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転生英雄の学園譚  作者: 柊銀華
幕間1~謁見と吸血鬼族と調査~
147/296

英雄。かつての旧友と刃を交える。③

 攻守を変えられるのを余儀なくされたアシュラとクルル。

 再び、ズィルバーの変幻自在の剣技――“北蓮流”に翻弄され始めた。剣を止めれば拳が飛んでくる。拳を避けても蹴りが腹を打つ。蹴りを受け止めれば、首筋を狙って剣が放たれる。

「く、そっ――」

「ちょこまかと!」

(動きが複雑すぎて、“闘気”でも読み切れん)

 苛立ちを吐き出しながら、アシュラとクルルは必死に食らいつこうとする。だが、見当違いな方向を剣や凶爪を振るったところで意味はない。

 夏は過ぎ去ろうとしているけども時期的に炎天下に変わらない。

 この炎天下で、激しい動きを繰り返せば体力は消耗するばかりだ。幾ばくも絶たないうちに、大量の汗とともに斬り傷から血を流したアシュラとクルル。

 通常の攻撃による斬り傷なら、数瞬の後に回復するだろうが、真なる神の加護の使い手による斬り傷は傷の回復が非常に遅い。

 “ドラグル島”での傷も先週、癒えたばかりなのだ。

 荒々しく呼吸を繰り返すアシュラとクルルを目に留めて、ズィルバーは魔剣――“虹竜”の刃先を地面に向ける。

「――もういいんじゃないか?」

「ふざけるな!」

「私たちはまだ戦えるぞ!」

 即答されて残念そうにズィルバーは嘆息した。

「傷が癒えたばかりで、よく戦えたものだ。俺としては諦めて撤退してほしいものだ」

 横面に流れる汗を鬱陶しそうに拭ってから、ズィルバーは呼吸を整えつつ、ティア殿下を見る。

 既に彼女は回復しきっており、いつでも、加勢に出る準備をしている。

 次に正門付近を見る。

 カズたちがいつでも戦える準備を整えていた。

「このまま、ズルズルと戦っていても、消耗するのはキミたちだ。引き際を弁えるだけの判断力はあるだろう。アシュラ――クルル――」

 ズィルバーは、この後に待ち受けている地獄をアシュラとクルルに告げた。

「それに、今回の失態は既に死んだ吸血鬼族(ヴァンパイヤ)だろう。ならば、キミたちが尻ぬぐいをする必要はない」

 彼はアシュラとクルルに否がないと告げる。

 今回の第二帝都襲撃はズィルバーが殺したフェリドリーなる吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の企てだ。

「だから、キミたちが俺に殺される理由なんてないはずだ。それに個々で戦う理由なんてないはずだ」

 というのはうそだ。

 今後の内容次第で、ライヒ大帝国も大きく情勢が変わる。

 それをバカ正直に言ってしまっては。意固地になられて抵抗は増すに違いない。

 うそだと見破ったのか定かではないが、アシュラとクルルは頷くことなく失笑をもって答えた。

「寝言は寝て言え」

「力尽くで黙らせてみろよ。貴様なら、私たちなど容易く倒せるだろう」

 そう言うと思っていたからこそ、ズィルバーは次の手を考えていた。

 まず、闘争心を挫かせることだ。

 そのために揺さぶりをかける必要があった。

「そういえば、俺が殺した吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の時、キミたちは動揺が激しかった。なにか、()()()()()()()()のかな。それも()()()()()を――」

 アシュラとクルルは無表情を貫いたが、ピクリと一瞬だけ眉が動いたのをズィルバーは見逃さなかった。

「もしかして、吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の親玉がまだ生きていて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とかでも言わないよね」

