英雄。かつての旧友と刃を交える。②
自分の恥辱を認め、冷静さを取り戻したクルル。
フゥ~ッと一度、深呼吸してから自然体の構えをとった。
「すまないな。どうも、貴様の顔を見ていると、あの女のことを意識しすぎて、感情的になっていたようだ。謝罪しよう」
「あら、随分と自分を恥じてるような言い回しだけど?」
(隙だらけだけど、下手に突っ込めば、返り討ちに遭うわね)
ティア殿下は誘い文句を言いつつも、自分が出た際に返ってくるリターンをイメージした。
「ああ、自分自身を恥じていただけだ」
クルルは正直に答えた。
「ふーん。あっそ」
ティア殿下はクルルの言い方に癪に障ったのか。構えを解いて、自然体になった。
それでも、“制空剣界”を維持している。
レインの目から見ても、無謀だと認識しているのに、彼女は構える気すら失せてしまった。
「こっちも驚いたわ。吸血鬼族は感情的かつ力押しで戦うのかと思ったのに。やけに武芸を身に付けた動きをしているじゃない」
(しかも、独学で学んではいない。誰かの師事の下で身に付けられた動き――)
ティア殿下は冷静な分析でクルルの動きに既視感を抱いた。
「確かに、吸血鬼族は感情的かつ力押しなのは認めよう。あそこで死んでいるバカもその一人だ。それは私も同じだが、これまでの動きで武芸を身に付けていると見抜ける分析力は流石と言える」
(観察眼も、あの女並か)
「そりゃ、どうも」
「おそらく、独学じゃないと見抜いているはず。その通りだ。私は、ある敵らと戦った際、見て覚えただけだ」
「ある敵ら?」
「千年前の話だ。巫女騎士とヘルトの右腕と左腕にな」
「――ッ!?」
(巫女騎士に、[戦神ヘルト]の右腕と左腕、だって……)
ティア殿下はクルルがもたらした情報から、記憶を総動員して思いだそうとする。
(確か、[戦神ヘルト]は、ある双子を右腕と左腕にしたっていう伝説がある。でも、巫女騎士がいたという話は聞いたことがない)
内心、困惑しているティア殿下を横目にレインは胸中で名前を言い当てる。
(カルニウスさんに、カストルとポルックスね。確かに、彼らも吸血鬼族と戦ったという話はヘルトから聞いていた。その戦いを見て、真似たというの!?)
レインはクルルが、かつての強敵を見て、真似てるのを見抜く。
「本当に化物ね。吸血鬼族って……」
彼女は思わず、嫌みを吐いた。
ティア殿下も過去に読んだ伝記物を思い返したが、巫女騎士に関する内容を思い出せずにいたが
「ここで考えても無意味ね」
霧散するように首を横に振る。
(今は目の前の敵に集中よ)
気持ちを切り替えて、クルルと対峙する。
「…………」
ティア殿下の構え。
悠然とした構え。いわば、身体の力を抜いた自然体の構えをしている。
その構えをクルルは観察していた。
(たいした集中力。さっきとは別人だ。一見、隙だらけに見えて、反撃が取れるように“闘気”が配分されている。戦いの中で成長しているようだ)
クルルは観察し、分析した。
分析した後、彼女はただただ、立っているのは性分じゃないと判断したのか。自ら仕掛けてきた。
足に力を入れ、爆発したかのように地を蹴った。
接近してくるクルルを前にしても、ティア殿下は動じることもなく、剣に力を込める。
血がついてる凶爪が彼女の“制空剣界”の間合いに入った途端、爪の軌道が逸れた。
その際、腕に微かな傷が生まれるもクルルは臆さずに凶爪による応酬が始まった。
「オラッ! オラッ! オラッ! オラッ! オラッ! オラッ!」
まさに、槍の刺突かの如く、声を荒げながら、攻め続ける。
「――ッ、――」
ティア殿下も声にならない掛け声を出しつつ、剣技と“闘気”そして摩訶不思議な力のみで対処する。
クルルは攻め続けるも、両腕に斬り傷が徐々に増えていく。
だが、彼女はそれで良いと判断した。
傷ができるということは血を流すということ。
