北の狼奮闘記。
北方の防衛戦争から三週間が経過した。
北方は今、復興に着手するのと同時に講師陣への調査が行われた。
賄賂を渡され、目を瞑っていないのかを確認するために――。
結果、講師陣の一部が学園長と副学園長から賄賂を渡され、隠蔽工作に動いていたそうだ。
事実が発覚したことで、レムア公爵家側も一部の講師陣に対し、減俸を言い渡された。
続いて、北方諸侯に対し、自分らの不備を認め、謝礼金と物資を提供した。
民なくして北方は、国は守れない。
悪事に気づけなかった自分らに恥じて、諸侯たちに褒賞と謝礼金などを提供した。
しかし、諸侯たちは受けとらないと豪語する。
「ゲルト様。我々も騙された身の上。ゲルト様が謝ることではありません!」
「責任転換となりますが、全ては北部の学園長と副学園長が私腹を肥やしていただけのこと。あなた様が責任を取るわけにはいけません!」
さまざまな声が飛び交う中、ゲルトは首を横に振る。
「俺ではない。全て、カズがしたことだ」
「カズ様が!?」
動揺を禁じ得ない諸侯たち。
なぜ、カズが、そのようなことをしたのか疑問を隠せない。
「不備があったとはいえ、北方のために尽力した。その褒賞を受けとってほしいとのことだ」
「しかし、そのような謝礼はいったい、どこから……」
「傭兵団のアジトから奪い返したそうだ。悪党な考えだが、奪われたものを奪い返すのになんら理由がない。奪い返したものは一部を除いて、諸侯たちに分配するというカズの考えだ。ありがたく受けとっておけ」
カズの器の広さがなせる所業に諸侯たちは感涙にむせび泣く。
「カズ様。俺たちは一生ついて行きます!!!!」
レムア公爵家への忠誠心を宣言した。
で、肝心のカズはといえば――。
「はぁ~。始末書の多さには萎える」
漆黒なる狼一角。
執務室で事務作業にひしこら頑張っていた。
「仕方ないじゃない。誰かさんが連中の物資を謝礼にあげちゃったんだから」
「うぐっ……だが、僕らが持っていても意味がないだろう。北方のためとはいえ、僕らに協力してくれたことに変わりない」
「まあ、それもそうだけど……後々、大変だったからね」
ハルナ殿下はカズが取った行動のせいで、“蒼銀城”では、ちょっとした騒ぎになっていた。
北部の学園に通う生徒たちから声が上がっている。
非難の声じゃない。
賞賛や感謝の声ばかりが届けられていた。
「カズ様。自分らは一生ついて行きます!」
女子生徒だけじゃなく、男子生徒まで漆黒なる狼に詰めかける始末。
カインズたちが対応せざるを得ない事態にまで発展した。
「人徳もそうだけど、日頃の行いが、ここに来て襲いかかるとは思わなかった」
「僕だって、こうなるとは思っていなかった。でも、自分がしたいことをしたまでだ。その結果がこうなるとは思っていなかっただけだ」
カズは照れ隠しに文句を言うも満更嬉しいことに変わりなかった。
「さて、“蒼銀城”をどうするかだけど……」
「レムア公爵家が管理するしかないだろう。城の見回りや清潔さを守るためにも僕らが率先しないといけない。なにより、保護した彼らを北方に暮らさせるんだ。住まいぐらいは与えないとな」
カズが言った彼らとは、傭兵団のアジトで囚われていた子供たちのことである。
彼らの生活を送らせるのも、貴族としての責務のように感じている。いや、カズがそうしたいと言ったことに起因する。
今まで、自分のことばかり考えていたが、北方を守ると誓ったとき、自分のことよりも周りのことを気にしだした。
所謂、施しの精神。
自分が得た外貨を他者に、貧しい者に振る舞おうという心であり、カズも今、その精神に目覚めていた。
子狼姿のレンはカズの変化と成長を観察し、昔を垣間見る。