 ズィルバーが揺さぶりをかけている。

 しかし、眉が動いただけで、彼の中では()()()()()()()ことを理解した。

「ユウトから“ドラグル島”でキミたちやウルドに会ったと聞いたから。もしかして、()()()()()()()()()のかな、って思って――」

 いくつものの揺さぶりに、アシュラとクルルはほんの僅かだが、身震いした。

「そうか。相変わらず、あの野郎は根深く、ライヒ大帝国(この国)を貶めようとしているのか」

「黙れ」

 アシュラが怒りを隠そうともせず睨みつけてくる。それでは白状したようなものだ。

 ズィルバーは瞬時に思案して、念話でレインに語りかける。

(レイン)

『どうしたの、ズィルバー』

(すぐにティアを連れて、正門付近にいるキララさんとノイさんに伝えてくれるか。吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の親玉が生きて、計画を立てていることを――)

『――ッ!? 分かった』

 彼女はティア殿下を連れて、正門へと駆けていく。

 それだけでアシュラとクルルはレインを仕留めようと動きだそうとする。

「させると思うか?」

「情報は流させん!」

 アシュラとクルルの“闘気”が膨れあがり、周囲の空間を歪み始める。

 凄まじい“動の闘気”の激流をズィルバーは感じた。肌がチリチリと焼けるような熱に襲われる。

 ズィルバーは少しだけ驚いた。

(驚いた。アシュラとクルルがあいつに忠義を重んじるなんてな。吸血鬼族(ヴァンパイヤ)は寄せ集めの印象が強い。だからこそ、俺たちは、その隙を突け入れることができた。なのに、今では、それなりの忠義と礼節を重んじてはいるようだ)

 彼は、この千年での変化を実感する。

「レインが、彼処にいるレンやキララさん、ノイさんに告げれば、彼らがどのような行動に出るのか。キミたちでも理解できるだろう」

「貴様――」

「相も変わらずの巧みな話術だな」

 アシュラとクルルの怒気がますます強くなった。その熱は世界を塗り替えるほどに歪ませていた。

 そんな中でも、ズィルバーの顔に笑いが消えることがなかった。


 第二帝都正門付近にまで戻ってきたレインとティア殿下。

 カズたちが戦いを見ている中、レインはレン、キララ、ノイにズィルバーからの伝言を告げた。

「キララさん。吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の親玉が生きていて、壮大な計画を立てているって、ズィルバーが言っていた」

 これだけの情報だけで、キララとノイ、レンは顔を引き攣らせる。

「あいつが生きている、だって――!?」

「あの野郎。死んでいなかったのか」

「どこまでもしぶとい蛇めぇ」

 イラつかせているキララらにカズたちは訝しげに見つめてくる。

「レン。ズィルバーが言ったことってなんだ?」

「え、ええ……彼の伝言は吸血鬼族(ヴァンパイヤ)には親玉がいて、その親玉が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という話よ」

「この国に対して、壮大な計画?」

 またもや、カズたちは言葉の意味が分からず、疑問符を浮かべる。

「これは、僕が集めた情報によるけど、この十数年で、ライヒ大帝国に起きた大事件には吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の集まり。“血の師団ブラッディー・メイソン”が関わっているという話だ」

吸血鬼族(ヴァンパイヤ)が集まっている!?」

「うそでしょう!?」

 レインとレン。

 千年近くも眠っていた彼女たちは“血の師団ブラッディー・メイソン”が吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の組織で、彼らが組織として動いていることに驚愕を露わにしている。