つまり、自らの攻撃力を上げているということだ。
「――、――、――――」
凶爪の応酬を剣で捌き続けているティア殿下も凶爪の威力が徐々に増大していることを気づいている。
気づいているからこそ、防御に力を注いでいた。
(防御に降り続けないといけないなんて……この娘。自分の特徴を十全に理解している)
苦汁をなめざるを得ない状態だった。
そもそも、ティア殿下ではクルルの相手をするのはできない。
何しろ、戦闘経験に差がありすぎるからだ。
完成された個として確立されているクルルに対して、ティア殿下は未だに未発展途上。しかも、個として確立された力を持ち合わせていない。今は踏み出そうとしている。
英傑という道を――。
今のティア殿下は凡人の殻を突き破り、その道の前に立っている段階だが、クルルとの死闘で確実に一歩進んでいた。
それは、クルルが一番に理解していた。
(こうも短期間で成長するか。だから、人族は恐ろしい。容易く、我々の想像を超えていく)
「だが、そこまでだ!」
クルルが鋭い凶爪を振り下ろす。ティア殿下はかろうじて避けたが――元いた場所は凶爪を振り下ろされたことで大きく陥没し、谷ができた。
「見せてやろう。魔族最強とまでいわれる吸血鬼族の力をとくと見ろッ!」
クルルは力任せじゃなく、攻撃一つ一つに精彩があり、ティア殿下も捌ききれなくなっていた。
身体中に走る衝撃が、骨を軋ませる。
凶爪の威力を削ぐことも受け流すこともできず、捌ききれない大きな力を前に翻弄され始めた。
風圧だけで頬が浅く切れる。“静の闘気”と“制空剣界”そして、摩訶不思議な力のおかげで済んでいるが、本来なら顔はズタズタに引き裂かれていただろう。
現に周りの大地は刃に変わらぬ風で斬り裂かれていた。
「なんて威力よ!」
(これが吸血鬼族の力……)
ティア殿下は吸血鬼族の圧倒的な力を目の当たりにする。
「でも――!」
彼女は己の身を顧みず突貫した。
クルルに肉薄した彼女は魔剣を振るったが
「その程度で、私は止められない」
クルルはあっさりと手で魔剣の刃を受け止めてしまった。
「なら、殴るだけよッ!」
ティア殿下の拳がクルルの頬を捉える。まるで、鋼鉄を殴ったかのような鈍い音が響いた。
しかし、クルルは楽しげに口端を吊り上げてティア殿下を見ている。
「無駄だと言うのが分からないのか? それに、先ほどよりも力が弱くなっている。気づいているか?」
ティア殿下の瞳に動揺が滲んだ。高揚感がそうさせていたからか、気づいていなかったらしい。
彼女の身体は真なる神の加護を持て余しているのだ。真なる神の加護を無駄に放出していれば、分散してしまうのは自明の理。攻撃も動きも一つ一つに精彩が欠けていた。いわば、彼女は蛇口に開いた状態のまま戦っていたのだ。
無駄な動きは体力の消耗を助長して、膨大な力は身体を酷使してしまうのだ。
「残念だ。“魔王傭兵団”、“三災厄王”の一人を倒したのは認めよう。だが、力の使い方を知っていれば……貴様は、あの女をも超えていただろう」
淡々と言葉を紡ぎながらクルルは攻撃を繰り出していた。
ティア殿下はあらがい続けていたが、彼女はやがて、“制空剣界”を維持するだけの集中力もなくなり、大量の汗を流しながら、地面に膝をついてしまう。
レインは割り込もうとするも、クルルが隙を与えてくれない。
「今、楽にしてやろう」
クルルが凶爪を掲げる。ティア殿下はかろうじて、魔剣で防ぐも軽々と吹き飛ばされた。
「まだ……うぅ……」
ティア殿下は懸命に立ち上がろうとしたが、膝から力を失って地面に倒れてしまう。
(これが、吸血鬼族……ズィルバーの奴……あんな化物を、相手にできる。なんて……すごいな――)
悔しがる彼女に、クルルは近づくと爪を掲げる。
「まさか、このような形で、あの女の子孫に会えるとはな。ライヒ皇家の者よ」
申し訳なさそうにクルルは呟いて、凶爪を突き刺そうと――したができなかった。
