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転生英雄の学園譚  作者: 柊銀華
北方交流
107/296

英雄。北方の首都に到着する。

 カズと会話を交わしてからズィルバーは快眠している日々が続いてた。

 これまで、中央での生活のほとんどが勉学と委員会の仕事、鍛錬を明け暮れていたので、まとまった休みがなかったのが事実。あと、年相応ではない徹夜明けをしたこともあるので、長時間の睡眠が取れていなかったのもあった。

 ズィルバーが重い瞼をこじ開ければ、窓の外の景色が飛び込んでくる。

 大地が一面真っ白に染まっていた。雪が積もっているのだ。

 ズィルバーは目を細める。雪原が朝日を反射することで、光をより一層強いものにしていた。


 二日後。

 ズィルバーたちは予定より一日遅れての北方の首都、“蒼銀城(ブラオブルグ)”に到着する。

 現在は首都の関所に留まっている。

「ようやく、到着した。ここがライヒ大帝国、北方の首都、“蒼銀城(ブラオブルグ)”」

 と、口にしたのはカズである。

「ここが……」

 そう。ズィルバーたちは今、“蒼銀城(ブラオブルグ)”を関所から見てもわかるほどに大きかった。


 “蒼銀城(ブラオブルグ)”。

 北方最大規模の首都。

 ライヒ大帝国、創立期。

 北方の大将軍、メラン・W・ブラオが開墾開拓した誕生した街だ。

 しかし、最初から街ではなく、最初は小さな村から始まり、狩猟を生業に生活の基盤を作り、時間を掛けて徐々に、規模を拡大させた。

 今もなお、首都の発展に着手しているとのこと。

 首都全体の造りが北方ならでは造りになっている。

 雪が積もらないように鋭角的な屋根が多く、煙突が備え付けられていた。

 道路という道路がなく、道のほとんどが一面真っ白に染まっていた。

 首都の中央に聳え立つ居城こそ、北方随一の学園、“ティーターン学園北部校”。

 その周りに取り囲む屋敷が北方を統括しているレムア公爵家を含んだ北方貴族が立ち並んでいる。


「中央に聳え立つ居城こそが、僕たちが通っている学園だ」

「第二帝都とは打って変わって、城そのものが学園なんだな」

「元々、僕のご先祖様が住んでいた屋敷を増築し続けて、今じゃあ、城にまで改築された」

「へぇ~」

 ズィルバーは聳え立つ居城と街の景色を見て、千年前の面影こそないが、ここまで発展したんだなと感慨深く思ってしまった。

(千年も経てば、なにもかも変わるよな)

「中央に聳え立つ居城が、“蒼銀城(ブラオブルグ)”。今は学園として使われているけど、一昔前は城に暮らしていたと聞いてる」

「でも、ここまで北上したら、生活なんてままならないんじゃない? 居城の周りに屋敷や民家がある。首都といえるだけの生活圏があれば、当然、食糧が必要になるでしょう? この寒さだと、早々に商隊が来るとは思えない」

 ティア殿下は北方の寒さの鑑みても、生活していけるのか疑問が生じていた。

「その点は大丈夫。北部には北部なりの生活の知恵がある」

「北部なりの生活の知恵?」

 カズが述べた言葉にティア殿下はコテンと首を傾ける。

「もしかして……」

 ここで、ズィルバーが一つの可能性を口にする。

「この冷気そのものが天然の冷蔵と冷凍じゃないのか?」

「どういうこと?」

「つまり、北方の気温を利用して、食べ物を長期間長持ちするように工夫させていると、俺は考えている」

 ズィルバーは自分の考えを述べ、カズに正解を求める視線を促す。

「その通り。ズィルバーの言うとおりで、北方では商隊が持ってきた食材を保存できる蔵を首都全域の至るところに配置されてる。何しろ、この寒さだと、一時間でも外にいるだけで体温を奪っていく。長時間歩かせるのは死に直結する。そういった配慮をするために食材を保存する蔵が首都の至るところに配置されてるというわけだ」

