豪なる“四剣将”の解放。
ズィルバーとアキレス。
ユウトとヘクトル。
未来の英雄と伝説の大英雄との正面衝突。
「ハハハハーー!!! 楽しいじゃねぇか!!!」
「そうかい? あいにくと俺は楽しいとは思えないけどね」
聖剣で槍を弾き、ズィルバーはクルリと宙返りをして、大穴に落ち、下の階へ移動する。
「待ちやがれ!!」
アキレスも地を蹴って、ズィルバーの後を追う。
巧みに槍を振るうヘクトルに、ユウトは野生児じみた反応で躱している。
「いや~、すごいすごい。その歳で俺の槍を躱すなんざ。初めての経験だ」
「おっさんこそ、スゲぇな。動きに無駄がないから。躱すのに一苦労だよ」
「よく言うね。“静の闘気”を少ししか使わずに、俺の槍を視認して躱してよ」
(おそらく、身体能力、五感を強化させる竜属性の魔術を無意識に発動しているな。その分、“闘気”の消耗を極力、減らしている)
ヘクトルはユウトが無意識下にしていることを見抜く。
(分かっててやっているのか。分からないでやっているのかは分からないが……)
ヘクトルはユウトの右手の甲に視線を転じる。
右手の甲には竜の複印なる紋章が刻まれていた。紋章から迸る純白の雷。
純白の雷は剣に帯びており、今にでも、身体を斬り裂かれる未来をヘクトルは見えていた。
(やっぱ。さっき、顕現された巨竜はアルビオンだな。いやだね。アルビオンの加護いや契約してるっていうなら、もはや、英雄。舐めてかかるとこっちが殺されるな)
ヘクトルは構えを一回、解き、ユウトに話しかける。
「それじゃあ、俺たちも場所を変えないか。ここで戦うのは少年にとっても忍びないはずだ」
ユウトはカズに視線を転じた後、直感で判断した。
「いいよ。その方が俺としても嬉しい」
「じゃあ、そうさせてもらいますか」
ヘクトルは大穴に飛び込み、ユウトも彼を追うように大穴に飛び込む。
ズィルバーとユウト。
二人は一対一で自分と戦いたい相手を選び、場所を移動してくれた。
カズとしてはズィルバーが別の敵と戦い始める際、言った言葉。
『カズ!!! カイのことは頼んだぞ!!!』
その言葉がカズの気持ちに、“闘気”に、更なる炎を灯した。
(信頼されるとは、これほど、心が高揚するとは――)
『今までにない経験?』
(そうだな。頼りにされるというのも存外、嬉しいかもしれん)
「さて、こっちもボチボチ始めようか」
口角を上げるカズ。
頭から流れ落ちる血も、極寒によって凍りつき、傷口が塞がる。
いや、極寒の吹雪が、カズの身体を癒していく。
笑みを浮かべるカズ。
カイは起き上がったカズを見る。
「楽しそうだな……窮地に立たされても笑ってるほどに……か」
カイの言葉の節々に違和感を覚えるカズだが、今は頭の片隅に追いやり、紺碧の雷を纏わせた神槍を振るう。
カイも雷を纏わせた金棒を振るう。槍の穂先と金棒が触れあわずに衝突し、極寒の気流を一瞬だけ霧散するほど衝撃波を飛んだ。
大穴から飛び降り、ズィルバーとアキレスとは違う階下に降りたユウトとヘクトル。
剣と槍。互いに得物を手にし、悠然としていた。
「さて」
槍をクルクルと回すヘクトル。
「ひとまず、名前を聞こうか、少年」
「ユウトだ」
「ユウトね。覚えておこう。英傑の道を突き進みし者よ。俺の名を聞き、乗り越えてみるがいい!!! 我が名はヘクトル・S・イリアス!! 俺の首を獲りたければ、かかってこい!!!」
「親衛隊曹長、ユウト。推して参る!!!」
純白の雷を纏いし、剣を振るうユウト。
少年は今ここに、英傑なる道へ一歩踏み出した。
大混戦。大乱戦。大乱闘。