「――ッ!?」
強烈な悪寒が背中に走り抜けていったからだ。クルルは慌てて腕を開ければ、彼女の許に弾き飛ばされた少年――アシュラを抱きかかえる。
「兄さん……ッ!?」
彼女の身体を突き抜ける悪寒が収まらない。
それはまさに、周囲を喰い散らかす龍そのものだった。
いや、龍を形どった“闘気”だ。
大地を踏みしめる足音とともに銀髪少年がティア殿下に歩み寄っていく。
「ティアから離れてもらおうか、クルル」
少年の呟きが鼓膜を震わせたとき――クルルに抱きかかえられたアシュラが剣を掲げるもクルルの腹部に衝撃が走り抜けた。
吹き飛ぶアシュラとクルルから視線を外して、ズィルバーはティア殿下に歩み寄った。
「ティア、大丈夫か?」
「ズ……ズィルバー……」
真なる神の加護が体内で暴走しているのか、ティア殿下は苦しげに呼吸を繰り返している。
ズィルバーは目尻を和らげると彼女の首に腕を回して上半身を抱き起こした。
「いいか。落ち着いて空気を取り込むんだ。ゆっくりと……嬉しいこと、楽しいことを思い浮かべるんだ」
(まだ、彼女に女神の加護は早い……千里眼を身に付けたばかりじゃあ、身体が持たない。レイですら、その眼を扱えるのに、三年の日数がかかった)
真なる神の加護が浮かび上がっている左手をズィルバーは睨みつける。
「ズィルバー……私は――」
「何も言わなくていい。キミの“想い”は胸に秘めておくんだ」
(それで強くなるのなら、俺は聞かない方がいい。想いや覚悟は時に、人を強くさせる。ならば、胸の内に秘めておかなければならない)
ズィルバーは、呼吸も落ち着いてきたティア殿下を地面に座らせた。
「後は、俺に任せてくれ。レイン。ティアの治療を」
彼は立ち上がり、舞い降りてくるレインに指示を送った後、背後を振り返る。
「くっ……」
「兄さん。大丈夫!?」
起き上がったアシュラとクルルが近づいてくるのを見て、ズィルバーは不気味なほどに笑みを深めた。
「相変わらず、頑丈だな。だったら、これならどうだ。――“不滅なる護神の槍”!」
空色の雷を帯びた魔剣で突きを放つ。
「なっ!?」
「あの技は!?」
斬撃を放っただけなので、アシュラとクルルは余裕を持って回避した。
「回避できるか、面白い!」
次いで正確な軌道を描いて鋭い刃がアシュラの急所を狙う。
これは剣で軌道を逸らされてしまうが、肌を浅く斬り、血を噴かせることに成功する。
アシュラが反撃してきたが、ズィルバーは身体を横に向けて避けた。立てに振り下ろされた剣は鼻先を通過するだけに終わる。
驚愕することもなく、クルルの爪の追撃もズィルバーは必要最小限の動きで回避してみせる。
アシュラとクルルはこの程度で驚愕することはない。
(彼なら、これぐらいは躱して、当然)
(兄さんと一緒に戦っているのに、息一つ乱さないとは)
緩急を付けたアシュラとクルルの連携にズィルバーは翻弄されることもなく、回避し続ける。
時折、肌を掠めるも火花が散り、傷一つついていなかった。
「チッ、傷がつかないとか、ショックなんだけど」
「あんの化物めぇ」
思わず、悪態を吐き散らす二人。ズィルバーはその隙を突くかの如く、反撃に転じる。
「嫌みを吐くぐらいなら、攻撃の手を緩めるな!」
「「ッ!!?」」
彼の身体から滲み出る“闘気”が徐々に形を成していく。
そう、龍となって――。
「“闘気”が、龍に――」
ティア殿下は信じられないものを目の当たりにした。
「ティアちゃん。“闘気”っていうのは魔力そのものだけど、力の塊にすぎない。大英雄クラスの者たちは皆、“闘気”を自在に使いこなせるわ」
「“闘気”を――」
(自在に使いこなせる)
ここで、ティア殿下は今の自分とズィルバーとの距離を再確認した。
(まだまだ、あなたの背中に立つことは敵わない。でも、いつかは、その背中を守ってあげる!)
