傭兵団の真の力。
屋上での激戦。
吹雪は次第に強くなり、猛烈さを増していく。
常人であれば、猛吹雪の中、まともに目を開くことも歩くことすらできない。
極寒にして、劣悪な環境下の中、ズィルバーとカズは“形態変化”をしたカイと対峙している。
息を切らす戦いの中、汗すらも凍らせる大寒波がズィルバーとカズの身体に襲いかかった。
“魔王傭兵団”アジトの各所では、傭兵団の団員と白銀の黄昏と漆黒なる狼の連合軍が正面衝突している。
傭兵団の中で“三災厄王”に次いで、凶暴かつ激強と称されている七人の幹部――“七厄”。
レムア公爵家の当主――ゲルトが見かけたら、首を獲るか逃げろと言われるほどの化物たちだ。
七人の幹部が連合軍の部下たちを始末していくかと思いきや、黄昏と狼の連合軍も幹部をもって迎え撃った。
「ぶっ壊れろ!!」
「叩き割れろ!!」
額と剣が激突し、衝撃波をもたらす。
互いに“動の闘気”を纏わせ、激突している。
ニナの“闘気”に臆さず、迎え撃つ少女――ヴォルスト。
力で押し切ろうとするニナとヴォルスト。互いに譲りきれない覚悟があると接触面から読み取れた。
「ハッ!!」
「オラッ!!」
こちらもこちらで“動の闘気”が衝突する。
魔剣と拳。剣術と体術。互いに譲り合えない武道が衝突し、バキバキと衝撃波をもたらし、ビキビキと壁や天井に亀裂が入る。
魔剣を振るうジノ。ジノの相手は紫の髪を垂れ流す少年――ガイツ。ガイツの年齢もヴォルストと同じでジノやニナと同い年と思われる。
二つの衝撃波が同時なおかつ近くで行われてるため、団員も部下たちもそこには近づかず、別の場所で刃を交えている。
二つの衝撃波が合わさって、壁や天井に亀裂が伸び続けている。
このままでは、壁や天井が崩れ落ち、甚大な被害が被ることは間違えなしだった。
かと思いきや、亀裂が生じた際、天井の一部が崩れ落ち、ニナとヴォルスト。ジノとガイツ。二つ組の上に落ちてきた。
ニナもジノも上から落ちてくる瓦礫に気づき、力を抜いて距離を取った。
ニナとジノが急に力を抜かれ、体勢を崩したヴォルストとガイツの頭上から瓦礫が落ちてきて、二人の身体を埋め尽くす。ニナとジノも“この程度で死ぬ”とは思っておらず、構えを解かなかった。
すると、地響きが発生し、埋め尽くされた瓦礫が吹っ飛び、土煙が発生する。
土煙の中から見えるシルエットが人の姿をしたものじゃなかった。
身体が大きくなってるのをニナとジノは気づく。
土煙が晴れ、ヴォルストとガイツの真の姿が披露された。
爪が鋭くなり、鱗が生え、足は既に人間の足ではなく、明らかに動物の足だった。
なにより特徴的なのが耳の形が獣じみた耳へと変貌している。
ヴォルストの場合は額から枝分かれした角が生えており、ガイツの場合は毛の度合いが違う。
明らかに人族の範疇を超えた見た目をするところからニナとジノは察した。
「なるほど」
「……獣族だったのか」
獣族。
この世界の種族の中で野生児じみた膂力を持つ種族。鋭き爪と牙を持ち、人族とは想像のつかない動きと身体の構造をしている種族。
ニナとジノは白銀の黄昏内でいるコロネやリリーしか見ていないから。まだ獣族が生きてる事実に度肝を抜かれているかと思いきや、さほど、驚いていなかった。
「ほぅ~」
「この姿を見て、驚かねぇとはな」
ヴォルストとガイツは驚かないニナとジノに訝しげに見つめる。
「驚いてないわけじゃない」
「僕たちは教えてもらったんだ。獣族は形態を変えることで獣性を隠せるってことにね」
「なんだ、知ってたのか」
「そういや、テメエらのところには同胞がいたんだったな。知ってて当然か」
ヴォルストとガイツの言葉にニナとジノはイラッときた。