もはや、無秩序の戦いが“魔王傭兵団”アジト。そこらかしらで起きている。
いや、戦争というものがこうであるのなら、止められないことは間違えない。
主力とも戦い。
二階で戦っているユウトとヘクトル。
三階で戦っているズィルバーとアキレス。
そして、屋上で戦っているカズとカイ。
三つの戦いが、北方の行方を左右する。
巨大な“闘気”の衝突。
衝突の余波を一階や大フロアで戦っている誰もが勘付いた。
「なんだ? バカでかい“闘気”は!!?」
「気にしてる場合!! 今は――」
「分かってるよ!!!」
誰もが勘付いてる。だけど、目の前の敵を無視しての気を散らせるのはいただけない。
現に、ジノの反応にニナが声を荒げ、“気を散らすな”と言い放った。
ジノも百も承知で言ったことであり、自分の否を認めて、戦いに集中する。
だが、ニナとジノの相手。ヴォルストとガイツ。
“形態変化”をしたことで人間状態とは打って変わり、獣の特性を十全に発揮できる形態。
だからこそ、人族のニナとジノには手に負えるかと言えば、手に負えている状態。
むしろ、勝ってる状態だった。
「チッ……」
「こいつら……見た目によらず、強ぇ……」
ヴォルストとガイツもニナとジノの強さに手を拱いている。
「こっちは“形態変化”をしてるってのによ。なんだ、あの強さは……」
「地力の差がここで出てくるのかよ」
悪態まじりに弱音を吐くガイツ。
ガイツに対し、ヴォルストはボコッと殴り飛ばす。
「弱音を吐くんじゃねぇ!! 相手が同い年だろうと、強かろうと、勝てば、強者なんだからよ!!!」
ガイツに説教する。
「だが、姉貴よ」
「口答えするんじゃねぇ!!」
ボコッと殴るヴォルスト。殴られるガイツ。ニナとジノは二人を見て、姉弟だってことを知る。
(姉弟、か)
(姉弟揃って、傭兵団の幹部ね。改めて、思うけど、大人が多い団員の中で、私たちと同い年の彼らが幹部でいられるのもひとえに才能を感じざるを得ない)
(異種族ということだけで憚れるのも嫌だな)
ニナとジノはヴォルストとガイツの良さと異種族という待遇の悪さが目に見えていた。
ニナとジノは同情こそはすれど、哀れむことはしない。
すべきことは敵を倒すこと。
“剣蓮流”の教えで、“頭の中を空っぽにし、敵を倒すことだけに専念せよ”がある。
戦いに個人の事情を持ち込むな。個人の事情は敵をぶっ飛ばしてから考えればいい。
と、教えられた。
その教えに従い、ニナとジノははぁ~ッと息を吐いた。
身体を、筋肉を引き締め、“闘気”を放出させる。
「ッ!!?」
「グゥッ!!?」
ヴォルストとガイツはニナとジノが放つ“闘気”に当てられ、負けじと己を奮い立たせる。
「ここに来て、“闘気”を放出……」
「肌がピリついてきやがる」
二人はニナとジノの全開を目の当たりにして、強大さに自身を苛立たせた。
「テメエ……今まで、力を隠していたのか?」
「そうだと言ったら?」
ヴォルストの問いかけにニナは答えつつも問い返す。
だが、彼女の答え方が、ブチッと血管が切れたのか感情が爆発した。
「ぶっ殺してやる!!!!」
ヴォルストが怒号をあげる。
感情が怒り一色に染まっていく。感情に呼応するかのように鱗と肌が徐々に浅黒くなっていく。
目も徐々に充血していく。
ガイツはヴォルストの変化いや変調に見開き、止めにかかる。
「おい、姉貴!!? 落ち着け!!!」
「ウルセぇんだよ!!!!」
バキッと力の加減すらなっていない拳がガイツの頬に叩き込まれ、床に倒れ伏した。
激昂し、我を忘れたヴォルストはドコッ、バキッと倒れ伏すガイツを殴りつけたり、蹴りつけたりする。
