英雄の友。“魔王”カイとのケリを付ける。
“魔王傭兵団”アジトの屋上。
猛吹雪すら従え、天候すら従えたカズ。
渦を巻いてる雪雲。
「いくぜ、カイ! さっきのお返しだ!!」
掴む吹雪を引っ張り、竜巻を発生させる。
「“飛雪千里巻”!!!」
地上に降り積もった雪と吹き荒ぶ猛吹雪を巻き上げ、竜巻を巻き起こした。
巻き起こされた竜巻は触れただけで凍り始める。
まるで、カズの意志が反映してるかのように――。
「チッ!!?」
カイも自身の腕が凍りつくのを見て、“動の闘気”と体温上昇で氷を溶かして、距離を取った。
「クソッ!!?」
(これじゃあ、災害じゃねぇか!!?)
カイは自分で言うのもなんだが、今のカズはそれほどまでに脅威に思えた。
竜巻を巻き起こしたカズは宙へと舞い上がり、吹雪と“闘気闘気”で槍を作り上げる。
『あなた、今、自分がとんでもないことをしてるの分かってる?』
レンですら、カズがしたことにあきれ果ててる。
「知るか、こうでもしないとカイには勝てない」
『あっ、そ…』
もう、レンはカズの突拍子さに頭を抱える。
『ハルナちゃんの気持ちが理解できた』
(今更か。僕はハルナに起こされるのが一番の目覚ましなんだよ)
『開き直りと惚気ない』
(うるせぇ)
「さあ、いくぜ、カイ! 追撃だ!!」
カズは吹雪と“闘気”で作り上げた槍の総列。
「一斉掃射だ。“雪上加霜の槍雨”!!!」
槍の総列がカイめがけて一斉に掃射された。
雨のように降り落ちる槍の総列。
竜巻をも破壊し、カイへと襲いかかる。
押し寄せてくる槍の総列にカイは跳躍して、回避する。
だが、カズは吹雪を掴み、気流を操作する。
気流をカズに思うがままに操られ、体勢を崩すカイ。
「こざかしいガキめぇ」
(気流すらも操れるのか……)
「僕から逃げられると思うな」
宙に舞っているカズも自身が引き起こした気流操作に行動を抑制されるかと思いきや、左手の甲に光る紋章が、抑制される力を糧にしてくれた。
宙に浮いてるカズとカイ。
カイは種族的特徴を駆使して、浮いてるから説明もつくが、カズの場合は違う。
カズは人族で、精霊の加護か、魔法の力でもないかぎり、宙に浮くことはできない。
しかも、カズが契約している精霊は“氷帝レン”。つまり、水属性と氷属性の精霊だ。
本来なら、風属性の精霊ではないと宙に浮くことができない。
そう、宙に浮くことは――。
(うーん。水の使い方がイマイチだ)
『その年で、そこまで使えるなら、上出来よ』
カズは宙に浮いてるのではない。宙に立っているのだ。
カズは空気中の水分を自在に操り、足場に水分を集めて、立っているだけに過ぎない。
だが、レンの言うとおり、水属性の精霊の加護を受けても、このような芸当をこなせることはできない。
しかも、カズはなんとなくできると思い、実践しただけだ。
カズは背に背負っていた神槍を掴み、クルクルと柄を巧みに回す。
「限界が近いんじゃないか?」
「ほざけ、ガキ。俺を舐めんじゃねぇ!!!」
バリバリと雷が迸り、“動の闘気”を滾らせる。
禍々しく発せられる“闘気”に、カズはギュッと槍を強く握る。
「面白い」
フッと笑みを浮かべた。
この状況なのに、笑みを浮かべてしまう豪胆さ。
間違えなく、真の英雄へ近づきつつあった。
ヤマトとヨーイチがいる部屋の扉の前まで来たグレンら一行。
「この先にヤマトがいます」
「ああ、ヨーイチもここにいる。奥の方だ」
ルラキが告げた言葉にユウトの同意するように割り込む。
「グレン。開けるぞ」
「ああ、頼む」
ミートとゴシシが扉を開ければ、部屋に立ち篭もっていた生暖かい激臭が解き放たれ、彼らの鼻腔をくすぐる。
「この激臭……」
『腐臭と死臭が入り混じってる』
キララが教えてくれるも、彼女の声音が冷たかった。
腕で鼻を押さえるグレンたち。
「死体があるのか?」
『おそらく……』
ユウトは激臭を堪えながら、近くにあった篝火の一本を拝借し、松明がわりに先へ進む。
グレンらもユウトに倣って、松明を手に先へ進んでいく。
中に進めば、進むほど、なにかがざわめく音や泣き声が耳垢をくすぐり。腐臭と死臭が鼻腔をくすぐるため、気分を弄した。
「グレン様…」
「ああ、酷ぇことだな」
グレンの後ろに隠れるサユユが彼に話しかけた。
「こっち側は死体が多いな」
ユウトが鉄格子の檻に近づき、松明の明かりで中を照らす。
中には、ガリガリに痩せ細った死体が横たわっていた。
死体を見たシグミとミートは手で口元を押さえる。
「惨いな……」
「…………」
ミートの呟き、シグミは言葉を発せなかった。
ユウトは死体を観察して、いつ死んだのか確認する。
「軽く一、二年は経過しているな」
「死体が亡くなった時期が分かるのかい?」
死亡した時期がわかるユウトの言動にシンは驚きを隠せなかった。
「俺の故郷、“ドラグル島”は比較的、北方に負けないほどの寒さ。誰も来ない裏路地で野垂れ死んだ奴らの死体は骨になるまで、かなりの時間がかかる。冬に死ねば、雪に埋もれてしまえば、さらに時間がかかる。俺は、それを何度か見てきたから。いつ死んだかは大体、わかる」
生まれ育った環境で、人の死体を見慣れてしまったユウト。
彼の生い立ちを改めて聞くと、壮絶な環境で生きていたのが嫌でも分からされてしまった。
「死体の放置具合から、あんまり通ってる形跡がない。通ったのはヨーイチと“九傑”の一人、ヤマトだけだな」
死体から見てとれた情報から、ユウトは自分たちがいる方から通った形跡がなかったと言うこと。
裏を返せば――。
「この先から声が聞こえてきたというわけか」
「微かだが、すきま風が吹いてるな。反対側にも扉があるかもしれん」
耳を澄ませ、音を聞き分けるユウト。
「すきま風だぁ?」
「本当に聞こえるのか?」