(蛙の子は蛙、とは。まさに、このことね。メラン。あなたの意志は確実に彼の中で生きているわ。精神的にゆとりが出たからか。受け継がれていく精神性が発露した。施しの精神は誰もができることじゃない。他者を重んじる心なくしては発露することはない。最初、カズを見たとき、なさそうに見えたけど、精神的に追い詰められていただけで、落ち着きを取り戻したことで本来の自分が見えたってところかしら)
レンはカズを見て、本質を再確認する。
(普通は逆なんだけど、追い詰められると自分のことしか考えなくなってしまうのは血筋としておきましょう。でも、施しの精神を持ってるのが人族なんて、世界は不思議ね)
レンは小さく欠伸をした後、眠りについた。
事務作業にヒーヒーしてるカズを横目に見ながら――。
一方、カインズたちは“蒼銀城”の食堂で、このような噂を耳にした。
次の学園長にゲルトかカズかで意見が錯綜していた。
「次の学園長にゲルト公爵卿かカズかで声が飛び交ってる」
「だけど、最終的な決定は皇帝でしょう。ここで意見が飛び交っても意味がないんじゃあ……」
「あろうがなかろうが、意見を飛び交うのが生きてる我々の性だよ」
シズカが漏らした弁にベラが憶測な指摘をする。
「まあ、経験を踏まえるなら、ゲルト公爵卿だろう。カズは、この城の主というだけで学園長になれというのが土台無理な話だ」
「うーん。私もカインズの意見に同感かな。カズにはまだ早いと思う」
「俺らのリーダーは委員会の長で十分だ」
カインズもカズのことを考慮すれば、それが正しいと言い切る。
「――と、俺たちにとって、一番の驚きがカズの変化だな」
「ああ、それは言えてる」
「うん」
カズの変化にカルラとヘレナも驚いていた。
「良い方向に変化していたね。初めて出会ったときは自分のことをとことん追い詰めてる人だと思っていたけど、今は心にゆとりができたのか。周りへの気配りができている」
「元から、そういう人で追い詰められると自分のことしか考えなくなってしまうという線もなくもないよね」
「あり得そう。カズって、自分に自信が持てない人だし……今は違うけど……」
「だよね。カズの比較対象が黄昏の首魁じゃあ自身がないと言い切っちゃう辺り、おかしいと思う。今は違うけど……」
「お前ら、カズのことを悪く言いすぎじゃねぇか。今は違うけど……」
「あんただって、人のことは言えないじゃん」
「うるせぇ!」
彼らも彼らで自分らの主が良い方向に変わったことに喜んだ。
同時刻、レムア公爵家でも、執務に追われていたゲルトが小休止に紅茶を口に含ませていた。
「ひとまず、あらかた済ませた」
執務室に積もらせている紙の束がこれまで、彼が頑張ってきた証拠でもあった。
「北方にも良い風が吹いた」
(全てはカズの成長が著しいな)
ゲルトが言う成長とは身体的な成長ではなく、精神的な成長。心の成長であった。
“魔王”カイを倒してしまったことは前代未聞ではあったものの、未来の若き力の成長無くしては勝てなかっただろう。
「本当なら、学園の長はお前に一任すべきだろうが、まだ早いか。今はいろいろと経験を積ませよう」
ゲルトは自分が北方を守り続け、次世代に受け継がせていく準備を整え始めた。
と、そこに――。
「あなた。入るわよ」
執務室に入ってくる一人の女性と一人の少女が入ってくる。
「おぉ、身体は大丈夫か」
「ええ、今日は調子がいいわ」
「お父様」
「おお、フィーア。今日の勉強は済んだのかい?」
「うん! お兄様は?」
「カズは今、“蒼銀城”にいる。帰ってくるのはまだ時間がかかりそうだ」
「ムゥ~」
リスのように頬を膨らませる少女。
艶がかかる濡れ烏色の髪が肩まで伸ばしてる少女はカズの妹、フィーア・R・レムア。
そんな彼女の頭を撫でて慰めるのがカズの母親――マギ・R・レムア。
「不貞腐れない。あの子は今、北方の人気者。帰ってくるのが遅くなるのはしょうがないわ」
「でも、お母様」
「我慢しましょう。帰ってきたときに甘えればいいじゃない」
マギに諭され、フィーアも元気よく頷いた。
