“炎王”セン、“鎧王”セルケト陥落。③
カズの身体に纏わり付く吹雪。
自然と吹雪がカズの周りに集まり、纏わり付くように見える。
端から見れば、カズが意志を持って吹雪を従わせたようにも見える。
カイの目から見ても、そう見えて仕方ない。
(なんだ、吹雪が……自然が……この環境そのものが、あのカズに手を貸そうとしていやがる!!?)
信じられないものを目撃し、先ほどまでのカズと全然違うのを目の当たりにする。
(北海に沈んでる間に何があった……)
ギリッと歯を食いしばるカイ。
吹雪が身体に纏わり付いてくるカズ。
カズ自身も吹雪が自分ののもとに集まってくるとは予想外で、吹雪まで従わせることができるとは思わなかった。
(僕は海流だけじゃなく、吹雪すらも操れる……これは、魚人族や人魚族にはない力だ……でも……)
「こいつは好都合……」
ニヤリと笑みを浮かべる。
カズは思い切った行動をし始める。
カイもカズがし始めた行動に目を見張る。
「大気を……いや、吹雪を掴みやがった!!?」
そう、カズがギュッと吹雪を掴んだ。
「今更ながら、自分がバカらしく思えるよ」
カズは自身を卑下し始める。
「吹雪も、海流も、海水も……いや、この北方の全てが僕らを守るために温かく包んでくれていたんだからな」
カズは吹雪を掴み、従わせる。吹雪を従わせれば、雪雲すらもカズの意志に従い、対流し、渦を巻き始める。
カイは上を見上げ、対流し、渦を巻く雪雲を見る。
「空が……」
場面を変え、防衛軍の主戦場では、ティア殿下とハルナ殿下、シノアの三人が“炎王
”センとの死闘を繰り広げていた。
それぞれ、違った色合いの雷を纏わせた武器を振るう。
「“剣舞”!!!」
雨のように放たれる無数の斬撃。
「“射貫く彗星”!!!」
なにもかも貫く彗星。
「“残雪鎌”!!!」
肉片どころか骨の髄まで斬り裂こうとする斬撃。
「チッ!!?」
センも身を翻して、回避する。
無数の斬撃も、彗星の如く突きも、斬り裂く斬撃も全ての攻撃を回避し、炎と雷を纏った蹴りを叩き込む。
「“炎雷王脚”!!!」
炎と雷を纏った蹴り。迫り来る蹴りはシノアへと向かい、彼女は鎌を盾に受けきる。
「ッ!!?」
足に力を入れ、横に後退るシノア。
センは言葉を発さず、堪えきったシノアを見る。
鎌を見れば、バリバリと竜胆色の雷が迸っていた。
「なるほど」
(あの摩訶不思議な力で守ったのか)
ハアハアと息を吐くシノア。
彼女の左手の甲に光る紋章と左目から洩れる竜胆色の魔力が力の源であることを理解させられる。
シノアだけじゃないティア殿下とハルナ殿下も左目からそれぞれの色合いの魔力が洩れ、左手の甲に光る紋章があった。
彼女たちもハアハアと息を吐いてるけども、未だに闘争心が萎えていなかった。
センはなにも言葉を発さずにティア殿下とハルナ殿下も見る。
「…………」
(あっちの小娘らも……摩訶不思議な力……どういうことだ。なぜ、小娘共に、あのような力が発現する。“血の師団”が言っていたとおりなのか)
センの脳裏に過ぎるのは、“血の師団”の一人が教えてもらったことだ。
『ライヒ大帝国。主に皇家と五大公爵家は舐めてかからないように……』
『ギョロロロロロ……なぜだ?』
『皇家と五大公爵家はリヒトと所縁のある一族。彼らには神なるご加護を与えられた一族……片鱗といえど、その力は超軼絶塵。名だたる伝説を残した偉人の全てが神なるご加護を持ち合わせていました。ですが、彼らのほとんどが片鱗。十全に扱いこなせた人物がおりました』
『誰だ、そいつは?』
