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転生英雄の学園譚  作者: 柊銀華
幕間1~謁見と吸血鬼族と調査~
144/296

英雄。かつての旧友に出会う。

 皇帝との謁見を終えたズィルバーたちは、その足で第二帝都正門へと急いだ。

「まさか、吸血鬼族(ヴァンパイヤ)が正門で襲撃するなんてな」

「なに、ふざけたことしやがる」

 ヨーイチとシーホは正門で襲撃を考えた吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の考えがいかれるとしか思えなかった。

「確かに、妙だ」

 街道を走っているズィルバーも吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の襲撃に関して、些か疑問が生じた。

吸血鬼族(ヴァンパイヤ)は種族上、数が少ないのが特徴だ。襲撃なんて聞いたことがない。奴らが町や村、国を消すときは根元から殺す」

「根元?」

「いわば、国としての土台を潰してから人族(ヒューマン)を食い物にして、国を衰退させていく。それが吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の力をつける方法にして、生き残る手段だ。だから、襲撃するっていう考え方自体が聞いたこともない」

 ズィルバーは千年前の記憶を頼りに、吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の特徴を告げる。

 ティア殿下たちも吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の特徴を聞いて、ゴクッと息を呑んだ。

「正門まで、まだ距離がある。急ぐぞ」

 彼らは走るスピードを上げ、駆け足で正門へと向かった。




 ズィルバーたちが皇帝と評定をしていた頃に時間を遡らせる。

 突如として、第二帝都の正門に襲撃し始めた吸血鬼族(ヴァンパイヤ)

 その数は一個小隊。

 つまり、三十人単位で構成された部隊だ。

 その部隊を指揮しているのももちろん、吸血鬼族(ヴァンパイヤ)

 整った顔立ちに北方出身と思わせる異常なほどの白い肌。

 赤い瞳に、長い銀髪を黒いリボンで束ねている青年の吸血鬼族(ヴァンパイヤ)

「いや、第二帝都にいるという黄昏が出てくるかと思いきや、まさかの聖霊機関(デ・セカンム)が登場とはね」

「フェリドリーくん。相変わらず、戒律違反をするよね」

 文句を言ってくる吸血鬼族(ヴァンパイヤ)

 白い肌に赤い瞳。若干、筋肉質で三つ編み型の黒髪をした青年。

「何を言うのかね、クロスくん。私は自分を満足したいだけだよ」

「その満足に巻き込まれる僕らの身を考えてくれ」

 呆れたと言わんばかりの溜息をつくクロス。

「それに、始祖の連中は……ライヒ大帝国だけは攻めようとしなかった。その理由を知らないと思わないかい?」

「確かに僕も気になっていたけど……でも、聞いてるだろう。“ドラグル島”での話」

「だから、気になるのさ。この私の目ではっきり理解しないと始まらないからね」

 企みのある顔を浮かべる。

「まあ、言いたいことが分かるけど……でも、どうする。聖霊機関(デ・セカンム)もけっこう、面倒くさいよ」

「あはぁ~。さすが、皇家の狗。それなりの戦力を整えてきていますか」

「あれをそれなりの戦力といえるかな。()()()()()でなにができるの」

 フェリドリーは聖霊機関(デ・セカンム)自体を評価するも、クロスからすれば、一人でなにができるという気分である。

 そう、たった今、吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の襲撃をたった一人によって抑えられている。