「ここしばらくは忙しいだろうな。皇家から召喚状が届けられた。カズとハルナ殿下はしばらく、中央へ向かうことになる」
「えぇ~」
「そう、がっかりするな。終われば、帰ってくるんだ。今は我慢しような、フィーア」
「はーい」
ゲルトに言われて、フィーアは捻くれてしまった。
ゲルトとマギもフィーアの不機嫌にさせたことに申し訳なさを感じていた。
それから一週間の時が経過した。
慣れない事務作業に一区切りを付けたカズ。
「ふぁ~」
欠伸を一つして、窓から差し込まれる日の光を浴びる。
「今日は晴れ渡っているか」
(昨日、一昨日は雪が降り続けていた)
「でも、晴れたのは幸いか」
(久々に街に出て、魔物退治でもするか)
漆黒なる狼の一環として“蒼銀城”の治安維持も努めている。
魔物を退治するのと同時に身体を動かせるという一石二鳥というわけだ。
ふと、屋根の上に視線を転じれば、少年が一人。
ぽつんと屋根の上に座って、景色を眺めていた。
「あいつは……」
カズも、かの少年に心当たりがある。
(確か、傭兵団に囚われていた天使族の少年。名前は……クルトだったな)
少年、クルトを発見する。
しかも――
(北方の朝は非常に寒いというのに、薄着一枚とは感心しないな)
カズはやれやれ、世話のかかる後輩を持った気分になり、厚着なコートを片手に城を出た。
城の屋根の上で朝焼けを見ていたクルト。
彼はこの一週間を振り返る。
温かな食事が出されたのは驚いたが、ここの生徒たちに不思議そうな目線を向けられることが多々あった。
主に、双子の姉、クレアに邪な視線を向ける男子生徒が多かったことか。
クレトにとってみれば、由々しき事態であり、今すぐにでも、殴り飛ばしたかったが、自分らを助けてもらい、生活できる場所まで与えてもらったカズたちに悪いことができない。
姉を守りたい正義感とカズたちに迷惑をかけたくない罪悪感で板挟みに遭い、一人。景色を眺めて、感傷に耽っていた。
と、そこに――
「なかなか、いい眺めだな」
後ろから声が聞こえたので振り返ったクルト。
厚着なコートを手にしたカズが近づいてきて、座り込む。
「委員長……」
「ほれ」
カズはクルトに厚着なコートを羽織らせる。
クルトもいきなりのことで驚くも慌てずにコートを受けとった。
「コートぐらいは着ておけ。夏が過ぎたばかりの北方の朝は寒い。薄着だと風邪を引くぞ」
「……ありがとう、ございます」
クルトはいそいそとコートを着込む。
「でも、委員長はいいんですか?」
「僕は大丈夫。レンと契約しているから。これぐらいの寒さは春の陽気な暖かさぐらいには感じられる」
「精霊を契約している人族だけの特権ですね」
クルトは皮肉じみた言い回しをする。
「手痛いところをつかれたな。そういや、翼をどうした? 天使族だから白い翼を生やしてるじゃあないのか?」
「翼は隠しています。天使族は社会に溶け込みやすくするため、翼を隠す習性を持っています」
「そうか。あれ、でも、傭兵団に囚われた頃は翼を隠していなかったよな」
「弱り切っていると翼を隠すだけの余力がありません」
「なるほど」
事情を知り、カズは一人で頷いた。
少しの間だけ、なにも声を発せない空気が流れる。
「あの、委員長……」
「ん?」
「どうして、俺たちにここまでのことをするのですか?」
クルトが言うここまで、とは衣食住に困らない生活を与えられていることだ。
「どうして、か」
カズは頭を掻きながら、気恥ずかしく答える。
「単純に、僕がこうしたいから、しただけ……僕って、ちょっと変わっていて。街で身寄りのない人たちを見ると、食べ物を恵んでしまう性分なんだ。まあ、それも一時期、ズィルバーと比較される自分が嫌になって忘れていたけどね。でも、ズィルバーと対等に渡り合えるようになってから。周りに意識を向けることができたから。まずはお前らの生活ができるようにしようと思っただけだ。まあ、平たく言えば、余計なお節介だと思ってくれ」