「ああ、聞こえるよ」
グレンとシンも耳を澄ませてるが、すきま風の音すら聞こえなかった。
「聞こえねぇぞ」
「うん」
グレンとシンが言うようにサユユたちも聞こえないと頷いた。
「あれ~、おっかしいな」
頭を悩ませるユウト。すると、彼の肩に乗っていた小竜が光りだし、薄水色の長髪の女性が隣に立つ。
「キララ」
「あなたは既に私の加護を持っている。つまり、竜属性の加護が働いてる。竜属性の加護は感覚を鋭敏にする。微かな物音すら聞こえるほどに――」
「要は、俺が強くなりすぎたってこと?」
「平たく言えば、そういうこと」
ユウトとキララの会話を聞いて、ユウトの成長に息を呑む中、彼らは目の前の女性が誰なのか疑ってしまう。
「ユウト。その女は誰だ?」
グレンは不躾ながらにユウトに訊ねる。
「俺の契約精霊、キララだ」
「私はキララ。私の手紙を見て、来てくれて感謝するわ」
華麗に挨拶をするキララにグレンは聞き覚えのある名前だった。
「お前……まさか、“ドラグル島”に伝わる“竜神”か」
「ええ、私は“竜神”アルビオン。あなたたちがどういった人間なのかはユウトの中で見ていたわ」
「見ていた?」
「精霊というのは一度、仮契約すれば、主の中で観察し続ける。主の成長に応じて、本契約するというのが常識よ」
キララから語られる精霊との契約する上での常識。
しかし、グレンたちの間では教わったことがない常識だった。
「精霊を舐めてはいけない。意外と主の心の在り方を見ているから」
「なるほどな」
「と、それより、先を急ぎましょう。屋上の戦いも白熱し始めたから」
「カズか」
上を見上げるキララに、ユウトも上を見上げる。
屋上で戦ってるのが誰かを知ってるからだ。
「それに、この建物自体、崩落し始めてる。急がないと全員生き埋めよ」
「おい!? それはマジか!!?」
「本当。意外にもあなたたち派手に戦ったね」
「そうなのか?」
「とりあえず、先へ行きましょう」
「そうだな」
松明を手に、ユウトたちは部屋の奥へと歩きだした。
部屋の奥へと進めば進むほど、肌寒くなっていき、ざわめいていた。
すると、松明の明かりがグレンらの目に入る。
「ん? グレン……」
「どうやら、見つけたぞ」
グレンとシンの目にも松明の明かりが見えた。
「この気配は……ヤマト先輩の気配……」
ルラキは少々早歩きながらも、ヤマトとヨーイチのところへ急ぐ。
「ヤマト先輩!」
「ん?」
暗闇に灯る複数の灯火。
ヤマトは“静の闘気”で気配を探れば、見知った気配だった。
「この気配は……」
ヤマトが手にする松明を近づければ、明かりで姿が露わになった。
「私です。ヤマト先輩」
「ルラキか。それと……親衛隊か」
「グレン中佐!」
ヨーイチが敬礼して、挨拶する。
「ヨーイチ。どうだ、状況は?」
「鉄檻に収監されていた子供たちを連れだしました」
「その人数がわかるか?」
「ざっと二十人以上です」
ヨーイチからの報告で、収監されてる子供の数に驚くグレンたち。
「そんなにいるのか!!?」
「ほとんどが異種族なんです。しかも、皆、碌に食事をされていないのか痩せ細っていて、“蒼銀城”まで体力が持つかどうか」
「そうか」
「それと、中佐。未だに檻から出ない子供がいます」
「それは本当か」
「はい」
グレンとシンはヨーイチに案内され、未だに出ない鉄檻の前に来た。
二人は、中にいる種族を見て、驚愕を露わにする。
「グレン……この種族は確か……」
「ああ、俺も初めて見た……文献でしか見たことがない種族……」
そう、二人も背中に白い翼を生やした種族は初めて見た。
ユウトやサユユたちも鉄檻の中にいる二人の子供よりも白い翼を生やしてるのに驚いた。
キララですら、二人の少年少女を見た。
「……信じられない」
目を見開いて、ユウトの隣に立つ。
「まだ、生き残っていたの……天使族が……」
「キララ……?」
キララは哀愁を漂わせ、告げた。
「助けましょう。この子たちに罪はない。罪があるのは私たちにある」
「罪……?」
キララは天使族に罪がなく、罪があるのなら、自分たちにあると主張する。
「天使族が絶滅した理由を知ってる?」
「いえ、絶滅したとされる種族としか聞いていません」
キララの問いかけにサユユが答えた。
「そうでしょうね。天使族は、この国の建国期からずっと、絶滅危惧種に指定されていたから」
「絶滅危惧種!!?」
キララの口から語られた真実に驚愕を禁じ得ない。
「歴史上において、人智を超えた力を持っていたから迫害されたといわれてるけど、実際は違う。“魔族化”の始まり。それが迫害の対象となった」
「“魔族化”……心が闇に堕ち、凶暴性を獲得する現象だよね」
シンの聞き返しにキララは肯定した。
「その通り。“魔族化”の起源は天使族から始まった。建国期の頃には、“魔族化”の原因が判明したけど、それ以前は伝染病として思われていた。当時、天使族と関わった種族は皆、“魔族化”したことから。天使族が“魔族化”を持ち込んだという疑りをかけられ、迫害されることになった」
『…………』
キララから語られる歴史の真実にユウトたちは絶句する。
「生き残った天使族は散り散りになって、人が来ない場所で隠れ住んでいると聞いてたけど……まさか、こんな形で再び、目にするとは思わなかった」
キララは罪のない二人を見て、申し訳なさを感じていた。
彼女は千年以上も生きる大精霊。
彼女が哀愁漂わせる顔で言うのなら、事実なのだろうとユウトたちは納得せざるを得なかった。
「とりあえず、この二人を出そう」
「ああ、そうだな。長居は無用だ。ここにいると、いつ、この建物が崩れるか分からないからな」
グレンとシンの会話からヤマトとヨーイチも、そこまで危険な状況なのかと驚愕する。
