英雄。かつての部下を迎え入れる。
アルスたちの教育が終えたところで、次からは同学年や一個上の先輩らと一緒に巡回業務に入る。
メンバーはローテーションで決めようとするも、その選出決めに頼みがあった。
「アルスとナルスリーを組ませない?」
「うん。ナルスリーの奴。後輩ができて、嬉しいのか天然なところが出ちゃって」
「確かに、ナルスリー。気の緩みがあるな」
「あと、彼女。ズィルバーに負けず劣らずの鈍いところがあるのよ」
「俺に?」
(はて、“俺に劣らず”って、どこなんだ? そういや、最近、アルスの奴。ナルスリーに対して、過剰に意識しているよな。まさか……)
「アルス。ナルスリーに惚れたとか言うなよ」
「そのまさかよ。あと、ズィルバーは他人の恋愛に鋭敏すぎ」
「ニナもニナで、酷いことを言うな。まあ、確かに、思春期だし。仕方ないといえば、仕方がない。まさか、アルスがな」
(意外だ)
と、ズィルバーは意外な奴が思春期に入ったなって感じた。
「まあ、ほどほどにメンバーを組ませよう。アルスとナルスリーが組んだ場合は空回りにさせないようにな。空回りしてミスが多かったら、それはそれで困りものだ」
(せめて、公私混同だけしないでくれ)
ズィルバーはアルスへの注意喚起が必要だと考えた。
「それに関しては私も同感ね。ナルスリーも天然っぽいところを抑えさせれば、なんとかなるでしょう」
「そこはティアとニナに任せる。気の合う友人同士で折り合いつけてくれ」
「了解」
「あとは、当人たち次第だ。俺たちは見守ることしかできんよ」
「そうね」
ズィルバーとニナはハアと嘆息をつく。
「ひとまず、アルスとナルスリーは組ませない方針だな。もし、組むことになった時は――」
「時は?」
「ナルスリーに制御させる」
ズィルバーの思い切った考えに“えっ?”となるニナ。
「どうして、そんな考えができるのよ」
ニナはズィルバーの思考と神経に頭を悩ませる。
「まあ、もしもの時だ。それに組むことになっても、臨時で交代要員を送るよ」
「それしかないか」
ニナもズィルバーと同じように交代要員という代案に賛同する。しかし、ズィルバーの胸中では。
(まあ、それまでの間に、アルスが他の皆との関係が良くなることを祈ろう。あと、ナルスリーの関係性だな。でも、俺で気づけるなら、とっくの昔に皆、気づいてるだろうけど)
彼は既に、ティア殿下たちがアルスとナルスリーのことを気づいているのを示唆した。
そして、翌日。
ズィルバーが作成したローテーション表が風紀委員本部の掲示板に掲示された。
皆、週ごとに業務が変わることを知り、すぐさま、放課後になったら、その業務に取り組むことになった。
ローテーションに組み込まれたアルスは表を見て、内心、ほっとしている。
(良かった。ナルスリーさんと組まれていない)
アルス自身、ナルスリーと目を合わせづらかった。
教育期間の中頃に見た彼女の扇情的な身体。それが脳裏に焼きついていて、忘れようにも忘れなかった。
なので、ズィルバーの采配に感謝している。
(これで、しばらくはナルスリーさんのことを意識しなくて済む)
ムラムラとしていた心を落ち着けたところで、アルスも学園に登校し、学園講義を受けに行くのであった。
一方で、ナルスリーもローテーション表を見て、心のどこかでほっとしていた。
彼女自身も今、アルスにどのように顔を付き合わせていいのか分からなかったところもある。
(ズィルバーに感謝するわ。今、アルスにどのような顔を見せればいいのか分からなかった。彼のことで意識しすぎて、業務に集中にできなかったかもしれないし。剣の修練もできなかったと思う。とにかく、今は心の奥底に仕舞い込みましょう)
ナルスリー自身も、今の自分の気持ちに抱く感情がなんなのか分からずに胸の奥底に仕舞い込む形で気持ちを落ち着かせ、学園に登校した。
時間が過ぎ去り、選択学科の講義が終わったところで、ズィルバーは風紀委員本部に戻ってくる。
本日は巡回業務ではなく、執務室で書類作業しなければならない。