『伝説の大英雄らです。[建国神リヒト]、[女神レイ]、[戦神ヘルト]、初代五大将軍の彼らのみ。千年の時が経てど、彼らの血と志の炎は消えておりません。お忘れなきよう。神なるご加護を持つ者は神々に選ばれし者。異種族だからといって、舐めてかからぬように――』
というのを思い出し、センはティア殿下とハルナ殿下、シノアを再度、見る。
彼女たちの左目から洩れる色合いのある魔力。左手の甲に光る紋章。細部は異なるけども摩訶不思議な力の持ち主であることに変わりなかった。
センは“血の師団”の教えに従い、手を抜くことを止めた。
剣を抜き、炎と雷を纏わせる。
「見せてもらおうか、その摩訶不思議な力とやらを」
センは剣を高く掲げ、両手で剣を振り下ろした。
「“炎雷斬”!!!」
振り下ろされ、迫り来る魔靱の剣。
ティア殿下は白百合色の雷を二本の剣に纏わせ、受けきるように掲げる。
振り下ろされた剣は白百合色の雷を纏わせた剣に触れることもなく、バチンと弾いた。
「ッ!!?」
「弾いた!!?」
「アハハハッ、もしかして、私たち、とんでもなく強くなってる?」
剣同士が触れあわずに弾いたことに、ティア殿下とハルナ殿下、シノアの三人も驚愕し、目を見開いてしまった。
驚愕。
唖然。
なんと表現していいか分からなかった。
ただ、言えることはセンの剣をティア殿下は剣を掲げただけで防ぐどころか弾いてしまった。
ティア殿下たち三人が驚けば、当然、他の者たちも驚きを隠せない。
狂巨人と戦っていたゲルトたち北方諸侯軍。クレトたち親衛隊。彼らも驚きを隠せず、見入ってしまう。
「触れていない……」
「触れずに弾いたぞ……」
グレンとマヒロが信じられないのもを目撃し、驚愕で動きが止まる。
「ゲルト様。今のはいったい……」
「レムア公爵家に残された文献によれば、天より選ばれた者は皆、左手の甲に光る紋章が浮かび上がり、左目からそれぞれ違った色の魔力が洩れる。と文献に書かれていた」
「天より選ばれたとはいったい……」
「分からぬ」
家臣の訊ねにゲルトは首を横に振る。
「だが、皇家と五大公爵家は、その力を発現しやすいと書かれていた」
「一ついいかな。ゲルト公爵卿」
ここで、シンが話に割り込む。
「シノアは皇家筋でもなければ、五大公爵家筋でもない。なのに、そんな力が発現するのか?」
シンの問いは至極真っ当なものだ。
高貴な血筋であれば、発現するのなら、シノアは高貴な血筋ではないと明かした。
疑問にマヒロも同じであった。
「私にも分からぬ。だが、過去に、そのような者たちを自分の懐に置かせようと皇家が動いたという話がある」
「それじゃあ、シノアは皇家に使い潰されるの!!?」
マヒロは戦場だというのに、妹の身を案じる。
「あくまでだ。知っての通り、彼女は既に親衛隊に所属してる。皇帝が無駄に昇格するとは思わん」
ゲルトは皇帝が無謀なことをすることは思えんと口にする。
だけど、ゲルトの弁を聞いても、マヒロの気は晴れなかった。
“魔王傭兵団”アジト三階。
激闘を繰り広げているズィルバーとアキレス。
神速の剣閃が結び合い、床が犇めき、壁や天井に亀裂が入る。
互いに軽く一息を吐いたところで、ふと、ズィルバーは強大な力の反応を感じとる。
目を細め、“まさかな”と違和感を持ちつつ、目を閉じ、“静の闘気”で気配感知をする。
「っ!!?」
気配感知したことで、はっきりと分かってしまった。
ティア殿下に眠りし力が目覚めてしまったことに――。
(そうか。目覚めてしまったか。彼女と同じ力を……)
ズィルバーはティア殿下に眠りし力を、“静の闘気”で察知し、その本質、魔力の流れに覚えがあった。
(もう同じ轍を踏まない。そのために俺は強くなると決めたんだ!!!)
