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fate ・・・  作者: -彼方-
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再生理論 第17話

緩い下り坂に沿うように、似たような住宅が並んでいる。

特に目立った家も無く、それぞれが微妙に違う形をしていた。


ほとんどの家庭が、サラリーマンが必死に仕事をしてようやく買った、というふうに見れた。

そう思うのも、当の本人も同じような家を、必死に仕事をしてようやく買ったのが先月のことだったからだ。



正午過ぎ、昼の眠気に襲われるよりも早く、石島(いしじま)はいつもの仕事場に向かった。




「あ、ここでいいです」


と言ってタクシーから降りた。



集合場所と決めていた場所ではないところに、待ち合わせの相手がいたからだ。



タクシーのドアが閉まる音に気が付き、振り向いたのは、少しばかり若い刑事だった。


「あ、石島さん。御苦労さまです」


抑揚の抑えた声だった。


「これから御苦労するんだけどな。で、どうだった?」


それを聞いた若い刑事は頷いて手帳を開いた。


「石島さんの言ったとおりでした。長門初谷確かに医師を志していました。

県内の大学に進学したかったそうですが、経済的に苦しいという理由で断念し、独学で学んだそうです」



ここで一呼吸置いて、また話始めた。



「このときすでに、校内の成績はトップクラスで、全国統一の模擬試験では上位。特に理系がズバ抜けていたそうです」



以上です。と言って、若い刑事、酒井(さかい)は手帳を閉じた。



それを石島は腕を組んで聞いていた。



「そうか。それはご苦労だったな」


酒井は、恐縮です。と言って頭を下げた。



ここ数年、巷を騒がせている事件は、正直な所行き詰っている。



数えきれない程の目撃件数は、殆ど役に立っていなかった。

一定の場所に留まるわけでもなく、特定のルートを移動しているわけでもない。


目撃される場所はまちまちだが、最近はI県で頻繁に目撃されている。



「長門には、何か目的があるんでしょうか?」


「ハァ?」


酒井が言った言葉があまりにも唐突過ぎたため、石島はおかしな声を出した。


「動機が、はっきりしてこないんです」


そう言って腕を組んで俯いた。


「動機ねぇ・・・。精神に問題があるんじゃないのか?」



珍しい話ではない。

精神を病んだ人間が狂気し、殺人に手を出すなんてのは。


自覚がないが、すでに精神的におかしいという人間もごまんといる。


石島はその類の事件じゃないのかと、自信はないがそう踏んでいた。


「もしくは、幼少の頃に酷くイジメられて、その復讐とか」



「じゃあなぜもっと早く“殺す”という感情が芽生えなかったんでしょうか。卒業してからは学生時代の友人とは縁を切ったはずです。それがなんで今になって殺人なんていう行為をしようなんて思ったんでしょう」


反論されてか、石島は不満を顔に出した。


そもそも今言った意見は適当に言っただけで、特に根拠があるわけではないのだ。


調べを進める内に、長門初谷という人物は幼少時代に同級生。または他のクラスから酷いイジメをうけていたことが分かった。


当初、上の意見では『イジメに対する復讐ではないのか』というものだったが、被害者はどれも長門と繋がりのない人たちばかりで、それを報告すると『では復讐するならば誰でもよく、自分は強いんだという自己主張に似た物だ』という、なんとも適当な意見しか出してこなかった。



「上の意見なんかアテにしてなかったけどな。それにしてもこの事件、厄介というか。なんというか、な」


「そうですね。死んだ人間が生き返ったわけですからね」


「まぁ書類の上ではな」





15年前、長門初谷の母親の純は、長女のユリに殺害されている。


帰宅した、当時少年だった長門初谷は、その死体を見てパニックを起こし、家を飛び出したという報告がされている。


そのとき、運悪く乗用車が通り掛かりはねられてしまった。



目撃証言では、長門宅から1人の少年が道路に飛び出したらしい。その目撃された少年の特徴が長門初谷と一致したのだ。



長門初谷を撥ねた車は急ブレーキをかけたが、雨が降っていたためにスリップしてしまった。さらに運の悪いことに、対向車線を走っていた大型タンクローリーに衝突し、炎上、爆発。


