“炎王”セン、“鎧王”セルケト陥落。
“惨王”ザルクの敗北。
“三災厄王”の一角がついに陥落した。
しかし、相手をしたカインズとダンストン、シーホの三人は想像を絶する疲労とダメージの蓄積で再起不能に陥り、気を失ってしまった。
カインズたちがいる場所は“魔王傭兵団”アジトの右辺倉庫。
武器やら、治療薬やらといろんな物が置かれている。
だが、逆に言えば、誰にも見つかりにくい場所でもある。
カインズとダンストン、シーホの三人は野垂れ死ぬことになるだろう。
誰かが目撃でもしなければ――。
「ここは倉庫か」
「誰もいないよな」
キョロキョロと辺りを見渡す漆黒なる狼の下っ端数名。
「にしても、武器や食糧、治療薬が多いな」
「おそらく、アジト内の食事はここで賄っているのだろう」
「かもな……おい、あれを見ろ!!?」
下っ端の一人が床に倒れ伏してるカインズとダンストン、シーホの三人を発見する。
残りのメンバーも三人が倒れてるのを発見し、驚愕を露わにする。
「あれって、カインズさんじゃないか!!?」
「ダンストンさんも倒れてるぞ」
「こっちは親衛隊だ」
彼らは駆け寄り、身体を揺さぶりながら声をかけ、カインズたちを起こそうとする。
「カインズさん!」
「ダンストンさん! しっかりしてください!!」
「傷が生々しい。おい、今すぐにシズカさんとベラさんを呼べ!!!」
「は、はい!!?」
「よし。ここにある治療薬で二人が来るまで応急処置をするぞ」
「いや、むしろ、ここにある治療薬を使って、大フロアで治療してる奴らに回した方が早くないか?」
さまざまな声が飛び交っている。
この後のことをどうしようかと議論している。
「とりあえず、シズカさんとベラさんが来るまで、見張りをするぞ」
「そ、そうだな」
下っ端の一人がそう言えば、残りのメンバーもそれに従い、周囲の警戒に努めた。
だが、突如として、地鳴りが発生する。
「な、なんだ!!?」
パラパラと塵が落ちてくる。
狼の下っ端たちの耳に入ってくるのは、なにかを破壊する音。しかも、近くで起きていた。
「いったい、なにが……」
下っ端の一人が漏らした言葉に他のメンバーは答えることができなかった。
傭兵団アジト全域で響く地響き。
地響きの原因の一端は、ある戦いに起因する。
「“水蓮流”・“闘気返し”!!!」
「“妖狐の猛攻”!!!」
セルケトの狐の尾による乱打がナルスリーとシューテル、ミバルの三人に襲いかかる。
しかし、ナルスリーが“水蓮流”の剣技で全ての乱打の軌道を逸らしていく。
逸らされた尾は壁や天井を貫いて破壊していく。
「やるじゃない」
「あなたこそ……」
フッと笑みを零し合うナルスリーとセルケト。
シューテルとミバルは崩れ落ちる瓦礫を剣と戦斧で弾いた。
「おい、ナルスリー。このままだと、このアジトが崩落するぞ!!?」
「ったく、“闘気返し”がうまくいかねぇな」
「文句あるの?」
ジロッとシューテルを睨みつけるナルスリー。
「文句を言ってねぇ。ただ、反撃できるか?」
「やるしかないでしょう」
シューテルの問い返しにナルスリーはただ答えるだけだった。
「なるほど」
猛攻を繰り広げていたセルケトは一度、尾の動きを止め、先の技を分析する。
「黄昏の“四剣将”となれば、いろんな剣技を見れると思っていた。まさか、“水蓮流”の剣士とは驚いた」
「あら、私が“水蓮流”の剣士じゃない方が良かった?」
セルケトが驚きつつも皮肉なことを言ってきたので、ナルスリーも“目には目を歯には歯を”ならぬ皮肉には皮肉で答えた。
「いや、そこまで侮蔑していない。ただ、あなたの剣を見ていると、ある女の剣を思いだす」
「女? “お祖母ちゃん”のこと?」
「そうだ。“水蓮”だ。知ってるのか?」
「私のお祖母ちゃんよ」
ナルスリーは自分が“水蓮”の孫だと明かした。
ミバルは“えっ!!?”って驚き、シューテルは知らなかったのかとミバルに視線を転じる。
「知るわけないだろう。本部からの情報が届いていないんだぞ」
「なるほど。親衛隊本部で情報を独占してる可能性が高いな」
シューテルはミバルの性格や能力を考慮すれば、十分、あり得る可能性があった。
ミバルはシノアと同じで十代初頭では優秀な部類だ。
ユウトなんかとは全然違う。直感で動くバカではないので、機転を利かせた行動ができる。なにげにナルスリーに匹敵するほどの格闘センスを持ってる。
シューテルもナルスリーとミバルが目にすれば、よく喧嘩してるのは知ってる。
そのため、いつも、止めに入るのがシューテルとニナ、ジノの三人なのが決まりだ。
しかし、シューテルもシーホを目にすると、なぜか、喧嘩したくなるという性分がある。
なので、止めに入るニナとジノからよく説教されることが多かった。
“水蓮”がナルスリーの祖母だと知り、セルケトは笑いを上げる。
「まさか、あなたが“水蓮”の孫娘とは思わなかった」
(なるほど。だから、“水蓮流”の剣技が扱えるわけか。しかも、技の冴えに関していえば、今まで戦ってきた“水蓮流”の剣士の中でダントツといっても過言じゃない。十代の若さで、あそこまでの域に到達しているとは……)
「天才、だね」
セルケトはナルスリーの力量と才覚を高く評価する。
(だけど、“闘気返し”。いえ、“闘気”に関していえば、まだまだね。解放をしても……使い方に拙さがある)
唯一の欠点である“闘気”の扱いにムラがあった。
“闘気”というのは、夥しい経験と基礎を積んで、初めて、その力は大きくなる。
基礎ができていない状態で解放すれば、その力は小さくなる。
セルケトの目から見ても、ナルスリーは夥しい基礎を積んでいるのがわかる。
だが、唯一足りないのが経験。そう、戦闘経験だった。
戦闘経験を積めば、ナルスリーの強さも大きくなると直感が囁いていた。
フッと笑みを零すセルケト。
(惜しいな。少年少女よ)
彼女はシューテルとミバルにも視線を転じる。
二人も相当な基礎を積んでいるのが見て取れる。
ただし、ナルスリーと同様にそれに相応しい戦闘経験が足りない。
しかし、三人に共通するのは伸びしろが計り知れないということに起因する。
(せっかく、でかい芽の成長を見たいのに、殺そうとしてるなんて、私はなんて、外道なのかしらね)
セルケトは惜しい人族を見つけたのに、殺そうとする自分が情けなく思ってしまう。
「さて、余計なことは水に流して、ボチボチ、戦いに集中しましょうか」
ピリッと空気が変わったのを肌で実感するナルスリーたち。
セルケトから滾る“闘気”は身の内に押し込み、秘めてるかのように放っていた。
殺気はあるものの。次の攻撃の出所が判別しづらいほどの恐怖があった。
ナルスリーは心を静め、“静の闘気”でセルケトの攻撃を先読みしようとする。だが、ここで、ナルスリーは信じられないのを目の当たりにする。
「ッ!!?」
(先が読めない!!?)
