英傑なる兆し。
猛り上げし“闘気”を放出するズィルバー、カズ、ユウト、カイの四人。
敵対しているとはいえ、彼らの“闘気”がぶつかり合い、雪雲なる曇天に支配されし天空が、ますます吹雪いていく。
吹雪続ける屋上。
ユウトは首や肩を鳴らしながら、ズィルバーとカズに声を飛ばす。
「なあ、あの硬さ。っていうか、あの反応速度。マジでどうなってるんだ?」
ユウトは今更になって、カイの異常性に聞いてくる。
ズィルバーは嘆息を吐くこともなく
「カイの硬さは竜人族生来の硬さ。あの反応の良さは鬼族に魔族化した時のだろう。全く、成り立ての魔族は厄介極まれない」
ユウトに教えた。
教えた際、魔族化した異種族への嫌みを吐いている。
「竜人族って、翼とか生えてる奴らのことか?」
ユウトは竜人族と聞いて、翼を生やし、空を支配する竜を連想する。
「それは、西部の竜人族だ。カイの場合は東部の竜人族だと思う」
ユウトの疑問にズィルバーが否定しつつ答えた。
ここで、カズが些かの疑問が生まれた。
「竜人族っていう種族は西と東で違うのか?」
「竜人族は東の果てと西の果てに里を形成していて、俗世との交流が非常に少ないが、情報だけは集めている種族。竜人族の見分けポイントは竜化した際の姿。翼を生やした竜になった方が西部の竜。翼を生やさず、蛇のように胴体が長いのは東部の龍だ」
「竜人族といえど、見た目だけで判断できないのもまた大変だな」
神槍を回し、構えるカズ。
「仕方あるまい。後天的に種族特性を消す獣族は見分けがつかん。何度か話し合って、種族を見抜くしか方法がないんだ」
「もしくは戦って見抜くしかないってことか」
ズィルバーとカズそしてユウトは“形態変化”してるカイを見つめる。
“形態変化”したカイの姿。
腕や肩、足を覆い隠す竜鱗。龍の角と尾を生やしてる。胸の胴体部分は浅黒い肌をしているが、見た目だけで硬さに関しては鋼鉄以上の硬さを誇っていることだろう。
鋭き爪と牙を生やし、常人の肉を引き裂き、噛み砕くことも可能だろうと思わされる。
“形態変化”したカイはズィルバーとカズの強さ。暫定的とはいえ、ユウトの強さ。彼らの強さとしぶとさから強敵と認定し、笑みを零した後、棘突き金棒を肩に担ぐ。
「しぶといな。ガキ共」
(一人ずつ確実に潰していくとするか)
肩に担いだ金棒を両手で持ち、衝撃を飛ばす構えをする。
ズィルバーは“静の闘気”を使い、未来予測をした。
「なあ、あいつの動きを封じることができないのか?」
「できたら苦労しない。僕が凍らせても奴の巨大な“闘気”の前では無意味だ」
「じゃあ、力尽くで動きを封じるしかないか」
「おい、うだうだ言ってる場合か!!? もの凄いデカいのが来るぞ!!!」
「「ッ!!?」」
ズィルバーの叫びでカズとユウトの一斉に顔を見る。
「さあ、全員が潰れるか、誰かが潰れるか。見せてもらおう」
両腕に力を込め、金棒に大きい“動の闘気”が込められている。
「行くぜ、ガキ共!!! “龍砲”!!!」
龍の咆吼かの如く、超広範囲に及ぶ衝撃波ズィルバー、カズ、ユウトの三人目掛けて放たれた。
迫り来る巨大な衝撃波を前にユウトはもう一本の剣を抜き、“動の闘気”を刀身だけじゃなく、身体全身に纏わせた。
そして、剣をクロスにして、巨大な衝撃波を受け止めにかかる。
巨大な衝撃波を二本の魔剣だけで受け止めれるのは不可能に近い。ユウトは百も承知で声を飛ばす。
「ズィルバー!!!」
「分かってるよ、カズ。左右に逸れろ!!!」
「んなことは分かってるよ!!!」
ズィルバーとカズは地を蹴って左右に退避する。
ユウトは二本の魔剣で巨大な衝撃波を受け止めるも、想像の絶するダメージが身体に、骨に、神経に、筋肉に、脳髄に叩き込まれてくる。
痛みで全身が悲鳴を上げてる中、ユウトは力を、“闘気”を限界以上に振り絞って受け止めにかかってる。
声を吼え上げ、二本の剣で方向性のあった巨大な衝撃波を斬り裂いて爆散させた。
