英雄。学園講師陣に責任を追及する。
学園講師陣から送られてきた返答が来た。
俺は執務室に戻り、部下が持ってきた返答の封書を受けとる。
封を開けて、早速、読み始める。
『此度、“問題児”を捕らえてくれたことに感謝する。我々は、そちら側の交渉に応じよう。この度は我々が全面的に追及を受ける所存である。我々講師陣は学園生徒たちに多大な迷惑をかけたことを心より謝罪する。つきましては交渉するにあたり、メンバーを選出していただけることを助かる。こちらも、それ相応のメンバーを選出する。お互いに相互理解していただけると助かる』
最後に、学園長の名前を添えられており、責任追及に関して、向こうは応じると書かれていた
「交渉に応じる、か」
「思い切った行動ね」
「まるで、こっちには責任がないように聞こえるな。ったく、僕らが今まで、捕まえずに放置してたことを追求する気か?」
「まあ、それもあるだろうが、深読みしすぎるのもどうかと思うが、今回に関しては向こうにも非がある。それを分かっていなかったら、思いっきり追求すればいい。それでも応じない場合は――」
「場合は?」
「“問題児”を、“ゲフェーアリヒ”を野放し、入学までさせた学園講師陣。それに目を瞑っていたことを学園生徒たちに知られたら、どうなる?」
俺の口にした応じない場合の仕打ち。その意味がどういう意味か。少し間を置いて、理解するティアたち。
「暴動が起きるぞ」
「いや、それよりも学園への風評被害が計り知れない」
「学園側も周囲の対応せざるを得ない」
「だいたい、モンドス先生がいけないんだ。ノウェムたちの将来を案じるために入学させたのならわかるよ。でも、実際、“ゲフェーアリヒ”という場所に押し詰めた時点で、ノウェムたちの怒りも計り知れなかったはずだ」
「風紀委員が設立するまで、まともな食事でできていなかったようだし。学園の制服は支給されても、清潔感が保てていなかった」
「おまけに初等教育までさせてくれなかった。と、コジロウから聞いたが、もし、本当だったら、学園側は“問題児”への教育を放棄したってことになる」
「しかも、一般生徒にすら、周知していない事実。“ゲフェーアリヒ”への立ち入りをさせなかった。それってさ。明らかに隔離措置だよね」
「他になにがあるの。全く、風紀委員は“問題児”の預かり所じゃないのに」
全員が嫌みを吐きまくる。
「まあまあ、その嫌みを、交渉の時に吐いちゃいましょう」
ティアにまとめられてしまった。言いたいことは分かっていた。
交渉。いや、話し合いの場が来た。
場所は学園の大会議室。
そこで、俺たちは学園講師陣と責任追及を求めるが、ために話し合いの場を設けた。
大会議室に向かう際、廊下でエリザベス殿下に姉さんたちと合流した。
今回、生徒会は第三者という形でもあるが、責任追及の書面の協力を要請したのは俺たち風紀委員だ。
迷惑をかけていることには忍びないが。
「今回は申し訳ありません」
謝罪を込めて頭を下げる。
「いいわ。今回の“問題児”は学園が集めたのではなく、貴族の後押しなのが気にくわないだけだから」
ん? “問題児”の集め方?
確か、“問題児”はモンドス講師が中心で進められている。でも、今回、古貴族による後押しがあった。
「本来、学園は入学式、卒業式などの恒例行事以外は皇族と貴族等の介入が許されていない。ちょっと前にエドモンド兄さんが謹慎を食らったのも、外部との交流をしたから。手紙での交換なら良くても、直接、交渉すること自体は禁止されている」
「確かに、今年度の“問題児”も古貴族の跡取りと面会していたな」
ビャクとルアの報告に、そのようなことがあったな。
「今までの“問題児”は犯罪者になり得る子供たちを隔離していた。でも、今回の場合は違う。暗殺者という、その道の人間を学園に送り込み、入学すらも黙認された。明らかに貴族からの圧力があったといっても過言じゃない自体。お父様も学園に諜報員を送らせたらしい」
「諜報って、もしかして、聖霊機関を!?」
エリザベス殿下がもたらした内容にティアは驚く。
聖霊機関。
ライヒ大帝国の最大規模の諜報機関。領民に化けたり、執事や給仕に化けたりと、ありとあらゆる場所に送り込ませて、諜報活動をしている。
前にルキウスから聞いたことはあるけど、ルキウスの話でも信憑性が皆無だったって話だしな。
「その調査報告で、学園は古貴族の圧力で、暗殺者を入学させたのを黙認したそうよ。公にならないけど、爵位の取り下げや改易されたとなれば、噂が立つでしょうね。“古貴族が学園に圧力をかけた”ってね」