強い想いと意志を持って、彼女は己を鼓舞する。
レインもティア殿下を治癒させながら、彼女の成長を間近で感じとった。
一方、藍色の髪をした少女を治療しているヨーイチ、シーホ、ミバルの三人。
「僕とシーホくんで救急箱を取ってくるよ」
「頼む。私だと治癒魔法が使えない」
頼み込むミバルにヨーイチとシーホは頷いた。
ミバルは負傷してる箇所を見える範囲で探っている。
「どこか痛いところはないか?」
手探りで傷跡を探すミバルに少女が
「私は大丈夫です。天使族なので、身体が丈夫なんです」
治療してなくてもいいと言外に告げてるも、ミバルは
「口ではそう言っても、怪我をしていることには変わりない。しかも、お前、皇族直下の聖霊機関だろう。だったら、自分のことは大事にしろ!」
キツイ言い回しに少女は黙りになる。
(聖霊機関の諜報員抜きに助けようとしてくれた。治療しようとしてくれる。ここまで善良な人族は見たことがない)
少女はミバルの善なる心を目の当たりにする。
自分にはない心を、彼らは持っているからだ。
「ミバル!」
ヨーイチとシーホは救急箱を手に、戻ってきた。
そこからは手際の良さで掠り傷程度の傷も処置されていく。
ヨーイチとシーホも手際が良く、傷の処置をしていく。
傷の処置をされていくのを少女は黙って見ていた。
一通りの処置を終えたところで、ヨーイチが手を差し伸べる。
「立てる?」
彼女は差し伸べられた手をとって、立ち上がる。
「ありがとうございます」
お礼を言った。
と、その時――。
『――ッ!?』
彼らの身体に突き刺さる“闘気”を肌で感じとった。
一斉に正門付近に目を向ければ、“闘気”で形どった龍が宙に浮いていた。
「りゅ、龍!?」
「しかも、この“闘気”――」
「ああ、黄昏の首魁、ズィルバーのだ」
「ッ!!」
少女はミバルとシーホが口にした人物に驚愕する。
(白銀の黄昏の首魁、ズィルバー・R・ファーレン。これほどまでの強さだったなんて――)
彼女はズィルバーの底知れなさを目の当たりにする。
一方、城壁の上に降りたったエメラルドグリーンの小鳥。
小鳥を通じて、エメラルドグリーンの髪をした女性がクスッと微笑みを浮かべた。
(そう。少しだけ、彼も本気で戦うのね)
「いかがなされた、守護神」
赤みがかった髪をした男が話しかける。
「いえ、彼がちょっとだけ本気を出すそうよ」
「あいつが……相手はわかるか?」
「アシュラとクルルよ。どこまでもしぶとい吸血鬼族だ、こと」
「ならば、仕方あるまい。彼とて、吸血鬼族相手だと、本気にならざるを得ない」
「軍神――せっかくだから、間近で観に行かない」
「正気か? 俺はごめんだな。我々は時が来るまで待つべきだと思うが、守護神」
軍神は守護神の具申を真っ向から否定する。
「あら、残念」
守護神は観念するように肩を落とした。
龍の如く、荒々しく荒れ狂うズィルバーの“闘気”。
彼は腰に収めている魔剣――“閻魔”と“天叢雲剣”を抜いた。
一本は口に咥え、もう一本は左に握った。
魔剣が三本なのを見て、アシュラとクルルは全身に悪寒が突き抜ける。
「「――ッ!?」」
(ま、まずい――)
(斬られる!?)
