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転生英雄の学園譚  作者: 柊銀華
北方交流
108/296

中央と北方の交流会

キャラ名変更

ウルル→ヴォルスト

に変更します。

 翌日。

 とても寒い日であった。

 東の空に昇る太陽は雲に阻まれて、大地に大地に手を伸ばすことすら敵わずにいる。

 まるで、獣が咆吼を上げているかのように、強風が唸りを伴って、家の壁を叩きながら降り積もった雪を巻き上げていた。

 普段は露店が建ち並ぶ表通りも店は閉められ、行き交う人々の姿はなく、閑散としている。

 なぜなら、人々は祈りをしながら家に閉じこもり、暖炉に手をかざして、雪嵐が過ぎ去るのを待っていたからだ。

 しかし、街とは正反対に“蒼銀城(ブラオブルグ)”の居城は熱気に包まれていた。

 城の食堂に散乱する光を浴びる人々の顔は喜色に染まり、二十を超える長机の上にはさまざまな料理が並べられ、ゴブレットはシャンデリアの光を受けて魅力溢れる光を零している。

 その机の周りを囲むのは皿を片手に談笑する中央と北方の風紀委員全員であった。

「外は猛吹雪、か」

「今日は食事での交流会。しかも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――」

「うん。なんか、裏がありそうで怖いね」

 ハクリュウとシュウが初日の食事会を提案したのが、学園ということで“裏がありそう”と考えてしまう。

 それは、ニナたち(中央側)全員が、そうであり、皆、学園が用意した食事に手を付けていない。

 食事に手を付けていないと言えば、カズの部下たち(北方側)も同じで、全く、食事に手を付けていないからだ。

 中央側(こちら)から見れば、北方側(向こう)はグルではないのかと勘ぐってしまう。

「ねえ、ノウェム。壁に背を預けてる彼――」

「ああ、“問題児”の中でも、指折りの“問題児”――カインズだ」

 ノウェムがそう言ったことで、中央の指折り(こちら)の“問題児”の視線が壁に背を預けてる少年に向けられる。

「あのカインズが、レムア公爵家の跡取りの下に就くとは……」

「実力で従ったのか、本能的に勝てないと悟ったのか、はたまた、その両方か。理由は分からないけど、彼ほどの“問題児”が下に就いたとなれば、北方も中々の粒揃い」

「うん。所々を見ると、カインズ以外にもけっこうヤバメな“問題児”がいる」

 ノウェムとカナメは、少々、俗な話をしてた。

 ズィルバーはアルスとともに、辺りを見回していた。

(穏やかな空気が流れているけども……)

「どうだ、アルス?」

「う~ん」

 ズィルバーに言われて、クンクンと匂いを嗅いでるアルス。

「香辛料とかで掻き消してるけど、微かに匂うよ」

「種類とかわかるか? 俺は、こういったのには疎い」

(毒を出してるじゃないかってぐらいなら、わかる程度だ)

「匂いから見て、睡眠薬の類、かな」

「ありがとう」

(だとすれば――)

 ズィルバーは学園側の手口を考える。

(北方側も食事に手を出さないのは直感か。はたまた、知っていたか、だな)

