英雄の好敵手。恋を知る。
ノイを捕縛すると宣言するウルド。
対して、ノイは平然と構えていた。
「随分と余裕だな」
「余裕だよ。何しろ、彼らがキミに一矢報いようと画策しているかもしれない。足元を掬われるかもよ」
「足元を掬われる? 私が? 最初から手加減などするつもりはない」
剣を強く握り、身体から“闘気”が放出し、立ち上る。
大気を歪ませるほどの“闘気”を放出させるウルド。
それでもなお、ノイは揺るがない。
焦りとか恐怖とかが微塵も感じられない。
むしろ、この後に起きる展開を楽しんでいた。
「やはり、貴様らは危険だ。ここで捕縛する」
地を蹴って、ノイを斬りつけようとするウルド。
ノイは自らの身体を背にして、土煙から飛び出してくるユウトの気配を感じとっていた。
二本の魔剣に纏わせた“闘気”と純白の雷。
ユウトの身体から迸る“闘気”が形を成し、巨竜の姿へと変貌する。
「噛み砕け――」
振り下ろされるウルドの剣と同時にノイは地を蹴って横に移動する。
自らの身体を目隠しにしていたので、迫り来るユウトの姿を気づけなかった。
「“二刀竜”――“全てを斬り裂く竜の爪”!!!」
腕を交差し、振るわれた一撃。
その一撃は大英雄ヘクトルの身体すらも斬り裂いた一撃だ。
ユウトが振るった魔剣とウルドが振るった剣が衝突する。
剣同士が衝突した際の衝撃が両者の腕に襲いかかる。
「――ッ!!?」
「ぐっ!?」
ウルドにとっては予想外であり、容赦のない衝撃が右腕に襲いかかった。
顔を顰めたウルドに追撃が来る。
「人族を舐めすぎですよ」
竜胆色の雷を帯びた鎌でウルドの首を狙う。
「“残雪大鎌”!!!」
首を獲ろうと迫り来る鎌にウルドは確実に目で捉えてた。捉えてたということは動けるということに繋がる。
彼はフゥ~ッと息を吐き、全身の力を抜いて脱力し、その場にしゃがみ込んだ。
「「――ッ!!?」」
「なに!?」
(あの状況で脱力した。さすが、大英雄クラスの超人!!?)
ウルドが躱してしまうとは予想外で、ユウトとシノアも隙を与えてしまった。
「確かに人族を舐めていたようだ。それは認めよう。だが、もう、それはなくなった」
ウルドは左脚を振るい、二人を蹴り飛ばした。
その際、ボキッと骨が折れる音が木霊した。
蹴り飛ばした際、地面に転がるも、シノアはあらぬ方向に曲がってる右腕を押さえながら呻き声を上げていた。
「シノア!!?」
ユウトは痛みに堪えながらも、シノアの方に駆け寄り、容体に当たる。
ウルドもウルドで右腕と左脚を見る。
右腕と左脚がピクピクと痺れていた。
「この私を本気にさせるとは……」
彼はシノアの手当をし始めるユウトを見る。
「確かに、“魔王傭兵団”を倒したという事実は本当のようだな。アシュラたちに詳しい事情を聞くべきだな」
優先事項を決めたのと同時に退くことを決めた。
「貴様ら、名前を聞こう。そこの貴様らもだ」
ウルドの質問にユウトたちは答えた。
「俺はユウト」
「私は……うぐっ!? シノア……」
「俺はシーホ」
「僕はヨーイチ」
「私はミバル・サーグル」
ユウトたち五人は自分の名前を教えるとウルドは剣を納めた。
「覚えておこう。貴様ら親衛隊の中でもっとも最大な脅威として認識しておく」
「認めたってことでいいかな?」
「そう捉えて構わない。吸血鬼族の間で周知しておこう。それと、ノイ。キララ。次、会ったら、貴様らを殺す」
ウルドは最後にそう言い残して、地を蹴って町を出て行った。
ウルドがいなくなったところで、ユウトはシノアの治療に専念する。
「シノア。大丈夫か!!?」
声を荒げ、心配げに話しかける。
彼は近くにあった麻布をちぎって、腕を固定させる。
その間に、キララも人の姿になって、シノアの治療に当たる。
「腕を伸ばすよ。ユウト。麻布を口に咬ませてあげて」
「分かった」
彼は麻布をちぎって、シノアに口で咬ませるように促す。
シノアも脂汗を掻きながら、麻布を口で咬んだ。
「じゃあ、腕を戻すよ」
キララが腕を引っ張り、骨をくっつけさせる。
だが、腕を引っ張った際、激痛が脳に直接、叩き込んでくる。
激痛で声にならない呻き声を上げるも、ユウトがシノアの左手を掴んで、懸命に堪えるよう励ましている。