「なるほど」

 カズの説明を聞き、ティア殿下は、そう呟いて納得する。


 “蒼銀城(ブラオブルグ)”の関所で留まり続けていると――予想外の人物がお出迎えに来てくれた。

「中央からの特使よ。第二帝都からはるばるお越し頂きありがとうございます。ここから先は我々、レムア公爵家が護衛と案内を務めさせていただきます」

 北方貴族の中でも恵まれた体躯、鎧に包まれたその姿は歴戦の勇士を思わせる。

「父さん」

 目の前の人物――カズの父親。

 全身から漲る“闘気”は底知れなさを感じとれた。

「私はレムア公爵家当主、ゲルト・R・レムアと言います」

 レムア公爵はライヒ大帝国北方の守護者にして、統括者であり、北方で(・・・)最も強い男(・・・・・)とされて言われる(・・・・・・・)

 “ゲルト・R・レムア”なる人物の名は中央だけじゃなく、南方に知れ渡っている。逆に北方も南方の強者の名を知ってる。

「ズィルバー・R・ファーレンです」

「ティア・B・ライヒです」

 ズィルバーとティアは馬車から降りて、ゲルトに挨拶し、手を差し伸べる。

 ゲルトは差し伸べた手を掴み、握手に応じれば、ズィルバーをじっと見る。

「あの、なにか、俺に気になることでも?」

「いや、アーヴリルのご子息は子供ながらに精悍と思ってな」

「父さんをご存じで?」

「もちろん、アーヴリルは学園時代の学友でな。若い頃は喧嘩したものだ」

「へ、へぇ~。そ、そうなんですか」

(父さんにもやんちゃなときがあったんだな)

「息子のカズは及び腰と思ったが、違った形でズィルバー殿と喧嘩しようという腹積もり。血は争えんな」

「と、父さんッ!!?」

 カズもゲルトに茶化されて、焦りを見せる。

 カズの焦りに、ズィルバーは内心で彼に同情した。

「父さん。そろそろ」

「おっと、そうでした。急かすようで申し訳ないが、そろそろ、出発させていただこう。学園で温かな食事を準備しておった」

「お気遣い感謝します」

 ズィルバーとティア殿下はゲルトへ気遣いに感謝し、頭を下げる。

「はははっ。気遣いのできる子供たちだ。では、出発しよう」

「こちらはいつでも大丈夫です」

 ズィルバーが目配せをすれば、ナルスリーが頷いた。

 ヤマトやハクリュウたちを乗せた馬車が次々と街中に向かって走りだしていく。

 ズィルバーとティア殿下もまた、ナルスリーたちが待つ馬車に乗り込むと、馭者に指示を出して出発する。

「今日は天気がいいので、十数分もすれば、学園である居城に着くかと思う」

 と、向かい合うカズが言った。

「分かった。それまでよろしく頼むよ」

「街中に来たと言っても、ズィルバーたちの身の安全は保証する」

 カズが安全性を口にし、ズィルバーたちへの保証はすると提言する。

「――にしても、ゲルト公爵卿。自らが案内に来てくれるとは……国賓扱いだな」

「当然だろう。今回の交流は北方と中央の関係を深めることにある。父さんもそれだけ、気合いが入ってるってことだ」

 と、カズは力強く言いきられてしまった。

 ここで、ティア殿下はふと、ここにいるはずの人物がいないことに前から気づいてたが、話すタイミングがなかったので、この場で聞き出すきことにした。

「時にだけど、ハルナはどうしたの? 彼女だったら、あなたの傍にいると思ってたけど?」

「ハルナは、学園に残って、部下たちに指示を出してるよ。なにぶん、僕の部下たちは我の強い者たちが多くて、言うことを聞くのも大変。部下を持ったのか、ハルナがしっかり者が出て、屹然と皆に指示を出してるんだ。そして、皆もハルナの言うことを聞くというね」