同じ過ちを繰り返さないためにズィルバーは強くなると誓った。
だが、現実、ティア殿下は彼女と同じ力を目覚めてしまった。
ハアと一度、嘆息ついた。
「全く、ままならないんだな。運命とは――」
「どうした、溜息なんかつきやがって……なにか気にしてるようだが、気のせいか?」
「気にしてる、ね……」
脳裏に過ぎるのは出会った頃の彼女をティア殿下と重ねてしまったことだ。
「何でもない。気にするな」
(どうにもこうにも、時間がないのは確かだな……ハルナ殿下とシノアも発現してる。さっさと終わらせた方がいいな)
戦いの決着を考え始めるズィルバー。
『でも、相手はアキレスよ。こっちの攻撃が効いてるようで効いてない。あの異常な回復力はなに?』
(異常な回復力、か……)
ズィルバーも何度か剣閃を交え、アキレスの身体に傷を付けた。
だが、傷を付けても瞬く間に傷が治癒されていく。
ズィルバーもアキレスの異常な回復力に違和感があった。
(アキレスに、あれほどの回復力はない。それだったら、あの最高の防御力の説明がつかない。それにあれほどの回復力を備わってるのなら、千年前でも使用していたはず……つまり、与えられたのは、ごく最近……そして、あの回復力で考えられるのは……)
これまでの仮説をもとにズィルバーはある結論に至る。
「なるほど」
「なにが、なるほどだ?」
「キミの異常な回復力の原因が分かったからだ」
「俺の異常な回復力? 何のことだ?」
アキレスの言動からズィルバーは更なる違和感を持つ。
(アキレス自身が気づいていない。つまり、あいつも知らずに与えられた。となれば……)
「どうやら、キミは利用されてるそうだな、アキレス。連中に利用されてるな」
「だから?」
アキレスは自分が復活させた存在に気づいてる。知っている。だからこそ、どうでもよかった。
「俺が誰に復活されたのかなんざ。どうでもいい。俺はただ――」
脳裏に過ぎるのは千年前の死闘を――。
三日三晩続けてもなお、殺せなかったズィルバーとの決着を付けたかった。
それだけのために、神々の要請を受け、死人となっても復活した。
「――お前とのケリを付けるためにだ!!! [戦神]となって、歴史に名を残したお前をこの手で殺すために、俺はこうして、復活してきた!!!」
アキレスは地を蹴って疾駆する。
迫り来るアキレスの目にも止まらぬ槍のさみだれ突き。
「そうか……」
フゥ~ッと息を吐き、ズィルバーは槍の連続突きを紙一重で躱していく。
“静の闘気”による完全なる先読みで。
駆け抜けたアキレスが、再度、疾駆しようとするも、身体に異変が生じる。
「……ッ!!? ゲホッ!!?」
口から血を吐き、遅れて、斬り傷が発生し、血飛沫が舞う。
アキレスは口から出る血を拭い、プッと血唾を吐く。
「あの数瞬の間に数撃の斬撃を放っていたか」
「フッ。生前のまま復活したキミと成長盛りの俺とでは、成長盛りの方に軍配が上がる。それだけの話だ」
「死して転生されてもなお、まだ高みを目指すのか……お前の進む先に何がある!!?」
「キミの知ることではない、アキレス。キミの望みを叶えてあげる」
右手の紋章が強く輝き、右目から洩れる空色の魔力が炎のように灯り始めた。
身体全身に空色の雷が迸る。
「来るがいい、アキレス!!! その未練、断ち切ってやろう!!!」
声に乗る力強き“闘気”。
バカげた望みのために全力をもって相手しようとするズィルバー。
「ありがてぇぜ。これで死ねるのは本望なり!!! さあ、ケリを付けようぜ!!! 千年前の決着を!!!」
「俺は白銀の黄昏の総帥。ズィルバー・R・ファーレン!!!」
「俺はアキレス・J・オデュッセイア。英雄ペテルの一子なり!!!」
「「いざ、尋常に勝負!!!」」
かつての決着のため、千年前の大英雄が今、再び、ぶつかり合う。
どちらが勝ち、どちらが死のうと、歴史の名を残す激闘と語りづかれる。
場面を変え、ミバルとセルケトの死闘。
戦斧を振るい、尾を振るい、ぶつかり合う。
ズサァッと蹈鞴を踏む形で後退るミバルとセルケト。
ハアハアと肩から息を吐いてる両者。
セルケトはハアハアと肩から息を吐きつつ、ミバルの髪の色、顔立ち、瞳の色から、とある人物を重ねる。
「一つ、聞かせろ……あなたは、サーグルの者か?」
「私の名はミバル・サーグル。お察しの通り、サーグルの血を引く者」
「そうか……誰かに似てる面だと思ったら、アイオの妹か?」
「ッ!!?」
ミバルはアイオなる自身の姉の名前を言われ、言葉が詰まる。
「あの女は冷徹だ。命令のためなら、実の家族を殺すような女。忠実な女だが、心の弱い女でもある」
セルケトはアイオなる人物の特徴を明かし、心が弱い女だと言い放つ。
ミバルは言い返すこともなく、ただ黙って聞いているだけだった。