「グレン中佐。今の話は本当なんですか!!?」
「ああ、本当だ。ユウトを見ろ。ピンピンしてるようで、ボロボロなのは確かだ。平気な顔をしているのが不思議なくらいだ」
「はぁ~、で、ユウトくんの隣にいる女性は?」
「彼女はキララ。何でも、ユウトの契約精霊だ」
「ユウトくんの契約精霊!!?」
ヨーイチはキララがユウトと約した精霊だと知り、驚愕を露わにする。
「俺らも驚いたばかりだ。無理やり納得してる感じだ」
「つまり、ユウトくんも契約精霊の存在をついさっき思いだしたみたいな言い方ですけど……」
「お前も感じたか? デカい力を」
「はい。感じました。でも、“静の闘気”で調べても、ユウトくんだったとは思わなかったので――」
「まあ、そうだろうな。俺らも同じだ」
「ユウトくんはどんどん先に進んじゃいましたね」
ヨーイチはユウトが遙かな先に進んでしまったのを実感させられてしまった。
一方、ヤマトはルラキから戦況がどうなってるのかを聞いていた。
「そうか。戦況は、こちらが優勢か」
「はい。“七厄”も“三災厄王”が倒れた今、残るは――」
「うん。残るはクソ親父だけか」
上を見上げるヤマト。ルラキも彼女に乗じて、上を見上げる。
戦いが佳境に向かっているのだと実感する。
その後、鉄檻の中で睨み続ける少年と怖がる少女にユウトが施しの精神で食べ物を恵んだが、少年が“いらない”と断固拒否する。
だが、ユウトは少年の心に突き刺さる言葉を投げる。
「腹が減ったままじゃあ、守れる者も守れない。彼女を守りたいのなら、お前は生き続けなければならない。彼女より先に死んで、守れましたでお前が納得するか?」
ユウトの言葉が正しく、経験している人として、生きることの重要性。守ることへの重要性を諭らせた。
ユウトの言葉を真摯に受け止めた少年はユウトにだけ、殺気を向けることは止め、少女とともに恵んでくれた食べ物にありついた。
恵んでもらった食べ物を食べ終えたところで、ユウトが二人に提案を投げる。
「ここを出よう。そうすれば、彼女を守れるぞ」
彼の提案に少年は頷き、少女を連れて、鉄檻から出てきた。
ユウトに言われて、出てきた二人。
グレンたちからしたら、ユウトの施しの精神には感心せざるを得ない。
「ユウトの言葉には、あのガキ共もついてくるな」
「ユウトくんは人を惹きつける? 人に好かれやすい魅力でもあるのかな?」
同じ隊にいるのに、ヨーイチでも、ユウトの人懐っこさに首を傾げた。
彼らが疑問を感じてる中、キララはクスクスと笑いが込み上げてきた。
「やはり、ユウトは大英雄になれる素質がある」
「大英雄?」
「大英雄って、この国で言うところの三神のこと?」
「そう。これは千年前の基準だけど、大英雄になれる者はすべからく、人に好かれやすい魅力を持っている。もちろん、人を惹きつける魅力を持っている。そして、共通するのが、誰もが想像し得ないことを平気でやり遂げてしまうこと」
「誰もが想像し得ないことを平気でやり遂げてしまう?」
「そう。伝説になったリヒトたちも奇想天外な考えをもち、それを死ぬまで成し遂げた偉人。高貴な身分であっても、民のために生きる希望を与える施しの精神。我を通すだけの心の強さ。そして、他を圧倒する武威。これらを持つ者が伝説として歴史に語りつがれた」
「ユウトには、それらの特徴が当てはまるのか?」
「うん。ユウトくん、バカだよ」
グレンとヨーイチの目から見ても、ユウトはバカであるというのが共通認識だ。
「あら、奇想天外な考えの持ち主はすべからく、バカよ。でも、言ったでしょう。死ぬまでやり通した。私は好きだけど、バカなことに最後まで貫き通す彼らを――」
キララはそう言って、痩せこけている異種族の子供たちに腹を満たす食べ物を恵んであげた。
長く生きている人生経験を持つ彼女の言葉には重みがあり、どのような時代になっても、バカな考えを持つ人がいることを知った。
グレンとヨーイチはユウトを見て、こう思った。
(ユウトを見捨てれない時点で――)
(僕らもバカかな――)
開き直ることにした。
ヤマトとルラキもズィルバーのバカっぽいところを思いだし、そんな彼に慕っている“自分たちもバカなんだろうな”と認めざるを得なかった。
おまけに――。
(そんなバカに惚れ込んでる僕やノウェムも変わり者だね)
フッとほんの少し、口角を上げ、顔が柔らかくなった。
と、そこに――。
「ヤマト! ルラキ!」
部屋を明るく照らし、シューテルたちがこちらへ走ってきていた。
「シューテル!」
「シューテルさん!」
ヤマトとルラキもシューテルの声に気づき、声をあげた。
グレンたちもシューテルたちが来たことに気づき、振り向いた。
「ゾロゾロと来たな」
「ほんとだね。でも、彼らを連れて行くか考えていたから困っていたのは事実だけど」
「まあな」
シンは鉄檻から解放され、食べ物を食べてる孤児たちを見て、そう呟いた。
「よし。お前ら、さっさとガキ共を連れて、ここを出るぞ!」
グレンの号令に全員、頷き、退散することにした。
グレンの号令で退散を始める皆、二十人以上もいる孤児たちをシューテルが鉄檻を斬って底板に孤児たちを乗せる。
全員乗せたところで、シズカとベラが魔法で浮かせた。
そして、魔法を維持しながら、彼らは走りだした。
キララはシズカとベラの魔法の扱い方に感心した。
(今の時代、魔術を扱いが上手な耳長族もいるんだな)
「千年の変化は面白そうだ」
小声でボソボソと呟いたが、誰の耳にも聞こえなかった。
走っている最中、各戦況の状況確認を行った。
「そちらの戦況はセフィラから聞いています。ティアたちが勝ったと……」
シューテルの口からティア殿下とハルナ殿下、シノアの三人が“炎王”センを倒したと知ったユウトは思わず笑みを浮かべてしまう。