「……アルス」

「注意深く見ろ、だろう?」

 アルスの聞き返しにズィルバーは頷く。

 アルスも“任せな”と頷いて、ズィルバーの傍にいつつ、ナルスリーらと談笑していた。


 一方で、カズ側陣営も学園が出してくれた料理に手を付けずにいた。

「明らかに、“食べてください”と言ってるようなものじゃない」

「中央の彼らも手つかずというより、毒味をしているって感じ」

 二人の女の子が話し合っている。

「シズカ、ベラ。あまり、そのような発言を控えて」

 と、そこに、ハルナ殿下が二人に忠告を入れる。

「ハルナ」

「副委員長」

 と、彼女たちはハルナ殿下に対して、軽い臣下の礼を尽くす。

「注意深く見ていなさい」

 ハルナは壁際に目を向ければ、警備は万全だと言いたげな得物を持った警備兵が立っていた。

「副委員長も学園長と副学園長が企みに気づいてましたか?」

「ええ。子供だからと言って、うまく取り繕って隠してるようですけど、隠してるのが見え見えでした」

 ハルナ殿下はヒソヒソと小声でだが、シズカとベラと話していた。

「――にしても」

 ベラは中央組の“問題児”の顔ぶれに息を呑む。

「何奴も此奴も、名の知れた“問題児”ばかりね」

「裏社会に通ずる子息、令嬢ばかり……力の権化と言われたヤマトですら、ズィルバー(あの少年)の下に就くなんて、誰が想像したの?」

 シズカもヤマトやムサシやコジロウの顔を見て、ゴクッと生唾を呑む。

「今回の交流で、顔なじみになれば、いろいろと役に立てるといいけど……」

「それは、今後の動き次第ね」

 と、ハルナ殿下は水を口にして、場の空気を嗜んでいた。


 緊迫した空気を保ってはいるもののズィルバーたち(中央)カズたち(北方)とで。徐々にだが、会話が弾み始めた。

「ズィルバー、楽しんでいるか?」

 カズがズィルバーに声をかけてきた。

 北方の制服は中央とは違い、厚手の制服だ。毛皮満載もモコモコとした服ではなく、耐寒性、保温性に富んだ生地になって仕立てられた。

 ズィルバーは軽く会釈してから口を開いた。

「楽しんでるかと思えば、そうでもない」

「だろうな。遠目から見ていたが、警戒してるような顔をしていたから」

 冗談めかした口調で言ってから、カズは壁に背を向け、ズィルバーに話しかける。

「ここだけの話。学園長と副学園長。双方がバラバラで企んでる」

 カズが自分から北方の問題を口にする。ズィルバーも“やはり”という目を細めた。

「狙いはおそらく、家の力を削ぎ、北方の手中に収めようと考えてると思う」

「それは、ゲルト公爵卿も気づいてるのか?」

「父さんも気づいてるよ。だけど、今は動けない」

「ん?」

(動けない。ゲルト公爵卿が動けないはずがない)

「外の雪嵐もあるけど、傭兵団のこともあるから。下手に動けないんだよね」

「北方の親衛隊は?」

「彼らも駐屯所で待機してる」

「ふ~ん」

(なるほど。外は雪嵐に、傭兵団への警戒、か)

「食堂の警備も多い。異常に思える」

 ズィルバーが指摘すれば、カズも顔を険しく歪めた。

「中央の君たちを迎えるためと学園長は言ってるよ。警備は当然、厳しくなってしまうって――」

 顔を険しくしたまま、カズは説明を続ける。

「城内に、五百の警備兵を配置し、ここにも、百の警備兵が詰めている」

 と、カズは言って、辺りに首を巡らせた。

 食堂の壁際には警備兵が常に不審者が紛れ込んでいないか目を光らせている。

 隙がない。

 カズは険しい表情で頷くと、ズィルバーは目線だけで警備兵を見る。

「一応、ここには僕とハルナ、幹部だけにしておいたけど、ズィルバーは?」

「俺も、もしものことがあるから。幹部勢と強者の“問題児”だけにした。他の奴らはゲルト公爵卿のところに行かせたよ。傭兵団に関しての情報は知ってるから。その情報提供と現地協力に向かわせた」

「僕と同じだ。父さんに言われて、部下たちを実家に送らせたんだ。父さんも父さんで、今回の交流会は、なにか、嫌なことが起きると言っていたし」

「やはり、ゲルト公爵卿も同じ考えか」

(――にしても)

 ズィルバーはカズから聞いた情報のもと、再確認する。

(外は雪嵐に、傭兵団の警戒。中は鼠一匹も入らせない布陣)