「“妖狐の薙ぎ払い”!!!」
「くっ!!?」
尾の薙ぎ払いを弾き飛ばされるナルスリー。
「ナルスリー!!?」
「ッ!!?」
(速い!!?)
セルケトの速さが速くなってることに驚愕するシューテルとミバル。
「この程度で驚くな」
セルケトは華麗なステップを踏み、一気に距離を縮める。
「“妖狐の猛攻”!!!」
続けざまに迫り来る尾の乱舞。
シューテルは両腕を、ミバルは戦斧を盾にして、受け止める。
両腕と戦斧に“動の闘気”を纏わせて――。
セルケトもシューテルとミバルが防御することを“静の闘気”による先読みで気づいていたので、叫んだ。
「その程度の防御では、私の尾は防ぎきれんぞ!!!」
雄叫びを上げるセルケトが繰り出す尾の乱舞。
九つの尾の全てに“動の闘気”が纏われてるため、中途半端な防御では、軽々と叩き伏せられてしまう。
現に、シューテルとミバルは尾の乱打に堪えきることができずに叩き伏せられてしまった。
パラパラと土煙が舞い、セルケトは尾で土煙を払えば、弾き飛ばされたナルスリーがよろよろになりながらも立ち上がる。
(ここに来て、私よりも“静の闘気”が上の敵が出てくるとは……こういうのを“井の中の蛙”というのね。私よりも、“静の闘気”が上なのはズィルバーとティアだけだったから。天狗になっていたんでしょうね)
ナルスリーは自分の手を見る。
手を見れば、僅かだが、手が震えていた。
(震えてる)
ナルスリーは自分が恐怖してると実感する。
自身が怯えてるのを実感し、ナルスリーは二年次の春にズィルバーに言われたことを思い出す。
『ん? もし、恐怖で震えが止まらないとき、どうすればいいか?』
『ええ、全てが私よりも上の敵が現れたとき、どうすれば、対処できるか考えちゃって
……』
ナルスリーは春期休暇を使って、実家に帰り、道場では現段階において、自分よりも強い相手と実戦試合を行われた。
全ての試合において、時間設定を設けられ、早めに決着を付けなければ、負けてしまうのを、身を以て叩き込まされた。
なお、全ての試合において、ナルスリーはギリギリの死線を越えて、上達してるのを感じていたが、不思議と思ったことがある。
それが――。
自分が震え上がったとき、どう対処すればいいのか、だ。
ナルスリーの疑問にズィルバーはこう答えた。
『自分の頭を叩けばいい』
『はい?』
ズィルバーの答えに、ナルスリーは呆気にとられる。
『世の中、自分と同じくらいか下の敵だけじゃなく、自分より強い敵と戦うこともある。特に、俺たちの場合、格上の敵が多すぎる。その場合、頭の中を空っぽにすればいい』
『それは、つまり、雑念を消すこと?』
『平たく言えば、そうだ。力を抜いて、脱力し、気を整える。あるいは、頭を叩いて、雑念を吹っ飛ばし、軽く準備運動すれば、気が楽になり、落ち着けることだってある』
『ふーん』
ナルスリーはズィルバーから震え上がった際、気持ちのリセットの方法を教えてもらった。
『まあ、そうなった場合、ナルスリーには道場の剣士より勝ってるものがある。戦ってきた剣士の多様性だ。それを忘れるな』
などと言うことを思い出すナルスリー。
(この状況が、私が予想していた状況と同じなのと、ズィルバーに言われたことが行われそうね。なんか、ズィルバーに諭された感じでムカつくけど……)
ピキッと額に青筋を浮かべるも、ズィルバーに言われたとおりにナルスリーは剣を逆手に乗って、柄頭で自分の額を、頭を殴った。
一瞬だが、意識が飛びかけた。だが、気を持ち直し、軽く準備体操をしてから盛大に息を吐いたところで、構え直すナルスリー。
「フゥ~。スッキリしたわ」
スッキリとした顔立ちで構えてるナルスリーにセルケトは身構える。
(どういうこと? 自分の頭を殴った途端、顔つきが変わった)
無為に警戒するセルケト。
急激な変化に僅かばかりの動揺が走っていた。
「じゃあ、行かせてもらうわよ」
ナルスリーは地を蹴って、セルケトへ接近する。
「ッ!!?」
(急に雰囲気が変わったのはいかがと思うけど、今はそんなことを気にしてる時じゃない
!!!)
「“妖狐のさみだれ突き”!!!」
数十、数百にも及ぶ九つの尾による、さみだれ突き。
迫り来る尾の大軍を前にして、ナルスリーは息を吐いて、心を静める。
迫り来る尾の大軍を前にしても、彼女は平静を保っていた。
いや、平静を保っているところか、どこか楽しそうに笑みを浮かべていた。
セルケトもナルスリーが笑ってるところを見て、目を見開き、驚愕する。
(ほぅ~、この状況下で笑みを浮かべるか)
「だが……この大軍を前にどう躱す!!!」
尾がナルスリーの眼前まで迫ってくる。
当たったと思われる。それは、叩き伏せられていたシューテルとミバルが起き上がって見ていたので、思わせる。
だが、すんでの所で、ナルスリーは首を横に倒し、躱してみせた。
「えっ?」
「なに!!?」
(すり抜けた!!?)
