英雄。北部の学園と交流を深める。
アルスたちが風紀委員に在籍してから、二ヶ月が経過した。
今はもう、七月中頃。
もう彼らは風紀委員の業務にも定着して、学業と両立? といった生活を送れた者と送りづらかった者もいた。
誰とは言えないが、“テストなんて嫌だぁ!!”と盛大に泣き言を叫ぶバカが居たとかいなかったとか。
実のところ、六月に入ったタイミングで、アルスたち新入生との交流会をしたのだが、アルスとナルスリーがいい意味? で仲良くなったり、ならなかったり。ティア殿下がカルネスへの教育が過保護に見えたり、見えなかったりと、いろいろと露見することとなった。
そんな感じでいろんなことがあって、ズィルバーたちに、ある一報が届けられた。
「北部の学園との交流?」
「そうよ。皇宮の方から直々のお願いで、“ティーターン学園”、北部と中央で交流を深めてほしいそうよ」
「なんで、それを今になって頼むのですか? 普通だったら、前もって伝えられると思いますが……」
「中央じゃあ、暗殺者、アルスくんたちへの対応でいっぱいいっぱいだったし。皇宮も古貴族と寄子たちへの対応でいっぱいいっぱいだったから。こういった話が今になって来たの」
「それじゃあ、仕方ありませんね」
(俺たちに問題があれど、これ以上、学園や皇宮に頼ませるのも悪いな)
ズィルバーは、今後の問題解決に着手する考えを決めた。
「それと、お父様からの言われたんだけど、来年に東部。二年後か三年後に南部か西部と交流を深める方針になったそうよ」
「なんで、一度に集結して、交流を深めないんですか?」
ズィルバーは一度に交流した方が手っ取り早いと考えていた。
「これには、ちゃんとした理由があって、“風紀委員”っていう“学園維持組織”が出来て間もないから、それなりの体制ができていないの。だから、先に体制ができている中央と北部が最初にしようって話になったそうよ」
「なるほど」
(北部と言えば、カズの実家、レムア公爵家が統括している地域だ。現代の北部を味わえるいい機会かもしれんな)
ズィルバーは、現代の北部がどうなったのか知れるいい機会だと思い至った。
「いつ、北部に向かうことになるのでしょうか?」
「夏期休暇を利用して、北部に向かうらしいよ。期間は夏期休暇中なんだけど、交流内容次第では、後期も巻き込んでの交流会になるって話。今回、初めての学園を通じての交流会だから。いろいろと試行錯誤していく感じね」
「だとすれば、先んじて、どういった交流内容にするか検討しておかないとな。あと、皆に夏期休暇は北部へ行くことを告げないと」
ズィルバーは本日中に伝えておかないといけない事柄をまとめ、リスト化しておいた。
・夏期休暇を利用して、北部との交流会。
・来年以降も東部や南部、西部との交流会を深める。
・今回が初であるため、交流内容を考える。
という、以上の事柄をティア殿下たちに伝えないといけない。
(これは皇宮と学園の決定である以上、俺たちが断ることができない。北部の学園も仕方なく、これを受け入れるだろう)
と、ズィルバーは考えている。
「本日はありがとうございます。皆には俺から伝えておきます」
「それじゃあ、頼むわね」
エリザベス殿下、いや、生徒会長からの伝言を聞き、ズィルバーは早速、メンバーを全員集めて、緊急集会を開くことにした。
風紀委員本部の食堂に集められたティア殿下たち。
彼らの間で“なぜ、緊急集会を開くことになったのか”と疑問の声が飛び交っている。
さまざまな声が飛び交っている状況下でズィルバーが食堂に入ってきた。
「全員。集まっているな」
ズィルバーは見渡して、全員が集合しているのを確認する。
確認し終えたところで、彼は早速、エリザベス殿下が教えてくれた内容を告げる。
「北部の学園との交流会?」
