英雄。暗殺者を狩る。
さて、今から攻守逆転だ。
今日まで、ずっと、暗殺者側の攻撃をいなし続けていたが、さすがにそろそろ、生徒たちからの苦情も多くなってきたので、狩らないといけない。
でも、言いたくないけど、本当に暗殺者側に同情するな。
綿密に時間をかけて暗殺をするのに、それを愚かな依頼主のせいで周りに迷惑をかけてまで、暗殺に踏み切る。
いや~、人間の強迫観念って怖いね。
さて、人気の少ないところに来ているけど、焦っているのかなぁ~。
殺気というか。気配がビンビンに感じられるよ。
これじゃあ、素人でも気づかれてしまうぞ。
全く、せっかくの才能なら経験やらが台無しじゃないか。
ひとまず、出てくるまで待機だな。
「ハアハア」
(クソ。こうも連続で仕損じるとは思わなかった。それはひとえに、あの男の実力が高いという証拠。一つ年上だけの子供になにができると思っていたのが甘かった。そもそも、昨年、あの男は裏世界でも名が通っている“獅子”や“女王”、“魔王”と追い返しているじゃないか。その辺の計算をしていなかった。僕が甘かった)
「クソ」
小声で悪態をつくアルス。
依頼主の圧力のせいで、板挟み状態。神経が余計にすり減って、冷静な判断力がままならない状況である。
(クソ。日に日に、依頼主からの圧力が強くなるせいで、落ち着いて暗殺ができやしない。今じゃあ、使者を送ろうとしている始末。全く、素人ほど、高確率で暗殺が成功するわけがない。かと言って、今の僕も人のことを言えない。とっくに気づかれているだろうな、あの男の実力なら……)
「チッ」
思わず、舌打ちをしてしまうアルス。
(息を殺して、暗殺するのは無理だな。一か八か。賭けてみるか)
アルスはフゥ~ッと息を吐いて、物陰からズィルバーの前に姿を現す。
「本当は、こんな方法をとりたくないけど、一騎討ちを申し込む」
物陰から俺の様子を見ていたアルスが急に出てきて、一騎討ちを申し込んできた。
いきなりすぎる展開に“なんだ? なんだ?”となる。
アルスが出てくるのを待っていたのだがな。
「なぜ、いきなり一騎討ちを申し込む」
その理由を聞かなければ、相手にする気もない。
「お前の強さ、お前の反応の良さを考慮しても、息を殺して、暗殺するのが無理だと考慮した上で、一か八かの賭に出た」
「その一か八かの賭が、“一騎討ち”か」
ったく、自分の命を粗末する気か。
惜しい命に、惜しい才能だと思うのだがね。
でも、ここで“一騎討ち”を断ると、アルスの誇りを傷つけることになるし。困ったな。
少し考えた後、俺は一つの回答に至る。
「ここで負けたら、大人しく引くのか?」
「ああ、引いてやる。暗殺に失敗した僕に、もう帰る場所もない」
アルスの決死の覚悟を見て、フゥ~ッと息を吐く。
「いいだろう。その“一騎討ち”。受けてやる」
「いいのか?」
「ああ。ここで逃げるようではキミの誇りを汚す行為だからね」
俺はアルスの方に向き、構えもせずの自然体にいる。
「ありがとう」
と、言って、アルスは構える。
ふむ。動きから、構えから見てとれる。相当鍛えこまれているな。
これは楽しめそうだ。
「さあ、かかってこい」
「さあ、かかってこい」
ズィルバーは自然体のまま、悠然としている。
アルスから見れば、隙だらけの素人に見える。でも、彼はタラリと汗を流す。