「一種の見せしめ、か」
「そう捉えてもおかしくない」
学園に圧力をかけたり、裏でコソコソと密約したりしたら、ただでは済まないというわけか。
よく考えているな。
「さて、今回の“問題児”に関して、学園講師陣に深く追求するよ。圧力なり、密約なりしていたら、一気に大問題になる。責任追及そのものが大きくなりかねない」
「その場合は、こちらも対応を考えます」
「ズィルバーくんが、そういうのなら、そうさせてもらうわ」
エリザベス殿下は、それで納得してくれた。
学園の大会議室に着き、ズィルバーが扉を開ければ、既に学園長を含めた講師陣が円卓の席に座っていた。
ズィルバーたちが北野を見計らって、こう言い放った。
「座りたまえ」
学園長の顔色から既にこうなることは分かっていた顔をしていた。
(初めから分かっていたのなら、あんな“問題児”を入学されるなっての)
ズィルバーは胸中に、そんなことを吐きつつ、学園が言ったとおりに円卓の席に座る。
全員が座ったところで学園長は頭を下げた。
「済まなかった」
「はい?」
「今回の“問題児”の入学には貴族からの圧力があった。断れば、我々に暗殺者を仕向けるという条件で」
「それで、最初の押しかけに応じても話さなかった。と?」
「“誰にも口外してはならぬ”と圧力をかけられた。特にモンドス講師には、さらに強く圧力をかけたのだ。“キミたちに口外すれば、命がない”とな」
学園長の口から事の顛末を聞けたズィルバーたちは“はぁ?”という心境になる。
「俺たち風紀委員を殺すことが目的だから。口外するなと。よくそんな馬鹿げたことがまかり通ったものですね」
「向こうからの圧力が凄まじかったのだ。“これは皇帝陛下の勅命である”と言ってな」
「お父様は、そのようなことは言いません。なんかの勘違いでしょう」
「我々もそう思っている。なにしろ、持ってきた印書が偽物だったのは分かっていた」
「分かっていて、俺たちの暗殺に応じた、と?」
「もし、お父様の耳に入れば、ただでは済みませんよ」
「覚悟はできております」
「今回、“問題児”に入学を黙認したことは納得できますが、暗殺者を入学させたこと、貴族の圧力に屈したことは許されざることです。お父様に話しますので、然る後、罰を受けてください」
「分かりました。モンドス講師。貴殿も文句はないか?」
「文句はない。今回は俺の不手際と独断で学園にも、生徒にも迷惑をかけた。責任は持つつもりだ」
「モンドス先生。責任を持つと言いましたが……まさか、学園を去ろうなんてことを考えてるのなら思い違いです」
ズィルバーはモンドス講師が話せない理由を聞いているのではなく、責任の追及に来ただけだ。
「今回、俺たちは責任を追及に来ただけで、責任の押しつけではありません。今回に関しての最終的な決定は皇宮にあります」
「そうですね。学園に干渉することは御法度。学園は不可侵として、あらなければなりません。学園に干渉した帰属に問題があるので、黙認したことへの追求がありません。ですが、次、同じことをすれば、かなり厳重な処罰に降されるのを覚悟してください」
「……はい」
ズィルバーとエリザベス殿下の意見にモンドス講師は諦めたように納得した。
「さて、学園講師陣に責任の追及は終えますが、“問題児”に後押しをした古貴族への処罰はどうしますか?」
ズィルバーは学園長らに責任の余罪を追及する。
「皇宮に書状を送り、判決を下すしかない」
学園長は、そう切り返してくる。
「ですが、皇帝陛下が、そう簡単に動くとは思えません。むしろ、俺たちに暗殺者を送るのはお門違いです。全ての処断の判決を行ったのは皇帝陛下ないしは皇宮です。俺たち風紀委員に、それを後押ししたとは思えない」
「半年前。キミらが“獅子盗賊団”、“大食らいの悪魔団”、“魔王傭兵団”を追い返したことが後を引いている」
「あの時の一件が?」
「ですが、仮に、それが後を引いてるのなら、エドモンド兄様が謹慎処分を受けることはないと思いますが」
「エドモンド殿下は確かに他人を見下してしまうところもあるが、別段と見下そうとしておらん。後ろ盾にある――」
「古貴族が、そうするように仕向けたってことですか」
ズィルバーが確信のつく答えを言う。
その答えが正しいと学園長は頷く。
「確かに、エドモンド兄様の母は古貴族の家柄。数千年前から存続している貴族だから。余計に見下すような教育を施されている。“自分たちこそ、選ばれし青い血”なのだと」
「呆れるな」
