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fate ・・・  作者: -彼方-
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狩猟日記 第9話

次の日。



学校が終わって、夕方。

私は昨日兄が言っていた、『あの場所』に向かっている。



その“あの場所”とは、私たちの住む団地から少し離れた、寂れた廃ビルの屋上だ。



兄は去年から、もらったチョコをここに隠している。


理由は、家にチョコを持ち帰ると、両親に全て食べられてしまい、兄曰く、せっかく作ってくれたものを自分がひとつも食べないのは、その人にとって失礼だ、とのこと。


それを2人で食べる。


幽かに吹く風に逆らいながら、兄が百均で買ってきたプラスチックの箱の傍まで歩いて行き、蓋を開ける。


中には、去年よりも若干多いくらいの、可愛らしく包装されたブツがあった。


「ふむふむ。大漁ですね」


「まぁ・・・」



と、謙虚な声が後ろから聞こえてきた。

振り返ると、バッグを肩にかけた兄の姿。



「あ、なんだ来てたんだ」


「さっき来たとこ。・・・とりあえず、食べようか」


「うん。そうだね」



こうして私は、おにいちゃんが貰って来たチョコを食べる。


そりゃあお兄ちゃんへって作られたチョコを食べるのはちょっとは気が引けるけど、形振り構ってられないくらい、私たちは貧乏だって、分かってくれる?



