35歳の春
開いてくれたことに感謝です!
是非!読んで見てください!
「お先に失礼します」
「あぁ。お疲れ」
会社を出て駅のホームへと向かう。
信号待ちをしているとショーウィンドウのガラスに映った自分と目が合う。けれど、すぐに目を逸らした。学生時代なら自分の容姿をチェックしていたかもしれないが、35歳になった俺には自分の容姿なんてガラスを見なくたって検討がつく。
グレーのスーツを着て、ネクタイは少し緩まり、疲れた表情をしているだろう。周囲にこんな人達は沢山いるが俺もその内の一人にすぎない。
俺の目の前でスマホを弄っている金髪の男子高校生も、恋愛相談をしているであろう女子高生もいつしかこの周囲の一人になるのだろうかと思うと少し哀れみの目でみてしまう。これが35年を生きてきた大人の余裕というものなのか、スマホを弄って楽しそうに学生生活を送っているであろうという想像からくる嫉妬なのかはわからない。
学生時代にはスマホなんてものは存在していなかったし、家庭でパソコンを持っている人なんていなかった。
正直言ってこういう技術の進歩については羨ましく思う。
この時代の技術が学生時代にあったらどんなに楽しかっただろうか。
休み時代に友達と一緒にゲームで盛り上がったり、ネットで遠くの友人を作ったり、面白い事があれば動画を撮ってネットにあげたり、将来やりたい仕事だって明確に持てたかもしれない。
俺は思わずショーウィンドウに映った自分の姿を見た。
この格好はなんだ。
この体系はなんだ。
この表情はなんだ。
すべてこの時代が悪い。俺の時代に文明が発達してくれさえすれば、今頃もっと稼ぎがよくて女性にもモテる楽しい世界が待っていたに違いない。
「ちょっと、おじさんっ! 信号青だから進んでくれる? 邪魔なんだけど」
「す、すみません」
慌てて道を譲り、注意してきた女性に頭を下げた。
おじさん……か、本当に今の自分が情けなく思う。
「あ、あのー……」
頭をあげると眉毛を八の字にし、いかにも心配した目で見ている綺麗な女性が立っていた。
「俯いてましたけど、体調が悪いんですか? よかったらコレを使ってください」
「あ、ありがとうございます」
差し出されたポケットティッシュを受け取った。こんな見ず知らずの冴えないおっさんに新品のポケットティッシュをくれるなんて優しい女性なのだろう。
「では、お気をつけて」
「本当にありがとうございました」
親切な女性は先ほど見ていたショーウィンドウのビルに入っていった。
自分がもっと若くてイケメンだったら、これをきっかけに食事にでも誘えたのにな……。今の俺には、女性の後姿を見てこんな感情を抱くだけが精一杯。その悔しさが自然と手に伝わる。
ん……? 握ったポケットティッシュに硬いカードのようなものが入っているのに気が付いた。
『過去に戻りたいと思ったことはありませんか? モニターとしてご参加いただけるかたは、こちらのカードが入館証となりますのでお忘れなくお持ちください。〇〇社〇〇ビルの19階』
あれ? このカードに記載されているビルはポケットティッシュをくれた女性が入っていったビルだ。
ふと先ほど恋愛相談をしていた女子高生の言葉を思いだした。
『チャンスなんて自分から作ったほうが簡単じゃん。チャンスを待つなんて行為は、マジでモテる奴じゃないとこないって』
35歳の俺だって自分からチャンスを作り出すことは可能だ。彼女がいない35歳になれば失うものもなにもない。たとえ成功しなくても傷ついて立ち直るぐらいの強さは持っている。
俺は彼女が入っていったビルへ入っていった。
エレベーターに乗り19階のボタンを押す。どうやら19階が最上階のようだ。
各階が順番に点灯していくのを見つめながら、頭では彼女とどうやって接するかを考えていた。
どうやって携帯の番号を聞くべきか。食事は番号交換の後の方がいいのか。いや、それよりもまずは自分の名前を名乗ってからにしないと相手も不振がるだろう。などと妄想を膨らませていたら目的の19階に着いた。
エレベーターを降り、真正面に位置する扉にはカードに書かれていた社名が貼られていた。
仕事で他の会社に行く事があるので知らない会社の扉を開けるのには慣れているはずだが、少し手のひらに汗をかいている。
俺はスーツのズボンで手のひらの汗をぬぐい、少し深呼吸をしてからドアノブを回した。
扉を開けた先には誰もおらず、部屋の中央には小さなテーブルがあり『ご用件がある方は内線1番を押してください』と書かれたプレートと電話が置かれていた。あとは部屋の左右と正面の三箇所に扉があるだけの殺風景な部屋。
とりあえず電話をとりプレートに書かれた通り1番を押した。
二回目のコールで受付の女性が出る。
「はい。〇〇社でございます」
「あの、ティッシュの裏にカードが入って……」
俺が言い終わる前に受付の女性が察したようだった。