「…………」

 カズが眼を逸らしつつ、話し方にズィルバーは“()()()()()()()”と錯覚してしまう。

 ズィルバーはティア殿下を見ずに“アハハハッ”と苦笑交じりに笑みを浮かべる。

 しかし、ティア殿下は――

「要するに、カズは管理意識が低いから。ハルナが引き受けているのね。知らなかった、カズって、飄々としてるけど、どこか抜けてるんだよね」

「グハッ!?」

「大丈夫か、カズ?」

「だ、大丈夫……」

「ズィルバーもどこか抜けてるんだよね」

「ガハッ!?」

 ティア殿下の辛辣な言葉を前に、ズィルバーとカズは撃沈する。

「俺らって、婚約者さんから、そんな風に言われていたのか?」

「分からん。でも、ティア殿下は、そうかもしれん」

「…………」

(なんか、ショックなんだけど……)

 この時だけ、ズィルバーとカズは別の意味で心に言葉の刃が突き刺さった。

 なお、一連の状況を見ていたニナとナルスリーらは苦笑交じりに溜息をつかれたのだった。


 馬車に揺られること十数分ほど――曇天模様となった不安定な空から雪が降ってくる。

 強風が窓を叩いてきた頃には、馬車内の気温が急激に下がり始めているのを感じた。

 その寒さに耐えきれず、ズィルバーとカズ以外の同乗者たちが防寒具を着込み始めていた。

(――っていうか、俺たちは北の寒さを考慮して防寒具を仕立ててもらったのに、それでも寒いのか)

 ズィルバーは毛布を羽織っているティア殿下たちに呆れ返っていた。

 ――異変が起きたのは、その直後である。

 外が一気に騒がしくなったのだ。

 しかし、奇妙なことに中央の俺たちに慌てた様子はない。どうも、北部側で何かしらの問題が起きたようだ。

 カズも窓から話しかけてくる父親のゲルトから事情を聞いて、はぁ~ッと溜息をついた。

「ズィルバー、ティア殿下。ごめん。そのまま乗車していてくれ。これは、僕のところの問題だ」

 と言って、カズは馬車から降りていく。

 カズにそう言われても気になるのが人の性というものである。

 ズィルバーはティア殿下たちを馬車に残して一人降りようとしたが、ティア殿下が“あなたを置いて、先に行けますか”と言われてしまい、仕方なく、二人降りると、異変が起きた先頭に向かった。

 周囲のレムア家公爵家の衛士が驚いた顔で見てくるも、特使に近い中央の大機賊であるズィルバーらを制止するのは無礼だと思っているのか、視線を向けてくるだけで行動には出てこない。

(積もった雪の上を歩くのは久しぶりだな)

 雪を踏みしめる音が心地よく感じる。

「わぁ~。雪って、ふっかふかね」

 ティア殿下は踏みしめる雪の感触に楽しんでる様子だった。

 白い息を吐き出しながら足取り軽く、ズィルバーとティア殿下は目的の場所に辿り着いた。

 ――そして、息を呑む。

 赤く染まった雪道――血塗られた細剣を片手に一人の少女が佇んでいた。

 少女の周囲には五つの屍が倒れている。

 どの逞しい身体も斬り裂かれ、貫かれており、みすぼらしい装備から見るに街の不良であることが見てとれる――が、どうして、このような凄惨な現場になっているのか、それは分からない。