ミバルとセルケトが驚く中、シューテルはプッと血を含んだ唾を飛ばし、あきれ果てる。
「おいおい、その技はまだ習得していなかったんじゃなかったのか」
尾の大群を前にして、ナルスリーは必要最小限の動きだけで躱してみせる。
時には首を動かしたり、腕や手、剣をいなしたり、ただ、一つだけ言えるのは、全ての攻撃に使われた“闘気”を取り込んでいることに――。
「ッ!!?」
(当たらない!!?)
セルケトも人生で初めて、猛攻を前にして、軽やかに近づいてくる敵を初めて見た。
ナルスリーは軽やかにセルケトに近寄り、剣を一閃する。
「“真・闘気流し”!!!」
「ブッ!!?」
一閃をもろに受けたセルケトは数歩引き下がってしまう。
(なんて剣戟。今の“闘気返し”……まるで、全ての攻撃が一つにさせたような一撃……まさか――!!?)
セルケトは今になって、ナルスリーが使用している技を見抜く。
「あなた……“剣界”を使ってるね」
セルケトの問いかけにナルスリーはフッと笑みを浮かべる。
「ええ、“剣界”を使ってるわ。ただの“剣界” じゃないよ」
彼女はさらに笑みを深め、セルケトを見つめた。
セルケトは“水蓮流”の技の一つ――“剣界”について、もう一度、おさらいした。
(“剣界”は“水蓮流”の技の一つにして、奥義とも呼ばれている。“剣界”とは間合い。つまり、絶対不可侵の間合いを作り、間合いに入った物は全てはたき落とすとされる。後の先をとことん突き進む“水蓮流”に相応しい剣技だ。ただし、全てをはたき落とす代償として、体力と“闘気”の消耗が著しい。それに、自分では捌けない攻撃が来た際、処理しきれないという欠点もある)
セルケトは“剣界”の特徴と欠点をおさらいする中で、ナルスリーが使用してる“剣界”は従来の“剣界”とは打って変わって全然違っていた。
セルケトはナルスリーの目を見て、気づいたことがある。
(目に闘争心が宿っていない。戦意喪失か?)
訝しげに見つめる。見つめたことでナルスリーの瞳の奥を見抜く。
(いや、違う。静かだが重い闘争心を、目の奥深くに感じる。しかも、私の尾のさみだれ突きを前にして、まるで散歩でもしたかのように躱して歩いてくるとは……)
「確かに、ただの“剣界”というわけではなさそうだな。なんの技?」
セルケトの問答にナルスリーはフッと笑みを浮かべ、答える。
「“流桜空剣界”!!!」
ナルスリーの口から明かされた技――“流桜空剣界”。
ミバルは意味が分からず、首を傾げる。
「“流桜空剣界”は“水蓮流”に“剣界”の発展系。“水蓮”の婆さんでも習得が困難とされている奥義中の奥義。“動の闘気”では、あの技は完成しない。“静の闘気” を極めた者にしか習得できない」
「なに!!?」
ミバルは、その凄さを理解していた。
「“静の闘気”は相手の気配、声を読み取り、動きの先読みや感情を読み取ることに特化している。身体を硬化させたり、軟化させたり、内側にダメージを叩き込む“動の闘気”とは違った意味で習得が困難だ。それを極めるということは――」
「そう。膨大な鍛錬が必要不可欠。極限まで追い詰められたことで、扉を開いたって感じだな」
シューテルはナルスリーが戦ってる最中で、壁を乗り越えたというのを実感する。
「追い詰められて、できなかったことができるのはよくある話。珍しくもなんともない!!! “妖狐の猛攻”!!!」
くりだされる尾の乱打。
ナルスリーは焦ることもなく、迫り来る尾をすんでの所で躱してみせる。
「ッ!!? なんの!!!」
紙一重で躱し続けるナルスリー。
彼女の脳裏に過ぎる言葉は祖母――“水蓮”の言葉であった。
『いいか。ナルスリー。動体視力、筋力、瞬発力、全てにおいて敵が勝る時こそ、慌ててはいけない。焦ってはいけないんじゃ』
(道場での修行中、いつも、“水蓮”が言っていた言葉)
『“剣界”とは“静の闘気”を身に付け、己の間合いを生み出す。次に己の間合いに入った物だけを確実に打ち落とすのが、“制空剣界”!!!』
『“制空剣界”?』
『自分の間合いに入った物だけを払い落とす技。ただし、この技は“闘気”の消耗が著しい上に、間合いに入った物を全て払い落とさなければならない。だが、“剣界”には、さらに先がある』
『さらに先ですか?』
『この技は“初代水蓮”が編み出したとされる技――“流桜空剣界”』
『“流桜空剣界”……』
『私にも、この技は習得できなかったんじゃ』
『お祖母ちゃんも!!?』
ナルスリーは信じられなさそうな顔をした。
『私が“剣界”を習得したのは三十を過ぎた頃、限界を悟り、今の技をとことん、突き詰めることにしたんじゃ』
“水蓮”は自分の限界を悟り、とことん、己を見つめ直し、突き詰めていた。
『話を戻そうか。“流桜空剣界”とは、敵の力が払いのけないほど、強力かつ目で追えないほどのスピードだったとき、“剣界”を薄皮一枚まで絞り込み、敵の動きを流れで捉え、軌道を予想して最小限の動きで躱す。動きが小さくなれば、無駄がなくなり、敵のスピードに対抗ができるんじゃ』
“水蓮”の言ってる意味が分からず、頭がこんがらがるナルスリー。
『とにかく、相手の動きを読み取ることができる。ただし、習得に必要なのは“静の闘気”。己を見つめ直し、とことん、突き詰めよ。ナルスリー』
『はい。“水蓮”』
技の極意を教えてもらった時はピーンとこなかったけども、春期休暇明けに“流桜空剣界”の修行をしていたのをズィルバーに目撃されたことで、きっかけを掴んだ。
『何をしてるんだ?』
『ズィルバー』
『見たところ、技の習得しようと鍛錬してるところとみた。しかも、かなり難易度の高い技と見た』
ズィルバーの言い当てにナルスリーは仕方なく、頷いた。
『そうよ。かなり難しい技に挑戦してるのよ』
『どんな技だ?』
『“流桜空剣界”。伝説の“初代水蓮”が編み出したとされる技よ』
ナルスリーが技名を明かし、ズィルバーは僅かばかし、眉を顰める。
『“流桜空剣界”……』
(極みの技に挑戦するか。俺の技に挑戦するとは、ナルスリーもたいした度胸だよ)
ズィルバーは“流桜空剣界”がどのような技なのかを知ってる。
何しろ、自分が編み出した技だ。知っていてもおかしくない。
