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世界は俺より、彼に優しい

平凡以下×平凡以下のお話。いつもとは少し違う感じですが、久しぶり過ぎて、めちゃくちゃ楽しかったです。

読んでいただけたら、幸いです。

 所詮、人は顔だ。

俺のテストの出来がよければ、「すごい」と言ってもらえるかもしれない。けれど、それだけだ。彼のように、評価が上がることはない。

俺が運動出来れば、「すごい」と言ってもらえるかもしれない。けれど、それだけだ。それが、彼ならば「格好いい」と黄色い声援を送られるだろう。

俺が優しくしたって、「ありがとう」と言われるだけだ。けれど、彼が少しでも優しくすれば、彼に好意を向ける人はまた多くなる。

人は平等だ、なんて言うけれど、決してそうではない。

人は所詮、顔なのだ。


 クーラーの効いた教室で、立花雅紀は教科書を開いていた。本日出された数学の課題に向かう。ふと、窓の外を見た。いつものように、高い声が聞こえる。この暑いのによくやるな、と雅紀は肘を付け、つまらなそうにグラウンドを見つめた。

 汗と土に汚れた選手とフェンスの外でアイドルの出待ちでもしているかのような女子の姿。ゴールが揺れた。その一秒後に、黄色い歓声がさらに高くなる。ボールを蹴ったのは、雅紀と同じクラスの立花哲也。哲也はさわやかな笑顔でギャラリーに手を振った。

 同じ「立花」でも雅紀と哲也の間につながりはない。けれど、同じ「立花」だからこそ、雅紀は余計に肩身が狭くなる。勉強の出来はそう変わらない。雅紀は運動部には入っていないが、運動神経も哲也と同じくらいあるはずだ。けれど、顔の出来は違った。

 栗色のさらさらした髪。小さな顔。高い身長に、すらっとした身体の哲也。それに引き換え雅紀はぼさぼさの髪。背は平均で、一重の目は小さく、鼻は低い。グラウンドから視線を窓に移した。自分の顔が映る。「不細工」だと思った。哲也を見るたび、人は顔だと言われている気がした。けれど、実際哲也がそんなこと言うはずがない。彼は、優しい。彼が嫌味な奴ならば、よかったのにと雅紀は思う。

「立花くん、格好いい」

 控えめな声。それが雅紀の耳に入る。どこからだろうと辺りを見回した。ふと、窓の外に映る人。よく見れば、窓から体を乗り出すように、外を見ている女子の姿だった。

 隣のクラスの地味な人。雅紀の記憶にある緒方千夏のイメージはそんなものだった。天然パーマで髪の色素は薄い。黒縁のメガネをかけており、お世辞にも綺麗とは言えない。 こいつも、彼が好きなのだ。そう思ったら、なぜかひどく腹が立った。

 雅紀は数学のノートを閉じ、鞄に詰めた。窓を閉め、隣の教室に向かう。ガラガラと音を立てドアを開けた。けれど、千夏は気づかないほど集中しているらしい。わざと音を立て、鞄を誰かの机の上に置いた。驚いた表情の千夏が雅紀を見る。

「ふ~ん。緒方も立花が好きなんだ」

「…えっと……立花くん?」

 怯えたような表情。どうしてか嗜虐心をくすぐられた。

「ごめんな。『じゃないほう』の立花で。窓の外を見てたらあんまり熱心に外を見ているやつがいるなと思ったからさ、気になって見に来たんだ。そしたら緒方が必死で立花を見てたから思わず声をかけちゃったよ」

「…わ、私…別に、立花くんを見てたわけじゃ…」

「無理だと思うよ。緒方わかりやすすぎるから。しかも、『立花くん、格好いい』ってさっき聞こえたし」

 雅紀の言葉に、千夏は顔を赤くした。それは面白いくらいに一瞬で染まり、耳まで赤くなっている。千夏の肌が白い分、赤くなるのがよく分かった。

「噂で聞いたんだけどさ、森友知花さんも立花のこと好きらしいよ」

「え?」

「同じ『ちか』でも、あっちの知花に好かれたら立花もイチコロなんじゃない?だから、緒方は無理だと思うよ」

 こんなことを言うつもりはなかった。けれど、なぜか、口からすらすら出てきたのはそんな言葉だった。たぶん、ずっとむかついていたんだと雅紀は思う。

「立花って『じゃないほう』の立花だったよ。本当に、残念」

「同じ立花なのになんであんなに違うんだろうね。哲也くんは本当に格好いいのにね。立花は…あれだもんね」

 そう笑う女子の言葉。聞こえないふりをしていたが、いつも耳に入っていた。そして、その言葉に自分でも頷きながら、傷ついていたのだ。頭の出来は同じくらいだ。運動神経だって悪くない。ただ、顔がよくないだけ。それでもこうも評価は違うのだ。

