英雄。アキレスとの因縁を付ける。
ユウトの呆気ない声にずっこけそうになるグレン。
「気合いが抜ける声を出すな、ガキ」
「やっぱ、グレンだ。俺のことをガキ呼ばわりするのはグレンしかいない」
「それを判断基準にするな!!? っつうか、勝ったのか?」
「ああ!」
グレンの問いにユウトはニッと笑顔を浮かべて答えた。
彼はユウトの手に握られている槍を見て、察したようだ。
「そうか」
フッと口角を上げた。
「なあ、ヨーイチの所に向かっていたのか?」
ユウトはグレンにどこへ向かっていたのかを訊ねた。
「なんで、分かった?」
眉を顰めつつ、訊ねるグレン。
「え? “静の闘気”で把握しただけだけど」
ユウトは至極当然。当たり前のように言えば、グレンたちはゾクッと背筋を凍らせる。
(おいおい、どんだけ強くなっていやがる)
(通常、“静の闘気”による気配探知は使用者の鍛錬度合いで広くなり、深くなる)
(ユウトくんは既に実力だったら、将官クラス……)
ゴクッと息を呑むグレンたちだが、ルラキだけは、ふーんと目を細めていた。
(あれが、委員長と副委員長、“四剣将”の彼らが一目を置かせるユウト。確かに、おそらく、実力は委員長と同等。侮れないわね)
ルラキは今もなお漲る“闘気”の度合いからユウトの実力を直感的に把握する。
(まあ、でも、強い奴は力を隠すのが定石。彼は今、力の隠し方が下手なだけね)
「とりあえず、急ぎましょう」
「お、おお……そうだな」
「場所は分かってるの?」
「もちろんです。私は“静の闘気”をそれなりに極めてるから」
「やっぱ、ズィルバーのところは質が高いな。グレンと渡り合えるんだろ?」
「ッ!!?」
ルラキはユウトにそこまで読まれるとは思っておらず、ゾワッと鳥肌を立たせた。
(そこまで読まれるとは……)
「やっぱ、侮れないわね」
彼女は吐き捨てて、走りだした。
「さっさと行くわよ」
「お、おう」
ルラキに続く形でグレンたちは走りだした。
ユウトもついて行く中、懐に忍ばせてた小竜ことキララを肩に乗せる。
キララは小竜のまま、毛繕いをしていた。
(なあ、キララ)
『なに?』
(あの、ヘクトルって奴……お前の知り合いだったようだけど、どこで知り合ったんだ?)
『あまり、話したくないけど。触り程度なら教えてあげる。ヘクトル・S・イリアス。知将にして、名将。名将にして、大英雄。ヘルトとの智謀の末に敗北させた男。“闘気”の練度も尋常じゃないわ。実際、戦ったあなたなら、そのすごさが実感できるでしょう』
(まあ、な)
『だけど、そいつもアキレスとの一騎討ちで戦死したって聞いてるわ』
(そっか。ん? アキレスってだれ?)