「テメエはあたしの言うことだけ聞いてればいいんだよ!!!」
加減する気がなく、傷つけるヴォルスト。ガイツは頭を抑えて
「やめろ!!! 姉貴!!?」
「止めろだと? 姉ちゃんに楯突くんじゃねぇ!!!」
さらに、熾烈を極めるヴォルストの殴りと蹴り。
もはや、イジメに等しかった。
ニナとジノもなにが起きてるのか分からなかった。だが、ヴォルストの充血した目を見て、まずい状況だと理解した。
かと思いきや、ニナは剣を強く握る。ワナワナと震えてるのがジノの目でもわかる。
「なに、してるよ!!!」
怒りを露わにし、感情のままに“神大太刀”を斬撃として放った。
感情が激昂し、“動の闘気”を纏わせた“神大太刀”。
直撃すれば、相当なダメージを負うのは必至だ。
しかし、反応力が良くなったのか獣じみた反応を見せるヴォルスト。
だが、ニナが“神大太刀”も相当速かったためか直撃といわずとも、頬を掠めるに終わった。
ジノも頬を掠めたことに驚いてる。
(ニナの“神大太刀”はズィルバーより劣るも黄昏内では最速だ。ティア殿下すらニナから速度を高めるコツを聞いてるぐらい)
ジノはニナの“神大太刀”を、頬を掠めただけに済ませたヴォルストに驚いてる。
黄昏内において、ズィルバーとティア殿下を除いて、ニナは太刀筋の速さ。ジノは力強さ。シューテルは多様さ。ナルスリーは反応の良さ。各要素でダントツだった。
ズィルバーは全てにおいて、優れていて、派手な動きをするも、その動きに無駄がなく、速くて力強く、多様だ。
ティア殿下は四人には劣るも動きが流麗。無駄がない力の配分、“闘気”の配分ができている。
ジノはニナの太刀の速さを躱そうとしたヴォルストの反応の良さに動揺する。
(怒りで感情を支配された分、雑念が消え、反応力が良くなっている)
ジノは冷静な分析により、感情による支配の利点と弱点を見つける。
(でも、怒りに支配されている分、言動と力加減ができていない。要するに“短期決戦”。逆に長期戦に持ち込まれるとヴォルストの怒りも収まってしまう)
「ニナ。分かってるな」
「短期決戦でしょう。端っから、そのつもりよ」
ニナもジノの意図を読めており、最初から短期決戦を望んでいた。
ニナの“神大太刀”によって頬を掠め、いや、マスクを斬られたヴォルスト。
はらりと垂れ落ちるマスク。
マスクが落ちたことで露わになるヴォルストの素顔。
ニナは彼女の素顔を見て、思わず、感想を述べてしまった。
「あら、随分と綺麗な顔をしてるね」
「ッ!!?」
ヴォルストはニナに言われて、マスクが垂れ落ちてることに気づく。
「見だな゛……」
素顔を見られたことに激昂し、怒りに満ちた“闘気”が放出するヴォルスト。
怒りの“闘気”に晒されてもなお、ニナは表情を変えず、剣を構える。
「あたしの顔を見た。誰だろうとぶち殺してやる!!!」
制御知らずの怒りの爆発。
ピシッ、パシッと、床や壁に亀裂が走る。
(一対一で倒した方がいいわね)
ニナは即断で決め、すぐさま、地を蹴った。
即断即決。一切の狂いなし。一切の迷いなし。初撃一切。
これこそが“剣蓮流”の真髄。
長期戦を望むほど、ニナは気が短い。
ジノからは“もうちょい、気持ちを押さえてよ”と忠告するも、ニナは聞く耳を持たなかった。
自分の好敵手になり得る相手の言うことを聞く気になれなかった。
いや、時折、見せるジノの男らしさに見惚れてしまったのを認めたくなかったからだ。
なので、ニナは気が短かった。
感情が激昂してるヴォルストも生来から気が短い。
