英雄の好敵手。昇格と遠征。
北方における防衛戦争から半月ほど経過した頃。
第二帝都支部に封書が届けられた。
内容は昇進。
防衛戦争において、素晴らしい功績を称え、昇進する報告書だ。
当然、彼も――。
数日前――。
「うーん。なあ、キララ。この文字の読み方はこうなのか?」
「魔術いえ魔法の言語は一つ意味がある。特に竜言語はそう教えたでしょう」
「仰るとおり……」
ユウトは泣き言をいいながらもキララの語学教育を受けていた。
算術や戦闘における教育も泣き言をいいながらも必死に学んでいた。
「ったく、私の主がバカじゃあ、困るのよ。ユウト。もし、ズィルバーにバカって言われたら、頭にくるでしょう?」
「…………」
ユウトの脳裏に自分をバカにしてくるズィルバーの顔が過ぎった。
「それは、なんか嫌だ」
「でしょう。だったら、わかるよね」
「分かった。ズィルバーにバカにされないためにもやってやるよ」
「よろしい」
キララはズィルバーという着火剤を与えて、ユウトに気合いを入れさせるように仕向ける。
これこそ、千年以上も生きる大精霊の経験則である。
「はぁ~」
「すごいな」
ドアの隙間越しに見ているシノアとミバルの二人。
「あれ、どうみても学園生徒でも根を上げる量だぞ」
「確か、キララさんはユウトさんの契約精霊ですよね?」
「ああ、ヨーイチの話だとそうらしい」
「でも、見た目は二十代の女性ですよね」
「シノア。精霊に対して、失礼じゃないか?」
「それもそうですね」
シノアは自分の言葉が失言だと認め、言葉を慎んだ。
「にしても、ユウトさんが勉強し始めたなんて……雪でも降るのでしょうか?」
「雪が見たければ、北方にでも行ってこい」
「例えを言っただけじゃないですか。本当にジョークが効きませんね」
「ジョークなのかが分からん。お前のは……」
ドアの隙間越しにコソコソと話している彼女たち。
だが、彼女たちにキララは逃がすことがなかった。
「あら? 覗き見するんだから、私の教鞭を受けたいのかな?」
「「――っ!!?」」
ピシッと固まってしまったシノアとミバルの二人。
二人はブリキのように視線を上に転じれば、不敵な笑みを浮かべているキララがいた。
「ど、どうも……」
「は、初めまして……」
ダラダラと汗を流し続けるシノアとミバル。
今にでも、逃げようと踵を返そうとする。
「逃げるとはいい度胸ね。せっかくだし。私の授業を受けていきなさい」
「いえ、間に合っていますから」
「私たち……勉強できる方ですから……」
「遠慮しなくていいのよ」
ジリジリと近寄っていき、二人を拘束に動く。
彼女たちも目の前のキララにプルプルと生まれたての子鹿のように震えだした。
「し、シノ、ア……」
「逃げますよ!!」
すぐさま、逃げようと踵を返すも彼女の魔の手がガシッと隊服の襟首を掴んでしまった。
「さあ、行くわよ」
ズルズルと引き摺りながら、勉強部屋へと向かっていく。
シノアとミバルは首元を掴み、呼吸を確保する。
「く、苦しい……」
「あ、アハ、ハハハハ……」
連行された彼女たちはそのまま、勉強部屋に入り、キララからの授業を受ける羽目になった。
キララの言語学を強制的に学ばされた。
竜言語、古代精霊文字、魚言語、獣言語を学ばされる。
だが、今回は竜言語を中心に学ばされた。
「それにしても、言語って、不思議ですね」
「今に思えば、この国が多種族国家なのを忘れていた。自分が無知なのが悔しい」
「アハハハハハ……」
自分の無知さが如実に表れていた。
「竜言語は知っておいて損はないぞ。ズィルバーだって、竜言語を使いこなしてるからな」
「「えっ……あっ……」」