『上でズィルバーって少年が戦ってる相手よ。強いけど、心配?』
(全然。ズィルバーが勝つよ)
『あら、随分と信用してるのね』
(敵だけど、ズィルバー。未だに力を隠してたそうだし)
ユウトはズィルバーが喧嘩の際、手を抜いていたのを気づいていた。
いつか、その鼻を明かしてやると意気込んでいた。
(前の俺だったら、ズィルバーが手を抜いてたか分からなかったけど、今なら、わかる。あいつは俺よりも強い。そして、距離が縮まりつつあることも)
ユウトは自分とズィルバーとの距離を正確に把握し、所定圏内なのを実感する。
『じゃあ、とりあえず、左手の甲に刻まれた力を自在に扱いこなさないとね』
(うーん。このちからはすごいけど……そうだよな。ズィルバーは十全に扱いこなしてたよな)
『ここから先の道が険しいだけで、コツさえ掴めば、一気にステップアップできるから自分を信じなさい』
(ああ、頼りにしてるぞ、キララ)
『任せなさい』
と、ユウトとキララで脳内会話をしてる中、サユユやシグミ、ミートはユウトの肩に乗ってる白銀の小竜が気になってしょうがなかった。
“魔王傭兵団”アジトの三階で死闘を繰り広げているズィルバーとアキレスの二人。
「“疾風なる槍”!!!」
「“不滅なる護神の槍”!!!」
二つの突き技がぶつかり合い、凄まじき衝撃波が爆散し、辺り一帯を破壊し尽くす。
壁が崩れ、床が崩落し始めている。
ズンッ、ズンッと地響きが発生し、ガラガラと瓦礫が落ち始めた。
大フロアでも、地響きが耳垢をくすぐるのを分かっており、まずい状況なのがはっきりと分からされる。
「やるじゃねぇか、俺の刺突に真っ向から挑むとは!!」
「これ以外の方法を俺は知らん!!」
「そうかよ」
アキレスは再び、刺突の構えをする。
「だったら、こいつも真っ向から挑んでみろ。“連続なる疾風突き”!!!」
“疾風なる槍”の連続突き。
烈風を伴わせた連続の刺突がズィルバーに迫る中、彼は“あっ”と、今更ながら、躱す方法があったのを思いだす。
「悪いな。躱す方法があったわ」
ズィルバーは心を静め、“静の闘気”を身体に纏わせた。
徐々にズィルバーの瞳に映る刺突がスローモーションに見えてきた。
荒々しい連続の刺突に対し、ズィルバーは滑らかかつしなやかな動きで躱してしまった。
しかも、必要最小限の動きだけで躱しきった。
「ッ!!?」
アキレスもズィルバーの動きに目を見張るも、見覚えのある技だった。
連続の刺突を止め、自然体になる。
「そういや、お前さんには、そんな技があったな。“流桜空剣界”って技を……」
「元より、この技はキミのような敵を相手にしたときに、編み出した技だ」
「確かに、俺の攻撃の全てが強力かつ速いからな。それを躱すには必要最小限の動きかつミリメル単位で見切らないといけない。極限の状況下で、こんなの編み出したお前さんの考えは俺でさえ、いかれてると思ったよ」
「褒め言葉ともらっておこう」
「褒めていないがな。まあいい。じゃあ、こいつでいかせてもらおうか」
アキレスは“闘気”を槍に大きく纏わせ、刺突の構えをする。
ズィルバーは目を細め、何をするのか察した。
「なるほど」
“静の闘気”による先読みでアキレスがすることを読み切った。
「こいつなら躱せまい!!! “気流なる疾風突き”!!!」
“動の闘気”を大きく纏わせた刺突。
しかも、アキレスの脚の速さが合わさり、常識外の威力へと昇華する。
「躱す気などない。受けなければいい」
ズィルバーは左手を掲げ、尋常ならざる刺突を受けにかかる。
「笑止。オメエの“動の闘気”で受け止めると思うな!!!」
「“闘気”とは、力とは……使い方次第だよ。アキレス」
バリバリと空色の雷が、魔力が左手に帯びる。
「我が盾は不滅の盾なり。我が手は多くの仲間を守りし最強の盾なり――“砕けない、最強の守り”!!!」
“動の闘気”と空色の魔力から生み出される巨大な盾。
大いなる翼に、剣と槍が重なり、華冠を守る紋様が描かれた大盾。
刺突してくる槍と大盾が衝突する。
衝突によって生まれる衝撃波が壁や床を破壊し、崩落を加速させる。
「貫け!!!」
足に力を入れ、さらに加速させるアキレス。
しかし、大盾に罅が入るどころか、さらに力が増し、弾き返そうとしている。
「無駄だ。この盾を打ち破れるにあらず。この盾は何がなんでも守り通す俺の意志!!! 俺の意志はたとえ、何があろうと守り抜く盾だ!!! アキレス。キミ如きに貫けると思うな!!!」
互いに吼え、力を出す。
貫こうとする槍と守り抜こうとする盾。
まさに、矛と盾の対決であった。
拮抗するかと思いきや、ググッと押し返され始めたアキレス。
「ッ!!? なに!!?」
(バカな、俺の槍が押し返され始めた。なぜだ、奴の盾は綻ぶどころか綺麗で在り続ける。なぜだ、俺もあいつも人を斬り、殺し続けた。なのに、なぜ、この盾は綺麗なんだ。なぜ、あいつは純粋で在り続けれるんだ!!?)
