六話
「ないわ」
帰宅後、勝手にテレビでお笑い番組を見ていたティリアに早速、僕が『自由』になる方法を聞くと、真顔でそう断言された。
「……え、ないって? どういう事?」
聞き間違いか。
それとも空耳?
「だから、ないの。あんたが人間に戻れる方法なんて」
「な、なんで!?」
さっきは知ってるみたいな事を言っていなかったか!?
ティリアは「わたしもよくよく考えてみたんだけどさ」と先程まで違った、弱々しい表情を少しだけ見せた。
「……ランプの精は願いを三つ叶えない限りはランプに戻って封印される事はないの」
「封印? ランプの精って願いを叶えると封印されるの?」
「昔からの決まりよ。
元々、ランプの精っていうのは罪人を封じ込めるための物だったしね」
「そうなの?」
てっきり、仙人か何かが都合よく作り上げたグッズだと思ってたけど、違うみたいだ。
なるほど……罪人を封じ込める物か。
「で、それが何?」
「話は最後まで聞きなさい。
……ランプの精は三つの願いを叶えたら、普通はランプに戻って、再び封印される。
だけど、そうならない場合もあるのよ」
「……それがランプの精の役目を誰かに引き継がせる事?」
「察しがいいわね。その場合、願いを叶えた時、封印されるのはわたしじゃない」
ランプの精は願いを三つ叶えたら封印される──。
今、ランプの精はこの僕だから……。
「僕が……封印される?」
ティリアが静かに頷く。
本気かよ……。
「ど、どうにかならないの!?」
「簡単よ。願いを叶えなければいいのよ」
「え? あ、そっか」
考えてみれば、誰かの願いを三つ叶えなければいい事なんだから、願いを叶えないようにしなければいいのか。
「でも、願いを叶える以外にランプの精から解放される手立てはないの。
だから、あんたは人間に戻る事が出来ない」
「で、でも、叶える願いを一つだけにして僕を人間に戻すようにすれば……」
「無理よ。
もう一度言うけど、ランプの精が解放されるのは他の誰かと役目を引き継がせるしかない。他人に自分の不幸をなすり付けるようなものよ。
あんたはそれが出来るの? 出来ないでしょ?」
「うぐっ……!」
言葉に詰まる。
確かに僕には誰かを犠牲にしてまで自分が人間に戻るなんて事は出来ない。
というか、良心が痛むからやりたくない。
でも……。
「……ちょっと待って、ティリアはそれをやったんだよね?」
目の前にいるティニアはその方法をしたから人間に戻れている。
「別に騙したとか、そういったワケじゃないわよ……多分」
「多分って何だよ、多分って!」
「いや、一度封印されたから記憶があやふやで……うん。きっと前回のご主人様は優しい人で、可愛いわたしのためにこんな願いをしたんだろうね!」
「その代わりに僕が犠牲になってるんだけど!?」
「人はね……いつも誰かの犠牲の上で成り立っているのよ?」
「急に悟らないでよ!?」
記憶があやふやとかでまかせを言ってるけど、コイツ絶対に前回の奴を騙して僕に役目を押し付けただろ!
最初の猫かぶりといい、どこか詐欺師っぽいし、そうに違いない!
きっと、巧みな話術と演技でそういう流れに持っていったんだ。
ピンポーン。
突然、玄関のベルが鳴った。
「誰だろう?」
玄関を開けにいく。って、ちょっと待った! 僕、精霊なんだよね? まさか見えないって事は……。
「精霊って人に見えるの?」
「本人が見せたいと思っているなら見えるわよ」
いつの間にか、部屋にあったお菓子を食べているティリア。あー! それ食べたかったやつ……。 まぁ、大丈夫な訳だし、とりあえず……。
「玄関から見えない所に居ててよね」
「はいはーい」
ドアノブを捻り、ドアを開けた。そこには……。
「すみません、急に」
なんと、隣の部屋の南方 雪葉さんが立っていた。
相変わらずの反則級の可愛いらしさだ。
「ど、どうされたんですか?」
可愛い女の子を前に、緊張する。
南方さんの眼には何故か涙が溜まっていた。
「か、鍵をなくしちゃったんです……大家さんに言おうと思ったんですが、出かけていらっしゃって」
「そうなんですか……」
僕がそう言うと同時に南方さんが僕の手を握った。
「お願いです!」
上目遣いで僕を見る南方さん。
その仕草は反則! というか僕、女の子に手を握られてる!?