「余計な、お節介……」
クルトは目をパチクリにして呆気にとられる。
「ああ、余計なお節介。クルトが僕の施しをお節介だと思ってるなら、いらないと言ってもいい」
カズは分かりきってた上でクルトに聞いてみれば、彼は首を横に振る。
「お節介だと思っていない。むしろ、ありがとう。俺や姉さんに居場所を与えてくれて」
ポツポツと独り言のように漏らすクルト。
カズもクルトが姉を守るために気が立っていたということを――。
「俺はここにいたい。でも、姉さんだけは……」
「何も言うな。今更、追い出そうとか考えていない。むしろ、僕としても嬉しいと思っている」
「嬉しい?」
カズの言っている意味が分からず、疑問符を浮かべるクルト。
「正直に言って、漆黒なる狼はメンバー不足なんだ。北方を守るってことを考えると優秀な仲間がほしい。種族を問わずに、自分らの居場所を守れる奴がな」
「自分らの居場所を……」
「だから、クルトが残りたいのなら、僕は歓迎する。一緒に守ろうじゃないか。お前みたいな子供が生まれないようにさ」
「…………」
カズの言葉を一言一句。受け止め、胸を打たれた。
理屈を抜きにして、クルトはカズについて行きたいという忠誠心を抱き始めた。
「俺なんかでいいのか。居場所もない俺に……」
「何を言ってる。居場所はここにあるじゃないか」
自身のないクルトの発言にカズは真っ向から否定する。
居場所はないじゃない。作ればいいものだと彼は言い切る。
「ここ、に……?」
「そうだ。ここをお前の居場所にすればいい。僕は、この城の主だ。死ぬときまで、北方を守り通す。北方が好きだからというわけじゃない。北方の民たちの居場所を守るために戦い続ける。そこに種族という壁なんて存在しない。自分の大切な場所を守りたい意志があれば、十分なんだ」
「自分の大切な場所……」
クルトはカズの話を、言葉を、真摯に受け止める。
「ただし、守るだけが全てじゃない。先へ進む道を示すことも必要。でも、これは長の仕事。クルトたちは居場所を守るために戦い続ければいい。だけど、それ相応の力が必要だけどな」
「力……」
力が必要だと言われて、ギュッと手を握り締める。
(あの時、俺に力があれば、姉さんを守り通すことができた)
血が滲むほどに、手を握るクルト。
己の無力さを痛感させられていた。
カズもクルトの瞳に浮かべる悔しさと己の弱さ。いろんな負の感情が滲み、瞳に浮かべて、気持ちを察することができた。
「クルト。強くなりたいか?」
カズの文言に彼は目を大きく見開く。
「強く、なりたい……」
彼の目は強く、瞳には熱い意志が篭もっていた。
もう逃げない。何がなんでも姉を守り通すという折れることのない意志を感じとれた。
カズも彼の強き意志を肌で感じとり、“そっか”と納得する。
「だったら、僕らが鍛えてあげないとな」
「いいのか!?」
「いいも何も強くなりたい奴を無下にするほど、僕は非道じゃない。言っただろう。漆黒なる狼は今、人数不足だ。“魔王傭兵団”との戦いで負傷者が多いというわけじゃなく、単純に人数が不足している。白銀の黄昏は既に百を超える大所帯になった。こちらも人数強化が急務だ。もちろん、質の向上も一番大事」
カズの話を聞き、クルトは
(けっこう、急務じゃない)
少々、焦りが生まれる。
「人選はハルナにも手伝ってもらうとして、クルトたちはカインズたちに鍛えてもらえ」
「俺たちを本気で仲間にする気か?」
正気の沙汰とは思えないカズの行動にクルトは思わず、訝しむ。
「自由な意志で決めさせる。強制するほど、僕も非道じゃないって言っただろう。クルトたちが、居場所がほしいなら、僕は提供する。ただし、それに見合うだけの働きをしてもらわないといけない」
「働き……」