「耐えてくれ、シノア」
懸命な彼を見て、シノアは目線を彼に合わせる。
(ユウト、さん……彼、が私のこと、気にかけて……)
骨をくっつけたけども、青あざがすごく腫れていて、治癒魔法だけでは治療できないと判断させられるキララ。
「一応、骨はくっつけさせたけど、完治させるまで時間がかかる」
「本土に戻るまでの間にシノアの容態が悪化する可能性もあるぞ!!?」
「かといって、今、島を出るのは危険すぎる。ウルドたちがまだ、この島にいるはず。しばらく、安静にさせないと」
「この島の物資だけじゃあ、シノアの治療なんて無理だ」
事態は悪化の一途を辿っているとミバルたちも理解させられてしまう。
「ユウト!? この町に医者は?」
「そんなのがあったら、とっくに向かってる。この島に医者なんていないんだ」
「なっ――!?」
「ユウトくんの話を総合すると、この島の環境だと薬草も生えてるか分からない」
「船で運ばれる物資にも治療薬なんて運ばれてるとは思えない」
絶体絶命に等しい状況下で、救いの手が伸びた。
「キララ。退いてくれ」
「ノイ!!?」
「久しぶりだね」
「そうね。久しぶり。何をする気?」
「僕が治療する」
ノイは目を閉じ、“内在魔力”を高めると、背中から大翼である白き翼を生やした。
ノイの真なる姿。
そして、背中の大翼たる白き翼を見て、どんな種族なんかはっきりと分からされた。
「お前、まさか……」
「え、天使族……」
ヨーイチが種族名を明かした。
彼の言葉にノイは頷いた。
「うん。僕は天使族……長く生き続けることを選んだ天使族」
ノイは青く腫れ上がったシノアの右腕に触れながら、治癒を始める。
「うぅっ……」
「耐えてくれ。ウルドの蹴りを食らって、骨折だけで済んだのが幸いだ。普通だったら、右腕は使い物にならなかった」
「そんなに強かったのか。あの男……」
シーホは不躾ながらに問い返した。
「強いよ。かれこれ、千年以上も生きる吸血鬼族。しかも、キミたちは吸血鬼族から敵視されてしまった。親衛隊そのものよりもキミたちをターゲットに指定された。これまで以上に強くならないと死ぬのが目に見えている。ウルドの実力は先月、死んだ“魔王”カイよりも強い」
『なッ――!!?』
ノイの口から明かされたウルドの実力を知り、驚愕を禁じ得ないユウトたち。
ユウトとシノアに至っては、よくそんな化物と戦って生き延びれたと実感している。
「僕としてはウルドの右腕と左脚が痺れさせたことだけでもすごいことだ。おそらく、彼も回復に時間を費やすはずだ」
ノイは治癒魔術を使いながら、シノアの右腕を治療し、少しずつではあるが、腫れが小さくなっていく。
シノアの呼吸も徐々に落ち着きを取り戻しつつある。
「呼吸が楽になった」
ほっと胸を撫で下ろすミバル。
だが、ノイは治療を続ける。まだ、完治までに時間がかかるということだ。
「ひとまず、ここでの応急処置はした。後は、身体を休めて、安静させるしかない。いくら、回復力が優れていても、完治までに一週間近くはかかると思うよ」
ノイはシノアの回復力が優れてることを見抜いてしまう。
「治療は僕が受け持とう。僕のせいでこうなったんだ。それぐらいの責任を取る」
彼はそう言い含めたことでユウトたちは納得した。
竜人族の町から離れたウルド。
島の南側の洞窟付近で休息を取っていた。
「まさか、子供の相手に本気を出さざるを得ないとは……」
漏らした後、目を細める。
「随分と時が流れたと実感するな」
微笑した。
洞窟の方からシルクハットを被った少年――レスカーが声をかけてきた。
「ウルド様。大丈夫ですか?」
「大丈夫、とは言えないな。右腕と左脚を一時の間、使えなくした。真なる神の加護の力では吸血鬼族の回復力をもってしても時間がかかる。そちらは?」
「こちらも同じです。自分は肋骨を数本もってかれました。クルルも右肩の筋肉を斬られており、アシュラだけは軽傷で済みました。回復が済み次第、本土に帰還しましょう」
「足の方は?」
「足の方はアシュラが持ってきていた薬のおかげで治りました」
「ならば、しばらくは隠れるぞ。奴らとて、回復に時間を要するはずだ。一週間は町から離れないはずだ」