タンクローリーの運転手のみが重体となり、病院に搬送され何とか命を取り留めた。


しかし、現場の状況は凄まじく、乗用車の運転手と長門初谷はその場で即死。

長門初谷に至っては、死体すら見つからない状態だった。



事故後、いくら捜索しても死体は見つからず行方不明とされ、生死不明の失踪期間が7年以上経った。

法律上の死亡である。


しかし近年、突如として現れた殺人鬼が、自分は長門初谷だと名乗ったのである。

最初の被害者の傍に手紙が残されていた。


『手を加えし者としてこれを残す。  長門初谷』


そしてその手紙に残されていた指紋が、死亡とされていた長門初谷のものと一致したのだ。






「動機さえ分ればどうにかなりそうなんですけどね。それにしても石島さん、よく分かりましたね」


「何がだ?」


酒井が腕を解いた。


「長門初谷が医師を目指していたことです。そんな話し、一度も出てきていないのに」


「あぁ、それはだな」


石島は答えに困った。

知らない男から聞いた、なんて言っても信じてはくれないだろう。


「まぁあれだ。刑事の勘というやつだ」




酒井は顔をしかめて、溜息と同時に、そういうことにしておきます。と言った。



この酒井という男は中々話しの分かる男だ。


余計なことは聞かず、必要なことだけを。

言いずらいことは聞かずに察するという、刑事に必要な能力を、先天的か、後天的かは分からないが、この男は身につけているのだ。


数週間前、俺の『長門視野は、医者を目指してたんじゃないか』という意見に対して、酒井は特に探ろうとするわけでもなく、不思議そうな顔をしてから『長門初谷の友人に聞いてみます』と言ってジャケットを羽織った。



本当に苦労をかけたが、これで裏を取ることが出来たため、正式な報告書をつくれる。




「それで、これから長門初谷の教師だった男に会いに行くんですよね」


不意に声をかけられ、まともな返事が出来なかった。


「今日はそのために来たんですよね?」


「あ、あぁ。そうだったな」


「もう。しっかりしてくださいよ。また長門初谷に逃げられてしまいますよ」









それは2年前のことだった。












「追い詰めたぞ、長門初谷。いい加減諦めろ」


「刑事さん。あんた強気じゃん。俺殺人鬼だよ?もっと怖がったら?」


そんなやりとりをしたのは、狭い路地裏の行き止まりになったところだった。


拳銃を構える先には長門初谷と壁。その壁も、高さは優に4メートルはある。

よじ登ろうとしたところで無理な高さだ。


「ここで撃ち殺されたくなかったら、大人しく壁に手をついて屈め。抵抗しなければ手荒らな真似はしない」


「そう。意外と優しいんだな。あんた。でもさ、ここで捕まったら俺、処刑台行きじゃん?だったら何の意味も無いじゃん」


「・・・それは裁判で決めることだ」


「嘘だな。まぁ俺がここであんたを殺すっていう選択肢もあるわけでしてね」


ニヤリと笑うそいつは、およそ人間の出せる殺気ではなかった。


それに石島はまったく動じず、拳銃を構えたまま逃げようともせず、口を開いた。


「それは無理な話だ」


「どうして?」


「俺は銃を持ってる。お前は丸腰。弾を避けられるんなら話は別だけどな」


そう言って数秒。パァンという銃声が木霊した。


引き金を引いた音に間違いなく、それは長門初谷に向けられた物。


しかし、そこに長門初谷の姿は無い。


チッ。避けやがった。と心の中で思う暇もなく、壁の上にいる長門初谷に向けて立て続けに引き金を引いた。


2発。3発と、鋭い銃声が響く中、長門初谷に当たった弾はゼロ。

合計6発。弾が切れるまで撃ち続けた結果、周囲の壁に傷をつけただけだった。


「だから。無理。そんなものが当たるくらいなら俺、とっくに死んでますよ」


溜息を付きながら、長門初谷は不適に笑った。


対して石島は、弾の切れた拳銃を仕舞うと同時にあるものを取り出した。


「じゃあ、これはどうだ」



楕円形の、不格好なものは、パッと見手榴弾のようだった。


しかし、それに間違いはなく“手製の手榴弾”であり、狭い路地での威力は拳銃とは比べモノにならない。



「それ、刑事が持つ者じゃないでしょ」


「まぁな。だけど、作るくらいなら誰にでも出来るさ」


そう言って、ピンを引き抜いた。


「殺人鬼相手なら、正当防衛とでも言えるしな」


「でも、手榴弾を作ることは違法だろ?」


そう言いきらぬ内に、石島は手榴弾を投げた。


約2秒後、先ほどの乾いた音とは逆に、ドガァンという音と、飛散した破片が壁にぶつかる音がした。



逃げ場は無い。三方を壁に囲まれ、残りは自分が塞いでいる。かならず直撃するはずだった。


しかし、


「だから、死にませんて。そんなんじゃ」


そんな声が頭上からかけられた。


いつの間にか長門初谷は頭上にいた。そしてそのまま重力に身を任せるようにして、踵落としの体制のまま落ちてくる。


それを石島は寸前の所で、後方に体を反らすようにして間一髪のところで避けた。



「へぇ。やるじゃん。格闘技でもやってたのか?」



そんな呑気な言葉とは裏腹に、懐に入ったのを良いことに長門初谷は死角からのアッパーを狙った。


それを無理やり体を捻って躱す。


躱されたことに驚きつつも、逆の手で首を狙って手を伸ばしたそのときだった。


ガッチリとその手を掴まれた。


2度も死角からの攻撃を躱した上に、追い打ちのために伸ばした手を掴んだのだ。



「お前、まさか・・・」


何かを言いかけたそのとき、『おい、こっちだ!』という、声が響いた。


応援に駆け付けた警察が集まって来たのだ。



長門初谷は小さく舌打ちをし、石島を睨むと、どこかへ消えてしまった。





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