4話.剣舞は月夜に照らされて
──確実に仕留める、死角からの一撃。
明確な殺意のこもった凶刃。
それを彼女は、いとも簡単に篭手で弾いた。
空中で仰け反り体制を立て直す刃の主は、
月光に照らされてその姿を顕にした。
が、顔のほとんどが隠れるほどフードを深く被り、
その身も外装で覆っており、正体が掴めない。
いや、掴めないようにしていると言った方が正しいだろうか。
身元を隠し、闇に乗じて人を襲うその姿はまさに「賊」であった。
それは地に足が着くが早いか、すぐさま彼女に飛び込み、二撃目を放つ。
しかしいつの間に抜いたのか、彼女の剣がその一振りを抑え込む。
そして、そのまま体重を乗せて刃ごと相手を吹き飛ばそうとした時。
「賊」は彼女が剣を握る手を蹴り上げ、後方に飛び退いた。
すぐさま息もつかせぬ追撃が飛ぶ。
しかし、美しい弧を描いた剣は空を切り、「賊」もまた、空中に弧を描いていた。
再び「賊」が飛び出し、その剣撃を彼女が弾く。
反撃として放たれた一撃を再び躱す。
弾く。躱す。弾く。躱す。
瞬きもできないほどの素早い剣の応酬。
残像が残るほどの凄まじい剣撃。
目の前で行われる命のやり取りに、「俺」は動けずにいた。
そして、幾度めかの「賊」の一撃。再び当然のように弾かれる。
が、それが飛び退いた方向は今までと違うものであった。
彼女をすり抜けるように刃でいなし、
その弾かれた衝撃を生かして「俺」の方向へと一直線に突っ込んでくる。
すぐさま彼女が気が付き、追おうとするものの、どこからともなく現れた「もう一人」により阻まれる。
彼女が相手では分が悪いと思ったのか。狙いやすい方を追ったのか。
おそらく両方だろう。慌てて剣を取ったはいいものの、当然「俺」では敵う筈がない。
そう思慮している間にも相手はどんどん距離を詰め、今まさにその刃を──
「『守護れ《ディフェンド》』ッ!!!」
その時だった。
リューゲの叫びに呼応するかのように。
刃は通らず、代わりに「俺」と「賊」との間には歪みのようなものができていた。
護るというより、拒んでいるような。
「壁」と形容するのが相応しいそれは、放たれた刃を弾き返し、そこにリューゲが割って入るには十分な時間を稼いだ。
「い……今のは?」
「話は後です。あなたは下がっていてください」
彼の不思議な力に驚きながらも、指示に従い下がる。
前に躍り出た彼は、手にバチバチと電気のようなものを纏い、臨戦態勢をとる。
彼は自分に向かって突っ込んでくる「賊」を前に、両手を突き出し悠長に構えている。
その掌の周囲の空間がぐにゃりと、先程のように歪み、ここからでも感じるような「寒気」を覚える。
次の瞬間、彼の掌から冷気の塊。
「氷」が次々と現れては、飛び出してゆく。
無数の「氷」を躱し、または切り払い、舞うようにじわじわと距離を詰めてゆく「賊」。
近距離に持ち込まれたらおそらくリューゲは不利。
だが、肝心の「氷」も効果的とは言えず。
あっという間に刃の届く距離へと踏み込まれてしまう。
だが、当の本人は未だに悠長に構えている。
当然、次に来るのは殺意のこもった一振り。
それを受けてリューゲは──
先程手に纏っていた「電気のようなもの」を放った。
青白い光を湛え、鋭く刺す槍のような電気の波。
首を狙い、空中に舞っていた「賊」に躱す術はなく。
ぱちぱちと、弾けるような音。
慌てて後方に飛び退くも被弾は免れなかったようで、刃を握る手を庇っているように見えた。
続けざまに放たれた、「氷」の塊。
先程の一撃が聞いているのか、なかなか距離を詰められず防戦一方の「賊」。
──強い。
鮮やかな剣撃を見せた彼女然り。
「電気」や「氷」を操る彼然り。
その二人を相手取り、なおも善戦する「賊」然り。
現実離れした強さ。平然と行われる命のやり取り。
その反面、「俺」は何も出来てない。
むしろ、護られてばかりいる。
悔しさと羞恥心に剣を握りしめるが、やはり目の前で繰り広げられる戦いを前に呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
その時である。
「賊」が突然、手にしていた刃をリューゲに投げつけたのであった。
自棄になった一撃か、当然彼の「壁」に阻まれ通らない。
だがそれは、明確な意図を込めた一撃であった。
刃を失ったそれは、丸腰にも関わらず「俺」に向かって突っ込んできた。
当然、反応が遅れるリューゲは間に合わず。
呆然と立ち尽くす「俺」相手であれば丸腰でも勝てると踏んだのか、それは勢いを止めない。
確かに、「俺」では目の前の「賊」には敵わない。
だが、無抵抗のままやられるというのも癪に障る。
せめて、せめて一矢報いることが出来れば。
と半ば自棄になって放った一振りは、相手がそれを予想だにしていなかったのか、僅かに回避が遅れた。
そのおかげで「俺」が放った剣は外装を切り裂き、
闇夜に隠されていたその素顔を月光が明らかにした。
無造作だが、きちんと結われた跡のある銀の長髪。
まだ幼さの残る顔立ちに似つかわしくない、殺意のこもった暗い瞳を湛えるそれは。
──年端もいかない「少女」であった。
その姿 に、思わず狼狽する。
しかし次の瞬間「俺」は、腹部に重い衝撃を感じていた。
当然だ。
相手は「少女」の形をしていても、残忍な「賊」である。
わかってはいたはずだが、やはり躊躇してしまった。
激しく地面に叩きつけられ、腹部に鈍器で殴られたような痛みを感じる。
視界が霞んでチカチカし動けずにいる中、明確な敵意を持って迫る「賊」が映る。
だが、それを止めたのは意外な人物であった。
先程、彼女を阻んだ「もう一人」。
彼女に比べてとても大柄で、その腕にはまたも大柄な鉄の塊──
「大剣」のようなものが握られていた。
それが肩に手を置き諌めるようにすると、
彼女は踵を返し、闇夜に消えていった。
それと共に「もう一人」は、去り際に若い男の声でこう言い放った。
「またな、兄弟。」