
シノアも嫌みをタラタラ、と吐いた。
「くれぐれも内密に頼むよ」
「分かってまーす」
「そういや、地方の支部長も本部から左遷された連中を極悪人共の監視に当てたんだったな」
「うん。その話らしい。ただ、北方の場合は北壁周辺の村々の復興に駆り出させたという話だよ」
「どこまでいっても、本部は信用できませんね。クレト中将や姉さん、アイオ准将以外は、ですけど」
「限定しすぎだ」
ポカッ、とグレンはシノアの頭を小突いた。
「すみません。でも、皇家としても彼らの殺処分を考えていたと思いますが?」
「確かに、皇家もそのような動きがあったと聞いてたよ。っていうか、シノアたちの昇進したときから考えたんじゃないかな」
「なにが、ですか?」
「有望株のキミたちを本部へ異動させることを――」
シンが言っていることは憶測だが。その憶測は正しいと思っている。
現に皇家はシノア部隊に数多くの依頼を言い渡している。おそらく、経験を積ませて、本部の役職をつかせるためだと考えた。
遠くない未来に備えて、仮想敵組織を見据えてだ。
「異動と言えば、シノア部隊に配属された聖霊機関の彼女はどうなんだい?」
「難儀していますよ。ですが、ユウトさんの施しの精神には心が折れて、渋々受けとっているようです」
「ハッ。あの嬢ちゃんもユウトのバカには形無しか」
「あと、支部での決まりなんかはヨーイチさんが受け持っています。彼女個人が頼まれたことなので」
シノアの含み的な言い方にグレンとシンは大体の事情を察した。
「ふーん。いいんじゃないか。若いうちに関係を深めても」
「ガキの恋愛なんざ真っ平ごめんだな。ガキはガキらしく青春ってか」
「グレン大佐も姉さんのアプローチから逃げてるって話ですけど」
「死にてぇようだな」
グレンのドスの利いた声音にシノアは
「怖い怖い」
と言って、支部長室を退室した。
「シノアにいいように言われたね、グレン」
「あのガキだって、ユウトのことが気になってしょうがねぇだろうが」
シンのちょっかいにグレンは盛大に悪態を吐いた。
後日。
野望丸出しだった親衛隊隊員は吸血鬼族であるアシュラとクルルの追跡し、捕縛おろか反撃並びに迎えに来ていた仲間の手によって皆殺しにされた。
その一部始終を、物陰に潜んで追跡していた聖霊機関がそう証言した。
皆殺しにされた場所は南部の砂漠地帯。
追跡隊は混迷にきたしていた。
砂漠地帯だったが故に砂塵が視界を覆って、周りの状況を捉えられずにいた。
「くそっ、どうなっている?」
剣を振るうも敵にあたるどころか味方を斬っている始末。味方の胸板から血飛沫が天高く舞い上がった。
味方が血を吐き出して地面に頽れる。眼福体型をした隊員は剣を掲げて大声を上げた。
「同士討ちになる! しばらくすれば視界もよくなろう!」
声を張りあげても、味方がやられる声が響く。
今、彼らがいる場所は“アルデバラン砂塵”が発生する砂漠地帯であった。
“アルデバラン砂塵”とは、千年前、南方の大将軍と[戦神ヘルト]が狩ったとされる神獣・“雄王アルデバラン”が死後、ライヒ大帝国に災いをもたらそうと一子に報いる際に発生した砂塵である。
この砂塵は“テュポン・サイクロン”と同じで、砂に外在魔力が含まれており、砂塵に飲まれた人を彷徨わせるという危険な砂塵だ。
ましてや、武器を手にした部隊が行けば、間違えなく、同士討ちになる。
“アルデバラン砂塵”には飲まれた人の五感を狂わせるという恐るべき危険性を秘めている。
だが、追跡鯛の誰もが“アルデバラン砂塵”のことを知らず。ましてや、土地勘すらもないままに、南方に足を踏み入れた。
退こうにも退けない状況に陥っている。
「皇家めぇ。大人しくしていれば、こうはならなかったものを!」
中央に、親衛隊本部に返り咲くためにも失態を晒すことは許されず、戦果を上げなければいけないというのに、どこまでも邪魔をしてくる連中がいることが、彼らにとって許せることではなかった。
隊員の誰かが退こうと口にしたとき、突如として襲撃に遭った。
男は慌てて地面に倒れた隊員に近づくも、矢が頭を突き抜けていることでその者は絶命していた。
矢尻の先から血が滴り落ちて砂に吸い込まれていく。
「……これはまずい」
瞬間――砂塵を突き抜けて大量の矢が降り注いできた。
顔を引き攣らせた眼福体型した隊員は咄嗟に絶命した隊員が持っていた盾を拾って、身を屈めるが、周りの隊員たちが反応できずに次々と倒れていく。
敵からの攻撃だと思ってはいても背後から飛んできたことで
(敵は背後にいるのか!?)