「でしたら、その間に傷を癒して、“ドラグル島”を脱出しましょう」
「シカドゥ様に、いい報告ができそうだ」
ウルドは洞窟の中に入り、傷を癒すことに専念した。
竜人族の町にある宿屋にて。
宿屋に戻ったユウトたちは汚れを洗い流した後、各々、疲れを取るため、寝入ってしまった。
一階の酒場で白き翼を消したノイがカウンター席でお酒を飲んでいた。
「隣いいかしら?」
「キララか」
ノイは目を向けることもなく、名前を言い当て、構わないと頷く。
キララはノイの隣に座ったところで、店主のお酒を頼む。
白ワインを渡されたところで、キララはノイにお礼を言った。
「シノアを治療してありがとうね。私じゃあ、治せなかったから」
「彼女の傷は僕が巻き込ませたことでできたこと。治療するのは当然だよ」
「それでも助けてくれたことには感謝してるわ。ユウトはシノアに見る目が違うから」
「ふーん。惚れてるわけね。若くていいじゃないか」
ノイは酒を飲みながら、キララの話に応じる。
「それにしても、未だに放浪しているの?」
「キミこそ、あのユウトと契約しているとは思わなかったよ」
「長く生きていると俗世のことが知りたくなるじゃない。それにユウトはリヒトたちに似た部分があったから。つい、見届けたいと思っちゃった」
「リヒトたちに似ている?」
「施しの精神。ユウトは六歳の頃まで、この島で暮らしていたけど、食べ物を盗んでは身寄りのない子供たちに食べ物を恵んでいたそうよ。自分は食べずに、爪をかじって飢えを凌いでいたぐらいに――」
「ひもじいのに、他者を重んじるか。なるほど。それは捨てられないね」
(この時代になっても、リヒトたちの意志を受け継ぐ者がいるのか)
「それに、本土ではヘルトやメランたちの意志を受け継ぐ者たちが現れてきた。レインやレンが目を覚ましたんだもん」
「彼女たちが!!?」
ノイは声を荒げ、動揺を禁じ得ない。
「レンは北方だけど、レインは第二帝都にいるわ。彼の魂も転生した今、ようやく、私たちの悲願が達成される」
「そうか。彼の魂が、この時代に転生したのか。だけど、相手は強大だ。今の彼でもキツいだろうね」
「だから、私たちがいるんでしょう。サポートしないと」
「そうだな」
酒を飲み干すノイとキララ。
「あなたはこれからどうするの?」
「国の保護下に入る。でも、制限されそうなんだよ。それに気になったことがある」
「気になったこと?」
「シノアだ。彼女はおそらく、生まれつき力が強かったんじゃないか?」
「さあ、知らない。でも、ユウトと初めて出会ったときも人族にしては大きすぎていたのを覚えている。まるで、ヘルトたちと同じ」
「この千年、世界中を回っていたけど、リヒトたちには劣るけど、大きすぎる力を持つ人族は時折、出ていた。だけど、ほとんどは悪名になっていた。冒険者となって有名になったのもいる。ひとえに無能な上官が多くなったことに起因する」
「千年も平和になれば、国は腐敗していくもの。でも、少しずつ良い方向に進んでる気がする」
「そりゃ、国家規模で内戦が起きれば、嫌でもそうなる。若い力が芽吹き始めた今、ようやく、風向きがよくなった。だが、それを奴らがよしにするとは思えない」
「そうよね。ひとまず、ユウトたちを鍛えさせるべきね」
「キミが鍛えているんなら、問題なさそうだ。さて、僕はやるべきことをするか」
「何かすることがあるの?」
「ちょっとね」
ノイは店主にお代を出して、二階に戻っていく。
キララは一人。グラスを見ながら
「まさか、ね……」
クスッと笑みを零した。
シノアの部屋に来ていたノイ。
中に入れば、ベッドの上で寝息を立てていたシノア。
彼女を見た後、左手の甲に刻まれた紋章を見る。
「やはり、真なる神の加護を持つ子供か」
(今まで、つらい思いをしてきたんだろう)
彼は彼女の髪を触りながら、つらいことがあったのだろうと同情してしまう。
(同情だけするのは大人げないな)
「僕も大人なんだ。若いキミたちを導いてあげないと格好がつかない」
ノイはシノアの左手を取り、甲に誓いのキスをする。
すると、シノアの右手の甲に新たな刻印。紋章が浮かび上がった。