目の前にいる緒方千夏も同じだと思っていた。同じクラスに美人で優しくて勉強もできる知花がいる。同じ「ちか」と比べられ、同じような思いを抱えているのだろうと思っていた。けれど、そんな千夏まで立花を見ていた。自分が知花を見ていることを棚に上げ、その事実に腹を立てた。なぜか雅紀は信じていたのだ。千夏は立花を見ていないと。あれだけ完璧な男を見ない確率は低いのに、なぜか絶対的に信じていたのだ。そして、裏切られた気になった。バカだなと自分で思う。けれど、悔しかった。

「なんで、そんなこと言うの?」

 それは小さく、けれど芯の通った声だった。

「…所詮、人は顔なんだよ」

「……確かに、私は綺麗でも可愛くもないよ。でも、好きになるのは自由でしょう?私が誰を見ていたからといって、立花くんにそんなこと言われる筋合いないよ」

 正しすぎる正論。雅紀はバツが悪そうに下を向いた。

「勝負をしよう」

「え?」

 意外な言葉に雅紀の口からそんな声が漏れた。まっすぐ見つめる千夏の顔は驚くほど真剣だ。

「勝負、だよ。私、立花…哲也くんに好かれるなんて、そんなこと思ってないよ。でも、好きでいるのは自由だと思う。だから、私、…立花くんと仲良くなるよ。告白してみるよ。…綺麗じゃなくたって、好きになって、告白して、期待したっていいんだよ」

「…ただ、そんなの、あんたが傷つくだけだろう?」

「傷ついたっていいじゃない。何も話せない今より、だめでも今より一緒に話せたら私はきっと幸せだと思う。…立花くんもそうなんじゃないの?」

 その目がすべてを見透かしているようで雅紀は居心地が悪くなった。ただ、逃げている。その事実を突き付けられた気がした。

「私は、綺麗じゃないよ。でも、だからこそ、努力をしなきゃいけないんだと思う。だから、頑張るよ。私にだって、奇跡を信じる権利はあるでしょう?」

 そう笑う千夏の顔は、輝いていた。どうしてだろう。きっと同じことを言われているはずだ。「じゃないほう」と。それなのに、どうしてこんなにまっすぐ自分を信じられるのだろう。

「勝負だよ。頑張って話せるようになってみるから、立花くんも頑張って」

「…雅紀」

「え?」

「両方立花だからわかりにくい。雅紀でいいから」

「雅紀くんも頑張ろう!」

 そう言って笑う千夏は確かに綺麗でも可愛くもない。それなのに、胸が一つ音を立てた。


「…意外、だよね」

「あの緒方さんが告白するなんて」

 次の日、2年はどのクラスでもその話題で持ち切りだった。学年一格好いいと言われている立花哲也に、決して顔がいいとは言えない緒方千夏が告白をしたから。しかも、多くの生徒がいる前で。

 雅紀と話した後、千夏はグラウンドに向かった。そして部活終わりの哲也に「ずっと前から好きでした」と告げたのだ。まだギャラリーも多く残っていたため、色んな人に目撃されることとなった。

「でもそれより意外なのは…」

「……哲也くん、断らなかったね」

 断らなかったと彼女たちは言ったが、断らなかったでは言葉が足りない。断らず、受け入れたのだ。「じゃあ、付き合おうよ」そう言ったのだと、勝手に聞こえる噂話が教えてくれる。そのあとの光景は見ていなくても想像がつく。千夏は白い肌を赤くし、嬉しそうに笑ったのだろう。

