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転生英雄の学園譚  作者: 柊銀華
北方交流
104/296

幕間_英雄。着せ替え人形にされる。

 これは、一学年。修了式を終えて、間もない頃のこと。

「え? 大帝都に行きたい?」

「うん。そろそろ、新しい服が買いたくて」

「服ねぇ~」

 ズィルバーはティア殿下とヒルデとエルダに服を買おうと迫られる。

 部屋に関しては無理やり入られてしまったが。

(服か。俺は服にわりかし興味がないんだよな)

 ズィルバーの中では服にわりかし興味がない。貴族としての畏まる服に拒否感がある。

 実際――。

(実際、この身体の主も服への抵抗が強かった。好きな子と一緒に行くのは問題ではない。問題は俺自身の体質、異能に問題がある。今日に限って、女の子の周期だ。だからこそ、御免被りたい)

 というのがズィルバーの心情。

 ここで断りたいのがズィルバーの本音。でも、そうは問屋が卸してくれないとズィルバーは分かっていた。

「ズィルバー。断らないよ、ね?」

「断ったら、どうなるか分かってるかしら?」

 ヒルデとエルダの目が笑っていない笑みを前にゴクッと生唾を呑むズィルバー。

(エルダ姉さん。魔力過多体質なのに、レインのおかげで快活さが出てきてるからか断るに断れない)

 ここでズィルバーはレインに助けを求めようとしたが。

「ズィルバー。分かってるよ、ね?」

「…………」

 人の姿に戻っていたレインの笑み。その笑みにズィルバーは断るに断り切れなくなった。

「ねぇ、ズィルバー……ダメ?」

 ティア殿下がこういう時だけ、か弱い小動物の上目遣いで見つめてくる。

「ぐっ!?」

(ウルウルと上目遣いで見つめてくるな。断るに断り切れないじゃないか)

 レイン、ヒルデ、エルダとは違った攻め方にズィルバーの心はかなり抉られる。

 これを断るのは、相当の勇気あるものだろう。

 そう。これに断るのだったら――。

「……分かった……行こう」

 ズィルバーが一緒に行くことを決めた途端、“やった!”とガッツポーズを取るティア殿下たち。

 この時、ズィルバーは悟ってしまった。

(これは、もう着せ替え人形をされてしまう未来が見えた気がした。だって、ティア殿下たち。獲物を見つけ、狩る目をしている。心を強く持て、ズィルバー!)

 彼は自分自身に鼓舞した。


 第二帝都から出る駅馬車に乗って、大帝都へと赴いたズィルバーたち。

 大帝都はライヒ大帝国の中で数多くの商品が集まってくる。

 古典的な商品から最新商品の全てが集結する。服屋、帽子屋などの繁華街が多く立ち並んでいる。

 多くは貴族目線に考えた服が多く、値段も貴族目線で考えてるのが多い。

 ズィルバーたちが向かった場所は貴族街の商業区。

 機能性よりも見た目の良さを優先した服が多く立ち並ぶ。

「第二帝都の服屋とは違うんだな」

「あっちは実技とか、冒険者とかも訪れるから機能性を重視した服が多いそうよ」

 と、大帝都と第二帝都の違いをヒルデに教えてもらいつつ、ズィルバーたちは貴族街、ファーレン公爵家の屋敷に到着する。

 到着して早々にズィルバーはティア殿下たちに連れ回されることとなった。


「次は、あの店よ」

「うんうん」

「ティアちゃん。鬱憤が溜まっていたのね」

「学園の生活に、風紀副委員長としての責務、度重なった悪党共の相手なんかでストレスが溜まるよ」

「いや、それだと俺も同じだが……」

「ズィルバーはストレスを悪党共にぶつけたんだからないに等しいでしょう」

「勝手に判断するなよ」

(あと、なんだよ。この買い物の多さは……)

 今、ズィルバーの手には大量の買い物袋と箱が持たされていた。

(いったい、あと何軒回るんだ……)

 ズィルバーは分かっていたが、あと、何軒回るのか気になってしょうがなかった。

 ズィルバー自身も分かっている。

 女の子に付き合わせると連れ回されるってことは。

(特に女の子っていうのは“お買い得”という言葉に滅法弱い。堅実的に、お金を使いたい性分なんだよな。それに振り回される俺の身にもなってくれよ。でも、ここで嫌みを言うと嫌われるのがオチだから言わないでおく。これって、俺の男としての度量を試されているのか?)