“静の闘気”による先読みで危険だと判断した。
「遅い」
ズィルバーが構えれば、“動の闘気”が三本の魔剣に纏っていく。しかも、空色の雷すらも纏わせていた。
「“我流”・“帝剣流”――“黒天大竜巻”!!」
剣を振るえば、“闘気”が大竜巻となって、アシュラとクルルを襲いかかった。
その大竜巻は“闘気”で形どった龍そのものであり、龍がとぐろを巻いた瞬間、大竜巻を発生させた。
この大竜巻にカズは心当たりがあった。
「これって……」
(カイが使っていた技じゃないか!? ズィルバーの奴。あんな技も使えるのか)
彼はズィルバーの底知れなさを目の当たりにする。
「まだまだ遠いってわけか」
「悔しいぜ」
悔しげな声を出しているも、ハルナ殿下とシノア、及びレン、キララ、ノイから見れば
(((((とても、悔しそうな顔には見えない)))))
胸中で声を揃えて言い放った。
「ぐぅ!?」
「クソッ!?」
アシュラとクルル。
二人に押し寄せてくる大竜巻を前に、アシュラは剣に血を垂らし、振るった。
途端、振るった斬撃が大竜巻を斬り裂き、ズィルバーへと襲いかかる。
ズィルバーは“閻魔”と“天叢雲剣”を鞘に収め、“虹竜”で切り返して、空へと弾き飛ばした。
だが、その表情には驚きを隠せずにいた。
(驚いた。俺の“黒天大竜巻”を斬り裂いたとは……)
驚いたのと同時に感心していた。
アシュラの成長を目の当たりにして、嬉しくなったのだ。
対して、アシュラも驚愕していた。
血を垂らして振るった斬撃を切り返して弾いたことに驚愕したのだ。
しかし、驚愕するアシュラとクルルにすかさずズィルバーは攻撃を仕掛けた。
「シッ!!」
「ぐぅ!?」
「しまっ!?」
緩急をつけたズィルバーの攻撃にアシュラとクルルが翻弄されている。しかし、どうすることもできない。
(気を抜けば首を刎ねられる)
(必死に追いすがるしかないのか)
二人は必死に追いすがるほかなかった。
「“護神脚”!!」
そんなアシュラの頬面に、ズィルバーから放たれた蹴りが炸裂する。
空色の雷が纏った蹴りに体躯がよろめくも倒れるのをクルルが阻止してくれたアシュラは、口端に流れる血を拭って睨みつけてきた。
「貴様……」
アシュラが汗で張り付いた前髪を鬱陶しそうに掻き上げる。
「クソッ……化物めぇ」
睨み殺すほどの殺気を出すクルル。
対して、ズィルバーはクルルからの殺気すらも受け流し、身体の力を抜いた自然体。
油断しているのかと疑ってしまうほどの隙だらけの構えだ。
けれど、アシュラとクルルは感じとったはずだ。自分らよりも纏っているズィルバーの強大な“闘気”を。
(さすが――)
(あの男なら、これぐらいは出して、当然――)
(千年前、夥しい戦いを経ても届かず、たゆまぬ鍛錬を積み重ねた者たちが辿り着く極致――)
(大英雄は“闘気”すらも自在に扱いこなせる。それが千年前からの常識――)
フゥ~ッと息を吐いたアシュラとクルルも脱力し、身体の力を抜いて自然体になった。
二人から放たれる“闘気”に、ズィルバーはニヤリと口角を上げる。
「そうか……極致一歩手前まで到達していたのか」
(そこまで成長していたとは驚嘆に値する)
ズィルバーは嬉しそうに笑いを抑えていた。
第二帝都正門付近にいるキララとノイもアシュラとクルルが放つ“闘気”に驚嘆した。
「へぇ~。あそこまで成長していたんだ」
「まさに、天賦の才だ」
感心の声が上がる。
「でも、極致一歩手前でしょう。それじゃあ、まだまだよ」
「レン。極致一歩手前って?」
カズは思わず、レンが口にした言葉を訊ねた。
「大英雄になれるかなれないかの線引きよ」
「大英雄になれるかなれないかの線引き?」
「ええ。言っておくけど、カズもハルナさんも大英雄になれる素質はあるわ。いえ、既に英雄の領域に足を踏み入れている」
「英雄、ですか?」
ハルナからしたら、自分が英雄になり得るのかと実感が湧かなかった。
「ええ、英雄。実際のところ、素質も十分にある。後は確固たる自分だけの戦い方を貫き通せばいい」
「確固たる自分だけの戦い方……」
「僕の場合は初代様と同じだって言うの?」
「カズの場合はメランに近しいと言ってもいい」
レンは自分の主たるカズに、レムア公爵家初代当主――メランに近しいと言われ、実感が
湧きづらかった。
「ユウトも既に英雄の領域に入っている。実際、ヘクトルを倒した時点で、その領域に入っていないといけない」