爆散させた際の震動が傭兵団のアジト全体に襲いかかり、天井に亀裂が入り、限界を迎えて、瓦礫が落ち始めた。
階下で戦ってるティア殿下たちよりも、大フロアで戦ってるノウェムたちの方に苛立ちの声が生まれる。
「屋上で、どんな戦いをすれば、瓦礫が落ちるのよ!!?」
「うわー。すごい瓦礫」
漆黒の大鳥になってるコロネも瓦礫を躱しながら、落ちてくる瓦礫を見ている。
「ノウェム」
「ああ、ズィルバーの奴。屋上でどんな戦いをしているんだ」
苛立ちの声をあげるノウェムにコロネは憶測だが告げた。
「誰かが巨大な衝撃波でも飛ばしたんじゃない」
「一番高い可能性ね……ん?」
ノウェムは“静の闘気”で気配を感知する。コロネも同様で気配を感じとり、黒翼をはためかせて、旋回する。
そして、つい先ほどまでコロネたちがいた地点に白緑の魔鳥――ナイトが通り過ぎた。
「チッ。勘のいい小娘共だぜ」
悪態をつきながら、コロネを追いかけ続ける。
ノウェムは槍を手に後ろへ振り向き、ナイトを見ていた。
(このままズルズルと追いかけ回されるのはごめんね)
一計を案じる彼女。無駄に時間を費やすぐらいなら、警戒して動きを変えた方がいいと考えた。
「コロネ。旋回して」
「いいよぅ~」
黒翼をはためかせ、旋回するコロネ。ナイトと対面するかのように直進する。
ナイトもコロネが旋回したことを皮切りに“なにか企んでるな”と眉を顰める。ノウェムはコロネに指示を出し、黒翼をはためかせて加速する。
接近してくるコロネにナイトはフッと失笑する。
「叩き落としてやる!!」
翼をはためかせ、加速する。
だが、コロネの背に乗っているノウェムはニッと口角を上げる。
「しまっ!?」
「――“威王”!!」
なにかも抉り取るように放たれたノウェムの衝撃波ならぬ斬撃を躱すナイト。
躱すには躱すも全てを躱しきれず、斬撃の半分以上、もろに受けてしまった。
斬撃は大フロアの壁を貫通して、外の寒風を入り込むほどの風穴を開けた。
「グアアアアアァァァァァァーーーーーー!!!?」
呻き声を上げ、ズシンと地面に叩きつけられるナイト。
“威王”の大半を受けてしまい、撃沈する。
「やったぁ~!!」
喜ぶコロネだが、ノウェムだけは未だに浮かない顔をしていた。
「まだよ」
警戒する。
舞う土煙の変化を感じとる。
「コロネ、回避!!?」
「突撃する嘴!!!」
土煙の中から飛び出す乱気流の槍。コロネは体勢を崩す形で回避するも胴体が掠り、苦悶の表情を浮かべる。
「大丈夫?」
「少しかすった」
涙目で答えるコロネにノウェムはほっと胸を撫で下ろす。
乱気流は軌道を修正しながら、コロネに接近してくるかと思いきや、方向転換が効かず、あらぬ方向へ行き、壁に激突する。
ノウェムは壁に激突した敵――ナイトを見て、目が点になる。
(どうやら、一番銛と同じ理屈ね。軌道修正が効かない。このまま、ルアールたちを乗せたまま、戦うのは難しい。でも……)
ノウェムには迷いがあった。ルアール、ティナ、リィエルの三人を下で戦わせて大丈夫なのかという心配がある。
迷いがあれば、コンマ数秒の遅れがある。このままでは負けてしまう可能性があった。
(……ったく、“仲間を信じろ”と言ってるのに、信じ切れていないのは私の方だな。いや、私が過保護すぎるのが問題か)
フッと嘆息をした後、ノウェムはルアールたち三人を信じて、話しかけようとしたら、リィエルがノウェムに気持ちをつく。
「ノウェム。私たちを信じないの?」
「リィエル」
(相変わらず、私の心にズケズケと……でも、それがリィエルの長所か)
「そうね。私も過保護ね。いつまでも守り続けるのはお門違いね。じゃあ、下でハクリュウたちと同じように戦える」
「うん」
「私たちは、そのために力を付けた」
「皆の支えになりたい」
ルアール、ティナ、リィエルの三人はノウェムの、皆の支えになりたいと言い放ち、ノウェムは彼女たちの目を見て判断した。
「分かった。だが、無茶だけはするな。お互いに背中をカバーするように戦え」