(それもそうか。ここでの生活を許されるなら、それ相応の見返りをしないといけないのは子供の俺でもわかる。だが、それがなんだ)
クルトは自身に言い放つ。
(姉さんを守るためなら、俺は強くなる)
大切な者を守るために男は強くなる。
それは自然の摂理であり、生き物は強くならなければ、生き延びれないことをクルトは齢十歳なのに、しっかり理解していた。
ここで、カズはクルトに確認することがあった。
「聞き忘れていた。クルト。お前、年はいくつだ?」
「今年で十歳になる」
「って、ことは一年か。漆黒なる狼に迎え入れるためにも北部生にならないといけない」
ブツブツとカズは独り言を漏らしていた。
「仕方ない。皆に意見を聞いた後、レムア家で編入させるように手を回しておくか」
カズはクルトたちのことを考慮して、必要事項をまとめていく。
「後は、クルト以外の皆の意志を聞くか」
カズは立ち上がり、パッパッと尻についた雪を払い落とす。
「困ったことがあったら、僕やハルナたちを頼れ。先輩として後輩を導かないとな」
彼はそう言って、場内へ戻っていった。
一人残ったクルトはカズの背中を見た。
自分と大差がないのに、その背中は大きく感じた。
後日、“蒼銀城”の食堂に集められたクルトたち異種族。
呼び出したカズ本人が来たところで話が始まった。
「皆を集めたのは他でもない。今後の身の振り方だ」
冒頭から自分らの将来を案じる言葉を投げかける。
「別に強制しようというわけではない。だが、皆の意思は尊重しようと思う」
「あの……私たちの身の振り方って……」
おそるおそる訊ねてくる少女。
翡翠の瞳に濃紫がかった長い黒髪の女の子だ。
「ここに留まるか。故郷に帰るか、だ」
カズが示す二つの選択肢。
“蒼銀城”に留まり、漆黒なる狼の一員として生きていくか。
“蒼銀城”に留まらず、故郷へ帰るかだ。
「さっきも言ったが、強制する気はない。皆の意思を尊重する」
カズの言葉に裏がないと告げる。
「留まるのなら、学園への編入手続きはレムア公爵家が行う。留まらなくても、故郷に帰りたい場合も故郷の状況や場所を調べた上で送り届ける」
何事に於いても責任を負うとカズは言いきる。
だけど、彼らは顔を見合わせる。
なぜ、そこまでのことをするのか。
「不思議に思えるか」
自嘲するようにカズは紡ぐ。
「人族の僕がここまでのことをするのか、と――。正直に言えば、僕の心情みたいなものだ」
「心情……」
「自分の道を示せていない者たちに人生を奪われることが嫌なだけだ」
カズはレムア公爵家の跡取りだが、公爵家の跡取りとは思えないあるまじき行動をしている。
「誰かに縛られる人生は嫌だろう。だからこそ、僕らは足掻かないといけないと思った。自分の将来は自分の手で掴めなければ、意味がない」
「自分の将来……」
誰かが漏らした彼の言葉を復唱する。
「僕の組織、漆黒なる狼は種族を問わず。皆が自分の目的を目指し、足掻いている。中央にいる白銀の黄昏の彼らとて同じだ。彼らにも彼らの目的があって、ズィルバーについてきている。誰にも人生を縛られたくないのなら、ここに留まらないことをおすすめする。自分の目的のために足掻きたいのなら、僕は望んで、手を差し伸べよう。万民を、仲間を救わずして、守り通せるほど、僕は非道じゃない」
カズの言い分を聞きつつ、クルトたちの心は揺れ動いている。
自分らには帰る故郷がない。
なぜなら、一部は囚われた者がいる。しかし、大半は見捨てられ、売られた者たちが大半だ。
帰る故郷がない。でも、カズは故郷に帰りたい意志もある者に、こぞって手を差し伸べ、送り届けようと考えている。
「余計なお節介だと思っているのなら、お節介だと思ってもいい。それぐらいの責任を果たさないと男として生まれた意味がないじゃないか」
彼はまたもや、自嘲し、苦笑を浮かべる。