(マジか。一見、隙だらけに見えて、隙がない。どう対処しても、全て対応される。陽動をかけるか。いや、陽動をかけたとしても、見抜かれては終わりだ……クソ。まるで、親父と相手にしている気分だ。いや、あの男の実力は親父以上かもな)
頬から流れ落ちる冷や汗。
一瞬の隙が命取りだと、本能から叫んでいる。
「来ないなら、こっちから行くぞ」
フッと一瞬にして、アルスの目からズィルバーの姿が消えた。
「なっ!?」
(消え……)
消えたと錯覚したとき、ズィルバーの右拳が眼前に近づいていた。
「うわ!?」
眼前に近づく右拳にアルスは大きく身を翻して、躱す。
躱した際の拳圧というものが、アルスの左頬を掠め、髪を揺らす。
(こいつ……見た目のわりに力がある。余分な筋力を削ぎ落として、引き絞っている。なにより、動きに無駄がないし。速い。見えなかった)
タラリと汗を流すアルス。
今までに味わったことがない強敵に冷や汗を流している。
躱した際、カウンターでもしようと思ったけど、あまりの速さと拳圧に圧倒され、反撃し損ねた。
(くそ。派手に躱したのが間違えた。おかげで反撃しそこ――)
「さっき、派手に躱さなかったら、反撃できたと思った?」
「ッ……!?」
(読まれてる)
アルスはズィルバーに読まれるとは思わず、顔には出さなかったが、驚く。
「筋はいい。でも、魔力の扱い方。“闘気”を扱えこなせないようじゃ。俺は殺せないよ」
「なに?」
(“闘気”……親父から聞いたことがある。人が持っているとされる力。あいつ……あの歳で、あんなものを習得しているのかよ)
嫌なことを知って、苦悶するアルス。
「さあ――」
瞬間、またもや、アルスの視界からズィルバーの姿が消える。
「――どうする?」
「くっ」
ズィルバーは、またもや右拳から殴りかかる。
アルスもさっきと同じように避けようとするも、今度はさっきと大きく違ったのは――。
「ッ!?」
(僕の動きに合わせて、拳の軌道が……)
「ぐっ!?」
ズィルバーの右拳が正確に左頬に直撃する。
殴られたアルスも足に力を入れて、踏みとどまる。
これには、ズィルバーも少々、驚く。
「ほぅ~」
(足に力を入れて、踏みとどまるか。しかも、当たる直前で顔を右に引いて、力を受け流した。地獄ともいえる夥しい修練を積んで、今の域に到達したのだろうな)
ズィルバーは胸中に同情の念を抱いた。
でも、アルスにとってみれば、予想外の攻撃、予想外の動きに動揺が隠せない。
「クソ」
思わず、悪態をついてしまう。
(こっちの攻撃を躱されるわ。奴の攻撃を躱そうにも、動きを読まれて、殴られるわ。しかも、受け流したってのに、脳髄にまで揺さぶられ、叩き込まれた一撃。一発、喰らっただけで、相当なダメージを喰らっちまった。あんなの、もろに喰らえば、確実に死ぬ)
「ムカつくぜ」
アルスは僅かに切れた口から垂れる血を拭い、おもクソ悪態をついた。
対して、ズィルバーはアルスのことを高く評価していた。
今まで、暗殺だけしか能がない子供かと思いきや、身体能力の高さと夥しい修練と経験があることを知り、今までのことを払拭した。
(口で言って、納得するとは思えないし。一回、実力の差をはっきりと分からせた方がいいな)
ズィルバーは、どうやって、アルスを取り込むのかを検討する。
(まあ、とりあえず、それは後で考えるか。今は眼の前の敵とやり合うのみ!)