 しかし、彼女がこの状況を作り出したということは間違いないだろう。

ハルナ(・・・)! なんで、こんなところにいる。お前は皆の支持に回っていたのだろう!」

 慌てた様子のカズが少女の無事を確認すると怒声をあげた。

 対して、少女はムゥ~ッと頬を膨らませて、不機嫌そうに声を弾ませる。

「だって、カズくんの帰りが遅いんだもん。気になって、迎えに行ったら、傭兵団の下っ端の方々に囲まれちゃった」

 腰まで伸びた栗色の髪を靡かせ、この場において、場違いなほど――愛嬌を感じさせる優しげな目元、ふっくらとした薄桃色の唇。

 ティア殿下と負けず劣らずの美しさ。

 それもそのはず、彼女は、ズィルバーとティア殿下もよく知っている。

「は、ハルナ殿下……」

「なに、してるの……」

 ズィルバーとティア殿下はハルナのあまりの凄惨さに頬を引き攣ってしまう。

「視界が見えなくなった際の警備網の見直しが必要ね。これでは、私たちの治安維持が安全に――あら?」

 呆然と眺めているズィルバーとティア殿下に気づいたのか、榛色の瞳をハルナが向けてくる。

「もしかして……」

「ああ、ズィルバーとティア殿下だ」

「来てくれたんだ」

 血塗られた細剣を捨てた彼女はティア殿下に近づいてくると、優雅に微笑んで、ティア殿下の手を握った。

「久しぶり、ティア。リズ姉様が元気?」

「え、ええ、姉様は元気にしてるわ」

「良かった。ズィルバーくんも久しぶり」

「お、お久しぶりです、ハルナ殿下。再会の仕方があまりにも凄惨すぎて、度肝抜かれたよ」

「あら、ごめんね。街でも、傭兵団の下っ端がうろついてるから。私たちの組織で警戒に当たっていたの」

 ハルナは地面に倒れ伏した屍のことなんか綺麗さっぱり無視してしまい、カズは“はぁ~”ッと悪態をついてしまった。

 彼女からの事情を聞いた二人の顔は驚きを隠せなかった。

「カイの下っ端どもが――」

蒼銀城(ブラオブルグ)にたむろってるっていうの?」

 二人にとってみれば、国が認める大犯罪者の下っ端どもが街でたむろってること自体が信じられなかったようだ。

「この街にたむろってる傭兵団の下っ端の目的は食糧調達と北方の情勢。私たちを潰して、北方を乗っ取ろうとという意志があるのよ」

「穏やかじゃないわね」

「ああ、北方を乗っ取ろうという考え――」

(カイなら、あり得かねない)

 ズィルバーは一度、手合わせをした“魔王カイ”の本質や考えを改めると、北方を乗っ取る計画を考えかねないと示唆する。

「だから、私たちが街の警備に当たってるのよ。北方にも親衛隊の駐屯所があるんだけど……」

「ほとんどが中央に配備されているんだ。だから、僕たちのような組織や北部の諸侯たちが鍛えられてるってわけだ」

「ふぅ~ん」

「なるほど」

(確かに、中央に親衛隊の戦力が集中している。もう少し、地方にも戦力を配備してもいいはず……皇家の指示か、あるいは、親衛隊上層部の考えか、だな)

 う~んとズィルバーもズィルバーで親衛隊の考えが読み切れなかった。


「あの話を変えちゃって悪いけど……学園までご一緒してもいいかな?」

 ハルナに徒歩で帰れとは言えないし、願いを乞われてしまえば頷くほかないだろう。

 ズィルバーはティア殿下に目配せし、彼女が頷いたことで彼も頷くと、ハルナは嬉しそうに瞳を輝かせた。

「ありがとうございます! でしたら、学園に着くまでの間、馬車の中で中央のお話を聞かせてください!」

「部下たちは?」

「彼らは自分たちの持ち回りを終え次第、学園に戻る手筈です。ご心配はありません」

 ハルナは部下への心配がないと告げ、少々浮かれたようにハルナはズィルバーらが乗っていた馬車の下に向かう。

「ズィルバー、悪かった。ハルナの変な我が儘に付き合わされてしまって」

「いいさ。道中、多い方が楽しいからな。気にしていないよ」

「そう言ってもらえると助かる」

 苦笑するズィルバーに、カズも同じく苦笑し、はぁ~ッと、今度は別の意味で溜息をつかれた。

 馬車に戻ってきたズィルバーらに、ハルナが頭を下げてくる。

「ごめんね。私の我が儘に付き合わせてしまって」

 深刻そうな顔でハルナが言うも、ズィルバーとティア殿下は首を振ってから笑顔を浮かべた。

「気にする必要はない」

「そうよ。我が儘を言うのは私だって同じだし。それよりも北方や、この街について、いろいろとおそえてもらえるかしら?」

「うん! たくさん良いところがあるよ。まずは、この街の説明からしようか」

「学園に着くまでの間だけだが、話すよ」

 カズもそう言って、花を咲かせると、北方の首都について喋り始めた。


 ライヒ大帝国北部の最大の城塞都市“蒼銀城(ブラオブルグ)”は、外敵から民を守るために深い堀を巡らせており、城壁も二重に固められており、内側への侵入を防いでいる。

 また、降り積もった雪に化粧を施された街並は、美しい白亜となって人々の心に尊厳を植え付ける。もし、晴れていたのなら、太陽に照らされた景観は、見る者全てを魅了するに違いない。