「なんだよ、それ」

 雅紀の口から思わずそんな声が出た。なんなんだ、それ、と。それは、告白が成功した千夏に思ったのか、千夏の告白に応えた哲也に思ったのか。

「…雅紀くん、どうしよう」

 晴れて哲也と付き合うことになったのに、なぜか自分と一緒にいる千夏に思うのか、わからなかった。

「緒方、なんでここにいるわけ?」

 昼休み、屋上の一番隅に雅紀と千夏は座っていた。設置されている貯水槽で影ができる唯一の場所に2人きりで少し距離を取りながら座る。この暑い中、クーラーの効いた教室から出て屋上で過ごす変わり者など、2人以外にはいなかった。

以前ならば、2人が教室からいなくても、それに気づくものなど仲の良い友だちぐらいだろう。けれど今は違った。千夏は人気者の彼女である。今の状況が人に知れるのは、千夏にも雅紀にも面倒事が増えるだけだった。けれど、不安げに瞳を揺らす千夏にそのことを言うのはためらわれる。

「…いや、だからなんで立花といないわけ?」

「だって…何が、なんだかわからないんだもん」

 そういう千夏に確かに、と雅紀は思う。確かに、何が何だかわからなかった。先日、千夏とはじめてに近い形で話したかと思えば、なぜかけんか腰になって教室を出て行き、そして、今では人気者の彼女である。その人気者の彼女と人目を避けるように逢瀬を重ねるのはこれで2回目。知らず、ため息が漏れていた。

「…ごめんね、巻き込んで」

 巻き込んでいた自覚があるのかとさらにため息をつきたくなるのを、懸命に堪える。泣きそうになっている千夏にするのはあまりにも可哀想だった。

「でも、なんだか、雅紀くんと一緒にいると飾らないでいられるから」

「ま、キャラが一緒だからな」

「そうなんだよね」

「でも、緒方は立花の彼女で、全然違うけどな」

「…」

「嫌なわけ?」

 雅紀の問いに千夏は目を丸くし、すぐに首を激しく横に振った。

「嫌なわけないよ!ただ…信じられなくて。なんで、立花くんは付き合うなんて言ったんだろう」

「ま、考えられる可能性は3つだな」

「3つ?」

「1つ、地味な緒方と付き合うことで自分の評判を上げる。現に、『顔で選ばないんだ~』とかいう失礼な理由でさらに人気上がってるしな。2つ目は、もともと次に告白された奴と付き合うつもりだった。あれだけモテるんだから女子たちに飽き飽きしてても不思議じゃない」

「3つ目は?」

「緒方の事が好きだった」

「じゃあ、1か2だね」

 即答する千夏に雅紀は少しだけ表情を変える。

「3の可能性だってあるだろ?」

「そんなわけないよ。それに私には無理だって言ったの雅紀くんでしょう?」

「奇跡を信じるって言ったのは、緒方だろ?」

「そうだけど…」

 そういうと千夏は俯くように下を見た。そんな千夏を見て雅紀は思う。確かに顔は綺麗や可愛いと言う分類ではない。平凡か、人から見ればそれ以下だ。けれど、白い肌は綺麗で、話すことははっきりとしている。その辺の女子のように、ただ自分だけが楽しければいい、という風ではない。こちらの意見を汲み、それできちんと自分の意見を述べていた。それがここ数日なぜか急激に仲良くなった千夏への雅紀の評価だ。だからこそ、哲也に好かれる可能性はゼロではないと思うのだ。

「お前が好きになった奴は、そんなどうでもいい理由で告白してきた女子と付き合う奴なのかよ」

「…それは…」

「信じてやれば?自分の事も、立花の事も」

「…」

「とりあえず、少し付き合ってみれば?」

「でも、…ドキドキして楽しいも何もないの。何話していいかわからなくて、変だと思われたくはないし、つまらないと思われたくもないし。どうすればいいかわからない」

「いじめもあるしな」

「……なんで知ってるの?」

 驚いたように雅紀を見る千夏に、けれど雅紀は、何も言わず、笑みを浮かべただけだった。いじめと言っても、それはまだ可愛い方だった。廊下ですれ違った時に、「ブスの癖に」と言われる。机の上に「ブス」「別れろ」と書かれる。そのくらいだ。けれど、これがエスカレートするなら、と雅紀は自分に何ができるのかを考える。

 今回の件は自分が持ちかけたに等しかった。言い出したのは千夏だが、話を振ったのは自分だ。だからこそ、雅紀は千夏を気にしていた。あれだけの人気を誇る哲也の彼女となれば、何かされる、と考えるのが普通である。