自分に喧嘩を売ってくる相手には泣き言を言うまで容赦なく、力で叩き伏せた。
一度、決めたことを曲げず、敗北を認めるまでは折れることを知らない。
ニナが地を蹴って近づいてくるのなら、ヴォルストも地を蹴って、額に“動の闘気”と力を集中させる。
地を蹴ってヴォルストに近づこうとするニナは“静の闘気”で先を読む。
(頭突き……力尽くね)
「望むところ」
ニナもヴォルストに答えるかの如く、剣に“動の闘気”を流し込む。
地を蹴ったニナは駆け込みながら、上段構えをする。
「“剣蓮流”・“神大太刀”!!!」
ニナの得意分野、“太刀筋の速さ”を最大限に生かした大太刀を振るう。
「“地獄頭突き”!!!」
ヴォルストは首を後ろに下げ、振った。
ニナの剣とヴォルストの額が衝突する。
互いの“動の闘気”がぶつかり合い、押し倒そうとする気迫がぶつかり合っていた。
二つのぶつかり合いは衝撃を生み、床に放射状の亀裂が走る。
退くことを知らないニナとヴォルストの押し合い。
床の亀裂がさらに広がっていき、限界に達した。
床が壊れ、足場が崩れる。
「チッ!!?」
「なに!!?」
ニナとヴォルストがいた地点を中心に床が崩れ、二人は階下へと落ちていく。
(なお、言い忘れていたが、ニナとジノが戦っている地点は“魔王傭兵団”アジトの二階で戦っていた)
一階へ落ちていくニナとヴォルストを尻目にジノは倒れ伏すガイツに声をかける。
「おい、生きてるか?」
ゲホッ、ゴホッと咳き込むガイツ。
彼は起き上がって、頭から、口から滲み出る血を拭いつつ、ジノに話しかける。
「なんで、そんな言葉をかける。同情のつもりか!!! ふざけてるんなら、今、この手で切り刻んでやる!!!」
声を荒げるガイツ。
徐々に心が、感情が、怒りに支配されていく。
しかし、ジノの次なる言葉を聞き、彼の怒りは吹っ飛んでしまう。
「別にふざけてもいない。同情する気もない。むしろ、すごいと認めている」
「なっ!?」
(認めてる、だと!?)
「テメエ。俺が獣族だと知った上で認めるって言うのか!!!」
「認めるよ。種族的に見れば、獣族はすごいと思う。一個人として見るなら、話は別。だが、獣族が人族より優れているのは分かりきってることだろうが!!! 同情とかふざけてると思っているのなら、キミの思い違いだ!!!」
ジノは声を荒げて、獣族を認める宣言をする。
「獣族が人族より優れていないと誰が決めつけた」
ジノは獣族だろうと、異種族だろうとすごいと認めている。
そこに種族という壁がなく、誰もが認め合える世界だと信じてるからだ。
ガイツもジノの懐の広さを目の当たりにして、沸き起こる怒りが霧散した。
「もう一度、名を聞こう」
「ジノ・リッツ」
「覚えておこう。広い心を持ち剣士よ。ならば、俺の真なる怒りをもってテメエを倒す」
ガイツの肌が、毛並みが浅黒くなっていく。しかし、ヴォルストとの違いは目が充血していない。
ジノもガイツの目を、“闘気”を見て、なにかを察した。
(まさか……)
「怒りを制御したというのか」
(これまた、僕は敵を強くさせてしまったようだな)
自嘲するジノ。
「傭兵団幹部、“七厄”が一人、ガイツ。ジノ・リッツに尋常な勝負を挑ませてもらおう」
ガイツの尋常なる果たし合い。彼の迸る“闘気”と目を見て、ジノは答える。
「いいだろう。黄昏“四剣将”が一人、ジノ・リッツ。その勝負、相手になろう」
ジノも“闘気”を迸らせる。
辺り一帯が静かになる。
今から始まる勝負を近くで見ていた団員らは、二人の迸る“闘気”に息を呑まざるを得なかった。