(勝ったんだな、シノア)
ユウトが微笑んでるのをヨーイチは首を傾げた。
「ユウトくん。どうしたの?」
「なに、嬉しそうにしてるんだ?」
グレンも訝しげに訊ねた。
「え? いや、シノアたちが勝ててよかったなって……」
若干、テンパりながらもユウトはシノアの勝利を喜んだ。
「「…………」」
グレンとヨーイチはユウトの答え方に納得はするも、目を細め、疑り深い視線を向けた。
だが、サユユ、シグミあたりはユウトが抱いてる感情を機敏に感じとり、ニマニマと含み笑いをしていた。
「そちらの幹部は大丈夫か?」
「カインズとダンストン。あと、親衛隊のシーホっていう少年の治療はあらかた終わったわ。部下が前もって、応急処置をしてもらったおかげで一命は食い止めた」
「こっちもクルーウたちに任せた。お前らが治療薬を持ってきてくれて助かった。どうやっても、クルーウたちも限界だったからな。ナルスリーとミバルも無事だ」
シューテルとシズカの話を聞いて、ヨーイチはほっと胸を撫で下ろす。
「シーホくんとミバルさんも無事でよかった」
「そうだな」
ユウトも同じ隊のメンバーが無事で安堵した。
「委員長も相当な重傷。今はレイン様に治癒されているところです」
「ズィルバーもいっぱいいっぱいか」
セフィラの報告でズィルバーも疲弊しきっているのを知るシューテルたち。
「ズィルバーはやっぱりすごいな」
(さすが、俺が目指す男。負けられない)
グッと拳を握るユウト。
だが、足元がもたつき始める。
「お、おっと……」
「大丈夫、ユウトくん」
転びかけたユウトの腕を掴むヨーイチ。
「大丈夫じゃない」
力が抜け始めてるユウト。
ハアハアと息を切らし始めてる。
「限界か……」
「うるせぇな、グレン」
顔色が悪くなり始めてるユウト。
ついには、ヨーイチでも耐えきれなくなり、ユウトは倒れそうになったところで、キララがユウトを助けた。
「ここで、ツケがきたわね」
「竜魔術のか?」
「それもあるけど、左手の甲を見て」
キララに言われて、ユウトは目線を下げれば、左手の甲に光る紋章が輝いていなかった。
「光っていないが、紋章があるな」
「身体を超強化した代償で全身筋肉痛よ。一日二日はベッドで絶対安静しなさい」
「キララの加護を使ったからか?」
「主にそれね。左の加護が消えたことで、一気に負荷が襲いかかったと思いなさい」
「そ、うか……」
ガクッとそのまま気を失ったユウト。
シューテルは“地下迷宮”を制覇後、気を失ったズィルバーと同じだった。
「あいつもあいつで身体を鍛えねぇといけねぇな」
シューテルはそう言って、走り始めた。
気を失ったユウトはキララを背負って走りだすかと思いきや、ふわりと宙に浮いてついて行く。
グレンはユウトの左手の甲に刻まれし紋章を見て、キララに話しかけた。
「なぁ、ユウトの左手の甲に刻まれている紋章はなんだ?」
「言えないわね」
グレンの問いにキララは答えなかった。いや、正確に言うなら、言わなかった。
「あっ? なんでだ?」
「知れば、世界の禁忌に触れることになる。歴史の真実を知ることになる。皇族と五大公爵家の誕生を知ることになる。そして、本当の敵を知ることになる」
キララの口から語られるライヒ大帝国の闇。
語られてはいけない禁忌。知っては行けない禁忌。
ライヒ大帝国が今まで、戦い続けてきた本当の敵。
真実を知る者たちの口は固く閉ざされている。
「ただ、言えることは紋章を持つ者は選ばれし者と呼ばれ、選ばれない者と雲泥の差が生まれる。実力差にね」
「選ばれた? 精霊にか?」
「そこは言えない。知りたければ、耳長族の最長老に聞きなさい。耳長族の最高齢は二千年ぐらい生きてるから」
キララはその言葉を皮切りに先へ進んでいく。
グレンはキララの話から、ユウトとシノアは“選ばれし者”というのに枠組みされていると知った。
「チッ。知るには歴史を勉強しろってか。無理難題を吹っ掛けるものだぜ」
「考古学者も、ライヒ大帝国の歴史を知るために皇家あるいは五大公爵家の許可が必要だからね」
グレンの悪態にシンも便乗する。
「そうなのですか?」
ヨーイチが不躾ながらに訊ねる。
「そうなの。異種族の迫害も調べてはならないとされてるの。知りたければ、異種族から聞くように。って言われてるのよ」
「なんで、国はそこまで情報統制するんですか?」
「さあ、そこまでは……」
「でも……」
ヨーイチの疑問にサユユたちも分からないが、キララは知ってる。
いや、千年前の事情を知ってる者にしか知らない。
それだけが共通認識だった。
しかし、キララは話さない。理由があるはずだと、サユユたちは理解した。
と、その時――
ドゴン!!!
“魔王傭兵団”アジト全体を揺らすほどの大震動が起きた。
「なに!!?」
慌てる中、頭上の方からバカでかい“闘気”を感じとる。
「この“闘気”……」
「カズね。でも、ここまで大きくなったのは初めて……」
シズカとベラ。漆黒なる狼の誰もが驚愕してる中、キララは懐かしむように目を細める。
「やはり、先祖に似てるわね」
「え?」
「ここから、肉弾戦に入るわ」
「肉弾戦。まさか!!?」
「ええ、力でねじ伏せに来た」
キララの言葉にヤマトは動じるもシズカとベラを含む狼のメンバーは肩を落とす。
「全く、カズは……」
「なんで、バカなことをするのかしら」
あきれ果てるシズカとベラだが、言葉の裏腹にカズの勝利を信じてるのが見え隠れしていた。
キララも彼女たちの言葉の裏に気づいていて、クスッと笑みを浮かべた。
「あなたたちのリーダーは好かれてるわね」
「そりゃ、もちろん――」
『ズィルバー/カズが大帝国最強だから』
シューテルたちとシズカたちが声を揃えて、自分らの主こそが最強だと言い切る。