「そうだ。これは皇宮と学園からの決定だ。エリザベス殿下から教えてもらったことだし。間違えないと思う」
「リズ姉様から言われたことだったのね」
「エリザベス殿下の話だと、陛下からの伝言だったようだがな。期間は夏期休暇を利用しての交流会だ。夏期休暇丸々、交流会で潰れてしまうと考えてもいい」
ズィルバーは期間を伝えたところでシューテルが問いを投げかける。
「なぜ、今になって、北部との交流するように言われた?」
これは、ティア殿下たち全員の疑問であった。
それを知らなければ、納得しないという腹だってことは顔を見て、すぐに判断できた。
「春になって、早々にこっちでは、アルスたちとのドンパチがあったし。皇宮も古貴族への対応でいっぱいいっぱいだったらしく。今になって、こういった話が来たというわけだ」
事情を聞いて、“あぁ~”ッとなる皆。
皆が一斉に視線を逸らしてしまう時点で自分たちに問題というか、責任があったと自覚する。
「今回に関しては甘んじて受けようと思うが、交流会に関しては来年以降も行われる形になる。今年は北部だが、来年以降からは東部、西部、南部とも交流するという話だ」
「なぜ、僕らと北部が先に交流することになったの?」
「俺たち風紀委員が出来て間もないから、それといった体制ができていないらしい。既に体勢ができている中央と北部に白羽の矢が立ったというわけだ」
「なるほど」
「交流内容に関して、綿密な内容を聞いていない?」
「いいや。聞いていない。だから、保険を兼ねて、俺たちで案を出しておこうかなと思い、緊急集会を開くことにした。そろそろ、夏期休暇も入ることだし。全員が全員、羽を伸ばしていたところで悪いとは思っている。まず、そこに関して、謝罪しておこう」
「いいわ。暇だったし。それに夏期休暇、何をしようか。皆で話し合っていたところだから」
ティア殿下が皆を代表して謝罪してくれた。
「ありがとう。感謝する」
改めて、ズィルバーは頭を下げた。
「さて、交流内容を保険で立てておきたいんだが、皆は、何か意見があるか?」
ズィルバーはティア殿下たちに念のための代案を聞く。
「まず、最初にあなたの案を言うべきでしょう」
「ごもっともで」
ティア殿下に指摘されてはなにも言い返せない。
「俺としては、北部のご飯が食べれるならいいんだけど。それじゃあ、北部に観光に来たときに食べれるしな」
「初日は立食形式の交流会でしょう。だったら、別の方法にすべきだと思うけど」
「全体を通した訓練なんてどう?」
「確かに、天候、地の利を使った訓練はやるべきだと思う。おそらくだが、俺たちとカズたちとの全体演習があるはず。その後、個別ごとでの訓練があるぐらいだろう」
「僕としては北部の学園には、どんな人がいるのか気になる」
「それは皆、一緒だぜ。ジノ」
「あっ、そうか」
アハハハッと笑うジノにニナはポカッとどついた。
だが、ノウェムやヤマト、ムサシ、コジロウらはヒソヒソと話し合っている。彼らの表情は困惑していた。
「どうしたの?」
「浮かない顔をしているけど?」
ティア殿下とナルスリーは浮かない顔をするノウェムたちに訊ねる。
二人に問いかけられても、ノウェムたち。特にヤマト、ムサシ、コジロウの三人は浮かない顔をしていた。
三人に変わって、ノウェムとカナメが事情を話す。
「実は北部は“魔王傭兵団”の本拠地がある」
「北部は傭兵団の根城にしてる。今回の交流会の目的が“魔王傭兵団”の壊滅だったり、力を削いだりしたら、北部一帯が荒野になりかねない」
「この時期でも北部は夜でも気温が十度以下になる時もある。昼間でも三十度になることは、まずない。北部は、この時期でも厚着しないといけない」
ノウェムとカナメからの情報にナルスリーが納得の声が出る。