「異変が起きても、外に情報が漏れないな」

「そのような些事は知る必要がないという腹積もりだろう」

 ズィルバーの言葉にカズは頷いた。

 逃げ場がないと悟ったからだ。

 ここから出るには、強行突破しないといけないことにも――。


 その時、食堂の扉の方から響めきが上がり、食堂と廊下を繋げる扉が開かれていた。

「学園長と副学園長、か?」

「そのようだな」

「カズ。キミも、北方でなにかが起きると踏んでいるのか?」

「ああ、北方で変なことをしたら、レムア公爵家の、いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………」

 ズィルバーは先のカズが述べた言葉に絶句した。

(今の台詞……カズの雰囲気……あぁ~、やっぱり、似てるな。()に――)

 ズィルバー、いや、ヘルトの脳裏に過ぎったのは、千年前、ともに戦った戦友が言った言葉。

 その言葉は、後に北方最強ともいわれる大将軍が口にした。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!()!()

 ズィルバーはカズの雰囲気、その姿に感慨深く思ってしまう。

(やっぱり、キミの子孫だよ。メラン。キミの血、生き様、誇りは今もなお、生き続けている)

 亡き戦友、メランの面影を感じ入っているズィルバーの顔に、カズは

「な、な、な、なんだよ。そんな顔をされると、気が悪いんだが……」

「あぁ~、すまない。気にしないでくれ」

(カズの姿を、メランと重ねてしまった)

 ズィルバーはカズの姿から、しみじみとメランの面影を感じ入るものがあった。

 面影から、千年前にあったいろいろな出来事が鮮明に思い出された。

「これは、ズィルバー殿に、カズ風紀委員長。委員長同士で段取りの打ち合わせでもしておりましたか?」

 ズィルバーとカズのもとに副学園長が近づいてきた。

「はい。そのようなところです」

 ズィルバーは平然とうそを述べて、カズと密談近しい会話をしたことを隠した。

「そうでしたか。是非とも、双方ともに関係を深めてもらいたいものです」

 副学園長は嬉々としてズィルバーと話しかけてきた。

「せっかくですので、ズィルバー殿、カズ風紀委員長。よろしければ、学園長に挨拶に行きませんか?」

「ええ、俺もそろそろ行かないといけないと思っていたところです」

「僕もそろそろ、学園長に挨拶しておかないと思ってたところです」

 三者は肩を並べて歩き始める。

 ズィルバーは横目に副学園長の表情を窺うもなにを考えているのか一切読めなかった。

「ズィルバー殿は北方の学園をどう思われますか?」

 学園長へ行くまでの間、副学園長が問いかけてきた。

「全容は把握していませんが、よい学園だと思いますよ。ただ、少し不満があるとすれば、寒いところでしょうか」

「確かに――そうですね」

 ふっ、と皮肉めいた笑みを浮かべて副学園長は足を止めた。

「ズィルバー殿、カズ風紀委員長、先に行かれるとよい。自分は貴方たちの挨拶が終わってからに致しましょう」

「分かりました」

「では、また後ほど」

 軽く会釈したズィルバーとカズは学園長のところまで歩み寄った。

「おおっ、ズィルバー殿、カズ殿、よくぞいらっしゃった!」

 交流会といえど、学園長だけ、酒を飲んでいる。酒が入ってるせいか、妙に上機嫌に両腕を広げてズィルバーとカズを迎えてくれた。

 ティア殿下たちは胡散臭いのもあるが、酒の匂いに気分を弄していた。

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。本日はお招き頂きありがとうございます」

「自分も挨拶に誠に申し訳ありません」

 ズィルバーとカズは学園長に謝罪の言葉を述べる。

「そう堅苦しくする必要はありません。それより、楽しまれておりますかな?」

「はい。とても有意義な時間を過ごしています」

「…………」

 カズはズィルバーの笑顔満面な切り返しに絶句してる。

「それはようございました。今日は仕事のことは忘れて、思う存分楽しまれよ!」

「はい、そうさせていただきます。それでは、今後ともに中央と北方(・・・・・)の関係が末永く続きますよう、よろしくお願いします」

 ズィルバーとカズは軽く礼をとってから踵を返す。

 カズはズィルバーの対応の仕方に終始、絶句していた。

(ズィルバーの奴。意外にも、顔の面が厚くないか? いや、猫被ってるのか。よく、あんなうそを平然と言えるもんだ。僕でも、あんなうそはつくかもな)