「あの女はクレトに忠実。いや、忠実な番犬」
「…………」
「いいことを教えておこう。皇族親衛隊は動物を、隊員をゴミのように扱う。そう、家畜のように使い捨てる奴ら。あの女も家畜のように使い潰されるのがオチなんだよ!!!」
「…………」
セルケトの言動にギリッと歯軋りするミバル。
「あまりのことに言葉も出ないか」
「否定はしない。親衛隊が腐ってるのは今に始まったことじゃない」
「ほぅ?」
「本部は次期元帥の座を巡って、くだらない派閥争いをしてる。だけど――」
「だけど――、だけど、なに?」
「こんな悪党が横行する世界。国の人々が笑顔溢れる生活を送るためにも、私は私の正義を貫き通すまで!!!」
鬱憤を吐き出すかのように叫ぶミバル。
彼女の叫びに応じて、“闘気”が爆発する。荒れ狂い、大気を歪ませる“闘気”。蒸気のように放出し、ミバルが抱いてる気持ちを体現していた。
放出した“闘気”を戦斧に纏わせ、大きく振るい、遠心力を利用し、セルケトに叩きつける。
「“斧砕き”!!!」
数本の尾を叩き折り、胴体に叩き込まれた一撃。
セルケトは足を引きずらせながら、踏ん張りをつけて耐えた。
ハアハアと息を吐きながら、指を差して言い放った。
「さっきからベラベラと姉のことを喋りやがって……姉が冷徹だ? 忠実だ? そんなの、あんたに言われなくたって、知ってるわ!!!」
「知ってたのかよ……」
戦いを傍観してたシューテルがタラリと汗を流しながら、ズコッとこけそうになる。
「でも、あんな姉であっても、私にとって、自慢できる姉なんだよ!!!」
アイオとミバルはどう足掻いても姉妹であることに変わりない。
アイオがどこまで冷徹であっても、ミバルにとって、自慢できる姉であることに変わりない。
アイオをバカにされて、ミバルが我慢できるわけがない。
だからこそ、怒りのあまりに強烈な一撃を叩き込ませた。
口から、鼻から血を流し、ハアハアと息が上がってるセルケト。
「見ろ! いつまで、優位に立っている! ナルスリーとの勝負で随分とダメージが蓄積しているじゃない! さっきの一撃が効いてないはずがない! 姉を侮辱する奴は私が叩き潰してやる!」
言い放ち、ミバルは仕留めにかかります。
対して、セルケトは立ち上がり、叩き折れた尾を引っ込める。
「ならば、叩き潰してみろ。あなたの姉がどこまですごいのかをな!」
尾に“動の闘気”を纏わせ、襲いかかるかと思いきや、ミバルの首に巻きつく。
「あなたに刺突が効きづらいのなら、叩きつけるまで! “妖狐の薙ぎ払い”!!!」
尾に巻きつかれたミバルは遠心力で壁や柱に激突し、頭から盛大に血を流し、飛び散った。
痛みで意識が飛びそうになるミバル。しかし、彼女も負けじと片手で巨大な戦斧を振るい、尾を叩き折る。
「ぐっ!!? クソッタレ!!!」
尾から解放したミバル。だが、セルケトは怒りを露わにして、殴り飛ばした。
壁に叩きつけられたミバルはゲホゲホと咳き込み、血を吐き出す。
口内全体に広がる鉄の味。
相当なる血を出したと思わせる。
「ぐっ!!?」
脂汗を流すセルケト。
尾を叩き折られた鈍重なる痛み。
その激痛は蓄積された身体に直接響いた。
「次から次へと尾を叩き折りやがって……」
「尾がなくなれば、攻撃の手数が減るだけ」
(でも、裏を返せば、攻撃の質が上がる)
ミバルは攻撃の手数が増えると意識を割く割合が増えるのを、ズィルバーたちとの喧嘩で学んだ。
セルケトもミバルが考えつくことを当然理解しているのか、叩き折れた尾を仕舞い込み、残った尾に“闘気”を纏わせる。
かと思いきや、手に、剣に、脚に“動の闘気”を纏わせる。
「もう、躱すだけの、力は残っ、ていない……」
「それは、こっちも、同じだ」
ゲホゲホと咳き込むミバル。
右腕がピクピクと痙攣していた。
しかも、立ち眩みまで起き始めている。
おそらく、血を流しすぎたことで身体の言うことが聞かなくなり始めた。
(これが、最後の一撃になる)
ミバルは“動の闘気”を右腕に流し込み、無理やり、動かす。
これまでの戦いの中で多少なりとも、変化があった。
(どうやら、多少なりとも、筋力がついた。移動速度は変わらない。でも、加算される力だ。この巨大な戦斧で、あんなの振るったら、確実に両腕がいかれるな)
「全く、この技は対ナルスリーの、ために、身に付けたのに、な……」
ミバルは戦斧を両手で持ち、担いだ。
ミバルがとった構えにセルケトとシューテルは目を見開く。
「なっ!!?」
「あの構えは……」
(正気か!!? あの技は……いや、間違えねぇ。だが、あの技は剣だからこそできるものだ。それを戦斧なんかで振るったら、破壊力が尋常じゃねぇが、甚大な負担が来るぞ!!?)