 第二帝都正門にて。轟かせる銃声。

 地面に散乱する薬莢。

 そして――。

 数の暴力。力の暴力と思わせる弾幕が吸血鬼族(ヴァンパイヤ)を挽肉にしていく。

 しかし、挽肉にされている吸血鬼族(ヴァンパイヤ)は下っ端に等しく、銃の弾幕で挽肉にされても、復活することがない。

 だが、弾幕であっても、挽肉にされずに形を保っているのは服の一部に腕章らしき装備をしている吸血鬼族(ヴァンパイヤ)だけであった。

 それでも、彼らの歩みが牛の歩みそのもの。

 弾幕の前に思い切って攻め込むことができずにいる。

「しかし、すごい魔力だな。消耗が凄まじいはずなのに」

人族(ヒューマン)らしく言うなら、“闘気”と呼んであげた方がいいんじゃない」

「フェリドリーくん。魔力と“闘気”は同じなんだから。どう呼んでも一緒でしょう」

「まあ、確かに、私としてもどちらでも構わない。でも、見たところ、()()()()()子供(ガキ)……しかも、()()()となれば、魔力量にも限界があるはず……」

「そうでもしないと、せっかくの襲撃が台無しになる」

 フェリドリーもクロスも次々に殺されていく下っ端吸血鬼族(ヴァンパイヤ)を見つつ、この状況を作り出した少女を見る。

 吸血鬼族(ヴァンパイヤ)が第二帝都正門より先へは進めずにいる。逆に迫り来る弾幕によって挽肉にされている状況だ。

 このような状況を作り出したのは、たった一人の少女による英断ともいえる決断。

 藍色の髪をした少女。

 少女でありながらも、非常に整った容姿をしていることから、将来は美人になることが約束されている。

 そんな少女が銃器一つで吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の侵攻を食い止めている。

「――ッ!」

 少女は今、弾幕を撃ち続けているも、その表情は苦悶の表情を浮かべている。

(増援はまだなのですか……!?)

 彼女は未だに、こちらに味方が来ないことに苛立っている。

 かれこれ、五分は経過した。

 銃器一つで弾幕を撃ち続けていれば、魔力も限界(そこ)につくことは誰が見ても、分かりきっている。

 なのに、限界に来ていないのか。

 それは、単純に彼女が()()()()()ことを示唆している。

 だが、それでも、着実に魔力は消耗していた。

 故に彼女は苦悶の表情を浮かべていた。

 苛立ちもある。それでも、彼女は文句を吐くこともなく、弾幕を撃ち続けている。


 弾幕を撃ち続けて、もう十分は経過した。

「…………」

「…………うそだろう」

 十分経過しただけなのに、吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の一個小隊のほとんどが全滅するという状況に陥る。

 残っているのは腕章らしき装備をしている吸血鬼族(ヴァンパイヤ)のみ。

 それなのに、弾幕は止まずにいた。

 クロスは驚きと恐怖を交えた声を漏らす。

 フェリドリーは関心の目を向ける。

「たった一人で、六十人近くにいた部隊をほぼ全滅させるとか……」

「いや~、これはちょっと、評価を改める必要がありそうだね」

 フェリドリーは聖霊機関(デ・セカンム)から少女へと関心の目が変わっていた。


 それに対して、少女の方は戦場に残った吸血鬼族(ヴァンパイヤ)を警戒していた。

(あらかた、雑魚は始末できましたが、やはり、百年単位で生きている吸血鬼族(ヴァンパイヤ)相手には効果がありません。ですが、報告によれば、親衛隊第二帝都支部にいるとされるシノア部隊は最西端の島――“ドラグル島”で始祖と戦ったという記録が残っています。始祖ともなれば、千年単位で生きている怪物……そんな怪物を退かせた、あの部隊はどのような力で退かせたというのですか)