「あっ?」
「ん?」
急に睨み合うシューテルとシズカとベラ。
「ズィルバーこそ最強だろうが!!!」
「はあ?」
「カズこそが最強でしょう!!!」
バチバチと火花を散らし始める。
グレンたち大人は“世話がかかるガキ共だ”という胸中に抱いたが、ヨーイチが止めに入る。
「今は喧嘩してる場合じゃない。自分らのリーダーのどっちが最強なのか。そんなのこの戦いに勝てば、いくらでもできるよ?」
ヨーイチの言い分にシューテルとシズカとベラの三人は無言になり、
「確かに」
「そうね」
「一理ある」
納得したのであった。
「まあ、僕はユウトくんが最強だと思うけど」
「「「オメエ/あなたも人のこと言えねぇだろ/ないでしょ!!!」」」
オチがあった。
一方、屋上では、猛吹雪を従わせていたカズが突如、支配を止めて、床に降り立つ。
吹雪続ける極寒の中、カイは訝しげにカズを睨んだ。
「どうした、ガキ? もう諦めたのか?」
「ああ、単純な理由だ。このままズルズルやって、体力を奪わせるのは僕の主義じゃない。やはり、倒すなら――」
神槍をクルクル回し、構えた。
「――力尽くでだ!!!」
少年、カズがとった行動に、カイは
「ギョロロロロロローーーーーーーー!!!!!!」
盛大に笑いだした。
「バカだな、オメエ。俺を力尽くでぶっ飛ばすのか?」
「そう言ったんだ。同じことを二度言わせるな」
「なるほど。バカな男だ」
笑いを抑えきれないでいるカイ。
「いいだろう。叩き伏せてやる。二度と俺に勝てねぇってことを、身を以て教えてやる!!!」
地を蹴ったカイ。
棘突き金棒を振りかぶり、カズを薙ぎ払おうと繰り出した。カズも迎撃しようと地を蹴った。
「“海神――”」
バリバリと紺碧の雷を纏わせた蹴りを繰り出そうとしたが、その前にカイの金棒が繰り出され、バキッと強烈な轟音を叩きだし、吹き飛ばされる。
岩場まで吹き飛ばされたカズ。彼の頭からタラリと血を流し始めた。
それでも、カズは地を蹴って、カイに突貫する。
神槍を左手に持ち替え、紺碧の雷を纏わせた刺突で金棒を抑え込み、カイの懐に入る。
「“海神――”」
右脚に迸る紺碧の雷。蹴りが来るのがはっきりと分かっていた。
カイも蹴りを阻止するために金棒を振り下ろした。
上から圧死させるのが見えた。
だが、カズも大人しくやられる玉じゃない。頭に紺碧の雷を纏わせて、金棒に迸る雷と相殺させる。
そして――
「“――脚”!!!」
右脚の蹴りがカイの左頬に直撃し、蹴り飛ばした。
巨体をも蹴り飛ばすカズの蹴り。
やはり、カズは既に超人の域に到達していた。
バキャーンと蹴り飛ばされたカイは岩を破壊して仰向けに倒された。
パラパラと土煙が舞うもすぐさま、巨体を起こすカイ。
口から垂れる血を拭おうともせず、ニヤリと笑みを浮かべる。
「ギョロロロロロ……いい蹴りを放つじゃねぇか」
「僕は拳より、蹴りが得意でね。脚は腕の三倍の力があると聞く。槍術を扱う僕としてはうってつけのスタイルなのさ」
「なるほどな」
プッと血唾を吐きだし、金棒を両手で持つカイ。
カズも神槍をクルクル回した後、左手に持って構える。
ジリジリと距離を縮めていく両者。
「来い」
「いくぞ!」
軽い挑発に乗り、カズは地を蹴って、カイに接近する。
そこからはカズとカイによる肉弾戦が始まった。
カイの金棒と拳に、蹴りがカズを襲いかかり、彼は槍で捌いては受け流すも、身体の至るところから血を流す。
カズもカズで槍の刺突と薙ぎ払い、蹴りで迎え撃ち、カイの身体に傷を与え、血飛沫が舞う。
蹈鞴を踏み、踏みとどまるカズとカイ。
両者とともにハアハアと肩から息を吐き、血を流している。
「は、ハハハハハハハーーーーーーーー!!!!!!」
「ギョロロロロロローーーーーーーー!!!!!!」
ついには互いに笑い始めた。
血が滾り、身体が熱く、熱を発している。
だが、血を流してるせいで、冷気に晒され、急激に体温を奪っていく。
カズは左手の甲に刻まれし紋章は輝いてるが、傷ができ、血を流している。
なぜか。
理由は簡単だ。カズが意図的に治癒をしていない。
カズが欲する戦いは心が熱く、滾らせるほどの死闘。
今はそれが叶い、心が躍っているのだ。
「楽しいな!!」
「俺もだ!!」
カイもカイで楽しんでいた。
まさか、十歳を超えたばかりの少年とこれほどまでに血を滾らせ、心を躍らせる戦いができるとは思ってもいなかった。
カイも今、心が躍り、血を滾らせている。
ハアハアと荒い息を吐いてるカズとカイ。
二人とも分かっていた。
お互いに限界が近いというのを――。
ポタポタと雪原に流れ落ちる血。
真紅に染める血は吹雪く寒波の中でも真っ白に染まらず、真紅に広がり続けた。
『カズ……大丈夫?』
(大丈夫とは、程遠いな)
『正直にね。まあ、虚勢を張らないだけマシか。左手の力はどこまで持つ?』
(さあな。カイをぶっ倒すまで、僕は倒れない)
根性を見せるカズ。
レンはカズを見て、かつての主、メランを重ねる。
『先祖が先祖なら、子孫も子孫ね』
(ん?)
『何でもない。それより、闘気はどれぐらいある? 私の加護でも、傷を抑えるのは難しいわ。ここいらで仕留めないと全身筋肉痛よ』
(子供の僕が、超人じみた動きをすれば、当然と言えば、当然か)
『そういうこと。二日ぐらいは寝ることになるから考えておきなさい』
「分かった!」
カズは地を蹴って、カイへ接近する。
カイもカズの突貫に合わせて棘突き金棒を振りかぶった。
「――ッ!!?」
カズは“静の闘気”で先を見通した。
(“雷鳴撃墜”か“龍砲”……あるいは……)
カズは足に力を入れ、さらに加速させる。
加速に応じて、神槍に紺碧の雷を纏わせた。
金棒に雷が迸った。
(“雷鳴撃墜”!!?)