シューテルはミバルがしようとする技に目を刮目した。
ゲホゲホと咳き込み、全身に走る痛みで意識を取り戻したナルスリー。
ハアハアと荒い息を吐いてるも、朧気な瞳に映ったのは、ミバルが戦斧を両手で担いだ姿だ。
その姿にナルスリーですら、驚愕し、瞠目した。
(あの技は……)
ゴクッと息を呑む。
ミバルがとった構えを刮目したセルケト。
「面白い。ならば、その技諸共、叩き伏せてやろう!!! “妖狐の逆鱗”!!!」
五つの尾と拳と剣、蹴りの猛攻。
迫り来る猛攻を前に、ミバルは心を取り乱さなかった。
狙うはセルケトを叩き斬るのみ。
『間合いを知り、呼吸を知り、力を知り、気概を知るべし』
脳裏に過ぎるは技を教えてくれた男の言葉。
迫り来る猛攻を前にしても、地を蹴って間合いを詰める。
荒れ狂う猛攻を前に、ミバルは“静の闘気”にも意識を割いて、紙一重で猛攻を回避する。
「……チッ」
(紙一重で躱されている……完全に間合いを読まれたか)
悪態をつくセルケト。戦斧を担いでもなお、紙一重で躱すだけの力が残ってるミバル。
(ならば……)
左の蹴りがミバルの右脇腹に突き刺さる。
「ぐっ!!?」
突き刺さる痛みにミバルの表情を歪めるも構えを解かない。
「まだ解かないか。どんどんいくぞ!」
左脇腹への蹴り。土手っ腹への拳を叩き込む。
幾度もなく、猛攻がミバルに襲いかかり、身体中の骨に罅が入り、内蔵も損傷し始めた。
だけど、ミバルは未だに戦斧を担いでいた。
(ここまで傷ついても反撃の機を窺っているとは……大したものだサーグルの者)
「だが、これで終わりだ!!!」
セルケトは剣を高く掲げた。
「私の猛攻を真っ正面から挑みかかったのは、あなたたちが初めてだ。誇るがいい。あなたたちを強者として語り継ごう。“妖狐の剣戟”!!!」
振り下ろされる剣に、ミバルはニッと笑みを浮かべた。
ナルスリーとシューテルも思わず、見入ってしまう。
この戦いの結末を――。
(ここだ!)
勝機と見たミバルはここで、戦斧を振り落とした。
「!!!」
((振り落とした!!?))
ここで反撃に転じたミバル。
(間合いと呼吸を読む。それは、全てを読み切ること……皮肉にも、ナルスリーが使った“流桜空剣界”に近い……どれほど、力強かろう、速かろうとも、呼吸は変わらない)
「この一撃に全てを込めるのみ!!!」
振り落とした戦斧が剣とぶつかり合う。
ギリギリと鍔迫り合うも、セルケトは気づかされる。
「この一撃は――」
(――重い!!!)
