英雄の好敵手。本土へ帰る。
“ドラグル島”中心部。
死火山の何処かにある山小屋。
山小屋とは名ばかりで一軒家が建っていた。
家の中に入れば、若干ではあるが、荒らされた形跡があった。
「吸血鬼族が来ていたのか?」
「おそらくね」
ユウトとキララは片付けをしながら、吸血鬼族がここに来たのを話していた。
「大勢で来たわけじゃなさそうね。先に来ていたアシュラとクルルがこの家に来て、私を探しに来たのでしょう」
「なるほどな」
ユウトは片付けをしながら、今後、必要になりそうな物を回収し、鞄に入れていく。
「服は無理だけど、本とか持っていきなさい」
「分かってるよ」
彼はキララに言われるまでもなく、本とか本当に必要になりそうな物を回収する。
キララも本当に必要になりそうな物だけを回収し、残りは家の中で置いていくことにした。
キララは家を整理していく中、壁に立てかけていた剣や鎧を触れる。
「この家に住んで、もう千年か」
(長く生き続けたものね)
キララはくたびれた剣を見て、時が流れたのを実感する。
(私もノイも長く、果てしなく、孤独すらも感じてしまうほどの時を歩み続けた。心が折られるかもしれない中で、私たちはたった一つの目的のために、その時が来るのを待ち望んだ)
「ようやく、その時が来たのね……」
(ねえ、ヘルト。あなたが、この時代に転生したことで止まってしまった時間の歯車が動きだした)
「この世界に生きる種族たちの手によって、神々から脱却させる世界が――」
キララはくたびれた剣を見て、約束の時が来たのだと実感する。
彼女はくたびれた剣と鎧をそのまま、安置させようと思ったが、これからのことを思い、いいことを考えた。
(そうだ。せっかくだし。この剣と鎧でユウトとシノアちゃんたちの新しい防具でもプレゼントしよう。形状は鎖の帷子がいいわね)
「そうとなれば、東方に隠れ住むちびっ娘の力が必要ね」
(大方、彼のもとに隠れ住んでいるんでしょう。ヘルトから軍略を学んだ。ヘルトを敬う一番弟子)
キララの頭の中に浮かぶは千年前、ヘルトの傍で軍略の勉強をしていた小人族の少女。
錬金術を扱える鍛冶職でありながら、軍師を志してた娘だ。
ヘルトと盤上娯楽でいいように負け続けては負けじと勉強し続ける姿勢を忘れなかった娘でもあった。
(今に思えば、あの時代は懐かしかったな)
微笑むキララ。
彼女は剣と鎧を鞄に入れて、別の部屋の掃除へと向かった。
他の部屋を掃除しているとユウトは小箱を発見する。
彼は小箱を手に取り、開けてみれば、指輪が入っていた。
「指輪?」
彼は入っている小箱を見て、年期があるのが見てとれる。
(少なくとも、ここ数年のものじゃないな。キララが大事にしていた物なのだろう)
と思い、込み入った事情はごめんだと考え、蓋を閉じて、そっと元にあった場所に置いた。
(思い出はそっとしておくべきだ。キララが大事にしているのなら、尚更な)
主として精霊を重んじる心は捨てていない。思い出なら、下手に介入する気がないのをユウトだって重々承知している。
もっとも、キララが、そういう込み入った話に入り込まないようにキツく教えられていたからだ。
大事な物はそっと置いておくべきだと判断して、丁寧に元にあった場所に置いた。
「大切な思い出なら。俺は干渉しない」
フッと微笑み、次の掃除を始めた。
掃除が始まって、数十分後――。
「あらかた、終わったな」
「そうね。当面、大丈夫でしょう」
「必要になりそうな物は回収したし」
「そうね」
キララの手には掃除の最中、ユウトが手にした小箱があった。
小箱は大事に鞄の中に保管され、眠らせる。
「じゃあ、行きましょうか」
「ああ」
ユウトとキララは荷物を手に、町へ向けて、下山を開始した。
一方、その頃、“ドラグル島”の洞窟で休息を取っていたウルドたち。
一日近く休息を取っていたので、傷もあらまし治癒できていた。
だが――。
「やはり、加護を纏った攻撃だけは傷の治りが遅いな」
「動けるほどに回復しましたが、実際、戦うとなると……」