右手の甲に浮かび上がった紋章を見て、彼はフッと口角を上げる。
「これで、契約は済まされた。これで精霊の加護が働く。傷の回復も早くなることだろう」
(……にしても、すごい“内在魔力”量。神級と言われる僕の器でも満たされてる。全盛期を取り戻したみたいだ)
「今まで、精霊と契約できなかったのは、大きすぎる力に器が耐えきれないと精霊自身が判断したのかもしれないな」
(こればっかりは同情しちゃうよ)
ノイはシノアの前髪に触れながら、苦笑した。
苦笑した彼は部屋を出て、自分の部屋へと向かった。
向かう際、自分の行いに鼻で笑ってしまった。
「笑ってしまうな。生き延びるためとはいえ、精霊になることを選んだ僕が年端かない少女と契約するとは……」
(時が流れたと実感せざるを得ない)
彼はそのまま、自室へと向かった。
ノイが部屋を出た後、シノアは目を覚ました。
実のところ、ノイが自分の左手にキスをしたのを気づいてた。
最初は驚いたけども、徐々に身体に流れ込む暖かな力を感じとり、気持ちが幾ばくか楽になった。
(いきなり、手の甲にキスをされたときは驚きましたけど、心が安らいでいくのを感じます)
彼女は自分の左手を見て、治療を受けていた際、ユウトが手を握ってくれたのを思いだす。
(今、思えば、治療に頑張れたのもユウトさんが手を握ってくれたから。ユウトさんの傍にいると心が安らいで、背中を守りたいと思ってしまいます)
シノアは改めて、自分の気持ちを再認識する。
(ユウトさんの背中が大きい理由。ユウトさんが私のことを心配してくれる理由……)
「そっか」
(私はユウトさんが惚れてしまった。好きになってしまった。そして、ユウトさんも私のことが――――)
彼女がユウトの気持ちを思い至ったところで、眠りに入ってしまった。
お互いの気持ちが理解し合っていなくても、片想いをしているのだと自覚するのだった。
翌日。
朝焼け。
暖かな空が照らす陽光に目を覚ましたシノア。
「う、うーん。朝ですか」
寝起きの欠伸をした時、下の方から剣戟音が耳に入ってくる。
一瞬、敵だと思ったが、“静の闘気”を使用して、気配を探れば、シノア以外の四人が朝の鍛錬をしていた。
シノアは起き上がり、窓越しに下を覗けば、シーホ、ヨーイチ、ミバルの三人でユウトの相手をしていた。
寝起きの彼女は下の様子を見て
「朝から元気ですね」
ファ~ッとまたもや、欠伸をする彼女。
彼女は自身の右腕の容体を見始める。
「まだ動かせるには時間がかかりそうですね」
「当然だよ」
寝起きの彼女にノイはドアをノックもせずに入ってくる。
「完全に治癒するまでに時間がかかる。もっとも、キミの回復力だったら、明日の朝には完治するだろう。それまで、絶対に安静にする。今、動いたら、治るものも治らないからね」
「はーい」
「なにか身体に優しいものを持ってこさせるよ」
「ありがとうございます」
シノアはノイに礼を言って、彼は再び、部屋を出て行った。
ノイが部屋を出た段階でシノアは溜息を一つついた。
「はあ、こと戦闘においては、ユウトさんが頼りになりますね。三人相手でもものともしませんか。これは私もうかうかしていられませんね」
(ユウトさんを独りにさせず、その背中を守り続けるために――)
彼女は胸の内に焦がれる想いを胸に、新たな誓いを立てることにした。
ノイが部屋を出てから数分後、コンコンとドアがノックし、彼女が入るように促せば、予想外の人が入ってきた。
「シノア。入るぞ」
「ゆ、ユウトさん」
まさか、ユウトが運んでくるとは思っておらず、顔を赤らめる。
「身体にいい料理を持ってきた」
ユウトはお盆に載せた料理をテーブルに置いた。
お盆に載っている料理はお粥で体調も整え、胃に優しいように彼が配慮してくれた。
だが、ユウトが運んでくるとは思っておらず、テンパるシノア。
「ど、どうして、ユウトさんが……」
しどろもどろになりつつも、彼女は訊ねた。
「ノイとキララがせっかくだから、運んできてやれって言われて……」
「――ッ!!?」
(へ、変に余計なことをしないでください。い、いい、い、意識してしまうじゃないですか!!?)
