五話
「精霊様! これからお勤め頑張って下さい!」
腹立だしいほどの満面な笑みを浮かべ、敬礼をした精霊(元)は僕を置いてさっさと部屋から出ようとしたが、
「……ちょっと待て!」
僕はそうさせなかった。旅は道連れ世は情け……容赦なし! つまり、道連れの策を僕は咄嗟に思い付いたのだ。
「なによ~? 精霊(笑)さん……お別れの挨拶? ププッ」
「お前……これからどこに住むつもりだ? いや、どうやって暮らすつもなんだ?」
「え?」
精霊界だか、何だかは分からないけど、人間界にコイツの居場所があるとは思えない。
寝る場所も、ご飯も、服だって今のコイツには得られないだろう。
「そ、そんなの魔法でどうにか……あ、そっかわたし、精霊じゃなくなったから魔法が……」
思った通り、すっかり困り果てた様子になる精霊。
「そこで提案なんだけど……僕の家で一緒に住まないか?」
「……え? いいの!? まさか……えっちなことしようと……って、できないか。精霊だもんね~。じゃあ、私はこれからあなたの家に一緒に住むわ!」
……よしぃぃ! あっさりと引っかかってくれた!
精霊は割りとちょろい存在だという事が分かった。
「お前の願い、確かに受け取った! 僕が全身全霊をかけて願いを叶えてやる!」
床に落ちた携帯を広い、僕はこう入力する。
『精霊(元)は、これから僕と一緒に住む。尚、期限は無期限である!!』
……意外に夢のない叶え方だった。
願い事をかなえる方法は、この携帯に願い事を打ち込み、実行ボタンを押すというシンプル且つ、子供の夢を壊す様な方法だ。
「よしっ! 実行ボタンっ!! お前も道連れだぁ!」
しかし、携帯の端末は何の反応もない。
え? まさか不良品? 初期不良は交換してくれるんですよね?
「ププッ……コレだから初心者精霊は」
僕が実行ボタンを連打しまくってると、精霊(元)がこちらを指差しながらバカにしてきた。
こいつ、少し可愛いからって調子に乗りやがって……
「自分の主人じゃないと実行出来ないのよ?
それくらい少し考えればわかるでしょ? ププッ」
「いや、精霊が携帯使ってる時点で色々めちゃくちゃだし、少し考えたところでわかるわけないだろ!」
とりあえず僕は床に転がっているランプを手に取ると彼女に渡した。
「なによ?」
「擦れ」
「ヤダ」
彼女は即答すると、部屋のソファーにどかっと腰を下ろした。
「飲み物は?」
なんか僕が精霊になった途端態度が一変したな!?
せめてどうしたら解放されるのか解説してほしかったが、彼女の様子を見る限り素直には教えてくれそうにない。
願いを叶えないといけないって言ったって、どれだけの願いを叶えないといけないのかも詳しく聞いてないし。
ここはおだてて教えてもらう他無いのか?
「のど乾いたー」
「そこに飲み止しのウーロン茶があるから飲んで良いぞ」
「は? 飲み止し?」
彼女は不満そうに眉毛をつり上げた。
「コーラ買ってこい」
「おいこら調子に乗るなよ?」
鋼鉄製の堪忍袋を持つ僕でも、流石にカチンと来るぞ?
温厚な僕じゃなかったら、問答無用で拳骨が飛んで来てもおかしくない言動だ。
すると彼女はとても残念そうな顔をしながら、わざとらしく頭を抱えた。
「あーあ、元精霊である私が親切にどうしたら『自由』になれるか教えてあげようと思ったのに、その態度は教えて欲しくない訳かー」
「コーラですね? ただいま買って参りましょう」
僕はマッハの素早さで財布を握りしめて玄関を出ると、外に止めてある愛車に跨がりコンビニへとダッシュする。
立ち漕ぎで自転車を走らせる僕は、風も置いてけぼりにしてしまいそうな速度でコンビニに到着。
コカコーラのペットボトルをレジにどんと置くと、僕は代金を払い店を出る。
所要時間9秒。
店員さんの「ありがとうございました」も置いてけぼりだ。
チャリのカゴにコーラを放り込んだところで、僕のポケットからアンパンマンのマーチが鳴りだした。
なんだと思ってポケットから精霊携帯を取り出すと、画面にはティリアという名前が出ている。
……ティリア? 誰?
「もしもし?」
『ゴメン、やっぱコーラじゃなくてファンタで』
「このタイミングで変更!? もう買っちゃったんだけど!」
『グレープね』
「ちょっと人の話をちゃんと聞こうか?」
『早く戻って来てね♡ 精霊さん』
「語尾にハートつけても、もうコーラ買ったからな!?」
『じゃ!』
……はあ、疲れた。
僕はコンビニに戻ってファンタを買いチャリに跨がると、無駄になってしまったコーラを飲みながら帰路につく。
アイツはティリアという名前らしい。
正直、こんなにわがままなら出て行ってもらおうかな。
でもそうはいかない。
アイツから『自由』になる方法を聞き出す事が、今の僕にとって一番重要なのだから。