「もう少し、時間がほしい」
レスカーとクルルが回復に時間がほしいと口にする。
これから、戦闘をする場合なら――。
「僕はこのまま、本土のアジトに帰るべきだ。まず、シカドゥ様に、このことを報告しないと」
「そうだな。まだ火種も芽吹きも小さいなら、我々だけで越したことがない。それに、我々の最終目的はライヒ大帝国と、背後に掬うオリュンポスの神々だ。それだけは忘れるな」
ウルドの言葉にアシュラ、クルル、レスカーの三人は頷き、島を出るために移動を開始した。
同時刻、宿屋の一室で傷を癒していたシノア。
ノイが裁縫しているのを見て、訝しんだ。
「ノイさんは裁縫が得意なんですか?」
ちょっとした質問で話しかけてみた。
「僕は小さい頃から物作りが好きでね。同時に服も好きだった。服を作りたいと思ってるうちに裁縫が得意になってしまっただけだよ」
「主にどんな服を作っていたんですか?」
「昔は軍服だったかな。今の親衛隊の元になってる隊服の原型を作っていたんだよ」
「へぇ~。親衛隊の隊服の原型を作った人って、ノイさんだったんですか」
「ああ、千年前、僕は天使族のことを隠しつつ、旅商人として服商売をしていた」
「旅商人?」
「天使族は千年前から数少ない種族。国に定住するより、世界各地を旅しながら生き続けてきていた。僕がこの国に来たのはちょうど、リヒトの軍が隣国を領土にした時、旅商人として服を売っていた。その時に偶然、客として見に来ていたレイと出会った」
「レイ……あの女神様ですか」
「うん。僕は基本、女性客に合わせた服を作っていたから。レイに服を気に入られ、それ以降、長くこの国に滞在していた。僕は基本、売り払ったその日のうちに国を出て行ってしまうのが性でね。この国に長く留まり続けたのが不思議でしょうがなかった。都の作り方も特殊だった。当時、都よりも版図が広い国は少なかった。特にこの国は強国の一つだった。都の作りが面白くて、住民も異種族が暮らしていた。もちろん、各々の種族の安住地を提供してたけど、都に住まう権利を与えていた。都造りに心が安まるのか。知らず識らず、この国に永住する気になった」
「そんなことが……」
「でも、最初から永住する気がなく、都を拠点に国中を見て回ろうと思った。だけど、運悪くリヒトとヘルトに出会ってしまった。僕がこの国に居続けるきっかけになった」
「初代皇帝に、[戦神ヘルト]との出会い」
シノアは伝説との語らいに思わず、話を聞き入ってしまう。
「僕の話をレイから聞いて、直々に会いに来たらしく、僕の腕を見込んで、頼みごとをしてきた。それが軍服。報酬は惜しまないし。異種族だろうと永住できる場所を与えると口にした。僕は当初、口先だけなら何とでも言えるという面持ちで依頼を受けつつ、無理難題に近い材料を口にした。ところがどっこい。リヒトたちは無理難題の材料を集めてきてしまった。僕もあの時は本気で驚いたよ。本当に人族ってぐらいに驚いてた。その時、僕は理解した。彼らはバカだ、って。バカだから無理難題にも果敢に挑戦し、成功してきた。そんなバカな彼らが守るこの国に興味を持ち、次第にリヒトたちと仲良くなって、この国に愛着を持ち始めてしまった」
「…………」
シノアはノイと伝説の偉人たちの話を聞き、どんな種族だろうと、ライヒ大帝国に愛国心を持たせてしまう初代皇帝リヒトの器の広さに息を呑んだ。
「リヒトもレイもヘルトたちも貧しい子供たちや異種族に食べ物を恵ませる施しの精神を持ち合わせていた。王族や高い身分の彼らがするとは思えない精神性を兼ね備えていた。国を重んじ、民を重んじる心を持つ彼らに心を振るわせ、その生き様に感動した」
「施しの精神……」
(ユウトさんと同じ……)
シノアの頭にはユウトが貧しい子供たちに食べ物を恵ませる姿が思いだす。
「今の時代に、彼らと同じ精神性を持つ者がいるかは分からない。でも、どれほど、位が高かろうと、その心の本質、精神性は変わることはない。施しの精神を持つ者は元来、バカっぽいけど、諦めることを知らないって言うのが最高の持ち味だったかな」