シノアは顔をさらに赤らめた。
極端にユウトのことを気にしているのだろう。
「食べ……れないか。シノアは右利きだったからな」
ユウトはレンゲを手に取り、お粥を掬う。
フーフーと息を吹きかけ、シノアの口元に近づける。
「ほら、シノア。あーん」
「……ッ!!?」
彼女はユウトが取った行動に言葉を詰まらせ、胸が高鳴っている。
(ゆ、ユウトさんが、た、食べさせて……)
思春期の女の子だからこそ、好きな異性から食べさせてもらえる妄想が叶えられてしまい、煩悩に支配されてしまった。
「シノア、どうした? 食べれないのか?」
ここで、ユウトの天然が出てしまった。
「た、食べれますよ」
彼女はテンパりながらも、ユウトが差し出される施しを口にし、食べる。
「うまいか?」
ユウトの問いかけにシノアはコクンと喉を通して、頷く。
「はい…おいしいです…」
(優しい味がする)
対するユウトはほっと胸を撫で下ろす。
「よかった。久々に作ったから味が悪くなっていないか心配した」
「……え?」
シノアは予想外な言葉を耳にする。
「い、今、なんて……」
「ん? だから、俺が作ったって……」
「…………」
彼女は今、女の子として敗北感を味わっているが、他に別のことを妄想してしまった。
それは――
(ユウトさんと二人っきりになったら……)
二人で任務に行った時や一緒に生活するときのことを妄想して、顔をさらに紅潮する。
「シノア?」
ユウトはシノアの紅潮に首を傾げるも、お粥をまた掬う。
「まだ、食べれるか?」
声をかければ、彼女は頷いて
「食べさせてください」
若干、俯かせ、上目遣いで言ってきた。
「――っ!!?」
今度はユウトが顔を赤らめ、項垂れる。
(最近、シノアの仕草が可愛らしく思える」
彼は思わず、心の内を明かしてしまった。
なので――
「…………」
シノアはプルプルと顔を真っ赤に染め上げ、パクッとレンゲに乗っていてお粥を口にした。
無理やり、食して口説かれているのを隠しているのだった。
ユウトもユウトで自分が口説いてしまったと自覚し、顔を真っ赤に染め上げた。
(俺は……俺は……俺はなんてことをしてしまったんだ!!?)