「今日中に始末しておかないといけない書類は確か……」
書類作業が苦手な彼でも、頭の中でメモ書きしたリストを捻出する。
(委員会に回す食堂の食費。備品のリストと清算。制服代の清算。各所への署名が諸々あったな)
ズィルバーは今日中に始末しておかないといけない書類の多さにハアと溜息をつく。
「今日も今日で身体が凝るな。ん?」
今日の予定が分かったところで嫌みを言っていると、風紀委員本部前に一人の女の子が立っていた。
制服の新品具合から見て、新入生なのは間違えない。
だが、ズィルバーが思ったのは。
(なぜ、風紀委員本部の前で立っているんだ。しかも、フードまで被って)
如何にも、訳あり感にズィルバーは“また面倒事か”と内心、息を吐いてしまった。
「どうした、風紀委員になにか用でもあるのか?」
ズィルバーは女の子に話しかける。
すると、彼は思わず、目を見開かせてしまう。
フードで隠されていた顔が晒され、ズィルバー自身。その顔に驚きを隠せなかった。
「なっ!?」
(カルニウス……)
ズィルバーが見た女の子の顔が、ヘルト時代の懐刀に面影にそっくりだったからだ。
(いや、彼女は死んだ。偶然、彼女の顔がカルニウスにそっくりだけだ)
無理矢理、払拭する形が顔を横に振り、霧散させる。
「どうかしましたか?」
首を傾げる女の子だが、ズィルバーは気を持ち直して、話に応じる。
「いいや。何でもない。それよりもなにか用でもあるのかい?」
「はい」
女の子は用があると告げ、次の言葉にズィルバーもビックリする。
「私を風紀委員に入れてください」
「私を風紀委員に入れてください」
いきなりのことでズィルバーはビックリし、テンパってしまう。
(いきなり、やって来て。風紀委員に入りたい? いったい、どうしたら、そうなるんだ? まず、キミの頭の中を見てみたいわ……おっと、今はメタい発言をしてる暇じゃない。彼女の頼みを聞くことだった)
「立ち話もなんだし。中に入ろう。話はそれからだ」
「はい」
といった形でズィルバーは彼女を風紀委員本部に中へ迎え入れる。
ったく、入学して二ヶ月ぐらい経った頃に配属希望か。
まあ、でも、ここ二ヶ月ほど、アルスたちのことで対応できなかったと考えれば仕方ないといえば、仕方ないな。
にしても、彼女の顔、耳、種族がどこからどこを見ても、カルニウスにそっくりだよな。
「とりあえず、名前を聞こうか」
「カルネスと言います」
「じゃあ、カルネス。キミはどうして、風紀委員に入ろうと思ったのかな?」
まず、風紀委員を志望する理由を聞かないとな。
だけど、理由は見えてるけどな。
「私。見ての通り。猫霊族の血を引いてるんです。だから、学生寮でも相部屋の人から疎まれていて」
「だから、異種族でも引き受ける風紀委員に入りたいと?」
「はい」
う~ん。確かに異種族を嫌う人もいるからな。しかも、差別的に見ている人もいる。おまけにカルネスは猫霊族だけじゃない。あの肌の白さ。明らかに耳長族との混血だな。
つまり、半血族。
半血族だけでも、さらに差別するかもしれんな。
と、すれば、カルネスを入れた方がいいのだけど。
「さて、どうするか」
う~ん。迷うな。
俺はカルネスを入れるか迷っていた。
ズィルバーが頭を悩ませているところ、ティア殿下が話を聞こうと執務室に入ってきた。
「ズィルバー。ちょっと、話が……って、誰、その娘?」
ティア殿下はズィルバーと対面している女の子を見る。
「ああ、風紀委員に入りたいようだ」
「風紀委員に? どうして……ッ!?」
ここでティア殿下はカルネスを見て、ピクッと身体が挙動不審になる。
彼女はカルネスを見た途端、うずうずとし始めた。
「あっ」
(しまった。ティアは確か……)
「可愛い!」
ティア殿下はシュパッとカルネスの隣に座って、ギュウッと抱きしめた。
「い、痛いです」
「可愛い。可愛すぎます」
ティア殿下は悶々とした大量のハートがした目に見えて出ていた。
「お~い、ティア」