未だに大盾が綻ばないことに動揺を禁じ得ないアキレス。
「どうした? “闘気”に綻びが見えるぞ。疑ったな。自分の力に……ならば、キミは俺に勝てない!!!」
「なにッ!!?」
「この盾はいかなる攻撃でも突き破れず、打ち砕かれない。そして、全ての攻撃を弾き返す力を持つ」
「なっ!!?」
(まさか!!?)
「キミの攻撃の全ては、この盾に吸収された。だから、返してあげるよ。自ら込めた力を受けるがいい!!! 弾き返せ――」
「チィッ!!?」
アキレスは咄嗟に力を抜き、地を蹴り、距離を取ろうとする。
だが、ガクンと体勢を崩す。
(ば、バランスが……)
「なぜ!!?」
驚くも、視線を下に転じれば、彼の首に巻くマフラーを左足で踏んでいたズィルバー。
バリバリと空色の雷が帯びる左手をアキレスの胴体に照準を合わせる。
合わせた手を胴体に触れる。
「弾き返せ――“守護神の大盾”!!!」
触れた胴体から直接体内に叩き込まれる衝撃波。
「ブフッ!!?」
口から喀血し、白目を剝き、意識が飛びかける。
ズィルバーは追撃をかけようとするも“静の闘気”で先を読み、反撃が来るのが分かったので、身体の力を抜いて、すぐさま、距離を取った。
「……ッ……」
距離を取ったズィルバー。だが、左腕から激痛が脳髄に鋭く叩き込まれる。
左腕を見れば、青く腫れ上がっていた。
「チッ」
ズィルバーの脳裏に先の光景がフラッシュバックする。
衝撃波を叩き込んだ際、反射的に右拳を叩きこんだ。
(さすが、アキレスだな。あの一瞬で叩き込めるだけの速さ。“静の闘気”の反応を超えたか……)
冷静に分析し、判断する彼だが、すぐにレインの加護と右手の紋章の力で治癒される。
指を開いたり閉じたりを繰り返し、状態を確認したところで、アキレスの方に振り向く
。
ハアハアと荒い息を吐き、咳き込む形で血を吐く。
脂汗を流しながら、アキレスはズィルバーを睨みつける。
「今のは……守護神の大盾。聞いたことがないぞ。お前がそれを使えるのを……」
「知らなくて当然。“守護神の大盾”はキミが死んだ後に修得した技。そして、身内にしか明かしていない技でもある」
「なるほど。そりゃ、知らねぇわけだ」
ゴホッと血反吐を吐くアキレス。
(まずい。内臓のダメージが大きいな)
「“闘気”は使い方次第、だが……俺たちのような選ばれし者は、最後に、ろくな最後を迎えたものだ」
「確かに俺たちの最期なんて呆気ないものだろう。だが、受け継がれていくものがある」
ズィルバーの脳裏に過ぎるのはレイの意志を受け継ぐティア殿下の姿。
かつての友の面影を感じる新たな友人たち。
「だからこそ、俺は、意志を受け継ぎ、終わらせなければいけないのだ!!!」
ズィルバーの力強き言葉に納得せざるを得れないアキレス。
「確かに、意志は受け継がれていく……俺は、たとえ、心臓が潰されても、最期まで、生き様を貫き通す。それが、アキレスという男の生き様だ!!!」
地を蹴って、刺突の構えをするアキレス。
「“疾風なる槍”!!!」
烈風を伴わせた刺突が直撃する。
ズィルバーは聖剣で受け止めるも衝撃までは殺しきれることができず、ブッと血を垂らした。
そして、アキレスから放たれる“闘気”の根幹をはっきりと分からされる。
「こいつ……」
(決死の覚悟か)
『厄介なことになったわね』
(ああ、久しぶりに感じたぜ。寒気を思わせる“闘気”は――)
足で踏ん張ることができず、衝撃で弾き飛ばされた。
衝撃で弾き飛ばされたズィルバー。
勢いで身動きが取れないけれども、足に力を入れ、床に設置する形で踏ん張らせる。
足を床に付けたことで勢いが減衰していき、徐々に弱まってきたところで、身体を起こすズィルバー。