「そうね。北部は北に行けば行くほど、温度が下がっていく。北の海のところまで来たら、もう地獄よ」
「そういえば、ナルスリーは北部出身よね?」
「へぇ~。ナルスリーって北部出身なんだ」
ズィルバーやティア殿下たちはナルスリーが北部出身なのを知る。
「北の海に関しては異常。この時期でも海面に氷塊が漂っている。平地があるけど、山々が多いし。昼間でも雲に覆われて、雪が降ってるから」
「この時期でも雪が降るなんてさすが、北部ね」
国は広しといえど。その地域の特徴の全てを知っているわけではない。
でも、ズィルバーは北の海のことを思いだす。
(北の海といえば、メランとともに北国との戦があったとき以来だな。山も多いし。酒とか飲んで身体を温めさせていたからな。北の海に関しては世界で一番寒い場所として千年前から有名だったからな。また、あそこに行きたいとは思わないな)
なんてことを思いだし、二度と行きたくないとズィルバーですら豪語した。
「とにかく、厚着の用意だな。こっちでも、サイクロンが来る日に備えて、災害対策を考えないといけない。これはこれで課題だな」
ズィルバーは北との交流会と別の課題を書きまとめる。
「とりあえず、厚着を用意しないといけないな。人数分となると、それだけで費用がかさむ。資金繰りをしないとな」
う~んと考えるズィルバーに、メリアとギリスが声をあげる。
「だったら、私たちが知ってる、お店に頼んでみる?」
「店?」
「うん。私とギリスのところはよく、動物や魔物を狩っては、その店で売ってくれたから」
「そこの店は売った素材で服や食べ物をもらえる。あと、オーナーの腕も一流」
といったことを教えてくれた。
ズィルバーはう~んと考えた後、一回頷いた。
「せっかくだし。その店に頼んでみるか」
メリアとギリスが言った店に行くことになった。
メリアとギリスの案内で俺はティアを連れて、彼らがよく使っている店に向かっているところだ。
寒冷地用の服を用意できるか。
一応、寒冷地用の服の素材はこちらで用意しておいた。
にしても――。
「……にしても、キミたちがよく行くっていう店は、こんな場所にあるのか?」
「ほんと、偏見になっちゃうけど、裏路地とかにあると思ってた」
ティアですら、独断と偏見で俺と同じように裏路地にあると思っていた。
「ズィルバーとティア。偏見ですよ。僕らがよく行く店は裏路地にあったりしません」
「正確に言ったら、表街道と裏路地にお店を構えているの」
「ん?」
「表街道にも、裏路地にも、店を構えている?」
メリアが言ってる意味が分からず、疑問符を浮かべたところで、目的の店に到着した。
「ここが、その店よ」
メリアが指し示す店が、彼らがよく店。
見た目はレンガ造りの店だ。
まあ、第二帝都の大半が、レンガ造りの店が多い。
中央はテュポン・サイクロンで被害に遭う地域。
そのため、第二帝都は雨風を凌げるレンガ造りの建物が多い。
って、そんなことより、俺とティアは今、とんでもない危機に直面している。
なぜ、危機に直面しているのか。
それは――
「あらぁ~、メリアちゃんに、ギリスちゃんじゃない♥ 今日はどんな用事かしら? あら、新しいお客さん? もしかして、あんたたちがズィルバーちゃんとティアちゃん? うーん、若く瑞々しい子供たちわね♥」
化物がいた。身長が二メートル越え、カイやリンネン並の身体。筋骨隆々の天然の鎧を纏い、劇画調といってもいい濃ゆい顔をしてる。
男性なのに、化粧をして、スカートとフリルのついたシルクのシャツを着ているのに全くもって、女性じゃない。
もう一度、全くもって、女性じゃない。
動けば、筋肉がピクピクと動き、ギシギシと音を立てている。
「「…………」」
俺とティアは硬直し、放心している。
これが、千年前に実現しようとして、実現できなかった存在。これが、オカマか!!