天井から落ちる石つぶてが床に落ちたとき、ジノとガイツが地を蹴った。
剣と爪が衝突し、近くにいた団員を吹き飛ばす衝撃波が生まれた。
一階でリエムとリリーは傭兵団の団員を相手に戦っている。
「“溶解拳”!!」
「“蛇の武脚”!!」
伸びる。伸びる。
種族的特性で伸びる能力を得た拳と蹴りが炸裂する。
着弾したら、爆発が起きたかのように吹き飛んでいく団員。
フゥ~ッと息を吐くリエムとリリー。二人は背中合わせで団員たちを倒していくのだが、容赦のない数の暴力に圧倒されてる。
「チッ。しつこいな」
「頭数だけは一流の軍隊並じゃ」
押し寄せてくる団員にリエムとリリーは嫌気を差してきた。
「“溶解鞭”!!」
「“蛇の鞭”!!」
種族的特性で伸びる脚を鞭のようにしならせ、二人に押し寄せてくる団員を一掃する。
このような戦闘方法だと、伸びた脚が弱点となるのが定石。
だが、弱点を逆手にとり、補うのが、真の実力者。
リエムとリリーを独自で補い、極めているので、“九傑”という地位に上り詰めた。
しかし、今回は伸びた脚を縮むだけで収まった。
ピシッ、ピシッと天井に亀裂が入る音が耳に入る。
「「ッ!!?」」
(これは……)
(天井じゃな)
リエムとリリーは同時に上を見上げれば、天井が崩れそうになってる。いや、今にも、崩れ落ちるのに気づく。
「ちょっ!? おい……」
「今にでも、崩れそう……いや……」
「「崩れ落ちてくるじゃないか!!?」」
二人は左右に散って、崩れ落ちる瓦礫から逃れ、瓦礫と一緒に落ちてくる二人の人影を目の端に捉える。
「今、誰かが……」
「落ちてきたのじゃ」
瓦礫によって生じる土煙で人影の姿が鮮明に見えない。だが、発せられる“闘気”から誰なのかがわかる。
(この“闘気”……)
(ニナさんじゃな)
リエムとリリーも“闘気”だけでニナだと判断するも、“闘気”から肌にひりつく獰猛なる“闘気”が息を呑ませる。
「おい、リエム。気づいておるか?」
「これで気づかないなら、ただのバカだ。“動の闘気”なのはわかる。わかるが、ここまで肌をひりつかせるのは初めての経験だ」
土煙が晴れると、二人の目に入るのは浅黒く、目が充血してる獣人になってるヴォルストと、感情を爆発したかのように“動の闘気”を放出しているニナ。
爆発的に放出してるニナ。近くで見ているリエムとリリーからの目から見れば、獰猛なる獣が目の前にいると錯覚してしまう。
爆発的に放出してる“動の闘気”を剣に纏わせ、湯気のように立ち上っているのがわかる。
「ねえ、あなた、さっき、自分の弟を蹴ったり、殴ったりしたよね」
「あ゛ッ? それがどうした?」
「姉弟なんでしょう。お姉ちゃんが弟を傷つけていいの?」
「あ゛ぁ゛!!? あれが、あたしの愛情表現だ。テメエがあたしらの家庭事情に踏み込んでくるんじゃねぇ!!!」
声を荒げ、禍々しい怒り、禍々しい“闘気”を放出してるヴォルスト。
「家庭事情……確かに、余所者の私が言うのは烏滸がましいでしょうけど……」
「けど? けど、なんだ?」
「お姉ちゃんは弟を守るためにいるんでしょう!! あなたは傷つけるためにお姉ちゃんとしてあり続けるなら、それは愛情ではない。それは狂愛よ!!!」
ニナも声を荒げ、真なる怒り、清澄なる“闘気”を放出している。
だが、ニナの弁を聞き、リエムとリリーは納得するけども、今のヴォルストの耳には入ったかと思えば――。
「あたしに説教か? あたしに指図するんじゃねぇ!!! 家族は大事にするものだろうが!!!」
入っておらず、怒りを募らせ、言い返すだけだった。
煮えたぎる怒りを“闘気”と変えて放出する。