彼は無意識にシノアの可愛く思えてしまったのを口にしてしまった。
ユウトシノアのイチャつきを見ていたミバル、シーホ、ヨーイチ。
彼らはドアの隙間から覗き見て、胸中に抱いたことを小声でボソボソと漏らした。
「なあ、あの二人……付き合ってるんじゃねぇか」
「僕でも、そう思えちゃう」
「見てるこっちが胸焼けする気分だ」
三人は自分らの隊長と部隊一の実力者が初々しいイチャイチャしてるのを見て、お腹いっぱいになる気分だった。
「おまけにユウトのバカは自覚しているのかしていないのかは分からないが、シノアのことを意識してるよな」
「シノアの方は思いっきり意識しているぞ」
「これ以上、見ていると見てるこっちが朝ご飯に喉が通りなくなりそうだから。一階に降りようか」
「……だな」
「……うん」
ヨーイチの提案にミバルとシーホも賛同し、そろりとドアを閉め、足音を立てないように一階へと降りていく。
一階の酒場にて。
ノイとキララは軽く談笑していた。
あと、シノアの朝ご飯をユウトに作らせ、届けさせようと考えついたのはこの二人である。
つまり、元凶はノイとキララにある。
「しかし、若いね」
「あの二人って、妙に意識してるのに、その先へは進まないのよね」
「出会って、契約して間もないけど、あの二人って、お似合いだよね。ヘルトとレイ並に――」
「いいところをついてる。ユウトとシノアちゃんはお似合いだよね。でも、ユウトは天然でバカだし。シノアちゃんはユウトを弄り倒して、空回りしちゃう。意外と乙女チックな女の子よ」
「へぇ~、僕の主は理想を追い求めてるんだ。でも、僕からしたら、くっついた方がいいと思える。見た感じ、相性はいい。僕としては想いを告げた方が幸せということもある。想い合っていても想いを告げずに消えてしまって、叶えられない恋を見るのは懲り懲りだから」
「確かに、そうね」
ノイとキララが思いだすのは、ヘルトが死に、レイが心身共に窶れていく姿を見続けたことに――。
「余計なお節介だけど、叶えさせてあげたい」
「だったら、意識させるように仕向ければいいんじゃない。あんた、そういうのは得意でしょう」
「得意だけど、あんまり、したくないかな。あの時は彼らも大人に近かったからよかったけど、今の二人はまだ子供だよ。今のうちにくっつかせるのは早いかなって……」
「それもそうよね。でも、何かする気でしょう」
キララが指摘すれば、ノイは“バレた?”という顔をする。
「あんたが企むとき、目を細めてるのよ」
「なるほど。僕の癖か。癖は抜けないな」
ノイはキララに癖を見抜けられて、軽く悄げてた。
「こればっかりは僕もまだまだだね」
「私の場合、癖を見抜くのが多かっただけよ」
「キララが観察眼に優れてるのは昔から知っていたが、ここまでとは思わなかった」
「ノイも裁縫の腕を上げたんじゃない?」
「もちろん。上げている。だから、今、仕立てているんだよ」
ノイは虚空から布を取りだし、はさみと針と糸で服を仕立てていた。
「今の時代、魔法と同時に魔道具も発展して、服の仕立ても早くなったけど、僕の場合は手作業でやった方が、効率がいい」
「あんたの場合は手作業でしょう。あの時代の軍服だって、全部、あんたが作ったじゃない」
キララが言う“あの時代”とは千年前のことだ。
千年前の軍服の全てはノイが仕立てた物だ。
ノイは服の採寸、仕立てに関して、超一流。ライヒ大帝国のお抱え宮廷魔法師にして、仕立て人でもある。
今も新しい服を仕立てていた。
「誰に送るかは分かってるけど、おちょくる気?」
「その方が楽しそう。ちなみに二人の好きな物とかある?」
「ユウトの好きなのは、菊の花と青空かな」
「なるほど」
「シノアちゃんはユウトの中を通してみてたけど、彼女は馬酔木と青空かな」
「ん? なんで、青空なんだ?」
「ユウトが空を眺めるのを見て、だんだんと青空を眺め始めたのよ」
「ふーん。なるほど」
ノイはメモを取り、仕立てた布が空色の菊と馬酔木の花柄にするデザインに決めた。
「一通り、デザインが決まったところで、朝食後、仕立てに入ろう」
「それじゃあ、私はその間、家に帰ってみる。この島を出るにしても、時間がかかるでしょうし。一通り、荷支度してくるから」
「気をつけろよ」
「あんたこそ、集中しすぎないように――」
互いに忠告しあったところで、ミバルたちが階段から降りてきた。
一方、シノアはユウトから食べさせてもらっているけども、徐々につまらなくなってきたところで、ユウトを弄ろうとしたが、ユウトがお粥に味気ないと勘違いしたのか。レンゲで粥を掬い、食べた。
シノアが口にしたレンゲで――。
さすがの彼女もユウトが取った行動にピシッと固まった。
(ゆ、ユウトさんが、私の唾液とかがついたレンゲでお粥を食べた……つ、つつ、つまり……か、間接、き、キス……)
茹蛸のように顔を真っ赤にし、ショートした。
「キュゥ……」
頭から湯気を出しながら、可愛らしい声をあげて、パタリとベッドに倒れてしまった。
「シノア!? どうした、シノア!?」
いきなり、彼女が寝込んだので、ユウトは慌てふためくのだった。
シノアが寝込み、起きる気配がないので、ユウトはパクッとお粥を食べるのだが、味に甘みを感じるような気がした。
(なんで、甘いんだ?)