「勘違いしないで……」
「キミたちなんかよりもコロネやリリーらの方が百倍増しだ!!」
「あんたらのように殺しに快楽を得られる外道とは違うのよ!!」
二人の怒りの言葉にヴォルストとガイツの怒りの度合いに変化が生じる。
「テメエら……生きて帰れると思うな」
「バラバラにぶっ壊してやる!!!」
怒りの感情で言動が荒々しくなった。荒々しく言動だけじゃない。“闘気”も荒々しくなり、炎のように立ち上る。
立ち上る“闘気”が波紋となって、ニナとジノの身体に押し寄せてくる。しかし、ニナとジノも負けじと“闘気”を放出する。
放出された“闘気”の波紋がヴォルストとガイツに直撃する。
直撃した“闘気”の質と大きさから敵であるニナとジノの力量を把握した。
「おい、姉貴」
「分かってる、ガイ」
荒々しかった“闘気”を抑える。抑える代わりに目つきが鋭くなった。
ニナとジノもヴォルストとガイツの目つきが鋭くなったことに気づき、集中力を底上げする。
「随分と警戒するんだね」
「あ゛っ?」
ニナの挑発にヴォルストは荒げた声音で言い返す。
「こっちは既にテメエらを強敵認定したんだよ!!」
彼女の言い返しにニナは“おや?”となる。
「あら、あなたは確か、強敵認定されるのが嫌じゃなかった?」
「あ゛ぁ゛!! 私がいつ、嫌じゃないって言ったんだ!!?」
「褒められると照れちゃうんでしょう?」
「あ゛ぁ゛!! 誰が照れると噛みつくだ!! ゴラァ!!」
「ほら、自分で認めちゃってるじゃない」
ニナに言葉遊びされて、ヴォルストは“ウガァァアアーーーー!!!”と声を荒げる。
「テメエだけはぶっ壊してやる!!」
「やってみなさい。叩き斬ってやるわ」
“闘気”が放出し、ビリビリと空気が震動する。
「来い。キミの相手は僕だ」
「ああ、そうだな」
ジノはガイツと目線でぶつかり合う。
ぶつかり合っただけで、ピシピシと床に亀裂が入る。
もはや、この先、言葉が不要。
あるのは、敵を叩き潰すだけの気概だけだった。
敵アジト内部の大フロアの上空で漆黒の大鳥になったコロネ。
彼女の背に立っているノウェム、リィエル、ルアール、ティナの四人。
「ルアール、ティナ。今よ」
「「うん」」
ノウェムの号令に応じて、ルアールとティナの二人が魔法を行使する。
「“蒼き弾丸”」
「“新緑の弾丸”」
水の弾丸と風の刃が大フロアの地上に襲う。
『ギャァアアアアアアアアーーーーーーーー!!!!』
呻き声が彼女たちの耳に木霊する。
さらに――
「おい、ノウェム!! 僕らを巻き込むな!!」
地上で戦っているシュウたちが文句を言ってくるけども、ノウェムの耳に届いていなかった。
「ノウェム。下から何か聞こえる」
「気のせいよ」
「でも……」
「気のせいよ!!」
ノウェムの詰め寄りにリィエルは“分かった”と頷いた。
実のところ、耳長族の血を引いてるので、シュウたちの文句が聞こえている。
聞こえてるけども彼女は無視していた。
「一々、聞いてたら、キリがない。生きてるだけマシだと思えばいい」
「ノウェム、鬼だ」
リィエルは核心を突くかの如く、毒を吐いた。
「…………」
リィエルの毒舌にノウェムの心に深く抉られるけども、彼女は無言を呈し、爆撃し続ける。
しかし、爆撃も横からの挟撃によって阻まれてしまった。
一筋の彗星。
ノウェムとコロネは“静の闘気”で勘付き、旋回して回避する。
リィエル、ルアール、ティナの三人は毛を掴み、しがみついて旋回を堪える。
ノウェムは槍を手にして、立ち上がる。
「コロネ」
「分かってるよぅ~」
コロネも気づいてた。自分を狙った襲撃者を――。
そして、ノウェムたちの前にバサバサと羽ばたく羽音がした。
コロネの前に姿を見せる白緑の大鳥いや魔鳥。