 ズィルバーは自分勝手に変なことを考えていた。


「さて、私たちの買い物はここまでにして」

「次は……」

 ヒルデとエルダはジロリとズィルバーに目を向ける。

 ズィルバーはビクッとなり、視線を転じる。

「ヒルデ姉さん? エルダ姉さん?」

(あの目。明らかに獲物を捕らえようとしている目だよね。カモを見つけたような目をしているのよね!?)

 ガタガタと震えだし、“逃げなければ”という危機感を抱くズィルバー。

 でも、そう、問屋が卸してくれない。

「どこに行こうとしているのかしら。ズィルバー?」

「れ、レイン……」

 ガシッと両肩を掴むレイン。

 もう逃げ場がないと悟ったズィルバー。

 でも、どうにかして抗おうとするも、ティア殿下の言葉で心が折れる。

「ズィルバー。私が選んだ服、着てくれないの?」

 上目遣いで見てくるティア殿下(彼女)にズィルバーは“グハッ!?”と心の中で喀血する。

(なんて破壊力……ティアめ。いつの間にそのような破壊力を……)

 ティア殿下の上目遣いに根負けして、ズィルバーは頷く。

 彼が頷いたことでティア殿下は“よし!”とガッツポーズをする。

「ズィルバー。ティアちゃんに弱いんじゃない?」

「うぐっ!?」

(ぐうの音も出ない。事実。ティアが可愛すぎる。普段は美しく、凜々しいのに、時折、見せる可愛さに、俺の心のぶれ幅が大きい。ティアは自分の持ち味を生かす術を本能的に理解している。しかも、俺にしか見せないから。尚更、質が悪い。断るに断れない。一番、相手にしたくない女の子。もう将来、俺はティアに頭が上がらない。尻に敷かれる運命か)