胸中で叫んだ後、廊下を蹴って、一気にアルスまでの距離を縮める。
「くっ!?」
「オラオラ」
ズィルバーは不規則かつランダムの拳の応酬がアルスに襲いかかる。
アルスも必要最小限の動きで躱し続ける。
(もっとだ。もっと、感覚を研ぎ澄ませ。研ぎ澄まさなければ、俺が死ぬ)
アルスの感覚が徐々に研ぎ澄まされていく。ひとえに強敵に勝つため、殺すために感覚を研ぎ澄まされている。
いや、正確に言うなら、そうするようにズィルバーが仕向けた。
アルスは、それを知ってか知らずか徐々に感覚を研ぎ澄ましていく。
(速くて、重く。しかも、不規則かつランダム。どれも一撃で仕留められると思っちまうからどれがフェイントなのか分からねぇ)
しかも、アルスは気づいていた。感覚を研ぎ澄ましていくうちに重大なことを知ってしまった。
(ご丁寧に右腕だけでやってる。左腕は時折、数回混ぜているだけで全然使ってこない。しかも、左の方が速さと重みに若干、右より劣っている)
アルスはこれまでの情報を踏まえて、ズィルバーを突き下す算段を考える。
でも、それすらもズィルバーの策略だと知らずに。
そこから先もアルスはズィルバーの怒濤の攻撃を躱し続けている。
ズィルバーはほとんど、右だけで攻撃しているため、アルスは左に、それほど威力がないと思い込んでいる。
それでも、油断できないことには変わりない。
全て、自分を殺せると思っているアルス。彼は全てを躱さないといけないため、余計に体力を消耗させている。
しかも、最小限に躱したとしても、余波を掠めてるため、少しずつだが、着実にダメージを蓄積している。
ズィルバーが攻撃の手を緩めたところで、アルスは一度、距離を取って、ハアハアと少し荒い息を吐き続ける。
(クソ。反撃の隙がねぇ。しかも、ご丁寧に躱した先に拳が来るようになってから、余計に躱さないといけないから。倍疲れる。でも、やはり、左は使ってこない。勝機はそこにしかない!)
息を整えたアルスは、さらに目が鋭くなった。
対して、ズィルバーは、ここまでの攻防で、さらに関心の目が行く。
(見かけによらず、体力があるようだな。反射神経も上々。とっくの昔に俺が右でしか相手をしてないのに気づいているはずだ。それにしても、こっちは“静の闘気”で先読みし、躱した先に攻撃しているのに、それすらも躱すとは――)
「大したものだ」
ズィルバーはフッと笑みを浮かべ、ますます、アルスへの興味が湧いた。
ズィルバーが笑みを浮かべてるのを見て、アルスは不気味そうに見ていた。
(ちんたらしていたら、こっちの体力が先に尽きちまう。一気に仕留めるか。幸い、学園の廊下は少々、広いからな)
アルスは構えを解いて、ズィルバーの方へ歩きだす。
ズィルバーはアルスが構えずに歩いてくることに不思議がるも、次の瞬間、彼は驚きで僅かに目を見開かせる。
(分裂……いや、分身?)
不思議がるも、すぐに技の正体を見破る。
(なるほど。足運びに緩急をつけて残像を生み出し、視覚で翻弄させかつ、自分に有利な状況を作る。一個下なのに、ここまでの技を……)
「恐ろしいことで」
感心する中、ズィルバーはフゥ~ッと息を吐き、拳を下ろして、自然体になる。
(緩急をつけて残像を生み出したとしても、攻撃する際、意志や気配を感じとれば、問題ない“静の闘気”を舐めないでもらう)
ズィルバーは目を閉じ、視覚からの情報を遮断する。
それで、アルスの残像分身を惑わされずに済む。
でも、目を閉じて、自然体を晒すというのは敵にいつでも、攻撃してこいと思われてしまう。
素人だったら、それは効果覿面なんだが、実力のある者たちには、俺が放つ“闘気”に、覇気に、一瞬の躊躇ってしまう。
だが――。
(ここで臆したら、殺すに殺せない)
