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プロローグ






 日が沈み、街では人々が何かに追われるかのように急ぎ足で帰路に立つ頃。

 街に飲まれたサラリーマンの様なくたびれた建物が目に入る。


――それは俺の家だ。


 アパートの2階へと続く階段を蹴とばす度に鉄の音が街に響き渡り、憂鬱に拍車をかけた。ふと、今日の事務所での出来事を思い出す。

 


「てめぇ! ぶっ殺すぞ‼」

「す、すいません!」


――正直「ぶっ殺す」という言葉は言い飽きていた。


「借りた金は返す。当たり前の事だろがぁ!」


「ごめんなさいいい!」


「今から銀行でも襲って、金を用意してこいやぁ!」


 来る日も来る日も負債者への恐喝と督促をベースとした、チンピラ活動。



「早く行けやコラぁぁ! 明日の朝刊に載りてぇのか‼」

「勘弁して下さいぃ! 無理ですうぅ!」

「じゃあ、てめぇをぶっ殺してやろうかぁ‼」





 口の悪さと手の速さは父親譲りだろう。


 俺の父親はクズだった。ガキの頃は死にかける程に殴られ、お袋も俺が5歳の時に、男を作って蒸発。


 1人残された俺は日々の暴力の中で性格は歪み捻くれ、今や俺も立派な社会のゴミだ。



――いや……。もしくは、生まれ持った、性分かもしれないな。




 だが、このままでは終われない。この世界で成り上がってやる。この世は金が全てだ。愛とか友情などゴミクズ同然。



――俺には金と暴力だけだ。この状況を打破する策もある。大丈夫だ。焦るな。

         


 そんな事を思いながら玄関のドアを開けると幼い声が俺を迎えた。



「お、お兄ちゃん。お帰りなさい……」



「俺はてめぇの兄貴じゃねえ!」



 その少女は怯えた様子で俺の顔色を窺っている。

 思わず口調が荒くなり怒鳴ってしまうが、その度にガキは体を縮こませ泣きそうな顔をした。



――こいつは過去の亡霊。忌まわしい幼少期の悪夢だ。



――二日前に突然、家の玄関前に現れた謎の少女。少女は俺の妹だと言う。両親の名を聴けば、父親の方に覚えがあった。それは思い出したくもない俺の父親の名前。



『関係ない。消えろ』

『……っ! で、でも、お父さんが、お兄ちゃんの家に行けって』

『あのクソ野郎……。知るか。帰れ』



――そう言って扉を閉めて鍵をかけたが……、朝になってもまだ居やがった。



 冬空の下、ボロアパートの外階段で凍える姿に「近所に通報されたら厄介」だと思い仕方なく部屋で入れ留守番させたが。


――早く追い出さないと面倒になるな。



「チッ……。邪魔くせぇな!」


「……っ! ごめんなさい……あ、あのね。私の名前」


「黙っていろ! クソガキがぁ! ぶっ殺すぞ!」


「ごっ、ごめんなさい……。ごめんなさい……」


 俺の怒鳴り声に少女が頭を抱え部屋の隅でうずくまり、呪文のように「ごめんなさい」と繰り返しては、怯えた小動物のように震えていた。



「クソ。イラつくガキだな……」



 悪態をつきながら無造作に寝ころび、瞳を閉じる。

 眠気がある訳ではなかったが、胸にある僅かな居心地の悪さが俺をそうさせた。


――うざってぇ……。俺のガキの頃とそっくりだ……胸糞わりぃ。


…………本当に最悪だ。あのクソ野郎はどうやって家を調べたのか、14歳で家を出てそれっきりだったが。もしどこかで会ったらぶっ殺す。



…………何か疲れたな。明日は取り立ての予定もないし……ガキ追い出して雀荘でも――




――――――――――

――――――――

――





「……」



――暖かい。なんだ……。何かが体に触れている。



「…………」


――――そうか、いつの間にか寝ていたのか。



「……おわっ!」



 ――誰だこいつ! 何で俺の家に!? 何で俺はガキと一緒に寝ているんだ!?



「ん…………」


「あっ……。んだよクソ」



――そうだ。思い出した。クソ野郎のガキだ。それが隣で寝てやがる。




「おいてめ――」




――――お兄……ちゃ、ん。





 不意に聴こえた呼び声に、動きが止まってしまう。その小さい手は地獄の住人が蜘蛛の糸にすがるように俺の服を掴み、寝ながら離さない。


 そして、その細腕をたどって行くと、異常に痩せこけた体中に痛々しい青痣と傷。酷く汚れた足は、皮が剥がれ血が滲み出ている。


――こいつ。いったい何処から歩いて来た。それに案の定、殴られた痕。



「おい。起きろ」

「ん……。あっ……。ご、ごめんなさい!」



 俺の声に目を覚ますと小走りに部屋の隅に移動し、日ごろから殴られていたからか、体を丸めて座り込み顔や頭を守っている。


 妙に脂ぎったボサボサの髪に汚い服、玄関にはボロボロの靴。しかも靴下を履いて無いから畳が汚れて最悪だ。


「チッ……」


 ――本当にイライラさせるガキだな。小汚いし臭い。野良犬かよ。まず風呂に入れるか。


「来い」


 立ち上がり声をかけると、突如、少女が涙を流して叫びだした。


頭を手で守り「ごめんなさい。もうしません。殴らないで」と呟き。後は壊れた玩具のように「ごめんなさい」と繰りしては部屋の角に身を寄せ、少しでも痛みが和らぐように壁に体を押し付けている。