俺はヴァシキやカイ、リンネン以上に思える化物の出現に覚悟を決めた目をする。
ティアに至っては意識が飛びかけたが、化物を相手にしたことで、なんとか、意識を踏みとどまらせている。
「あらあらぁ~? どうしちゃったのお二人さん? せっかくの可愛い顔が台無しよ。ほら、笑って笑って?」
どうかしてるのはキミの方だ! むしろ、笑えないのはキミのせいだ! と盛大にツッコみたいだけど、俺とティアはなんとか堪えている。メリアとギリスに至っては俺とティアのことなんか完全に無視している。
もの凄い笑顔が近づいてくる化物に、堪えきれずティアは呟いてしまった。
「人間……なの?」
その瞬間、メリアとギリスがまずいって顔になり、化物を止めようとするも、遅かった。化物が怒りの咆吼を上げた。
「誰が、伝説の怪物共ですら逃げ出す、見ただけで正気度がゼロを通り越して、マイナスに突入する化物だ、ゴラァァアア!!」
「ご、ごめんなさい……」
ティアがふるふると震え、涙目になりながら後退る。
咄嗟に謝罪したから化物は再び、笑顔? を取り戻して接客を再開する。
「いいのよぉ~。それで? どんな用事かしら?」
ティアが再起不能なので、俺が覚悟を決めて、北部に行く旨を伝えて、寒冷地用の服を仕立てて欲しいと頼んだ。
もちろん、材料はこちらが提供する、と添えて。
ティアは“もう帰りましょう”なのか、俺の服の裾を掴み、首を横に振っているが、化物は材料を受けとって“任せてぇ~”と言うやいなやティアを担いで店の奥に入っていってしまった。
その時のティアの顔を忘れない。
俺を見つめる目が、食肉用に売られていく動物のようだった。
一時間後、店の奥から風紀委員の制服じゃないティアが出てきた。
はっきり言って、見惚れてしまった。
まさか――。
「まさか、ここまで――」
人が綺麗になるなんてな。
いや、ティアは同世代の中では、他の皇女は抜いても一、二の可憐さだ。
その可憐さが、可愛さを追加されるとは思いも寄らなかった。
結論から言えば、化物改め、店長のキャサリンさんは仕立てや見立ては見事ほかなかった。
店の奥に連れて行かれたティアが北部に行ったとしても通用する服装をしていた。
ティア自身も自分が粗相をしていたことを今更になって知る。
それは、俺もだ。
あの後、俺のキャサリンさんに連れてかれて、男でも、女でも通用する北部用の服を着せられた。
着替える場所まで提供してくれるなんて、なんともありがたい気遣い。
人は見た目だけで判断しないとは、このことだな。
今になって、思い知ったよ。
「人は見かけだけで判断するものじゃないな」
「そうね」
俺とティアは小声でボソボソと雑談をしていると、キャサリンさんは俺が渡した材料を手にとって感想を述べてくる。
「それにしても、いい毛皮ねぇ~♥ ふさふさしているけど、とても丈夫にできてる。これだったら、北部でも活動できる最高級の服ができるわぁ~♥」
「それはありがたい。何しろ、北部は昼でも寒い。知らずに行くのは死に行くのと同じだからな」
あと、俺の服装だが……うん。言わないでおこう。
「では、服のデザインに関しては、このままですけど、人数分、用意できるんですか?」
「できるわよぉ~。この程度、朝飯前だわ」
“一週間はちょうだい”と伝言を残して、店の奥に引っ込んでしまった。
俺とティアは再度、キャサリンさんを思い返す。
「最初はどうなるかと思ったけど、意外にいい人だったわね」
「ああ、人は見かけによらないとは、このことだな」
改めて、確認する次第であった。
っていうか、メリアとギリスは、それを知っていて、俺とティアを接触させたのか。
俺はメリアとギリスにジロリと睨む。
俺が睨んだ途端、メリアとギリスはさっと視線を逸らす。
「おい、メリア、ギリス。正直に言うんだ。キミたちは、こうなることを知っていてな?」