 カズもカズで自分に話を振られたら、“楽しんでますよ”と嘘をついてただろう。そのまま歩き始めたズィルバーとカズは副学園長とすれ違う。

 その表情は隠すことのない怒りで歪んでいた。据わった目で学園長を睨みつけている。

 胸騒ぎを覚えたズィルバーとカズは振り返ろうとしたが――

「おお、副学園長! キミが(・・・)催して(・・・)くれた(・・・)祝宴は大成功のようだぞ!」

「学園長。これも全ては中央と北方の関係をよくするため、当学園支部の威厳を示すためのものでございます」

「うむ。ズィルバー殿とカズ殿も楽しんでいらっしゃった」

 楽しげに会話は弾んでいるが、ズィルバーとカズは信じられないことを耳にする。

(副学園長が提案し催した!?)

(だとすれば、この交流会そのものが僕たちを貶める罠!? もしくは――)

(なにか計画を実行するために利用されていた!?)

 ここに来て、ズィルバーとカズ(二人)は身の毛がよだち、本能に従って、振りかえようとした。


 ――その時。


 なにかが倒れる大きな音が鼓膜を打ってくる。

「……なっ」

「……うそだろう」

 振り返ったズィルバーとカズ、いや、ここにいる全員が目にしたのは――、

「学園長。あなたは名君でもなければ、暴君でもない。ただただ、平凡なる長でしかなかった。平和な世の中なら、それはよかったかもしれない」

 血濡れた短剣を持つ副学園長、彼が見下ろすのは床に倒れた学園長であった。

 異常を察したティア殿下たちからは響めきが生まれ、張り詰めた空気が彼らの身体を重くする。

「しかし、これから訪れる時代は違う。ライヒ大帝国の古き戒律の中でいればいいだけの世ではなくなる。我々、()()()()()()()()()()()()()()。そのために、この方法しかないのですよ。とても残念だと思いますが……学園長なら分かっていただけることでしょう」