「シノアも踏み入ってる。おそらく、あのティアって彼女もね」
「…………」
ノイの助言にシノアはレインの治療を受けているティア殿下を見る。
「だけど、あの少年は既に大英雄の領域にいる。“闘気”を自在に扱いこなせてるのが証拠」
「メランも、この極致に至ったことで北方最強と言わしめた」
「北方最強――」
(初代様は、そんな伝説を残したのか)
カズはメランの凄さを目の当たりにし、『自分も頑張るぞ』と意気込んだ。
「さあ、始めようか」
「ああ、兄さん」
身の丈ほどの剣を、アシュラは片腕で小枝を振るうかのように振り上げた。
空気を唸らせる剣は“動の闘気”を纏わせつかせ、銀髪の少年に向かう。
ズィルバーは魔剣を持ち上げるだけの小さな動作で対応する。
刃と刃が交わって火花を散らしながら、刃の上を剣が滑っていった。
「さすがに対応されるか」
受け流されたことで、アシュラに大きな隙が生まれそうになる。だが、アシュラは剣を振った勢いを利用して、ブラインドにしていたクルルの凶爪がズィルバーの左眼に向けて繰り出した。
自らの身体を使って目隠しにしたので、ズィルバーにとってみれば、死角のはずだったが――。
「残念、死角になっていないよ。視えてるから」
と、身体を捻ることでズィルバーは避けることに成功した。
しかし、大きな動作をしたズィルバーに隙が生まれる。
これが常人であったなら、好機に飛びついたかもしれない。だが、アシュラとクルルは誘いだと理解しており、少々距離を取っていた。
「ならば、見えなくしてやる!」
凶爪を振るったクルルは、引っかき回すように砂塵が巻き起こした。
大量の砂と飛礫がズィルバーの前で舞い上がる。
その隙にアシュラとクルルは地を蹴り、後ろに跳躍して、さらに距離を取ることに成功した。
だが、彼らは違和感を覚えたのかアシュラは左脇腹、クルルは右脇腹に視線を落としていた。
「チッ……」
「あの一瞬に傷を与えた、のか……」
ぱっくりと裂けた傷口から、ポタポタと血が滴り落ちている。
彼らが視線を再び上げると、ズィルバーの視界を覆っていた砂塵が一閃で振り払われた。
アシュラとクルルは額から滑り落ちてきた汗が頬を伝う。手を挙げて拭ってから二人は口端を吊り上げた。
「相変わらず、感服するほかない」
「目隠しなど、奴が持つ加護の前では無意味か」
(厄介な加護だ)
クルルは胸中で悪態を吐く。
ズィルバーが今、使用している真なる神の加護は守護神の加護。
守護神は千年以上前に置いて、“無敵の盾”と称された“アイギス”を手にした女神。
その加護に選ばれた人族は発現したときから最強の防御力を手にすることになる。
しかし、単なる副産物にすぎず、真なる能力は身体能力の向上と広大かつ俯瞰的に見通せる眼を得るのだ。
つまり、平面的に知覚するのではなく、立体的に知覚することが可能になるのだ。
故に、ズィルバーの前では、死角など存在せず、立体的に敵の位置を把握することができる。
それが、ズィルバーを。いや、ヘルトが[戦神]と呼ばれる所以の一つであった。
ズィルバー、アシュラ、クルル。
三者の視線が交差する。
一手先を読み、二手先を読む。相手の次の一手を読み切った者が勝者となるだろう。
だから、安易には動けない。神経をすり減らして先制を取ることだけに彼らは集中する。
「久々の感覚だよ――」
(ウルドは、あの男を前に、このような感覚を味わったのか……)
「生死を分かつかもしれない闘争が楽しく思えるよ」
「……兄さん」
アシュラは武者震いに襲われた。相手は自分を知っている史上最強の敵。その敵を前にして、身体が歓喜に震わせていた。
「とことん、やり合おうじゃないか! なあ!」
アシュラがズィルバーに声を飛ばす。
「最後まで立っていた者が勝者だ! 分かりやすくていいだろう! 僕の名はアシュラ。戦いを楽しもう!」
アシュラは乾いた唇を三日月形に割ってから剣を構える。
「――兄さん……」
クルルも嬉しそうに笑った後、自ら名を名乗った。
「私の名はクルル。尋常に勝負をしろ!」
宣戦布告してくる。
それを一瞥し、聞き入れたズィルバーは肩を竦める。
「やれやれ、随分と好戦的じゃないか。これじゃあ、俺も殺し合いを楽しみたくなるじゃないか! 俺の名はズィルバー・R・ファーレン。その勝負、受けて立とう!」
