二話
「この荷物はここでいいのか?」
僕の親友、横橋 浩次が最後の荷物を運び入れてきた所で、荷物を運ぶ作業は終了となった。
「うん、好きな所に置いていいよ。どうせ、後から整理するからさ」
先に部屋の中で、運んで来た荷物をほどく作業をしていた僕はそう言いながら、空いているスペースに指を指した。
あそこなら、置いても作業の邪魔にならないだろう。
「そうか。なら、この荷物は冷凍庫の中に入れておくぞ」
「ちょっと待って。その選択はどこかおかしくない? というか一応、指を指したはずなんだけど……」
「邪魔にはならないだろ?」
「いや、荷物が凍るでしょ……あ、電気が入ってないから大丈夫なのか」
引っ越し作業の最中だから出来る芸当だ。
結局、荷物はそのまま冷凍庫の中へと収納された。
休憩のつもりか、浩次は額についた汗をぬぐうと、それから床に座って、近くの自動販売機で買ってきた飲み物を飲む。
「しかし、お前も大変だな。いくら家のしきたりとはいえ、一人暮らしをするなんてな。
お前の家から高校もそう遠くはないってのに」
「……僕は前々から嫌だって言ってたんだけどな」
僕の家では、家訓とか何とかで高校生になると強制的に一人暮らしをさせられる迷惑なしきたりがあった。
何でも、自立心を高めるとかそういった目的でお爺ちゃんの代から続けられてるらしいけど……ゆとり世代でぬくぬくと生き続けて来た僕にとっては『それなら、何かもっと別のやり方がなかったのか』と考えさせられる事なのだ。
「じゃあ、もう少し反抗すれば良かったじゃねぇか。
一度キレたりでもしてみれば、案外、親も考え直してくれるかもしれねぇだろ?」
「二秒後、母さんに十文字固めをかけられた後、フルボッコ」
「……既に実践済みだったか」
キレてどうにかなるものなら、すぐにでもやってる。
あのサイヤ人並の戦闘力を持つ母さんを倒せる自信があるならばの話だけど。
浩次が同情じみた目線を送ってくる。
止めて! 下手な同情は馬鹿にされるより辛いから!
「そ、そういえば、ここはいい部屋だよな! 1LDKだったか?」
場の雰囲気を払拭するように、話題を急に変える浩次。
同情からのものだと分かるが、ここはそれに甘えて乗ってやる事にしよう。
「そうだね。見ての通り部屋も広いし、駅にもバス停にも近いから、交通の便では困る事もないし……」
金には余裕があるのか、1LDKという広いアパートを親は提供してくれた。
家賃は親が払ってくれるし、生活費も一ヶ月ごとに余裕が出来る程もらう事になってるので、バイトなどをする必要もない。
よくある、一人暮らしのラノベ主人公が送るような、貧乏生活はあり得ないのだ。
「それに一人暮らしって事は親に縛られねぇって事だから、好き勝手し放題だろ?
隣には可愛い子も住んでたみたいだし、羨ましい限りじゃねぇか!」
「本当だね! あはは、あははは!」
盛大に笑って場の空気を払拭させる。
今日の朝に出会った隣の部屋の住人、南方雪葉さんは、僕と同じ高校生。彼女も僕と同じ高校生での一人暮らしという事だ。
南方さんはアニメの世界から飛び出してきたお姫様って感じで可愛い。小顔でスタイルもよくて可愛い。正直に言えばタイプだし、取り敢えず可愛い……って、可愛いしか言ってないな僕。
……そもそも「おはようございます」の一言だけで会話らしい会話はしてないしね。見た目が可愛い以外の情報を得られないのは当然の事ともいえる。
「俺、おふくろには怒られてばっかだけどよー、あの子みてぇな彼女連れてきたら、絶対に褒められまくるな」
「僕の家もそうなるだろうな」
「……」「……」
どうやら、僕の発言は話の流れを止めてしまうらしい。
さっきよりも、もっと気まずくなっている。な、何か話題を!
「これで、最後!」
浩次が荷物を床に置く。もう、冷凍庫ネタは終わったのか。ふぅ、とその場にへたり込む浩次。
「ありがとう、ご苦労さま」
「はぁ。引っ越しって、重労働だな。毎日してたら、痩せるんじゃねぇか?」
「いやいや、お金がなくなるでしょ」
「金で痩せれるなら、いいだろ」
「何処の考え方!?」
くくっ、と浩次が笑う。ツッコミを入れている間、作業が止まっていたため、手をさっきよりも早く動かす。
「あ、そういえば、近所への挨拶とかどうするんだ?」
「あっ!」
浩次に言われて気づいた。ということは、全く考えていないという答えにたどり着いてしまう。いつ行くかも何を持っていくかも考えていない。
「もしや、何も考えて……?」
「悪い……」
はぁ、と飽きれた目で見られる。心が痛むから、その目をやめてほしい。
仕方ないじゃないか、引っ越しの作業で忙しかったんだし。
その時、浩次の携帯が鳴る。着メロが無駄にカッコいい。いやいや、そんなことはともかく……。
「もしもし?」
じーっと浩次を見る。何を話しているのか、気になる。
「ああっ!? もう、そんな時間かよ!?」
浩次の血相が変わる。な、何を話しているのか、ますます気になってくるんだけど。
「わ、分かったから、泣くなって! 行くから、じゃあな!」
浩次が電話を切る。そして、即座に鞄を持って玄関に向かう。
「えっと、帰るの?」
「ああ」
「電話の内容は?」
浩次が玄関ドアを開ける。そして、こっちに振り向いて一言。
「妹の誕生日会」
は?
「じゃあ、またな!」
浩次は大きな問題を置いて帰っていった。
い、妹の誕生日会って! 何それ!? よっぽど妹思いなのか、何か仕打ちとかがあるのか、分からないけど、何それ!?
僕は、このモヤモヤした気持ちをどうするか迷いつつ、荷物を収納し始めた。