こうして、今日も飢えを凌ぐ。





あぁ。なんて、腹立たしい。




2月16日の土曜日。


バレンタインデーから2日が経過しました。


チョコはいい加減減ってきた模様。



明日で最後かな?なんて話をした今日はいつもと変わらず、ただほんの少しだけ、いつもより寒いだけで、何となしに嫌な感じとか、そんな予感めいたことは何もなかった。


またいつものような日が過ぎるのかと思っていた。



夕方。いつもの場所へ、私は1人で向かった。


午後5時にあの場所へ。が私たちの暗黙の了解になっていた。

と言っても、殆どの場合私のほうが早く来てる。


今日も屋上へ行くと兄の姿は無く、仕方がなく私は待つことにした。




1時間経過。いつも10分もすれば現れる兄はまだ来ない。


夕日で赤く照らされたコンクリートが、徐々に暗がりに塗れる。

それにつられて気温が徐々に下がってきた。


何してるんだろ。怪我でもしたのかな。

などと考えながらも、7時まで待っていたが、結局兄が現れることはなかった。



家に帰っても兄の姿は無かった。


お母さんに聞いても、「さぁ」と、さも興味なさげな返答。


どうしちゃったんだろう。と、さすがに心配になってきたが、どうすることもできないまま、次の日の朝を迎えた。





2月17日。日曜日。


日曜の朝ほど心地のいいものは無かった。


今日ほど居心地の悪い朝はない。



起きてすぐ、2段ベッドの上を覗いてみた。

しかし、そこは昨日の夜のまま。何の変化のないままだった。



両親に聞いても、さぁ。と、自分の子供なのに興味を示さない。


おかしいと思った。


しかし、思うだけで、どうしていいのかも分からず、私は早い時間からあの場所へと向かった。



1日中待った。


来るかも知れないと思い、願いながら待った。


しかしその日も、兄は姿を見せなかった。




2月18日。月曜日。


この日も兄は姿を見せなかった。

それ以外に、今日はとんでもないことがあった。




いつも通りの時間に学校へ着いた。


そして靴を脱いでいるときに、肩を叩かれた。



一瞬、兄の顔が脳裏をよぎり、はっと振り向いた。


すると、


「おはよう」


クラスの友達だった。


「あ・・・おはよう」


このとき、瞬間的に思った。


『お兄ちゃんのこと聞かれる』


この子はお兄ちゃんにチョコを渡した1人。

いつも一緒に登校してるのを知っているから、その兄がいないことを不審に思うはず。


しかし思いとは裏腹に、昨日のテレビでさ〜などと話始めた。


少し動揺しながらも、話を合わせる。



そして、教室に着いた。

教室へ入るなり、おはよ〜と友達数人と挨拶を交わす。




珍しく兄と一緒でない私を不審に思うだろうと、根拠のないままそんなことを思った。

しかし、話題は昨日のテレビの話になった。


そんなに面白いものがやっていただろうか。

テレビを見た記憶はあるけど、内容はまったくと言っていいほど覚えていない。



そして、さすがに今回は動揺を隠せずにいたらしく、友達の1人が言った。


「カナどうしたの?元気ないよ?」


それに合わせてか、回りも、確かにそうだよね。なんて言っている。

そうして、1人が気が付いたように、そういえば。と前置きし、こう言った。


「カナ、ヘアピン忘れてない?」


「あ・・・」


そういえば、朝ぼーっとしててつけ忘れていた。


「まさか失くしたの?」


「あれ大事にしてたもんね〜。だから元気ないのかぁ」



そんな勝手な解釈で話は再びテレビに移った。




昼休み。


私は一番仲の良い友達に、兄のことについて話してみることにした。



「ねぇねぇ。あのさ」


「うん。何?」



私を周りを見て、人がいないことを確認してから、軽く息を吸い込んで話し始めた。



「あのさ、お兄ちゃんなんだけどさ」



最後の方は少し声が小さくなってしまっていた。


兄がいなくなったことを、この子なら相談に乗ってくれると思った。


だけど、返って来た言葉によって一瞬頭が真っ白になった。



「え?カナってお兄ちゃんいたの?」



まるでハンマーで殴られたような衝撃に、気絶しそうなくらい頭がハッキリしない。



「前に一人っ子だって言ってなかったっけ?」



そんな言葉に、いや、なんでもない。ごめん。としか言いようが無く、その日はそれ以降誰とも口をきくことがなかった。



不可解なことが多すぎる。


それだけで脳は支配されている。



友達に言われたことだけではない。


家に帰ってみると、兄の所有物が全てキレイに無くなっていた。


2段ベッドの上段は取り外され、勉強机も無い。

よく読んでいたマンガも。兄が使っていた歯ブラシも。一緒にやったテレビゲーム機類も無くなっていた。





この家には、“涼夜耕輔がいた痕跡が何一つ残っていない”のだ。





何事かと問われても、今の私には何も答えられない。



と、珍しく出かけていたらしい母が帰って来た。


そして、家の状況。兄はどこかと聞いてみた。

頬には涙がつたい、声は震えながらでうまく話せなかったが、とにかく聞いてみた。


「・・・・お兄ちゃんは、どこ・・?」



するは母は、思いもよらない答えが返えした。



「お兄ちゃんて、あんた一人っ子でしょ?」



私は次の日、学校を休んだ。

その次の日も。また次の日も。


以来、私は滅多に部屋から出ることはなくなった。

何故だかは、イマイチよく分かっていない自分がいた。


兄がいなくなった。というより、最初からいないかのようだ。

世界から涼夜耕輔という1人の人間が、記憶から末梢されたみたいに。



ただ、この言葉もあながち間違ってもいないように思える自分が腹立たしい。



とめどなく溢れる涙を止める術は、私には無かった。



そうして、学校に行かなくなって1ヶ月。


机にぼーっと座っている時である。

無意識に机の引き出しを開けた。


別に何かを探していたとか、特に目的も無く、何となく引出しを引いた。


その時、黒く細い物が目に入った。


「・・・これ」


あの日、兄が消えた日に無くしたヘアピンだった。



それから、また涙が溢れた。

嫌になるくらいに。




そんなとき、ふと思い出した。



「あの場所は・・・?」



私は家から飛び出した。


そうして、最近毎日通っていたあの場所へと向かった。


涙なんか構ってられない。



無我夢中で走った。

そうしてたどり着いた場所は、バレンタインで貰ったチョコを隠す例の場所。


屋上の扉を開ける。


そうして、プラスチックの箱が置いてあるはずのところに目をやると、






「・・・あった」




叩けば壊れそうなほどにまで廃れたプラスチックが、そこにはあった。



私は、そこでようやく確信が持てた。


兄は確かに存在した。

嘘でも幻覚でも、私の脳が勝手に作り上げた物でも何でもなく、1人の人間が存在したことを、それはハッキリと示していた。


すると、次に浮かんできたのは疑問だった。



まるで私のまわりの世界は、兄が元からいなかったかのように作りかえられているみたいだ。


母の言葉や、家具なんかはどうにでも出来るが、友人の方はどうだろうか。

あんなに仲の良かった友達が、そんな嘘をつくだろうか。



本日何度目かの目眩に襲われるのと同時に、コツ、コツという足音が聞こえてきた。



それは優しくて、軽やかで、風のようだった。


心地の良いリズムを刻む足音。


不思議と驚かなかった。


元から来ることが分かっていたかのように。


ただ、それは残酷な仕打ちで。


最も幸福な時間が始まる予感がしていた。




振り向くと、そこにいたのは兄ではなかった。



「君、名前は?」


とても優しい声に感じた。


「カナ・・・」



なんだか、不思議。


その人は微笑んだ。



そのまま、どのくらい時間が過ぎたか、私に図る術はなかった。




そうしてその人は、ゆっくりと、全てを話てくれた。




ありとあらゆる疑問を取り払ってくれた。







全てが、私の敵に見えた。


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