「二人が驚くのも分からなくもない。吸血鬼族(ヴァンパイヤ)は自分勝手な連中だ。そんな彼らが指揮系統をもち、統率がとれた組織なんて聞いたことがない」

「千年前の常識とは大きく変わっているね。()()()()()()()で痛い目を見たから。組織としての重要性を見つめ直したのかもね」

「あの時の大敗北? キララ、それはなんだ?」

 ユウトがすかさず、彼女が口にした内容を聞いてくる。

 すると、ティア殿下は[戦神ヘルト]の異常者として、彼の戦歴を思いだした。

「そういえば、千年前、吸血鬼族(ヴァンパイヤ)が集合して大計画を打ち出したのを[戦神ヘルト]の作戦が見事に嵌まって、大失敗に終わったっていう伝説があったわね」

「さすが、[戦神ヘルト]のことになると、その歴史を遺憾なく発揮できる。異常者ね」

「何が言いたいのかしら、ハルナ?」

「いいえ、なにも」

 ニコッと笑顔じゃない笑顔を浮かべるティア殿下に吹けない口笛をして、そっぽを向くハルナ殿下。

 だけど、ティア殿下が告げた内容がまさしく正解だった。

「ティアちゃんの言うとおり、千年前、ヘルトの策が見事に嵌まったのよね」

「嵌まったというより、嵌まりやすかったというのが正しい。当時、吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の集まりは烏合の衆に等しかった。主義主張が強すぎて、纏まりきれず、その隙を突いて、壊滅させた」

吸血鬼族(ヴァンパイヤ)は個としての性能が非常に高いけど、集団での戦いを得意としていなかった印象が見受けられた。だから、付け入れることができたともいえる」

 ノイも当時のことを思いだし、吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の弱点を吐露した。

「集団での戦いが苦手なんですか?」

 シノアがノイに聞き返す。ノイは頷き返してから答える。

「うん。吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の集まりは寄せ集めで頭打ちとしての特徴が非常に大きい。だからこそ、ヘルトは、そこにつけいる隙があると判断して、いろんな策を講じて、戦力を分断させた。アシュラとクルルも同時、参戦していたから。ヘルトの策略の凄さを知っている。だからこそ、同じ轍を踏ませないために時間をかけて、壮大な計画を立てているのだと思う」

 ノイは吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の首領、“血の師団ブラッディー・メイソン”の親玉の考えを読む。

(どっちにしろ。吸血鬼族(ヴァンパイヤ)とはケリを付けないといけない。そのためにも、ここで戦力を削らせないと――)

 想いを抱いていた。


 ノイの想いが届いたのか否か。

 ズィルバーは第二帝都正門へ通じる道先の前に立ち塞がり、魔剣の剣先をアシュラとクルルに向けた。

「情報の流出を止めたければ、俺を殺してみなよ」

(彼らの原動力を知ることができた。レインならキララさんやノイさんに情報を流してくれる)