 副学園長は愉悦で歪んでいる顔を片手で覆うと、身体をくの字に曲げて大笑いをあげた。

「はははははっ、嬉しくて仕方がない! ようやく、学園長の椅子が私の手中に収まるのだから!」

 ゆっくりと副学園長の首が動いて、充血した瞳がズィルバーとカズに向けられる。

「ふふっ、ははははは、ズィルバー殿! カズ風紀委員長! まだ、そこにいたのか。なんだ、その顔は、驚いてるのか?」

背を仰け反らせて狂ったように笑い続ける副学園長。

 さらに、食堂内が響めく。

 ズィルバーが周囲に視線を巡らせれば、警備兵たちがジリジリとティア殿下たちを詰め寄っていた。

 心を和ませる場所から一転して、食堂は暴虐で暴虐で満たされそうになる。

「学園長とて、こうなってしまったら、ただの肉塊だ。家畜となんら変わらない。そう思わないか、カズ風紀委員長?」

「やはり、こうなったか」

「おや、気づいておりましたか。自分がこのような相応なる行動に出た原因も分かっていると?」

「知らないな。愚か者のことなど? お前が勝手に道を踏み外しただけじゃないか」

「その道を踏み外させるきっかけを与えたのは貴様だ、カズ風紀委員長!」

「やはり、キミは本当に愚か者だ」

「その台詞は、貴様にそっくり返そう」

 副学園長はカズに近づこうとしたが、その足を途中で止めた。

「そこまでにしてくれませんか?」

 ズィルバーが両者の間に立ちはだかったからだ。

「ズィルバー殿……なんのつもりだ」

「キミの顔が、とても醜悪で見るに堪えないものだったから」

 カズに近づかせないようにして、ズィルバーが右手を挙げる。

 すると、なにもない空間から“聖剣(クラウ・ソラス)”が現出されて、剣先がピタリと副学園長の顔を定めた。

 突如として現れた“聖剣”を見て、副学園長は慌てた様子で後ろに距離を取る。

「な、なんだ、それは?」

「知る必要もないことだ」

 ズィルバーは腰を落として中腰になった。

 水平に剣を構えたまま、腰に捻りを加えて、左手を刃に添える。

 洗練された動作を前に、本気だということを副学園長は悟ったか明らかな狼狽を見せた。

「ズィルバー殿、待たれよ。あなたには捕虜になってもらいたい。手荒に扱うことはない。来客のようにもてなそう。中央との交渉材料になってもらわねばならないので」

「そう言ってしまえば、剣を納める必要はない。それに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 素早い動きで繰り出されたのは刺突。

 副学園長は避けることができず、右腕が鮮血の尾を引いて宙を飛んだ。

「ギャアアアア!? う、腕が……あ、ああぁ!?」

 呻き声を上げて、悶え苦しむ。

「見苦しいにも程がある。不細工にも程がある。副学園長なら歯を食いしばって耐えろ」

「き、貴様ァ、許さぬぞ。殺してやるッ!」

「俺は生かしておいてあげるよ。キミには人質としての利用価値が……いや、ないか。少なくとも、傭兵団の連中はキミのことなんぞ、眼中に思っていないだろうから」

「はっ?」

 副学園長が呆けてる中、ティア殿下とハルナ殿下は叫んだ。

「「全員、(学園)にいる()()()()()()()()!()!()」」

 ティア殿下とハルナ殿下の叫びに、ニナたちが雄叫びを上げる。

 食堂内にいる警備兵らは舌打ちしてからバサバサと装備を脱ぎ捨てた。

「なぜ、バレた。理由を聞かせろ」

 装備を捨てた者たちの中の一人、各所にメッシュが入ったストレートヘアの女の子。年齢から見て、ズィルバーたちと同い年に思える。口元には雲吹き出しのマスクを付けてた。

「知れたこと。昨日からずっと、私たちのことを見ておいて。何を言ってるの?」

「それに、一度、戦った“闘気”を私は忘れていない」

 ニナは問いを投げつけた女の子に魔剣の鋒を突きつけた。

「ふっ、アハハハハハハハッーー!!」

 魔剣を突きつけられた女の子は大きく笑い声を上げた。

「さすが、白銀の黄昏シルバリック・リコフォスの幹部の一人。私のことを覚えていたのか」

「言ったはずよ。私は一度、戦った相手の“闘気”を忘れない質なのよ」

 キッとマスクを付けた女の子を睨みつけるニナ。

「あ゛あ゛ぁ゛!! なに、睨みつけてんだ、このヤロー!!」

 ニナに睨みつけられただけで、急に女の子が喧嘩腰になった。

「睨みも付けるわよ。あなたのような強敵(・・)に睨みつけたくもなる」

 喧嘩腰の女の子に対して、ニナは“()()()()”と定めて、睨みつけてる。

 対して、女の子はニナに強敵認定されたことが不服だったのか知らないが、

「勝手に強敵認定するんじゃねぇ!! テメエみたいな奴に認められるとムシャクシャする!!」

「それって、強敵と認められて、嬉しがってるのかしら?」

「ハアァ!? そんなわけねぇだろうが!! このヤロー!!」

 喧嘩腰かつ噛みつく姿勢にニナは

(なるほど。照れたら、噛みつくタイプね)

 マスクを付けた女の子がニナに噛みついてるのを周りの傭兵団が止めに入った。

「ヴォルストさん。止めてください」

「止めろ、だと!!?」

「敵に噛みつかないでください」

「噛みつくな、だと!!」

 味方の傭兵団にも喧嘩腰になる女の子――ヴォルストの姿勢にニナだけじゃなく、ズィルバーたち全員が思ったことは

(彼女は誰も彼も噛みついてしまう質だな)