「な、何のことだか……」
「僕とメリアはキャサリンが、あのような人だと知らないな」
「ほぅ~」
白を切るつもりか。
「さて、風紀委員本部に帰るけど、正直に話さないメリアとギリスにはキツイ仕置きをしないとな」
「「ッ!?」」
俺の言葉にビクッと反応する。二人の顔には“マジ?”って物言いが物語っている。
「大マジだ。キミたちが話してくれれば、俺とティアが一時的に心を痛めることもなかった。これはどう言い訳してくれるかな?」
俺はニコッと微笑むも、メリアとギリスはゾクッと悪寒が走り、背筋が凍る。
ここでティアが“あっ!”と何かを思いだすように教えてくれた。
「言い忘れたけど、ズィルバーを弄ったりしたら、それ相応の見返りが要求してくるから」
「「それを先に言ってください!!? 副委員長!!?」」
「さて、キミたちにはどういった罰を与えようか」
「「…………」」
メリアとギリスは互いに抱き寄せてガクガクブルブルと震えている。
「う~ん。どういった罰にしようか。食事は無理だし。仕事量を増やすのも不公平感があるかもしれないし。黒歴史を残させた方がいいからな」
「な、なにを考えてるのかしら……?」
「ぼ、僕ら、どうなってしまうんだ?」
冷や汗を滝のように流しているメリアとギリスを余所に俺は罰を思いついた。
「ああ、そうか。新しくできた北部用の服と同時に、キャサリンさんの店の服で、メリアとギリスには着せ替え人形させればいいんだ」
「「やめてぇ~!!?」」
メリアとギリスが声を揃えて反対する。
「鬼か! ズィルバー!」
「あの人の着せ替え人形させられるのだけは死んでもごめんよ!」
「でも、キミたちは俺とティアをキャサリンさんに会わせて、どのような反応するのか楽しんでいたんだろう?」
俺は目が笑っていない笑みを浮かべ、ボキボキと拳を鳴らす。
「「…………」」
身体はガクガクブルブルを震え、顔色に至っては真っ青でアワアワと慌てふためいていた。
「今更、謝罪しても無駄だよ。キミたちは俺とティアを弄ったんだから。罰はしっかりと受けないとね」
ニコニコと微笑む俺にメリアとギリスは観念したのか。涙目になりつつ、盛大に――
「「すみませんでした!!??」」
謝罪したのであった。
一週間後。
風紀委員本部に化物改め店長のキャサリンが仕立てた服を入れた箱を片手に来てくれた。
ズィルバーは“店の方は大丈夫なのか?”と訊ねたが。
「大丈夫よぉ~。ズィルバーちゃんとティアちゃんが、前金を払ってくれたおかげで、お店の景気が潤ってるからぁ~」
「それはなによりで」
(何度見ても、キャサリンさんのガタイに慣れんな)
ズィルバーは心の中でキャサリンの筋骨隆々の身体に見て慣れずにいた。
ティア殿下も同じ心境だが、一度、見たことで耐性がついたのか知らないが、キャサリンの筋骨隆々の身体を見ても、わりと平然でいる。
しかし、初対面で会うニナたちには精神的にキツかった。
ハクリュウたち悪童共は問題なくても、“問題児”組のノウェムたちは精神的に参っている。
(うわぁ~。皆、硬直してる。ヒロやリリーに関しては意識が飛びかけてるし。ノウェムたちに至ってはヴァシキら以上に思える化物の出現に覚悟を決めた目をしている。一週間前の俺とティアと同じ状況に陥っている)
「これが、“デジャヴ”って奴……」
「あらあらぁ~、ハクリュウちゃんたちもズィルバーちゃんの所にいるのね♥ これはいがぁ~い、ハクリュウちゃんたちって、誰に付き従うタイプじゃないじゃん」
「まあ、最初は誰だって、そうだったが、ズィルバーの懐の深さを目の当たりにして、いつの間にか、ズィルバーの下に就くのも悪くないと思っただけだ」
「それに、僕たちの居場所を提供してくれたから。しれっと収まりがついたんだ」
「あら、そうなの。ズィルバーちゃんって、男気あるのね」