 彼女は警戒しつつも、吸血鬼族(ヴァンパイヤ)を退かせたシノア部隊の方法を知りたかった。

 方法さえ知れば、後はそれに講じて、対策が如何様にも立てられる。と、彼女はそう信じていた。

 だが、その願いすらも打ち消すかのように、最悪な事態が陥ってしまった。


「フェリドリー、クロス……」

 二人の青年を呼ぶ声が戦場に木霊する。

 二人の下に歩み寄ってくる少年少女。

 少年少女を見た途端、クロスは礼を尽くすも、フェリドリーは突っ立ったまま、少年少女に話しかける。

「これはこれは、アシュラ様に、クルル様。どうして、こちらに?」

 含み笑いを見せるフェリドリーにクルルは眉をビクつかせた。

「どうして、こちらに、ですって? 口で言わなきゃ分からない? ウスノロ」

 ボキッ

 彼女が振るった裏拳がフェリドリーの首をへし折った。

 首をへし折れば、絶命だ。

 これは、この世界における全生命に対して、逃れうることができない事実。

 だが、吸血鬼族(ヴァンパイヤ)は、その事実すらも覆してしまう。

 ゴキャッ

 折れた首を元に戻すフェリドリー。

「ひどいなぁ。私は私の疑問を解決するために、ここに来ただけですのに」

 あっけらかんとフェリドリーは自白する。

「貴様のせいで、()()()と戦う羽目になったら、真っ先に殺してやる」

 クルルは絶対零度の瞳でフェリドリーを睨み殺す。

「私としては、その男が何者なのか知りたいぐらいです」

「貴様に知ることでもないし。話す価値もない。一個小隊で攻め込んで、この体たらくとは懲罰会議にかけて、貴様を処刑するとしよう」

「それはいやですね。あと、小隊のほとんどを壊滅させたのは、あそこの彼女ですよ」

 アシュラとクルルは目線を、正門を通さないように陣取っている藍色の髪をした少女を見る。

 二人は彼女の種族を一発で見抜いた。

「フンッ。天使族(エンジェル)の小娘相手に攻めあぐねている」

「ッ――!?」

 クルルが種族名を言い当てた瞬間、彼らに向けて弾幕が襲いかかってきた。

 なぜ、弾幕が襲いかかってきたのか。

 答えは簡単だ。

 少女が自分の種族を知られたと悟り、すぐさま、隠滅に取りかかった。

(私の秘密を知った吸血鬼族(ヴァンパイヤ)は排除する)

 彼女の考えと行動はまさに正しかった。

 だが、その相手が彼女の()()()()()()であることを、この時、気づいていなかったと彼女は後悔する。

 次々と襲いかかる煌めく閃光とかして敵を殺す少女の弾幕。

 たとえ、吸血鬼族(ヴァンパイヤ)といえど、雑兵なら挽肉となり、腕章らしき装備をしている吸血鬼族(ヴァンパイヤ)でも、歩みを遅める凶器の雨。

 距離を十分に離れている。

 これは、少女の優位は揺るがない。

 ただし、それが吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の上位クラスでなければ

話だ。

 アシュラとクルルは一瞬にして、弾幕を破壊し、駆けていく。

「……!」

 あれだけ離れていた距離が一瞬に詰められる。

 撃ち続ける弾幕を防がれるまでもなく、一掃していく。

 気がつけば、既に必殺の間合いに詰め寄られていた。

 それでも、少女は弾幕を撃ち続ける。

 撃ち続けなければ、吸血鬼族(ヴァンパイヤ)が第二帝都に入り込んでしまうと彼女は本能で理解していた。

 駆けていくアシュラとクルル。

 二人は弾幕の正体を見抜く。

「すごいね。内在魔力(オド)でできた弾だ」

「ふーん。天使族(エンジェル)だからこそ、成し得る攻撃、ね」

「――にしても、ライヒ大帝国も文明の利器が進んだな。銃器という武器まで発明していたか。千年前にはなかった武器だ」

「だが、この程度の弾幕で、私たちの動きを止められると思わないで」

 アシュラとクルルは第三始祖。

 吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の中でも上から数えた方がいいぐらいの強者だ。

 その強者が少女という天使族(エンジェル)を殺さないといけない。

 なんという残酷さであろうか。

 その残酷は理不尽を前にしても、少女は逃げずに弾幕を撃ち続けていた。

 たとえ、自分が死んだとしても、第二帝都を死んでも守り切る正義の心を持って、吸血鬼族(ヴァンパイヤ)なる悪に立ち向かう。

 その姿はまさに、戦乙女。

 誰もが思い抱く幻想が目の前にあると錯覚してしまうほどに――。

 勇敢と言われたら、そう答えざるを得ないだろう。

 だが、アシュラとクルルからすれば――

「その勇敢さは買うが……」

「実力が伴っていなければ、意味がない」

 彼女の気概を買いつつ、確実に距離を詰めていた。

「うぅ~」

 少女も全く効かない相手に苦戦を強いられてしまう。

(早く……早く……早く、増援を……)

