十八話
ティリアが作った鍋とサラダを食べ終えた僕はいつ間にか寝てしまっていたようで、目覚めたらカーテンから朝日を差し込んでいた。
多少、寝ぼけながらも枕元に置いてあった携帯を開き、僕の残り魔力を見た。
……残り42%
一晩で実に5%も減っていた。
恐ろしいくらいのスピードで僕の命の残量が減っているという事実に血の気が引いた。
このままの調子じゃ、本当に一週間くらいで僕は死んでしまうんじゃないだろうか。
料理の横に置かれている、あのおっさんから貰った飴を見やり、手に取ってみる。
赤い包みに包まれた安っぽそうな飴。
これが本当に魔力回復グッズなのか……?
包みを開くと、中にはコーラ味なのか茶色の飴玉が僕の手に転がった。
……これを舐めた瞬間、死ぬとかないよね?
最近、碌な目にあってなかったから、どうにも疑心暗鬼になっているような気がする。
まだ多少の躊躇いはあったけど、僕は覚悟を決めると一気にそれを口に入れた。
瞬間ーー僕はその飴玉を吐き出した。
唾液の付いた飴玉は太陽の光を反射させながら、数メートル先まで転がっていった。
堪らず僕は両手を床に付き、ゴホゴホと咳き込んだ。
身体に異変が生じるを感じたから吐き出した、というわけじゃない。
舌で味わう飴玉の味が、酷くマズかったのだ。
あまりのマズさに胃が逆流しかけたくらいだ。
「な、なんだこれ……!? コーラ味じゃない……!?」
僕の馬鹿……!
そもそも、あのうさん臭いおっさんから貰ったうさん臭い魔力回復グッズなんだ……!
それが美味しいものだなんて、あるはずがなかった。
だけど……この味、何か……。
僕は落ちている飴玉を拾うと、そのまま再び口に入れた。
恐ろしいとまで表現出来るマズさが、再来。
吐き出しそうになるのを堪えて、僕はその飴玉の味を確認した。
そうして、ようやくその味の正体に気づいた。
なじみのある、その濃厚な味わい。
物心ついた頃には誰もが一度は口にした事がある、その味は──
「……なんで、ソース味?」
──少なくとも、飴にすべき物ではない、調味料の味だった。
飴玉の味が判明。
その後、僕は舐め切れずにその飴玉を冷蔵庫の中へと仕舞った。
一応、飴玉は少し舐めたため、もしかしたら、魔力が回復しているのではないか、と僕は携帯を開いた。
……残り50%
回復していた。本当に効果があるらしい。それも、少し舐めただけでこれだけ回復するとは、想像以上の効果だ。
回復していた。本当に効果があるらしい。それも、少し舐めただけでこれだけ回復するとは、想像以上の効果だ。
だけど、なんだか、嬉しがることができなかった。
ちらりと横を見る。ティリアはまだ、毛布にくるまっていた。
まだ、ティリアとは顔を合わせたくない。僕は身支度を済ませ、一足先に家を出た。こんなあからさまに避けると、不審に思われるかもしれない。
僕は近所の喫茶店でまだ済ませていなかった朝食を食べることにした。初めて、モーニングというものを食べた。安くて、美味しいから、いいかもしれない。
これから、ずっとここで食べればティリアに会わなくて済む。
時計を見る。もうすぐ学校に行かなければならない。お金を払って、店を出た。
すると、そこにはティリアか立っていた。
「何、勝手に行ってんのよ」
「ティリア……」
一番、嫌なタイミングだ。ティリアも不機嫌そうだ。そりゃそうだよな。
「一緒の学校なんだから、別々に行かなくてもいいじゃないの」
「いや、なりたくて、同じ学校になったわけじゃないから」
そう僕が返すと、ティリアはスッと俯いた。
「私の事、避けてるでしょ?」
ティリアの言葉は図星で、僕はドキッとした。
「なんか言いたいことあるんなら、言いなさいよね」
「べ、別に、ないよ」
俯いていたティリアはスッと顔を上げた。ティリアの顔はなんとも言えない複雑な表情をしていた。
「……あんた、これからどうするつもり?」