『だが、“初代水蓮”の技のほとんどは口伝で理解できない』
ナルスリーが珍しく弱音を吐いた。
ズィルバーもまさかの弱音を吐くナルスリーに目を見開き、驚愕する。
(うーん。ナルスリーでも、俺の技を完全に習得は難しいか)
頭を捻らせるズィルバー。
(“流桜空剣界”は極みの技。おいそれと習得ができない。習得させるには、“静の闘気”を極めるのが必要不可欠。まあ、でも、極意を教えておくか)
『だったら、ちょっと試してみる』
『ズィルバー?』
『俺はレインから聞いて、ある程度は習得している。見せることはできるよ』
ズィルバーはうそをでっち上げ、ナルスリーに“流桜空剣界”のなんたるかを教えることにした。
『これが、“流桜空剣界”だ』
『…………』
ナルスリーは正座をさせられ、呆気にとられていた。
『手玉に取られたのは初めての経験だろう。だが、これが、“流桜空剣界”だ』
『…………』
(これが……)
ナルスリーは“流桜空剣界”がどのような技なのか身体ではっきりと分からされた。
『“流桜空剣界”の極意。一つ目。相手の流れに合わせること。二つ目。相手と一つとなること。最後は相手を己の流れに乗せてしまうことだ』
『相手の流れを支配する?』
ナルスリーは直感で答える。
『ちょっと近いな。ただし、習得方法は“静の闘気” を極めることにある』
『“静の闘気”を極める』
ズィルバーはナルスリーに技の習得に必須条件を教えた。
『少し、言い方を変えると、もし、戦いの最中、相手の気持ちや考えが読めたら、それは凄いことじゃないか』
そして、荒技を口にすることで、ナルスリーの中でようやく、ピーンときた。
『そうか。“静の闘気”は極めれば、動きと感情が予測できる。つまり、“流桜空剣界”というのは――』
『分かれば、どうってこともないだろう』
フッと不敵な笑みを浮かべるズィルバーにナルスリーは反問した。
『でも、どうやって、相手の動きを見るの? “静の闘気”だけじゃあ、対応しきれない場合がある』
『そういうときは目を見ろ』
『目?』
ナルスリーの反問にズィルバーは答え、彼女は首を傾げる。
『目を見れば、相手の心と呼吸が読める。ただし、世の中には心を閉ざしたり、呼吸を乱したりする使い手もいる。それだけは努々忘れるな』
『わかったわ』
(でも、なにかコツを掴めた気がした)
ナルスリーの中で“流桜空剣界”を掴めるきっかけを掴んだ。
“水蓮”との話とズィルバーとの話を思いだすナルスリー。
(お祖母ちゃんの話を聞いても、理解できなかったけど、ズィルバーとの話や修行してもらったおかげで、私の中でなにかが噛み合った。今は動きの流れが見える。いえ、感じとれる……形容しがたいけど、わかる。ちょっと……嬉しいわね)
ナルスリーの目から見れば、セルケトの動きがスローモーションに見える。
だが、ほんの少しの感情の高ぶりが、スローの動きを抑制する。
抑制が命取りとなり、数打だが尾の攻撃を受けてしまう。
口から出る血を拭い、すぐさま、“流桜空剣界”の弱点を知った。
(ほんの少しの感情の高ぶりだけでも、状態が崩れてしまう。だったら、もう一度、心を静め、冷静になるだけ。ズィルバー風に言うなら、“川に流れる岩の如く、全ての攻撃を前から後ろに滑らせる”という感じね)
尾の乱打にナルスリーは必要最小限の動きで躱してみせる。
ナルスリーの動きの滑らかさに目を見張るシューテルとミバル。
「すごい……」
「これが、“水蓮流”の奥義中の奥義か」
ゴクッと息を呑む二人。
セルケトは動きを止め、思わず、笑い声を上げてしまう。
「面白いし。すごいわね」
「…………」
「まるで、遊びに売られてるシャボンと同じで楽しい。相手の流れをこれほど読むとは恐れ入った。なるほど。ただの“剣界”じゃないっていうのも、満更うそではなさそうね」
フッと口角を上げるセルケト。
彼女は改めて、ナルスリーを見つめ、末恐ろしさを肌で実感する。
「一つ聞く。“剣界”はいつ、習得した?」
「六歳の頃よ。“水蓮”に見せたとき、お祖母ちゃんが驚いたのを忘れていないから」
「なるほど」
(やはり、末恐ろしい女だ。超一流の才能を持っている。ただ、師匠が二流というところ……いや、動きから見て、あの技はもう一人の誰かから教わっている。そいつは超一流だな)
「もう一つ聞く。誰から、その技を教わった?」
「技の名前だけは“水蓮”から聞いたけど、本質と極意に関してはズィルバーから教わったわ」
「黄昏の首魁か。なるほど。カイ様と張り合えてた実力。確かに、あの少年だったら、あなたをそこまで成長させたのも頷く。極限まで五感を研ぎ澄ますことで、ある種の第六感にまで発展させる。そして、ミリメルで見切って、薄皮一枚で躱す……恐れ入ったよ。これほどの技を習得させてる。あなたの才能、実力……敬意に値する。そして、脅威ともいえる」
「それはどうも」
(もうちょっと、深く入った方がいいわね。強烈なのをもらっても、“流桜空剣界”を維持できるように――そして――)
ナルスリーはセルケトの目を見続ける。
ズィルバーの言いつけを守り通すかのように――。
「なるほど。今のあなたは手強い。“流桜空剣界”……私の常識を塗り替えてくれるとは思わなかった」
「あら、そうなの」
「ただし、その技には弱点がありそうだな」
「元より、弱点のない技は存在しない。弱点を隠すのは使い手の技量でしょう」
「その歳で、そんな言葉を言うとは思わなかった」
「去年、嫌ってほど、身体に叩き込まれたからね」
ナルスリーは去年、“獅子盗賊団”、“大食らいの悪魔団”と“魔王傭兵団”の連合軍と戦って、学んだ。
どのような技も使い手の技量次第で、強くも弱くもなるということを――。
セルケトもナルスリーの言葉から、どのような経験を積んだのかを理解し、戦いをバネに精進しているのがはっきり見てとれた
「いやはや、これは手強いな」
ニヤリと口角を上げるセルケト。彼女は尾を動かした。ナルスリーの尾の動きから“静の闘気”で先読みし、剣をほんの少しだけ動かす。
「“妖狐の猛攻”!!!」
九つの尾による乱打。
しかし、今回の乱打は先の乱打とは一味違う。