 増援が来てほしいと切実に願う彼女。

 それはつまり、もはや、彼女の内在魔力(オド)ないしは“闘気”が限界を迎えている。

 それでも、弾幕を撃ち続けているのは、ここに来る味方を信じているからだ。

 だからこそ、内在魔力(オド)が限界になろうとも、身体に鞭を打って、戦い続けると意気込んでいた。

 少女の諦めない不屈の闘志にはアシュラとクルルは僅かばかり苦悶する。

(全く……諦めないという一点においては……)

(ライヒ大帝国の厄介なところだ)

「つけあがるな、小娘がァ!!」

 クルルは足に力を入れ、爆発的に地を蹴って少女との距離を詰める。

 詰め寄って勢いを利用して、少女の土手っ腹に回し蹴りを叩き込んだ。

「ブッ!?」

 彼女も腹に盛大な一撃をもらい、肺に溜め込んでいた空気を吐き出され、胃の内容物が吐瀉物となって吐き出された。

 ゲホッ、ゲホッと咳き込み続け、過呼吸に陥ってしまう。

 蹴りを叩き込まされたのに、吹き飛ばされなかったのは彼女も蹴られることを想定していたため、足に力を入れて踏ん張っていた。

 しかも、天使族(エンジェル)は特殊な種族だ。

 故に身体が多少、頑丈であっても並大抵の攻撃は受けきってしまう。

 だが、先の一撃で腹回りは壊死していた。

 もはや、立つことすらままならず、その場に座り込んでしまった。

 それでも、意識を保ち続けたのはひとえに少女の生命力の高さに起因すると言えよう。

 クルルも先の一撃を受けても、吹き飛ばされず、意識が保っていることに驚きを隠せずにいた。

「さすが、天使族(エンジェル)といったところか。今のを受けて、意識が保っているとは――」

「だけど、内在魔力(オド)も空っぽだし。立ち上がるだけの力も残っていない。ただ、そこに座り込んでいるだけだ」

 アシュラは少女の容体を一目で見抜いた。

 腹に残り続ける痛みが飛びかける意識を懸命に繋ぎ止める。

 荒い息を吐きながら、彼女は未だにアシュラとクルルを睨み続ける。

「ほぅ~」

「この期に及んで、まだ闘志が折れないか。いやはや、たいした精神力だ。キミは佳く戦ったよ。僕が保証しよう」

「兄さん。ここで彼女を賞賛しても、彼女が納得するはずがない。だが、天使族(エンジェル)の小娘にしては筋が良かったと思うぞ」

「どう、して……どうして……私が天使族(エンジェル)だと、分かった……」

 少女は最期だと思いつつ、種族を見抜けたのか理由を尋ねた。

「簡単だよ。いくら、隠蔽させたとしても、魔力の残滓が残っていれば、それだけで天使族(エンジェル)だとわかる。そもそも、天使族(エンジェル)人族(ヒューマン)は体構造に差がなくても、翼のあるなしですぐにわかる」

 アシュラはそう答えるも、少女からすれば、たったそれだけで見抜けるのかと逆に疑ってしまった。

「今、たったそれだけで見抜けるのかと疑っているな」

「ッ――!?」

(心が読まれている……)

 少女は自分の心の内がアシュラに読まれてしまったことに身体を強張らせる。

「身体能力の高さと内在魔力(オド)の多さで今までは生き延びてきたようだけど、所詮、その程度の実力でしかない。内在魔力(オド)を……いや、“闘気”を扱いこなしてこそ、実力のある者として認めてやる。あと、たったそれだけで見抜ける理由だけど、僕とクルルは、その昔、天使族(エンジェル)と戦ったことがある。その経験が生きているだけ」

「…………」

(経験値でものを言わせたの、ですか)

 絶望的な力の差を少女は感じとっていた。

 経験も、身体能力も、そして、実力も。

 なにもかも、自分が劣っていて、死ぬしかないと言わざるを得なかった。

「でも、その精神性、根性だけは認めてあげる。やはり、キミたちライヒ大帝国の者は諦めを知らない。そこだけは脅威に思えるよ」

 アシュラは剣を抜き、鋒を少女に向ける。

「――――――――」

 ハアハアと荒い息を吐いている彼女はクッと最期の足掻きともいえる睨みをしてきた。

 アシュラとクルルは今も睨み続ける彼女を、かつての戦友を重ねた。

(今もなお、睨むか)