だが、そこにアキレスが追撃を仕掛けてきた。
「“疾風なる槍”!!!」
加速しながら刺突してくるアキレス。
ズィルバーはまたもや、聖剣で受け止めにかかる。
“動の闘気”と空色の雷を纏わせて――。
次は受け止め、衝撃すらも受け止めたズィルバー。
数歩、蹈鞴を踏む形にはなったが、受け止めたことに成功した。
しかも、触れずに槍を弾き返す。
ここで、反撃を仕掛けずに、距離を取るのが、普通だが、ズィルバーはあえて、追撃が来るにも関わらず、反撃に転じた。
槍を弾いた際、反動を利用して、刺突の構えに入る。
「“不滅なる護神の槍”!!!」
剣の鋒がアキレスの身体に衝撃波となって叩き込まれる。
「ブフッ!!?」
血を吹き出し、蹈鞴を踏むアキレス。
反撃に転じることができたズィルバーは、やはりという顔になる。
(やはり、決死の覚悟を抱くと防御に割く“闘気”が著しく減少する)
『決死ってのは、寒気を襲わせるも、その実は一種の“狂乱化”状態に等しい。攻撃に“闘気”を割いてしまうから防御力が著しく低下する』
(そこに、強烈な一撃を叩き込めれば、自ずとこうなるのだが――)
「アキレスともあろう大英雄が、決死を抱くとはどういう理由だい? 俺に尋常なる勝負を申し込んでおいて、その体たらくとは、随分と弱ったものだな。アキレス?」
蹈鞴を踏んで、数歩、退いてしまったアキレス。
彼はプッと血唾を吐いて、喋り始めた。
「はっ……未練がましいんだよ。俺は……」
「未練、だと?」
「決死の覚悟を抱いて、お前を殺すために、俺は……復活した。白黒をつけたかった……」
「なるほど」
(うすうす、勘付いてはいたが、あそこまで追い詰めていたのか、アキレス)
「お前さんが尋常なる勝負を申し込んでくれたことに感謝してるんだ。これで、安心して、くたばれるからな」
「そうか。先の質問は失礼した。キミの誇りを汚してしまったようだ」
ズィルバーは非礼を込めた謝罪をしつつ、刺突の構えをする。
聖剣に“動の闘気”と空色の雷が纏っていく。
「ならば、非礼の一撃を受けてもらおうか」
「言葉と動きが違うぜ」
「それを言ったら、お終いだ。“不滅なる護神の槍”!!!」
剣の刺突がアキレスに襲いかかる。
アキレスは足に力を入れて、回避しようとするも、胴体と土手っ腹に叩き込まれた一撃が身体を走り、ゴフッと血を吐きだす。
迫り来る剣を前に、アキレスは判断した。
(腕を捨てるか)
腕を捨てる形で回避し、剣の鋒と刃が左腕の筋肉と腱を斬り裂いた。
ブシャッと鮮血が舞う。
だらりと左腕が力なく垂れ下がっていた。
ハアハアと肩から息を吐いてるアキレス。
脂汗も垂れ流しており、相当な激痛が身体を走ったのかが見てとれる。
「左腕は使えなくなったけど、どうする?」
「使えなくなった? 俺に向かって、その言葉はないんじゃねぇか」
“動の闘気”を左腕に纏わせて、無理やり動かせる。
「そうだった。“闘気”とは使い方次第だって、さっき、俺が言ったな。“動の闘気”を纏わせ、筋肉と腱、神経を無理やり繋げさせ、動かせる手法は確かにあったね」
「そうだ。腕が使えなくなるのは、骨がボキボキに砕けたときだけだ!!!」
アキレスの力強き発言と気迫にズィルバーは僅かに鳥肌を立たせた。
(うわぁ~、僅かに鳥肌が立った。やはり、決死の相手はキツイ)
『泣き言を言わない』
(言うかよ。俺には待ってる人間がいるからね)
ズィルバーの脳裏に過ぎるのは、ティア殿下の顔。
『そうね。愛する人が待ってるんだから。負けられないのよね』
(そういうこと。だから、さっさと――)
ケリを付けようと思い至ったとき、突如、ズィルバーの身体に異変が起きた。
ドクンッ!!
