再生理論 第6話
「いらっしゃいませー」
ほんのり暖かい店内。
店員の声がよく響いた。
アパートを出て少し。僕は近くにコンビニがあると聞いたのを思い出した。
思いのほか近かったので何となく得した気分になった。
まずは雑誌売り場へ。2年も病院にいては最近の情報に疎くなってしまう。そんな理由だった。
入ってすぐ左に視線をやる。
と、視線の先に男がいた。
その男は、正直かなり目立つ。
赤髪に、真っ赤なコート。
明らかにアンバランスというか、赤い髪とほぼ同色のコートはあまり似合っていない気がするが、男の顔立ちは綺麗でスタイルもいい。190センチはありそうな長身で八頭身も夢じゃないような細みの体はアイドルのようだ。
そんな、格好さえどうにかすれば芸能界にスカウトされそうな男は堂々と成人雑誌を読んでいた。
不覚にも見とれていると、不意に目が合ってしまった。
『ヤバッ』
ドキっとしたが、以外にも男は片手を上げて、よう、などと言っている。
僕は一応頭を下げておいた。
そして男はすぐに視線を元に戻した。
僕は男から出来るだけ離れた位置で適当に芸能雑誌を手に取った。
約10分間。パラパラと簡単に雑誌を読んだ。
誰が結婚したとか、誰が不祥事でどうなったなど、与太何だかどうだか分からないようなことを頭に入れる。
雑誌を棚に戻すのと同時、異変に気が付いた。
2メートルはしっかり離れていた赤髪の男はいつの間にか隣にいた。
それも成人雑誌を読んでいる。
「あの、なにか?」
そんな僕の声に少し遅れて反応し、ニヤリと笑った。
「いやいや。ちょっと君が気になってね。特に意味はないですよ。別に、俺は君の体が欲しいとか思ってませんから。あ、でも君結構可愛いね。名前は?」
「彼方眞澄です」
「マスミちゃんね。覚えておくよ。俺、長門初谷っていうんだけど聞いたことない?」
意外にもひょうきんな長門さんに、僕は首を横に振る。
「ガーン。結構有名だと思ったんだけどな。そうは問屋がおろしませんか。う〜ん。俺もまだまだ。精進が足りませんな」
実際にこの会話を一般常識が身に付いている人が聞いていたらパニックに陥か逃げ出すだろう。
しかしこの男。2年間閉じこもった経緯に加え、興味のないことはあまり覚えないという性格上長門初谷の名を前に少しも動じずに、むしろいい人だなんて思っていたりしていた。
不幸中の幸いというのか、先ほど読んでいた雑誌にも長門初谷の名前は乗っていたはずだが、気にも留めずにパラパラとページをめくった以外にも鈍いこの男。
「まぁいいや。そんなことよりさ、何か買ってくれない?今金欠でさ。就職出来ないしバイトも出来ないのです」
「それは無理な話しですね。そりゃあお金が無いわけではないですけど、見ず知らずの人のためにお金を簡単にあげられるほど持て余してもいませんから」
「なるほど。金はあるけど他人には渡したくない。そういうこと?」
パタン、と成人雑誌を閉じると真剣そうな声で言った。
「違います。あなた、きっと僕がお金をあげたらそれ、買うつもりでしょ?」
それ、とは手に持つ雑誌のこと。
長門さんは、ばれたか、なんて言って笑っている。
「そうか。しっかりしてるな。中学生?あ、高校生か。いいねぇ若いって」
高校生の目の前で成人雑誌を読んでいる人に言われても説得力がないと思う。
店内の時計を見ると、そろそろ腹が鳴りだすころ。
「じゃあ長門さん。僕はそろそろ帰りますんで」
そう言って僕は長門さんに背を向けた。
「そうか。じゃあ俺もそろそろ帰るかな。気を付けて帰れよ。女の子なんだから」
じゃあな。そんな言葉を背中で聞いて、反論しようと振り向いた。
「・・・いない?」
長門さんはそこにはいなく、店内を見回した。が、あの長身ならばすぐに見つかるはずなのだが店内に赤髪の男などいなかった。