七話
その後、僕はティリアの服のポケットから南方さんの部屋の鍵を素早く抜き取ると、それを彼女に返してあげた。
ティリアから鍵を取り上げる際、あからさまに驚いた顔をしていた。
「げっ」とか小声で言ってるしな。明らかにクロだ。
「えっと……なんで鍵がここに?」
鍵を受け取った南方さんも動揺している。
「とりあえず説明するから、ていうかさせるから上がって」
「は、はあ……」
新しく僕の主人になった南方さんを家に入れると、片付けたばかりの部屋のソファーに案内する。
ティリアはこれから何が起こるのかわかっているのだろう、床に正座でスタンバイしている。
「おい。どういう事だ」
「ははぁーっ!」
桜吹雪を目にした後の悪代官のように、ティリアはひれ伏した。
「え? どういうことですか?」
南方さんは相変わらず状況を飲み込めていない。
そりゃそうだ。僕だってまだよくわからないんだ。
「じ、実はあんたがファンタ買いに行ってる間に表に出たら、隣の部屋のドアに鍵がさしっぱなしで……」
「それで?」
僕は出来るだけ冷たい声で問う。
「ひっ……それで、部屋に入ったら面白そうなものが色々あって……あ」
なるほど、物色したってことだな?
しかも「あ」っとか言って「しまった!」みたいな顔してるし。馬鹿なヤツだ。
「……ちょっと借りただけなの」
顔にクソ不器用な作り笑いを貼付けながら、ティリアは携帯ゲーム機を取り出した。
「あ! それ私の!」
「だ、だからちょっと借りただけなの!」
南方さんはそれをティリアから奪い取ると、電源を起動させてなにやらカチャカチャ始めた。
その時、僕はティリアを見ると、助けてくれと言わんばかりの視線を受けた。
それを受け取る僕ではない。フンと目を外してやった。
「データ消えてる……!」
南方さんはこの世の終わりを目の前にした人のようなうつろな目をして、ソファーにどさっと沈んだ。
シーンと静まり返る部屋。
「おい。ティリアどうすんだよ」
「す、すいませんでしたぁ!!」
元精霊が人間に必死に頭を下げ、その人間は放心状態で、現役ランプの精霊がそれを眺めるという奇妙な絵柄が出来上がった。
外からカアカアとカラスの鳴き声が聞こえる。
もう日も落ちかけていた。
※※
「「盗賊!?」」
「そうなのよ」
その夜、僕の家で南方さんを含めた三人で鍋を突きながらランプの事について話をしてた時、ティアラがカミングアウトしたのだった。
何故南方さんもいるかと言うと、ティアラがデータを消したお詫びに料理をごちそうすると言って、遠慮する南方さんを半ば強引に留めたのだ。
僕の主人になったわけだし、色々話しておかなきゃいけない事もあったし丁度いい。
今回はティリアのグッジョブだ。
そのティリアは元々盗賊で、あんまり悪さばかりするからランプに封印されたらしい。
「ほら、ランプって元々罪人を捕えるためって言ったじゃない」
「なるほど、だから手癖が悪いのか」
「ぎくっ!」
僕は冷たい視線をティリアに刺すと、南方さんが苦笑いしながら場を収める。
「ま、まあまあ。もう過ぎた事だし、私も気にしてないんで……」
そう言いながら鍋を取り皿に取る南方さんは本当に可愛い。
こんな子が僕の主人か……。
「で、私は主人として何をすればいいんでしょうか?」
南方さんが僕の方を見る。
僕は何とかして解放されたい。
でも願いは何故かあと一つしか残っていない。
『ランプの精が解放されるのは他の誰かと役目を引き継がせるしかない。あんたはそれが出来るの?』
ティリアのこの言葉が、未だに僕の頭の中に響いていた。
「……とりあえず、今は特に何もしなくていいよ」
「え? そ、そうなんですか?」
「うん。
大丈夫、南方さんに危害が加わる事はないから」
「でも、矢賀野くんは人間に戻りたいんですよね?
なら、願いで元に戻るように願えば──」
「それが、ティリアの話によると願いで人間に戻るのは不可能みたいなんだ」
「そ、そうだったんですか……すみません」
「いやいや、南方さんが気にする事はないよ」
シュンとする南方さんに手を横に振り、励ます。
横目でチラリとティリアを確認すると、ティリアはニタニタと笑っていた。
ティリアは何も言ってはない。
けれど、その顔は僕が南方さんに嘘をついた事に対して、「やっぱりね」と嘲笑っているようで。
それでも。
僕は南方さんに本当の事を言う気になれなかった。
「でも、残り一つの願いを叶えるのだけは止めてほしい。どんな願いでも僕は三つの願いを叶えたらランプに封印されちゃうから」
「はい、分かりました」
まぁ、これは僕が携帯を持っているから大丈夫だと思うんだけど、念のためだ。
気が付いたらランプに封印されてた、なんてシャレにならないし。
後は……。
「……やれるだけの事はやってみる、か」
「? 何か言いました矢賀野くん?」
「ううん、何でもないよ。それより南方さん、メアドと携帯番号を教えてくれない?」
「はぁ? 何よ、アンタ。家でナンパ?」
僕の台詞に怪訝な声を上げたのはティリアだった。
「そんなわけ無いだろ。こんな異常事態だ、何かあった時に連絡がとれないと困るからだよ」
「とか何とか言って。その子と話したいだけなんじゃないの?」
「ち、違うし! 五割くらいは本当の事だし!」
「……それ、半分は認めてるって自分から公言してるんだけど」
「し、しまった!? おのれ、誘導尋問とは卑怯な!?」
「今のはただの自爆よね?」
し、仕方ないじゃないか!
可愛い女の子とお近づきになりたいと思うのは男の性なんだから!
「じ、自爆なんてしてないんだからねっ!?」
「……」
ツンデレで誤魔化そうとすると、ティリアに凄く冷たい目をされてしまった。
あ。マズイ、めちゃくちゃ滑った。
自身の失態に頭を抱えていると、クスクスと笑い声が聞こえた。
「……あっ、すみませんっ。お二人の会話がおかしくて」
「笑ってくれるなら幸いだよ……」
良かった。
南方さんがいい子で。
普通だったら嫌われるどころの話じゃないっていうのに。
「二人共、仲がいいんですね」
「「そんなわけないよ(でしょ)!?」」
僕とティリアの声が重なった。
はっとして顔を見合わせる。
「ほら、台詞までぴったりです」
「勘弁してよ南方さん、コイツと仲がいいだって? 冗談じゃない」
元はといえば僕がこうなったのはティリアが原因だ。
僕にとって敵と言ってもいい間柄だ。
その上、我儘だし、罪人だし……誰がこんな奴と仲良くするもんか。
「ええ、まったくね。こんな口うるさい奴につきまとわれて迷惑してるくらいよ」
「お前が行く当てがないから仕方なく僕の部屋を提供してやってるんだろうが……!」
「こんな可愛い女の子と一緒に居られるんだから逆に感謝してもらいたいくらいね……!」