「ならば、望み通り――」

「貴様を殺すことにしよう!」

 ズィルバーは突撃してくるアシュラとクルルの懐に潜り込む。

「終わらせることにしよう。少しだけの間、眠ってもらおうか」

 二人に肉薄したズィルバーは剣を走らせる。

「“剣蓮流”・“神大太刀(かみのおおたち)”!!」

 速さを優先させた光速の太刀が振るわれる。身体をくの字に折って回避するアシュラの襟首を掴んで、引き寄せたら、彼の顔に拳を打ち込む。空色の雷を纏わせた拳を――。

「 “帝剣流”・“一骨豪蓮突き”!!」

 彼の右拳がアシュラの左顎に直撃した。

「が、あぁッ」

 よろめくアシュラの顔面を掴んで張り倒す。土埃が大量に舞い上がった。埃を払いように足を振り上げて、アシュラの鳩尾に落とすと身体が地面にめり込む。

「兄さん――!」

 クルルは爪を立てて、振るうもズィルバーは難なく掴み取み、引き寄せたら、膝を腹に打ち込み、身を翻らせると

「“護り抜け、神の右拳(アイギス・ファウスト)”!!」

 勢いよく右拳を彼女の顔に叩きつけた。

「お、ごぅあッ」

 よろめくクルルの顔面を掴んでアシュラと同様に張り倒す。土埃が大量に舞い上がった。埃を払いように足を振り上げて

「“護王落とし(アイギス・ドロップ)”!!」

 とどめの一撃かの如く、クルルの鳩尾に落とすと身体が地面に食い込んだ。

「「…………」」

 気を失ったアシュラとクルルを横目にズィルバーは、こちらに駆け寄ってきたレインとティア殿下に告げた。

「逃げないように縛り上げるぞ」

「え、ええ……」

「任せて」

 レインはアシュラとクルルに近寄り、聖属性の魔法の鎖で縛り上げた。

 ハア、と一息吐いてからズィルバーは魔剣を鞘に納めた。

「さすがに吸血鬼族(ヴァンパイヤ)相手だと、この力を使わざるを得ないからな」

 と言いつつ、彼はアシュラとクルルを見る。

「あと、頑丈じゃないキミたち」

「え?」

 ティア殿下はアシュラとクルルに視線を転じれば、ゲホゲホ、と咳き込んでいるアシュラとクルルがいた。

「死なれては困る。大人しく捕まってもらうよ」

「大人しく喋ると思っているの?」

「思っていないから。()()()()()()()()()()()()()んだよ」

 この言葉だけでアシュラとクルルは大体の状況を察した。

 察したところで、クルルはティア殿下に視線を転じる。

「ライヒ皇家の女、名を名乗れ」

「“白銀の黄昏シルバリック・リコフォス”副総帥、ティア・B・ライヒ」

「そうか。覚えておく。貴様を殺すのは、この私だ! だから、私以外に殺されたら、許さないからな!」

「望むところよ!」

 互いに好敵手()として認め合い、いずれ、殺し合おうと誓い合った。

 さてと――と、腰を伸ばしたズィルバーは辺りを見渡した。

 戦場となった跡地には青髪の少女が挽肉にされた吸血鬼族(ヴァンパイヤ)死体が置かれていた。

「これらを掃除するのは大変だぞ」

「すぐに父様に頼んで、親衛隊の片付けてもらうよう促しましょう」

「それが妥当だな」

 妥当な考えを思いつき、レインの手によってアシュラとクルルが連行された。

 連れて行かれる二人を横目にズィルバーは話しかける。

「もうとっくにキミらのことはライヒ大帝国に知られた」

「僕らが口を割ると思ったら、大間違いだ」

「当然、口を割れると思うなら、割っているさ。吸血鬼族(ヴァンパイヤ)はマグロになっても吐かないのが常識だ。吐きだせると思っていない」

「じゃあ、だったら、なんで捕まえた?」

「気にするな。俺個人、気になっただけだ」

「あっ?」

 アシュラとクルルは眉を顰め、チッと盛大に舌打ちをした。




 ズィルバーとアシュラ、クルルの戦いを遠目で見ていたウルドとレスカー。

「ウルド様」

「まずいことになった。フェリドリーの処断しようと思っていた矢先にアシュラとクルルが捕まったか」

「相手が、あの男なら、致し方ないと思います」

「そうだな。逃げ延びた連中は?」

「既に回収し、懲罰牢にぶち込んでおきました。“第三始祖会議”で決議します」

「なら、アシュラとクルルの奪還をしないといけない。しかし、難題だ。アシュラとクルルを奪還するには、あの男と戦わないといけない。奴の強さは俺たちが一番知っている」

 ウルドとレスカーは種族的な脅威の視力で第二帝都正門へと向かっている銀髪の少年を見ている。

 彼らがいる位置は第二帝都から約二キロメル離れた小高い丘にいる。

「この距離からでも、奴の目は届きますからね」

「ああ、今は戦闘を終えたばかりだ。感覚が鋭くなっていても気づかれにくいだろう」

「だと思いますが、油断ならないのが、あの男です」

 レスカーは否定こそしなかったが、肯定もしなかった。それだけズィルバーの凄さを理解しているのであった。




 同時にズィルバーもふと、右に振り向き、守護神(アテナ)の加護による俯瞰的な視野で小高い丘を見る。

 丘の上にいる懐かしき仇敵の存在に気づき、フッと笑みを浮かべる。

(ウルド……キミが来ていたのか。だが――)