 居城を守る壁はないが、城の壁自体に()()()()()が働いており、現代の神秘では突破できないほどの強度を持っている。

 特殊な加護とは千年前に施された加護であり、現代では失伝された神秘でもある。


 居城、学園に到着したズィルバーたちが、カズとハルナに案内されたのは学園の食堂だった。

 天井から吊り下げられた豪華なシャンデリアが内部を明るく照らしている。

 床自体は年々、張り替えたのであろうタイルの上をズィルバーとティア殿下は歩き、その背後に部下のニナたちが続いていた。

 左右に控えてるのはカズの部下であろう生徒たちの視線を晒されながらも、堂々と歩くズィルバーとティア殿下の姿は大勢のカズの部下たちの胸を打つものであったようで、そこかしこから感嘆の息が出ている。

 ズィルバーとティア殿下は程なくして、床に膝を付けて、礼を取った。

「本日はお招きいただき、ありがとうございます」

「本校の代表としまして、風紀委員が登校へ参りました」

「よくぞ、おいでになった。“ティーターン学園北方支部”の学園長だ。此度は皇宮からの命とはいえ、遠路遙々、北部に来てくれたことを、誠に感謝しておる」

「はい。今回の交流会は中央と北部。双方にとっての有意義な時間を過ごせることになるでしょう。そして、本来なら、ささやかな贈り物をご用意したのでありますが、話が急であったものなので、時間がかかっておりまして、後日、中央からの派遣が来ると思いますので、御了承ください」

 ズィルバーは北部の学園長に謝罪を送る。

「構わぬ。今回は皇宮からの厳命である以上、用意できなかったのも致し方あるまい」

 返礼を述べた学園長は微笑ましそうに目尻を和らげた。

 ズィルバーの目から見れば、

(何やら、腹に一物抱えてるように見えるな)

 と、不気味に思えて仕方なかった。

 すると、学園長の脇に控えていた人物が前に出てきた。

(…………へぇ)

 彼と目があった瞬間に身体のうちから警鐘が鳴り響いた。

 嫉妬、嫌悪、殺意、ありとあらゆる負の感情が込められた視線に、ズィルバーもまた目を険しくする。

 しかし、男は軽薄な笑みを浮かべたまま、学園長に近づくだけであった。

「学園長。ズィルバー殿らは長旅で疲れてらっしゃる。まずは休んでもらわれた方がよろしいかと思われますが」

 彼は北部支部の副学園長。今年で三十を超えるらしい――。

(この男。不気味だ)

 ズィルバーは“彼も彼で腹に一物を抱えてる”のが手に取るように分かった。

(……ったく、地方の交流で、ここまで問題が浮き彫りで出てくるとは思わなかった)

 彼は胸中で悪態を吐いた。


「ふむ。それもそうだな」

 学園長は副学園長の意見を受け入れたのか、深く頷いてからズィルバーとティア殿下に目を向けた。

「ズィルバー殿、本日はゆっくり休まれるとよろしい。それと、明日から行われる交流会にはぜひ出席していただきたい――よろしいですかな?」

「はっ、ぜひとも出席させていただきましょう」

(元より、俺たちの目的は北部との交流だ。キミたちの目論見なんて知ったことじゃない)

 ズィルバーとティア殿下は学園長に頭を下げると、立ち上がって背を向ける。

 そのまま、カズの部下たちに見つめながら食堂を退出した。


 北部の講師によって案内されたのは“蒼銀城(ブラオブルグ)”内にある客室。

 正確に言えば、居城の一角を交流期間、ズィルバーたちが寝泊まりできる場所だ。

 その反対の区画はカズが率いる委員会の拠点らしい。

 カズが率いる風紀委員会。

 傭兵団の間では、“漆黒なる狼シュヴァルツ・ヴォルフ”と呼ばれてるとの情報。

(真冬とも思える雪景色の真っ白に対して、真っ黒。思い切った行動だ。確かに周囲が目立つ)