アルスは圧倒的強者が放つ“闘気”に臆さず、ズィルバーに挑みかかる。
残像した分身と共に一斉に襲いかかる。
(いくら、目を閉じて、残像を囚われなくても、なにも見えなくなるじゃあ、話にならないぜ)
この時、アルスは慢心してしまった。
ズィルバーが目を閉じ、自然体でいることで、“よし。殺せる”と思い込んでしまった。
対して、ズィルバーは目を閉じていても、“静の闘気”は使用し、アルスの気配を。いや、アルスが攻撃する意志を感じとっている。
(視覚に頼らず、気配だけを感じとれば、対応は可能だ。でも、“闘気”だけを過信してはいけない。日頃から己を鍛えないと、せっかくの“闘気”も宝の持ち腐れだ)
ズィルバーは“静の闘気”で攻撃してくる場所を見抜き、アルスが回避できないタイミングが来るまで待つ。
「これで終わりだ」
アルスは自分の身体を改造して、爪を鋭くさせる。
その際、僅かに洩れた殺気に気づき、ズィルバーはほんの僅かだけ反応するも、アルスは気づかずにズィルバーに襲いかかる。
アルスの鋭き爪がズィルバーの眼前まで近づく。
(よし。もら――)
と、思った瞬間、アルスの腹に鋭い一撃が叩き込まれた。
「ッ!? ガハッ!?」
ゴロゴロと転がっていくアルス。
しかし、その転がりも途中で次第に止まり、アルスは俯せで廊下に倒れ込む。
ゲホッ、ゴホッ。咳き込むアルス。
血こそ吐かなかったが、相当なダメージを叩き込まれたのは間違えない。ここで、アルスは大きな間違えをする。
(クソ。左、軽いかと思ったら、おもくそ重くて、鋭い拳だ……身体の芯まで届いた……)
「クソ。油断した」
よろめきながらも立ち上がるアルス。
そんなアルスに対して、ズィルバーは賞賛の声をあげる。
「……にしても、中々の反射神経だ。俺の反撃を咄嗟にくの字に折れ曲がる形で受け流した。無意識下での反応だろうが、たいした反射神経だ。警戒に値する」
「そりゃ……どうも……」
(クソ。さっきの喰らって……身体が思うように動けねぇ……)
肩から息を吐き、ゴホッと咳き込むアルス。
「これ以上、やっても意味がないと思うがね。諦めて、降参してくれないか?」
「ふざけるな。こっちは命を賭けてんだ。おめおめ、降参するくらいなら、暗殺者なんてやめてやらぁ~」
「愚問だったな。失礼した。ならば、この一撃をもって、敗北を知るがいい」
「くっ……」
ギリッと歯軋りするアルス。
(敗北、か……一矢報いたいけど……ここまで、か)
大人しく敗北を認め始める。
ズィルバーは廊下を蹴って、アルスまでの距離を詰め、突きの構えをする。
左拳に“動の闘気”を込める。加減するとはいえ、一撃で意識を刈り取るほどの一撃を叩き込む。
「“我流”――“帝剣流”――“羅刹豪拳突き”!!」
強烈な一撃がアルスの土手っ腹に叩き込まれる。
衝撃の一部がアルスの身体を貫通するも、衝撃の大半がアルスの身体の中に叩き込まれた。
本来なら、下顎に叩き込ませてもよかったが、それだと、下顎の骨に罅が入るので、土手っ腹に叩き込むことにした。
アルスも土手っ腹に強烈な一撃が叩き込まれたことで肺に溜まっていた空気が一気に吐き出された。
「ゲホッ、ゲホッ」
と、咳き込みながらも懸命に酸素を取り込もうとしている。
「ち、く……しょう……」
虚ろな瞳の中、アルスはズィルバーを睨みつけ、そのまま、意識を落とし、ドサッと、その場で倒れ込む。
俯せに倒れ、気絶しているアルス。
ズィルバーはフゥ~ッと息を吐いた後。
「さて、こいつを委員会本部に連れて行くか」
彼の身柄の拘束し、風紀委員本部に直行した。
「さて、どうしようか」
「まさか、暗殺者。八人総出で全員、捕まるなんてねぇ」