「ッ!!?」
(この脈動……まさか――)
ズィルバーは自分の胸を触り、異変に気づく。
息が荒くなり、汗を流し始める。
そして、自身の身体を触ったことで、ようやく、異変の原因が分かった。
(僅かに膨らんでた胸がなくなってる)
「チッ、このタイミングかよ……」
思わず、悪態を吐き散らすズィルバー。
これには、レインも――。
『うそでしょう、月齢期じゃないはずだけど、どうして!!?』
動揺を禁じ得なかった。
だが、僅かな動揺が隙を与えることに繋がり――
「ここで、隙を見せるとは……随分と余裕じゃねぇか!!!」
アキレスの蹴りがズィルバーの土手っ腹に突き刺さった。
「ッ!!?」
激痛が身体に浸透し、血が逆流し、ゴホッと吐き出された。
蹴りを決められたズィルバーは衝撃でゴロゴロと転がっていき、床にうつ伏せで倒れ伏した。
アキレスは蹴りの感触からもろに入ったのを実感する。
「今のは、急所に当たったぜ。精霊の加護でも回復は間に合わねぇはずだ」
笑みを浮かべるアキレス。
ズィルバーは起き上がるもゲホゲホと咳き込む。
レインの加護が働いて、治癒が始まってるとはいえ、完治までは程遠い。
(まずい……もろに入った)
『ズィルバー!!? 大丈夫!!?』
心配してくるレイン。
ズィルバーは立ち上がり、口から垂れる血を拭う。
「大丈夫だ」
ハアハアと荒い息を吐きながら、問題ないと告げる。
「大丈夫なものかよ。俺の蹴りをもろに食らったんだ。その身体でも、立ってるのが精一杯は――」
ここで、アキレスにも異変が起きた。
足から来る激痛。
ただし、その激痛は凄まじく、想像を絶する痛みが、身体全身に、脳髄に叩き込まれた。
「アァァァァァアアアアアアアアアアーーーーーーーー!!!???」
呻き声を上げながら、ビキビキと身体中の血流が逆流し始める。
想像を絶する痛みに、大量の脂汗を流し始めるアキレス。
そして、自身の足を見る。
左脚の踵にくっきりと指で貫いた跡があった。
「お前……」
ギリッと歯を食いしばり、凄まじい殺意を練り上げた眼光で睨みつけるアキレス。
ズィルバーはしてやったりという面持ちで笑みを浮かべる。
「よし。これで、キミに与えられた加護が完全に消えた」
「俺が蹴りを決めたのと同時に、踵に貫手をしたな」
「ああ、俺自身もこのタイミングで異能が起きるとは思ってもいなかった。だけど、危機的状況だからこそ、異能すらも武器にすりゃいいと思っただけだ。それに、男の時と女の時で、発現する力は違うんでね!!!」
ズィルバーの叫ぶと同時に真紅の瞳を持つ左目から真紅の魔力が洩れだし、左手の甲に刻まれし紋章が真紅の雷が迸り始める。
聖剣に帯び始める真紅の雷。
アキレスはズィルバーの瞳がオッドアイだったことに今になって気づく。
「右目が蒼い瞳。左目が紅い瞳……そして、僅かな“闘気”の変化……“両性往来者”か……」
(しまった。あいつは確か――)
「ゴホッ!!?」
血を吐くアキレス。
限界が近いのを悟った。