「ッ!!?」
(軌道を封じ、どちらかを受けさせる気ね。まさに、死中の活)
「面白い!」
後の先を貫いていたナルスリーが地を蹴って、自らセルケトに近づいていく。
自ら仕掛けに来たナルスリーにシューテルとミバルが目を見張った。
「今まで受けの姿勢だったナルスリーが――」
「自分から仕掛けた!!?」
セルケトも驚くが、命を捨てる覚悟をしていることに気づき、尾だけではなく、自分も地を蹴って接近した。
「“妖狐の逆鱗”!!!」
九つの尾と剣、拳、蹴りの猛攻。
身体能力も経験も勝るセルケトが、確実にナルスリーを仕留めにかかった。
拳と蹴り、剣の太刀、尾の打撃。ありとあらゆる攻撃がナルスリーの身体中に叩き込まれる。
「ゲフッ!!?」
口から血を吐き、身体のあちこちから血を流すナルスリー。
「どうした? 私の攻撃を全て躱してみせろ。できればの話だが――――ッ!!?」
叫ぶ中、ナルスリーの視線がセルケトに向けられていることに気づく。
(ば、バカな……これだけの応酬を受けながらも、ナルスリーは常に私の目を見続けている)
そう、ナルスリーはずっと、セルケトの目を捉え続けていた。
次は別のことに気づいた。
(まさか……まさか……感触でおかしいと思っていたが……クリーンヒットしていない!!?)
セルケトは剣や拳、蹴りの感触から致命的なダメージを与えていないことを知る。
ナルスリーは剣をセルケトの脇腹に添える。
「あなたの目を見て、あなた側に立って考え、その流れを一つになった……次は……私の流れに乗ってもらうよ!!! “青龍剣舞”!!!」
ナルスリーが繰り出す技は“真・闘気返し”の応用。
今まで受けた応酬の全てを逆に利用して、セルケトに叩き込ませる。
切り上げ、袈裟懸け、薙ぎ払い、叩きつけの全てがセルケトに叩き込まれる。
(ば、バカな……まるで、彼女に力を吸い取られるかのように技を掛けられ、受けている!!? これが……“流桜空剣界”!!!)
自分がした攻撃の“闘気”がそのまま、叩きつけられる。
ゲホッと口から血を吐き、鼻から血が垂れる。
しかし、セルケトもこのままやられるたまではない。
尾を使ってナルスリーの首に巻きつける。
「舐めるな、小娘!!!」
尾を振るって、ナルスリーを床に投げ飛ばした。
「ガハッ!!?」
床に叩きつけられたナルスリーの口から盛大に血反吐を吐く。
セルケトはくるりと跳躍し、ナルスリーの頭部に肘打ちを叩き込もうとする。
「ッ!!?」
(まずい……)
彼女も“静の闘気”で先読みし、顔を上げて回避し、セルケトが叩きつけた肘打ちの勢いを利用して、起き上がる。
ナルスリーとセルケトの激しい攻防を見ていたシューテルとミバル。特にミバルはナルスリーが限界に来ていることに気づく。
(まずい。自分の身体のダメージを無視して戦ってる! このままではナルスリーは!)
心配そうに見ているミバル。ここで、彼女は戦斧を強く握り、ナルスリーの助けに入ろうと足に力を入れ始めた。
激しい戦いを繰り広げているナルスリーとセルケト。
(まずい……身体中のあちこちの骨が悲鳴を上げ始めた。限界が来ている)
(くっ……予想以上の応酬で“闘気”の消耗よりも、骨と筋肉に限界が来ている)
((だが、負けられない!!!))
ナルスリーとセルケト。互いに誇りをかけて戦いに身を投じた。
そして、決着を迎える。
雄叫びを上げ、地を蹴ったナルスリー。
セルケトの一撃で叩き伏せるつもりで九つの尾を振るった。
「一殺!!!」
今までにない速さで迫り来る尾。
ナルスリーは七つの尾を剣だけで打ち払うも、尾で剣が弾き飛ばされた。
残りの二つの尾がナルスリーの頭を潰そうと迫り、直撃する。
ギリッと歯軋りするミバル。今にでも動こうとする。
彼女の目に入ってきたのは、すんでの所で首を横に逸らしたナルスリーであった。
ナルスリーは剣を通して、流れ込んできた“動の闘気”を右手だけに集約する。
両手をセルケトの腹に添えた。
「“水蓮流”……“無拍子”!!!」
集約した右手を突きとしてセルケトの腹に叩きつけた。
ハアハアと息を吐くナルスリー。だが、足摺ながらもセルケトは堪えきり、踏みとどまる。
「わ、私の動きの流れ……を読むとは……“流桜”……確かに、今までの“剣界”とは違ったわ、ね……」
セルケトはニッと口角を上げながら、ナルスリーに対し、言い放った。途端、突きが入った痛みで、血がこみ上がり、ゴフッと血反吐を吐き散らした。
しかし、ナルスリーの首筋から血が流れ落ち、グラッと倒れ込んでしまった。
倒れ伏したナルスリー。
ミバルは“静の闘気”を使用し、ナルスリーの容体を見る。
(気絶している)
気を失ってるのを知り、ほっと胸を撫で下ろした。
だが、セルケトはまだ立っている。
立っているということはまだ戦えるということ。
ミバルのすべきことは決まってた。
「助けにいかないと」
ミバルはナルスリーを助けようと走りだそうとしたが、ギロリとセルケトがシューテルとミバルを睨みつける。
「動くん、じゃない……次は、あなたたち、よ……」
ハアハアと肩から息を吐くセルケト。
ミバルは“静の闘気”を使わなくても、分かってしまった。
(あの女……維持だけで立っている)
「なんて、執念よ」
ミバルの言葉が聞こえていたのか咳き込みながらもセルケトは答えた。
「当然、だ……私は“鎧王”……あなたたちを殺す程度の力は残っている!」
ハアハアと息を絶え絶えに吐きつつもセルケトは言い切って見せた。
「負けられない理由がある」
虫の息ともいえるセルケト。だが、その瞳は未だ衰えるどころか凄みが増している。
ミバルもフゥ~ッと息を吐き、先の言葉を口にする。
「負けられない理由、か。私にも負けられない理由がある」
ミバルもミバルで負けられない理由がある。
ミバル・サーグル。
親衛隊第二帝都支部に所属する隊員。
若手、見習いの中で成長株があると目されている隊員だが、この数ヶ月で見違えるほどに成長しているとされる五人部隊の一人。
五人部隊といえば、シノア部隊。
かの部隊はユウトのバカげた独断専行で、いつも、白銀の黄昏と喧嘩ばかりをしている。
しかも、実戦での死闘でだ。