「予想外って感じでしょうけど……」
「暗殺者だよね。大人しく、情報を吐いてくれるかな?」
「知らねぇな。勝手に自決されても困るし。ひとまず、装備一式。口の中に毒を仕込んでいないか確認だな」
シューテルの言うとおり。まず、アルスたちの装備一式と、毒物を所持していないかの確認をする。
確認して分かったことがアルス以外は全員、装備なり、毒物なりを仕込んでいた。
逆にアルスは装備や毒など仕込んでいなかった。
「不思議な後輩だ」
「うん。武器もなく、毒すらも持っていない。こんなの普通に考えれば、異様に思える」
ジノとシューテルは、アルスが武器を持たず、毒すらも所持せず、捕まっていることが些か、疑問を感じざるを得なかった。
「俺との一騎討ちの際も、アルスは自分の身体を改造していた」
「改造?」
「穏やかなには聞こえねぇぞ」
「正確に言えば、肉体操作。爪を鋭くさせていた。あれで抉られたら、肉ごと、ゴッソリ抉られたはずだ」
俺は一騎討ちの際、アルスが爪を鋭くさせていたのを見ている。
実際、あれは脅威を感じた。
人族を含めた全種族において、最も硬いとされているのが骨、歯、爪。その中の爪を鋭くさせるとは考えもしなかった。
アルスが天才なのか。もしくはファング家という長年の研鑽により、編み出したかのどっちかだろう。
おまけに残像分身を作れるほどの技術。
並大抵の相手なら、簡単に殺されるだろう。“闘気”を扱える者には効果はないが、アルスも“闘気”を習得すれば、“静の闘気”でも認識できなくなるかもしれん。
「全く、とんでもない後輩だよ」
「ズィルバー?」
フッと笑みを零す俺にティアが首を傾げる。
「ひとまず、医務室に寝かせておけ。ただし、装備一式と、毒に関しては別室で置いておけ」
「僕とシューテルで運んでおくよ」
「あいつらが起きたら、食事を与えてやれ。胃に優しいものにしておけ」
「じゃあ、その準備は私とナルスリー、ティアでやっておく」
「起きたら、報告してくれ。俺は生徒会には謝罪文。講師陣には責任追及の書面を作成しておく」
「レイン様は呼ばないの?」
「レインは、この手のことに手を貸させないし。今、何やら、物思いにふけているからな。当面、顔を出せん」
「分かった。皇宮には私が手紙を送っておく」
「頼む」
俺たちは暗殺者なる“問題児”の事後処理に奮闘し始めた。
「全く、とんだ“問題児”を学園は押しつけたな。まだ、不良児側の“問題児”もいることが甚だしいわ」
俺は不慣れな仕事である謝罪文と責任追及の書面を書いていた。
「ええと、謝罪文は――」
『本日は、我々、風紀委員の不手際により、生徒会改め、学園の生徒たちに多大な迷惑をかけたことを心より謝罪します。此度のことで学園の生徒改め、生徒会も学園講師陣への不信感を抱いたかと思います。ご安心ください。我々、風紀委員が責任をもって、“問題児”の管理を致します。学園の生徒の皆様には誠に申し訳ないと思いますが、今年度の“問題児”が風紀委員の業務に真っ当に取り組めるよう、風紀委員の方で精一杯、努力するつもりです。生徒会の皆さん。この度は、“問題児”のことで生徒からの苦情も多かったことでしょう。心より深く謝罪します。つきましては生徒会の方からでも、学園講師陣に責任追及の書面をしていただきたいと思います。風紀委員の方でも責任追及をする所存でございます。誠に勝手ながらでございますが、ご協力のほどお願いします』
最後に、“風紀委員長 ズィルバー・R・ファーレンより”と添えた。
「次は責任追及の書面だな。これはこっちが脅せばいいから。脅迫文近くでもいいだろう」
俺は学園講師陣への責任追及の書面を書き始める。