(__家といえば、一万年前。俺たち五大将軍とは、よく対立していた。奴らのくだらない頼みで軍を動かないといけないことがあった。全く、いつになっても、あの家は人の嫌がることしかしないな。リヒトとレイが怒るとヘコヘコと及び腰になるだけの邪魔な虫のくせに。偉そうに俺たちを見下していた。そういや、民たちからも忌み嫌われていたな)
ズィルバーは当時の__家のことを思いだす。
「エドモンド兄様も、けっこう、大変な思いをしているのですね」
ティア殿下はエドモンド殿下に同情する。
「彼は皇帝になる気などない。自分に皇帝としての器がないのを気づいてる」
「確かに、お父様も、よく私の前で、そのような口をしていました」
「だが、母から、周りの古貴族のせいで、それが言えずじまい。下手に言えば、傀儡されてしまうからだ」
(独裁型と協調型。どちらも一長一短だが……なるほど。エリザベス殿下とエドモンド殿下で少々似たり寄ったりだな。エリザベス殿下は協調しつつも独裁を取っている。反対に独裁しつつも協調のエドモンド殿下。協調型の場合、周りが優秀じゃないと国は停滞する。逆に独裁型の場合、自分が全責任を背負えるだけの覚悟と度量がいる。う~ん。リヒトもけっこう、政に四苦八苦していたからな)
ズィルバーは主君のタイプを考慮し、リヒトが政治を四苦八苦していたことを思いだす。
「今年度の“問題児”の一件で、古貴族の力を削ぐことができる。なにしろ、“問題児”を捕らえた風紀委員がいる。学園の出入口は正門のみ。下手に出れば、衆目につく。暗殺者たる彼らが、そのようなヘマをしない」
「学園は堅牢強固に見えて、要塞に近い。塀から登るのもキツい」
「しかも、風紀委員本部から抜け出すのも無理」
「ノウェムたちが、そのようなヘマをしないからね」
「捕らえられてお終いだよ」
「大人しく捕まってくれてれば、こっちも良かったのによ」
「逃げれば、それだけで学園に迷惑を被る。そうすれば、暗殺者としての名が廃るというもの」
ティア殿下たちもアルスたちが抜け出すとは考えていない。
むしろ、抜け出せば、本気で捕らえに動くと考えているようだ。
「とりあえず、アルスたちは俺たち風紀委員が受け持ちます。古貴族の処遇並びに生徒たちへの配慮は……」
「それはこっちに任せて」
「此度は風紀委員に多大な迷惑をかけた。学園もそちらの対応を取ろう」
エリザベス殿下と学園長が古貴族への処遇に動いてくれるようだ。
「お手間をかけます」
ズィルバーは風紀委員の代表として、エリザベス殿下と学園長に頭を下げた。
「いやはや、学園長も学園長で自分がしたことを認めたんだね。俺。もう少し、言い訳してくると思ったよ」
「学園長は周りに乗せられやすいけど、誠実な方よ」
「いや、乗せられやすいのもどうかと思いますよ」
実際、俺が言質を取ったときも言い含められた気がするんだけど。
「そこが学園長の売りなんじゃない。学園長が乗せられやすいから。周りの講師たちも、なんとか支えようと頑張っているそうよ」
「へぇ~、そうなんですか」
キンバリー講師やモンドス講師もけっこう頑張っているんだな。
「それよりも、学園に圧力した古貴族の処罰ね」
「それは生徒会と学園がしてくれるそうで。ご迷惑をかけます」
「いいわよ。今回はお互い様よ。そちらが“問題児”を捕らえてくれたことで情報が得られたのよ。膿を除去できるってものよ」
「では、そちらは任せます。俺たちは“問題児”の教育にあたります」
「じゃあ、お願いするわ」
俺たちはエリザベス殿下と姉さんたちと別れて、風紀委員本部に戻ろうとした。その時、エリザベス殿下が俺にこんな伝言を残した。
「そういえば、地方の学園の方でも面白いことが起きてるそうよ」
「面白いこと?」
「負けず嫌いなのかしら。カズくんたちも地方の学園の“問題児”をまとめ上げちゃったらしいよ。ハルナたちの手紙で知ったけどね。後れを取られてはいけないんじゃない?」
エリザベス殿下が、最後にそれを言って、生徒会室へ戻っていく。
俺は、あまりのことに驚くも気持ちを切り替える。
「負けてられないな。こっちもこっちで頑張ろうじゃないか」
俺は、そう言い放ち、ティアたちと共に風紀委員本部へと戻った。
それから、数日後。皇宮から裁定が下された。
学園に圧力をかけ、暗殺者たる“問題児”を入学させた古貴族が軒並みに処分されたのを情報誌によって公開された。
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