「「「うん!!」」」
ノウェムの忠告を聞き入れ、彼女はコロネに頼み込む。
「コロネ!」
「分かってるよぅ~。でも、ノウェム。来たよぅ~」
コロネの聞き返しにノウェムも気づいていた。
「ああ、分かってる」
壁に視線を転じれば、またもや、乱気流が押し寄せてくる。
「急下降! 地面すれすれまでいけるか?」
「任せてぇ~」
黒翼を閉じ、重力に従って、急下降する。急下降する際、黒翼を広げてはためかせる。乱気流も軌道修正して、コロネの後を追いかける。
ノウェムの判断で軌道転換を図る。
(まだだ。まだだ……まだだ――)
地面すれすれまで接近したところで、ノウェムは叫んだ。
「今だ!!」
彼女の叫びにコロネは黒翼をはためかせ、煙を舞い、ボフンと煙の中から出てきたのは漆黒の大鳥と背に乗るノウェムのみ。
続いて、ルアールたち三人が煙の中から走って出てきた。
そのタイミングでドコンと地鳴りが引き起こす。
地面に穴ができ、土煙が立ち篭もる。
『ナイト様!!?』
声を荒げる傭兵団の団員。
立ち上る煙を上空で見ているノウェム。“静の闘気”で穴の中にいるナイトの気配を感じとる。
(気を失ってはいないわね。でも、このままだと、コロネの負担が大きいわね)
「コロネ。大きさを変えてくれる。小回りが利くように」
「はーい」
コロネは身体を収縮し、五メルほどの大鳥になった。先ほどは十五メル以上の大きさをしていた。
ノウェムもちょうどいいサイズに収縮してくれたことで、“よし”と頷いた。
槍に強く握る。強く握る際、“静の闘気”で、なにかを読み取る。
『小娘共……』
荒々しい声。なにもかも、破壊する声音であった。
『ぶち殺す!!!!』
殺意の声。怒りの声。
『ノウェム……コロネ……貴様らを、殺す!!!!』
もはや、制御のできない化物、怪物の怒りの声。
穴の底から信じられない怒号が木霊する。
「ぶち殺してやる!!!!!!」
けたたましい雄叫びが地ならしを起こし、大フロアで戦っている誰もが耳を押さえてしまう。
穴から飛び出してくる怪人。
白緑の翼も、浅黒くなり、黒緑の翼へと様変わり。体毛も同様で、もはや、先の迫力がなくなっている。凶暴な怪物に堕ちていた。
目が充血し、理性の欠片すらないと思わせる。なによりの驚きは姿形が変わってた。
手足が鉤爪となり、腕と脚に羽毛に覆われ、背に翼を生やしていた。
ノウェムはナイトの姿を見て、生唾を呑む。
「コロネ。あれって……」
「うん。“形態変化”だと思う」
コロネも目を大きく見開いていた。
「ノウェム。肌が浅黒くなっていない? 目も赤いし」
逆にコロネはナイトの目と皮膚の色を見て、動揺が走っている。
「あれは“魔族化”ね」
「“魔族化”?」
「モンドスに連れられる前、耳長族の里にあった図書室にあった本で呼んだことがある。この世界の全種族は心を怒りや憎しみ、負の感情に支配され、闇に堕ちた際、皮膚の色が浅黒くなり、凶暴な種族――魔族に堕ちるとされている。耳長族は魔族が何世代も渡って、血を交配するか。突然変異でも起きて誕生するとされている」
「ふーん。つまり、あいつは自ら闇堕ちしたっていうの?」
「そうなるな」
コロネの率直な疑問にノウェムは答えた。
「殺す……殺す……」
目が充血し、真っ赤になった瞳で睨み殺そうとするナイト。
口から涎を垂らし、獰猛なる唸り声を零す。
ナイトの変貌に地上で戦っている黄昏と狼の連合軍と傭兵団の団員が見ている。
「雰囲気が変わった……」
「獣に近いな」
ハクリュウとシュウの二人はナイトのそれを獣に近いと表現する。
しかし、傭兵団の団員は獰猛なるナイトを見て、ガタガタと震えだし、怯えだす。
「おい!?」
「ナイト様がブチ切れたぞ!!?」
「あれって、“魔族化”しているよな!!?」
「逃げろ!!?」
「ああなったナイト様は見境がねぇ!!!」
敵ではなく、味方に怯え逃げ出し始める団員。
敵に背を向けて逃げ出した。
(逃げ出した?)