ノイの話を聞き、シノアはもしかしたらと思い至る。
(もしかしたら、ユウトさんは皆と共に歩み続ける人かもしれません。なにげに皆さん、ユウトさんを見捨てたりしません。そして、逃げるということをしません。臆せず、強敵に立ち向かっていく。その姿勢に、なんども私たちの心を奮い立たせてくれた。今に思うとユウトさんは、そういう星の下に生まれてきたかもしれませんね)
クスッと彼女は思わず、笑みを零してしまった。
ノイは彼女の笑う姿を見て、昔の自分と重ねてしまった。
(僕と彼女は元来、似ているかもしれないな。精霊と主は似てるところが多いと言われている。レインたちは幼少期からヘルトたちと一緒にいたから。彼らの人間性、心意気、器の広さを知っている。キララは分からないけど、なにげに面倒を見たがる性分だった。僕も僕で、自分の服が誰かの役に立てると思って、作り続ける性分。たまに弄くり回して、賑わせていたけど……)
ノイもノイでフッと笑みを零してしまった。
数十分後、ユウトとキララが山から下山し、竜人族の町に帰ってきた。
一通り、荷物を回収したので、明日、明後日には“ドラグル島”を出て、本土に帰ること予定も立てた。
ユウトはその日のうちに荷支度を整え、宿屋の屋根の上に座り込み、夕焼けの町並みを眺めていた。
彼がなにを抱いているのか分からない。
だが、彼は町並みを眺めていた。
もしかしたら、昔を思いだしていたのかもしれない。
六歳の頃の町並みと今の町並みを――。
「ここも変わらないな」
ユウトは己を再確認しているかもしれないな。
たとえ、自分自身が変わったとしても、“ドラグル島”が変わっていなかったとしても、この島が彼の故郷に変わりない。
だからこそ、感傷に浸りつつ、過去をなぞることで、己の決意を再確認する時間が必要なのだとユウトは本能でそう判断し、町並みを眺めていた。
傷を癒したシノアも宿屋を出て、ユウトを呼ぶように声をかけるも、彼は一行に返事をしなかった。
シノアは不思議がる。
シノアだけじゃないミバル、ヨーイチ、シーホも不思議そうにユウトを見つめていた。
「何をしてるんだ、ユウトの奴……」
不思議そうにシーホが漏らせば、キララはユウトがしていることを教えてくれた。
「私が千年前、一度、この島に帰ってきたときと同じね」
「なにが?」
「たとえ、ユウトや“ドラグル島”が変わったとしても、変わらなかったとしても、ここがユウトの故郷に変わりない。感傷に浸り、過去をなぞることで自分の意志を再確認する時間が必要なのよ」
彼女は屋根の上で町並みを眺めているユウトを見て、そう口にした。
「じゃあ、キララはどうなんだ?」
ノイが思わず、訊ねた。
「感傷に浸りつつ、この島を出て行く決意というのを――」
「そうね。するだけ済ませたから。もうなにもないわ。それに私たちの時もようやく、動きだしたところでしょう」
「そういえば、そうだね」
彼女の言い返しに彼も納得した。
二人にとって、ようやく、時が動きだしたんだと最近になって自覚したばかりだったことを――。
だが、二人の言い分にシノアたちは理解ができずに首を傾げた。
「だけど、そろそろ、夕食の時間だし。ユウトを呼びましょう」
「ユウトさん!」
シノアが声を張りあげて呼べば、ユウトは視線を下に向けた。
地上にはシノアが手を振って呼んでいた。
彼は彼女が動けるまでに回復したのだと知り、内心、ほっとした。
夕食の時間だと知らされ、ユウトは屋根の上から地上に降り立った。
その際、軽く土煙が発生するもユウトは問題もなく、平然と煙の中から出てきた。
「悪い悪い。考えごとをしていた」
謝罪をした後、ユウトはあっけらかんとした表情で宿屋に戻るのだった。
だけど、シノアの目から見れば、どこか寂しさを感じていた。
夕食を食べ、各自、部屋で夜を明かそうとしている中、ユウトだけは屋根の上に来て、夜の町を景色として見ていた。
その顔には寂しさが宿っており、いい思い出がなくても、“ドラグル島”が故郷なんだと分からされてしまう。