――いま警察が来たら完全に豚箱だな。



「静かにしろ……」


「ごめんなさい! ごめんなさい!」


「わかったから黙れ」


「ごめんな、ん、んっー!」


 右手で少女の口を塞ぎ、そして目線を合わさせ言い聞かせる。


「…………良いか、静かにしろ」


「…………」


「よし。お前。名前は?」


「……ハ、ハナ。5歳……です」


「どうしてここに来た?」


「……お父さんに……行けって」


「母親は?」


「あたらしいママがきて……。お父さんとお買い物にいって……それで」


――だいたい分かった。女が出来てハンナが邪魔になったのか。相変わらずのクズだな。


「はぁ……。勘弁しろよ。おいクソガキ! てめぇ臭いから風呂入って来い。綺麗になるまで出てくるなよ」


「はい……。ごめんなさい」


「黙って早く行けコラァ! 風呂で溺死させてやろうかぁ!?」


「ひぅ! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 ハンナが逃げるように消えて行くと、同時に深いため息が出た。


――面倒なことになったな。まぁ。交番に置いて行けば良いか。俺の名前出さないように叩き込んどくか……。


 警察に目を付けられたくないし、俺にはやるべき事がある。ガキに構っている暇はない。



――あと3年だ。あと3年で上に伸し上がってやる。その為のデカい計画もある。その時が来れば俺もエリートヤクザだ―――。





 ――3年後――

 

 


「ハナちゃん! 今日の晩御飯は何が良いかな?」


「ハナね。ハンバーグが良い!」


「よっしゃ! じゃあ! お肉を探そう!」


「やったぁ! お兄ちゃん大好き!」


「お兄ちゃんもハナちゃんが大好きだよ! あっ! ケーキも買っていこう!」



 特売で賑わうスーパーに宇宙で一番可愛い少女の声が響いた。


 少しクセのある長い髪をリボンで結び、少女の清い心を表した真っ白いワンピースを纏っており。

 肩には『魔法少女ガリル』と言うアニメのキャラクターがプリントされた可愛らしいバックを掛けている。



――あれから2年も経つのか。今や俺はエリートシスコンになっていた。


 完全に足は洗っていないが、親父(組長)に堅気の仕事を紹介してもらい、今はトラックの運ちゃんをやっているのだ。


 まぁ、組の息がかかった会社だが。



「お兄ちゃん! これ見て! 玉子が40円だって!」


「なん……だと……」



 生活は豊ではないが苦しくもない。しかし、幸せだ。ハナちゃんが居ればそこが俺の桃源郷。


 何でこうなったのかは色々と深い理由が在ったのだが、今となってはどうでも良い事だ。

 何よりも今が大事だからな。



 あぁ。この時間が永遠に続けば――――。




――

――――

――――――





『――彷徨える魂の亡霊よ。お前は死んだ』



「――あれ? お前は……。ここは……」



 ふとした瞬間。俺は真っ白な空間に居た。さっきまでハナとスーパーにいたのに……、そうだ、ハナはどこだ!? 

 


「――ハナ!!」


「んぅ……。あれ? お兄ちゃん、ここどこ?」


 声に振り返るとそこにハナは居た。キョロキョロと周りを見渡して不安そうに抱き着いて来る。


――良かった。俺の後ろに居たのか。寝ぼけた様子だが無事そうだな。



『目覚めたか。それでは説明しよう』



「ハナ。大丈夫か? 怪我は無いか? どこか痛い所は?」


「うん、大丈夫だよお兄ちゃん。えへへ!」



ハナはいつもの様に可愛く笑う。何て可愛いのだろうか……。思わず抱きしめ返してしまった。



『心配するな。妹は何ともない。それでだが――』



「も~! お兄ちゃんは心配性だよ!」


「そうか。ごめんな」



 『あの、すいません。無視しないで?』



 さっきから変なジジイが喋りかけてくるな……。何か真っ白い服着ているし、ボケた徘徊老人か?