「…………」
ティア殿下はギュウッとカルネスを抱きしめ続けた。
ズィルバーは“無理だな”と判断して。
席に座って、書類作業をすることにした。
「ギュッ~」
「く、苦しいです」
一時間は書類作業しているのに、ティア殿下はずっと、カルネスに抱きついたままだ。
(おいおい、軽く一時間は抱きついたままだぞ。どんだけ、猫好きなんだよ)
タラリと汗を流し、ハアと息をついた。
(このままじゃあ、彼女と話がつかないんだが……まあ、おかげで清算や署名関係の書類作業が終わったからな。あと、彼女のことを決めようかと思ったが、杞憂かもな)
「ティア。カルネスを風紀委員に――」
「入れるわ! 副委員長としてお願いするわ!」
「…………」
(そんなに力説しなくても……)
「分かった。教育はキミに任せるが。妹分だからと言って、甘やかすなよ」
「もちろんよ!」
ティア殿下は力強く言い返すもズィルバーから見れば。
(絶対に甘やかすな)
甘やかすのが見え見えだった。
(これはこれで、余計に頭を悩ませるな。とりあえず、カルネスの部屋の手配と学生寮にある私物をこっちに移させるか。あと、学生寮の退寮申請と移動申請が必要だな。あぁ~。余計に書類が増えるな)
「ティア。カルネスを迎え入れる代わりに書類作業手伝え」
「ええ」
ティア殿下も手伝わせて、カルネスを風紀委員に配属させる必要書類を書き始めた。
カルネスを風紀委員に配属させるに必要な手続きの書類を書き終えたところで、ズィルバーはカルネスの部屋を提供しようとしたが、ティア殿下が、これを断固拒否した。
「この娘は私が責任とって、面倒を見ます。誰がなんと言おうと受け付けません!」
(“絶対に渡さないぞ!!”っていう強い意志を感じるんだが。それにいつも以上に魔力が迸ってるんだが)
ズィルバーは危機として渡す気すらしないティア殿下の威圧に圧倒しつつも、内心では、なぜ、そのタイミングで魔力を迸らせるのかが分からない。
「分かった。分かった。カルネスに関しては、ティア。キミが付きっ切りで面倒を見ろ。教育もすること。ただし、甘やかさないこと。甘やかしたら、即刻、教育係から外れてもらうからな。あと、彼女が“教育係が別の人が良い”と言われても受け入れること。教育の邪魔立てしたらどうなるか。分かってるよな?」
ポキポキとズィルバーは拳を鳴らす。
ティア殿下もズィルバーよ一対一でやるのは得策ではないと思い、力強く頷いた。
「なら、甘やかさずに、しっかりと教育するんだぞ。いいな?」
「はい!」
ティア殿下に言いすえたズィルバーはカルネスを連れて、さっさと部屋に戻れと告げる。
ティア殿下もカルネスを連れて、いち早く、執務室を出て行った。
ティアがカルネスを連れて、執務室を出たところで、俺は椅子に深く座り直し、背もたれに寄りかかる。
「カルネス、か」
「明らかにカルニウスにそっくりだね」
どこはかとなく、姿を見せるレイン。
彼女の顔を見ただけで、どんな気分なのか見てとれた。
「今日は、えらく上機嫌だな、レイン」
「レンと少しだけ話ができたんだもの。これが上機嫌でいられない方がおかしいわよ」
「氷帝レンか。詰まるところ、北方だな」
「そう。レンが目を覚ませば、いつでも話せるじゃん」
よく言うよ。千年前、口じゃあ全然勝てなかったレインがさ。
「あの時とは違うの! 絶対にレンに口では負けないの!」
「そういった子供じみてるところがあるから。レンに口では勝てないんだよ」
「ムゥ~」
大人っぽいレインが、不機嫌になると子供じみたように頬を膨らませる。それが子供じみてるんだよな。
まあ、大人っぽくなっても、レンに口で負けるレインの姿を見たいのもあるけど。まあ、それはその時だな。
「それにしても、カルニウスに似た女の子が、ここに配属するなんてね」
「おまけにティアが彼女に思いっきり懐いた。一方的だけど」
「隠れて見ていたけど、レイに似たところがあるのね。ティアちゃんも」
「そうだな」