「何もできないけど、これ以上何かされたらすぐに言えよ」

「…」

「言えよ?」

「…うん」

 2回目の念押しに、観念したように千夏が頷く。

 そこからは話すことがなくなったからか、2人そろって自分の弁当を広げて、口に運んだ。ぽつり、ぽつりと他愛ない話をする。昨日見たテレビの事、出される課題について。雰囲気が似ているからこそ出る独特の安心感に、雅紀は心地よさを感じていた。

 ふと、哲也は今、何をしているのだろうかと思った。千夏と付き合うようになり、哲也の人気はさらにうなぎ上りだ。もしそれが雅紀だったら「お似合いだね」の一言で片づけられてしまうだろう。やっぱり、人間は顔なのだ。イケメンとブサイクが比べられる時、ブサイクは必ず性格がよい。性格がよくなければ、比較すらできないのだ。だが、現実に目を向ければ、正確が悪いブサイクだっていっぱいいる。逆に、性格のいいイケメンだっているだろう。所詮、人は顔なのである。

「…どうして、まっすぐ目が見られないんだろう」

「え?」

「立花くんの目を見られればいいのに」

 それは雅紀に言っているというよりは心の声が思わず漏れたという感じであった。再び下を向く千夏に雅紀は尋ねる。

「緒方はなんで立花が好きなの?」

「え?」

「いや、なんとなく気になって」

「…格好いいから」

「…え?それだけ?」

「いや、もっといっぱいあるよ。優しいし、スポーツはできるし、頭もいい。でも、惹かれたのは輝いていたからだと思う」

「それって…好きっていうわけ?」

「でも一緒にいればドキドキするし」

「じゃあ、キスしたい?」

「え?」

「キスは?」

「……そんなこと、考えたこともないよ」

 面白いくらい頬が赤く染まる。そんな千夏に何とも言えない思いを雅紀は抱いた。けれど、赤くさせているのは雅紀ではなく、哲也の方の「立花」である。

「…とりあえず、もう少し頑張ってみろよ。あの立花と付き合えるなんて、すごいことなんだから」

 何がとりあえずなのか自分でもわからなかった。けれどそんな雅紀の言葉に千夏は頷いた。


 いつの間にか月日は経っていた。頬を撫でる風はまだ暑さを伴い、身体にまとう服の枚数も変わらない。秋の訪れはまだまだ感じないが、それでも暦は1月先に進んでいる。けれど、雅紀と千夏の関係も、千夏と哲也の関係も相変わらずだった。雅紀は千夏の話を聞き、千夏は哲也とはまだ上手く話せない。あまりにも変わらないそれに雅紀は小さく笑う。

 終業を知らせるチャイムが鳴った。外を見れば、以前に比べて薄暗い。肌では感じない秋の訪れを少しだけ感じた。

「哲也くん、今日、部活ないんだよね?一緒に帰らない?」

 クラスの綺麗な女子がそう言った。そっと哲也の腕に触れる辺りが、上手いなと雅紀は横目で見ながら思う。けれど哲也は笑顔を浮かべて断った。

「ごめん、今日、彼女と帰るんだ」

 その言葉に、クラスを流れる時間が一瞬止まったように静かになった。その異様な空気に気づいていないのか、気づかないふりをしているのか、哲也は笑顔を崩さず、教室を出て行く。

「じゃあね、また明日」

 そう言って手を振った哲也に振り返すことができたのはわずかに数名だった。彼女である千夏と帰る、それはこのひと月の日常の光景になりつつあるのに、それでも慣れるものはまだまだ多くはない。


 窓の外を見れば、オレンジ色の夕焼けが輝いている。その下を千夏と哲也が並んで歩いていた。2人のその光景を見ようと思ったのではない。ただ、外を見ていただけだった。けれど、こんなに同じ服を着た生徒がいる中で、一瞬で見つけてしまう自分に、気づきたくないことまで気づかされる。

 森友知花を好きだったはずだった。綺麗とも可愛いとも表現できる顔にすらっとした体型。活発で人気者の女子。けれど、どこを好きなのか問われれば、きっと「顔」だと答えるだろう。もちろん顔が好きで、本当に好きになることもある。けれど、自分のその感情は、恋に恋だったと千夏の後ろ姿を見て気づかされた。自分が誰を好きなのかも。