押し切られる戦斧にセルケトは今になって悟る。
(勝利の執念、か……しばらく、忘れていた感情だな)
敗北を悟り、微かに口角を上げた。
「“剣蓮流”・“神大散斬”!!!」
剣を叩き折り、セルケトの身体を床に叩きつけた。
戦斧によって振り落とした一撃は床に亀裂が走り、“魔王傭兵団”アジト全体を崩壊させるほどの威力だった。
亀裂は大フロアを越えていき、出入口まで及んだ。
大フロアにいる黄昏と狼の連合軍の誰もが仰天し、及び腰になった。
ハアハアと全ての力を出し尽くしたミバル。
彼女の眼下には倒れ伏したセルケト。
白目を剝き、意識が飛んでいた。
ミバルは勝ったのだと実感するも、グラッと身体がぐらつく。
「ヤバっ……」
(血を流しすぎた……もう、立って、られな、いや……)
前のめりに倒れそうになるミバル。
その時、ガシッと誰かが腕を掴む。
ミバルはかろうじて、後ろに視線を転じれば、ボロボロなナルスリーが立っていた。
息を切らしてるところを見るに、立ってるのが精一杯。
「大丈夫、なのか。ナルスリー」
「その台詞。そっくりそのまま返してあげる。もう限界なんでしょう」
「だったら、同じ台詞を返してやる。お前こそ、立ってるのが精一杯だろう」
目には目を歯には歯を。と言うように、皮肉には皮肉で返すナルスリーとミバル。
「とにかく、勝ったな」
「そうね……」
ハアハアと肩から息を吐きつつも、勝利の余韻に浸る。
「シノア……がん、ば、れ……」
ミバルはセンと戦ってるシノアに激励を送り、そのまま気を失った。
「お疲れさま」
「オメエもな」
戦いを見守っていたシューテルがナルスリーとミバルのもとへ近づく。
「さて、ここから退散するか」
「そう、ね……」
ミバルを担ぐナルスリー。
どうやら、彼女も立ってるのが限界で、意識もかろうじて保ってるだけだ。
シューテルもそれを見越して、近くまで来ていた彼らに任せることにした。
「アルス! ライナ! 出てこい!」
「「は、はい!!?」」
シューテルの叫びに応じて、姿を見せるアルスとライナ。
他にも、スカイやアキト、スカーらもシューテルのもとに集った。
「ナルスリーとミバルを頼む。ミバルは親衛隊だが、この際だ。クルーウに治療してもらえ」
『は、はい!』
「戦況はわかるか?」
「はい。戦況はこちらが優勢。“七厄”は全滅。漆黒なる狼のカインズとダンストンそして、親衛隊のシーホの三名が“惨王”ザルクを倒しました」
「ただし、副委員長らは“炎王”センと交戦中。委員長は別の敵と未だに交戦中」
「ってことは、ユウトもズィルバーと同じか。残ってる戦いはズィルバー、ユウト、カズ、そしてティアたちか」
ライナとブラウンの報告からシューテルは今の戦況を把握する。
彼は負傷者を考慮し、指示を出す。
「アルスとライナはナルスリーとミバルをクルーウのところへ。ブラウンとマサギは二人の手伝い。残りは僕と一緒にヤマトのとこへ行くぞ」
『はい!』
シューテルの指示でアルスたちは指示されたとおりに動きだした。
スカイ、スカー、アキト、ヒガヤとともに、シューテルはヤマトのもとへ走りだす。
(ティア。頑張れよ)
走ってる中、ティア殿下の勝利を願った。
場面を変えて、防衛軍の主戦場。
「“炎雷王裏拳”!!!」
炎と雷を纏った裏拳がハルナ殿下に叩きつけられる。
ハルナ殿下も濡れ羽色の雷を纏った腕に纏って防御する。
横に後退るも足に力を入れ、堪えきる。
「一撃一撃が重いわね」
悪態をつくハルナ殿下。
「あと、頑丈すぎるでしょう」
ティア殿下すら悪態を吐きたくなる。
だが、シノアだけはどこか違和感を覚える。
「どうした、シノア?」
「いえ、センの背中に生える翼。どこかで見たことがあるんです」
「あの、真っ黒な翼に?」
「いえ、正確に言えば、黒より白い翼を……」
「白い翼……」
ティア殿下はシノアが口にした“白い翼”に関連する種族を、考古学での授業で習ったのを思いだす。
『なに、翼を生やす種族って、本当に、こんな種族がいるの?』
それは、考古学の授業の際、考古学を受ける生徒が声に出したのが始まりだった。
講師も、その種族に関しては詳しく知らないと口にしたが、種族名だけは教えてくれた。
天使族という種族を――。