(敵に背を向けてまで逃げ出す。それは、つまり――)
ハクリュウとシュウは宙に浮いてるナイトを見上げる。
((今のあいつは、それほどまでに危険だということ))
警戒心を爆上げにし、部下がハクリュウやシュウらに指示を仰ぐ。
「ハクリュウさん。どうします?」
「このまま、ここにいても巻き込まれるだけだ。全軍。この大フロアから――」
「ハクリュウ!!?」
ハクリュウが部下に指示を出そうとしたところで、シュウが声を荒げる。
ナイトが下を見下ろして、逃げ出す団員を見る。
いや、見るというより――
「敵を前にして、逃げ出すなんざ。言語道断。我ら傭兵団に在任する価値無し!!!」
見下している。
ナイトは翼を広げ、ギロッと団員を睨みつける。
ナイトと対峙してるノウェムはナイトがしそうなことを“静の闘気”で先読みする。
(まさか……)
先読みしたことで、甚大な被害が出ることが分かった。
(まずい)
「全員、まばらに別れて!! 固まってると肉塊にされるぞ!!!」
『……ッ!!?』
事態を重く見たハクリュウたちはノウェムの言うとおりにまばらに散開した。
散開したところで、ナイトは動きだした下降し、低速飛行し始める。
鋭き鉤爪が鈍く光りだす。ナイトが接近してくるのが見たハクリュウたち。彼らは“静の闘気”と動物的本能、生存本能が働き、悪寒と鳥肌が身体中に走る。
「伏せろ!!!」
シュウの叫びが木霊し、黄昏と狼の連合軍の全員が一斉にしゃがみ込んだ。
地面にしがみつくように伏せたハクリュウたち。
ナイトは彼らに目もくれず、一目散に逃げだしてる団員のみを標的している。
凄まじき突風が地に伏せたハクリュウたちに襲いかかる。
風圧がのしかかるも一瞬のことで影響はなかったが、次に聞こえてくる悲鳴に息を呑まざるを得なかった。
「ギャアアアアーーーーーー」
「止めてくれぇーーーー!!?」
「ナイト様!!?」
鮮血が舞う。
呻き声が飛び交う。
肉を引き裂く音が木霊する。
泣き叫ぶ声が飛び交う。
そして、破壊し尽くし、殺し尽くす唸り声、笑い声が轟かせた。
『…………』
凄惨なる光景に大フロアにいる誰もが息を呑んだ。
事態を重く判断するノウェムとコロネ。だが、彼女たちを支配したのはもはや、怒りではない。
被害を最小限に抑えるため、ナイトという獣を駆除することにした。
「これはもう戦争でも、戦いでも何でもない。ただの駆除よ!!!」
「うん!!!」
コロネも同じ獣族の誇りを汚すナイトを駆除する決意を秘め、黒翼をはためかせ、ナイトへ近づいていく。
「クルーウ! ルアール! 動ける者は負傷した者たちを回収して、治療に当たらせて。残りは護衛する者と大フロアに近づけさせないよう周囲の警戒をお願い。この非道なる獣は私たちが殺る!!!」
槍を強く握り、“動の闘気”を大きく纏わせ、ナイトを睨みつけるノウェム。
ハクリュウたちもノウェムの気持ちを汲み取り、彼女の言うとおりに動きだした。
「動ける者は負傷者を集めろ。敵だろうと味方だろうと構わぬな」
「治癒ができる者はできるかぎり治療を優先しろ!! 門番をする者と警戒する者に別れろ。残りは、他の場所で戦ってる者たちに、大フロアの状況を伝えろ!!!」
号令が飛び交い、部下たちが一斉に動きだした。
大フロアでの激闘を筆頭に“魔王傭兵団”アジト各所で熾烈を極めていた。
屋上でもカイが放った“龍砲”によって辺り一帯が土煙に覆われていた。
なにもかも抉り取り、破壊し尽くす一撃。
ユウトが身体を張って受け止め、弾き飛ばしたことで九死に一生を得た感じだ。
カイも“静の闘気”で声を聞きわける。
「ギョロロロロロ……」
土煙の中、三つの声が聞こえてくる。
「まだ消えねぇか」
土煙が晴れれば、痛みに悶えるユウトと容体を確認するズィルバーとカズの声が聞こえてくる。
