1話.それはまるで御伽噺のような
「……ご安心ください。次に目覚めた時には『異世界』ですよ。」
その言葉を最後に、「俺」の意識は闇に落ちた。
──次に意識を取り戻した時は、鳥の囀りが聞こえてきた。
次第にはっきりしてくる手足の感覚。冷たい土の感触。
どうやら何かにもたれかかるようにして眠っていたようだ。
とすると、ここは──
視界が開ける。
眼前に飛び込んできたものは記憶にある無機質な「白い空間」とはあまりにも対比的な瑞々しい緑であった。
──森である。
どこまでも続いているような木々。見渡す限りの緑。
ふと、自分がもたれかかっていたものに目を向ける。
それは見上げるほど大きく、
若々しい葉をつけた枝が風にそよぐ「樹木」であった。
確かめるように手で触れる。
硬く、ごつごつとした樹皮であったが
やはりというか、明らかに紛い物の感触ではない。
一瞥しただけで森と認識できるほどには。
やはり夢だったのではないのではないかと錯覚するほどには。
既視感を覚える光景が広がっていた。
しかし、樹木に触れたその手は、
その「夢」を現実だと思い知らせるかのように異様な、
しかし「森」とは違う既視感を覚える
金属の装身具に包まれていた。
手を覆い、守るように。
しかし動きを阻害しないような作りになっているそれは
御伽噺でいうところの「篭手」のようであった。
しかし、装身具はそれだけではない。
幹を支えに徐に立ち上がると、
なんとも言えぬ違和感とともに
かちゃかちゃと金属の触れ合う音が鳴り響く。
幸いにも近くに水辺があったため、それを鏡のようにして自分の姿を覗き込む。
水面に映ったそれは、御伽噺に描かれるような不思議な出で立ちをしていた。
随所に金属の装飾が施された、革のようなもので出来ている衣服。
どこかの民族衣装、または工芸品にも見えるそれは
衣服と形容したものの、もっと身を守るに適した形状をしていて──
むしろ「鎧」と呼ぶべきだろうか。
次に、腰に据えてあるそれに手を伸ばす。
人が握るための部分──おそらく「柄」を把持し、
それを包んでいた「鞘」からゆっくりと引き抜いてゆく。
片腕ほどもある鉄の塊。
陽光を受けて鈍色に光るそれは、
想像していたより随分と軽い印象を受けるものの、
間違いなく鋭利な刃物、「剣」であった。
思わず握る手に力が込もる。
そのまま軽く振ってみたところ、
自分の筋力でも扱うのに支障はないように思える。
「仮装」か何かと疑ったが、
それは「衣装」と呼ぶにはあまりにも頑丈で、
剣に至っては実剣を用いる必要などない。
それでもまだ信じられず、
透き通るような水を掌で掬い、顔を洗う。
──冷たい。
至極当たり前の感触ではあるが、
これを「現実」だと認識し、混乱した頭を落ち着かせるには十分であった。
もしこれが「異世界」だとするならば。
いや、そうでなくともいつまでもここにいるのは得策ではない。
おそらくだが街や村、といったものがあるはずだ。
このまま野宿、というのはさすがに避けたい。
ふと冷静になると、見つめていた水面を照らす陽光が
次第に山吹色のような、やわらかな色に変わっていた。
ここにも昼夜の概念があるのだろうか。などと呑気に考えていたものの
それが意味するところに気がつくと、確かめるように木々に視線を戻した。
やはりというか、注意を向けたその「景色」は、先程とその色を変えていた。
聞こえていた鳥の囀りはなく、
その代わりに木々のざわめきだけがいっそう強くなる。
やわらかな朱に染まる景色を前に
既視感を覚えていたこともあるのか、
すぐに馴染みの深いあの現象を思い浮かべた。
──おそらく日が暮れようとしているのだ。