クルトたちにとってみれば、自分らをこき使おうとするのではないかと思っていたが、実際のところ、カズはその気がなく、帰る場所に送り届けようという優しさが見え隠れしていた。
彼らはギュッと手を握り締める。
もはや、自分に帰る場所なんてない、という夢見ていた彼らに救いの希望を与える。
だけど、彼らが選んだのは――。
「さて、話を終えた。別れてほしい。帰りたい者と留まりたい者に――」
すると、クルトたちはこぞって留まることを選択した。
カズは留まることを選択した彼らに思わず
「いいのか? 留まるということは僕の下に就くことになる。それは理解しているのか」
聞いてしまった。
「もちろんだ」
クルトが代表として答えてくれた。
「俺らのことを案じ、居場所さえ与えてくれる男を無下にするほど、人はできていない」
「そうか」
カズは思わず、涙を零しそうになる。
だが、次のクルトの言動が涙すら流せなくなった。
「あと、委員長ってバカっぽいから心配できなくて……」
「あら!?」
ズコッとずっこけてしまったカズ。
自分の仲間たちからもバカっぽいと言われ、新たな仲間になる者たちからもバカっぽいと言われてしまう始末。
(……泣いていいかな)
カズは涙を流しそうになる。
今度は嬉し涙ではなく、悲し涙であるが――。
一方、その頃、ハルナ殿下はシズカとベラと一緒に人事? ッぽいことをしていた。
「しかし、私的な理由で委員会に入ろうと思わないで……」
「どれもカズの下に就きたい者たちばかり……」
「それだけの理由で入ろうなんて止めてほしい」
「「「……はぁ~」」」
三人は盛大に溜息をついた。
実のところ、ここ最近、北方は急務である。
“魔王傭兵団”との防衛戦後の後始末。
“地獄の門”と言われている壁周辺の村そのものの復興。
北方貴族への謝礼並びに協力感謝金など諸々が一気に襲いかかった。
当然、漆黒なる狼ですら、急務である。
カズの人気もそうだが。
カズ目当てで集まってくる生徒たちへの対応と人員増強を同時に行っている。
下手し、いつかはパンクしてぶっ倒れることも間違えなしだ。
「仕方ない。人員の増強は来年度に持ち越しね」
「そうするしかないか。傭兵団に囚われた彼らのこともある。なにより……」
「委員会としての指針も教育する方法も樹立していない」
と、彼女たちの間で懸念材料がてんこ盛りだった。
「こういうことなら、ズィルバーかティアに聞いておけばよかった」
「黄昏は人数もあるし。メンバーも潤沢している」
「おまけに組織間での統制がなされている。こっちとは全然違う」
「ひとえに人徳と真面目に取り組んでいたからでしょうね」
「ここに来て、組織力に差が生じるなんて……」
ハルナ殿下は悔しそうに悄げてしまった。
少しだけ間を置いたら、彼女は顔を上げた。
「悩んでばかりも仕方ない。ひとまず、できることから順にやっていくよ」
「「おぉー!!」」
彼女の掛け声にシズカとベラも声をあげた。
と、そこにカズが帰ってきた。
食堂でクルトたちの選択を聞き入れ、戻ってきたところだ。
「お帰りなさい、カズ……どうしたの?」
ハルナ殿下が出迎えはするも、カズの元気のなさに声をかける。
「いや、なに……クルトたちの意見を聞いてきたんだよ」
カズはブツブツと独り言のように漏らしていく。
「漆黒なる狼に入ってくれるから問題ないけど……」
「けど?」
「僕って、そんなに、バカ、なのか……」
「「えっ……」」
シズカとベラは今更感で言葉を漏らしてしまった。
「今更……」
「当の本人が自分のことをバカと認識していないなんて……」
二人もわりかと辛辣な言葉を投げる。
「シズカとベラもひどくない!?」
カズは彼女らの言葉に大きく反応し、吼える。
「だって、カズは一見、優秀そうに見えるけど、バカで賢いだけなんでしょう」
ハルナ殿下すらもカズのことをバカだと認識する。
「ハルナ、まで……」
最愛の彼女からもバカ呼ばわりされて、意気消沈する。