(度胸だけは一人前だな)

「だが――」

「それに見合うだけの実力がなかったことを呪うんだな」

 アシュラが剣を掲げた、その時――

「ッ――!? 兄さん!?」

「ッ――!!」

 クルルが叫んだのと同時に、アシュラの眉間を狙ってくる投擲物に気がついた。

 アシュラもクルルに叫ばれて気がつき、投擲物を剣で弾いた。

 二人が目にしたのは矢。

 一本の矢がアシュラの眉間を狙ってきていた。

 アシュラとクルルは、この一本の矢だけで援軍が来たと理解する。

「兄さん!」

「くっ!?」

 続けざまに放たれてくる矢弾。

 アシュラとクルルは連続で放たれてくる矢弾を全て弾いてみせる。

「くっ……どこから……」

「第二帝都内からだ。しかも――」

「ああ、どうやら、とんでもない援軍が来てしまったようだ」

 二人は気配で感じとってしまった。

 巨大な力を――。

 ()()()()()()()を――。

「チッ……厄介な援軍が来てしまった」

 クルルが悪態をついた。

「そうだね。俺に背後を取られるほどに腑抜けている」

「――――――!」

「破ッ!!」

 二振りの剣が衝突し、辺り一帯に衝撃波を撒き散らす。

 ガキガキと鍔迫り合うかのように、両者ともに押し合っているのが少女でもはっきりとわかる。

(拮抗している……それに、あの男……)

「ズィルバー・R・ファーレン――」

 彼女が名前を漏らした。


 拮抗する両者の瞳が重なる。

 紅玉と蒼玉の如く輝く異彩な瞳と黒曜石の如く輝く黒い瞳。

 両者の瞳が重なり合い、互いの顔を視界に収める。

「おや、誰かと思えば、()()()()()だ」

 口角を上げるズィルバー。

 対するアシュラもズィルバーの口調と笑みを浮かべ方から、誰かを重ね、すぐさま、目の前の少年の魂を言い当てた。

「お前か……」

(ヘルト……)

 ギリッと歯を食いしばり、力が増していく。

 剣が押され始めたのを見てとれるズィルバー。

 力の押し合いだけでズィルバーはアシュラの膂力を大体、把握する。

(ほぅ~。千年の間にそれなりの筋力を付け、技術を磨いていたか)

「面白い」

 フッと笑みをした後、ズィルバーも力を込め、押し返し始める。

「ぐっ……!?」

 押し返されてる事実からアシュラは悟る。

(こいつ……転生されて、どれくらいの時が経過したのか分からないけど、筋力付けすぎだろう。ここに千年前に積み上げてきた技術まで合わさったら、もう手の施しようがない)

「化物めぇ……」

 悪態を吐き出すアシュラ。

「おいおい、吸血鬼族(ヴァンパイヤ)から化物と言われたくないな」

 皮肉じみた悪態を、同じく皮肉じみた言い回しで反論するズィルバー。

 力が徐々に増していく。

 徐々に力を増していくズィルバーに苦悶な表情を浮かべるアシュラ。

 一方、クルルは衝撃で視界が見えづらくなるも、腕の隙間から見える光景を見て、状況を把握せざるを得ない。

(今の口調に、言い回し、あの剣の振り方……そして、兄さんを知っている。間違えなく、あのガキは……)

