強さを求める理由
しまった。
そんなことを、聞くつもりじゃなかった。
飛那姫が「将来の夢」なんて口にするから、つい。
「お前……本当に、復讐したいのか?」
今更何を言い出すのかという顔で、飛那姫が俺を見つめる。
「当たり前でしょ? だって、その為に私は今……」
毎日朝から晩まで、強くなることしか頭にないんじゃないかと思うくらい稽古に励んでるんだよな。
そんなことは俺が一番良く知ってる。
だから、余計に思うんだ。
「単に、先生との約束の為じゃないのか? 約束がなくてもお前は復讐しに行くのか? 本当にそれは、お前の意志なのか?」
おい、俺。何聞いてるんだ?
もうその辺でやめておけって、自分でも分かってるだろう。
そう思いながらも、言葉は止まらなかった。
「恨みに思う気持ちは分かる。飛那姫の気が済むなら復讐もいいだろう。でも、お前が本当に人殺しをしたがっているようには、俺にはどうしても思えないんだ」
「何を……」
「お前の強くなりたい理由は、復讐のためじゃなくて、最強の剣士になるためじゃ、駄目なのか……?」
飛那姫の目が、少し見開かれた気がした。
思ってもいないことを聞かれた顔だ。
自分でもきっと気付いていなかったろう、歪んでしまった強さを求める理由。
今、向き合ってしまった。
俺が、気付かせてしまった。
「駄目に、決まってるじゃんか……」
小さくそう、絞り出すように言うと、飛那姫は足下に転がったままの手桶を掴んだ。
「水、汲んでくる……」
言うなり川の方へ走って行ってしまった飛那姫の背中が、ひどく小さく見えた。
馬鹿か。
何を焦ってるんだ俺は。
いくら自分の時間が残り少ないからって。
復讐なんて、やり遂げたところで何が残る?
あいつが命をかけてまでやらなきゃいけないことなんて、もっと他のことでいいだろう。
強くなっても、飛那姫が幸せになれなきゃ駄目じゃないのか?
そう思っちまった。
分かってる……俺のエゴだ。
いつから俺はこんな子煩悩な親父になっちまったのか。
あいつには将来幸せになって欲しいなんて。
まさか他人の幸せをこんなに願うようになるなんて、この俺が。
飛那姫は優しい。
命をかけた先生との約束を違えることがないことくらい、知っている。
それがどれほど意に沿わぬものであっても、あいつはやり遂げるだろう。
だが、その先はどうする?
きっと、その頃に俺はいない。
復讐を終えた後の飛那姫を思うと、苦々しくもやりきれない光景しか思い浮かばなかった。
それじゃ駄目なんだ。
それじゃ……
飛那姫と最期の約束を交わした、あいつの先生が恨めしい。
何故、もっと他の言葉をかけてやらなかったのか。
生き延びて、幸せになれと。
それだけで良かったのに。
「恨むぜ、先生とやら……」
俺は本当に、本気でそう思った。
『没落の王女』番外編でした。
本編前章「帰郷」とリンクしています↓
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