「カズがバカなのは今更だから……置いておくとして……」
「置いておくな!!?」
「それよりも、彼らを編入させる手続きを済ませないと……」
「そうね。父様がとやかく言われる前に手を回しておきましょう。ゲルトさんにも手伝ってもらえるように言ってきてくれる」
「…………分かった」
自信喪失になりながらもカズは父、ゲルトにクルトたちの編入手続きをしてもらうよう、屋敷へと向かった。
カズが部屋を出たところで、ハルナ殿下たちは呆れるような、世話かけるような、溜息を一つはいた。
「全く、カズがバカっぽいのは今更じゃない」
「失敗したとしても、次に生かせる機転の良さがあるのはカズの持ち味だけど……基本的にバカなのは変わりない」
「賢いんだけど……冷静に考えられないのがカズの悪い癖かな。だからこそ、私たちがいるんだけど」
彼女たちはカズがバカであっても、賢く、意外性を秘めているのを知っている。
だからこそ、ハルナ殿下はカズに一目惚れしたのだ。
「さて、今のうちに委員会の方針と上下関係をしっかりさせないと」
「なあなあでやっていたら、いずれ、横槍が入りそうだし」
「階級やルールを持たせる。白銀の黄昏に倣って、さ」
シズカの具申にハルナ殿下は頷いた。
「そうね。漆黒なる狼は基本、カズの考えに賛同して集まった派閥。今じゃあ、委員会として活動しているけど、将来的なことを考えると、ルールは作って置いた方がいいわね。黄昏もズィルバーとティアの二人でルールや階級制による実力主義を取っているから」
「こっちも実力主義を取らないと北方を守れる気がしないし。いいんじゃない」
ハルナ殿下の提案にベラも賛同する。
「とりあえず、カズが戻ってきたら、彼の意見を聞きましょう」
カズが戻ってくるまで、組織として方針を出しあっていた。
だが、それも先送りにすることになった。
少し息を切らして、執務室に入ってくるカズ。
「何かあったの?」
ハルナ殿下はカズの慌ただしさからよからぬことがあったと悟る。
「中央からの召喚状が来た。ハルナ。準備しろ」
「私だけ?」
彼女たちは顔を見合わせる。
「行くのは僕とハルナだけ。残りは“蒼銀城”の守護」
「でも、二人がいない間の決定権はどうするの」
「僕とハルナが不在時はカインズに最終決定権を与える。一応、漆黒なる狼内での階級や権限は既に造っておいた」
「いつの間に……」
「前々から作ってあったんだが、僕に自信がつくまで見せなかっただけだ」
「だったら、先に見せておいてよ!!」
ハルナ殿下は声を荒げ、カズを説教する。
「悪かった、悪かった。次からは早い段階で意見を出す」
カズは彼女を落ち着かせ、自分の席に置いておいた漆黒なる狼のルールや階級を書いた紙束を取り出す。
彼女たちは紙束を目に通す。
「しっかりと組織内階級もできてる」
「基本、カインズと私たちに権限を割り振ってるわね」
「ダンストンが幹部の中で一番低いのは納得……」
目に通したことで階級について、文句の一つもなかった。
漆黒なる狼全体で質の向上するため、実力主義をとることにした。
殺伐としているが、“魔王傭兵団”のようなこともある。北方の未来のため、屈強さを保つために実力主義を取るとカズが決めた。
実力主義を取るためにルールも明確に決めていた。
「意味のない私闘は厳禁。違反した場合、幹部からの罰を与える」
「学園並びに生徒への迷惑行為も厳禁。違反した場合、謹慎処分を下す」
「大原則として北方を守るのを最優先にせよ、ね」
名分化したルールを見て、ハルナ殿下たちは補足事項を付け加えるだけにして、異論はなかった。
「ひとまず、僕とハルナは中央へ行く準備だ。シズカとベラは北方を死守しろ。“魔王傭兵団”が陥落したことで北方の裏側の勢力図に変化があるはず。細心の注意を払ってくれ。今、カルラとヘレナが街に出て、情報を集めてもらっている。集まった情報をまとめてくれると助かる」