ユウトがズィルバーを。シノアがティア殿下をライバル視しているように、ミバルにも負けたくないとライバル視している相手がいた。
それが、ナルスリー・リアナだ。
ミバルにとって、ナルスリーは屈辱的な敗北を味わわされた相手でもあるのと同時に、彼女だけは自分の手で捕まえたいという強い意志を持ち始めた。
屈辱的な敗北を味わわされた日以来、ミバルは死に物狂いで身体を鍛え、技を磨き、学を積んだ。
全てはナルスリー・リアナ。彼女を自分の手で捕らえるために。次こそは彼女に勝つために。
そして、今、ナルスリーは地に倒れ伏し、戦線離脱。
ただし、相手をしていた“魔王傭兵団”、“三災厄王”の一人、“鎧王”セルケトを戦闘不能目前にまで追い込ませた。
そうなれば、ライバル視しているミバルも負けてはいられず、戦斧をギュッと力強く握り始める。
シューテルはミバルの顔を見て、ハアと嘆息した後、一、二歩後ろに下がった。
セルケトはシューテルが距離を取ったことに眉を顰め、目を細める。
「どういうつもり? 私を倒しに来たんじゃないの?」
「僕が出る幕もない。ナルスリーとミバルが邪魔するなっていう面をしてるから。大人しく引き下がっただけだ。安心しろ。オメエがミバルを倒したら、僕が相手をしてやるよ」
好戦的な笑みを浮かべるシューテル。
彼の言い分を聞き、ミバルは“ありがとう”と感謝の言葉を口にする。
「礼はいらん。女同士の戦いに茶々を入れるほど、僕はお人好しじゃねぇよ」
シューテルは、そう口にし、戦いを見届けることにした。
ある部屋に向かっていたヤマト、ヨーイチの二人。
カルネスはズィルバーからティア殿下たち三人の助けに向かえと頼まれたので、穴を通ってティア殿下たちのもとへと向かった。
なので、今はヤマトとヨーイチだけで、目的の部屋へと向かっている。
「本当に、この先であっているよね?」
疑り深くヨーイチがヤマトに訊ねる。
「僕もうろ覚えだから。この道で確かだと思うけど……」
(僕は正直、信じたくなかった。でも、“血の師団”。あの組織の名前を聞いて、信憑性が増してしまった。魔王カイは身寄りのない孤児ばかりを集めて、自分だけの兵隊を築かせようとしている。それが本当なら、それを阻止しないと……)
ヤマトは自分の不甲斐なさを抱きながらも、目的の部屋に到着した。
「この部屋だ」
二人の目の前には大きな扉があり、大の大人でも軽々通れるほどの大きな扉であった。
「随分と大きいね」
「傭兵団には狂巨人っていう部隊がある。おそらく、彼らもここに通されてたと思う」
「狂巨人?」
「巨人族で構成された部隊だ。クソ親父が前に“血の師団”から買い取った種族。全員、凶暴化されちゃって、今は、どんなのが視界に入ろうと敵味方関係なく、殺してしまう。いかれた奴らさ。クソ親父も少々手を拱いていたのは確かだよ」
「巨人族……」
ヨーイチはつい最近、見かけたと思い、うーんと頭を捻らせる。
「どうした?」
「何でもない。それより、早く、中に入ろう。もし、狂巨人がいるんだったら、僕らだけでなんとかしないと――」
「いや、それはない。狂巨人はアジト内では戦えないんだ」
ヤマトは狂巨人がアジト内にいないと告げる。ヨーイチは“どうして?”と聞き返せば、ヤマトは至極真っ当な答えを述べる。
「狂巨人は巨人族。このアジトは巨人族を通れるような構造をしていない。ここら辺は最近、増築したばかりだから。巨人族は通れるけど、アジトの大半は巨人族が通れるような広さと高さじゃないんだ。僕の予想だと狂巨人は外の防衛軍の方に回されたと思う。大量虐殺。街の殲滅だったら、狂巨人の方が向いてるから」
「そうだ。巨人族と聞いて、どこかで見たなと思ったら、ここに来る際、巨人族の一団が南下してるのを見たよ」
「だとしたら、狂巨人は、この部屋の中にはいない」
ヤマトは扉を押し開けていく。ギギギギッと押し開けていく様から、扉もかなりの重さだということが、ヨーイチの目から見てもはっきりとわかる。
「重そうだけど、大丈夫?」
「大丈夫。僕は力持ちでね。この程度の扉ぐらいは開けられるよ」
ヤマトはそう言い、扉を開け放たれた。扉を開けられたことで、吹き込む生暖かい風が鼻腔を、肌をくすぐる。
「気をつけてね。この中には危険な魔物とかいるから」
ヤマトが棘突き金棒を手にしたのを見て、ヨーイチも弓と矢を手にする。
ヤマトはヨーイチの武器を見て、あきれ果てる。
「相変わらず、キミの武器って弓矢だね」
「僕の得意分野だからね。それにまだ、僕……精霊との本契約を済ませていないんだ」
「僕は人族じゃないから分からないけど、精霊の力って、すごいの?」
ヤマトは精霊がどうして凄くて偉大なのかが理解できなかった。
「あれ? 黄昏には、レインっていう精霊がいるんじゃあ……」
「聖帝レインは精霊っていう枠を超えてる気がするから。同じって思えないんだよね」
「アハハハッ……確かに、神級精霊は常識に当てはめるのは間違ってるね」
「だから、精霊っていうのが、どんなのか知りたくてね」
ヤマトは興味本位かつ好奇心で精霊っていうのが、どのような存在なのか知りたかった。
「精霊っていうのは基本的に動物の形が多いけど、階級の高い精霊になれば、人の姿になれる精霊もいる。でも、完全な人型にはなれない」
「つまり、神級精霊になると、完全な人型になれるというわけか」
「うん。精霊のことに関しては未知の分野で解明されていない部分が多いんだ」
「ライヒ大帝国ともなれば、それぐらいのことは調べがついてるかと思ってたが意外だな」
ヤマトは異種族かつ“魔王傭兵団”で生まれたので、ライヒ大帝国のことに関して、“ティーターン学園”に隔離されたときに知ったのだ。
「過去の文献で、精霊に関しての記述があるらしいけど、そのほとんどが読み解けていないって話だよ」
「どれぐらいの昔?」
「何でも、千年前の建国時代の書物でね。当時と文化と文字体系が違うから。未だに読み解けていないんだ」
「ふーん」
ヨーイチの話を聞き、ふと、疑問というか違和感を覚える。
(あれ? そういえば、委員会本部でズィルバーが読んでる書物も、千年前の書物だって言っていたな。あいつ、読めるのか?)