「いや、俺は両性往来者っていう、性転換体質だけであって、普段から男として振る舞っているから」
ズィルバーは事実無根を言い放つもキャサリンにとってみれば、“細かいことは気にしないの♥”というスタンスを持っていた。
今日はキャサリンに頼んでおいた服、北部用の服を渡しに来ていた。
渡しに来ていたのだが、ニナたちには精神が削られていたのか。つい、禁句を口にしてしまう。
「な、なに、この化物……」
ジノが思わず、漏らしてしまった。それが、ジノの精神を、いや、皆の精神を削ってしまった。
「だぁ~れがぁ、SAN値直葬間違えなしの名状しがたい直視するのも忌避すべき化物ですってぇ!?」
カッ! と見開いた目を向ける筋骨隆々の身体。
もう一度、言っておくが劇画調の濃ゆい顔に二メートル越えの身長と全身を覆う筋肉の鎧。
それだけでも、SAN値がガリガリと削られていくのに、先程の言葉で完全に心が折られた。
ジノを含めた数名の部下がパタリとへたり込む。
ニナたちに至ってはふるふると既に涙目になっている。
このままではまずいと思い、ズィルバーがキャサリンに話しかける。
「キャサリンさん。頼んだ服の試着をしましょう。このまま、時間を無駄にするのもいけないことですし」
「あら、そうね。それでぇ? 誰が着てくれるかしらぁ~?」
「メリアとギリスが着るそうです」
「「委員長の鬼! 悪魔! 魔神!」」
「あら、メリアちゃんとギリスちゃんがするのぅ~? それは願ったり叶ったりだわぁ~。メリアちゃんとギリスちゃんは素材がいいんだから♥」
「あっ、それは言えてる」
「でも、ズィルバーちゃんも、好みよ」
「…………」
(勘弁してくれ)
ズィルバーは心の中で本音を漏らした。
数分後、ズィルバーの命令で着せ替え人形にさせられたメリアとギリスが食堂に入ってくる。
二人の格好に“おぉ~”と皆、目を輝かせている。
風紀委員の制服の上から着られるコートやレギンス、肌シャツ、手袋などにするよう頼んでおいた。
デザインもズィルバーとティアで試着されたので問題ない。
材料に関してもズィルバーが用意した。
(俺がキャサリンさんに渡した材料は“大獅子シリウス”の毛皮だ)
ズィルバーが胸中で呟いた魔物、“大獅子シリウス”。
千年以上前に存在した星獣の一匹。
主に、北部に生息していた星獣。
生息地は北の海付近に生息していて、かつて、千年前のズィルバーとメランの手によって狩られた。
当時はレインと氷帝がいたことで、なんとか狩ることができた。
でも――
(狩るだけで一日近くもってかれた)
という、嫌な思い出がズィルバーの胸中に抱く。
ちなみに“大獅子シリウス”は北の海付近という極寒の寒さでも、平然と俊敏に動ける耐寒性と保温性に富んでいる。
コートに魔力を通せば、風紀委員の制服と同じように鎧並の強度を持つ。
「似合ってる?」
メリアは皆にコートを羽織った姿を見せびらかす。
「似合ってるよ」
ナルスリーが褒めたところで皆が“似合ってる”と頷いた。
「……にしても」
キャサリンはコートの生地を見て、感嘆の息を吐く。
「どうしたんですか?」
「この生地の材料が高級品すぎて、編み込むのに大変苦労したわぁ~」
キャサリンは、毛皮を生地に仕立て上げるのに大変苦労したと口にする。
「だってぇ~、今回、注文した服なんて全部、特注品よぉ~。どこのカタログにも載っていないんだもん」
キャサリンの口から、今回、注文した服の材料が高級品過ぎると知って、ティア殿下たち全員が度肝を抜いていた。
もちろん、ズィルバーは抜いて。
と、そこにタイミングがいいのか悪いのか。レインが顔を見せに来た。
「あら? 皆、どうしたの? こんな所に集まって?」
レインは、どうして、ズィルバーたちが食堂に集まっているのかが分からず、疑問符を浮かべ、首を傾げる。