「今はキミらから情報を引き出すことだ」

 自分に言い放って、ズィルバーは歩きだした。

「ズィルバー。なにか見つけたの?」

 ティア殿下が可愛らしく首を傾げるも彼は首を横に振る。

「いや、なにも見つからなかった」

 ニコッと微笑んで答えてくれた。


 ズィルバーとティア殿下、レインはアシュラとクルルを第二帝都正門まで連行してきた。

 連行してきたところで、レンがアシュラとクルルを見る。

「久しぶりね」

 千年ぶりの挨拶をする。

「お前はメランの――」

「あの時の小娘か。デカくなったな」

「あなたたちこそ、随分とコソコソしてるじゃない」

 ジッと見つめてくるレン。

 ジッと見つめた後、大人しく引き下がった。

「まあいいわ。捕まった時点で仲間が助けに来るのは分かってるし」

「えらく、僕らが仲間を信じてる口ぶりだね、レン」

「同じ轍を踏まないのは吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の特徴でしょう。猪突猛進じゃないのは千年前で経験している。でも、あの時は吸血鬼族(ヴァンパイヤ)が猪だったのは忘れていないよ」

「言うじゃないか、レン」

 ギロリと睨むアシュラ。

 クルルはレンの使い手であろうカズを見る。

 上から下まで隅々見て、彼女は言い放つ。

「メランの子孫か。相変わらず、黒髪黒眼が特徴的だな」

「初代様を知ってるのか?」

「その面だと、一度、会ったことがある面だな」

「ああ、会ったよ。魚人族(フィッシャー)の街でな。僕に力の使い方を教えてくれた」

「そうか。メランもメランで、()()()()()()()()()()()()()()か」

 クルルは今更ながら、“蒼銀城(ブラオブルグ)”を中心に、北方全土に発動された魔法陣を思いだす。

「“地獄の門”を開いた程度で調子に乗るな、小僧。あの門を潜らなくても、攻め入る方法はいくらでもある」

「ご忠告感謝する」

 カズはクルルから放たれる殺気を受け流し、ご指摘を受けとった。

 クルルはカズの素っ気ない態度に目を見開く。

 誰かと重ねてしまったようだ。

「チッ、素っ気ないところまで先祖そっくりだな。名を名乗れ、メランの子孫よ」

「カズ・R・レムア。レムア公爵家の次期当主にして、初代様の志を受け継ぐ男だ」

 カズは高らかに自分のことを明かした。

「そうか。ならば、受け継いでみるがいい。かつて、あいつらが志した正義とやらを」

 クルルは挑発にもとれる発言にカズは食ってかかるどころか淡々としていた。

「ほぅ~。ただの小僧ではないようだ。カイを倒して、いい気になってるかと思ったがな」

「数時間前の僕だったら、そうだったけど、僕には超えたい相手がいるんでね」

 カズはズィルバーに目を向ける。クルルも彼に目を向ければ、深い笑みを浮かべる。

「似た者同士とは、このことか」

 ハハハッ、と笑いを取っていた。


 クルルは嗤いに笑ったところで、ハルナ殿下を見る。

 ジーッと長く見つめたことで、ある事実を発覚する。

(この小娘……あの女の側面を受け継いでいる。あの女は[女神]と呼ばれる所以はいくらでもあったが、あの小娘の場合、身の内に秘める優しさの裏腹に容赦のなさがある。あの女も奴への容赦のなさがあった。確か、奴は色恋に鈍かった、と。聞いたことがある)

 クルルはカズを見た後、ハルナ殿下を再度、見る。

(時の流れを感じさせる)