去年、ズィルバーがカイとリンネンを相手にけたたましい咆吼を上げていたのを思いだす。
「あいつもあいつで言語を勉強しているんだ。下手したら、他の言語を喋れるかもしれんぞ。もしかしたら、ティア殿下や“四剣将”も他言語を喋れるかもしれんぞ」
「「…………」」
シノアとミバルの頭に他種族と話すティア殿下とナルスリーを想像し、イラッときた。
「なんかムカついてきたな」
「そうですね。あの女だけには下に思われるのは嫌ですね」
ビキッと額に筋を浮かべ、言語本を見始める。
「「ティアとナルスリーに負けるか!!」」
急にやる気を見せ始めたシノアとミバル。
(理由はどうであれ。言語を学んでくれるのは嬉しい)
キララは勉強する意志を見て、微笑ましく思った。
勉強を始めて、数日後、親衛隊本部から昇進の封書が届けられた。
「昇進?」
「はい。北方での防衛戦争における功績に応じて、昇進が決まりました」
「オメエらにも届いてるんだ。ありがたく受けとれ」
グレンとサユユから封書が届けられた。
「俺らもオメエらがどこまで昇進したかは知らん。だが、オメエらは“魔王傭兵団”の総督並びに“三災厄王”と盾突いたのは大きいことを自覚しろ」
「あと、ついでに皇宮から調査の封書も届けられたから確認しておいて」
グレンとサユユから封書を受けとった後、五人は昇進通知の封書の中身を見る。
中に書かれている通知を見て、思わず――
『え?』
目を皿にした。
再度、確認した後、理解せざるを得なかった。
今回の昇進でユウトたちは飛躍的に昇進した。
シノアは准尉から中佐へ昇進。
ミバルは少尉から中佐へ昇進。
ヨーイチは軍曹から大尉へ昇進。
シーホは伍長から大尉へ昇進。
そして、ユウトは曹長から大佐へ昇進。
『…………』
部隊一同。唖然とした後、
『えぇえええええええええええ――――――――!!!!!!』
声を揃えて、驚いてしまった。
第二帝都支部にいる誰もが思わず、耳を塞ぐ事態になった。
耳を塞いだグレンたち一同。
「まあ、そうなるよな」
「大昇進じゃないか」
「やったこともそうだが、倒した相手、傷を付けた相手が怪物すぎる」
「本部も報告書を読んだときは目を疑ったらしいよ。おまけにユウトくんが傷を付けた相手は“魔王”カイだ。彼に傷を付けたというのをレムア公爵家の跡取り――カズ・R・レムアが証言した。あと、黄昏の首魁、ズィルバーも証言した」
「ガキ二人からそう言われてるんじゃあ、仕方ねぇな。本部も“ガキ共に知識と実績を積ませろ”っていうお達しが来た」
「有望株ね」
「前代未聞なことに違いない。皇宮からの特別依頼が出すほど。彼らは有名になった」
「だな……」
話し合っていた。
想像以上の昇進に放心するユウトたち一同。
「なあ、これって……」
「夢じゃないよね?」
ユウトはシーホの頬を引っ張り、夢じゃないのをはっきりさせる。
「ヤバくねぇか」
「ヤバいな。黄昏を喧嘩していた日々が、まさか、ここまでになるとは思わなかった。見ろよ、シノアが固まったまま、戻ってきていないぞ」
「おーい、シノア――!!」
ユウトは肩を揺さぶり、シノアの意識を取り戻す。
グワングワンと揺らして、意識を取り戻すシノア。
「はっ。す、すみません。あまりの昇進に意識が飛んでいました」
『分からなくもない』
弄ることすらしなかった。
だけど、ユウトがすぐに意識を切り替えたことに不思議に思えた。
「でも、ユウトくんはすぐに気持ちを切り替えたよね。なんで?」
「いや~、なっていないとおかしいってグレンに言われた。グレン曰く、入隊した時点で、佐官クラスであってもおかしくないって言われた」
『はぁ!?』
「素質は元帥クラスって言われたな」