「実は――」
ティア殿下が事情を説明する。
「そういえば、夏期休暇を使って、北部に行くって言ったね。そのための服を渡しに来てくれたの」
レインはコートの生地を見て、“あら?”となり、コートの生地を触る。
触った感触で“なるほど”と納得する。
「レイン様?」
「シリウスの毛皮ね。北部に行くなら、シリウスの毛皮を使った方がいいわ」
レインは北部に行く際、用意してくれた服の材料を言い当て、理由も言及する。
「シリウス?」
レインが口にした言葉の意味が分からず、ティア殿下を含めた皆が疑問符を浮かべた。
「シリウスっていうのは“星獣”っていう存在よ」
「星獣?」
今度は“星獣”っていうことで疑問符を浮かべるティア殿下たち。知らない単語に疑問が出てきてしまう。
「星獣っていうのは、千年以上前から、この世界に存在する生き物の総称で。生態系に関しては判明されていないの。劣悪環境に生息していることから狩ることも難しいの」
「劣悪環境?」
「そう。たとえば、シリウスの生息域は北の海付近。極寒とされてる北の海を縄張りにしていたそうよ」
「縄張りにしていた? なんで、過去形なんですか?」
「シリウスは千年前にヘルトらが討伐したからよ」
「[戦神ヘルト]が!?」
皆、ヘルトが、そのような生き物を討伐したのを初めて知った。
「“星獣”ってのも今じゃあ、存在しないからね。ティアちゃんたちが存在を知らなくて当然よ。あと、シリウスの毛皮は極寒でも耐寒性と保温性に富んでいるから。北部に行くには、うってつけの代物ね」
レインは皆に、とっておきの情報を教えてくれた。
「レイン様。情報を提供してくれてありがとうございます」
ティア殿下は感謝の言葉を述べる。
「私もよ。レインちゃん。いいことを教えてくれてありがとねぇ~♥」
バチコンとウインクをするキャサリンにレインは笑顔で“いいのよ”と応えた。
ティア殿下たちは、“さすが、精霊。この程度でも臆さないとは!?”と驚いているが、ズィルバーだけは違った。
(あっ、あれは……見てはいけないものを見て、能面顔を押し殺して、笑顔になってるだけだ)
レインの心境を察することができた。
レインですら、キャサリンの筋骨隆々の身体に女性の服を着ていることが信じられないようだ。
(心中をお察しする)
と、ズィルバーも同情する。
でも、レインはキャサリンが仕立てたコートやレギンス、肌シャツ、手袋などを見る。
「デザインや見立てがいいわね」
「あらぁ~。レインちゃんも分かってくれるのぅ~♥ 嬉しいぃ~わぁ~」
クネクネと身体を捻らせるキャサリンにズィルバーたちはうぐっとなる。
(そんな身体でクネクネするなよ。気持ち悪いわ)
というのが皆の心境だった。
「さて、代金を払うか」
(事前に半分だけ払っておいたが、もう半分を払わないとな)
ズィルバーは代金を払おうとした。
「いいわよぅ~。代金はいらないわぁ~」
だが、キャサリンは受けとらなかった。
「でも――」
「その代わりに――」
ジロジロとキャサリンの視線がズィルバーに注がれる。
「ッ!?」
ズィルバーはキャサリンの視線が注がれて、ゾクッと悪寒が走る。
「前から思ってたのだけど、ズィルバーちゃんって、けっこう、好みなのよねぇ~♥」
「ッ!!!??」
ゾクッ、ゾクッと背筋を凍らせて、冷や汗が滝のように流れていく。
標的にされたズィルバーはガタガタと震え上がり、知らず知らずのうちにSAN値をガリガリと削られていく。
どうやら、キャサリンはズィルバーのルックスについては好みだったようで、ジリジリと近づいていく。
獣かの如く、目をギラギラ光らせる。
ズィルバーを弄ったり、着せ替え人形させたりしたら、後で大変なことになるのを知っているティア殿下とレインはダラダラと汗を滝のように流す。
(ま、まずい!!!??)