ニナもヴォルストが怒りで我を忘れてることを理解したのか。
「そう。口では分からないというのなら、身体に、頭に直接分からせないといけないようね」
真なる怒りを“闘気”に変えて放出する。
二種の“闘気”と怒り。
“動の闘気”だけでここまで違うことにリエムとリリーは息を呑む。
「な、なんて、“闘気”……」
「目の前に異なる猛獣が睨み合っておる」
(少しでも、気を抜けば、萎縮してもしまうのじゃ)
リエムとリリー。二人はニナが放つ闘気に圧倒され、全身が鳥肌立っている。
僅かの“闘気”のブレをニナは機敏に感じとる。
感情を爆発させ、心身共に限界突破したことで、感覚が鋭敏、機敏に感じとれる。
「リエム……リリー……周りの雑魚共を頼めるかしら? 私はこのヴォルストを叩き伏せないといけないから。頼めるかしら?」
クスッと笑みを零すニナにリエムとリリーは我を忘れていないことに気づき、頷いた。
「任せて」
「あんな連中。妾たちで大丈夫じゃ」
二人はニナにそう答えた。
「そう。じゃあ、頼むよ」
彼女は意識を完全にヴォルストに向ける。
「「任せろ/るのじゃ!!!」」
リエムとリリーの二人は左右から押し寄せてくる団員の相手に向かった。
ニナは獰猛な獣のように唸り声を上げてるヴォルストを見つめる。
「あたしは“魔王傭兵団”幹部、“七厄”が一人、ヴォルスト。テメエにあたしの愛を教えてやる!!!」
「“白銀の黄昏”四剣将が一人、ニナ・ファル。面白い!!! だったら、私も愛というのを教えてやろうじゃないの!!!」
感情を爆発させ、心身共に限界突破したニナとヴォルスト。しかし、進む矛先が違うだけで煮えたぎる怒りと真なる怒りとのぶつかり合うこととなる。
「「いざ、参る!!!」」
ニナとヴォルスト。互いに地を蹴り、“動の闘気”を纏わせた剣と頭突きがぶつかり合い、衝撃波を生み、辺り一帯、吹っ飛ばした。
爆発的に放出されたニナの“闘気”。
彼女の“闘気”に気づかない者は誰もいない。
上の階でガイツと切り結んでいるジノ。
彼は下の階で戦っているニナの“闘気”にほっと胸を撫で下ろす。
「……ったく、世話のかかるお転婆姫だ」
ジノから見れば、お転婆かつガキ大将なニナが変わったのを感じとれた。
ニナとジノはライヒ大帝国西部、“剣峰山”麓の村の出身。
物心をついた時から剣士として生きることを定められた。
“剣峰山”は“剣蓮流”の聖地。
豪剣を習うなら、“剣蓮流”。柔剣を習うなら、“水蓮流”。多種多様な剣を習うなら、“北蓮流”を習うのが相場だった。
ニナは現“剣蓮”の娘。ジノは現“剣蓮”の妹の子であり、二人は物心をついた時から一緒にいて、剣術を高めていた。
三歳の頃から子供用の木刀をもって、家族から素振りの仕方を習っていた。
その日を境にニナとジノの日々は剣術に支配されていた。
朝起きたら、走り込みと素振りをして、朝ご飯を食べたら稽古、お昼を食べたら稽古、夕暮れを過ぎたら少し休憩を挟んだ後、夕食を食べ、素振りをして寝る。
そんな生活を、十歳まで続いた。
とはいえ、最初の頃、ジノは剣術にさほど、熱を持てなかった。
言われたとおりに稽古をしていたに過ぎない。自分の意志でやりたいことが一度もなかった。
十歳になるまで、ジノはニナと一緒に剣術の相手をしていた。
周囲には剣術をやる人間か、剣術をやっていた人間しかいなかった。
だからこそ、疑問の挟み込む余地もなかった。
剣術こそがジノにとって常識だった。
だが、十歳になる前、“剣蓮”の喧嘩仲間のモンドス講師から“ティーターン学園”への招待を受けた。