と、首を傾げるも、持ち前の天然さで気づくこともなく、そのまま食べ続けた。
粥を食べ終えた後、ユウトは食器を片手に部屋を出て行った。
彼が部屋を出たのを見計らって、目を回していたシノアも少しずつ落ち着きを取り戻し始める。
「ユウト、さんの……天然さには、困ります……」
(このままでは、私の方がパンクしちゃいそうです……)
彼女の顔はまだ赤く火照っている。
間接キスだったといえ、自分の唾液で好きな異性に味わわされて、心臓の鼓動が高鳴り続け、鳥のさえずりさえも耳に入ってこなかった。
彼女は自分の胸に手を置いて、心臓の鼓動を感じている。
(未だに心臓の鼓動が激しい……ユウトさんのことになると、心臓の鼓動が激しくなり続ける)
しかも、ユウトが作った粥を餌付けするように食べさせれば、自ずと胃袋を掴まされる感じがした。
「ユウトさんが料理できるなんて知りませんでした」
(でも、隠れ特技を知れて、私が得した気分です。これで彼の手料理が私にしか出さないのなら……)
胃袋を掴まされ、身も心もユウトの色に包まれていく妄想に耽っていた。
「――ッ!!?」
妄想に耽っていた彼女はここで、気を持ち直す。
(って!!? なんで、ユウトさんと二人っきりでいるところを妄想しちゃうんですか。これじゃあ……)
新たに誓いを立てたのに、胸の内に焦がれる想いが、邪な妄想が邪魔をして、思考がままならない。
「一回、距離を取ってみますか」
一度、距離を取って、自分の想いと見つめ直すのもいいと思ったシノアであった。
なお、一階に降りてきたユウト。
食器を片付けるも、レンゲが一つしかないこととユウトが残りの粥を食べたと聞いて、シーホは思わず、訊ねた。
「なあ、ユウト……シノアに粥を食べさせたのも、そのレンゲか?」
「ん? ああ、そうだが? それがどうかしたのか?」
ユウトは言葉の意味が分からず、首を傾げる。
シーホは食器を洗う手を止め、テーブル席で座っていたミバルとヨーイチも固まった。
ノイとキララはユウトが取った行動に手で口を押さえ、笑うのを堪えていた。
そして、三人が声を揃えて、ユウトにシノアが寝込ませた事実を言い放った。
「ユウトが間接キスをしたからだろうが!!!!!!」
盛大に声を荒げて言い放った。
ユウトもようやくとなって、なぜ、甘かった理由に辿り着いた。
数秒後、若干、顔を赤くし、頭を抱えたのだった。
バカなことをしたユウトはキララとともに山小屋に向かっていた。
かつて、二人が住んでいた家である。
ユウトは顔を若干、赤くしながらキララについて行く。
彼女は顔を赤らめる彼にあきれ果てる。
「無意識に間接キスをしてしまったんでしょう。悔やんでも仕方ないじゃない」
「それはそうだけど……妙に甘かったのが、シノアの……」
唾液とは口にできず、羞恥するユウト。
キララは頭を掻きながら、ユウトの心境を知る。
(これは重傷ね。ユウトの奴……そこまで、シノアのことを想ってるんだ)
彼女はユウトがシノアに恋してると知り直した。
知り直したことで、キララはユウトにあることを伝えた。
「ユウト。覚えておきなさい」
「なにをだ?」
「その想いは死ぬ前に告げておきなさい。死の間際になって、“言っておけばよかった”と後悔することになるから」
「あ、ああ……」
ユウトはキララの言葉を一言一句、頭に叩き込み、覚えた。
だが、同時に彼女の言葉には重みがあり、まるで、昔、見たことがあるような言い方でもあった。
竜人族の町にある宿屋にて。
シノアはベッドの上で座りながら、自分の手を見続けた。
ユウトが触ってくれた左手を――。
「――ッ!!?」
彼女は首を横に振り、妄想を霧散させる。
彼女の頭の中では、度々、ユウトの顔が出てきては霧散させている。
(やっぱり、最近の私は変だなー。ユウトさんのことを想うだけでドキドキしてきちゃうし。本当にユウトさんのことが――)
今の彼女は恋に焦がれる乙女の顔をしていた。
自分では気づかないだけで――。
シノアの部屋で看病するノイ。
彼はプチプチと手芸だけで服を作っている最中だった。