「踵を砕かれたんだ。もう、キミの命は風前の灯火のはずだ」
「お前こそ、限界が近いんじゃないのか?」
殺意を込めた眼光で睨み続けるアキレスの挑発返しにズィルバーはニヤリと笑みを浮かべる。
「どうかな? 限界っていう壁は越えるためにあるんでね」
「青草ぇだよ!!!」
凄まじき殺意で練り上げた“闘気”が爆発したように放出する。
「お前はそんな、青草ぇことを言うんだな」
「俺は成長盛り、だからね」
不敵な微笑みを浮かべるズィルバーにアキレスはさらに“闘気”を爆発させる。
「ふざけるなぁ!! いい気になってるんじゃねぇ!! 転生して蘇ったお前が俺に勝てると思ってるのか!!」
声を荒げ、爆発した“闘気”を周囲に撒き散らすアキレス。
彼に対し、ズィルバーは平然と答えた。
「勝てると思ってるから、俺は戦いに挑んでいるんじゃない。勝たなきゃいけないから、俺は戦ってるんだ!!!」
紅い瞳から洩れる真紅の魔力が、聖剣に帯びる真紅の雷が、ズィルバーの気持ちを代弁するかのように激しく滾っていた。
だが――
「ゲホゲホ」
「ゴホゴホ」
二人同時に咳き込み、口から血を漏らした。
血の吐き具合から限界が近いのを察したズィルバーとアキレス。
「どうやら、身体の方に限界が近いみたいだな」
「ああ、そのようだ。もう躱せるだけの力なんざ残ってねぇよ。お前が踵を潰したからな」
「となれば、こっちも考えは同じだ。一撃で斬るしかなさそうだ。最後だ。一つ答えろ」
「ああ?」
「生前、キミはヘクトルの愚弟に足を射貫かれて、戦死したと聞いた。そんな未練を抱くのはなぜだ? それほどまでに“闘気”を滾らせる、この俺を殺したく殺したかったのか?」
「当たりめぇだ。これは、俺自身の贖罪。俺はいつもそうだった。大事なものを失うばかりの後悔の人生だった。だからこそ、お前と殺し合い、散り際を最高の花道で添えてんだよ!!!」
「ふーん」
(己自身の贖罪、か)
「お前こそ、散り様はどうなったんだ?」
「俺の散り様? 千年前、俺の散り様は戦死扱いだが、実のところ、戦いすぎての過労死だ。だからこそ、キミの言い分を分からなくもない」
「分からなくもないだと? ふざけるなぁ!! お前は守るべき人がいたじゃねぇか!!!」
「最終的に守るべき人を悲しませては意味がない」
(そう、俺はレイを悲しませた。レインを悲しませた。リヒトを、皆を悲しませた。だから、俺はレイの意志を受け継いだティア殿下を、命を賭して護ることこそが、レイへの贖罪なんだ)
バリバリと聖剣に帯びる真紅の雷が一際強くなった。
「守るべき人を悲しませては意味がないだと? どこまでも舐めてるのか?」
「舐めてなどいない。俺は戦いにおいて、全身全霊で挑んでいるつもりだ。それでも、舐めてるというのなら、この一撃で詫びようじゃないか!!!」
ズィルバーもアキレスに負けないほどに“闘気”を爆発させる。
紅い瞳から洩れる真紅の魔力も、剣に帯びる真紅の雷もさらに強くなった。