ティア殿下は思わず、ズィルバーに訊ねれば、彼はつい、口を滑らせて天使族について、話した。
『天使族は千年以上前に絶滅危惧種として指定された種族だ。絶滅されるまでに至った理由は人智を超えた力を持つ上とされているが歴史として残されているが、実際のところ、“魔族化” の始まりが天使族から始まった。“魔族化”を伝染病と思われ、迫害されたのが真実だ』
その時、ズィルバーの言葉に真実味があり、講師や生徒の誰もがゴクリと生唾を呑む。
『天使族は堕転し、堕天使族へと変貌した。堕天使族は身体が鋼鉄の塊のように硬く、詠唱もせずに魔法を行使できる危険性から迫害の対象となった』
と、ズィルバーが授業の際に口を滑らせて喋ったことを思いだす。
ティア殿下はズィルバーがポロッと喋ったことを思い出し、センの種族名を言い当てる。
「堕天使族……」
「え?」
「だから、センは堕天使族っていう種族よ。天使族が魔族化したとされる異種族よ」
「堕天使族」
ティア殿下がセンの秘密を暴いたことで、センはジロリとティア殿下を睨む。
「俺の種族を知ってなんになる」
「何にもならないけど、堕天使族は身体が鋼鉄のように硬く、無詠唱で魔法が行使できるって、ズィルバーが教えてくれたわ」
「ふん。黄昏の総帥か。あのガキはそこまで博識だったとはな。それで、そのガキは俺の倒し方を聞いてるのか?」
センの問い返しに苦い表情を浮かべるティア殿下。
実際、聞いていない。
ズィルバーも堕天使族に関しては、一撃で叩き伏せたとしか言っていなかった。
(そもそも、一撃で叩き伏せたのよ!!?)
内心、苛立つティア殿下。
苛立ったが、ふと、彼女は疑問を抱いた。
(一撃……そういえば、ズィルバーの話じゃあ、堕天使族は皮膚が鋼鉄並だけど、体内まで叩き込めるほどの一撃を放てば、気を失うって……)
ティア殿下はズィルバーがつい、ポロッと喋ってたのを思いだし、センに対する勝機を見出した。
「ありがとう、ズィルバー」
「あら、勝機を見出したんですか?」
「ええ、見えたわ。勝ち方が」
「えっ、マジで……」
シノアがからかってみれば、ティア殿下は本気で勝機を見出した。
「単純な理屈じゃない。どんなに硬くても、身体の芯まで叩き込めるほどの一撃を叩き込めば倒せる決まってるじゃない」
「えぇ~、なに、その脳筋思考」
「じゃあ、なに、このままジリジリと戦い続けて、無意味に疲弊するだけよ」
「まあ、それも嫌ですね」
息は荒くないが、疲弊しきってることに変わりなかった。
「時間がないのは全員、同じですね」
「そういうこと。ハルナもそれでいい?」
「いいから。さっさとケリを付けるよ!」
ハルナ殿下からの許可を頂いたので、ティア殿下とシノアの二人は色合いのある雷を各々の武器に纏わせ、“動の闘気”を纏わせ、一撃で叩き伏せる準備に入った。
ハルナ殿下も濡れ羽色の雷と“動の闘気”を細剣に纏わせた。
センは彼女たちの顔つきから悟った。
「ふん、限界が近いか」
彼の物言いにティア殿下、ハルナ殿下、シノアの三人の顔が苦しくなる。
「うぐっ!? 確かに、この摩訶不思議な力で思いの外、力を放出されて限界が近い。ハルナ、シノア、分かってるわね!!」
「ならば、誰が先に限界を向かえ、地に伏せる?」
センの物言いにハルナ殿下が懐に入り込む。
「限界は超えるためにあるのよ!」
「青いわ!」
懐に入ったということは間合いに入ったってことになる。
センも重々承知の上で炎と雷を纏った剣を振り落とした。
振り落とした剣を二本の剣を交差して防ぐティア殿下。
「うぅっ!? ああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
雄叫びを上げ、力を振り絞って、防ぎにかかる。
「小癪な!」
センは炎と雷を纏った脚でティア殿下を蹴り上げる。
だけど、それすら、ティア殿下の計算のうち、蹴り上げる勢いを利用して、彼女の足に掴んでいたシノアが宙へと舞い上がる。
宙へと舞い上がるシノアに視線を転じるセン。
だが、土手っ腹に伝わる刺突に視線を下げなければならなかった。
視線を下に転じれば、体内に流し込まれる刺突をくりだしてるハルナ殿下。
彼女は最後の一撃を流し込んだ後、最後の構えに入る。