服を作ってる最中、シノアの方にも目を向け、乙女の顔をしている彼女を見て
(重傷だな)
恋をしているのがはっきりとわかる。
ノイは服を作りながら、シノアにお節介をする。
「僕とキミはまだ契約したばかりだから。絆がそこまでできていないけど、これだけは言わせておく。まあ、長く生きてるお節介だと思ってくれ」
「…………」
シノアはノイの言葉に反応し、顔を向けた。
「想いは必ず、告げておけ。ましては恋愛なら尚更だ。告げる相手が消えてからでは遅い。その心の傷は計り知れないから」
「心の傷……」
シノアは今、頭の中に過ぎったのはユウトが消えてしまう恐怖。
その恐怖に苛まれて、強張るように震え出す。
ノイは手を止めて、彼女の髪を撫で始める。
「だからこそ、恋してるなら、叶えないといけない。後悔先に立たず。告げずに後悔するより、告げて後悔した方がいい。前へ進める新たな兆しになる」
「……うん」
少しずつではあるが、絆を深めつつあるシノアとノイ。
「一番に想いあえるコツはユウトの背中を任せられること」
「背中を?」
「うん。キミが彼を支えていけばいい。強さの根幹を、心を支えてあげればいい。彼はそこまで弱くないんだろう?」
「当然です。ユウトさんは強いです!!!」
「だからこそ、その背中を預け合うんだ。背中を預け合えば、想いあえるだろう」
ノイの大人としての的確なアドバイスにシノアはコクッと頷いた。
一階の酒場にて。
「なあ、ユウトとシノアをどう見る」
「「……」」
ミバルの問いかけにシーホとヨーイチは黙りになる。
「正直に言えば、白銀の黄昏の総帥と副総帥と同じように見えるんだ」
「それを言うなら、北の漆黒なる狼も同じだぞ」
「まあ、あそこは五大公爵家と皇家だから。政略結婚っていう路線もあるけど……」
まだ、十代初等の子供たちが大人じみた会話をしている。
「ヨーイチの話は大人の事情だが、あの二人は違ぇだろう」
「だよなぁ~。あのバカでもシノアが変なのに気づいてるから。おまけに背中合わせで戦ってる節がある」
「ああ、それは言えてるな。黄昏で言うところのズィルバーとティア……狼で言うところのカズとハルナだからな」
「でも、帝国法で若いうちにカップルになるのはいいんじゃなかったっけ?」
ヨーイチはライヒ大帝国の憲法に関する話を切りだす。
「ああ、数年前の“教団”との一件で、人口が減ったから。皇家がカップル誕生に前向きな姿勢だ。シノアとユウトと付き合ってもなんら問題ないだろう。民なくして、国はない」
ミバルが前向きな姿勢を出してると説明する。
(実際、姉さんもクレト中将に恋してるし。マヒロ准将もグレン大佐にゾッコン中。親衛隊も早いうちにカップルになることを推進してる)
「でも、早くない?」
ヨーイチはユウトとシノアが想いあうとは思いもよらなかった。
「早ぇのは確かだが、ユウトはズィルバーのポジションだし。シノアはティアのポジションだ。喧嘩をしてる俺たちも“四剣将”のポジション。形からそうなったって言う線もなくはない」
「おまけにシノアさん。ユウトくんに弄ることが多かったけど、今では一緒にいたいがために弄ってるとしか思えないんだよね」
「それは言えてる」
今のユウトとシノアを見ると、シノアがユウトと近くにいたいがために弄ってるとしか思えないミバルたち。
「正直に言えば、シノアさんを応援してあげたいけど……」
「ヨーイチ。分かってると思うが、ユウトは天然バカだから大変だぞ」
「うーん。ユウトくんの本音が知りたいところだね」
「……なあ、部屋に戻っていいか」
シーホは部屋に戻ろうと席を立とうとするも
「よし、そういうことなら私も協力してやる。ユウトに関してはシーホとヨーイチで探ってみてくれ。私はシノアと話してみる」
「了解です。サーグル殿…なんて…」
「俺はやらねぇぞ」
「僕たちがユウトくんたちの恋のキューピッドになるのか。なんか青春って感じだね、シーホくん!」
「結局、こうなるのか」
わくわくするヨーイチにシーホは溜息を漏らした。
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