焦りを見せる。
「全軍、すぐ――」
男が声を上げようとしたとき、その首が宙を舞った。
ドサッ、と首が砂の上に落ち、首を失った胴体も砂漠の上に倒れ伏した。
“アルデバラン砂塵”に囚われた追跡隊は全員。同士討ちと何者かの襲撃によって全滅した。
砂塵の外から眺めていた二人の吸血鬼族。
レスカーと成人男性がいた。
「レスカー、いいのか。人族を殺して」
「構わん。親衛隊のゴミだ。連中はゴミ掃除をするために追跡隊を出したようだ」
「それはいいけどよ」
「それよりも撤退する。そろそろ、第三始祖会議が始まる。遅れるな、スカトラ」
レスカーは成人男性――スカトラに声を飛ばし、スカトラも呆れた返事をして、彼について行った。
追跡隊が全滅したのを知って、シンは報告してくれた聖霊機関の者を労い、高い蒸留酒を渡した。
「報告してくれた礼だ。仲間同士で飲んでくれ」
「痛み入り感謝します。ところで、メリナの様子は如何なもので?」
「彼女は今、監視している部隊で錐揉みしているよ。今頃、“闘気”の習得に励んでいるんじゃないかな」
「さようですか。なにしろ、メリナは“闘気”を習得する前に実戦投入してしまった身の上。格上との戦闘の仕方を教えていなかったのです」
「へぇ~、そうだったんだ。彼女のことはこちらに任せてくれ。裏でひっそり報告していても目を瞑っておくよ」
「寛大な措置に感謝いたす。では」
と、聖霊機関の者は退室した。
フーッ、と息を吐いて、シンは椅子の背もたれにもたれ掛かる。
「全く、本部から左遷された時点で、自分らが復帰するなんて甘い考え捨てなよ。みっともない。まあ、それも死んだことだし。関係ないか」
愚痴を漏らした後、業務に戻った。
というのが、半年間に起きた出来事だ。そして、いよいよ、舞台は北の寒さから陽気と独特の風習に包まれる東へとシフトする。
時は千年前。
東方へ勢力拡大し、ある森での一幕。
その森はただの森にあらず、精霊が住まう森。はたまたは耳長族が隠れ潜む森でもあった。
その森の中にある花園でヘルトと藍色の髪をした青年が、一人の耳長族と話をしていた。
「アルバス。ここの理論を教えてくれないか」
「ヘルト殿は貪欲に知識を貪ろうとしますな。ですが、根を詰めすぎると身体に毒ですぞ」
「やめておけ、アルバス。ヘルトは自分が納得するまで梃子でも止まらん」
「しかし、ベルデ殿――」
「止めたきゃ、レイに頼むしかない。まあ、彼女は今、ヘルトのことがご執心だしな」
「ん? 俺が、なんだって?」
「お前が女心を理解できない鈍感だって言ったんだ」
「?」
ベルデの叱責もヘルトには首を傾げるだけであった。
「とは言っても、東への勢力拡大。難儀な世の中ですな」
「そう言うな、アルバス。俺たちはいずれ、――――」
この時、ベルデが口にした言葉が風のさえずりと重なり、周囲に木霊しなかった。
「そうでしたな。そろそろ、お時間では。ヘルト殿。その理論に関してはまたの機会にしてくだされ」
「……分かった。だが、それを聞くまで約束、すっぽかすなよ!」
「ええ。自分もヘルト殿との歓談は至極、楽しいので」
アルバスが約束を受け止め、ヘルトとベルデは花園をあとにする。
ベルデの手には金色の爪が嵌められ、ヘルトの手には白銀の剣が握られる。
「さあ、一気に戦果を広げようじゃないか、ヘルト!」
「広げすぎると対応しづらいんだがな。任せておけ、ベルデ」
それが、千年前、森の中での約束と思いでの一幕であった。