(ズィルバーを着せ替え人形させられたら、とんでもないことになる!!?)
二人は一度、アイコンタクトして、頷いたら、すぐさま、間に割って入って、止めに入る。
「キャサリンさん。申し訳ないけど、この後、予定を控えているから。そういったことはまたの機会にさせてもらっていいかしら?」
「あらぁ~。そうなのぅ~。それじゃあ、またの機会にするわねぇ~。ズィルバーちゃん♥」
バチコンとウィンクをしたキャサリンにズィルバーはゾクッと悪寒が走った。
キャサリンは代金も受けとらずに風紀委員本部をあとにした。
「はぁ~~~~」
危機が過ぎ去ったのか。ズィルバーは盛大に息を吐いて、へたり込んでしまった。
「「ふぅ~~~~」」
ティア殿下とレインも身体の力が抜け、どっと疲れが一気に押し寄せた。
皆は一連の状況を見届けていたが、なんで、ティア殿下とレインが止めに入ったのか意味が分からず、疑問符を浮かべる。
「良かった~。あのまま、ズィルバーが着せ替え人形されていたら、私たち全員が死ぬところだった」
『え?』
ティア殿下が口にした内容に唖然する皆。
「春期休暇の時、ズィルバーに着せ替え人形させた時、銀貨十枚ぐらい食費で消えた」
「食費で消えるならいいんじゃあ……」
「それも、ズィルバー一人で……」
『え?』
これだけでズィルバーに着せ替え人形させたり、弄ったりしたら、それ相応の罰が与えられるのを知る。
ここで、ズィルバーがゆらりと立ち上がる。
彼が纏っている魔力。いや、闘気がドス黒く、幽鬼を纏わせた死神に思わされてしまい、ゾクッと非常に冷たい悪寒が背中に走る。
「さて、ついさっきまで、俺を着せ替え人形にさせようって考えた奴……手を挙げてみろ? 正直に白状した方がいいぞぁ~? 下手に隠すと重い罰を与えるからぁ~」
「ち、ちなみに……重い罰は?」
ナルスリーは及び腰になりながら、訊ねてみる。
「正直に白状したら、学園十周。重い罰は第二帝都十周、だよ♥」
『ッ!!!??』
この時、全員の想いが一致し、バッと正直に手を挙げた。
(重い罰を受けたくない!!)
という強い意志があった。ズィルバーも、それを理解してくれたのか。
「そっか。じゃあ、今から学園十周しようか」
軽い罰を与え、一緒に走ることになった。
「言っておくけど、弱音を吐いたら、追加していくからね♥」
ニコッと微笑むも、その微笑みがいい意味での微笑みではないことを悟り、この時、全員の意見が一致した。
(ズィルバーを弄るのは極力避けよう。見返りで死んでしまう)
と、途轍もなき恐怖を感じてしまった。
結局、ズィルバーたち全員。真夏の学園を十周。こまめに水分補給をしながら走りきった。
全員が全員。文句や嫌みを言わずに懸命に走りきった。
「これだと、先々、思いやられるわね」
北部に行く前に、これだと、“先が思いやられる”というのを生徒会室から眺めていたエリザベス殿下やヒルデとエルダが思ったのであった。
感想と評価のほどをお願いします。
ブックマークもお願いします。
ユーザー登録もお願いします。
誤字脱字の指摘もお願いします。