見た目は鳥だ。ただし、ただの鳥ではなかった。鋭い歯を備えた顎を持ち、三本の鉤爪を持ち、尾を持つ。
鳥との最大の違いは鱗があることだ。
これだけで、ノウェムは分析する。
「ただの妖鳥族じゃないわね」
「私とは全然違~う」
幼じみたコロネの声に調子を崩しかけるノウェムだが、敵に悟られないように澄まし顔でやりきろうとする。
「たいしたものだな。俺のスピードに反応するとは――」
「目に見えないのなら、“闘気”で対応すればいい」
「空を飛ぶコロネは無敵ぃ~」
ノウェムは白緑の魔鳥の問いかけに答えるも、コロネに至っては思考が幼稚なので、質問の意図をしっかり理解していなかった。
「コロネ……」
ハアと嘆息をするノウェムにコロネは疑問符を浮かべる。
「はっ、大鳥の方はどうやら、おつむがバカのようだ」
「コロネはバカじゃないよ。賢い!」
「それがバカだって言うのよ」
魔鳥にバカにされ、コロネは賢いと言い返すもノウェムにバカだと言い含められた。
「それよりもいい加減、名前ぐらい教えてくれない? どうせ、私たちの名前は知ってるんでしょう?」
ノウェムの問いかけに魔鳥は答えた。
「さすがは黄昏の“九傑”の一人。お察しの通り、俺はお前らのことは知ってる。おっと、自己紹介しないとな。俺はナイト。“魔王傭兵団”・“七厄”の一人」
「つまり、傭兵団の幹部ってわけね」
「おぉ~、強いんだぁ~」
コロネのあっけらかんとした声音にナイトは高笑いをし始める。
「おいおい、“九傑”の一人がバカだと、黄昏の品が損なわれるぜ」
小馬鹿にする口調にノウェムは失笑する。
「確かに、コロネは頭がバカよ。私がいないとなにをしでかすか分からない」
フッと鼻で笑うナイト。
「でも、私やコロネならあしからず、ズィルバーやティアをバカにするって言うなら、許さない。生きて帰れると思うな!!!」
炎のように洩れ出す“闘気”。
彼女の“闘気”にリィエル、ルアール、ティナの三人はゴクッと生唾を呑む。
コロネは“闘気”を発していないけども、瞳からやる気なのが見てとれる。
「上等だ。俺の力を見せてやる」
大フロアの上空で漆黒の大鳥――コロネ。大鳥の背に立つノウェム。彼女たちと敵対する白緑の魔鳥――ナイト。
空を制空する者同士の戦いが始まった。
「鬱陶しいな」
「頭数だけなら、親衛隊並ね」
フードを被り、鎌を振るうヒロとズィルバーからもらった魔剣を肩に乗せて、悪態をついているカナメの二人。
彼女たちを囲む傭兵団の団員。
彼らは下卑た笑みを浮かべつつ、ヒロとカナメを値踏みする。
ヒロとカナメは下卑た笑みと値踏みの視線だけで身の毛がよだつ感覚がして、冷たい瞳で見下す。
「私たちに――」
「下卑た目を――」
「「向けるんじゃない!!!」」
鎌と剣を振るえば、なにかが爆発したかのように吹き飛んでいく団員。
ヒロとカナメはイライラしながら、鎌と剣を振るい、敵を薙ぎ倒していく。
「ほんと、男って、下品だよね」
「むしろ、ズィルバーたちのほうが真面に思えてくる」
「委員長の場合、副委員長――ティア殿下がいるから。下卑た視線を向けないと思うよ」
ヒロはティア殿下の存在でズィルバーがヒロたちに下品な視線を向けられずに済んでいると思っているけども、カナメは違っていた。
「私は違うと思う」
「なぜ?」
「ズィルバーの体質。知ってるよね」
「ああ、両性往来者……所謂、“性転換”」
「そう。彼自身も自分の性別が転換する体質のせいで周りからの視線を地味に気にしてるらしいよ」
「意外な事実」
「本人曰く、女性や異種族、変わった人間に対し、奇異な視線を向けるのが生き物としての本質だそうよ」
「なるほど」
ヒロはズィルバーの談だが、生き物の本質だと知り、理解した。