ヤマトは北方との交流会前に委員会本部でズィルバーが書物を読んでいたのを思いだす。
ズィルバーの話によると、千年前の書物だと言い、勉強も兼ねて、考古学の講師が貸してくれたのだと話していた。
ズィルバーはペラペラと読み進めていたが、ヤマトの目から見ても、意味不明な文字であったため、読み解くことができなかった。
(今、思えば、ズィルバーって、意外と博識かもな)
自分らのリーダーも優秀さを身に染みた雑談ををしていた。
そして、ヤマトとヨーイチは武器を手に、部屋の中に入る。
「真っ暗……ううん。僅かに灯る明かりが部屋を照らしてる」
「この部屋は篝火だけしか灯っていないんだ。だから、身を隠すにおいてはうってつけな場所なんだ」
そう。部屋の中はほぼ真っ暗で。壁や通路と思われる地点に設置された篝火が薄暗く部屋を照らしてる。
ヨーイチは不気味さを醸し出す部屋に警戒心を露わにしているが、ヤマトは近くにあった篝火の一本を拝借し、松明がわりにする。
ヤマトが前に進めば、ヨーイチもヤマトに倣って松明を手に、ついて行き、中へと進んでいく。
中に進めば、ざわざわとざわめく音や誰かが泣いてる声が耳をくすぐり、腐臭や死臭が鼻腔をくすぐり、気分を弄する。
「誰かが死んでるの?」
「松明で近くに寄れば、すぐにわかるよ」
ヨーイチは松明の火を近づけば、鉄格子の檻があり、中には痩せこけた死体が横たわっていた。
「ッ!!?」
凄惨な現場を目撃し、ヨーイチは言葉を詰まらせる。
「こっち側には大半、死体が多い。しかも、僕らと同じ、子供のね」
「ッ!!?」
ヨーイチはヤマトに言われて、もう一度、死体を見れば、自分らと同じ子供の死体だった。
「痩せこけてるから餓死したのかな?」
「そうだと思う。しかも、いつ、死んだのかも分からない。北海に面してる傭兵団のアジトは基本、寒いんだ。だから、死体が腐るのも遅い」
「じゃあ、ここには半年以上前に死んでる子供もいるというの?」
ヨーイチの訊ねにヤマトは頷いた。
気分が悪いものを見せられて、ヨーイチはギリッと傭兵団と“血の師団”の所業に怒りを憶えた。
「奥に行けば、外に通じる扉がある。そっちへ行こう」
「外? この部屋は外に出ることができるの?」
「うん。ここは外から人が流されるんだ」
「外から?」
「うん。“血の師団”はどんな環境にも生き残れる種族らしい……」
「らしいって……」
“血の師団”がなる種族に関しての情報が少ないことに思わず聞き返すヨーイチ。
「仕方ないだろう。“血の師団”に関してはクソ親父でも調べがつかない。皇族親衛隊なら、調べがついてるんじゃないのか?」
「第二帝都支部だと、全然。でも、親衛隊本部なら調べがついてると思うけど、今の本部は次期元帥争いで、ここのことなんか気にも止めていないっていうのがグレン中佐の話……」
ヨーイチは親衛隊内での事情を話し、ヤマトはあきれ果ててしまう。
「呆れた。国のことより、自分のことしか考えていないなんて、親衛隊ってのも、存外、語るに落ちてるのかもね」
ヤマトは親衛隊本部を評価する気がなくなっていた。
「アハハハハハ……黄昏の九傑からでも、そう思われてるなら仕方ない。実のところ、グレン中佐も本部の連中が嫌いで、嫌みやら文句を言ったことで第二帝都支部に飛ばされたって噂だよ」
「世間で言うところの左遷だよね?」
「うん。しかも、部隊丸ごとだからおっかないよね」
ヨーイチから語られるグレンらの左遷話を片耳に、二人はようやく、部屋の奥に来た。
奥へと来れば、隙間から流れ込む寒気が肌を触る。
「なんか寒くなってきたね」
ヨーイチは隊服をこすりながら、ヤマトに付いてきた。
「さっきも言ったけど、この部屋は外からでも入れる構造になってる。だから、外の冷気や寒気がすきま風として入り込んでくる。それに聞こえてる?」
ヤマトが周囲を見始める。
「えっ、聞こえるって?」
“えっ?”、“えっ?”と動じるヨーイチにヤマトが教える。
「周囲の声だよ。外側の扉側になれば、“血の師団”が連れてきた子供たちの声が――」
「――ッ!!?」
ヤマトと言われて、ヨーイチは周囲の声を聞くために“静の闘気”を使用する。
声を聞くことに集中すれば、
「……ッ…………」
微かだが、声が聞こえてくる。
「本当だ。微かだけど、声が聞こえる。でも、よく聞こえるね」
「僕はモンドスにい連れてかれる前までは、よくここで身を隠していた」
「身を隠していた? 誰から?」
ヨーイチは不躾なのは百の承知の上で訊ねる。
「カイ。僕のクソ親父さ」
ヤマトの口から明かされる自分の父親の名前。
“魔王カイ”。カイこそがヤマトの実の父親である。
ヨーイチは事前に調査で聞いていたとはいえ、本人の口から聞くと疑り深くなってしまう。
「話には聞いていたけど、本当に“魔王カイ”の娘だったんだ」
「僕だけじゃない。ムサシとコジロウもカイの子供なんだ」
「ムサシとコジロウも……つまり、姉弟?」
「母が違う異母姉弟なんだ」
「異母、姉弟……」
ヤマトの口から話されるつらい記憶。
ヨーイチは黙って、その話を聞くことしかできなかった。
「僕たち姉弟は実の母親の顔を見たことがないんだ」