カズはカイが放つ技を読み、ギュッと槍を握る力を強める。
「“雷鳴撃墜”!!!」
「“氷神一閃突き”!!!」
金棒と槍の穂先が衝突する。
しかも、触れあわずにだ。
バリバリと大気を震動させ、衝撃が天にまで昇り、分厚い雪雲が一時的に吹き飛んだ。
すぐに、開けた寒空は雪雲に覆われた。
限界を迎えてもなお、カズとカイの戦いは熾烈を極め、余波だけで北海全域が雪嵐に覆われていた。
通常、分厚い雪雲に覆われている北海ですら、嵐が起きることは滅多にない。だが、カズが持つ紺碧の雷と輝きを放つ紋章の力によって、雪雲はますます分厚くなり、猛烈な吹雪で誰一人として近づけない状況になった。
建物の中にいるズィルバーたちならともかく、境界線付近で戦っているゲルトたちには危険な状況だった。
全ての狂巨人を片付けたゲルトたちは猛烈に吹雪く空を見る。
「カズ……」
ゲルトは雪嵐の中心にいるのであろうカズを心配する。
「ゲルト様。ここにいては危険です。一時退却しましょう!」
家臣の一人が進言する。
「退却? バカを言え。この状況で退却するのはまずい。皆の者、防寒具を着込み、固まるのだ。最低限の暖は取れる!」
『はっ!』
ゲルトの的確な指示に家臣らは手早く動きだし、負傷した者たちに防寒具と食べ物を与え、熱を篭もらせるようにする。
身を寄せ合い、暖を取る誰もが天を見た。
猛烈に吹雪く分厚い雪雲。
雪嵐の中心で戦ってるであろう戦いの行く末を見届けた。
神槍を振るうカズはカイの首を両断しようと斬撃を放ち、カイはそれを棘突き金棒でいなして口から息吹を放つ。
カズは紺碧の雷を纏うことで触れることなくカイの息吹を弾き、触れるもの全てを凍らせる雪を降り注がせる。
天変地異のような二人の戦いによって“魔王傭兵団”アジトは崩落し始めており、中にいるズィルバーたちも避難を余儀なくされた。
「倒れろ、カイ!!」
カズが吼えると同時に斬撃を放つ。
振り下ろされた神槍には紺碧の雷が走っており、相対するカイの金棒と衝突して幾たびかの激突が起こる。
またもや、分厚い雪雲は一時的に吹き飛び、寒空が曝け出された。
その頃、傭兵団アジト、三階にて。
ズィルバーはレインの治療を受けていた。
「あらかた、治癒はしたわ」
「ありがとう、レイン……にしても――」
「ええ」
ズィルバーとレイン。二人して、上を見上げる。
今までの戦いで限界を迎えた壁や天井が崩れ始めてる。
だが、二人が見てるのは屋上の激闘。
幾たびかの激突が起きてるところから肉弾戦になったのだと実感する。
「メランもメランでゴリ押しより、力と技術でジワジワと追い詰める戦いが好きだったな」
「こればっかりは遺伝ね。レンもレンでメランの戦い方が移っちゃってるからなんとも言えないけど」
「違いない」
クスッと笑い合うズィルバーとレイン。
一階にて。
キララに背負わされて、気を失っていたユウトが目を覚ます。
「う、うぅ~」
「起きた?」
「あ……ああ、身体中、痛いけど……」
「喋れるだけマシよ」
「そうだな……にしても――」
「ええ」
滑空するキララも上に目線を上げる。
屋上で激闘を繰り広げているカズとカイの気配を感じている。
「ジリジリと追い詰めるか。先祖に似てきたね」
「追い詰める?」
「戦い方は大きく分けて二つ。類い希なる強烈な“闘気”と魔術、精霊の加護によるゴリ押しで圧倒する戦法。“闘気”と技術で確実に追い詰める戦法。精霊にも、魔術にも属性があるのは教えたね」
「あ、ああ……炎と雷は力尽くでねじ伏せるのはうってつけだって……」
「そう。逆に水、氷、聖は使い手の技量によるものが大きい。私の竜属性もどちらかといえば、後者だ」
「俺は、ズィルバーと剣で戦いたいから、な」
「悪いことじゃない。ちゃんと自分に向いた戦い方を本能的に理解している証拠」
滑空しながら、話をするキララ。
ユウトはかろうじて保ってる意識で教えを聞いてる。
「ズィルバー、カズもそうだけど、あなたは一回動きを見せれば同じ動きをすることができる。後は、それに耐えうる下地が必要なだけ」
「帰ったら、とにかく、飯、食いたい……」
「筋力を付けて、身体を作るのが一番の近道よ」
体格によるが、無い物ねだりをしたところで、しょうがない。
小柄な血筋であるなら、致し方ない。小柄には小柄なりの戦い方を探る方が得策だ。
キララはヨーイチらにも指摘する。
「とにかく、いいものを食べて身体を作りなさい。十代に成り立てのあなたたちに必要なのは身体作り」
「は、はぁ~」
「うぅ~、確かに……」
「魔法ばかりで身体を作っていなかったのが今回ので嫌ってほど、思い知った」
シズカとベラも今回の戦いで大いに学べるものがあった。
「改善点が見つかれば、僥倖。更なる飛躍が見つかるというもの。互いに切磋琢磨し、高みへ登るがいい。見えぬ境地というのもある」
キララは教えに教える。
シューテルは走りながら、ぼやいた。
「精霊って、教えることが多いな。大半がそうなのか?」
「違う。私やレイン、レン、“五神帝”ぐらいだ。教えられるのは――。伝説の時代は“闘気”の技術が比較的高かった。私や“五神帝”はリヒトたちから学ばせてもらった。学ばされて分かったことがあった。リヒトやレイ、ヘルトを含む五大将軍は一度見た動きを模倣することができる技能を持っていた」
「便利な技能だな。ズィルバーも持ってるのか?」
「直接見たわけじゃないが、持ってる。ユウトも持ってる。ユウトは見ただけで真似たことがあった。努力次第で大きく化けるタイプ。厄介なタイプでもある」
「確かに、ズィルバーも、ティアも見ただけで真似てきやがったことがあった。イラッときたがな」
「カズとハルナも同じだったね」
「ああ、真似られてイラついた」
「確か、グレン様の動きをユウトくん真似ましたよね?」
「ああ、俺が必死で身に付けたのをユウトに真似られたときはぶっ飛ばしたくなった」
「シノアも体裁きだけは同じ口だった」
各々で真似てしまう者たちの呪詛を吐きだし、ユウトは無関心に聞いてた。
「兎にも角にも、子供たちは身体を作りなさい。作り方と鍛え方次第で、下手な精霊を扱う者より強くなれるわ」
「なるほど」
キララの教えで、シューテルたちは納得した。
キララは再度、上を見上げた。
「さて、レンの主はどこまで上り詰めるか?」
「カズは……勝つ、さ……」
ユウトは最後にそう言って、再び、眠りについた。
屋上に場面を戻す。
曝け出された寒空も再び、分厚い雪雲が集まり、猛烈な吹雪が降り注いだ。
雪に触れないように“闘気”を纏わせ、回避するカイにカズが攻勢に出る。