それに合わせて、ティア殿下とシノアも渾身の一撃をくりだす。
「“北蓮流”――」
「凍てつく裁きの刃――」
「重なりしの力――」
三人の掛け声が、技が重なり三位一体なる同時攻撃が繰り出される。
「――“偉大なる十字架”!!!」
「――“淤加美鎌”!!!」
「――“重なる流星”!!!」
体内で一撃が重なり、最後の一撃は全身の力を細剣に集約させ、土手っ腹を貫いた。
白百合色の雷を纏った剣を交差して胴体を斬り裂いた。
そして、宙から舞い落ち、弧を描くように鎌を振るい、両断するかのように斬り裂いた。
彼女たちが放った渾身の一撃はセンの内蔵に直接響き、ゴホッと口から盛大に血を吐いた。
「ば、バカ、な……」
斬り裂いた傷口から夥しい血が飛び散り、ズシンと雪原にうつ伏せで倒れ伏せたセン。
雪原の白に紅く染まる鮮血。
背中から燃え上がっていた炎も沈下し、白目を剝いて気を失ったセン。
倒れたセンを傍らでフゥ~ッと思いっきり、息を吐いたティア殿下とハルナ殿下、シノアの三人。
左目から洩れる色合いの魔力が消え、左手の甲に光る紋章の輝きが収まった。
ハアハアと肩で息を吐きながら、彼女たちは拳を小突く。
「限界を、超えたわ、ね……」
「それは、私もよ」
「同じくです」
センを背に向けて、歩きだす。
センとの決着を迎えた三人を見たゲルトたち防衛軍の誰もが驚愕した。
「し、信じられない……」
「ああ、“三災厄王”の中で最強と目される“炎王”センが…………」
「まだ、十一歳の彼女たちに負けたというのか」
「おいおい、もしかして……」
「もしかしても、じゃねぇ……」
「俺たちの勝利が目前じゃないのか!!?」
これ以上にない歓喜が沸き起こる。
「ここまでされては、我々、大人も負けておられん。奮い立て! 次世代の彼らに我らの勇士を見せるのだ!!」
『おお!!!』
ゲルトの鼓舞する掛け声に諸侯軍に雄叫びを上げ、士気が向上する。
「シノア……」
「マジでやりやがった。あのガキ共……」
「“炎王”センが堕ちたとなれば、戦況も一変したはずだ」
「状況はこちらが優勢ということになる」
「クレト様。アジトの様子を確認する部隊を送るべきかと」
親衛隊の誰もが“炎王”センに勝ったシノアに驚く中、アイオがクレトに“魔王傭兵団”アジトへ部隊を送る案を出す。
「確かに、グレン。貴様の部隊を敵本拠地に向かわせろ」
「ああ、そうだな……って、おい!!? あのガキ共、敵本拠地に向かって走りだしたぞ!!?」
「あの身体でよく動けるね」
驚きを上げるグレンたち。
ティア殿下とハルナ殿下、シノアの三人はセンを倒して、すぐさま、傭兵団のアジトへ向かって走りだす。
だが、そのタイミングで、吹雪が荒れ始めた。
「キャッ!!?」
「なにです!!?」
「見て、空が……」
ハルナ殿下の言葉に二人も上を見上げれば、信じられない光景が目に入る。
「雲が、渦巻いてる……」
「こんなの、自然で発生しづらい。明らかに人為的ね」
「アハハハッ、人為的なんですか? あんなの人にできるんですか?」
顔を真っ青にするシノア。
「ハルナは知ってるでしょう。ここら辺は年中吹雪いてるので有名な場所よ。雲が渦巻くはずがない」
「確かに、北方は南部以外、夏でも雪が降るほどの空模様。雲が渦を巻くなんて聞いたことがない」
ハルナ殿下の言葉にシノアは冷や汗を流し始める。
「じゃ、じゃあ……これが、人の手によるものだと言いたいのですか?」
「おそらく、ね……」
ティア殿下は答えるもフラッと身体がよろめく。
「ティア!!?」
ハルナ殿下がよろめくティア殿下を受け止める。
「血を流しすぎた。私たちはここまでのようね」
「アハハハッ……そう、ですね……」
シノアもシノアで立ち眩みをし始めた。
「どうやら、ここでリタイア、です、ね……」
「全く、度しがたい、わ……」
「その通り、ね…………」
ドサッと倒れ伏すティア殿下たち三人。
ここまで戦況。
“七厄”陥落。
“三災厄王”陥落。
残るは“魔王”カイ。アキレス。ヘクトルのみとなった。
大一番の戦いのみとなった。
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