「ユウト。大丈夫か」
「あ、ガァアアア……ああ、なんとかな」
「あんな一撃をよく斬り裂いた」
(チッ……全身の骨に罅が入ってる。動くだけで相当の激痛だ)
“静の闘気”でユウトの容体を確認するズィルバー。いや、“静の闘気”を使用しなくても診ただけでわかる。
「立てるか?」
「……もちろん、だ」
ユウトはズィルバーに言われるまでもなく、立ち上がる。
起き上がるだけでも、全身に痛みが走り、苦悶の表情を浮かべる。
「うぐっ!?」
痛みに堪え、ユウトは立ち上がる。
「無茶するなよ」
「無茶? アホ抜かせ……俺が、俺が……いや、俺らがカイの首を獲るんだよ!!!」
猛るように叫んだ途端、左目から透き通る若紫色の魔力が洩れ出す。
死の淵に立たされたとき、人は信じられない力が発揮する。
ドクンと身体中の血が激しく流動し、喀血するユウト。
ズィルバーはユウトの左目から洩れ出す若紫の魔力に目を見開き、カズは訝しげに眉を顰める。
(なんだ、あの紫の魔力は――)
喀血したユウト。だが、痛みが治まっていき、顔色が良くなっていく。
ズィルバーはユウトの左手の甲を見る。
紫の光を放つ紋章が浮かび上がっていた。その紋章にズィルバーは見覚えがあった。
(これは、冥府神の紋章……ユウトも俺と同じ側の人族……)
彼はユウトが自分と同じ人間だったのを知る。
(紋章の恩恵で骨の罅が治癒されたが、痛みによる疲労は残っている。むしろ、先の一撃で瀕死の重傷だったので生きてるまでマシだと思えばいい)
ズィルバーは考えた。
カズはユウトのことはズィルバーに任せて、単身でカイに突っ込んでいく。
バリバリと“動の闘気”を纏わせた槍を握って、突いてくる。
「“雷鳴一閃突き”!!!」
カイの首を目掛けて突いてくるも、カイは首を横に捻らせて回避する。
カズはニッと口角を上げる。
「避けたな」
地に足を付けながら、笑みを浮かべる。
「避けたってことは、僕の攻撃、槍が恐いということ。どうも……硬すぎる皮膚に傷ができるということだな」
ビキッと額に血が上るカイ。
「ほざけ!!!」
棘突き金棒を振るい、叩きつける。
カズは神槍を掲げ、防ぎにかかるも重すぎる一撃に床に亀裂が走る。
「ぐっ!?」
(なんて重さだ)
カズも重すぎる一撃に腕が痺れる。痺れが来れば、痛みが脳天に来る。痛みが来れば、苦悶の表情を浮かべる。
苦悶の表情を浮かべるということは形成がこちらに不利ということだ。
カイは何度か、金棒を振るい、カズに叩きつける。カズもなにかと堪えてきたが、足にきたのか。体勢を崩してしまった。
体勢を崩したカズ。カイは攻撃を止めることなく、追撃。
宙へ舞い上がり、ブンブンと金棒を回す。
ズィルバーは、カイが振るう技に覚えがある。
「“破壊の鉄槌”!!?」
「打ち砕き、崩せ――“破壊の鉄槌”!!!」
カズを潰す気でバリバリと雷を纏った金棒が振るわれる。振るわれた金棒はカズを叩き潰すかの如く、叩きつけた。
放射状に亀裂が入り、カズがいた床が凹んでいた。
そして、白目を剝いて、地に倒れ伏すカズ。
ズィルバーはギリッと歯軋りする。
(形成が圧倒的に不利だ)
『どうする。ズィルバー?』
レインは形成を立て直すために策を訊ねてくる。
(俺一人なら、カイを受け持つことができるが、カズやユウトを守りながらとなると話は別だ)
『そうね。それで、カイへの勝算は?』
レインの一番の気がかり。カイに勝てる方法。それだけを聞いてくる。
(本気で行く。レイン。力を渡す。加護をくれ)
『わかったわ。無茶だけはしないでよ』
「分かってる」
ズィルバーは目を閉じ、カチッと意識を切り替える。
途端、透き通る右目の蒼き瞳から碧き魔力が洩れ出す。
「少しの間、時間稼ぎをしてやる」
カイを睨みつけた。