「僕らもそうだけど、黄昏の皆も変わり者が多いね」
「リーダーのズィルバーが変わり者だったら、当然、集まってくるのは変わり者ばかりよ」
敵を薙ぎ倒しながら会話をしているヒロとカナメの二人。
しかし、彼女たちの行く手を阻むかの如く、ズシン、ズシンと踏みつぶす音が耳に入ってくる。
「いよいよ、お出ましね」
「そうだな」
ヒロとカナメの前に近づいてくる生物。
背中に骨質の板が、互い違いに立ち並び、尾がある四足歩行の生物。身体に鱗で覆い、鋭い歯と爪を持つ生物であった。
黄土色をした生物。見た目からは竜種を思わせる鱗で覆われていた。
「一種族の原形を保っていないわね」
「見たところ、異種族同士の混血――半血族。しかも、ご丁寧に獣族だよ」
ヒロの言葉にカナメも“確かに”と頷く。
生物はヒロとカナメに目線を落とす。
「博識だな。私の種族を見抜くとは」
「ご丁寧に“形態変化”をしてくれれば、自ずと答えが出てくるものでしょう」
ヒロは文句を言い返す。ヒロとカナメも目前の敵が女であることを知り、武器を強く握る。
「それにしても、眠いわね。せっかく、眠たい時間に襲撃されるなんて……私、ついていないわ」
「そう?」
「だったら、それを言えないようにしてあげる」
“闘気”を立ち上らせるヒロとカナメ。
生物は二人の“闘気”を肌で感じとり、鳴き声を上げる。
「いい“闘気”じゃない。さすが、ヤマト様と渡り合えるだけのことはあるわね」
「それはどうも」
「いい加減、名を明かしてよ。僕たちのことを知ってる言い方をして――」
ヒロは不機嫌そうに言えば、カナメも同じことを言いたげな目を向ける。
「それもそうだ。確かに私たちがお前らを知っているのも不服だな。私はファールハイト。“魔王傭兵団”・“七厄”の一人」
黄土色の生物――ファールハイト。彼女の正体と立ち位置を知って、ヒロとカナメはある情報筋を確認する。
「ヤマトが言っていた連中ね」
「傭兵団の幹部ね。確か、年齢がバラバラで聞いてたけど?」
ヤマトからの情報を思いだし、口にするヒロとカナメにファールハイトは眉を顰める。
「さすが、ヤマト様。その手の情報をリークしていましたか」
「随分とヤマトへの期待が高いのね」
カナメはヤマトへの謎の信頼感に違和感を覚える。
「ええ、ヤマト様こそ、我ら傭兵団の頂点に立つべき御方」
「理解できないわ。ヤマトが納得すると思ってるの?」
「ヤマト様の意志など関係ありません。カイ様はヤマト様に、我らが支配する北部の長になっていただくのです」
「話にならないな。ヤマトに人の上に立つ素質がないと思うけど」
「ええ。だからこそ、ヤマト様にはお飾りの長になってもらいます」
ファールハイトの言葉いや、カイの考えに怒りを憶えるカナメ。
「どうやら、あなたに聞いた私がバカだった」
「カナメ?」
ヒロはおそるおそる顔を覗き込むように首を傾ける。
「どうやら、傭兵団は頭が獣並ね。いえ、獣以下ね」
「ハッ?」
カナメの挑発にファールハイトは声を荒げる。
「口を慎め。三下風情が……“魔王傭兵団”の崇高な目標に愚弄にする気か」
「ええ、馬鹿にしてるのよ。獣以下の知性で北方を統治する。無理ね。貴方たちは全てを散財にして消え失せるだけよ」
「このガキ。さっきからべらべら喋ってれば、我らをバカにしやがって」
「未成年の私に口で負けるなんて、存外、傭兵団の知能指数が低いようね」
「ブッ!!」
カナメの発言がツボにはまったのかヒロは思わず、笑いを噴かす。
「このガキ――」
ファールハイトは声音が低くなり、ヒロとカナメを殺す気で睨みつけてくる。
「我らをコケにした罪……死をもって贖いな」