千年前、レイもレイで、えらくカルニウスに懐いていた。髪に櫛を入れたり、食事の制限もしっかり取らせていた。
カルニウスは肉ばっかり食べていたから。見かねたレイが“野菜を取りなさい!”と何度も注意されていたっけ。
俺もリヒトも遠くから笑みを零し、見ていた。
しっかり者のレイがガサツなカルニウスを叱る姿が王宮内で、よく頻繁に起きていた。
カルニウスもカルニウスでレイに怒られるのは嫌ってはいなかった。
全く、今になって思うと、懐かしく思えるよ。
「はてさて、もしかしたら、ティアがカルネスの姉になるかもしれんな」
「う~ん。あり得そうだけど、あり得なくない?」
「幾星霜の時が経っても、変わらないものがある」
「変わらないもの、ね」
「まあ、すぐにわかるよ」
そして、俺が言ったとおり、次の日から現実になった。
「今日から風紀委員に在籍するカルネスだ。見ての通り、異種族だが、分け隔てなく接して欲しい」
「それは分かったが、教育は誰がするんだ?」
「教育はティアが一任する」
「ティアが? 大丈夫なの?」
「大丈夫、だと思う。たぶん……」
「オメエの言い方だと余計に心配なんだが」
「まあ、大丈夫だと信じろ」
「信じたくても信じ切れない」
「同感」
ニナ、ジノ、シューテルの三人はズィルバーの言葉に信じるのに信じられなかった。
「だって、ティアの奴。カルネスに溺愛のように可愛がっているんだよ。俺すら、大丈夫かって思えるんだ」
「あぁ~。確かに、ティア。いつになく、上機嫌だよね」
「僕。あれ、大丈夫かなって思えちゃう」
「ナルスリーもナルスリーで、ちょっと変だし。なんとかならんものかね」
「ナルスリーに関しては時間とともになんとかなる。ティアに関しては俺がなんとかするしかあるまい。ニナたちも時折、目にかけてくれ。ティアが甘やかすようだったら、即刻、教育係交代だ」
「それが一番有効な薬だな」
「でも、悪化するんじゃない。ティアが」
「その時は俺が責任を取るが、ニナたちも、その時は手を貸せ」
「分かった」
(まあ、カルネスを通じて、ティアがしっかり者のお姉さんになれたら、御の字だな。まあ、それも今後のティア次第だな)
「全く、ティアもナルスリーもどうして、このタイミングで変化が起きるんだろうね」
「いいんじゃねぇか。モチベーションを上げられるきっかけを得られたと思えば」
シューテルの言い分も理解できるズィルバーたち。
「とりあえず、カルネスの教育しているティアを見かけたら、たまに声をかけてくれ」
「分かった」
「了解」
「一応、ナルスリーも伝えておくわ」
「頼む」
といった形でズィルバーを含めた風紀委員上層部はティアとナルスリーに関しては影からこっそりと見届けることにした。
ティア殿下がカルネスへの教育が始まった。
ある時は巡回業務で。
「周囲に気を配らせて!」
「はい!」
ある時は鍛錬で。
「踏み込みが甘い!」
「はい!」
ある時は食事で。
「お肉もいいけど、お野菜も取りなさい!」
「野菜……いやだ……」
「食・べ・な・さ・い」
「……はい」
ある時は寝起きの朝で。
「寝癖がひどいね。ほら、来なさい。髪を梳かしてあげる」
「ありがとうございます」
ある時は書類業務で。
「寝ない!」
「だって、つまらない」
「つまらなくてもやりなさい!」
「……はい」
といった日常をズィルバーたちはこっそりと見届けていた。
全員が思い至ったのが。
(ティアの奴。しっかり教育できてる)
(しかも、公私混同を弁えている)
(カルネスがティアを嫌っているかもしれねぇぞ)
(後で、カルネスに聞いてみるか)
といったことになった。
「え? ティア副委員長のことですか?」
「ああ、わりかし厳しめに教育されていると思うが、カルネス自身はどう思っているんだ?」
ズィルバーとしてはティア殿下が教育者として向いているのかを訊ねる。
(俺としてはわりかし、ティアが教育者として向いているのは分かってる。だから、聞きたくなってしまうのは性だな)