だが、カイはズィルバーの睨みよりも、白目を剝いて気を失ってるカズを見る。
「このガキ。気を失ってもなお、俺を睨みつけてやる。二度と睨みつけねぇように、その目玉を潰してやろうか。いや、それとも頭か、心臓を潰してやろうか」
カイはズィルバーを見ていない。
いや、正確に言えば、ズィルバーが見せた摩訶不思議な力を見て、戦ってはいけないと悟った。
カイがズィルバーの摩訶不思議な力を目撃したのは半年ほど前、リンネン率いる“大食らいの悪魔団”と共にノウェムを殺そうと第二帝都へ侵攻し、白銀の黄昏と交戦したときだ。
あの時、カイとリンネンの二人を相手にし、ズィルバーは戦いあえていた。むしろ、摩訶不思議な力を使わずに戦っていた。
突如、乱入してきたオクタヴィアやアキレスにやられたことよりも、アキレスと互角の死闘を繰り広げたズィルバーに目を見開いた。
大地を抉る死闘。
ズィルバーの右目から碧い魔力が洩れていたことを――。
今もカイの脳裏に焼きついてる。
そして、本能で理解した。
(目から魔力を洩れ出す敵と相対したときは本気で叩き潰す。さもなければ、俺が殺される)
カイは分かっていた。摩訶不思議な力を持つ者を全力で殺しにいかないと自分が死ぬというのを――。
身の内に潜む本能がそう叫んでいるのだと理解した。
だからこそ、カイはズィルバーを見ない。
その間にカズとユウトを殺すことにした。
見ていない。自分に眼中がないと思い込み、激情に駆られて、立ち向かっていくのもいいが、ズィルバーは思いとどまって、冷静に立ち返る。
(なぜ、カイは俺に見向きもしない。普通、目障りだったら、先に潰すはず……)
カイの不可解な行動に目を細めるも、カズがまずいことに変わりない。
そのタイミングでユウトが荒々しい息を吐きながら剣を握る。
「ズィルバー。後のことは頼めるか」
「ん?……ユウト」
「このままズルズルと戦って無駄に消耗するのは邪道だ。この一撃に全てをかける。ここで死んだのなら、俺はそこまでの男だっただけだ」
(それに、ズィルバーと同様に、あのカズも俺がとっちめるんだ!!!)
この時、右手の甲から左手の甲とは違う紋章が光りだした。
若紫の光ではなく、純白の光。
「……ッ!!?」
ユウトから放たれる雰囲気に思わず、気圧される。
「おい、カイ!!!」
バリバリと純白の“闘気”を二本の魔剣に纏わせるユウト。
ゾクッと悪寒が走ったのかユウトに視線を転じる。
「カズを殺すんだったら、俺を先に殺してからにしろ!!!」
ユウトの背後に顕現するは白銀の巨竜。
「……ッ!!?」
「……ッ!!!」
カイとズィルバー。ユウトが顕現する巨竜に少しだが、確実に全身から鳥肌が立った。
カイは両手で金棒を握り、構える。ユウトは二本の魔剣を手に、地を蹴った。
この一撃を決死の一撃に変えて、カイを殺す気にかかる。
「これが、俺の、全身全霊の最強の技!!!」
腕を交差し、渾身の一撃を放った。
「“十字架斬り”!!!!」
カイの胸を斬り裂く斬撃。
想像を絶する痛みに呻き声を上げるカイ。
バツ印のように斬り裂かれた傷口からとめどなく血が流れ落ちる。
屋上に雪原に滴り落ちる血。
ユウトはカイを通り抜けるように斬った。
大きく肩から息を吐いてるユウト。
カイはひどく動揺し、ユウトを見て、言葉を漏らす。
「あのガキ……テメエは“アルビオン”に見初められてんのか!!?」
「“アルビオン”? 聞いたことがねぇがな……それよりも、渾身の一撃だったんだぞ……倒れろよ」
その場に座り込むユウト。もう立つだけの気力が残っていなかった。
「もう十分だろう。この傷は一生残る」
カイはユウトを賞賛する声を口にする。
「だが、鬱陶しいガキ共に違いねぇ」
バリバリと金棒に雷を纏わせる。
(まずい!!?)