“広い世界を見ていくきっかけをもってほしい”という意図を汲み取って、ニナとジノは中央の“ティーターン学園”へ行かされた。
“剣蓮”を通じて、仲良くなったナルスリーとシューテルとともに。
でも、“ティーターン学園”に来たとき、ニナとジノに大きな変化が起きた。
入学式に出会い、友人になった新入生総代、ズィルバー・R・ファーレン。
彼との出会いが二人の人生を大きく変えた。
ズィルバーとの模擬試合で今まで、形成された自分が打ち壊された。
ズィルバーは剣術だけで勝てないことを知る。
ジノにとって最大の変化は強敵への高揚感。ジノにとって、今までの相手は家族や年代が一回り上の剣士ばかり。なので、彼らと稽古しても剣術への面白みがなかった。
だけど、同年代のズィルバーとの模擬試合で沸き上がってきたのが、純粋なる好奇心。
初めての試合だったけど、故郷では味わえない気持ちを抱いた。
その時の試合は力の差を嫌ってほど、分からせられ、ギリッと歯を食いしばったのを今でもジノは忘れずにいる。
ニナやナルスリー、シューテルも力の差を分からされ、次こそはズィルバーを倒してやるという想いを抱き、剣術を真摯に極めることになった。
初めての“地下迷宮”の実習で、ズィルバーと婚約者、ティア・B・ライヒと共に班となった。
だが、突如の異常事態に命の危機、死への恐怖を、生への執着を知った。
そして、ズィルバーの器の大きさに見惚れ、ついて行きたい、仕えたいという忠誠心が抱いた。
皇帝陛下から褒賞を与えられ、一躍有名になるも、ジノからしたら、そんなのに興味がなく、未知なる強敵への好奇心に支配されていた。
魔剣を与えられたからなのか、“地下迷宮”がきっかけなのかは分からないが身体の内側から沸き起こる力――魔力いや“闘気”というのを知る。
夏期休暇を利用して、ニナとジノは故郷の“剣峰山”に帰郷するも、ひたすら、稽古に明け暮れた。
“剣蓮”や家族からも“何かあったか”と悟り、学園で何があったのかを聞いてみた。
二人は学園であったことを家族に話した。
学園でできた友達や友達の強さ。まだ見ぬ世界の広さ。そして、自分の未熟さを知ったと話した。
最後に二人はズィルバーについて行きたいと告げ、強くなりたいと言い放った。
“剣蓮”もニナとジノが心身共に成長してることを知った。
(きっかけはどうであれ。知らねぇ間にガキ共が強くなり、知らねぇ間に巣立ちやがった)
夏期休暇は魔剣の主になる為、一から己を鍛えることにした。
家族から見れば、ニナとジノは変化した。
心身共に成長してるのもあるが、一番の変化は心構え。
普段の稽古の意味や、力の配分というのを見つめ直した。
効果は劇的で、並の大人と変わらないぐらいに強くなった。
学園で智慧を学び、心を学び、身体も強くなった。
夏期休暇後、ズィルバーの思い切った行動に頭を悩ませるも、まだ見ぬ強敵を戦う喜びを待ち望んでいた。
事実、夏期休暇以降、“獅子盗賊団”、“魔王傭兵団”、“大食らいの悪魔団”と。
まだ見ぬ強敵と世界の広さを知り、いろんな種族を知った。
ジノは無知であるため、あらゆる異種族を調べた。
調べていく中で、獣族なる種族を知る。
『獣族……獣的特性を持ち、人族と比べほどにならないほどの身体能力と反応の良さを持つ。動物であるため、種別が多く、種別ごとに特性がバラバラ』
ジノは獣族の本を読み、種族的特性を突き詰めた。
『人族より毛並みがあり、皮膚が硬い鱗だったり、感覚が優れたりしてるのが特徴で。半血族となれば、両方の特性を受け継ぐ。ただし、受け継ぐ度合いは個人差がある』