 ズィルバーは一人、婚約者のティア殿下に完敗していた。




「う~ん。この服もいいけど。こっちの服もいいかな」

「いえ、ティアちゃん。こっちの色の方がいいんじゃない?」

「いや、むしろ、こっちの色の方が――」

「それよりも、こっちの方がいいのでは?」

 と、俺は今、ティア、レイン、ヒルデ姉さん、エルダ姉さんによる服選びならぬ着せ替え人形をさせられていた。

 服も千差万別。

 フリル付きのワンピース。東方に広く浸透している着物。ベレー帽まで被される。

 いろんな服を着せられて、俺の精神がすり減っていく。

 もう、これぐらいで勘弁してほしい。

 これ以上、やると黒歴史になって、しばらく、再起不能になってしまう。

 たった数着だけで泣きに入っていた。


「まだまだ、着させたい服はいっぱいあるわ」

「どれもこれも着せたい」

「西方にあるっていう、この服なんてどう?」

「南方の服もいいわよ」

 西方に伝わるチャーナ服。

 南方で主流の肌の露出が少ない服まで着せられた。

 髪の色を際立たせようと透き通った蒼色の服。紅色の服。黒色の服。白い服も着せられ、ブーツっていう靴まで履かせられた。


 本来、男なのに、性転換したせいで、今は女の子だからスカートまで穿かされている。

 黒タイツも、ニーソックスというのもまで穿かされる。

 っていうか、この千年でいろんな服が誕生したんだな。

 服が多すぎて、どれがどれだか覚えきれない。

「なあ、なんで、女の子の服なんだ? 俺は男だし。男の服を……」

「ズィルバーのような女の子が男っぽい服を着ても、男の子って思われるの!」

「それに、性転換する体質なんだし。ここぞって時に、女の子の服を着こなせないと怪しまれるわよ」

「これは、性転換する体質を持ってしまった己自身を恨むんだ」

「人生山あり谷ありだと思えばいいじゃない」

「レイン。そんな山あり谷あり人生はごめんだ」

 っていうか、俺の頼みは聞いてくれないんだな。それはそれでショックだ。

 皆、力説してくるし。男の俺が、男の服を着ても意味がないってなんだよ。

「ズィルバーって、いくら、身体を鍛えても、筋肉がつきづらいのよね」

 グサッ!!

「男の服を着ても、男って思われないんだよね。“なんで、男の服を着ているの”って変に思われるだけだし」

 グサッ!!

「弟は華奢すぎる。女の子より、女の子っぽい体型をしている。肌が綺麗だから。それを生かさなくてどうする!?」

「ヒルデ。せっかくだし。ズィルバーに化粧させない。もしかしたら、学園の生徒はズィルバーの虜になったりして」

 グサッ!!

「本当に、ズィルバーが女の子だったら、同性婚でもいいからずっとにいたいくらい」

 グサッ!! グサッ!! 言われたい放題に言われてしまい。

 ついには――。

「もう……いやだ」

 シクシクと女の子のように泣き始めてしまった。

 俺が泣き始めたのを見て、ティアたちも熱に浮かされてしまったのに気づき、“ごめん、ズィルバー!!”と宥め始めた。




「おいしい」

 パクパクと美味しそうに昼食を食べていた。

 すり減った精神を癒すには食事をするのは一番。

 で、今、ズィルバーたちは貴族街にある高級レストラン。

 そこで昼食を食べていた。ズィルバーは今日だけで堪ってしまった鬱憤を晴らすべく、パクパクとレストランの品のほとんどを平らげてしまう。

 豪快に食べるかと思いきや、性転換して女の子になっているので、上品に食べていた。

 でも、ズィルバーが食している量は明らかに、その身体の許容限界を超えていた。

 ズィルバーの食べっぷりに、ティア殿下たち四人はというと。

「なんて食べっぷり……」

「あの身体の、どこに消えていくの……」

「おかわりしないだけマシ、だね」

「相当、鬱憤が溜まっていたのね」

 彼女たちは大いに反省していた。

 ズィルバーの気持ちを汲めずに、彼をずっと、着せ替え人形をさせていた。


 もし、仮に、ズィルバーが一日二日、“もう言うこと聞かない!”とプイッと反抗的な態度を取られてしまったら、ティア殿下だけでなく、ヒルデとエルダも謝り尽くすだろう。

 仮にもだ。仮に、ズィルバーが“お姉ちゃんたちなんて大っ嫌い!”なんて言われた暁には、一週間か二週間。落ち込み、部屋の中に引き籠もってしまうだろう。

 それだけの破壊力があると彼女たちは分かっていた。

 レインはズィルバーの拗ねっぷりを見て、とあることを思いだす。

(何年経っても、ヘルトはヘルトね)

 レインは千年前のことを思いだす。

 とは言っても、これはレイからの受け売りである。

 レインは昔の主、ヘルトがレインに着せ替え人形されていたことを思いだす。

『あれはヘルトと出会った頃、私はね。彼の見た目の可憐さに引かれて。つい、リヒトや皆を連れて、服を買いに行ったの。皆、こぞって、ヘルトにいろんな服を着させたの。その時のヘルト。“もう女の子服なんて着たくない”って、泣いちゃったのよね。だから、レインもヘルトに服決めをする際は彼のことを考慮してね。もちろん、弄るときは盛大に弄りなさい』

 レインはレイから言われたことを思い出し。

(もう少しだけ、弄ってみるのもいいかもしれないわね)