紺碧の雷と魔力が出てから、カズは潜在能力を十全に引きだしているが、それでも経験値の差を埋めることができない。
通常ならば――。
カズは既にメランの元で、力の扱い方を学ばされた。
よって、カイを倒せるだけの力を既に持っていた。
「――ッ!!」
カズの背後に“闘気”と冷気で生み出した氷の槍。
“闘気”で作られてるため、一本一本に“闘気”が纏っており、紺碧の雷が帯びる。
「いけ!!」
弾丸のように打ち出されるそれらをカイは時に回避し、時に金棒で打ち払った。
その間にカイとの距離を詰め、神槍に纏った紺碧の雷をカイの金棒に衝突させつつ、至近距離で蹴りを叩き込んだ。
「ぐっ……!」
直後、カイの顔面めがけて蹴りが振るわれる。
カイは間一髪で回避し、拳を握り痕で反撃に出た。
槍では至近距離の対応ができないだろうという判断してのことだ。
カズは僅かに余裕を持って回避し、カイの右脇腹に足を添える。
「喰らえ、“海神気脚”!!!」
打撃ではなく、脚から放たれる“闘気”と紺碧の魔力による衝撃波がカイを襲った。
「ブッ……」
(い、今のは……)
不意の一撃にカイは思わず目を見開く。
“闘気”を放出することで相手の体内を撃ち抜く技術。
扱える者が少ない技術だが、カイには心当たりがあった。
ゲルトの戦い方だ。
カイはカズを見て、ゲルトの面影を感じたので、咄嗟に距離を取るが、カズはすかさず、距離を大きく詰め込んだ。
右手に神槍を持ち、左足でカイの頬を蹴りつけた。
「――それは、ゲルトの戦い方だぞ。どこで身に付けた!!!」
“教団”時代にゲルトと死闘して覚えた戦い方だ。
カズが知るはずもない。
「一度、父さんと稽古したときに見て覚えた。それだけだ」
「見て覚えた、だと?」
(それだけで戦い方を真似たというのか……)
「技術は所詮、技術。使い手次第で強くも弱くもなる。それは、お前も知ってることだろう」
地を蹴って、カズは攻勢に出た。
カイも一度、息を吐いてから迎え撃った。
「来やがれ、ガキ!!!」
戦いは数十分に及ぶ。
限界が来てるというのに、ギラギラと殺意を漲らせて戦い続けてた。
「う、うぅ~ん」
目を覚ましたハルナ殿下。
彼女は起き上がれば、ティア殿下とシノアも目を覚ます。
親衛隊女性団員に治療を施され、起き上がれるぐらいには回復した。
周囲を見渡せば、誰もが屋上で戦ってるカズとカイの戦いを見ていた。
「……ゲルトさん。カズは?」
「ん? おお、ハルナ殿下。目を覚ましたか。カズのことは分からん。我々もどうなるのか分からんのだ」
「そうですか」
ハルナ殿下はシズカに戦いを眺めてた。
天変地異とも呼べる両者の戦い。
ティア殿下とハルナ殿下、シノアの三人は“静の闘気”を使用して、状況を把握する。
「状況はカズに有利ね」
「ズィルバーも勝ったのね」
「ユウトさんも勝ったようです」
彼女たちは安堵した。
自分らが好いてる人が無事だという事実に――。
「残るはカズだけ。カズが勝つことを信じてるけど……」
「勝負の世界に信頼と勝敗は別物よ。盲目的に信じるのは邪道ね」
「そうですね。相手が“魔王”カイなら話が一気に難しくなる。絶対に勝つと言ってますが――」
「男が言ったら、勝つでしょうけど――」
「一対一で戦うと言っちゃったから割り込めませんし」
ハアと三人同時に溜息をつく彼女たち。
「「「どうして、ここぞという勝負所に強いのでしょう」」」
『…………』
彼女たちが抱いてるのとゲルトたちが抱いてるのが違った。
(どう考えたら、そんなことが言える。普通、逆だろう)
ゲルトたちは逆の考えをしていた。
普通、割り込むか止めてでも生き残る方を選ぶ。
だが、ティア殿下とハルナ殿下、シノアの三人の考えは端っから勝利するのを前提に口にしてる。そこら辺で思考が異なっていた。
『――ッ!!』
そして、決着を迎えるかのように“闘気”の爆発を感じとった。
「喰らいやがれ、“煉獄火炎”!!!」
カイの口から放たれた高熱のブレス。だが、炎の色が漆黒だった。
カズは見ただけでわかる。
(魔力を炎に変え、“動の闘気”を注ぎ込んだもの。まともに食らえば死ぬのは明白だ)
『カズ!!』
「分かってる! こんなのもので、僕は死なない!!」
地を蹴って、高熱のブレスがカズへと向かう。
それを、カズは神槍で受け止めた。
「熱いけど、我慢しろよ」
『誰にものを言っているの?』
あんなものをまともに受け止めてしまえば、莫大な魔力に押し潰される。
実際、受け止めたカズの左腕は炎の一撃で焼け焦げている。このまま受け続ければ、身体へのダメージも計り知れない。
しかし、突如として、左手の甲に刻まれし紋章がさらに輝きだし、焼け焦げた左腕がみるみる治癒していく。
そして、カズは常人では考えつかないことをしでかした。
(頭の中で描いた錬成陣を発動。二つの異なる属性を同時に扱う)
『か、カズ?』
(まずは――炎を……)
カズは受け止める高熱のブレスの対処に動いた。
「“闘気”も使い方次第だというのなら――」
――炎を受け止め、留めて返す。絶技。斬るのではなく、受け止め返す“炎返し”。
カイの炎を受け止めたカズは神槍に押しとどめ、自らの“闘気”と紺碧の魔力で無理やり制御下に置いた。
放射状に放たれたカズの炎は受け止めたカイの両腕を焼き、想定外の反撃を喰らったカイを驚愕させた。
「受け止め、返しただと……? マジで、あり得ねぇことをしやがった……」
修羅場を潜った経験はカイの方が上だ。
にもかかわらず、カズがしたことに驚愕を禁じ得ない。
思わず、笑い声を上げてしまった。
「ギョロロロロロ!!! 面白ぇ!!! 今までの激闘の中で最強の敵だ!!!」
「御託はいい。いくぞ」
カズは炎を受け止めた神槍には未だに炎がたちこもっており、さらに、吹雪を掴んで、全ての冷気が神槍に収束していく。
炎と氷。
相反する属性がせめぎ合いながらも共存する。
カズはその場で跳躍し、空中で投擲体勢に入った。
「いくぞ、レン!!!」
『ええ、ライヒ大帝国、最強の矛を見せようじゃない!!!』
カズには既に見えていた。全ての因果を貫くカイの心臓が――。
「我が最強の一撃――“全てを射貫く氷炎の槍”!!!」
紺碧の雷と吹雪、高熱の炎の全てを纏わせた神槍がカイめがけて投擲された。
投擲された槍に、カイは口から放たれた高熱のブレスで盾にして、溶かそうとする。
槍は炎に呑み込まれた。
鼻で笑うカイ。だが、槍は炎すら貫き、カイへと突き進む。
「なにッ!!?」
カイは炎を霧散させた槍に驚愕を禁じ得ない。
(なぜ、軽々と炎を貫いた!!?)