こうして、半年ほどの時が経過し、ズィルバーは一人。執務室で眠りに耽っていた。が、すぐに目を覚まし、こめかみを摘まむ。
(だいぶ、疲れているな。無理もないか)
ズィルバーは視線を下に落とし、机の上に置かれた羊皮紙を見る。
皇家からの勅命。
内容は“東方と交流し、東で起きている事件を解決せよ”とのことだ。
皇家からの勅命となれば、公爵家の跡取りであろうと逆らうことができない。
文面には期間も書かれている。
夏から秋にかけての長期。
(明らかに東で起きている事件は大きいか、あるいは、闇深いか、だな)
「しかし、東か……」
ズィルバーは東方と聞いて、千年前の記憶を思い返す。
(さっき、見た夢は忘れてはならない思い出。いや、約束だったかもしれないな)
彼は千年前、ある耳長族と約束を交わした。
理論について語り合うという約束を――。
約束は叶えられず、千年の時が経過した。
「約束を果たせずじまいだな」
「約束って、なに?」
独りごちってたズィルバーに突っ込んでくる声。
その声にビクッ、とキョドってしまうズィルバー。
慌てて、視線を上に上げれば、ティア殿下が執務室に入ってきていた。
「ズィルバー。約束って、なによ?」
(隠さないで教えなさいよ)
言外の呟きが聞こえ、ズィルバーはうそを交えて教えた。
「レインとの約束だよ。東に行く際、どこを見て回ろうかなって、話をさ」
笑って誤魔化すズィルバーにティア殿下はジーッと目を細める。
「ズィルバー。何か隠しているでしょう」
(正直に吐きなさい)
詰め寄ってくる。
「隠していないから安心しろ」
(ティアには教えたくないからな)
と、秘密を暴こうとするティア殿下と秘密を隠そうとするズィルバー。
二人の視線が交錯し、彼女が先に心を折れた。
「まあいいわ。興味があるか、って言ったら、興味ないし。それで、東方へ向かうメンバーは決めたの?」
「一応は、な。東方には耳長族が住まう森がある。耳長族の森だからな。土地勘のあるノウェムとヒロは強制だ。東方の文化は独特だ。独特の文化に触れさせたいと思って、ヤマトやアルスたちを連れて行く」
「九傑の大半を中央に残すの?」
「四剣将もシューテル以外は残すつもりだ。北方のことを考えて、留守中の警備を任せておきたい」
ズィルバーが言う留守番とは、東方に向かってる間の留守番だ。
昨年、北方へ演習に向かった際、そのまま、“魔王傭兵団”と防衛戦争にまで発展した。
東でも同じようなことにならないともかぎらないので、留守を任せられる人員を残しておこうと考えていた。
「ひとまず、諜報部隊としてアルスら“八王”とルラキら“虹の乙女”を連れて行く」
「実戦を積ませる気?」
「半分は、な。残り半分は文化に触れさせようと思っただけだ」
(東は独特だからな。ベルデのせいで)
ズィルバーは東の文化が独特だと言い切る。
「そうね。東の文化はライヒ大帝国でも変わってると聞くわ。触れさせたい気持ちも分かる」
うんうん、と頷くティア殿下。
「とりあえず、明日にでも発表するよ。もう疲れたから寝かせてもらう」
と、皮切りにズィルバーは執務室を退室した。
一人取り残されたティア殿下は
「待ちなさい!? ズィルバー。あなたに伝えたいことが――!!?」
慌てながら、彼の後を追うように部屋を退室した。
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