 レインは“もう少しだけ、主、ズィルバーを弄ろうかな”って思っている。

 レインがよからぬことを考えているのをズィルバーは食事の手を止めて、レインに視線を転じる。

「レイン。何か良からぬことを考えているよね?」

「えっ!?」

 ギクッとなるレイン。

(なんで分かった)

 と、表情が物語っていた。ズィルバーはジロリとレインを見て、腹の中を探る。

「何を言っているの?」

 レインは澄まし顔をして、よからぬことを考えているのを悟らせないようにする。

 しかし、ズィルバーはレインの表情から読み取った。

「そう。じゃあ、しばらくは言うことを聞かない」

「えっ?」

「俺を弄ろうって考えてるんだったら、もう言うことを聞かないし。話もしない」

「ズィルバー……それ、言いがかりじゃあ……」

「レイン? “大っ嫌い”って言われたい?」

 ズィルバーはニコッと目が笑っていない笑みを浮かべる。

 この時ほど、ズィルバーが、この手の対応の恐ろしいと悟る。

 ティア殿下も、ヒルデも、エルダも、ズィルバーの逆ギレならぬ反撃にゴクッと息を呑む。

 レインもズィルバーから“大っ嫌い”なんてことを言われた日にはしばらく、放心してる。

「ご……」

「ご?」

「ごめんなさい。もう弄らないから許してぇ!」

 若干、涙目になりながら謝罪する。

 神位ともいえる精霊相手に手玉を取れるズィルバーに、ティア殿下たち三人は唖然としていた。

 ここでレインもレイに言われていた、もう一つのことを思いだす。

『ヘルトに同じ意地悪をする際は、かなり時間を空けてね。もう一回、意地悪しようとしたら、勘付かれて、“レイなんて大っ嫌い!”なんて言われて、一週間、私。“ヘルトに嫌われた”って泣きべそかいちゃった』

 レイに言われたことを思い出す。

 この時、レインは誓った。

(ズィルバーを弄るのは、半年か、一年の一回にしよう)

 と、弄る誓いを立てた。


 パクパクと美味しそうに食べ続けるズィルバー。

 最後の皿を食べ終えたところで、手巾を手に取って、ふきふきと口元を拭った。

「ごちそうさま。世の中、腹八分目で止めておくのが常識だしね」

 ズィルバーは、世にも恐ろしいことを、可笑しなことを口にしている。

(あの量で、腹八分目?)

(明らかに五人前の量を食べてた)

(あの身体のどこに消えていく)

(そういや、この時の彼って、フラストレーションを解消するため、けっこう食べるってレイが言っていたわね)

 ティア殿下、ヒルデ、エルダはゾッと背筋を伸ばすというか、顔を盛大に引き攣らせる中、レインだけはズィルバー(ヘルト)がフラストレーションを解消するための方法を教えてもらっていた。

『ヘルトはフラストレーションが溜まると、とことん、食べるから。食費には気をつけた方がいいよ』

 っていうのも思いだした。

 昼食を食べ終えたズィルバーたち。

 昼食の会計で出た金額に“はぁ!?”と呆然としてしまう自体。

「お会計、銀貨十枚です」

「「銀貨十枚!?」」

「どんだけ食べたのよ、あんた!」

 ヒルデとエルダは驚愕し、ティア殿下はズィルバーに詰め寄ってグワングワンと揺さぶる。

「ティアちゃん。落ち着いて」

 レインはティア殿下を止めるというなんとも、カオスな展開になった。

 一応、会計を済ませたところで、ズィルバーはニコッと微笑んだ。

「じゃあ、買い物の続きしようか」

 ズィルバーのおかげ? せい? か知らないが、知ってはいけない事実を知ってしまったからか。

「そ、そうね」

「……だな」

「……うん」

 汗を流しつつ、微笑み返した。午後、ティア殿下たちはズィルバーのご機嫌を伺いながら、買い物をする羽目になった。

 今日の教訓として学んだこと。

(ズィルバーを弄りすぎるのも大概にしよう)

 であった。

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