「そっちこそ、ヤマトをバカにしたことを負けて後悔するだね」
ヒロとカナメ。二人がヤマトを踏みにじる傭兵団に怒りを憶え、ファールハイトは黄昏に傭兵団をコケにされ、怒りを憶えた。
両者との意見の相違によるぶつかり合い、怒りのぶつかり合い。今ここに火蓋が落とされた。
「吹き荒べ、血の花よ!!!」
「はじけ飛べ、赤き水よ!!!」
魔法を行使し、肉を食い破って、血の花を咲かせ続けるシズカとベラの二人。
その凄惨な光景に傭兵団の団員は及び腰になる。
「な、なんだ、こいつら……」
「俺たちを肉塊にしていきやがる」
「ば、化物だ――」
悪態を吐きまくる団員たち。
シズカとベラは魔法を行使して、化物扱いにした団員を肉塊にして血の海に沈ませた。
「はぁ~」
ベラは断末魔をあげて死んでいく団員を見て、思わず溜息をついた。
「どうしたの、浮かない顔をして」
シズカは気にかけ、声をかける。
「なんで、こんなことをしてるんだろうと思って」
「ベラ」
「どうして、私たちは戦うのかしら? どうして、彼らは力による支配を目論むのかしら?」
ベラは戦う意義と力による支配を望む者たちがいるのかに疑問を抱いた。
しかし、シズカはベラの言動に呆気にとられる。
「随分と弱気かつ塩らしいじゃない」
「そうかしら?」
「そうよ。前のあなたなら、カズの下につくことを嫌っていたじゃない。なのに、今は手の平を返して」
「そんなんじゃあ……」
「そうとられてもおかしくないのよ。なに? カズの下についてもいいって言うの」
「前のカズだったら、嫌でもリーダーの座を奪おうとしたわよ。けど……」
「今のカズだったら、問題ないって、言いたいの?」
「そうよ。悪い」
ベラは不服そうに言い返す。
「別に。でも、あっさり、手の平を返しちゃうから。怖じ気ついちゃったかと思った」
「怖じ気つきたくもなるわよ。今のカズはリーダーとして一気に成長したから」
「確かに、そうね」
シズカとベラは敵を魔法で血の花を咲かせ続けながら、会話をしていた。
「それと、あなたが口にした疑問。カズは教えてくれたわ」
「カズが?」
「戦う理由は人それぞれ。家族を守りたい。仲間を守りたい。居場所をなくしたくない。と、バラバラだけど。最終的には北方を守りたいに繋がる」
「北方を……守る……」
「カズ曰く、理由なんてバラバラでけっこう。ただし、全員共通することは自分にとって大切なものを守ること、だって」
「自分にとって大切なもの……」
「それだけ分かっていれば、戦うことに意義を求めないわ」
「確かにそう言われたら、言い返せない」
「それとズィルバーの談だと、戦争をする時点で、私たちは悪であり正義であるんだってさ」
「悪であり、正義でもある」
「北方を守ることは私たちにとって正義であり、傭兵団にとっては悪である。その逆も然り。傭兵団が北方を侵略することが正義であるけど、私たちから見れば、悪となる」
「つまり、正義と悪というのは見方によっては変わるって言うの」
「ズィルバーの話ではそうらしいよ。彼曰く、カイという巨悪を倒すために自らが悪になったり、悪を利用したりするのは悪じゃないらしいよ」
シズカはズィルバーの談を話せば、ベラは呆れ返る。
「要するに戦争をする時点で私たちは悪人なんだね。詭弁だけど」
「詭弁に聞こえるけど、そうなるわね。でも、善悪なんて私たちじゃあ分からないことよ。決めるのは第三者だから」
シズカの言い分にベラは何も言わなくなった。
おそらく、バカらしくなって敵を倒すことに専念することにしたのだろう。
二人は団員相手に血の花を咲かせ続けていると斬撃が二人めがけて飛んできた。
「「ッ!!」」
シズカとベラは斬撃が向かってきてるのに気づく。
「血染めの壁!!!」