言葉通りに壮絶な笑みをズィルバーは浮かべた。
年若い少年にはあまりにも不釣り合いな表情――それを見たティア殿下が不安そうな表情を浮かべる。ズィルバーは横目に彼女を見やると、少しだけ殺気を抑えた。
「だが、今の俺は少々、苛立っている。ある程度の怪我は覚悟してもらおうか」
次いで、無が少年を支配する。
いや、極限にも思える圧倒的な集中力に身を沈ませ、余分な感情を削ぎ落とした。
ズィルバーは右腕を胸の前まで持ち上げ、魔剣を水平にして剣先をアシュラとクルルに向けた。
刹那――三者の間に火花が散る。甲高い音が線上に木霊した。
どちらもともに、競り合いをよしとせず、ひたすら、相手の急所を狙い続けている。
だが、徐々に三者との力量の差が如実に現れ始めた。
「チッ!?」
「硬すぎる!!」
アシュラとクルルがズィルバーの速度に追いついてはいるも、あまりの防御力に決め手が欠けていた。
これ以上、危険だと判断し、体勢を立て直そうと二人は一度、距離を取った。
だが――
「距離を取らせないよ――“不滅なる護神の槍”!!」
女神の刺突がアシュラとクルルに襲いかかる。
「「――ッ!!」」
最高レベルの硬さを持つ守護神の槍の一撃。
その一撃は吸血鬼族の身体を軽々貫けるほどの威力を秘めている。
アシュラとクルルは左右に散ることで、刺突を避ける。
「最高にして、最強の防御力で刺突とかタックルしてくるとか正気かよ!?」
「今じゃあ、失伝された真なる神の加護。どんなに巧みに隠そうが、絶大な力の奔流が見えるものにとってみれば、隠す意味がない」
「クルルの言うとおり、加護に関しては。どの文献にも、伝記にも、書かれていない。少なくとも千年前のことを知っている奴らじゃなきゃ、対応することはできない」
とやかく言いつつも、練り鍛えられた身体から“闘気”を漲らせて、心胆を射貫くような眼光をアシュラは向けてくる。
「躱すか、やるじゃないか」
ズィルバーは隙を見せず、慧黠を思わせる面持ちで続けた。
「これも躱せるか」
息を小さく吸ってから、魔剣を空にかざしたズィルバーは地を蹴った。
「“北蓮流”、“剣舞”!!」
「な――」
「――んだと!?」
アシュラとクルルが驚くのも束の間――夥しい斬撃が彼らに襲いかかった。
剣技による応酬。極めた剣技は音速すらも超えるという。
アシュラとクルルは凌ぐために全身を“動の闘気”で大きく纏わせて守りに入る。
だが、左腕を上げようとした瞬間に右腕が血を噴いて跳ね上がった。
激痛に苦しむ間もないアシュラとクルルに次の剣光が襲いかかる。
止めることも避けることもできず、子供じみた身体が瞬く間に流血に染まっていった。
「あぁッ!」
アシュラは反撃を試みるも、ズィルバーの“制空剣界”を前に弾かれてしまう。
それでも剣を振り回し、ズィルバーに斬ろうと必死に斬りかかっている。
しかし、嘲笑うかのように剣閃が増すばかりで、アシュラの身体には斬り傷が増えていった。
「後ろだぞ」
「兄さん!」
アシュラの背後に回り込んだズィルバー。だが、そこにクルルが接近し、凶爪で引き裂こうとした。
だが、ズィルバーは見切り、すんでの所で躱し、彼女の土手っ腹に強烈な回し蹴りを叩き込んだ。
吹き飛ぶかと思われたが、クルルは“闘気”を迸らせて、自身の足に力を込めて衝撃に抗う。
「あぁッ!」
歯を食いしばったクルルが勢いよく身体を反転させると、凶爪の鋒が濁った空気を斬り払う。
だが、迫るよりも早く、ズィルバーは跳躍することで避けていた。
「空中に浮いてれば、避けられまい!」
待っていたと言わんばかりにアシュラがズィルバーに向かって剣を突き出してくる。
「残念、空中でも体勢が取れるぞ」
彼は空中で体勢を整え、構える。
「“神剣流”・“二ノ型”――“流星”!!」
煌めく彗星のかの如く、猛烈な勢いで落ちてくる突き。
「――ちぃッ!?」
アシュラが放つ突きとズィルバーが放つ突きが衝突する。
だが、それも始まりから負けていた。
上から突き上げる力よりも、下から落ちてくる力が強い。上から押しつけてくる重力の嵩増しがあるため、威力が倍増されている。
弾き飛ばされたアシュラは地を蹴って、距離を取ったことで、攻撃から防御へ、切り替えられるのを余儀なくされた。
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