「元帥クラス!?」
「そういえば、グレン中佐から聞いた話で、ユウトくん。六歳の時には中佐とマヒロ准将と互角に渡り合ったらしいよ」
「六歳で中佐や姉に渡り合いますか」
「いや、普通にあり得ねぇだろう」
「そうか?」
『そうだ/ですよ!!!』
思わず、声を荒げてしまうシノアたち。
ユウトだけは不思議そうに首を傾げ、彼の肩に乗っていた小竜姿のキララ。胸中で同情していた。
「まあ、今回の昇進もユウトさんが生粋の変人だったのを明らかになったことは無視しましょう」
「おい、シノア。さりげなくディスったよな?」
「さあ、どうでしょう?」
「誤魔化すなよ!!」
プイッとそっぽを向く彼女だが、内心では好きな人がどんな人なのかを知ることができたと納得した。
ユウトはシノアの心情を察することができず、ギャーギャーと喚いていた。
「それよりも、皇宮からの指令書を読みましょう」
話題を変えて、皇宮から届けられた封書の中身を読み始める。
「えぇ~、なになに……」
シノアは封書の内容を読み始める。
「“ドラグル島”に住んでいる竜人族の調査されたし」
「“ドラグル島”?」
「西の果てにあるという島だよな」
ミバルとシーホは調査先を聞き、疑問符を浮かべる。
ヨーイチは調査先を聞いて、「あれ、確か……」と思いだし、ユウトを見る。
「えぇ~、あそこに行くのかよ。距離もあるし。行きたくないよ」
「ユウトさん。知っているんですか?」
シノアは不躾ながらに訊ねた。
「俺の故郷だよ」
「「「え?」」」
シノア、ミバル、シーホの三人はユウトが口にした事実を理解するのに、かなりの時間を要した。
「「「えぇえええええええ――――――――!!!!!!」」」
驚いて、声を張りあげる三人。
ヨーイチは声をあげることはなかったが、あまりの声の大きさに耳を塞いでしまった。
ユウトも同様な理由で耳を塞いだ。
「ユウトさんの故郷……」
「マジか……」
「……知らなかった」
呆けてしまった彼ら。
「ヨーイチは驚いていないな」
ユウトは三人を無視して、ヨーイチに訊ねた。
「うん。前にグレン中佐からユウトくんのことを教えてくれたから」
「あぁ~、グレンか。なら、知っていてもおかしくねぇな」
悪態を吐き、舌打ちまでする。
「断ろうにも、皇宮からの指令なら断れないからな。しゃあねぇ。行くとするか」
「“ドラグル島”に?」
「ああ、遠出の準備をしろ」
「え?」
「遠出?」
「なんでだ?」
疑問符を浮かべるシノアたち。
「あの島は西の果てだぞ。行くだけでも一週間以上はかかる」
「ハッ?」
「一週間以上!?」
「なあ、北海のように厳しい環境なのか?」
ユウトの教えから日数を知り、ミバルは思わず、劣悪な環境なのか訊ねる。
「あそこは寒いし。作物なんてあってないようなものだ。だから、基本は餓死する子供が多い。他の調査内容は?」
「ええと、島の調査と、ある人物を探して欲しいとのことです。名前はノイ。ノイ・D・イエス。何でも、“宮廷魔法師”らしいです。普段から放浪癖らしく、神出鬼没であるため、痕跡を調査されたし、のようです」
「なんだよ。人捜しか」
「神出鬼没なのが難点だな」
「でも、痕跡を探すだけでもいいし。本来の目的、竜人族の調査に向かおう」
「だな。考えても仕方ねぇ」
「ですね」
そんな感じで、シノアたちはユウトが言ったとおりに遠出の準備に入るのだが、ユウトの肩に乗っていた小竜姿のキララだけは、シノアが口にした名前に心当たりがあった。
(呆れた。あの美男子。まだ生きていたなんて……私と同じ精霊になったかしら?)
『長生きも大概にしないとね』
(ん? どうした、キララ?)