『学園講師の皆様。今年度の“問題児”の入学について。我々、風紀委員と生徒会は深く追求させていただきたいと思います。此度のことで学園の生徒からの不満や苦情が問い合わせてきました。今回の一件、学園側はなにもしなかったことへの責任。暗殺者たる“問題児”を入学させた経緯を話させていただきたいと思います。ここでも黙秘を追求するのであれば、皇宮の方に書面を送らせていただきます。しっかり、吟味して回答してください。返答がなければ、学園中に“学園講師陣は暗殺者たる“問題児”を入学させたのを黙認した”と流布しますのであしからず。最後になりますが、誠心誠意の返答を心よりお待ちしております』
最後に、“風紀委員長 ズィルバー・R・ファーレンより”と添えた。
「こんな感じでいいか?」
報告に来ていたティアに見せる。
「いいんじゃない。初めてなんでしょう? 上出来だと思うわ。責任追及の書面なんてほぼ脅迫文に近いじゃない」
「向こうが黙認したんだ。これぐらいしてもいいだろう。学園側には止めなかった責任がある。向こうがなんと言おうが、こっちにも責任を追及する権利があるはずだ」
「一理あるわね。今回の“問題児”に関しては明らかに作為的に思えるわ。よく今まで、“問題児”を囲い込もうと考えたのが理解できない」
「連中の考えなんて知ったことか。どうせ、余所からの圧力だろう。この国を貶める古貴族の考えだ」
「“五大公爵家”は考えないの? 五家も古貴族よ」
「“五大公爵家”は五神帝の存在がデカい。五神帝に嫌われたら、一族もろとも、悲運の死を遂げられるのは間違えない」
「精霊って怖いのね」
「俺たちが知らないだけで、精霊は人を見ている。いい人間か、悪い人間かを判断するのは精霊の裁量次第。力を貸すのも貸さないのも、な」
「ふぅ~ん」
「日頃から鍛えるのもいいが、精霊に好かれる自分らしさを見せればいい」
まあ、ティアなら、レイと同じ道を進みそうだけど。
「ええ、そうするわ。ひとまず、この謝罪文と責任追及の書面を送らせておくわ」
「ああ、頼む」
ティアは謝罪文が入った封書と責任追及の書面が入った封書を手に、執務室をあとにする。
ティアに変わって入ってきたのが、ビャクとルアであった。
「委員長! ハクリュウたちがマークしていた“問題児”を確保しました」
「聞き込みにより、古貴族と思われる生徒と接触し、“風紀委員をメチャクチャにしてほしい”という依頼が来ていたそうです」
「その場で押さえ込みました」
「ご苦労。それで、依頼主の家名は調べたか?」
「古貴族の__家です」
思いっきり、古貴族だな。もしかしたら、古貴族に加担してる貴族があるかもしれんな。
「学園講師陣に責任の余罪を追及できる。ご苦労。いい戦果だ」
「「ハッ!」」
「前々から、依頼を受けていなかったか。取り調べてくれ」
「既にメリアさんとギリスさんが取り調べに動いています」
「優秀だ。取り調べた内容を後で教えてくれ」
「「はい!」」
「いってよし!」
俺は二人にそう言って、執務室に出させる。ビャクとルアが出たところで、俺は、つい、こんな言葉を漏らした。
「持つべき者は部下であり友達だな」
微笑してしまった。
ズィルバーが執務室で元気そうに紅茶を飲んでいるのであろう頃。
メリアとギリスは古貴族のご子息とコンタクトを取っていた“問題児”の取り調べを行っていた。
「ふぅ~ん。貴族からのコンタクトはこれまでに複数回していて、何度か依頼を請け負っていたと……」
「そうよ。なにか問題でもあるの?」
「いいえ。ないわ」
女の子の“問題児”の詰問にメリアはそよ風のように受け流しつつ、取り調べた内容をメモ書きしていく。
「――にしても、驚いたよ。僕たち、不良の世界でも知れてる乙女たちが一個下の後輩だったとはね」