 フッと笑みを浮かべた後、ハルナ殿下に話しかけた。

「ライヒ皇家の小娘、名を名乗れ」

「ハルナ・B・ライヒ。よく覚えておいて」

「いいだろう。ハルナ。貴様もティアと同じように八つ裂きにしてやる。あの女と同じ力を持つ人族(ヒューマン)だけは、この手で殺す」

 クルルの言葉は冷徹で、瞳には冷たさが乗っていた。

 その言葉の真実味があり、特定の人物に対する怒りがあるのをティア殿下とハルナ殿下は感じとった。




 時間が流れ、アシュラとクルルは第二帝都支部の皇族親衛隊に引き渡され、牢屋に入っている。

 繋がれている鎖はただの鎖じゃない。

 レインが聖属性の魔法で編み出した鎖だ。吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の膂力でも二、三日はかかる。

 しかも、ズィルバーに手酷くやられた状況下では逃げおおせる気がしなかった。


 キララとノイが足を向けたのは牢屋だ。

 ユウトとシノアも付き添い、アシュラとクルルの話をしたかった。

 牢屋の外では隊員が警備にあたっている。ユウトとシノアが敬礼をした後、中に入った。

 ユウトとシノア、キララとノイに気づいたアシュラとクルルが伏せていた顔を上げる。

「キララに、ノイか」

「あと、その契約者か」

「ああ、僕はシノアも契約精霊になった。キミたちなら、今の僕と戦って勝てると思うか?」

「思っていない。雰囲気が変わってる相手に勝てるほど、僕だってバカじゃない」

「こうして、話すのは千年ぶりだな。キララ……ノイ……」

 ジーッと睨みつけてくるクルル。

 キララは彼女の殺気を受け流しつつ、牢屋の前に座り込んだ。

 クルルはキララが座ったことに多少、驚くもすぐに澄まし顔でキララを見る。

「随分と変わったな。あの時の装備はどうした? 巫女騎士長? 私を殺すだけなら、素手だけで十分だって言うのか?」

「相変わらず、剣幕を立てるのだけは上手ね。()()()()()()()()()()というのを忘れたのかしら?」

「言うじゃないか、“アルビオン”!」

「その呼び方で呼ばれるのは懐かしいわね。()()()()()()()()()()()あなたが、そこまで殺気を出し、剣幕を立てるなんてね」

「…………ぶっ殺す」

 クルルはキララの辛辣な煽りを受ける。沸点が低かったのか。すぐさま、冷たくなり、今すぐ殺そうと殺気が孕んでいた。

「止めておきなさい、レインが唱えた鎖で繋がれた状態で私と戦えるの。そんな身体で意識が保ってる方がすごいわ」

「…………」

 ギリッと奥歯を強く噛むクルル。

「クルル。落ち着け」

「兄さん」

 アシュラがクルルを懐柔させる。

「それで、僕らに何の話だい?」

 彼はキララとノイに目を向ける。

 その目は値踏みするような、観察をするような目だった。

「聞きたいことがあったからよ。私とノイ、使い手のユウトとシノアなら話してくれることでしょう」

「フンッ、キミたちが腹を割って話しただと? 腹を割ったところで、なにがわかるって言うんだ」

「手厳しいわね」

「それより、僕は囚人だ。最低限の食事は提供してくれるんだろうな」

吸血鬼族(ヴァンパイヤ)が食事? 血を吸うことが食事じゃないの?」

「戒律によって血を吸うことが禁じられている。僕やクルル、ウルドなどは、それを理解した上で、血を吸っていない。今は人間社会に馴染むようにキミらの食事も食べれるようになった」