『何でもないわ。それより、故郷に行く準備をしなさい』
(おう)
ユウトはキララに言われて、“ドラグル島”へ向かう準備をし始めた。
皇宮からの指令をシノアはシンに報告した。
「――以上です」
「ありがとう。しかし、探す相手が超大物だ。痕跡らしき物は残すけど、見つけるとなれば、困難だね」
「そうなんですか?」
「ノイという人は謎が多い人物で、皇家が特別に“宮廷魔法師”としてお抱えにしているっていう噂だ。他にも、アウラ・N・グレイズを知っているね」
「あの“七皇星界”の?」
「うん。ノイという人物も、その一人という噂らしい」
「謎だらけの人物ですね」
「ひとまず、シノア部隊は“ドラグル島”へ向かえ。本部には僕から伝えておくよ」
「はい。分かりました」
退室するシノア。
フゥ~ッと息を吐き、椅子の背もたれにもたれ掛かるシン。
「“ドラグル島”、か」
(未だに謎が多く残っている島だ)
「でも、ユウトくんがいるから問題ないかな」
シンは多少の楽観視をしていた。
だが、これが、歴史の謎を深めることになるとは、この時は知らなかった。
「本当に、一週間以上……かかるんですね」
「陸路は良くても、海路がここまで不便とは……」
「ユウトの奴……よく平気だな」
「よく揺れる船の上で――」
“ドラグル島”に出発してから一週間は経過した。
今、ユウトたちは“ドラグル島”行きの船に乗っていた。
だが、今日は波が荒れる日だったようで、ユウト以外、全員が船酔いにあった。
「うぅ~、気持ち悪い」
「陸路は……馬か、馬車での……移動が、多いから……酔わないと、思っていたんですけど……」
「ここまで、とは……」
「気持ち悪ぃ……」
グロッキーに近いシノアたちに比べ、ユウトは港町で買っておいたミント草を食していた。
シノアたちのあまりのグロッキーさに頭を掻き、多めに用意していたミント草を手渡した。
「この草を食っておけ。気分もよくなるし。胃に優しいから」
「あ、ありがとう、ございます」
「お前、よく平気だな」
シーホの疑問にユウトは平然と言い放った。
「昔、キララに“海で漁してこい”って言われて、荒れた海の日に行かされたから身体が慣れた」
『そういえば、あったわね』
キララも今更ながら、思いだした。
「だから、これぐらいは平気だ」
ユウトの昔話を聞いて、スリリング度合いが異常なのを思い知った。
「だから、慣れるしかない」
ユウトのしみじみとした言葉がシノアたちに深く浸透する。
なので、彼らも慣れるためにも、ユウトが渡してくれたミント草をチビチビと食べ始めた。
ミント草を食べて、幾ばくか体調が良くなったところで、船室につるされたハンモックで横になったシノアたち。
ただし、ユウトだけは船首から薄らと見える島の輪郭を視認する。
「見えてきたな」
積荷を運ぶ船長も島が見えてきたことに気づく。
「おーい、小僧。島が見えてきた。部屋で寝てる奴らにも声をかけてやりな!」
「ああ、分かった。でも、やけに竜が騒いでいるな」
ユウトは徐々に見えてくる島の上空が舞う小竜が飛んでいた。
「確かに……」
船長も島の上空で小竜が飛んでることに不信感を抱く。
「まだ産卵の時期じゃないはずだ」
「坊主。お前、あの島の出身か?」
「ああ、俺はあの島の出身だよ」
船長の質問にユウトは正直に答えた。
「なるほど。だから、竜への知識が深いのか」
「ああ」
(しかし、小竜が舞うのは時季外れ。島でなにかが起きているようだな)
ユウトは“ドラグル島”でなにかが起きてると訝しんだ。
「とりあえず、あいつらを起こすか」
ユウトは船室へと向かった。
“ドラグル島”。
山間部。
ある高原に来ていた二人の少年少女。
「家らしきものが残っているが、肝心のキララがいなかったな」
「だが、生きていることは事実だ。彼女の力の残り香がある。しかも、北方で感じたのと同じだ」