「あら、私からしたら、不良の世界で名が通っている、あなたたちが風紀委員なんていう飼い犬に落ちていたことに驚いたよ」
「飼い犬とはひどい言い草ね。私たちは自分の意志で、ズィルバーの下に就くことにしたのよ」
「信じられないね」
メリアが告げた言葉に“問題児”の彼女は、その言葉は信じないと言い切る。
「我の強いあなたたちが、あんな貴族が作った組織につくなんて信じられないのよ!」
「信じる、信じないのはあなたの自由。でも、これが現実。私たちは、ズィルバーの下に就くことを決めたのよ」
「戯言を抜かすな! 私たちの間で、よく話題に上がっていたじゃないか。“教団”の残党に復讐する。その理念すらもなくしたって言うの!」
声を荒げる彼女に、メリアは“う~ん”と頭を悩ませる表情を浮かべる。
「別に、理念を捨てたわけじゃないわよ。でも、復讐しようって気持ちがなくなっちゃったの」
「ハッ?」
彼女はメリアの口から言葉を聞き、信じられない顔をする。
「半年前、知っているでしょう。“獅子盗賊団”、“大食らいの悪魔団”、“魔王傭兵団”が、第二帝都へ侵攻し、追い返したって話」
「その話は、不良の世界でも知れ渡ったわよ。だからこそ、気になってたんだよ! 奴らに復讐しようとしていた、あなたたちがどうして、風紀委員なんかをやっているのかにね」
ギリッとメリアとギリスを睨み殺そうとする彼女。
しかし、女の子の睨みにメリアは髪を靡かせるように受け流して、話を続ける。
「私たちだって、“教団”の残党を復讐したいよ。それも、殺したいぐらいに」
「だったら――」
「でも、ズィルバーに負ける残党を見て、復讐する気が削がれ……いや、スッキリしちゃった。子供みたいな私たちに負ける大人なんてバカバカしく思っちゃってね」
「それが、彼の下に就く理由だって言うの? 笑わせるな!」
「笑わせていないわよ。むしろ、諭されちゃっただけ。彼の前だと、本心を見抜かれて諭されるのがオチよ」
「…………」
メリアにそう言い返されて、女の子はなにも言い返せなくなった。
「とりあえず、あなたたちの処分だけど、しばらく、ここにいてもらうわよ。学園の生徒とは言え、“問題児”。他の生徒たちに迷惑をかけられないわ」
「だったら、今すぐにでも、転校手続きなり、停学処分なり、退学処分なり、すれば良いじゃない」
「それをするのに、手続きが必要なのよ。おいそれと、転校とか、退学とかできないわ。それに、秘密裏に停学処分とかすると、余計に目立ってしょうがないの。処分が決まるまで、ここにいてもらうわ」
「…………」
女の子は不機嫌そうに、睨み殺すかのようにメリアを見つめていた。
「う、う~ん……ハッ!?」
風紀委員本部、医務室。
ベッドに寝かされていたアルス。
ズィルバーから与えられたダメージで気を失っていたが、朧気ながらも目を覚まし、意識を覚醒させる。
ガバッと起き上がるも。
「ぐっ!?」
腹に受けたダメージが未だに残っているためか。腹を押さえ、苦悶の表情を浮かべる。
「起きるな。まだ、傷が癒えていないだろう」
「ッ!?」
急に声が聞こえ、アルスは声がした方に振り向き、警戒する。
医務室のベッドであるため、カーテンがある。カーテンをどかして顔を出した人物にアルスは、さらに警戒心を強める。
「身体は鍛えているようだが、今は起き上がらない方がいい。俺の一撃は内臓にまで響いているはずだ」
「ず、ズィルバー・R・ファーレン」
ギリッと歯を食いしばるアルス。
でも、ズィルバーはアルスの睨みを無視して、ベッドの近くにあった椅子に座り、紙と鉛筆を手に、アルスに話しかける。
「今から、いくつか質問する。その質問にしっかり答えるんだ」
「僕が答えると思うのか?」