「モニターの方ですね。本日はありがとうございます。では、正面の扉にカードをスキャンする場所がございますので、お持ちのカードをスキャンして中にお入りください。中に入られましたら椅子がございますので担当のものが伺うまでお掛けになってお待ちください」
「はい。わかりました」
受話器を置き、言われるがままにカードをスキャンして正面の扉を開けて中に入った。
部屋の中は壁側に机とパソコンが置かれていて、中央にはテレビで見たことのあるアスリートが使用するような酸素カプセルと、そのカプセルの横に一人用の椅子が設置されていた。
エアコンが効きすぎているせいか部屋の中はとても寒く、一気に汗が引いて寒気を感じるほどだった。この寒気が俺を現実へと引き戻す。あわよくば先ほどの女性に会えるかもという期待でビルに入ったものの、よくよく考えてみれば、こんな怪しい宣伝文句に釣られて名前も知らない会社に一人で入るなんて軽率な判断だったかもしれない。
自分が入ってきた扉からピッという音が聞こえ、ドアノブが回る音がはっきりと聞こえてきた。
「いらっしゃいま……あ」
「あっ!」
入ってきた人は先ほどポケットティッシュをくれた女性だった。
「あれ? どうしてここに?」
彼女の言葉と表情からして、このカードをあえて俺に渡したのではないと悟った。
「いただいたポケットティッシュにこのカードが入っていて……」
「す、すみません! 私ったら鞄にしまった時になんらかの拍子でポケットティッシュにはさまってしまったみたいで……」
「いえいえ、そんなに謝らなくても。というか、もしかして他の人に渡す予定だったものを間違えて俺に渡してしまったんですか? でしたらすぐにお返しして帰ります」
俺は持っていたカードを彼女に差し出した。
「全然大丈夫です! 確かに間違えて渡してしまったんですが、渡す予定だった企業の方が不在でしたので本日の予約に空きが出来てしまってるんで大丈夫です。それに……これも何かの縁だと思いますし……」
「そ、そうですね。せっかくの縁なので試してみたと思います」
彼女は自分が言った発言が照れくさかったのか、耳を少し赤くしながらパソコンが置いてある机に座った。
「では、そちらのカプセルに入ってください。中にはスピーカーとマイクが内臓されているので、以後の会話はそちらからお願いします」
言われたとおりにカプセルの中に入ると、部屋の空気とは違いなんだか心地よい空気が全身を覆っている感じがした。
耳元からプツッというマイクが入る際の特有の音が聞こえたあとに彼女の声が聞こえる。
「何年前に戻りたいという希望はありますか?」
そういえば、この会社には過去に戻るモニターとして迎えてくれたのだということを忘れていた。
「特に希望はないので……えーっとお名前は?」
「すみません。担当なのにまだ名乗っていなかったですね。私は立花美香と申します」
立花美香。俺が高校生の頃に好きだった女性の名前だ。そういば彼女の面影があるようにも見える。これもなにかの縁なのかな。
「立花さんにお任せする形でもいいですか?」
「別に構いませんが、一回しか経験できないのに私に任せてもいいんですか?」
「大丈夫です。あの……もしよろしければ、この後一緒にお食事でもいかがですか?」
「お誘い嬉しいですし、私も行きたい気持ちがあるんですが……」
スピーカーごしでも彼女の気まずそうにしているのが伝わってくる。いい子だから俺を傷つけないようにと言葉を選んでるんだな。ここは男として自分から引くべきだろう。
「出会ったばかりの人に誘われても困りますよね? すみません。忘れてください」
「いえ、そういう意味ではなくて……戻ったらもう一度言ってください。ごめんなさい」
今ではなくてもう一度とはどういう意味を聞こうとしたが、言葉を発することもできず意識が次第に遠くなっていった。
「先生! こいつの意識戻ったみたいですよ!」
「本当かっ! 他の先生方も呼んでこい!」
雑音が耳に突き刺さる。
「ここは?」
「無理にしゃべるな。ここがわからないのか?」
目の前にいる男性に頷いた。
「ここは都内の病院だ。そして俺はお前が在籍している<1年1組>担任の佐藤だ。お前ら"未来体験学習"の時に20歳未来コースじゃなくて35歳未来コースに設定したせいで、みんなより戻ってくるのが遅かったんだよ。二人とも戻ってこないからみんな心配してたぞ」
「ふ……たり?」
「もう一人も同じクラスの立花美香だ。あいつもお前と同じように35歳未来コースにしたせいで戻りが遅かったんだ。と言ってもお前より少し早くこっちに戻ってこれたみたいだけどな。ほら、横見てみろ」
担任と名乗る男が見つめる先にはベッドがもう一つあり、立花美香が横になりながら心配そうな目でこちらを見ていた。
「おかえり」
「ただいま……でいいのか?」
「それよりも、何か私に言うことないの?」
「えっ?」
「戻ったらもう一度言ってってお願いしたのになー」
「お、お食事でも一緒にいかが……ですか?」
「うん。いいよ」
ありがとうございました。
他にも作品があるますので、もし宜しければ読んでみてください。