今までにない経験。
槍の投擲速度は凄まじく、カイの心臓を貫こうと伸びていく。
カイは今までに感じたことがない危機感を覚えた。
カズが投擲したのをズィルバーとユウトが気づいた。
気を失ったユウトもカズが投擲したのを、“闘気”で感じとり、強制的に目を覚ました。
「今……」
「投擲した……」
位置が違っても二人の言葉が繋がってた。
レインとキララも使い手の言葉を聞いて、まさか、と上を見上げる。
「まさか――」
「レンの加護を使ったのか」
レインとキララ。
二人の大精霊ですら、レンの加護を使い、投擲されたのが分かった。
彼女たちは今でも覚えている。
千年前、精霊剣“神槍”の加護を使って、投擲したメランの姿。
全てのものを貫いた最強の矛。
堅牢鉄壁の城壁や要塞も打ち崩した伝説を残した大英雄メラン。
その槍の投擲が今、復活した。
いかなる防御を貫き、回避不能の最強の一撃が――。
滑空しながらも屋上の様子が手に取るように分かるユウトとキララ。
脱出に急ぐズィルバーとレインも手に取るように分かる。
「まさか、千年ぶりに最強の矛が感じとるとは……」
「最強の矛?」
キララの呟きにゴシシが聞き返す。
「レンの精霊武装、“神槍”の投擲。いかなる防御すら貫き、回避すらもできず、標的を必ず貫く最強の一撃」
「防御も、回避も……不可能だと――」
「そんなデタラメが合ってたまるか!?」
ミートが思わず、叫んでしまう。
「そのデタラメが通る。神槍は因果を断ち切り、貫く加護がある。その加護は神穿。全ての因果、仮定を捨て去り、必ず貫く結果だけが残る。故に、神槍の投擲したメランは世界最強の一撃と言わしめた」
「恐ろしいな」
「全ての因果、仮定を無視して貫く槍……」
「防御不能、回避不能の投擲に、どう対抗すればいいのよ」
顔を青ざめるグレンたち。対抗策の撃ちようがないが思い至る中、ユウトは至極真っ当な言葉を言い放つ。
「簡単だよ。力には力でねじ伏せるだけだろう」
『それが難しいんだって言ってるんだろ!!!』
真っ当な言葉を言ってるが、グレンたちは声を揃えて言い返す。
「いや、ユウトの言うとおりで、力でねじ伏せるしかない。実際、ヘルトも神槍の投擲を、聖剣で迎え撃って相殺させた。あながち、間違っていない」
『…………』
キララの脳筋思考の説明にグレンたちは言葉が出ずにいた。
シューテルたちはなにを今更感があったが、そこは無視しよう。
言えることは一つ。
「とりあえず、カズには最強の一撃があるというわけね」
「それを聞けただけ収穫よ」
「ズィルバーも最強の一撃を持ってるなら、問題ねぇよ。そうでもなきゃ、自信は持てねぇよ」
逞しい考えをしていた。
いや、信じ切ってるからこその言葉でもある。
捕虜から解放された子供たちもカイと対等に戦ってるカズの存在を聞き、心を躍らせ、目を輝かせていた。
しかも、ヒソヒソと話していた。
「あの怪物がやられるの?」
「――信じられない」
「でも――」
彼らの話に聞き耳を立てるシズカとベラ。
自分らのリーダーが褒められると、つい嬉しくなってしまった。
シューテルとヤマト、ルラキもズィルバーの知名度の向上を聞くと嬉しくなるのと同じであった。
凄まじい速度で迫り来る神槍。
死を予感するカイ。
(あの槍を叩き落とさねぇと俺が死ぬ!!?)
危機感を抱いたカイは棘突き金棒に“動の闘気”を纏わせ、渾身の一撃となって迎え撃つ。
「“雷鳴撃墜”!!!」
叩き折るように振り下ろされた金棒と槍が衝突する。
強烈な衝撃波と雷がビリビリと大気を震動させる。
力と力のぶつかり合い。押し合っている。
だが、決着を迎えた。
ビキビキと、金棒に亀裂が入り始める。
「なにッ!!? 俺の金棒に亀裂が入っただと!!?」
「貫けぇええええええーーーーーーーー!!!」
亀裂が広がっていき、ついには――。
バガン
砕かれ、槍は硬すぎる竜鱗諸共、心臓を貫いた。
「――ッ!!?」
ゴボッと盛大に血を吐き出すカイ。
貫いた一撃の余波は身体ごとを貫き、延長線上にある山脈すらも貫き、ハルナ殿下の目の前で停止した。
「…………」
いきなりのことで、呆然とする彼女。
槍は意志を持って動きだし、カズのもとへ戻っていく。
地に降り立ったカズ。彼の手に戻ってくる神槍。
カズは槍が手元に戻ってきたのと同時にクルクルと回した後、構えることもなく静止した。
雪煙が晴れれば、胸をポッカリと風穴が開けられたカイ。
「が、キィイイイイイイーーーーーーーー!!?」
心臓を穿たれてもなお、カイは金棒を振り上げ、カズを仕留めようとする。
だが――
「これで終わりだ」
地を蹴って、カイに詰め寄り、宙へと舞い上がる。
紺碧の雷を纏わせた右脚をカイの頭に叩きつけた。
「“海震爆裂脚”!!!」
踵落としがカイの頭に叩き込まれ、地に叩きつけられた。
叩きつけられた衝撃で床が砕かれ、崩れ落ちる。
崩れ落ちる床とともにカイも落ちていった。
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