爆発するズィルバーの“闘気”を前にアキレスは思わず、微笑みを浮かべてしまう。
「確かに、舐めてはいねぇな」
(さすが、あの戦乱時代において、常勝無敗を誇り続けた大英雄、[戦神ヘルト]は伊達じゃねぇな)
「悪いな、その心臓穿ってやるよ!!」
「やってみな!! ぶった斬ってやる!!」
互いに武器を構えるズィルバーとアキレス。
アキレスは刺突の構え。
ズィルバーは聖剣を高く掲げる。
爆発させた“動の闘気”を互いの武器に纏わせる。
纏わせた“闘気”が徐々に形を成していく。
アキレスはユニコーン。ズィルバーは龍を従える戦乙女を形どっていた。
ズィルバーとアキレスの死闘を遠くから見ていたムサシとコジロウの二人。
二人はズィルバーとの距離を実感した。
「す、すごい……」
「あれが、ズィルバーの……」
二人はズィルバーの圧倒的な力と器の広さを実感させる。ゴクッと生唾を呑みこむ。
「“闘気”が形どってる」
「あのカイでも、あそこまで、“闘気”を極めていなかった」
「改めて、僕らの判断……ヤマトの判断が間違っていなかった」
「ヤマトの場合は、ズィルバーに惚れ込んでると思うけど」
「それは言えてる」
ムサシとコジロウは委員会内でズィルバーに惚れ込んでいる女子がいることを知ってる。
「ムサシは?」
「私はいい。ヤマトやノウェムが相手じゃあ嫌だし。なにより、ズィルバーはタイプじゃない」
「なるほど」
(ムサシはムサシなりの好みがあるのか)
コジロウはムサシの好みを片鱗だが、知ることができた。
アキレスの槍は熱が迸り、ズィルバーの剣は真紅の雷が迸る。
「駆けることを知らない疾風――“絶対なる疾風の槍”!!!」
地を蹴って駆けるわ、史上最速の槍。彗星の如く、ズィルバーの心臓を穿とうと疾駆する。
その一撃は、嵐をも従わせ、なにかも呑み込む究極の一撃を秘めていた。
対して、ズィルバーは聖剣を高く掲げる。
地を蹴ることも、駆けることもしない。
ただ、斬ることしか頭になかった。
スーハーと一回、深呼吸した後、感情を、雑念を捨て去り、心を沈めた。
“闘気”を極めに極めた者こそ、真の英雄――大英雄と呼ばれる。
千年前、戦乱時代は数多くの英雄が死に絶えた。
誰もが自分の力を、心を信じ切れず、敗北し死んでいった。
故に、己を信じ切った者こそ、大英雄になり得るのだ。
そして、大英雄と言われる者たちのほとんどが、“闘気”を極めに極めている。
“闘気”だけで、武器を形どり、代用する。制御すれば、剣でも槍の刺突すらできる。
そして、その人の個性が姿を現す。
危機的状況の中、ズィルバーは冷静だった。
心に迷いがなく、ただただ、敵を斬ることのみを考えていた。
ただし、剣に込めた想いは己の贖罪と決意であった。
「この剣は、女神に捧げる一撃。この太刀は、己に誓う一撃なり――“我流”・“帝剣龍”・“全てを捧げ女神の両断”!!!」
その一撃は、なにもかも斬り裂き、祈る究極の一撃を秘めていた。
聖剣と槍が交錯し、剣閃を結ぶ。
ガキンッ!!!