ユウトの危険性を憂慮し、ズィルバーは地を蹴ろうとするも、カイはギロリとズィルバーを睨む。
「動くんじゃねぇ!!! 心配しなくても、テメエもぶっ殺してやる!!!」
金棒を両手で振るい、雷がズィルバーとユウトを襲った。
「“雷鳴撃墜”!!!」
「いぎぃッ!!?」
「がぁッ!!?」
光の速度から放たれる金棒の一撃にダメージを負い、血を吐くズィルバーとユウトの二人。
倒れ込むズィルバーとユウト。
しかし、ズィルバーだけはギロッと睨み殺すかの如く、カイを睨み、立ち上がる。
カイの“雷鳴撃墜”を真っ正面から受けてもなお、不撓不屈なる折れない意志と心で立ち上がる。
先の一撃も右目から洩れる碧き魔力による摩訶不思議な力とレインの加護で完治した。
ユウトは地に伏した状態で意識が完全に飛んでいる。白目を剝いてるのが、その証拠だ。
ズィルバーは聖剣を手に、身体の力を抜き、脱力した自然体でいた。
「ギョロロロロロ……ここまで来て、まだ臆さねぇか。テメエらが俺の部下だったら、北方も大帝国もとれたのによ」
カイの底知れない願望を口にする。
カイの願望に“あ゛っ”と喧嘩腰になるズィルバー。
しかし、“静の闘気”でカズが息を吹き返したことに気づいたのと同時に次なる声でほっと安堵する。
「お前の部下だと? ふざけるな。僕はいずれ、北部を統括する男だぞ。お前如きに北部を汚されるのは死んでもごめんだ」
気を失っていたカズが立ち上がる。
「まだ足りなかった。ユウトって、親衛隊が見せた力も、前にズィルバーが見せてくれた力がようやく分かった。お前の金棒を喰らったことで呼び起こされた」
カズの左目から紺碧の魔力が洩れ出す。
彼の足にはバリバリと紺碧の雷が迸っている。
「ズィルバー。これが、お前が使っていた力だな」
ズィルバーはカズの左目から洩れる紺碧の魔力と足から迸る紺碧の雷を見て、頷いた。
(ああ、あれこそ、メランが北方最強といわせた所以。だけど、まだ扱いこなせていないな)
「僕はまだ、レンの本当の力を引き出せていなかった。ごめん、レン」
カズはレンに謝罪する。
(いいわ。カズは私を扱い始めたばかり、これから少しずつ扱えればいい)
「ありがとう」
カズはレンに返礼する。
だが、カイはカズの左目から洩れる魔力を見て、ビキッと目を充血させる。
「テメエも摩訶不思議な力を持つ人間か!!!」
バリバリと“動の闘気”を纏わせた棘突き金棒を振るい、カズを叩き飛ばそうとする。
迫り来る金棒を前に動じることなく、紺碧の魔力と雷が神槍に纏わせ、穂先を金棒にぶつけさせる。
ぶつけさせた際、槍の穂先と金棒が触れあわず、バリバリと雷がぶつかり合っている。
大きく纏わせた“闘気”によって生じた衝撃波を利用して、カズはクルリと後ろへ宙返りする。
宙返りし、地に足を付けた。途端、足に力を込め、爆発的に地を蹴る。
爆発的に地を蹴ったことで、スピードが乗り、紺碧の雷が迸る蹴りがカイの土手っ腹に叩き込まれる。
しかも、触れずに蹴りをもらい、口から血を吐くカイ。身体をくの字に蹴られたカイの顎を目掛けて、蹴りを叩き込む。
下顎を蹴り上げられたカイの体躯は積もった雪を周囲に飛び散らす形で床に叩きつけられた。
頭から流れ落ちる血を拭い、カズはズィルバーに口にする。
「ここからは僕一人でやる」
「いいのか?」
「ああ、カイは僕一人で倒す」
神槍を横に構えるカズ。
いつになく、気合いに満ちているのがわかる。
「そいつは構わない。俺もちょっと、別の敵と相手をしないといけなくなった」
「えっ?」
突如、ズィルバーの狙い、二筋の彗星。
ズィルバーは聖剣を盾にして、受け止める。
衝撃波が生まれ、カズは衝撃波を受けるも少しだけ、たじろぐだけで平然としていた。
ズィルバーは空色の雷を聖剣に纏わせて、受け止めていた。
(痛いか?)