 ハナに何かされたら大変だから、無視しておくか。



『――おい! 誰がボケ老人じゃ! 失礼じゃろ! ワシは神様じゃぞ!』



 ジジイは声を荒げて訳の分からない事を叫んでいる。典型的なボケだな。可哀想に……きっと家族からも見放されて老人ホームにぶち込まれたのだろう。



「――え! おじいちゃん神様なの? すごーい! ハナ初めて見た!』



「ハナちゃん。可哀想だけど、あのおじいちゃんは病気なんだ」



『誰が病気じゃ!? いい加減にしないと怒るぞ!』




「――ひゃう! おじいちゃん。ご、ごめんなさい……うっ、ぐす」


 急に怒鳴られてびっくりしたのか、ハナは今にも泣きそうな顔で謝っている。



『え? いや、違うぞ! お嬢ちゃんに言った訳じゃなくて』



「――おい、ジジイ。ちょっと来い」



『えぇ?! ちょ、待って、落ち着くのじゃ! 話を聴いて!!』



「話せ。それがお前の遺言だ」



「――待ってお兄ちゃん。おじいちゃんは悪くないの! だから、ちゃんと話を聴こうよ」



 ハナはそう言うと俺の腕を掴んで止めに入った。ハナがそう言うのならしょうがない。まったく賢くて優しい子だ。



「そうだね。ハナちゃんは良い子だな~。――おい、ジジイ話せ。聴いてやる」



 俺はハナの頭を撫でながら抱きかかえ、近くに在った黒いソファに腰かけた。

 見た目の割には柔らかい良いソファだな。ハナの柔らかさには劣るが。



『神様に向かって何て言い草じゃ……。まぁ、良いじゃろ、神は寛大じゃからな。そうじゃな、結論から言うとお主等は死んでおる。故に今から転生か転移をする。取り乱しても困るのでワシの力で理解をさせてもらうぞ。えい!』




――何をふざけた事を……と、思った瞬間。頭の中に筆舌に尽くしがたい何かが入って来た。


 記憶とも記録とも違う何かが、俺に全てを理解させた。自分の立場とこれからの選択さえも分かる。

 そしてなにより、なぜ俺とハナが死んだのかも。



「――スーパーにトラックが突っ込んで来て即死か……。笑えない」


「お兄ちゃん。ハナ死んじゃったの?」



 不安そうに俺を見つめるハナを少し強く抱きしめ『大丈夫だよ』と呟く。


 実際、大丈夫では無いが、大丈夫だ。この後の選択は決まっている。どこか違う世界に転移をする。

 

 何故なら俺たち2人は転生も出来なければ天国にも行けないのだから。




「転移だ。それが最良の選択だろ? なぁ、神様……」



「そうじゃの。転生しようにも、お主は悪行が多く天国に行けない。子供のハナは親より先に死んだ罪で賽の河原行きじゃ。しかし、それではあまりに無情で無慈悲じゃ。神は何でも知っておる。じゃから2人に救いを与えるのじゃ。そしてこれはオマケじゃ……。受け取るが良い」



 同情の念を漂わせ苦しそうな顔をして語る老人は、何処からともなく箱を取り出した。その白い箱は真ん中に穴が開いており、木の棒が何本か穴に刺さっている。

 


――見た目はクジ箱だが。いったい何のクジだろうか。




『今流行りの異世界特典じゃよ。お主等が行く世界は神託によって、職業が決まっておる。――といっても、その分野の才能があると言う事だけで、どうするかは自由じゃがな。

戦士。魔法使い。科学者。大工。料理人。因みに当たりは公務員じゃ。福利厚生が良いぞ。先ずはハナからじゃ。好きな奴が当たると良いがのう』



「ハナ、強くて優しい正義の魔法使いになりたい! 魔法少女ガリルちゃんみたいな!」



『そうかそうか……。でも、ランダムじゃからの~。当たると良いの~。その下の棒が良いかもの~。違う違うもう一個したの、それの右隣の――それじゃそれじゃ』



「――とれた! え~と『まおう』って書いてある!」



『え? うそーん。ま、まぁ。最強の魔法つかいじゃな……。え? マジで? 嘘でしょ?』



「やったあぁ! えへへ! おじいちゃんありがとう!」



 ハナは嬉しそうにピョンピョンと飛んで可愛くはしゃぐ。流石は神様だな……。当たりを教える何て優しいじゃねーか。


 それにしても魔王か。流石はハナだな。まぁ、ハナなら当然だが。

 いつか世界がハナに跪く日が来ると思っていた。



『……次はお主じゃの。ほら早く引けよ。トロイの』



――このジジイ根に持っているな。別に良いが……。だが、出来れば使える職業が良いな。金を稼げる奴とか。




『奴隷。蛮族。貧民。足軽。奴隷。スライムスレイヤー。家畜。奴隷。奴隷。奴隷』



――やっぱり。こいつをぶっ殺せる奴が良い。


 そんな事を考えながら木の棒を引き抜くと突然、手に持つ木の棒が光をおびて燃え上がった。


 熱くはないが何か凄い力を感じるな。太陽の様に無限に燃え続ける無尽蔵な力……その物。

 頼むからまともなのにしてくれよ。

 


――願い虚しく。書かれていた文字を確認すると、何とも間抜けな2文字が書いてあった。



『――勇者じゃ……。お主は勇者じゃああああああ!! しまった間違えたぁ!! 逆じゃった!!』



「うるせえな。ハナがびっくりするだろ。黙っていろハゲ」


 

 


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