(すごいな。獣族ってのは、一度でもいいから相手をしてみたい)
という、途轍もない好奇心を持っていた。
そして、ジノ自身。ニナが右往左往しているのを知ってる。
ニナが今、“動の闘気”による心身共に限界突破していいのかと迷ってるのを知ってる。
強くなりたいという想いがある。想いがあるからこそ、壁にぶつかってしまった。
ティア殿下やジノ、ナルスリー、シューテルそして、ズィルバーだって、壁にぶつかる。
一度、ニナはジノに“動の闘気”をどう克服したのか訊ねる。
『ジノは“動の闘気”をどう乗り越えたの?』
『僕は自分で制御した。でも、自分で制御できない時が来る。その時、心の拠り所を持つこと』
『心の拠り所……』
『確かに、ニナは“剣蓮”の娘だ。短気で、お転婆、ガキ大将だったな』
『今、それを言うこと』
ニナは思わず、イラッと苛立った。
『でも、それもニナの一面だ。ニナが恐れてるのは、“剣蓮”のように凶暴になってしまうことだろう』
ジノの問い返しにニナは首肯した。
『それが呪縛になるなら、ニナ一人で抱え込まないでくれ。僕が傍にいる』
『なっ!!?』
いきなり、ジノが言ったことにニナは頬を紅くする。
『僕らは幼馴染みだろう。昔はニナが助けてくれたなら、僕がニナを助ける。幼馴染みなんだから。それで良いだろう』
ジノの男らしさがニナの心をときめかせる。
『勝手にすれば……』
照れながらもそっぽを向くニナ。
(でも、ありがとう。ジノ)
ニナは心の中でジノに感謝した。
そして、今、ニナは父、“剣蓮”から受け継がれる凶暴性を受け入れ、真なる怒りがトリガーで“動の闘気”を解き放った。
ジノも獣族と闘えることに高揚する。
ジノの相手をしてるガイツも今までに感じられなかった高揚感を支配されていた。
「楽しいな!!!」
「僕もだよ」
「だが、解せん。貴様、力を隠してるな?」
「そうだと言ったら?」
「全力で来い。俺は全力のテメエをぶっ倒す!!!」
ガイツの睨みに、ジノはフゥ~ッと息を吐く。
「そいつは済まなかった。正直に言えば、上で戦ってるニナに申し訳が立たなかっただけで、手の内を隠していた。でも、彼女が乗りこなしたのなら、もう気にする必要がない」
ジノは目を見開き、心身共に限界突破する。
解き放たれた“動の闘気”が剣を、全身を纏っていく。
湯気のように立ち上る“動の闘気”。
ガイツと同じように自身に眠る凶暴なる力を制御しきってみせた。
「待たせたな」
「スゲぇ……ここまでの力を持つ者が、まだ同い年なんてな」
「そうか?」
「しかし、解せん。テメエほどの実力を持ちながら、なぜ、誰かの下に就く。テメエほどの実力なら、こぞって、集まってくるだろうが」
ガイツはジノの実力を高く評価する。十代初等にしては強者の部類だ。
それほどの実力なら、リーダーとして担がれるのは間違えなしだ。なのに、ジノは誰かの下に就くことを選んだ。
「実力があるのと、リーダーになるのでは話が違う。あいにく、僕は組織の長に向いていない。それにズィルバーは僕に新しい世界を見せてくれる。だったら、ズィルバーについて行った方が楽しいと思っただけだ」
「なるほど。テメエが、そう決めたのなら、俺から言うことはねぇ。あるのは、テメエをぶっ倒すだけだ!!!」
「僕も最初からキミを倒すことしか考えていない!!!」
立ち上る“動の闘気”がぶつかり合った。
ニナとヴォルスト。
ジノとガイツ。
この二つの戦いは誰にも止められない。
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