けれど千夏は哲也と付き合っており、そこから奪うことなど顔面偏差値の低い自分にできるわけがないと自嘲する。好きになったのはたぶん、話すようになったから。もともと同種として意識していた部分はあっただろうが、それでもきっときっかけはここ最近のこと。頼られることが嬉しかった。他愛無い会話が楽しかった。千夏の前だと飾らないでいられた。その心地よさを知ってしまった。自分から離れてくれればいいのにと思う。けれどなぜか千夏の相談役という変な関係になってしまっている。

「悩み事?」

 思わず吐いたため息を拾われた。教室の扉の所に立っていたのは、森友知花だった。もうこの高校で1年半過ぎようとしているのに、雅紀は彼女とほとんど話したことがない。それでもそんなことはお構いなしと、知花は教室の中に入り、窓枠に手をつきながら外を見ていた雅紀の隣に立った。

「…えっと…森友さん?」

「ん?」

「…何してるの?」

「外見てる」

「…あ、そう」

「立花くんは何してたの?」

「え?あ~、俺も、外見てた」

「ふ~ん。あ、そうだ、今、暇?」

「え?」

「暇なら勉強教えてくれない?」

 存外、近い顔の距離に雅紀の心臓は音を立てる。やはり綺麗な顔はお得だな、と思った。

「…森友さんにわからないなら、俺にもわからないと思うけど」

 テストのたびに発表される順位表で確認した時、知花は雅紀の1つ上の順位だった。そんな彼女からの申し出に雅紀は首を傾げる。

「いいの、いいの。分かればでいいから、ね?」

 そう言って知花は雅紀の返答を待たずに、雅紀の隣の席に座った。HRが終わって久しい教室には、雅紀と知花の他には誰もいなかった。知花は机を少し動かし、雅紀の方に近づける。

「これなんだけど」

 そうして知花が見せたのは、大したことのない数式の問題。公式に当てはめれば答えられる簡単なものだった。雅紀が知花を見る。知花は妖艶な笑みを浮かべた。

「…意図は何?」

「やっぱり、頭の回転早いね」

 雅紀の言葉に、臆することなく知花はそう言う。そういえばと以前に聞いた噂を思い出す。知花は哲也が好きなはずだ。

「立花の真似?」

「もしかして私が哲也くんを好きって噂、信じてる?あれ、ただのデマだから」

「でも、真似は真似だろ?」

 確証があったわけではないが、雅紀は断言した。そんな雅紀に知花は頷くことで答える。

「私のパパね、イケメンなの」

「そりゃ、そうだろうね」

「でも、ママを見ていない」

「…」

「帰ってくるとね、いつもいい香りがするの。家で使っているシャンプーとは違う香り」

 きっと昔は気づかなかったのだろう。その香りの意味など。けれど、大人に近づくようになり、気づいてしまった。そして、そのことで傷ついたのだろうことが、知花の表情からわかった。

「だからブサイクがいいって?」

「…」

 沈黙は肯定だった。そんな知花に雅紀はため息をつく。

「たぶんそんなんじゃ、森友さんの寂しさは変わんないと思うよ」

「…」

「イケメンだから浮気するんじゃないと思う。イケメンだっていい人はいるだろうし、ブサイクだって悪い奴はたくさんいる。だから、…森友さんを好きになってくれる人を好きにならなきゃだめだと思うよ」

「…そう言う風に言ってくれると思ったから、雅紀くんのところに来たの」

 どこか潤んだ瞳で見つめられる。思わず手を伸ばしそうになり、けれど懸命に堪えた。けれど、逆に知花の手が雅紀に伸びる。机に置いていた手に、そっと重ねられた。

「雅紀くんは一歩引いて物事を見ている人だと思ったの。大人びていて、優し…」

「そんなんじゃないよ」

 知花が言葉を言い切る前に否定した。そっと手を振り払う。自分は、そんな格好いいものではないと、もう一度否定する。

「自分の顔が悪いから、誰も自分を見てくれないんだってひねくれてただけ。この世は顔だって、だから自分なんかダメだって拗ねてただけで、大人びてもないし、優しくなんかないよ」