「見たことがない? 病気かなんかで?」
いなくなった原因をヨーイチは憶測を交えて尋ねる。
ヤマトはヨーイチの問いかけに首を横に振り、答えてくれた。
「僕らを生んですぐに死んじゃったらしい。ムサシとコジロウが生まれたときも同じだった」
「…………」
「原因を尋ねた。子供だった僕には、とても耐えがたいことだった。僕ら姉弟は半血族なんだ。異なった血を交えたことで母胎が堪えきれず、生んですぐに死んだって話だよ」
「…………」
あまりの凄惨なる最期に、ヨーイチは言葉が出ず、口が開きっぱなしになった。
ヤマトとヨーイチ。
二人が外側の扉付近まで来たところで、松明の火を近くの鉄檻に近づける。
「よく見ておいて。ここにいる彼らの現実を」
松明の火で鉄檻の中を明るく照らされ、ヨーイチはあまりの光景に言葉が出ず、口がパクパクしてしまった。
松明の火で照らされる鉄檻。
鉄檻に閉じ込められてるのは一人の少女。
翡翠の瞳に濃紫がかった黒髪のロングヘアの女の子。
年齢はヤマトやヨーイチと同じくらい。だが、十代の女の子なら、瑞々しい肌をした女の子が普通なのだが、鉄檻に閉じ込められてる彼女はガリガリに痩せ細っていた。
「こんなことって……」
ヨーイチは目の前の彼女が骨と皮しかないぐらいに痩せ細っているのを見て、“魔王傭兵団”と“血の師団”の所業の悪さに怒りを憶えてしまう。
「これが、この部屋でひどい扱いを受けている彼らの現状だ。食事は一日一回。それも食べ残しの料理ばかり。そんなものを食べられては病気にもなりやすいし。餓死するのは当たり前だ」
「ヤマトは、この部屋のこと知っていたよね。モンドスって人に彼らを連れて行けなかったの?」
ヨーイチはヤマトが中央に来てるわけを知ってる。知ってるからこそ、疑問に思ってたことを訊ねた。
ヨーイチの問いかけにヤマトは首を横に振る。
「ダメだった。当時、モンドスは僕とムサシ、コジロウだけを無理やりに近い形で連れてかれた。僕はここにいる彼らを連れて行くよう頼んだけど、モンドスは聞く耳を持たずに僕らだけを連れて行ったんだ。モンドスらの目的は“教団”の残党が膨れあがり、国の脅威になったとき、僕らを脅しの道具として連れてかれたんだ」
「それって、人質……」
ヤマトの話からヨーイチはヤマトらの立ち位置を理解させられてしまう。
「そう。“ゲフェーアリヒ”に無理やり押し込められた僕らに未来がなかった。ここにいる彼らと同じで生きることがつらくなった」
ギュッと金棒を強く握るヤマト。下唇を噛み、辛さを、涙を堪えようとしていた。
「僕は……いや、“問題児”はズィルバーやティア殿下、四剣将の彼らには本当に感謝している。ズィルバーが僕らを助けてくれたから。生きようと思えなかった。ズィルバーが導いてくれなかったから。あいつのために力を使いたいとは思えなかった。ズィルバーは僕らを見捨てない。必ず、手を差し伸べてくる。でも、ズィルバーは戦闘狂だ。だから、僕らがしっかりしないといけないと思わされる」
ヤマトは自分の命をズィルバーのために使うと誓っていた。
例え、バカだとしても、恩を仇で返すのは自分の性分じゃないのを理解していたからだ。
ヨーイチはズィルバーという人間を聞き、プッと笑いを零す。
「まるで、ユウトくんと同じだね」
「ユウト? 見るからにバカ丸出しのあいつが……」
うへぇーッと嫌な顔をするヤマト。
「バカ丸出しなのは否定しないよ」
ヨーイチもユウトに対し、毒を吐く。
「でも、ユウトくんは第二帝都の見回りの時はスラムの子供たちによく、食べ物を与えていたんだ。僕とシーホくんは、“どうして、施しを与えるの”って訊ねたことがある。その時、ユウトくんの答えに感心しちゃった」
「感心?」
「ユウトくんは西の果てで生まれたらしく、貴族のおこぼれや露店の食べ物を盗んでたらしいよ」
「でも、西の果てと言っても、秋から冬にかけて寒くないか? それも暖を取らないと凍え死ぬぐらいに……」
「北方ほどじゃないけど、そうらしいよ。冬初めに食べ物がなくて、道端で倒れていたら、誰かに拾われたんだって……」
ヤマトはヨーイチの話を聞き続ける。
「薄水色の長髪の女性だったらしいよ。その人から暖かな食事を与えられ、ついでに学と力の使い方を教えてもらったんだって……あと、“困ったことがあったら、念じなさい”と誓いの証をもらったらしい」
「誓いの証、ね」
ヨーイチの話を聞いて、目を細めるヤマト。
彼女はユウトが手にしたとされる“誓いの証”が気になるも、優先するべきことは忘れていなかった。
「お互い、バカな人間を持つと苦労するね」
「でも、知らずに惹かれちゃうのもまた事実」
「うん。さて、ここにいる彼らを助けよう。彼らにも幸せを与えたって、罰は当たりはしない」
「でも、何人いるか分からないし。人手がほしい」
「そこだよね」
(前よりも増えてる気がする。それになにか嫌な予感がする。急いだ方がいい)
ヤマトは身の毛がよだつ不吉な予感が背筋を舐め、急いだ方がいいと警鐘を鳴らしていた。
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