シズカが魔法を紡げば、血が盾となり、壁となって斬撃を防いだ。
「どうやら……」
「ええ」
先まで、呆れていたシズカとベラも自分らを狙った敵に視線を転じる。
「シズカ。その血、もらうよ。咲き乱れ、花たち!!!」
ベラが血の壁を瓦解させ、血の花弁となって敵に舞い落とす。
床に罅が入り、血が罅に染みこんでいく中、ベラは顔を歪ませる。
(手応えがない)
ベラの顔つきからシズカは察した。
(あまり効いていないようね)
二人は警戒を最大限に高める。
ちなみにシズカとベラは“闘気”は扱える。ただし、“動の闘気”ではなく、“静の闘気”に割いている。“動の闘気”を扱いこなせるけども、力を込めて放つことしかできず、纏わせる術ができていない。
その術を補う形で魔法を使っている。
「シズカ」
「ええ、来たわ」
二人は“静の闘気”で敵が近づいているのに気づく。
ビチャ、ビチャと血の海の上を歩いてくる焦げ茶色の大型生物。
大型といえど、体長二メル越えの生き物。鋭い牙と爪。猛禽類の瞳孔。なにより四足歩行の生物。
最大的な特徴が猫の姿でもあり、獅子の姿でもある。
「古風な虎人族?」
「いえ、猫霊族だと思います。ただし、虎人族よりですね」
「なるほど」
シズカとベラはこれらの特徴から相手がどのような種族なのかを見抜いた。
古風な猫霊族は肉塊と化した団員と血の海を見回した後、シズカとベラを睨み始める。
「随分と派手にやるものだな」
シズカとベラは声質から性別を見抜く。
(この人……)
(男ね)
「部下共、殺しまくりやがって」
「そっちから宣戦布告しておいて、それはないんじゃない」
「おまけに壁周辺の村を襲ったって言うじゃない。人のことを言えた義理?」
皮肉には皮肉で返す。シズカとベラも分を弁えている。しかし、傭兵団がしたことに多少なりとも怒りを憶えていた。
「ほぅ~」
古風な猫霊族は皮肉な言い返しを軽んじ、逆に、言葉の対象を彼女たちからある人物に変えて吼えた。
「確かに、我らは村を襲った品がないというなら認めよう。だが、部下たちをこう容易く殺していく貴様らの親玉の品格もたいしたことないんだな」
「「あ゛っ?」」
言葉の攻撃対象をシズカとベラではなく、カズにした古風な猫霊族の言動に二人の声音が低くなった。
「撤回しな。うすら外道」
「貴方たちのリーダーとカズを比較にしないでくれる。それともなに、私たちの非道さがカズの管理のなさと言いたいわけ?」
「そう言ったのだよ。小娘共」
「そう」
シズカから滲み出る“闘気”が波紋を生み、突風を発生させる。
「生憎とカズは非道なことができるほど、心が腐っていないのよ」
「心が腐ってる? そちらのボスとは格が違う。身の程を弁えろ」
ベラもベラで怒っており、感情を抑えていた。
シズカとベラ。二人の言動に古風な猫霊族は目を細める。
「なるほど。分を弁えないと申すか。ならば、力で身をもって味わうのだな。我ら“魔王傭兵団”の恐ろしさを」
「要するに力の差を見せつけるね」
「私たちが強者。あなたが弱者であることに変わりない」
「そうか。ならば、その首を噛みちぎり。その生首を晒してやろう」
「でしたら、私たちはあなたを肉塊にして――」
「さらし首にさせてあげる」
シズカとベラ。
そして、古風な猫霊族――ホッファート。傭兵団の幹部、“七厄”の一人。
互いの主をバカにされ、醜き最期を遂げようとする戦いが始まった。
魔法と“闘気”。自分のリーダーの名誉を守る戦いである。
「次から次へとキリがない」
「泣き言はいい。とにかく、敵を倒し続けろ」
傭兵団の団員を魔法と体術で倒し続けるカルラとヘレナの二人。
倒れ伏せる団員のほとんどが斬り傷と打撲、刺し傷ばかり。ただし、全てが致命傷という事実。