「ってことは――」
「うん。彼女は誰かと契約している」
「“竜神アルビオン”、“初代巫女騎士長”……彼女の力は健在だ。あの小娘たちも成長し、予想以上に強くなっている。シカドゥ様と同等だろう」
「忌々しいかぎりだな。この島にノイがいるという噂もある」
「彼とて厄介だ。それに気づいてるか?」
「ああ、近づいている。真なる神の加護を持つ者たちが――」
少年少女は、この島に近づいてくる二つの強大な力を感知した。
「とりあえず、町に行こう。話はそれからだ」
「敵と出くわしたら?」
「その時は一戦交えるが、気を抜くな。真なる神の加護を持つ者は発現したばかりでも、成長の幅が異常だ」
「分かってる、兄さん。私だって、今でもトラウマなんだからな」
寒気を催す少女に少年は優しげな笑みを浮かべる。
「安心して、僕も同じだ」
「兄さん」
少年は少女の頭を撫でて、気を落ち着かせる。
「だからこそ、警戒するんだ」
「うん」
少年少女は調査に乗り出すために下山をした。
“ドラグル島”に到着したユウトたち。
ヨーイチとシーホは周囲を見渡したら、小竜が空を徘徊していた。
「すごい。グレン中佐から聞いていたけど、竜が徘徊しているんだ」
「港町にしては寂れてるな」
ヨーイチは上空を飛んでいる竜に驚き、シーホは寂れた町を見る。
「随分と静かですね」
「この島。なんか不気味だ」
シノアとミバルは“ドラグル島”の静けさと不気味さを身震いした。
ユウトだけは港町の漁師に話しかける。
「久しぶりだな、おっさん」
「あぁ? って、あの時の盗人小僧か。随分と元気じゃねぇか」
「まあな。それより、徘徊する竜をどう思う」
「あぁ、おかしいとは思ってるよ」
「やっぱりか」
「――にしても、あの時の盗人小僧が親衛隊になるとは、世の中分からねぇものだな」
「まあな。俺も驚いてる」
「そうかい。そういや、最近、小僧と同じ二人組のガキを見かけたぜ」
「はッ?」
(どういうこと?)
急な話題の切り替えに呆けてしまうユウト。
「数日前に、この島に来て、山の方に向かいやがった。そういや、二人組のガキが来てから、竜が急に徘徊するようになったな」
港町の漁師から情報を得て、ユウトは島の違和感が強まった。
「あっ、おっさん。他に知らない奴を見たか?」
「知らねぇ奴か……ああ、そうだ。青年が一人。この島に来たな」
「特徴を覚えてる?」
「頭にターバンを巻き、薄い黄色に髪の先が、青みがかっていたな。そいつは竜人族の町を聞いた後、そのまま、竜人族の町に向かっちまった」
「ふーん」
「坊主は帰省じゃねぇだろう」
「まあな」
ユウトは港町の霊子から情報を得て、調査依頼の難易度が高くなった気がした。
「それより、この後、どうします」
シノアは今後の予定を訊ねる。
「宿でも探すか?」
ミバルが寝泊まりする場所を訊ねる。
「止めとけ、この町に宿なんざない。寝泊まりなら、島の反対側の竜人族の町に行くしかない」
「ちなみに、日数は?」
「今から行けば、明日の夕方に到着する」
『…………』
要するに時間がかかるということだ。
「この島に馬なんてないし。移動は荷車だ」
「うへぇ~」
「歩くしかないのか」
歩きで行くことになったことにショックを受けるシノアたち。
「まあ、今回はそれより遅くなるかもな」
「え?」
ユウトは上を見上げて、徘徊する竜から時間がかかると悟った。
「なんか、この島と戦闘だけだと、ユウトが頼りに思えてしまう」
「普段はバカなのにな」
「うん。バカなのに」
「お前らひどくないか!!?」
「アハハハハハ……」
何気ない日常が、彼らの中にあった。
“ドラグル島”。
竜人族の町にて。
一人の青年が町の酒場で情報を得ていた。
「そうですか。その少年は五年以上前に……」