「ふーん。千年の時の流れで、そこまで変化したの。いいわ。後で持ってこさせてあげる」

「約束を違えるなよ」

「口約束だけど、違えたりしないわ。リヒトの名にかけて誓ってあげる」

「フンッ、リヒトの名にかけて、か。まあいい。それで話とは?」

 キララとノイはアシュラとクルルの様子をしばらく眺めて、ノイが一時的に鎖を隠蔽させた。

 鎖が見えなかったのを見て、アシュラとクルルが怪訝な顔を二人に向けてくる。

「なんのつもり?」

「鎖があるなしじゃ、ゆっくり話すこともできない」

「随分と大胆だな。まるで、リヒトと同じじゃないか」

「僕とキララは、リヒトの人となりを知っている。彼だったら、そうすることは重々承知のつもりだ。それに()だったら、リヒトと同じことをしていたよ」

 ノイは腰を下ろしつつ、言葉を口にした。

 彼が口にし、強調した言葉にアシュラはかつての敵の顔が過ぎる。

「そういえば、そうだったな。あいつも僕を捕らえてはなにもない状態で面と面を向き合ったな」

 彼は思いだすように言葉を紡ぐ。

 ユウトとシノアはキララとノイが口にする彼が誰なのか見当がつかないものの、キララとノイに追従する形で腰を下ろした。

 全員が腰を下ろしたところで、キララが話を切りだす。

「この際だから、遠慮なく聞くけど、()()()()()()()()()()なの?」

「聞くまでもないだろう。僕らの敵は奴らだけだ。ライヒ大帝国は千年前の雪辱を果たすためだ」

「その割には、随分と使えない部下ばかりが集まってるじゃない」

「あれは僕らの人選ミスだ。スターグが自由気儘に血を分けるから。統制が取りづらくなった」

「今回のことで私たち第三始祖が判決を下すつもりだ」

「そう。ウルドは義理堅く忠実な男なのは知っている。変わらないのね。あなたたち」

 キララは時が流れても変わらないことを告げる。

「変わらないものなんてない。変わろうとしないだけだ」

 アシュラが真っ向からキララの発言を否定する。

「あら、そうなの」

(変わろうとしない。いえ、変わりたくないというのが正論ね)

「ここまでくると、ウルドが吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の中で真面に思えてきた」

「ウルドと第三始祖が比較的、真面だ。狂ってる連中は千年前、キミらに殺されたからな」

「そういえば、そうね。それじゃあ、吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の中でも連携なんて取れていないんじゃない」

「当然だ。僕らは比較的、身体能力だけで言えば、全種族の中で上位に食い込む。それはキミたちが一番知っているだろう」

 アシュラはユウトとシノアも含めた四人に視線を送る。

 ユウトとシノアはどう返していいか分からず、キララとノイは当然のようにそっぽを向いた。

「まあ、近いうちにウルドかレスカー辺りが救出しに来るでしょうから。大人しく返しましょう」

「下手に戦って、こちらの損害を被るのだけはごめんだ」

 キララとノイは至極当たり前なことを言い切る。

「……なにを企んでいる」

 アシュラが鋭い視線を飛ばしてくる。キララは涼しげに受け流してから口を開いた。

「これ以上、私が聞きたいことがないからよ。彼も戦いの中の会話だけで“血の師団ブラッディー・メイソン”の親分の目的に見当がついてるでしょうから」

「あの男だけは僕の手で殺す」

 アシュラはここにはいないズィルバー(少年)に殺意を煮えたぎらせる。

「そういうわけで、私とノイから聞きたいことはないわ。ユウトとシノアさんは何かある?」

「い、いや、特になにも……」

「私は一つだけ」

 シノアはクルルの前でしゃがみ込んで、言い放った。

「言っておきますけど、ティアは私の獲物! あなたなんかに譲る気なんて毛頭ありませんから」

 宣戦布告とも取れる発言にクルルは思わず、呆気にとられる。

「あっ、俺もそうだった」

 ユウトもアシュラの前に立って、宣言した。

「ズィルバーは俺が倒す。お前なんかに譲る気なんざ、さらさらない!」

 言外に、『負け犬は大人しく、帰っていろ』と言い放っていた。

 アシュラとクルルも、ここまでコケにされたのは初めての経験だったが、二人の言葉を快く受け入れた。

「早い者勝ちだろう。僕かキミかどっちかが先に奴を殺すか、倒せば、それで終わりだ」

「私も同じだ。だが、その挑戦は快く受けよう。ライバルがいないほど、楽しいものはないからな」

 アシュラとクルルはユウトとシノアの宣戦布告をしかと受けとった。

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