「最悪な状況だ」

 クルルは、最悪な展開になりつつあることを瞬時に悟らざるを得なかった。


 逆に、この状況を嬉々として面白い展開になりつつあることを悟った吸血鬼族(ヴァンパイヤ)がいた。

「クロスくん。すごいよ。あのアシュラと互角に渡り合える人族(ヒューマン)がいるよ」

「いや、ここは逃げるべきだと思うよ。あの第三始祖に剣を交えてる時点で危険だって」

「いやいや、むしろ、面白おかしくするべきだよ。たとえば――」

 フェリドリーは剣を抜き、地を蹴って、一気にズィルバーに接近する。

「――背後から挟撃して殺しちゃえば、面白いよ、ね!!」

 嬉々として楽しげに笑うフェリドリーだが、アシュラとクルルからしたら

「バカ野郎!?」

「余計なことをするな! 死ににきたのか!?」

 声を荒げる。

「いや、吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の僕がし――」

 その時、右腕の感覚が失っていることに、今になって気づいたフェリドリー。

「あれ?」

 あっけらかんとした表情を浮かべ、自分の右腕を見る。

 見るからに右腕が斬り落とされていた。

「「ッ――!?」」

 アシュラとクルルはズィルバーの空気が変わったのと同時に思いっきり距離を取った。

 それも目一杯な力を込めて――。

 おかげで十メル以上も距離を開いていた。

「さすが、第三始祖となれば、拭いきれない恐怖を忘れませんか。一蹴りで十メル以上も距離を取るとは思わなかったけどな。逆に、こいつは全然分かっていないな。()()()()()()()()()()()と見る」

「天、敵……?」

 言葉の意味が分からず、フェリドリーは呆気にとられる。

 アシュラとクルルはまずいと判断したのか。

「フェリドリー。腕を捨てて逃げろ!」

「クロス! 生き残った連中を連れて、撤退しろ!」

 逃げるように告げたが、それを許さない少年がいた。

「させないよ」

 右目から洩れだした空色の魔力と、右手の甲から光りだす空色の雷を迸らせ、剣に纏わせる。

 雷を纏った剣が振り落としてきた。

 振り落とされてきた剣はフェリドリーの胴体を真っ二つに両断した。

「あはっ……残念だね。吸血鬼族(ヴァンパイヤ)は両断されたって、死なないよ」

 フェリドリーは余裕があり、すぐに身体がくっついて元通りになると踏んでいた。

 だが、現実はそういかず。身体が両断された途端、身体に異変が起きた。

「あ、れ……?」

(意識が……真っ黒に、包まれて……)

 彼の異変いや違和感にクロスたちも感じ始める。

「はっ……身体が真っ二つになったのに、身体がくっつこうと動かない……」

「まるで、()()()()()かのように――」

 吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の誰かが口にした言葉が彼らの間に広く伝播した。

 水滴が落ち、波紋が生まれ、広がっていくように――。

 生き残った吸血鬼族(ヴァンパイヤ)たちに恐怖が伝染し始めたのを見て、アシュラとクルルは苦悶の表情を浮かべる。

「まずい……恐怖が伝染した」

「くっそ……()()()の計画もおじゃんになりかねない」

(フェリドリーが無謀なことをしたせいで、長年の計画が全てダメになるかもしれん)

 内外でも盛大に悪態を吐くアシュラとクルルの二人。


 死に体になっていくフェリドリーにズィルバーは彼の首に剣を突き立てる。

 そのまま、躊躇うこともなく、首を切り裂いて、フェリドリーなる吸血鬼族(ヴァンパイヤ)を絶命させた。


 彼は滴る血を払い落とし、アシュラとクルルを見据える。

「さて、キミたち二人を始末しないといけないな」

 剣を二人に向ければ、二人はクッと苦悶するかのように毒を吐いた。

 と、そこに――。

 アシュラとクルルの背後から氷の弾幕が駆け抜けていく。

 全ての氷に紺碧の雷が迸っており、恐怖に支配されかけていた吸血鬼族(ヴァンパイヤ)に襲いかかった。

『ッ――!?』

「全員、躱せ!!」

 クロスが声を荒げるも、恐怖に支配され、身体が思うように動けずにいる吸血鬼族(ヴァンパイヤ)が多数。

 しかし、身体に鞭を打ってかろうじて、躱せたのはほんの数名。残りは全員。氷の弾幕に貫かれ、蜂の巣のように穴だらけになって絶命した。しかも、躱しきれなかったのが腕章らしき装備をしている吸血鬼族(ヴァンパイヤ)