自慢じゃないが今まで同世代の女子とは会話すらあまりしてこなかった、この僕が!
アイドル級の超可愛い女の子に、手を! 手を握られてる!?
これは付き合って下さいって意思の表れなの!?
そうだとしたら僕、死んじゃうんだけど!? ああ! というかもう死んでもいい!
僕の頭が暴走する間に時間は進み──
「ベランダを貸してください!」
──お願いの用件を僕は聞いた。
って、へ? ベランダ? あー、ドラマとかでよくある、隣から乗り込むみたいな? いやいやいや、最初に見たけど、かなり隙間があったと思うよ!
「ダメ、ですか?」
南方さんの眼のウルウル度アップ。
「ダメというか、危ないですよ。大家さんを待った方がいいと思います。それとも、何か部屋に入らないといけない理由があるんですか?」
「いいえ。特にありません。でも、外で待つのはちょっと……」
「なら、僕の……」
家で待ちますか?
そう言おうと思ったのだが、二つの問題点が頭に浮かんだ。
その一、こんな可愛い女の子と一緒の部屋にいるというのは精神的にもたない。普通とは違う意味で。
その二、この部屋には僕以外の人物がいる。それも、とてつもなく嫌なことしか起こさなそうな奴が。
さて、どうすればいいだろう。
僕を不思議そうに見つめる南方さん。は、早く、一刻も早く、答えを出さないと!
あ、そうだ。方法が一つだけある。
願いを叶えたら良いのでは?
部屋の鍵を開けるなんて馬鹿馬鹿しい願いだけど、南方さんにしたら重要なことなんだよな……。
いやまて、三つ願いを叶えたら僕は封印されるんだぞ!?
どうする……どうするよ僕!
CMならここで終わるけど、残念ながらそうは行かない。
そして南方さんもこのまま玄関で放置するわけには行かない。
叶えるか……? 願いを。
どうせ一個だし、南方さんも部屋にさえ入ればもう僕に用はないだろう……。
「あのー、やっぱりベランダから……」
「いや、ちょっと待って! 僕に考えがある」
首を傾げる南方さんを置いて、僕は部屋に戻りランプを手にする。
そう、僕は願いを叶えることにした。
一つ目の願いを……。
「南方さん! このランプを擦って下さい!」
玄関に戻ってランプを南方さんに突き出す。
「……え? どうしてですか?」
「いいから!」
ここで呑気にランプのことを説明すると、封印されるのが怖くなりそうだったので、南方さんには悪いけど僕は急かすように勧めた。
「……こ、こうですか?」
南方さんは戸惑いながらもランプに手を触れ、優しく撫でた。
すると、僕のポケットに入っていた精霊用のケータイが、
『南方雪葉様は新しいご主人様となりました。叶えられる願いは残り三つです』
バイブを作動させながらそう伝える。
……よし、これでケータイに入力してもらえば願いは叶うはずだ。
「訳がわからないと思いますが、これで終わりです。このケータイに南方さんの鍵のことを打ち込んで下さい」
ケータイを取りだし、南方さんに渡す。
流れに身を任せたのか、南方さんはもう何も聞いて来なかった。特に戸惑う様子もなくポチポチとケータイのボタンを押す。
「で、できました。これでよろしいでしょうか?」
僕は南方さんからケータイを受け取り、内容を確認する。鍵をなくしただいたいの時間など細かく書かれているが、なくした鍵の場所を教えてほしいという想いがあれば大丈夫だろう。
「……南方さんの願い、確かに受け取りました! 僕が全身全霊で叶えます!」
僕は決定ボタンを押す。
すると、ケータイは眩い光に包まれ……。
『一つ目の願いを叶えます……。南方様の鍵の場所は現在、ティリア様が所持しております。二つ目の願いを叶えます……。元精霊のティリア様は無期限で京様と共に過ごしていただきます。以上。南方様が叶えられる願いはあと、一つになりました。それではまたのご利用をお待ちしております!』
……おい。
ツッコミ所が満載なんだが……。
「ちょっと! ベランダから出ようとしたんだけど出られないわよ! 一体どうなってるの!?」
と、そこへ。まだ状況を把握していない、ティリアがやって来た。
……さて、尋問ならぬ拷問でこいつを責め立てようか。