「ああ、その時は本土の親衛隊に連れてかれた。今、何をしているのかは俺でも分からんよ」
「本土か。今から行くと二週間はかかるな」
「兄ちゃんは本土出身か」
「昔はね。今は一年中風来坊さ」
「なんか、訳ありと見るが……」
店主は青年に酒を提供する。
「長く世界を見て回ってきた。せっかくだから。友人に話してみようと思っただけだ」
「そうか」
青年は酒を口にし、気持ちを話した。
(せっかく、昔話を交えながら、話したかったな……キララ)
物思いに耽って、酒を飲んでいた。
同時刻。
ユウトたちは町へと出発するも、植生が少ない道を歩いて行く。
「――山道ばかりだな」
「凸凹してるから歩きづらい」
愚痴を漏らしてしまうシーホとヨーイチの二人。
シノアとミバルも荷物を背負いながら、山道を歩くのは初めてで、けっこう体力を使っていた。
「過酷すぎる」
「アハハハハハ……今なら、登山家の気持ちが分かります」
ハアハアと荒い息を吐きながら山道を歩いて行く。
ユウトは土地勘があるのと並外れた体力があるせいか。山道をすいすいと歩いていく。
だが、シノアたちのことを考慮して、周囲を見渡す。
「確か、この辺りに……あった」
『あの洞穴なら、休めそうね』
「おい、あそこの洞穴で一晩明かすぞ」
ユウトが指をさして、声を張りあげれば、シノアたちも洞穴を見て、ハアと息を吐いた。
『やっと、休める』
この時、全員の心が一致した。
「はぁ~、疲れたぁ~」
「凸凹の山道を歩くとは思わなかった」
「っていうか、この島は山かなんなのか!?」
「洞穴があるから助かったけど、寒暖差が激しいね」
シーホとヨーイチが吐いた言葉に人の姿になったキララが反応する。
「着眼点はいいわね」
「キララ」
「急に人型にならないでください」
シノアは思わず、急に出てきてビックリしていた。
「この島は元々、海底火山が噴火して誕生して生まれた島。そこに私たち竜人族が住み始めた。定住には時間がかかった。支援もままならず、自分たちの手で生活ができるほどまでに村を作った」
「火山島かよ!?」
「山自体は千年の歳月を経て、死火山になった。火山活動自体はもう起きないよ。でも、溶岩自体は今も活動しているから。島民の間では隠れ温泉が存在するよ。だけど、知っているのは私だけ。当時を生きてた竜人族はいないわ」
「温泉、か」
「……入りたい」
シノアとミバルは女の子だから。気分的にも、生理的にもお風呂に入りたかったらしい。
「時間も時間だし。寝ておきなさい。ほら、ユウトはもう寝てるわよ」
『え?』
キララに指をさせば、既に横になって、スヤスヤと寝息を立てていたユウトがいた。
「早っ!?」
「もう寝ていやがる!?」
「動物か、あいつは……」
「順応が早いよね」
「ほら、寝ておきなさい。ここの夜は冷え込むから」
キララに急かされて、シノアも疲れがきたのか横になったら、すぐに寝息を立てた。
キララはユウトたち五人に毛布を掛けて、自分も寝ようかと小竜に戻ろうとした際、町の方から懐かしき気配を感じとった。
「今、なにか……」
竜人族の町にある酒場で酒を飲んでいた青年。
不意に感じとった懐かしき気配に――
「ッ!!?」
(今、なにかを感じた……)
同様に下山をしていた二人の少年少女。
彼らも肌で感じとった気配に歩を止める。
「今、キララと思わしき気配が……」
「ノイと思わしき気配も……」
「偶然か?」
「分からない。だけど――」
「うん。下山をすれば、何か分かるかもしれない」
二人は頷いて、そのまま、山を下山することにした。
そうして、夜が明ける。
彼らの運命は交錯する。
千年前の因縁と交錯して――。
竜人族と天使族そして吸血鬼族との因縁が、明日、交わろうとする。
翌日、洞穴で朝食をとった後、その足で竜人族の町へと向かった。