 ズィルバーの相部屋にはジノとシューテルそしてアルスが入ることになり、彼らは自分のベッドに腰を下ろす中、ズィルバーは近くに置かれた執務机に座ると、懐から二枚の紙をとりだした。

 学園、北方支部の組織図と、北方を調査しているファーレン公爵家の内通者からの報告書である。

「う~ん」

(メラン……キミが残した北方に北風が来たかもしれん。千年の時を経て、大きな変革がもたらされている)

 ズィルバーが報告書を見ているのを横から覗き見るアルス。報告書の内容を読んで、事態の状況を思い知る。

「なんだ、北方の学園。不吉なこと、考えていないか?」

 アルスは報告書から、本質に近い不吉なことを読み取る。

(さすがは暗殺者の家系だな。本質の部分を読み取れている)

「ジノとシューテルは、ここの学園長をどう見た?」

 ズィルバーはジノとシューテルに話を振る。

 急に話を振られて、二人はう~んと頭を悩ませる。

 悩ませた後、二人が呟いたのが

「ズィルバーやゲルト公爵卿よりも覇気がないっていうか――」

「威厳ってのがねぇな。中央の学園(僕らのところ)の学園長も、一応、威厳ってのはあるが、たどたどしいところがある」

「でも、学園のために尽くしてるのがよく分かるよ。アルスたちの一件で責任を追及した際、自分の非を認めたことや、学園や生徒のために頑張ってるのが分かったし。キンバリー先生たちも学園長のためにこぞって手を貸してるから」

 ジノとシューテルは中央と北方とで。学園長の違いを告げ、中央の学園長を褒めた。

(そう。二人の言うとおり)

 ズィルバーは改めて、報告書を読んで、北方の情勢を把握する。

 今の学園長の力が弱い――暴君でもなければ、名君でもない。実に平凡であり、他者を惹きつける魅力を持ち合わせていない。対面して分かったのが、学園長としての、人の上に立つ者としての威厳はなかった。

「ジノとシューテルの言うとおり。威厳のない者が上に立てば、付き従う者は限られている。副学園長ですら、学園長を軽んじていた」

 思いだすのは、副学園長の視線――あれは戦場でしか味わったことがない。

 野心家を思わせる高圧的な態度は、存分に甘やかされてきた者が見せる特有の癖。

「う~ん。今回の交流会。なにか裏がありそうで怖いなぁ~」

「その言い方だと」

「なにか起きるって話にしか聞こえねぇぞ」

「学園長と副学園長が確執するのはあるけど、俺たちの前で軽んじられると裏がありそうで怖いんだよなぁ~」

 と、ズィルバーは思案していたが、中断させるようにドアが外から軽やかに叩かれた。

「失礼します」

 入ってきたのはライナとカルネスの二人。二人の面持ちは暗く沈んでいた。

「その面だと、あんまり、喜ばしくないようだな」

「はい。今、副委員長の部屋にハルナ殿下が来て、北方自体が危うい状況だと教えてくれました」

「カズたちが一時的とはいえ、北方をまとめたと聞いてるが……学園側がよしとしなかった」

「委員長の仰るとおりで、北方の副学園長は裏で傭兵団と手を結んでいるという情報があります」

「委員長。これは、私の直感なんですけど、この街――妙に殺気立っています」

 カルネスはティア殿下との鍛錬のおかげか。殺気や敵意に関して、多少なりとも敏感になってきた。

「分かってる。それは全員、同じだ」

 ズィルバーはジノら三人に視線を転じると、彼らも気づいてると頷いた。

「やはり、不吉なことが起きそうだな」

 う~んと顎に手を添えて、ズィルバーは思案し、結論に至る。

「アルス、ライナ、カルネス。明日からの交流会。“細心の注意を払え”と皆に伝えろ」

『はい!』

「それと、マサギとブラウンを呼んできてほしい」


 ズィルバーの命で召喚されたマサギとブラウンの二人。

「キミたちには調べてもらうことがある。だから、少しだけ話を聞いてもらおう」

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