「この島とも、明日でお別れか」
(一度、出たからか。変わらない風景を、変わらない島を見て、俺は、“ドラグル島”で生まれ育ったんだと自覚する)
夜の町を見ていたら、ヒョコッとシノアが顔を出してきた。
「ユウトさん、どうしたんですか?」
にへらぁ~ッと含み笑いをする彼女。
ユウトはまた弄くりにきたのかと錯覚してしまう。
「隣、いいですか?」
ニヤニヤと笑う彼女に彼は首を逸らして
「勝手にすれば」
言い返すしかなかった。
「じゃあ、遠慮なく」
シノアは堂々とユウトの隣に座り込んだ。
しかし、彼女の心の中では
(ユウトさんと一緒に話せる)//////
ときめき、ほんのり、朱色に染めていた。
彼女が抱いている心境を無視し、ユウトは話しかける。
「なにか話したいことがあるのか」
「――ッ!?」
心の中で狂喜乱舞していた彼女にユウトが水を差すように問いかけてきた。
シノアもビクッと背筋を伸ばした後、気を落ち着かせてから問いかけた。
「夕食前、ユウトさん。寂しそうな顔で宿に戻りましたよね。どうして、寂しいと思ったんですか?」
「――ッ!!」
今度はユウトがシノアの問いに対し、少しだけ黙りになった。
だけど、その少しの間だけで、彼は答えてくれた。
「“ドラグル島”に帰ってきて、思ったんだ。どんなに俺が変わろうとも、この島が変わらなくなろうとも、この島が俺の故郷なんだって……六歳の頃はグレンについて行く形で島を出たから気持ちの踏ん切りがついていなかったかもしれない。だけど、こうして、帰ってくると、その時のツケが急に押し寄せてきたから。踏ん切りがつかなくてな」
「だから、感傷に浸るように町中の光景を見ていたのですか?」
「ああ、明日にでも、この島を出る以上、踏ん切りを付けたくてな」
口ではそう言っているも顔には寂しさが如実に出ていた。
「残りたいですか?」
なので、シノアはユウトの気持ちを汲んで、ここに残りたいかを訊ねる。
「いえ、ユウトさんが、“ドラグル島”に残りたいのなら、私が皆さんに口添えしますから」
彼女は健気にユウトのことを重んじて、このような言葉を漏らした。
「そこまでしなくていい。俺自身、この島を出たいと一度は思ったことがある。だから、その気持ちだけはもらっておきたい。心配してくれてありがとうな」
ユウトは空元気ではあるも、笑顔で答えてくれた。
シノアも彼が空元気で答えたのは分かっていた。分かっていたからこそ、自分が彼の心を支えてあげたいと思ってしまった。
「さっき言った意味はな。俺個人、居場所が欲しかったんだ」
「居場所?」
「ああ、俺は家族がいないし。身寄りのない小さい子たちを守っていたんだけど、飢えに耐えきれず、冬を越す前に死んでいく奴らが多かった。一人でいることが多かったから自分の居場所なんてなかったんだ」
「ユウトさん」
「だから、俺は今のままでいいと思う。本当の意味で居場所を見つけたから」
(それに、本当の意味で守りたい奴ができたから)
ユウトは目線をシノアの方に向けた。
彼自身、分かっていない。
シノアがウルドに腕を折られた際、心の底から彼女を守りたいという想いを抱いたというのを――。
彼女はユウトが自分に目を向けてることに気づいてはいるも、彼が抱いている想いまでは読み取ることができなかった。
だが、シノアはユウトが自分を見ていることになにか思い入れがあるかのようにニヤニヤし出した。
「おや、どうしたんですか? もしかして、居場所を見つけたことに私が関係あるのですか?」
ニヤニヤと嗤い、ユウトを弄くろうとするシノア。
「ッ……///」
ユウトは笑い顔に頬をほんのり赤くして、目線を逸らす。
彼が取った行動に、彼が顔を赤くしたことに。今度はシノアが顔を赤くし始める。
「ま、まさか……///」
(まさか、ユウトさんが本当の意味で私に居場所を見出しているなんて……///)
カァッと顔を赤くし、胸中でしどろもどろになるシノア。