「了解」
「ええ、任せておいて」
シズカとベラもしっかりとカズの命令を聞き、全うすることにした。
“蒼銀城”のことをカインズたちに任せて、カズとハルナ殿下は自室へ戻るため、執務室を出た。
部屋に戻るまでの間、ハルナ殿下はカズに召喚内容を確認する。
「それで、大帝都に召喚すればいいの?」
「ああ、本来なら、その予定だったんだが……」
「だが……?」
「実は、数日前、中央で面白い話題が入ってきた」
「面白い話題?」
「この国の最西端にある島――“ドラグル島”で吸血鬼族を目撃したという報告が入った」
「――ッ!!?」
ハルナ殿下もまさか、ここで吸血鬼族を耳にするとは思わなかった。
カズの傍らにいる子狼姿のレンですら、目を見開き、驚愕を露わにしている。
(まさか、まだ、吸血鬼族が生きてるなんて……)
胸中では、吸血鬼族が生きてるのは予想していたが、耳にするとは思わなかったからだ。
「吸血鬼族……噂やお伽噺で聞いていたけど、実在するなんて……」
「だから、召喚にも時間がかかったそうだ。今回の召喚は僕とハルナだけだ。父さんは召喚されず、北方の防衛に回ってほしいと書かれていた。それに伴い、召喚される場所も変更となった。場所は第二帝都」
「もしかして――」
「ああ、白銀の黄昏がある第二帝都だ。ズィルバーとティアも、その予定で動くつもりだ。皇帝も、この召喚に応じて、第二帝都へ赴くそうだ」
「でも、それだと護衛とかどうするの? 親衛隊本部は信用できないでしょう」
「その点は大丈夫。皇帝はクレト中将とマヒロ准将に護衛を依頼した」
「独断で北方の防衛に来てくれた本部の中将ね」
(確かに彼だったら、父様の護衛もうってつけね)
「それと聖霊機関も影から護衛するという話だ。皇帝への守りは最大レベルに引き上げられている」
「親衛隊上層部もお冠でしょうね」
「それもそうだろう。北方が危機に直面したのに、親衛隊上層部は呑気に派閥争いをしていたんだ。皇帝がお怒りになってもおかしくない」
「父様の心境が察せそう。でも、私たちの護衛は?」
「北方の親衛隊は復興活動で護衛ができないから。僕らは、そのまま、第二帝都へ行くことになる。まあ、第二帝都に着いたら、支部の護衛につかれるがな」
「ふーん……で、支部の護衛が誰なの?」
「ハルナも知ってるだろう、シノア部隊。あそこがついてくれるって――」
「彼女の部隊……あの部隊。けっこう強いんじゃない。本部異動になったかと思った」
「僕も同じことを思ったけど、第二帝都には黄昏があるだろう。黄昏に対抗できるのがシノア部隊だけとなれば、親衛隊上層部も問題ないと思ったんじゃないか」
「要するに押しつけたのね。まだ、私たちと同い年に大人の醜い争いに巻き込まれるなんて可哀想ね」
「それは言えてる。――と、まあ、召喚内容の詳細を話したが、不満はあるか」
「ない。むしろ、第二帝都に着いた頃に問題が起こりそうと思っただけ」
「ああ、僕もそれだけは言えるかも……」
カズとハルナ殿下。二人の頭の中では白銀の黄昏とシノア部隊が喧嘩してるのが想像できてしまった。
“魔王傭兵団”との防衛戦争の時でさえ、ティア殿下とシノアの口が悪かった。
要は互いに気が合わないからこそ、喧嘩ばっかしているということになる。
正直な感想として、カズとハルナ殿下は中央に行きたくなかったっていうのが本音だった。
だが、今回は皇帝からの召喚であるため、渋々、中央へ行くことを余儀なくされた。
「正直なところ……」
「黄昏と親衛隊が喧嘩ばかりしている中央に――」
「「行きたくない」」
二人の本音であった。
そして、準備を済ませたカズとハルナ殿下はレムア公爵家が用意した馬車に乗り、ライヒ大帝国、中央、第二帝都へと向かいだした。
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