(おまけに力でものを言わせるタイプだな)

 ヴォルストの性格いや、個性を知った。

「私の邪魔するんじゃねぇ!!」

 ヴォルストは部下と思わせる下っ端たちを殴り飛ばしてた。

「ヴォルストさん。今は……」

「ああ、そうだな」

 喧嘩腰、血の気の多いウルルに部下がズィルバーたちの始末をしようと頼んだ。

「おい、あそこにいる副学園長を()()()()()

「なに!?」

 ヴォルストが口にした内容に副学園長だけじゃなく、ズィルバーたちも驚いた。

 この事態を引き起こしたのは副学園長で間違えない。

 首謀者である彼を人質にすれば、この場から脱することも可能であろう。

 ヴォルストの指示を聞き、部下が一歩踏み出す。

「なぜだ、なぜ!? なぜ、私を殺そうとする!!?」

 その言葉を発したのは、副学園長。

 狼狽えるところを見るに、彼の指示、契約ではなかったのだろう。

「悪ぃが、カイ様は敵にやられる雑魚に用はねぇんだ。テメエとは“北方を手中に収める”利害が一致するから組んだだけだ。テメエが事を起こせば、もう、用はねぇんだよ」

「な、何を言う。貴様ら……ライヒ大帝国、皇族親衛隊と事を構える気か!?」

「はっ。親衛隊なんざ。興味ねぇ。カイ様の最大の脅威は“()()()()()()()()”だけだ」

「ふざけるなッ! ここで彼らを殺せば、ライヒ大帝国の怒りを買うに決まってる!」

 副学園長は喚き続けたが、ヴォルストは高らかに足音を立てながら、副学園長に近づき、首を掴み、持ち上げた。

「カイ様が目指す世界に、口だけの雑魚なんざいらねぇんだよ」

 “ボキッ!!?”と首の骨をへし折り、だらんと首があらぬ方向に曲がった副学園長。

 躊躇いもなく、首の骨をへし折って見せた姿は悪鬼を思わせる。だが、首を折るだけで、ここまでの技量、ここまでの手際の良さは身に付けられない。自ら率先して、殺しの道に進まない限り――副学園長以外にも人を殺したことがあったのは明らかであった。