「…」

「だからさ、森友さんはちゃんと好きになった人を好きになった方がいい。ブサイクを選ぶんじゃなくて、森友さんだけを好きだっていう人」

「でも、みんな、顔で選ぶじゃない。私のことなんて何も知らないのに、好きですなんて告白してきて。なら、私だって、条件で選んで何が悪いの?」

 声を荒げないように努めている知花の声は、小さかった。けれど、真摯な想いは痛いほど伝わる。人は顔だと思っていた。いや、今も思っている。けれど、きっと顔がいい方だって悩みはあって、傷ついているのだろうなと思った。上手く付き合えばいいのに、そうしたらもっと楽に生きられるのに。雅紀は知花のその不器用さを純粋に可愛いなと思った。

「いつもそんな風にしていればいいのに」

「え?」

「綺麗で、スタイル良くて、頭もよくて、性格もよくてなんて何拍子もそろってるより、不器用で思い込みが激しくて、意外に人の事なんて考えてなくてって、その方が可愛いと思うけど?」

「それ、可愛い?」

「俺にとっては」

「そうしてたら、好きになってくれる?」

「……わからない。今の俺は、緒方が好きだから」

 思わず本音が零れるように口から出た。そんな素直な雅紀に知花は笑う。

「やっぱりね。…ただの友だちにしては距離が近すぎるように見えたんだよね。それに窓の外を見ている雅紀くん、泣きそうだったよ」

「そう?」

「うん。私、よく見てるでしょ?」

「そうだね。びっくりした」

「でも、彼女、哲也くんと付き合ってるんじゃないの?」

「そうだよ。だから、吹っ切るつもり」

「そしたら、私のこと、見てくれる?」

「さあ?」

 そう言ったら知花が楽しそうに笑うので、雅紀もつられて笑った。学年1の美女と話しているというのに、ブサイクな自分が優位に立っている。その事実が面白くて思わず声が漏れた。

 ガタッ。不意に聞こえてきた音に、雅紀も知花も視線をそちらに向けた。そしてそこにいた人物に雅紀は目を丸くする。

「…緒方」

 そこにいたのは千夏だった。いや、千夏だけではない。哲也も一緒だった。

「どうして、ここに?」

 見送ったはずの2人に、当然の質問をぶつける。

「忘れ物をしたんだ。それで取りに来た。そしたら…君たちの声が聞こえただけだ」

 どこか苦しそうな哲也の声に、一番聞かれたくないことが聞かれていたのだと気づいた。視線を哲也から千夏に移す。困ったような表情をその顔に浮かべていた。

「…」

 何か言うべきだというのはわかっていた。何か言いたかったし、何か言おうと思った。けれど言葉は出ずに、ただ、千夏を見つめるだけだった。絡みあうことのない雅紀と千夏の視線の間を縫ったのは、哲也だった。忘れ物を取り出そうと、自分の机にごそごそと手を入れる。見つけたのは、ノートのようだ。そう言えば、数学の課題提出が明日までだったなと思い出す。

「…邪魔して悪かったね」

 それだけ言い、哲也は千夏の手を取った。握りしめるその手に力が入っているのは、一瞬歪んだ千夏の表情でわかった。

「ねぇ、緒方さん」

 緊迫した雰囲気を壊したのは知花の高い声だった。雅紀、千夏、哲也の3人の視線が知花に向く。知花はその視線を受け、可憐に笑った。

「雅紀くん、もらってもいい?」

「…え?」

「だから、雅紀くんを私がもらってもいい?」

 意図が分からない問いに、千夏は何も答えられず、俯いた。そんな千夏にたたみかけるように知花が続ける。

「いいよね。だって、あなたは哲也くんと付き合ってるんだもんね」

「…」

「それに、雅紀くんだって、私みたいな綺麗な子と一緒の方が嬉しいと…」

「もういいよ」

 続けようとした知花の言葉を雅紀が止める。悪女のようにいう彼女の声が震えているのに、雅紀だけが気づいていた。

「俺なら大丈夫だから」

 雅紀の言葉に、知花はそっと下を向く。雅紀は、千夏に視線を戻した。

「ごめん、緒方。さっきの話、聞こえてたんだよな?…俺、お前が好きみたい。顔は平凡で、体型だって普通なのに、それでも、頼ってくれたことが嬉しかった。一緒にいると落ち着いた。…もっと一緒にいたいって思った。立花のところに行く背中を、ずっと引き留められたらって思ってた。…友だちだと思ってくれてたのに、ごめんな」