「それは承知の上さ。先に言っておくと、答えておいといた方がいい」
「なんでだよ?」
アルスの言い返しに、ズィルバーはある言葉を口にする。
その言葉に、アルスの目が見開く。
「お前、どこでその情報を……」
「愚問だな。俺はファーレン公爵家の跡取りだ。この手の情報は集められる。あと、俺の仲間たちが、前もって教えてもらっている。その情報を踏まえて、家や皇宮に情報集めの依頼を出せば、情報を集めてくれる。だから、慎重に答えるんだ」
「クソ~」
アルスは悪態つきながら、ズィルバーの質問に答え始める。
「まず、俺たちを殺すように依頼したのは、古貴族の__家だな?」
「ああ、親父から、そう言われたから間違えない。報酬なんかも前払いしている」
「次、キミの他にも暗殺者に依頼されたか?」
「知らないが、入学式の時、チラッと顔を見ただけでも、暗殺者の子供がいたのは間違えない」
「体術や暗殺術は家で仕込まれたのか?」
「ああ、間違えない。魔力いや“闘気”の扱い方に関しては、まだ教えてもらっていない」
「そうか。最後。いや、これは念のためだが、依頼失敗したキミはこれから、どうなる?」
「たぶん、強制帰宅されて、お仕置きを受けるか。あるいは始末部隊が送られる。暗殺失敗した奴に親父たちは必要ないと思うから」
「ふぅ~ん。けっこうシビアな世界だな」
(まるで、千年前の俺に少々似た境遇だな)
「一応、言っておくが、“ティーターン学園”は治外法権に属していて、緊急時以外、皇宮でも手を出せない場所なんだ。暗殺者の家でも、学園には手を出せない」
「だが、お前を殺そうとした連中は!?」
「あれは、完全にルールを破っている。今回のことで問題が発覚すれば、学園側に深く追求できる。なにしろ、学園講師陣はキミたちの入学の真意を隠したんだ。俺たち生徒が抗議してもおかしくないよ」
「ちょっと待て!? 僕たちが入学したのも、暗殺者だったのも、前から知っていたのか?」
「学園講師陣、生徒会、風紀委員は新入生全員の名簿を渡される。もちろん、“問題児”のもな」
「“問題児”?」
「キミのような曰く付きの生徒のことだ。実のところ、風紀委員は半年前にできたばかりでね。メンバーのほとんどが曰く付きの生徒ばかりだ。なにしろ、風紀委員本部がある。ここは、前、“ゲフェーアリヒ”っていう“問題児”のたまり場だったからな」
「“ゲフェーアリヒ”……」
アルスは、その名前は聞いたことがあるようだ。
「っていうわけで、これからの話。生徒会としては暗殺者や不良児の処分を俺たち風紀委員で受け持ってほしいって考えだ」
「まさか、僕たちを……」
「そう。キミたちを強制だが、風紀委員に入ってもらう。でも、俺たちは白銀の黄昏という裏での仕事もある。アルス。キミの場合は裏での仕事が多くなる。ただし、殺しとか、そんな仕事はない。多いのは第二帝都の治安維持だ」
「僕が……第二帝都の治安維持、だと?」
「皮肉か?」
「いや、そうじゃなくて、僕が風紀委員なんかに入っていいのか、って思って……」
「安心しろ。周りがなんと言おうとキミは風紀委員のメンバーとして迎え入れる」
ズィルバーは、そう言いきり、アルスを納得させる。
「取り調べは終わりだ。後は、ゆっくり身体を治せ。ティアたちが胃に優しい粥を持ってきてくれるって話だ。今は大人しくしていろ」
「あ、ああ……」
ズィルバーはそう言って、医務室を出た。
医務室を出たところで、シュウがズィルバーに報告してきた。
「ズィルバー。学園から返答が来たよ」
「そうか」
いよいよ、風紀委員と生徒会による学園講師陣への直談判が始まる。
感想と評価のほどをお願いします。
ブックマークもお願いします。
ユーザー登録もお願いします。