「……何が?」
「魔力が無くなりかけてるんでしょ?」
「! お前、なんでそれを……」
「神子川から聞いたの。もうすぐ矢賀野君が死んでしまいますよ、ってね」
「アイツ……!」
よりによってティリアに言うとは余計な事をしてくれたものだ。
「魔力が無くなればあんたは死ぬ。それをどうにかしようと願い事を雪菜に使わせようとしても叶えられる願いはあとひとつだから、叶えた時点であんたはランプに封印されるからそれも無理よね」
「わざわざ説明してもらわなくてもそんな事、僕が一番知ってるよ」
「ふぅん? その割にはやけに落ち着いてるのね。もしかして誰かを身代わりにする決心でもついーー」
「そんな事はしない」
その問いだけは即答する。
誰かを犠牲に自分は生きる、なんて事を考えなかったわけじゃない。
でも、その事については決心はついている。
「お前の言う通り、誰かを犠牲にして自分だけ生きるなんて事、僕には出来ない。だから僕は他の方法を見つけてみせる」
決意を胸にした僕の言葉にティリアは深く溜め息をついた。
「……呆れたわ。何度でも言うけどアンタが助かる方法は誰かに身代わりにする事以外はないのよ。選択の余地なんてないじゃない」
「選択の余地がないからって誰かを犠牲にしろって? そんなのおかしいだろ!」
「そうでもしなきゃあんたは死ぬのよ? それでいいの?」
「だから言ってるんだろ! 他の方法を見つけるって!」
「──っ!」
ランプ、魔法、魔力。
僕はこれらの事をちっとも知らないし、理解も出来ない。
それに比べてティリアは元精霊だ。
僕以上に今の状況を把握しているんだろう。
その上でティリアは言っている。
誰かを身代わりにする事以外に僕が助かる方法はない、と。
でも、それではいそうですかって納得出来るほど僕の頭は都合良く出来てない。
つまりこれは理屈じゃない。
僕が嫌だってだけの、そんな話だ。
「なぁ、本当にそれ以外にないのか? 誰かを身代わりにしなくちゃ僕は生きる事は出来ないって百パーセント断言出来るのか?」
「それは……」
「今は確かにないかもしれないよ。だけど、それなら探せばいいだろ! 誰かが犠牲にならなくても僕が生きる方法を!」
ティリアからしたら僕の言っている事なんて夢物語みたいなものなんだろう。
根拠のない、無茶苦茶な言葉にしか聞こえないのだろう。
それでも、僕は諦めたくない。
大人しくどちらかを選ぶなんて事をしたくないから。
そんな僕の思いが伝わったのかどうか分からないけど、ティリアはほんの少しだけ不機嫌な顔から頬を緩ませる。
「……ひょっとしてあんたってもの凄い馬鹿なのかしら」
「第一声がそれか!」
あれ!? 割とシリアスな展開だったよね!?
なのにどうして僕は馬鹿扱いされなきゃならないんだろうか。
がっくりと肩を落としていると、肩に手を置かれた。
「あはは、でもさ──そういうの、嫌いじゃないのよね」
ティリアが手を差し伸べ、僕を真っ直ぐに見据える。
「いいわ、あんたに乗ってあげるわ。探しましょう、あんたが精霊から人間に戻る方法」
「……僕の方から言ってなんだけど、本当にいいのか?」
「実はあたし、分の悪い賭けって好きなのよね」
ちろりと舌を出し、イタズラめいた笑みをティリアは浮かべた。
そんなティリアに僕も自然と頬が緩んだ。
僕はティリアの手を取り、しっかりと握る。
「僕は生きるぞ。誰かを身代わりにする事なく、僕は生きる」
「出来るかどうか分からないけど、協力するわ。元とはいえ、精霊なんだから出来る事はあると思うわ」
ティリアと固い握手を交わし、僕は不思議とテンションが上がった。
僕がやろうとしてるのは無理難題なのかもしれない。
けど、今は。
今だけだったら何でも出来る気がした。
「じゃあ、行きましょう。まずは情報収集から始めるわよ!」
「あ、ちょっと待てよ!」
ティリアは踵を返して僕はそれを追いかけた。