槍の穂先が砕け、アキレスの胴体に深く斬り裂いた斬撃。裂かれた傷口から夥しい量の血が飛び散った。
ズィルバーが振るった祈りの一撃は肉を裂き、骨を砕き、心臓を砕いた。
「参っ、た……ぜ」
口から血を吐き散らし、ドサッと膝をついた。
うつ伏せに倒れようとする際、虚ろになっていく瞳に映り込むは肩から息を吐いてるズィルバーの姿。
「チッ!!?」
(清々しいまでの、敗北、だ……ああ、もう思い残すこともない……)
「戦っ、てくれ…て、感謝…するぜ……――――」
アキレスはうつ伏せに倒れ伏す際、敵であったズィルバーに感謝を口にした。
ただし、最後の最後で口にした名前が、偉大な名前だったが――。
アキレスが倒れたのと同時に息を引き取り、命を落とした。
絶命し、土塊へと変わっていくアキレスに対し、ズィルバーが言い放った言葉は
「キミと再戦できてよかった。やっぱり、キミは世界最速の大英雄だ」
再び、死線を潜る戦いができたことへの感謝と賛辞であった。
侮蔑や嘲笑などはなく、再戦できた喜びしかなかった。
聖剣を手放せば、レインが人型の姿になって、ズィルバーに近寄る。
「大丈夫、ズィルバー!!?」
ゲホッと咳き込むズィルバーはレインに対し、
「大丈夫に見えるか?」
うそをつくことなく、言い切る。
「そうね。大丈夫じゃないよね。お疲れさま」
「ああ、そうだな」
生々しい手傷を負うも、レインの加護で傷が治りつつある。
「ひとまず、クルーウに診てもらいましょう」
「そうだが、その前に……」
ズィルバーは明後日の方向を向き、声を飛ばす。
「ムサシ! コジロウ! 近くにいるんだろう! 悪いが来てくれ!!!」
言い放てば、すぐさま、ズィルバーのもとへ走り寄ってくるムサシとコジロウの姿を視界に捉えた。
「委員長! お疲れさまです!!」
「見事な激闘でございました」
「そうだな。それで、戦況はどうなってる?」
「はい。“七厄”に関してはこちらの勝利。“三災厄王”に関していえば、“炎王”セン以外、勝利したとのこと」
「ただ、副委員長らは外で戦ってたため、詳しい情報が――」
「委員長!」
と、そこに、防衛軍に報告に向かってたセフィラがアジトに戻ってきて、ティア殿下たち三人の戦況を報告し回っていた。
「セフィラか。何があった?」
「報告します。副委員長たちが“炎王”センを撃破しました。これで、残るは“魔王”カイのみです!!!」
セフィラの口からティア殿下が勝ったと聞き、ズィルバーの表情を僅かに綻んだ。
(よく頑張った、ティア)
胸中で賛辞を口にした後、気を引き締め、次の指示を出す。
「治癒ができる者と護衛を残して、残りはヤマトの手伝いに回れ! かなりの人手が必要なはずだ!!」
「はい!」
「ムサシ、コジロウ。キミらも行け!!」
「了解」
「心得た」
セフィラ、ムサシ、コジロウの三人がヤマトとヨーイチのところへ向かいだしたところで、ズィルバーはハアと息を吐いた後、その場に座り込む。
レインも座り、両手をかざして、治癒を始める。
「ありがとう」
「やせ我慢しすぎよ」
「そうかもしれないな。ユウトも勝ったようだな」
ズィルバーは目を閉じ、“静の闘気”を使って、ユウトの状況を把握した。
だが、ユウトが勝ったことを喜んでいるズィルバーにレインはクスッと微笑みつつ、聞いてしまった。
「随分と彼を認めてるじゃない」
「ああ、俺が認めた数少ない好敵手だ。同年代でライバルと認定したら負けられないだろう」
「フフッ、そうかもね」
レインもレンに負けたくないという想いがある。なので、ズィルバーの気持ちが理解できた。
「後は――」
「ええ」
ズィルバーとレインは上を見上げる。
屋上では、カズとカイが未だに戦っている。
戦いの大詰めとなった。
「カズ。勝てよ」
「レン。負けたら承知しないから」
戦いを続けている友を応援した。
さあ、残るは北方の頂点を決める最終決戦。
“魔王”と“黒狼”。今、決着を迎える。
感想と評価のほどをお願いします。
ブックマークとユーザー登録もお願いします。
誤字脱字の指摘もお願いします。