ユウトにとっての居場所。それに自分が関わるとは思ってもおらず、彼女の心臓が締め付けられる感覚を味わってしまう。
「そのまさかだよ」
彼は顔を赤くしたまま、淡々と語り出す。
「一昨日、シノアが右腕を折られたとき、なぜか、シノアにはもう傷つけたくないって思っちまった」
「えっ……?」
彼女は彼の言葉を聞き、彼自身が別の意味で守りたいと口にしている。
「バカだよな。俺は皆を守りたいのに……シノアを最優先で守りたいって気持ちが強くなっちまってる」
彼はバカ正直に自分の想いを吐露する。
聞いているシノアもユウトが徐々に自分のことが好いてるのだと――。
「いえ、バカではないと思います。特定の誰かを守りたいというのは至極当然のことです。それは、人間誰しもが持ってる感情なのです」
(ユウトさんの場合は私を大事に思ってくれてる……///)
シノアとてバカじゃない。
ユウトがとっくの昔に自分に恋をしていると――。
彼女もユウトに顔を向けなかったが、想い、想われてるという事実を知って、顔ににやけてしまった。
(心のどこかでは、ユウトさんのことが好きだと感情に支配されてましたけど、“ドラグル島”に来てから、徐々にユウトさんへの想いが強くなっていきました。でも、ユウトさんも私のことを想ってくださってる。この気持ちにうそはつけない)
シノアは抱く想いの答えを知り、ユウトに目を向ける。
(私はユウトさんのことが好き。もう、その背中を私だけが守りたいと想ってしまうほどに――)
「じゃあ、ユウトさん。お願いがあるんですけど……」
「なに?」
「もし、本気で私のことを大事に想ってるのでしたら、ずっと、私のことを守ってくれませんか?」
「…………」
シノアはドキドキしながら、ユウトにお願いを頼んでみる。
ただし、その願いがある意味で告白であり、プロポーズであった。
天然でバカなユウトには言葉の真意や気持ちを読み取れない。
だけど、彼は既に決めていた。
「ああ、シノアはずっと、俺が守り続ける」
正直に答えた。
バカで、愚直で、大まじめ。だが、口にしたことは絶対に成し遂げてみせるだけの力と意志は持っている。
シノアもそれが分かっているからこそ、ポフッと自分の頭をユウトに肩に預けた。
ユウトもいきなりのことで心臓が跳ね上がるも、突き放そうとはせず、そっと肩を寄せ合った。
普段の生活も約束に含まれるかは知らないが、有言実行。
自分にうそをつきたくない。
だけど、自分の気持ちがよく分からない。
だが、シノアだけは命を賭してでも守り通したい想いがあった。
しかし、時間も真夜中だ。
こんな所で寝られたら、風邪を引くだろう。
「おい、シノア。部屋に戻るぞ」
「はーい」
彼女は彼の言葉に体よく返事をして、それぞれの部屋に戻ろうとした。
戻ろうとしたのだが……いや、それぞれの部屋に戻ったのだが――。
「……ふぁぁぁ……変なに感傷に浸ってたから眠くなっちまった。明日も早いし。寝るか」
ユウトはベッドで横にり、スイッチが切り替えたように眠りについた。
「……zzzZZZ」
寝息を立てるユウトに、小竜姿になっていたキララが片目を開けた後、あきれ果てる。
(全く、全てが終わったら、この島で暮らし直すのもあるじゃない)
一つの提案を口にした。
だが、ここで予想外の珍客が入ってくる。
「もう寝ていますか」
シノアが枕を片手にそっと部屋に入ってくる。
「子供のように寝るのだけは早いですね」
「……zzzZZZ」
ぐぅ~すか~と寝息を立てて眠っているユウト。
シノアはフフッと含み笑いをした後、
「それじゃあ、早速、お邪魔しちゃいますかね」
(明日、起きたら、どんな顔をするんでしょう。こんな可愛い女の子と一緒にベッドに入って寝てるんですから)
フフッと微笑む彼女はバサッと布団を掛けてユウトと一緒に眠り始めた。
「うぐ……zzZZ」
「ユウトさん。お休みなさい」
「……zzZ」
寝息を立てたシノア。
キララは胸中で汗を流していた。
(なんで、平然と一緒に寝られるのよ。思春期に入ったばかりの子供にしては大人じみたことをしていない?)