「けっ、これで邪魔者は消え失せた。後は、テメエらは殺すだけだが――」

 ズィルバーたちに顔を向けるも動かないヴォルストを、ズィルバーは不審に思った。

「カイ様の命令は、協力者の始末だけだ。テメエらに関しては“手を出すな”って言われてんだ」

「なるほど。つまり、俺たちが逃げ出すのも計算の裡ってわけか」

 ズィルバーは傭兵団の、“魔王カイ”の目的を知った。

 なお、ズィルバーとカズは食堂の出入口の方に目を向ける。

 扉が開け放たれて、警備兵に扮した傭兵団の団員たちが雪崩れ込んできた。彼らは剣の鋒を閃かせ、刃を鈍く光らせる。

 彼らはヴォルストの指示が出るのを待っている。

「ヴォルストさん。此奴ら、どうします?」

「殺しますか?」

 団員たちがヴォルストに指示を仰ぐもウルルが告げた命令は“下がれ”であった。

「カイ様や盗賊団、悪魔団と引き分けた奴らだ。私らだけで殺せると思うな。今、噛みつくんじゃねぇ」

「一番噛みつくヴォルストさんが言いますか」

「テメエ、殺されてぇのか!!」

 ドスの利いたヴォルストの声音に団員は

「す、すす、すいません!!」

 背筋を伸ばして謝罪した。

「それよりも、今日の目的は達したんだ。退くぞ、テメエら。死にてぇ奴は止めはしねぇよ。死んでも供養はしねぇがよ」

 ヴォルストは引き下がる。廊下へと向かうも、

「逃がすと思う?」

 ニナがヴォルストの首を獲ろうと挟撃を仕掛ける。

 ニナの魔剣はウルルに接近する。

 しかし――

「行かせるかよ」

 傭兵団の団員たちがその行く手を阻み、ニナの動きを封じた。

 ズィルバーたちのほとんどが十代初めに対し、傭兵団の団員たちのほとんどが二十代、三十代の大人ばかりだ。

 実力があろうと、身体的能力に彼我の差があった。

 数も白銀の黄昏シルバリック・リコフォスでも、ズィルバーを含め、二十名ちょっと。漆黒なる狼シュヴァルツ・ヴォルフでも、カズを含め、十名ちょっと。

 対する、傭兵団は食堂内で百名。城内にも五百名の団員が配備されていた。

 明らかに数に差がある。

 おまけに――。

(密閉された空間では思うように力が振えない。カズの仲間たちがどのような戦法で戦うかは分からない以上、派手に戦うのは自滅行為に等しい)

「カズ。どうする?」

 ズィルバーは小声でカズに話しかける。

「ひとまず、逃げよう。学園が傭兵団に陥落させられてるなら、今は学園を出て、父さんに状況を報告すべきだ」

「ゲルト公爵卿に、か。俺もそいつには賛同するが……」

 ズィルバーの首を獲ろうと傭兵団の団員たちが飛びかかってきた。

「はははっ! ここでオメエの首を獲れば、俺たちも上にのし上がれるってものよ!」

「大人しく、死にやがれ!」

 ズィルバーは団員たちの攻撃を捌き、避けながら、周囲に目を向ける。

 傭兵団の団員たちが得物を手に、躊躇いもなくティア殿下たちに斬りかかっている。

 ティア殿下たちも服の中で武器を隠していたから抵抗できているが、このままでは時間の問題だと、はっきり理解していた。

(まずいな……食堂の広さだと大振りだとかえって皆に迷惑をかけてしまう。かくなる上は――)

「アルス! ライナ! なりふり構わずに傭兵団の雑魚共を叩き潰せ!」

「生死は?」

「構わぬな! 向かってくる敵を叩き潰せ!」

「おう!」

「了解、委員長」

「ティア!」

「ハルナ!」

 ズィルバーとカズが同時に婚約者の名を呼ぶ。

「分かってる」

「ここは全員、脱出に専念して!」

 ティア殿下とハルナ殿下は脱出を優先するよう声を張りあげる。

「ティア。分かってるけど」

「このままじゃあ、追い返すどころか、脱出も難しいよ」

 ナルスリーとジノが脱出が難しいと言い返す。

 ティア殿下は敵を斬って、ハルナ殿下に話しかける。

「ハルナ。外に通じる出入口とかある!!?」

「た、確か……この城が建設されたとき、北方の大将軍が残した秘密の通路(・・・・・)があるって、聞いたことがある!」

「場所は知ってる?」

「カズから聞いたことがあるから知ってる」

 ハルナ殿下が応えたところで、ズィルバーが声を張りあげる。

「よし。その通路を通じて、外に出るぞ。カズ、案内を頼む」

「任せろ」

 カズはズィルバーに言われて、皆を案内し始めた。

「こっちだ!」

 カズに連れてかれて辿り着いたのは食堂の壁。壁には窓が一枚もなく、代わりにレムア公爵家の紋章が描かれた幕が下ろされており、カズが無造作にめくると鉄製の扉が現れた。

 しかし、扉には取っ手がついておらず隙間がない。壁に填め込まれているだけのようにも見えた。

「お、おい、これって、閉鎖された扉では?」

 こじ開けるだけの時間が残されていない。ならば、強行突破して廊下を走って、出入口から城を出るべきかと、強引な手段を模索し始めたズィルバーの隣で、カズは胸元から首飾りを取りだした。