 下っ端の吸血鬼族(ヴァンパイヤ)は藍色の髪をした少女によって全滅されているため、生き残った吸血鬼族(ヴァンパイヤ)は興味本位で襲撃したのに、なんの成果も得られずに多大なる損害を与えてしまったことに恐怖と焦燥が身体を走らせる。

 非常に危険な状況になったと悟るアシュラとクルル。

 二人はすぐさま、声を張りあげた。

「生き残った吸血鬼族(ヴァンパイヤ)、全員! 直ちに撤退! 第二帝都から離れろ!」

「殿は私と兄さんで務める。今すぐに撤退しろ。死にたくなければな!」

 二人の叫びが生き残った吸血鬼族(ヴァンパイヤ)に浸透し、敵に背を向けて逃げ出した。

 その顔に恐怖と焦燥が滲み出ていた。


 吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の間。いや、アシュラとクルルなどといった千年以上も生きている吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の間では、このような悪夢を残している。

 ――“神なる絶望フェアツヴァイフルング”。

 ライヒ大帝国が、まだ、王国から帝国に改名したばかりの頃、吸血鬼族(ヴァンパイヤ)は一度だけ、内側から食いつぶそうと計画をしたのだが、あえなく失敗に終わった。

 当時のことを知っている吸血鬼族(ヴァンパイヤ)は忘れもしない屈辱の記憶である。

 なぜ、失敗に終わったのか。

 それは、伝説となった[三神]並びに初代五大将軍によって壊滅されたからだ。

 いずれも神に選ばれし、人族(ヒューマン)であり、その力を吸血鬼族(ヴァンパイヤ)に知らしめたのだ。

 故に、古き吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の間ではライヒ大帝国のことを話すときは、必ず、言ってしまう口癖があった。

 かの国を攻め込むときは命を捨てて挑め――

 ――さもなければ、あなたを喰おうと“神なる絶望フェアツヴァイフルング”がやってくる。

 そして、現在、逃げ出す吸血鬼族(ヴァンパイヤ)の一人、クロスが息を切らせながら、逃げることだけで精一杯だった。

(どこで間違えた? なにを間違えた?)

 彼の頭の中は、その言葉だけで溢れかえっていた。

 フェリドリーの立案に同調し、第二帝都を攻め込んだ。その時は余裕があったが、今はそんなものはない。

 後ろから突き刺さってくる殺気から逃げるのに精一杯だ。

 フェリドリーの立案に同調したのはよかったが、その肝心のフェリドリーは、銀髪の紅と蒼の瞳を持つ少年の手によって、絶命した。

 胴体を両断され、首を切り裂かれた。

 フェリドリーもクロスも、ここ千年の間に吸血鬼族(ヴァンパイヤ)として()()()()()()()

 なので、時折、アシュラたちがライヒ大帝国のことを話すときに必ず漏らす口癖の意味が分からなかった。

 “神なる絶望フェアツヴァイフルング”というのがどんなのか分からなかった。

 それが今、ようやく、理解した。

 吸血鬼族(ヴァンパイヤ)を意図も容易く殺してしまう敵の存在。

 これがもし、悪夢だと信じたい。

 だが、身体に突き刺さる殺気が現実だと認識させられる。

 このようなことができる化物は精霊の類しかあり得ない。

 身体に突き刺さる殺気が恐怖となって襲いかかる。

 あまりの恐怖に頭がおかしくなりそうだった。

(死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない)