驚愕半分、寒気を感じていた。
なお、布団の裾から出てきた子リスことノイ。
彼も胸中では寒気を感じていた。
(ぼ、僕らの予想以上に……この二人の仲……熱くないか?)
ノイもノイで予想外らしく、震え上がっている。
(初々しいのか。若年のカップルなのかも分からないほどの深い仲だぞ!?)
ゾッとするほどの寒気を感じていた。
ノイはキララの近くで丸くなり、眠りにつく。
キララも再び、眠りにつくのだが、
((我が主ながら、思い切りがいいのか。見せつけてくるような行動をするものね/だね))
胸中で二人の成長の計り知れなさを思い知る。
なお、ユウトとシノアの深い仲はズィルバーら公爵家の跡取りとティア殿下ら皇家の姫君と同じぐらいの深い仲を築いていた。
夜が明けて間もない頃。
「……ん……ふぁぁぁぁ……もう朝か」
閉じていた瞼を開けて目を覚ますユウト。
彼は身体を起こそうとするも
「……ん?」
身体が動けないことに気づく。
「なんか重…い…な……」
ユウトはチラッと目線を向ければ
「ん……んん…」
気持ちよさそうに寝息を立てているシノアがギュッとユウトの身体を抱き締めていた。
「…………」
ユウトはあまりの出来事に目を点にした。
(いやいや、どう考えても夢だろう)
と、一度、目を閉じ、夢から覚めるように頭を振ってから瞼を開けてみれば、シノアの可愛らしい寝顔があった。
ここに来て、これが夢ではなく、現実だと認識したユウト。
(なんじゃこりゃあぁぁあぁああ!? は!? えっ!? なんで、シノアがいるんだ。昨夜、俺はちゃんと、部屋に送り届けたぞ!? なんで、シノアがここにいるんだ!?)
内心、テンパっている。
しかし、ここで少しばかり冷静になる。
(い、いや、ちょっと待て。冷静になれ……これは、シノアのいつもの悪ふざけ……)
普段の彼女なら、やりそうなことをなけなしの頭で整理する。
すると、先に目を覚ましていたキララがユウトの脳内に語りかけてきた。
『あなたが寝た後、シノアが枕を手に、部屋に入ってきたのよ』
(……キララ)
彼はキララから詳しい事情を聞く。
『寝てるあなたの隣に彼女がそっと入り込んできて、そのまま寝ちゃったのよ。まさか、抱きついてくるとは予想しなかったけど……』
キララ自身もシノアがユウトに抱きついてきたのは予想外であり、正直に言って、動揺しまくっていた。
『正直に言えば、私だって驚いている。なんか言われたの?』
(いや~、ずっと守ってくれと言われたぐらいで……)
ユウトはバカ正直に昨夜、屋根の上で話したことを言えば、キララはハアと頭を抑えるような溜息をつく。
(ユウト。それって……告白みたいなものよ)
キララは言い返す気力すら湧かなく、半ば、あきれ果てた。
途端、ギュッと抱き締めていたシノアがゴロゴロと頭をこすり始めた。
「…ん…ゆうとさん…アハハ///」
甘えてくる行動。この行動にユウトの心を刺激する。
(い、いや、これはこれでちょっと可愛い……って、なにを考えているんだ!? 俺は!?)