「いや、これを使えば、開くって、昔、父さんに教えてもらった」

 カズが首飾りについてた蒼色の宝石、いや結晶を見せてくれる。ズィルバーはこのような状況下にも拘わらず、宝石から感じる懐かしい気配に目を細めてしまった。

(前に、レインがカズ(キミ)の首飾りを見たとき、懐かしい気配がしたと言っていたが、レン。キミが結晶の中で眠ってるのか)

 かつての戦友が契約していた精霊に出会えた気がした。もう会うこともないだろうと思っていた戦友の契約精霊。

 今もまだ、目覚めようと努力している。それを知っただけでも、ズィルバーは目頭が熱くなっていくのを感じた。

 これは、北方の大貴族、レムア公爵家が代々、継承されている首飾り。次代の公爵位に引き継がれていくものであることから――当主の証“蒼玉(ブラオ・ブルー)”と呼ばれているらしく、光の加減で鮮やかな蒼い色彩と同時に精霊が宿っていることから、蒼玉の瞳とも呼ばれ、精霊の瞳の中でも、最高級品としての価値があるそうだ。

 カズが蒼玉の瞳を扉の中央にある窪みに嵌めた。

 すると、重い音を発して扉が自然と開いていく。

「この先は――」

 どこに繋がってるのか、問おうとしたズィルバーは慌ててカズの背中を押した。

 迫り来る団員たちが押し寄せてくる。

 ズィルバーは“聖剣(クラウ・ソラス)”を一閃し、団員たちに斬りかかった。

「粋がるな。おっさん共」

 まず一人の首を刎ね、続いて、二人目の首根を斬り裂く。

 鎧も着ておらず、厚手の服を着た連中が多いので、隙間とか関係なく、刃を振るえば、団員の身体を貫いて血飛沫が舞った。斑に飛び散る血が床に付着する前に、ズィルバーは白銀の光を交差させて死体の山を築いていく。

 食堂にいた百名近くの敵はあらかた、死体の山となり、残りの五百名もティア殿下たち、ハルナ殿下たちが肉を裂き、骨を断つかの如く、自前の獲物で斬り裂いていく。

「まだ、やるかい?」

 血煙が舞う中で、悠然と構えるズィルバーが不敵に笑う。

 十代半ばの子供に過ぎないズィルバーたちの圧倒的な武を見せつけられて、団員たちの勢いが完全に止まった。

 ヴォルストも既に食堂を出て、城を出て行こうとしてる。

「さて、カイに言ってくれないか。“いずれ、キミの首は貰い受ける。だから、首を洗って待ってろ”とね」

「なんだと!?」

 ズィルバーの言葉に激怒する団員の一人が斬りかかる。

 刹那――団員の剣と“聖剣(クラウ・ソラス)”の刃が火花を散らして交じり合う。

「言っただろう。“カイの首を獲る”。だから、“首を洗って待ってろ”とカイに告げておけ!」

「あがッ!?」

 ズィルバーは団員の顔を殴ると、踵を返して背を向ける。

 既にティア殿下たちも、ハルナ殿下たちも扉の向こうに退散してるので、ズィルバーだけが最後まで残った。

「また会おう」

 開け放たれた扉の向こう側――闇の中にズィルバーの姿は消えた。

 扉が閉まる。すぐさま、数本の槍が投擲されたが、鉄壁に弾き返され、我に返った団員たちが殺到する。

「取っ手がないぞ!?」

「隙間に剣先を入れてこじ開けろ!」

「ダメだ。隙間なんて見当たらない!」

「バカな。なら、どうやって開けたってんだ!?」

「おい、このことをヴォルストさんとカイ様の連絡を入れろ! すぐにカイ様の指示を仰ぐんだ!」

 団員の一人の怒鳴り声が響いた。彼の怒鳴り声で他の団員たちも“そうだな”とか、“カイ様に報告だ”とかを叫んで、踵を返し、殺到するかのように食堂を出て行った。

 団員たちもいなくなった食堂は殺風景となり、残されたのは散乱した毒入りの料理と無惨に死に伏せた北方の学園長と副学園長の死体だけが残っていた。

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