十九話
カラカラと自転車を押しながら、日本人離れした容姿のティリアと、思いっきり日本人の僕が、同じ制服に袖を通し、並んで歩く。
日光は優しく僕らを春の陽気に包み込んだが、僕らの間に陽気な雰囲気なんてなかった。
それは、高校生だらけの朝の通学路にしては、少し異様な光景だ。
「……」
「……」
お互い口を開かずに歩く。
だから、たまに僕とティリアの歩調が合わさるのが、なんだか妙に恥ずかしかった。
でも何故かちょっといい気分になっている僕がいる。
こんな状況で、好きでもない女を隣に置いてリア充気取って嬉しくなっているのかも知れない。
そう考えたら、自分の事が嫌になった。
しかしあの飴玉を見ただけで魔力回復アイテムだとわかったという事は、ティリアも食べた事があるという事になる。
おっさんの話では、ティリアには特殊な魔法がかけられているから魔力切れを起こさない仕様になっているそうだが、何故ティリアも知っているんだろうか?
待てよ……。
何か引っかかる。
なにか解決へのヒントを見落としているような気が。
魔力切れを起こさない仕様……。
なんだ?
何かあるはずだ。
よく考えろ、僕。
ティリアは特殊な魔法のおかげで魔力切れにならない。
でも飴は食べた時がある。
つまり、なんだ?
何故食べた?
おっさんの師匠に出会う前は普通の精霊だったから?
だとしたら、出会う前には魔力を保つ為に飴が常備されてたのではないか?
でも、飴は最後の一つ。
飴があれば魔力は補える。
魔力っていうのはそもそも何だ?
神子川は何て言ってた?
魔力は使用者の生命力を削る。
精霊である事自体、膨大な魔力を使う。
魔力は訓練すれば一般人でも使いこなせる。
僕は借金をして飛び級……してる?
精霊、魔力、生命力、飴。
ということは、つまり……!
「ティリア!!」
「うわっ! な、なによ急に!?」
僕は一つの可能性を見いだした。
「借金を飴で返すぞ!!」
「……はあ?」
通学路のみんながこちらを向いていた。
その日から数日間、僕が「借金王」と「飴屋さん」というあだ名をつけられていた事に悩むのは、また別の話である。
「で、ちゃんと説明しなさいよ!」
教室で椅子に踏ん反り返る様に座り、ティリアは僕にそう言った。
「ふっふっふっ。 まあ聞きたまえ、ティリア君」
僕はサスペンスドラマに出て来る探偵の様にカッコつけつつ、僕は過程を飛ばして結論だけをドヤ顔で言った。
「つまりだね。 ティリアが飴を作っちゃえば良いんだよ!」
飴とは魔力の塊。ティリアなら魔力は枯渇しないはずだし、無期限に僕と過ごすんだから何の問題も無いはず。ティリアには少々頑張って貰わなければならないかもしれないが、そもそも彼女のせいでこんなことになったのだからまあ仕方ないだろう。
「あのね、私は飴なんて作れないわよ?」
「え?」
長い髪をさっと後ろに書き上げ、頬杖を付きながら彼女は当然の様に言った。
「大体、作れるんだったら初めから作ってるわよ。 馬鹿なの?」
結構良い線行ってたと思うんだけどな……。僕は完膚なきまでに叩き潰され、教室の隅でのの字を書き始めた。
「京、何拗ねてんの?」
「……ほっといてくれ」
今は誰にも話しかけて欲しくないんだー!
「──矢賀野君」
どうやら今日の僕は、とことんツイテないらしい。一人になりたくて張ったはずのATフィールドに土足でずかずかと踏みこんできた、血も涙も無い鬼は──
「おはようございます」
──誰であろう、神子川であった。
「ううう、もう止めてくれー」
頭を抱える僕に、神子川は冷たい目線を向けた。
「朝から何をしているのですか、矢賀野君。 せっかく良い情報を見つけたので持って来たのですが」
「……え?」
僕は慌てて飛び起きて、神子川の肩をがっしりと掴んだ。
「良い情報って何だよ? いえ、何ですか神子川様!? もしかしてもしかしてもしかして──」
「矢賀野君、止めて下さい──」
「おい、何やってんだよ京!」
動転していた僕を止めたのは神子川の呪い──ではなく、大声で割り込んできた浩次だった。大丈夫か、手荒な真似されていないかと神子川に聞く浩次。ちょっと待て、それじゃあまるで僕が……。
「うわー。 京ってサイテー!」
「お、お前もかブルータスぅ」
いつの間にか隣にいたティリアまで面白そうにそんなことを言ってくるから、たまったもんじゃない。しかし当の神子川は、浩次を無言で黙らせると何事も無かった様に話の続きをし始めた。
「昨夜、いつもの様に同業者との交信をしていたところ──」
僕の脳内には、夜空に向かって何事か呟く神子川の姿が浮かんだ。
「──そのうちの一人が、不思議なお屋敷を見つけたというのです」
「……不思議な屋敷?」
僕達は顔を見合わせ、神子川を見た。
「はい。 夜な夜な人魂がその屋敷に吸い込まれて行くのが見られるとか、狼男の叫び声が聞こえるとか……」
「ひいいい! お化け屋敷だよねそれ!?」
怖い物が大嫌いな僕は、その話を聞いただけで鳥肌がたってしまった。しかし隣の馬鹿――いや浩次は、目をキラキラさせて神子川を見ていた。
「すげえよそれ! 行ってみてえ!」
「何でも、興味本位で訪れた横橋君の様な馬鹿はことごとく再起不能になって帰ってきたそうです」
「神子川、案内してくれよそこ!」
「しょ、正気かお前……」
さりげなくディスられているのにも気づかない浩次は、正直幸せだと思った。
「それで、そのお化け屋敷と京に何の関係があるわけ?」
そう聞いたのは、神子川の話をじっと聞いていたティリアだった。
「……あなたはティリアさんですね、呪います。 実は不思議なお屋敷には、精霊が住んでいるという噂があるのです、呪います」
「「精霊!?」」
僕とティリアは思わず、ハモってしまった。
「ええ。 私は勿論行くつもりですが、貴方方も一緒に来ますか?」
「……行く」
「行くわよ」
何か手がかりを掴めるのなら。僕達の心は決まっていた。
「俺も行くぞ!」
そう言ったのは勿論、浩次だった。
「貴方は駄目です、呪います」
「何でだよ!」
「貴方をいれると、人数が四人になってしまいます。 呪います」
「四人じゃ駄目なのかよ!?」
「割り切れる数字は不吉なのです、呪います」
「じゃあもう一人誘えば良いだろ!?」
「あなたがまともなことを言うなんて。 呪います」
「まともな事を言っても呪うのかよ! つか、いい加減ツッコミするの疲れたわ! ……兎に角、あと一人誘っといてくれよな京!」
「なんで他人任せ!?」
こうして僕達は、プチ旅行――いや冒険に出掛けることにしたのだった。