狩猟日記 第12話
「え?・・・」
ほんの一瞬体がよろける。
結果を分けた一撃だった。
その一瞬の隙をついて、また矢が放たれる。
獣は横に跳ねてよける。
が、先ほどまでの跳躍力は失われ僅かに頬をかすめた。
頬を真っ赤な液体が伝う。
「よくも、顔を・・・」
このとき、獣は初めて怒りをあらわにした。
初めて、人間らしい感情が芽生えた。
飛びかかる獣を前にして、狩人はいたって冷静だった。
弓で獣の爪を防ぐ。
「あんまりじゃないですか、桐生先輩?」
コンマの静寂。
「・・・誰だ?お前」
獣は後ろに弾けた。
着地するのと同時に、太ももに矢が突き刺さる。
それを意に介さず、また跳ねる。
「っ・・・・・」
今度の舌打ちは明らかに獣のほうだった。血でまみれた真っ赤なよれよれの衣服。
対して、相手はシワひとつない綺麗な制服。
確かにこちらの方が有利なはず。なのに、ダメージで言えば相手の方が遥かに有利だ。
思えば未だに一度もこちらの攻撃があたっていない。
いくら速く動いても、いくら爪を突き立てても、相手には届かない。
それに比べて相手はどうだろう。
少しずつ。無駄なく的確に私を狙う。
『私が・・・負ける?』
このとき獣は絶望感に似た感情を持ってしまった。
これまですべての獲物を一撃で沈めてきた。
それなのに。
『どうして・・・!』
汚れた衣服を鮮やかな赤で染め上げられていく。
間髪入れずにさらに2本の矢が放たれる。
少女は避けることは叶わず、そのままブスリ、ブスリと深々と突き刺さる。
少女に戦う意志はすでに無かった。今までの自身。確信。そういったものが全て自分と対して変わりない少女によって打ち砕かれたのだ。
それは一瞬のこと。端から見れば、急に少女の動きが鈍くなったようにさえ見えただろう。
何本もの矢が体を貫いている。すでに息は荒く、弱々しかった。
いかんせん、慈悲なんてものは無い。
目の前にいるのは獲物で、こうなることはどちらも分かっていた。
ゆっくりと近づいて行く。
次の矢を弦に掛ける。
「ねぇ・・・・」
「忘れたか?」
力いっぱい引く。弓がミシミシと音を立ててしなる。
そして、
「狩人は」
放つ。
「獣を狩るから狩人と言うんだ」
ゴキン。
ゼロ距離での連射。
骨の砕ける鮮な音があたり響く。
何も無い部屋に、鮮やかな朱色の液体が流れる。それはまるで秋に川を流れる紅葉のようにゆっくりと、死の足跡を残しながら。