『可愛いなら可愛いと正直に言った方がいいよ』
(その方がこっちとしても楽しいし)
含み笑いをするキララ。
(おい、キララ。お前、楽しんでいるだろう)
睨んでみれば、彼女は
『そうだけど』
臆面なく答えた。
ユウトは無性にイラッとくるも、ここは我慢して堪えることにした。
(まあいい。とりあえず――)
ユウトは窓の外に視線を転じる。
外の景色から時間帯を把握する。
(夜が明けた頃か)
『そうね……』
ファ~ッと欠伸をするキララ。
どうやら、まだ彼女は寝たりないようだ。
(眠いのなら、寝てもいいんだぞ。朝早くから出発するものじゃないんだ)
『それもそうだね。じゃあ、お言葉に甘えて、もう少しだけ眠らせてもらうとするわ』
キララは眠気に負けて、そのまま眠りに入った。
「夜が明けたばかりだし。俺ももうちょい寝るか」
ユウトも瞼を閉じて、そのまま眠りに入った。
二度寝をするのも利口だと胸中で呟きつつ、瞼を閉じた。
二時間ほど、時が経った。
「ん…ありゃ、ユウトさん……まだ起きていないんですか」
ファ~ッと欠伸をするシノア。
彼女が目を覚まし、真っ先に見たのが……。
まだ寝息を立てているユウトの寝顔だった。
シノアは彼の寝顔を見て、思わず、クスッと笑みを浮かべる。
「いつ、見ても……愛嬌のある寝顔ですね」
寝顔を眺め続けるシノア。
(この寝顔を私だけのものだと思うと役得ですね)
心の奥底に秘める想いが強くなっていく。
「…ん……んん…」
と、目を覚ますユウト。
目を覚ましたユウトの瞳とシノアの瞳が重なる。
「おはよう……シノア……」
「おはようございます。ユウトさん」
まず、二人は朝の挨拶した。
したことでユウトはハッとなり、言いたいことがあった。
「いや、なんで、シノアがここにいるんだよ!? びっくりするだろうが!」
ワナワナと震え上がる。
「びっくり? なんでびっくりするんですか?」
「いやいや、なんでっておかしいだろ。ってか、お前は俺から離れろ///」
カァッと赤面しつつ、ユウトはシノアに指摘する。
「はい?」
シノアも自分がユウトにギュッと抱き締めてることを今になって気づく。
「ハッ! こ、ここここ、これはですね! ユウトさんが寂しそうだなって思ってですね!」
サッと抱きつくのを止めるシノア。
彼女はしてしまったとはいえ、弁明を口にする。
「いや、別に言い訳しなくてもいいんだけどさ。なんで、俺の部屋に来ようと思ったの?」
「え? えぇ~ッと、そ、そそ、それはですね……」
「ん?」
テレテレとテンパっているシノア。
理由としては、ユウトのことが気になってしょうがなかったと好意からくる言い訳でしかなかった。
「まあ、俺を心配してくれてありがとうな」
ユウトは彼女の頭を撫で始める。
寝起きの彼女の頭を、髪を撫でる。
ユウト自身、
(シノアの頭を撫でるのも悪くない)
と思い始めていた。
ユウトに撫でられているシノア。
(ユウトさんを心配させないと思って来たのですけど……なんか、自然な感じでユウトさんと一緒に寝ちゃいましたね///……って、なにを考えているんでしょうか、私は――)
ムッとなるシノア。
「どうかしたのか?」
未だに撫で続けるユウト。
対して、シノアは好きな異性の人から撫でられる気持ちよさで猫のように目を細めようとしていた。
「本当にどうかしたのか? まだ眠いのか?」
彼は彼女の視界に入るように話しかければ……
「ひゃっ!? い、いえいえいえいえ! だ、大丈夫です!」
ドキドキと心臓を高鳴らせ、問題ないと告げる。
「そうか。でも、本土に帰ったとしても、一緒に寝ようとか考えるなよ」
(グレンになんて言われるかたまったものじゃない)
「えぇ~、どうしてですか」
ここに来て、いつものシノアに戻り、ユウトをからかい始める。
「俺が言わなくても分かってるだろう」
「シノアちゃんにはユウトさんが言ってること。全然分かりません」
彼女は分からないふりをするかのように彼をからから続ける。
「グレンやお前の姉さんに知られたら、どうなる? 下手したら、バラバラになるかもしれんぞ」
「ムッ。それは嫌ですね」
(でも、グレン大佐なら何も言ってこないと思いますが、姉さんはなんて言われるかたまったものじゃないですね)
シノアも今後、一緒に寝たとした場合の問題を想定して、頭を悩ませる。
だが――
(でも、姉さんも姉さんで第二帝都支部にいるときはグレン大佐の部屋に勝手に忍び込んでいることが多い気がしますが……まあいいでしょう。同じ姉妹だったと考えれば……ですので――)
「ユウトさんが気にしなくてもいい気がします」
「いや、気にするからな」
ユウトの呆れた声音にシノアはアハハハッと含み笑いをし続けた。
「でも、せっかくですし。ユウトさんと一緒に一夜を過ごしたと皆さんに話しちゃってもいいんですよね?」
ニヤニヤとほくそ笑むシノア。
「お前、その意味ありげな言い方は止めろ」
ユウトはここで撫でるのを止める。
「あっ……」
彼女は“もう撫でてもらえないんですか”と言外な物言いに寂しそうな声を漏らす。
「全く、お前はなぁ~」
ユウトはハアと溜息をついた後、再び、シノアの頭を撫で始める。
「ありがとうございます」
シノアはお礼を言った。
しかし――
(お前、前世、猫霊族だったんじゃないか?)