ズィルバーは知りたくて聞いてしまった性分であると自負している。
「副委員長は厳しめですけど、私のことを気にかけてくれます」
「確かに」
(ティアはカルネスに徹底して、仕事のイロハを叩き込んでいるな)
ズィルバーの脳裏にもティア殿下がカルネスに厳しく教え込んでいるのが過ぎる。
「私にとって、副委員長はしっかり者のお姉ちゃんです」
「お姉ちゃん。どうして、そう思える」
「私、親の顔を知らないんです」
「親の顔を知らない?」
(まあ、猫霊族と耳長族の半血族だったら、親の顔を知らなくて当然だな)
「物心をついた時から私は孤児院にいました」
ズィルバーはカルネスの出自を知る。
カルネスは生まれてすぐ、孤児院に預けられ、物心をつくまで孤児院に暮らしていた。
その孤児院は異種族を専門にする孤児院らしく、ライヒ大帝国の中で有数の孤児院だ。
カルネスは異種族であるが、異種族同士の子供、半血族であるため、孤児院の中でも孤立していた。
孤児院の院長が人族と魔人族との半血族らしく、よくカルネスの面倒を見ていたそうだ。
しかし、その孤児院もなくなることになる。
とある“教団”が、ことの発端となった。
孤児院の異種族たちが“教団”によって連れ攫われ、カルネスも連れ攫わそうになった。でも、院長がカルネスを孤児院から逃がし、“教団”の手によって殺されてしまう。
逃げ惑うカルネスは身を隠しながら、町や村の食べ物を盗み、山や川、自然の中で隠れ暮らしをしていた。
“教団”が壊滅してもなお、残党が自分を狙うのではないかとヤキモキして、ライヒ大帝国の中心部、大帝都よりも第二帝都へ向けて、大自然の中、一人歩き続けた。
時には動物に襲われたり。時には川に流れたり。時には人攫いに遭わされたり。時には人々から罵倒に遭わされたり。などといったつらく虚しい生い立ちがある。
カルネスの出自を知ったズィルバーは、ある人物をカルネスに重ねてしまった。
(カルニウス。カルネスの生い立ちはカルニウスにそっくりだ。カルニウスもレイと同じように半血族だった。廃れたスラム街に生きる不当な差別を受けていた浮浪児。俺たちがリヒトとレイに会って、戦線を拡大しつつ、領土を広げていた時期、カルニウスは一人、王都で俺に拾われ、レイと付きっきりで暮らした。最初は不慣れであっても、レイの教育のもと、見違えるほどに変わっていき、カストルとポルックスと同じように俺の直臣という形でだが、レイの懐刀として任命された)
ズィルバーはカルネスとカルニウスの生い立ちが似ていることから無意識のうちに共感し、カルネスに助言した。
「カルネス。今のキミは無知なる女の子。だが、自分を悲観することはない。無知であることは罪ではない。むしろ、自分を高めることができる」
「自分を高められる?」
「そうだ。さっきも言ったな。無知であることは罪じゃない。今は自分ができることを広げるんだ。ティアはキミのことを溺愛しているが、キミ自身、ティアをどう思うも構わない。でも、大事にしてくれる愛だけは決して忘れるな」
「うん」
ズィルバーに忠告されて、カルネスは大きく頷いた。
「でも、委員長はどうして、そこまで言ってくれるの?」
「昔、キミに似た女の子を見たことがあるだけだ」
(千年前のことだけどな)
ズィルバーはそう言い換えて席を立ち、風紀委員本部の食堂を出て行く。
一人残されたカルネスは先刻、言われたことを思い出す。
『大事にしてくれる愛だけは決して忘れるな』
この言葉が、カルネスの頭の中にへばりつく。
(私は一度でもいいからお姉ちゃんがほしかった。副委員長。副委員長が私のお姉ちゃんだったら……)
カルネスにとって、ティア殿下は自分を大事にしてくれる存在だった。だから、一度でもいいから“お姉ちゃん”という思いがあった。だが、それは今、胸の奥にしまい、カルネスは食堂の時計を見て、時間が来たことを知り、食堂を出て行った。
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