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fate ・・・  作者: -彼方-
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再生理論 第4話

「へぇー、浅香泉さんねぇ。近くなのか?」

「うん。地図が正しければ歩いて5分程度の場所だよ」


陽光煌めく昼下がり。時折り吹く風に目を細める。

すれ違う人も殆どいない。騒音という騒音も、ときどき通る車の音しかない。実に静かなこの街は、以前僕が住んでいたところも大して変わりなかったので、なんだか懐かしい。


昼食を終えた僕らは、僕の入院していた病院の考案者と呼ばれていた女性。浅香泉さんの家に向かっている。




時間までもがゆっくりに感じてしまうほど、ゆったりとした雰囲気。

陽光によって作られる黒い影。時間的に、影はかなり小さくなっている。



家を出てから6分少々。アサカさんの住まいに着いた。


「ここが、その人の住まいか?」

「まぁ、そうらしいけど」



予想として、豪華な家を創造していたんだけど、現実は遠くかけ離れていた。


階段の黒い手すりの塗装はボロボロになっている古いアパートは、ベージュの壁はすでにベージュではなくなっていた。


また、その土地も異様な雰囲気を放っていた。


まだ昼だというのに、アパートの敷地内は、後ろに聳える竹林によって薄暗くも見える。



「まぁ、とりあえず行くか」

「うん。そうだね」


と言い、敷地内に入ろうとしたソノダさんはピタリと足を止めてしまった。


「どうしたの?」

「ん?あぁ。・・・俺やっぱりいいわ。悪いな。また今度誘ってくれ。じゃあな」


そう言うと、元来た道を歩いて行ってしまった。


保護者として来たんじゃないのかと思ったけど、仕方がないので僕だけ敷地内に入った。


カンカン、という乾いた音が響く。

アサカ、というプレートの掛かった扉の前に来て、インターホンを押した。が、壊れているようなので仕方がなくノックした。


ほどなくしてガチャリという音とともに女性が出てきた。


「どうも。お久しぶりです。彼方です」

「・・・あぁ、久しぶり。とりあえず入れ」

「お邪魔します」


玄関の上がりかまちを超えて居間へと入る。


僕は驚いた。これは少し失礼かもしれないが。


中は外装とは違いとても整理整頓が行き届いていた。思っていたより広く、チリひとつない室内。高級物件を思わせるような、ツヤのあるフローリング。壁紙も白一色で、シワひとつない。少しオレンジがかった光が室内をより広く見せている。


という印象も、外の見てくれとのギャップのせいなのかもしれない。


「紅茶でいいかな?」


はい、と返事をすると、アサカさんは台所へ向かいお湯を沸かし始めた。


ティーバッグを使うのかと思ったが、そうではなく、ポットに茶葉を入れて、沸騰したてのお湯をそこにいれた。


「本当ならポットとカップを温めたいところだが、生憎そこまですると時間がかかってしまう。手抜きで悪いな」


ポットが冷めていると、沸騰したお湯の温度が下がってしまい、茶葉の旨みが抽出されないらしい。ティーカップも同様に温めておくといいらしい。



紅茶を飲むのにそこまでする人を僕は見たことがない。




「安物のアッサムだ。味は保証しない。あまり自分で淹れるのは得意ではないんだ」



頂きます、と言って一口、口に含む。



渋みを含んだ甘味が舌の上を滑る。

得意ではないと言っている割にはとても美味しい。






「そうか、やっと退院したんだな。約2年か。まぁ早いほうだな。キモトからは治療後の回復力が遅かったと聞いたんだが」


「僕にはなんとも。順調に回復しているとは言われましたけど」


「医者は揃ってそう言うさ。患者に『回復が遅いです』なんて言えないだろ?」


最もな意見だった。


それからは、ただの世間話になっていった。


家の住み心地はどうだとか、この人の現在の職業は小説家でそれなりに売れているらしいこととか。


それに医師免許や教員免許、その他の専門職に就くために必要な資格を多数持っていること。


なぜ小説家になったのか、という質問に対しては、単に物語を書くのが好きだからだそうだ。



本当に他愛もない世間話は続いた。以外にも、この人も世の奥様方のように話が長くなる傾向があるのかもしれない。それでも、その一つ一つが独自の観点を持っていて、納得できるとても興味深い話だったためあっという間に時間は過ぎて行った。





「では僕はこれで。紅茶ご馳走様でした」


「あぁ。またいつでも来てくれ」


はい、と一礼してドアを閉める。

ギシ、と軋む音が不気味に響いた。



階段を降りようと、手すりに手をかけると、錆びが手に付いた。塗装なんか、殆ど剥がれている。


夕方に林をバックにカラスなんかが鳴いていたら、それこそ呪いのアパートのようだ。


大家さんはどうしているのだろうか。直す気はないのだろうか。

そんな考えたところで分かるはずもないことを考えながら、アパートの敷地から出て家へと向かった。






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