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通勤小説  作者: 透明感
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第4話「木曜日」


「あたしはね、なんでもいいんだ。酒に付き合ってくれれば」


変なのに捕まった。


俺はいつもより若干早い帰社時間を手にいれ、いつも通りの倦怠感とともに、ささやかな喜びを感じていた。


(ま、早いっちゃ早いけど、なんか疲れもあんなぁ。今日はちょっとデラックスなもんでも食って、明日に備えますか。

明日の、金曜日さんによぉ。ぐふふ)


そこで道を踏み外したのが、間違いだった。まっすぐ帰りゃ良かったのに。


居酒屋で絡まれる時代でもないと思っていた。みんな楽しく飲み、飲みたくない奴には飲ませず、若い世代なんかは会話も楽しみつつ、スマホをいじりながら、脳内は半分くらい帰宅した状態で、束の間の解放感を楽しむのが、現代における酒場の流儀だと。


いささか甘かった、というより私はまだまだ若造なんだなぁと思った。


50くらいのおっさんに絡まれるならわかる。その辺は未知の生き物だと感じていたから。

しかし、同じ世代かそれより下にも未知の生物が跋扈しているのが、今も昔も世の習いだということを学んだ。


その人は頭の半分が赤かった。

それは流血のようにも見えたけど、流れているのは液体ではなく髪だった。

墨を流したような肌理(きめ)の細かい黒髪がもう半分で、

反対の赤い方を見た俺は、

(なんでこの人、血を流してるんだろう?)

と思った。


自分ではわからなかったけど、

存外、長い時間、見つていたらしく、

目が合ってしまった。


ために、この晩の、不幸がはじまるのだった。

その流血に巻き込まれて。


1970年代、ラテンアメリカでは蹴球が流行っていた。


生き残るだけでは満足できない、路上の少年に夢与え、少女たちには何も与えられなかった。

当時は。


酒を浴びるのは初めてだ。

侮辱されたのも初めてだったかもしれない。

気がつくと俺の油の抜けた髪の毛は「麦とホップ」によって洗われていた。


「あに……てんだよ。…っすぞ。」


え?

理不尽。


ハードなパンチを受けたのも久し振りで、俺は空中に投げ出される感覚を、全身の細胞で思い出した。


地面に頭を打ち付けたとき、

それがビールか血かわからなくて。

(口から泡が出そうだ……)

みたいなことを、考えたのも小学生以来で、懐かしさに血まみれだった。


(……)


実際人間はそう簡単に気絶はしない。

そういう期待もないではなかったが、

多分このまま起き上がり、何事もなかったように電車に乗り、

彼女に帰宅の挨拶をし、

ともに作った夕食を平らげ、

セックスをし、

テレビを見て、

お風呂に入って、

その10年後くらいに通勤電車で、

頭の爆弾がはじけ、突然死するようにできているんだろう。


頭を殴られるたびに、大きな瘤とともに気絶し、それでも週がかわるごとに何事もなく、冒険やラブコメの続きをするのはテレビアニメの中や、ネット小説の中くらいだ。


と、そこまで考えたところで、

女は私に手を差し出し、


それを握った私の指を5本ともヘシ折り、顔面にもう一発ハードなやつをぶち込むと、手近なスツールの足を使って、執拗に俺の頭を強打し続けた。


で、まぁ今に至るんだけど。


余裕で気絶している俺は夢の中でサイレンの音を聞いた。

なんて現実に即した夢だ。

あれは警察か救急車のサイレンで、

目覚めたら俺は安全な白い部屋にいて、

あの女だか男だかわからない美しい生き物はふさわしい檻だか、マジックミラーの壁だかに囲まれている。

バナナが高いところにある、という問題に対して、積み木と棒を用いてどのように解決するかとともに、そのタイムを計られていることだろう。


俺は草むらをひきづられていた。

折れた歯が喉に詰まりかけて死ぬとこだった。たぶん若くなきゃ死んでたと思う。


もちろん血も垂れていたけれど、血のように赤い髪も俺の顔に垂れていた。


女は、女だかなんだかよくわかんない生き物は、俺の両腕の手首を掴んでひきづっていた。


仰向けのまま移動するのは気持ちいい。

ときどき、ぐしゃぐしゃになった頭を、さらに打ちつける大きめの石さえなければ。


女はスコップをポケットに入れていた。

かがみながら俺を引きずっているせいで、スコップがときどき落ちるみたいで、そのたび慌てて拾っていた。

俺を殺しかけた狂人がそんなヘナチョコでたまるか。


「ぃええぇ~~~!?」


あまつさえ俺が目を開けているのに気づいたら悲鳴を上げた。


尻もちをついたまま、女は動かなくなった。

もはや、完全に女は女だった。

女は女だった、って、響きが激しく気に入ったか気に入らないか判断するためには俺の頭は激しく損傷され過ぎていた。


アホになってしまった俺は英雄になったような気持ちで震える全身に力を込めて、立ち上がろうとして、尻もちをついた。


もはや帰るつもりはなくなっていた。


そこから

二人で一緒に酒を飲めるようになるまでには3年のリハビリを要した、


うち1年は俺の体のリハビリ(だけど未だに下半身は麻痺してるし、左手は肩までしか上がらず、右手は手首が一方向にしか曲がらない。右目は全然開かないし、左耳は日によって聞こえたり聞こえなかったりする。

ちなみに歯は総入れ歯だ。)


のこり2年は彼女のリハビリ。

もちろん精神的な。


で、2年がかりで引き出せた、冒頭の一言だけど、それは酷く棒読みで、なんの感情も篭ってなかった。


たぶん行政的な不始末の結果、同じリハビリ施設に入れられた俺と彼女は実験を繰り返し、ついに電流を与えられたら動きだすカエルの死体の筋繊維のように、出会うたびに言葉を交わすようになった。


彼女がいつか人間になれる日が来るのかはわからないが、再び俺が二足歩行する日は二度とないだろう。

だっておれぐしゃぐしゃだし、


でも、実はけっこう彼女と会えて俺の人生は良くなったように思う。

はっきり言うけど、気に入っている。


たぶん、ぐしゃぐしゃになってIQが40くらい下がったからだと思うけど、

そんなことにいちいち理由を求めてもしょーがないと、

ぐしゃぐしゃの俺はおもいます。

では。




帰宅

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