だが、でこぼこした山道が多いためか体力の消耗が早いので、適度に休憩を取りながら、町へ向けて、歩き続けた。
ユウトが口にしたとおり、夕方頃に竜人族の町に到着した。
町に到着して最初に感じたのは――。
「反対の港町と打って変わって、賑やかだな」
「うん。竜人族の町っていうのも頷ける」
疲れた表情ではあるも、初めて来る町なのか。最初に見て、抱いた印象をポロッと零した。
町に入れば、町民の竜人族が声をかけてきた。
「おや、人族が町に来るのは六年ぶりかね」
「よぅ、元気そうだな」
ユウトはニッと笑えば、竜人族はユウトの顔を見て、嫌気を刺すような顔をする。
「盗人小僧。元気じゃないか」
「静かな生活をしてるな」
「小僧も知ってるだろう。この島は本土とは離れている。俺ら竜人族にとっては安住の地なんだよ」
「それもそうだよな。あの宿、残ってる?」
「酒場が残るに決まってるだろう。あそこは旅人専用の酒場だ」
「ありがとよ」
ユウトは竜人族に礼を言って、すぐさま、宿へ直行した。
宿に来た彼らはまず、荷物を二階の宿泊部屋に置いてきて、一階の酒場で夕食をとることにした。
その際、店主がユウトを見て、ハアと息を吐いた。
「しかし、時が流れたものだな。あのいかれたガキが、親衛隊になるとは――」
「俺も驚いてる。ってか、俺の情報は耳に入っているのか?」
「本土から離れていようが、俗世の情報は集めてる。北で起きた一件も耳に入ってらぁ」
ユウトは店主と昔話をしながら、ミルクを飲んでいた。
シノアたちはテーブルに突っ伏して、二日間の疲労の回復に専念した。
「ユウトさんがいてくれて助かりました」
「宿探しに夜までかかっていただろうな」
「今日はベッドの上で寝てぇ」
「……うん」
彼らは思わず、休みたいと口にした一幕。
店主はテーブルに突っ伏すシノアたちを見て、失笑する。
「ったく、仕事で来たにしては、この島は過酷だろうに」
「ああ、この島の植生は山と南の岬にしかない。岩盤が固いから作物も育たない」
「そのため、食べ物のほとんどが“竜神様”の恩恵と本土からの支援のみ。後は、海に出て、漁をするしかない」
「この島は不憫なんだよ。人族にとってみれば」
ユウトは十一歳の子供にしては、やけに大人じみた言葉を漏らしてしまった。
「それよりも、上空を徘徊してる小竜にはどう思ってる?」
「ああ、町の連中も同じことを言っていた。“この時期に竜が徘徊するにはおかしい”ってな」
ユウトと店主の話を聞きながら、シノアたちは顔だけを上げて、話に割り込む。
「そんなにおかしいんですか?」
「私らから見れば、竜が徘徊するだけでもすごいことなんだが……」
一般的な感性で訊ねれば、“ドラグル島”出身の彼らには違和感ありまくりだった。
「外から言う奴は皆、そう言うよな」
店主はユウトの前に料理を置き、シノアたちの方にも料理を置きながら説明をする。
「竜も生き物だから。当然、産卵をする。だが、産卵をする時期が秋の中頃。冬を越えて、春頃に羽化するのが竜の習性。産卵する時期に応じて、親の竜は島の空を徘徊し、魚や鳥を捕らえるのが、この島では普通。だが、今、徘徊してる小竜のは時季外れ。秋も到来していないから町の連中も余計に困惑してるわけだ」
「なるほど」
「竜はいつも、徘徊してると思ってたが、習性があったとは……」
「島の住民にしか分からないことだ。外からきた嬢ちゃんたちには初めての経験だからしょうがねぇ。話によれば、小竜たちは危険を察知して、上空を徘徊してるって話だ」
「危険、か」
ユウトは夕食を食べながら、訝しんだ。
ユウトの訝しむ顔にシノアは思わず、目移りした。
(今回のユウトさん……妙にかっこいい気がします)
微かだが、心にトクンと炎を灯し始めていた。
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