「痺れ上げろ!!!」
「貫け、叩き伏せろ!!!」
彼女たちの拳と蹴りが次々と団員をねじ伏せていく。
呻き声を上げてる中、漆黒なる狼の部下たちがカルラとヘレナのところへ集う。
「カルラさん。ヘレナさん。ここいらの敵はあらかた、始末しました」
「わかったわ。他の場所に手を回して」
「戦況は?」
ヘレナは部下に状況を尋ねる。
「現在、“魔王傭兵団”の幹部“七厄”と相手をしているのが黄昏のニナさん、ジノさん、ノウェムさん、コロネさん、ヒロさん、カナメさん。そして、シズカさんとベラさんです」
「カズ様。ハルナ様について行ったカインズさんとダンストンさんは“三災厄王”の一人。“惨王”ザルクと交戦中」
部下からの報告を聞き、ヘレナは考えに耽る。
(残りの幹部はツォーンとフェレライの二人。傭兵団の幹部“七厄”を倒しておかなければ、戦況がこちらに傾かない。ひとまず――)
「ここは私とカルラに任せて。皆は他の場所に向かってちょうだい」
「スフィアたちのこともある。一対一に拘らず、確実に勝てる方法をとって」
『ハッ!』
カルラとヘレナの指示に部下たちは号令をあげ、すぐさま、散開し、各戦場の赴かせた。
「まずい状況ね」
「ええ、戦場が広がりすぎてる」
「これ以上、広げると、こっちも死傷者が出るよ」
「そうしないためにズィルバーは奇襲策を打ち出してくれた。後は二人がカイを倒してくれるほかない」
「悔しいけど、あの二人じゃないと、あんな怪物の相手にならないわ」
歯を食いしばるカルラにヘレナは“静の闘気”で複数の気配を感じとる。
「なにか来る!」
ヘレナの叫びにカルラも“静の闘気”で気配を探る。
「四人の声が聞こえるわ」
カルラは“静の闘気”で他人の呼吸、声を感じとれる。
「さすが、カルラね。うそを見抜けるだけじゃなく、正確な人数がわかるなんて」
「賞賛していないで、構えなさい。来るよ!!」
壁を破壊して、出てくるプラチナブロンドの双子姉妹。
ビャクとルアが双剣を交差して、敵の攻撃を受け止めるも、力に負け、弾き飛ばされる。
弾き飛ばされはするも、くるりと宙返りをして体勢を立て直す。
立て直したビャクとルアは土煙の方を見つめる。
「反則にも程があるでしょう!!」
「姉様。落ち着いて」
ブチッと怒るビャクに、ルアが宥めつかせる。
「それにしても、竜人族に、あんな身体になるの!?」
「あれが委員長の言う“半血族”なんじゃあ」
土煙の中から顔を出す生物の二体。
しかし、一体の首の長さが異様だ。体長十五メル以上。首は八メル以上の長さをしていた。
鱗があり、尾がある四足歩行の生物。
もう一体は尾に魚のヒレがあり、背にもヒレがある。三本の鉤爪に、鋭き牙、獰猛なる瞳孔を持つ二足歩行の生物。
二体とも竜種かの如くの頭から見て、竜人族との混血なのがわかるビャクとルアの二人。
カルラとヘレナも二人と二体の登場に呆気にとられていた。
と、ルアがカルラとヘレナ。二人の存在に気づいて、声を飛ばす。
「そこのお姉さん。狼の幹部なんでしょう。お願いだけど、どっちか相手にできない?」
ルアは危機迫る形でカルラとヘレナに頼み込む。
「それは構わないけど……」
「まず、貴方たちがどっちを相手にしたい?」
カルラとヘレナもどちらかを相手にすること自体は請け負うもどちらを相手にするかを尋ねた。
「一応、私とルアが首の長い奴を相手にする。先輩方は魚みたいな奴を頼む」
「魚みたいな奴って……」
カルラは魚みたいな二足歩行の生物を見る。
「まんま、魚いや魚に似た生き物だな」
ヘレナは魚みたいな二足歩行の生物を揶揄した。
ヘレナの言葉が聞こえていたのか。鋭き眼光がヘレナを睨みつける。
