何度か目の朝 第3話
「ここだな」
そんなアサカさんの声で我に返った。パチっという音とともに部屋の電気がつく。
僕は暗さに慣れていたため、眩しくて目を開けられなかった。
「ここは・・・図書室ですね」
そこは生徒が使う、何冊もの本が並んだ図書室だった。
入って左側に本を貸し出し用のカードなどが置かれていて、図書館の受付のようになっている。
中心に大きなテーブルが四つ置かれていて、特に変わったところはない。
生物学から文学。雑誌、漫画までが揃っている。ほとんど読まれることのない広辞苑などはホコリが少し被っていたりする。僕は今までに数回しか入ったことがない。入ったとしても、友達とお喋りを楽しむくらいだ。
「カエデ、分かるか?」
カエデは反応しない。ただ教室の中をじっと見ている。
「あの、僕は帰っても?もしもこの前のようなことが起きたら・・・」
「ダメだ」
そう言い残すと、リュックを背負い直して前に進む。
室内のほぼ中心まで来たとき、ウネウネと良く分らない物体が床から出てきた。
数秒後、寒天よろしく、半透明の物体がアサカさんの前に立ちふさがるように人型のモノが現れた。
それは徐々に形を変えていき、色を付け、十秒経たないうちに、それはアサカさんに似たモノ。
それどころかアサカさん本人となんら変わりのない物体に変化した。
身長はピタリ。同じ服装に同じリュック。ただ一つ違うところは、平面的で立体感が欠けている。
「・・・これは?」
目の前に現れた不思議な物体。僕はこれを見たわけじゃないけど、何となくひっかかる。
見たことあるようで無い。デジャブって言うんだっけ?
「多分、お前らの言っているドッペルゲンガーとはこのことだろう」
「あ、そうか。・・・これがですか?!」
あぁ、と頷く声を出さなければどちらがアサカさんなのかが分からない。
瓜二つとはまさにこのことだと僕は思った。
「これは多分式神を応用したものだろう」
アートマとも言うんだがね、とアサカさんはわけの分らないことを言う。
「人間が近付くと具現化するようになっているようだな。まぁ人には害がないようだから、
その点においてはドッペルゲンガーというのも頷ける」
ドッペルゲンガーは何の動きも示さない。それをアサカさんは舐めるようにして観察する。
「じゃあさっさと消して帰るか」
そう言うと、アサカさんはリュックから札を一枚取り出し、人差し指と中指で挟む。これから何かが起きますよ、というかのようなその立ち姿。
「・・・・・・」
と、数秒見つめただけで、ふぅ、とため息をつく。
「どうしたんですか?」
「いや、こいつなかなか厄介だよ」
腕を組んでふむ、となにやら考え込んでいる。
「・・・こいつはな、術者を音写して、それを具現化して解放する」
「つまり、幻想士というわけか」
「そうだ。まったく、めんどうなことになったよ」
僕が話しの9割を理解していないということをこの人たちは理解してくれているんだろうか。
良く分らない、という感じで眉間にシワを寄せている僕にアサカさんは気が付いたようだ。
「・・・つまり、こいつは鏡のようなものだ。人の魔力を感知し、それを構成している肉体を算出し、可視光を屈折させることによってそう見せてるんだ。だからと言って触れないわけではない。魔力の壁、とでも言うべきか」
「ようするに、アサカさんがもう1人いるようなものですか?」
「そうだ。それに、私が何かすればこいつも同じことをする。魔力の波が乱れれば、それに伴った行動を起こす。魔力の動きだけは人間の力じゃどうすることも出来ないからな。・・・見ていろ」
アサカさんはドッペルゲンガーへと向き直る。
すると、右の拳を差し出す。
軽く振り上げて、軽く振り下ろす。
その手は拳では無く、開かれた掌。
ようするにジャンケンをしたということになる。
掛声も無しにやったにも関わらず、ドッペルゲンガーはアサカさんと同時に相子。
「な?」
よく理解できました。
そんな僕を余所目にアサカさんは2枚の札を取り出した。
そして何か呟き出した。
正直僕には、ブツブツとしか聞き取れなかった。
2人が同時に喋ってる感じ。
そして、図書室が光に包まれた。
爆発に似た光だったような気がする。
それも一瞬で、すぐに消えた。
気がつくと、ドッペルゲンガーは跡形もなく消えていた。
「よし、今回は余計に請求しよう。明日の夜、焼き肉でも行くか?」
そんなことを言うと、アサカさんはとっとと図書室を出て行ってしまった。