 恐怖から、焦燥から、絶望から、逃れたくて、死に物狂いで逃げ続けた。


 逃げ始める吸血鬼族(ヴァンパイヤ)を追撃するかのように氷の弾幕がズィルバー、アシュラとクルル、そして、藍色の髪をした少女の後ろから駆け抜けていく。

 氷の弾幕が背を向けた吸血鬼族(ヴァンパイヤ)に迫ろうとしたとき、二つの剣閃が弾幕を粉々にした。

「これ以上、恐怖を伝染させるな」

「同じ轍は踏まない」

 アシュラとクルルが氷の弾幕の全てを粉々に砕いたからだ。

 ズィルバーはフゥ~ッと息を吐く。

「カズ。もういいよ。逃げる奴まで追撃する必要はない」

 後ろから近づいてくる少年に声を飛ばす。

「いいのか。みすみす逃がして」

 神槍(ブリューナク)を手に、駆け寄ってくる黒髪黒眼の少年――カズが言い返す。

「いいも何も、彼らはもうここを攻め込もうという意志はないよ。戦意をへし折った敵を嬲り殺したって意味がない。それじゃあ、暴力と変わらないじゃないか」

「言いたいことは分かるけど、彼らが増援を呼んだりしないのか?」

 カズは逃げる吸血鬼族(ヴァンパイヤ)を見て、増援が来ないのか気になっていた。

「それはない。吸血鬼族(ヴァンパイヤ)は必要以上に、この国に攻め込まない。仕掛けるなら、それなりの時間と綿密な計画が必要なはず」

「つまり、これ以上の増援もないってわけ」

「おそらくね」

 ズィルバーとカズの会話をじっと見ていた藍色の髪をした少女。

 彼女とて、今、ここに来た少年が誰なのか知っている。

(カズ・R・レムア……レムア公爵家、次期当主……)

 さらに、そこに駆けつけてきた者たちもズィルバーとカズに駆け寄ってくる。

「ちょっと、ズィルバー!? 先に行かないでよ!」

「カズもだよ。急に急ぎだして!」

 プンプンと怒っている空気感を出す二人の少女。

 その少女も彼女は知っていた。

(ティア・B・ライヒ……ハルナ・B・ライヒ……皇女殿下が、どうして……)

「文句はあとにしろ。それより、そこにいる天使族(エンジェル)の彼女を治療してやれ。もう、翼を隠すだけの魔力がないはずだ」

「え?」

「え、天使族(エンジェル)!?」

「うそ!?」

 ズィルバーの言葉にカズ、ティア殿下、ハルナ殿下が一斉に藍色の髪をした少女を見る。

 彼女もズィルバーに自分の種族を言い当てられるとは思っておらず、思わず、警戒の視線を送る。

「彼女が天使族(エンジェル)!?」

天使族(エンジェル)って数が激減しているって聞いたけど――」

「ああ、絶滅危惧種であることに間違えない。だが、自分の種族の特徴を隠すために魔法とか髪の毛とかで隠蔽しているだろう」

「あっ……」

「そういえば、シズカとベラも言ってた」

 今更になって、カズとハルナ殿下も自分の部下が種族特性を隠している理由を思いだした。

 さらに、そこに駆けつけてきたのが

「おい、ズィルバー! 急にスピード上げるなよ!」

 文句たらしめるユウト。

「まあまあ、ユウトさん。せっかく、吸血鬼族(ヴァンパイヤ)と戦える機会を失って腹を立てたいのも分かりますけど」

 毒を言いつつ、宥めているシノア。

 藍色の髪をした少女は最後に駆けつけてきた彼らを見る。

 知っていた顔をだった。

 いや、正確に言えば、彼女が一方的に知っていたといったほうが正しい。

(皇族親衛隊、第二帝都支部の、シノア部隊……部隊長シノアと急成長株と言われるユウト……)

 呼吸が荒いものの、彼女はここにいる彼らが北方を守り切ったメンバーであることを彼女は理解する。

 そして、同時に、いや、本能的に理解する。

(もう、ここは、大丈夫……)

 自分が戦う必要がないと悟ったのか。緊張の糸が切れてしまい、気を失ってしまった。

 少女が気を失ったのを見て、ヨーイチがすぐさま、駆け寄った。

「大丈夫!?」

 身体を揺さぶるも彼女は目を覚ます素振りがない。

 ユウトは彼女を見て、ヨーイチを落ち着かせる言葉を投げる。

「大丈夫だ、ヨーイチ。俺たちが来たことで安心したからか。気を失っただけだ」

「ですが、負傷しているのを確かです。みっちゃん」

「ああ、ここは私たちに任せてくれ。シーホ」

「おう。ヨーイチ」

「うん」

 ヨーイチは気を失った彼女を負ぶさり、ミバルとシーホとともに、正門から離れていく。

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