「言うじゃねぇか、小娘」
眼光で睨まれてもヘレナはそよ風に流す。
「だけど、わかったわ。カルラ、分かってる」
「ええ、魚みたいな奴をぶっ飛ばせばいいんでしょう」
カルラの返答にヘレナは答えしづらかった。
「まあ、その通りよ。ぶっ飛ばせばいいだけの話よ」
ヘレナは考えることを放棄し、重要事項を言い放った。
ヘレナが言ったことにビキッと血の筋を浮かべる魚みたいな二足歩行。
「言い忘れたが、こいつらは“魔王傭兵団”の幹部、“七厄”だ」
「“七厄”!!」
「あら、相手にとって、不足なしね」
カルラとヘレナは相手が“七厄”だと知り、腕を鳴らす。
「生意気な小娘共。おい、フェレライ。あの女共は俺が相手をする。テメエは、そこの女どもと相手をしな」
「チッ。仕方ねぇな。だがな、ツォーン。負けたら承知しねぇぞ」
「誰にものを言っていやがる」
「そりゃ、そうだな」
ツォーンはズシン、ズシンと脚を動かし、カルラとヘレナへ近づいてくる。
ビャクとルアは首の長い四足歩行――フェレライを相手にするため、この場から離脱する。
「チッ、待ちやがれ」
フェレライはドシン、ドシンと地ならししながら、二人を追いかける。
魚みたいな二足歩行――ツォーンと相手をするカルラとヘレナはポキポキと首を鳴らす。
「さて、傭兵団の幹部の一人を倒せば、戦局はこっちに傾く」
「ついでに私たちも強くなること間違えなし」
死ぬことなぞ考えていない二人にツォーンは笑いをあげる。
「たいした戦術眼だ。たいした戦況を読んでるな。俺を倒すだと? 小娘風情が俺を倒せると本気で思ってるのか」
「そう思ってるから言ってるんだけど?」
「むしろ、勝つと思ってるから。戦いに挑むものでしょう」
「夢見がちなガキ共だ。テメエらの大将も存外、バカなようだな」
ツォーンはカズへの侮辱を口にする。
「夢見がちと思われても仕方ないけど、カズがバカなのは心外ね」
「それに敵のリーダーをバカと言う奴ほど、自分らのリーダーをバカと豪語している他ならない。言葉には気をつけなさい。おバカさん」
ヘレナはツォーンに対して、指摘した上で強弁する。自分らの方が知力が上だと証明するかのように――。
ヘレナの言動で逆鱗に触れたのか眼光はさらに鋭くなるツォーン。
「決めたぞ。引きちぎるか。噛み砕いて、その命を絶ってやる」
「やってみなさい!!」
「逆に、その顎を砕いてやる!!」
傭兵団の幹部、“七厄”の一人――ツォーンとカルラとヘレナがぶつかり合った。
距離をとったビャクとルアは追いかけてくるフェレライと対峙する。
「なんだ。逃げるのを止めたのか?」
「逃げる?」
「お生憎様。私たちは逃げるために、あそこから逃げたんじゃない」
「あなたを倒すために移動したまでに過ぎない」
姉妹はフェレライを倒す気満々でいる。
フェレライは面白かったのか腹の底から笑い声を上げる。
「どこまでめでたい頭をしてるんだ。テメエら如きに俺が倒せるわけねぇだろう」
フェレライは自分が勝つ気でいるようだ。ビャクとルアも勝つ気でいる。
「めでたい頭をしてるか、ね」
「だったら、どっちがめでたい頭をしているか、教えてあげる」
双剣を煌めかせるビャクとルア。
自分らにとって、強大な敵との戦い。
姉妹揃って挑む戦い。自分らこそ、強者であることを証明するため、今ここに刃を振るう。
白銀の黄昏と漆黒なる狼の幹部は“魔王傭兵団”の幹部“七厄”と衝突。
彼らの戦いが、この戦争の行く末を左右することは誰も知らない。
“三災厄王”と“七厄”。傭兵団の幹部を倒さないかぎり、黄昏と狼の連合軍に勝利はない。
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