「…」

「もう、お前の相談役もできそうもない。だから、…俺がいなくても、立花と仲良くやれよ」

 そう言って、雅紀は教室を出て行こうと立ち上がる。千夏の傍を通り過ぎようとした。けれど止められる。哲也の腕を振り払い、千夏が両手で雅紀の右手を掴んだ。

「緒方…?」

「…」

「え?」

 何か言ったように口を動かしたのは分かったが、何を言ったのかわからなかった。だから覗き込むように千夏を見る。

「行かないで」

 意を決したように顔を上げた千夏の目には涙が浮かんでいた。

「だって…お前、立花の彼女じゃん」

「嫌だ。雅紀くんと話せなくなるなんて、嫌だ」

「…じゃあ、俺のものになる?」

「え?」

「立花じゃなくて、俺を選んでくれる?」

 雅紀の問いに、沈黙が流れる。すごく長い時間のように感じたが、おそらくは一瞬だった。千夏が口を開く。けれど、その前に、哲也が声を発した。

「お別れだね」

「…立花くん…」

「ありがとう。一緒にいて楽しかったよ」

「…うん」

 頷く千夏に哲也は一瞬悲しそうに表情を歪めた。しかしすぐに、目に優しさを浮かべる。

「最初はね、告白してくる顔が可愛いなって思ったんだ。白い肌が赤くなって、懸命に見てくるから付き合ってもいいと思った。話すたび、共通点が見えてそれが楽しかった。見るテレビが一緒で、好きな食べ物が一緒だった」

「…うん」

「でも、いつも俺のことを気にしてくれて、無理してくれて、…俺のことは見てくれなかった。千夏が立花と一緒にいるのも知ってたけど、千夏の気持ちにも気づいたけど、…でも離したくなかったんだ。一緒にいさえすれば、好きになってくれると思ってた。…なんて、甘かったね」

「…」

「好きな人の幸せが一番、だなんて、言えたらいいのに」

 その声は、穏やかで、優しくて、だから聞いていて切なかった。けれど雅紀は奪うように千夏の手を握る。

「ごめん」

「謝られると余計みじめになる」

「…ああ」

「泣かせるなよ」

「わかってる」

 哲也の言葉に頷き、雅紀は千夏の腕を引いてその場から離れた。


 どこに行けばいいのかわからず、いつもの逢瀬の場所である屋上まで来ていた。何も言わない千夏を雅紀が見つめる。

「よかったのかよ?」

「そっちこそ」

「言っただろ?お前が好きだって」

「私だって、雅紀くんの隣がいいって何度も言った!」

「…それで分かるほど、恋愛経験ないって」

 叫ぶ千夏にそう言ってため息をつく。その態度に千夏の肩が揺れるのを目の端に抑えたので、雅紀はもう一度息を吐いた。千夏の背に自分の腕を回す。

「…え?」

 驚いて顔を上げようとする千夏を抱きしめることで阻止した。

「今、見んな。顔、赤いから」

「…余計見たい」

「…なあ、本当にいいの?俺、ブサイクだけど」

「顔なんて関係ないよ。雅紀くんが好きなの。…そっちこそいいの?私だってブサイクだよ?学年一の美女に迫られてたのに」

「…そりゃ、正直、ちょっとはもったいないって思うけど」

 素直過ぎる言葉に、腕の中の千夏がむっとするのが分かり、雅紀は小さく笑う。

「でも、しょうがないだろ?俺の中じゃ、なんでか緒方が一番かかわいく見えるんだから」

 ちらりと見える耳が面白いくらいに赤くなっていたので、雅紀は幸せだなと思った。


 人は平等だ、なんて言うけれど、決してそうではない。人は所詮、顔なのだ。世界は、俺よりも断然彼に優しくできている。

けれど、腕の中に好きな人がいるのなら、それでもかまわないのだ。


雅紀くん、平凡以下の癖になぜか、めっちゃイケメンに育ってしまって。どうしよう。この子、春樹の小説の中で、なかなかのイケメンぶりなんですけど。顔は平凡以下なのに!

本当に久しぶり過ぎて、大雑把なところ多かったと思いますが、楽しかったので、余は満足です。


 読んでいただき、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] うん。 なんか、みんな優しいなって
[良い点] 登場人物皆が、優しくて傷つきやすくて、愛を請うたり相手を認めて受け入れたりする様が愛しいなと思いました。 雅紀くんは容姿を気にするが故に、他人の外見も内面もよく見ていて相手の心情を慮る事の…
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