『あんたが持つ不思議な力のおかげで平気よ。――にしても、あんたって、千年前から人気者ね』
(それは、俺もそう思っている)
衝撃波で生じた雪煙が晴れると、ズィルバーを狙った人物がいた。
一人はアキレス。
もう一人は青髪に軽装をした十字の槍を手にした中年。
その中年にズィルバーは心当たりがあった。
「こいつは驚いた。アキレスだけじゃなく、ヘクトルまで復活させるとは、連中はとことん、俺を毛嫌いしているようだ」
ズィルバーが口にした人物。ヘクトル。
千年前、アキレスによって殺された千年前の大英雄。
(そして、かつて、俺と雌雄を決した敵でもある)
「さて、こいつは参ったな」
今、ズィルバーは一人でアキレスとヘクトルを相手にしないといけない。
(アキレスだけでも一苦労なのに、ヘクトルまで相手にするのは無理だな。せめて、ユウトがいてくれれば――)
「なあ、ズィルバー。あの青髪のおっさん。俺にくれないか?」
ここに来て、あり得ない声を再び、聞く。
(なんで、俺がツッコミ役になるんだ)
『知らない』
レインからも無視される形で答えられて、一々、気にしていない気がした。
(そもそも、俺は一々、気にするタイプじゃないはずなんだがな)
悪態をついた後、ズィルバーは目線をユウトに向ければ、ユウトはケロッとした感じで起き上がってる。
「いや~、よく寝た」
「寝てるだけで回復するのか?」
カズのもっともな発言にズィルバーも同意するが、ユウトの両手の甲に刻まれた紋章が光ってるのを見て理解した。
(冥府神と……アルビオンの加護が働いて、完全治癒したんだろう。っていうか、ユウトの奴。さらに強くなってるぞ)
『ほんとにどうなってるのかしら? でも、強さで言えば、ズィルバーの方が完全に上よ』
(ありがとう)
ズィルバーはレインに感謝を告げた後、ユウトに声をかける。
「じゃあ、ユウト。ヘクトルはキミに任せる」
「おう。任せろ」
ユウトは立ち上がって、魔剣・“布都御魂”を抜いた。
ズィルバーとレインは“布都御魂”を見て、フッと微笑する。
(“布都御魂”がユウトを認めたか)
『渡されて、まだ半年も経っていないんでしょう? 彼の潜在能力はズィルバーやカズくん並ね』
(一理ある)
ズィルバーは空色の雷が迸り、ユウトは純白の雷が迸り、カズは紺碧の雷が迸る。
アキレスとヘクトルはズィルバー、カズ、ユウトの三人の瞳から洩れる魔力に互いの獲物を強く握る。
「まさか、ここに来て、加護持ちと戦えるとはな」
「俺からしたら、嫌なんだが……純白の雷を出してる小僧に興味があるな」
「いいぜ。俺の相手は端っから決まってらぁ」
「じゃあ、話は決まり、だ!!!」
「カズ!!! カイのことは頼んだぞ!!!」
ズィルバーとユウト。アキレスとヘクトル。両者は地を蹴って、獲物がぶつかり合う。
今、ここに摩訶不思議な力を持つ者同士の戦いが始まった。
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