再生理論 第20話
インターホンを押して暫く、小太りの男が怪訝そうな表情で出てきた。
「警察の者ですが」
酒井がそう言いながら手帳を見せた。
それをちらりと男は見た。
「長門初谷の件でお聞きしたいことがいくつかありまして・・・」
「はぁ・・・」
長門初谷の名前を出したところで、男の表情に一瞬焦りが見えたのを石島は見逃さなかった。
「ご存じですよね?」
「ええ。もちろん。一応生徒でしたから」
そう言ったところで、男の顔が青白いことに気が付いた。
「お酒を飲まれました?」
警察が来たことに動揺しているのかと思い、訊いた。
「えぇ。まぁ」
二日酔いか。
酒を飲んだ次の日はたまにこうなることがある。一昨日の朝は自分もそんな感じだったことを思い出した。
そっと家の奥を見ると、乱雑に何本もの缶ビールが転がっていた。
複数の証言からこの男が昔長門初谷の担任をしているころに長門初谷をいじめていたことが分かっている。
「まず最初に確認しておきたいことがあります。これから質問するいくつかの内容に関して我々警察は一切罪を問いません。それをよく理解して頂きたい。いいですね?」
山内はこちらの要件を察したのだろうか。少し間を置いてから頷いた。
「あなたが長門初谷の担任を受け持っていた頃、長門初谷はクラスでいじめを受けていたという証言を当時生徒だった方数名から聞くことが出来ました。それはご存じでしたか?」
「えぇ・・」
歯切れの悪い返事が返ってきた。額には汗が滲んでいた。冷や汗か、または単に暑いからなのかは分からなかった。
「それと同時に、あなたもそれに加担していたという証言も同じように取れました。このことに何か間違いはありませんか?」
「いえ。あの・・・。そのことに関してはですね・・・」
「もう一度言います。警察は一切罪を問いません。あなたがどのような卑劣な行為を当時していようと、被害届けは出されていません。恐らく証拠もありませんから。言い訳など結構です。今はそれよりも大変な事件を追っているんです。それを理解して頂きたい。確認の意味で聞きます。貴方は当時、長門初谷のいじめに加担していましたね?」
石島が厳しい口調でそう口にした。
山内は先ほどよりさらに間を開けて、はい。とだけ答えた。
顔が青い。緊張しているのだろう。
まるで生徒が説教を受けているようだと酒井は思った。
「分かりました。では次の質問です」
「え?あの・・・、長門初谷のことだけじゃないんですか?」
「えぇ。そうです。ちょっと、これを見てもらえますか?」
そう言って酒井はA4の大きさの紙を3枚渡した。
それは30名ほどの名前が載った名簿だった。
「その名前に心当たりは?全部でなくてもいいです。1人でも2人でも」
「・・・ええ。あります」
「あなたの元生徒、ですね?」
そうです。と、山内は不安げに頷いた。恐らく忘れてしまった名前があったのかもしれないが、それは些細な問題だ。
「これは実は、長門初谷に殺害された被害者の名簿の一部なんです」
細かった目を大きく見開いている。
今まで10数年間受け持ってきた生徒の名簿と長門初谷に殺害された者の名簿が一致するなどと、夢にも思わないだろう。
恐らく山内は自分の生徒だった者が死んだとしても、大して気に留めず、テレビで放映されてもまったく気にしなかった。それ故の驚きだろう。
「長門初谷の殺害には法則が無い。確かに全て長門初谷という人間に関係のないものばかりが殺されていた。しかし、そこにこのあなたという教師が関わった。それで全てが見えてきたんです」
長門初谷の殺人は無差別ではない。狙いがあるのだ。
「今見せた名簿は本当にほんの一部。後々全て確認を取っていただきますが、その被害者と長門初谷の繋がりが、あなたです。被害者は全てあなたの元生徒だったんです」
当初、それに気が付く者は誰もいなかった。
山内の名前が挙がった後、暫く経ってからのことだった。
被害者はその地域ごとに、1日1〜3人ずつなどハイペースで殺され、そして間を置いてまた別の地域でハイペースに殺人が犯されてきた。それを繰り返し行うのが長門初谷の殺人だった。
殺人を行う期間に殺された人間の通っていた学校が共通していることは気が付いたが、あまり重要視されてこなかった。しかし長門初谷の幼少時代を調べているうちに山内の名が挙がり、そこからは早かった。
しかしここでおかしなことが起きたのだ。
酒井はその問題の内容を語ろうと口を開いた。
「大場宏という方をご存じですか?いえ、ご存じですよね?」
「え、えぇ・・・」
「彼も長門初谷同様にあなたからいじめを受けていた、あなたの生徒。間違いありませんね?」
「はい・・・」
「ですが、彼は生きています。長門初谷に襲われていません」
本日何度目か。山内は驚きと困惑の表情をした。
「あなたの元生徒でありながら長門初谷に殺されていない者は数名います。まずは大場さん。他に、菅原さん。宮岡さん。村山さん。他にもっといますが、このくらいにして・・・。それで、この数名は今なお殺されずに生きているんですが、その理由は何なのか。この方たちには失礼ですが、誰しもが殺されると予想をしていました。その理由として、この数名には共通点があるんです」
「・・・・・・・」
山内は俯き、何も話そうとしない。
酒井は構わず続けた。
「あなたにいじめられていた。それがこの方たちの共通点です」