疑ってしまう。
なぜなら、今のシノアは猫耳と猫の尻尾が生えていてもおかしくなかったからだ。
しかも……
(目を細め、撫でやすいように頭を掲げてるしよ)
ユウトに対するシノアの甘え方が独特というほかなかった。
ユウトとシノアのイチャつき具合に目を覚ましたキララとノイが汗を流している。
(あの二人……)
(本当に付き合っていないのか?)
(付き合っていないにしては、お互いのことを意識しあっていませんかね~)
(僕に聞かないでくれよ)
二人は胸中でユウトとシノアが付き合ってるんじゃないか疑惑を抱かざるを得なかった。
そして、ユウトを起こしに来たミバル、シーホ、ヨーイチの三人。
ドアの隙間からパチパチと覗き見していた。
「なあ、あいつら、本当に付き合っていないのか?」
「俺に聞くなよ」
「僕に聞かないでよ」
小声でボソボソと話し合う彼ら。
「っていうか、シノアの奴。やけに大人しいな」
「猫霊族か」
「前世というのがあるのなら、シノアさん。間違えなく、猫霊族だよね」
「それ以外に何があるんだよ」
今度はシノアの前世が猫霊族ではないか説を話し合っている。
「なあ、もし、あいつらが相談してきたら、どうする?」
「俺に聞くなよ」
「聞かれる僕たちの体力が別の意味で消耗しそう」
ユウトとシノアが恋愛相談されたときのことを想定して、頭を悩ませてしまった。
朝食を済ませた後、宿をチェックアウトして、ユウトたちは竜人族の町を出て、本土へ出発することにした。
一日かけて島の反対側の町に戻り、船に乗り込んで、本土へと帰還した。
帰りの船に乗船している間もシノアはユウトに頭を撫でてくれるよう甘え尽かしていた。
そして、ミバルたち三人は
(((思春期の度合いにしては深すぎませんか?)))
共通見解を抱かざるを得なかった。
第二帝都に帰還後、シノアが報告に向かおうとするも、ミバルに待ったをかけられてしまい、自分が行くと言われてしまったので、シノアは渋々、譲った。
「ただいま、帰りました。グレン大佐」
「よぅ、ミバル。なんで、お前が報告に来るんだよ。シノアがじゃねぇのか」
「それを踏まえての報告です」
ハアと頭を悩ませる仕草をするミバルにグレンも訳ありだと判断する。
「大佐からしたら、ガキだろうと思いたいですけど……」
「あっ?」
ミバルは“ドラグル島”で起きた事の顛末を話した。
ノイの発見。吸血鬼族との抗争。そして、ユウトとシノアの仲良くなっていないか疑惑。
顛末を聞き、グレンはハアと頭を掻いた。
「一つ目に関してはありがたい。運がよかったと思っておこう。二つ目に関しては予想外だった。まさか、吸血鬼族っていう種族と出くわすとはな」
「大佐。血の師団は吸血鬼族だけで構成されているという噂があります」
「まあ、そうだな。そして、最後に関してだが、マジか?」
「マジです」
三つ目の報告にグレンは再度、確認し、ミバルは間違えないと答えた。
その答えでグレンは別の意味で頭を悩ませる。
「マヒロといい、シノアといい……あの姉妹はなんで、甘え方が似ているんだ。まあいい。三つ目以外は上に報告しておく。この支部だけの話だ」
「ありがとうございます」
(正直に言って、胸焼けする思いだ)
「お前が抱いてる気持ちは俺も分かる」
ハアと溜息をついたグレン。
「大佐も大変なんですね」
思わず、同情してしまうミバルであった。
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