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蒼空とリウ  作者: 流源太
8/13

吉松逃亡

蒼空とリウが江戸の町にタイムスリップして二日目の朝が来た。

今夜の六時三九分までにタイムマシンに戻らなければならない。もしタイムマシンにたどり着かなければ、蒼空とリウはこの江戸の町に取り残され、タイムマシンだけが20X7年に戻ってしまう。

 久三はおとついの夜、清次郎を幽霊屋敷から救出する際に捕らえ、奉行所へ連れて行った。今頃は厳しく取り調べられているだろう。しかし、吉松はそのとき、蒼空を突き飛ばし足速く逃げて行った。

 源内と清次郎の二人は手をつないでにこにこしながら起きてきた。

源内は蒼空と目が合うとすっと真顔になり、

「偽エレキテルが売られたままでは第二、第三の被害者がどんな形で出てくるかわからない。偽エレキテルを駆逐しなければ、事件の根本的な解決にはならん」

「そうよねえ、わたしのせいで……」

清次郎も弱々しく言い俯いた。

「そんなわけで、蒼空殿。逃げた吉松を捕まえてくださらんか。蒼空殿なら妖術で(とら)えることができよう。頼む」

源内は強張った顔を蒼空に向け、小さく頭を下げた。

「えー、またですかー……」

蒼空は戸惑っていた。逃げ足の速い吉松をそんな簡単に捕まえることができるとは思えない。それも六時までにだ。

 ――時間はまだあります。蒼空さん、やりましょう。

リウはやけに乗り気だ。

「わたしに酷いことをした吉松を()らしめてちょうだい。お願いします」 

蒼空の心配をよそに清次郎も手を合わせた。

「う~ん。わかりました。できるだけのことはやってみますけど……」

 ――僕も一緒だから、大丈夫です!

「そんな勝手なこと言わないで。こっちは大変なんだから」

蒼空はつい声を荒げてしまった。

「そんなに怒らないで、わたしも精いっぱい協力するから」

清次郎は再び手を合わせ、頭を下げた。

「いや、その、清次郎さんじゃなくて……」

 蒼空はしどろもどろになった。

 拙者も協力する、と源内は言ったが、どこまで本心だかわからない。どうせ今回もすぐに引っ込んでしまうにちがいない。

不安だらけだったが、こういうのを乗り掛かった船、いや、乗り掛かったタイムマシンって言うのかしら、蒼空はやれるところまでやってみようと自分自身に言い聞かせた。

「清次郎さん。吉松はどこにいると思いますか」

「じゃあ、やってくれるのね。うれしい。そうねぇ……、今ごろは……」

右の人差し指を頬にあて、ちょっと考えるように上目遣いになった。

「鍛冶町の久三の長屋に居ると思います。せっせと偽エレキテルを作っているかもしれません」

 清次郎は幽霊屋敷で監禁されている間に、吉松と久三のひそひそ話をしっかりと聞いていた。

「善兵衛はどうかしら」

「日本橋のお(たな)か、根岸の寮ではないかと」

「根岸の寮だと。そこで何をしている」

 源内は怪訝な目をして尋ねた。

「お甲を囲っています。以前は吉松の女だったのですが」

「吉松は女を寝取られたのか」

 それは愉快じゃと大口を開けて笑った。

 蒼空は清次郎の話を聞いておおよその事情を理解した。

「最初に久三の長屋に行きましょう。偽エレキテルの製造を少しでも早く辞めさせないと」

「そのとおりじゃ。よくぞ言ってくれた蒼空殿。拙者は足手まといにならぬよう、屋敷で待っておる。吉報を頼みますぞ」

そう言い残すと案の定、源内は奥の部屋へさっさと引っ込んでしまった。

「源内せんせ~い。行ってきま~す。蒼空さん、付いてきて」

清次郎は勇ましく声をかけ、大手を振って歩き始める。

 清次郎の背中が昨日より大きく見えるのは、気のせいだろうか。


蒼空たち三人は久三の住む伝助長屋にやって来た。扉の前に蒲鉾の板より少し大きめの真新しい看板が吊るされ、そこにはエレキテル作り(ます)、久三屋、と書かれていた。

 清次郎がそろりと扉を開け、こわごわ声をかけた。

「吉松……さん、居ますか」

「誰だー。いま忙しいんだ。後にしてくれ」

 奥からいかにも面倒くさそうなイラついた声が飛んできた。

「せいじろーよ~」

 精一杯大きな声を出したが語尾が震えている。

 吉松は清次郎と訊いて、奥の間から慌てて土間に出てきた。

「清次郎だと……。おい、久三はどうした」

 吉松は土間のたたき台から清次郎を睨みすえた。

「今頃は奉行所の牢屋の中で、取調べを受けているでしょうよ。ざまあみろ!」

と啖呵を切ったが、吉松の怒りの形相に恐れをなし、体は半歩後ずさった。

 久三が牢屋だと聞き、吉松はギクリとした。ここへ押しかけて来たのはエレキテルのことだなと勘づいた。

「それで、清次郎さんは俺に何の用だい」

吉松は動揺を隠すためか、今度は慇懃(いんぎん)に尋ねた。

「ここで偽エレキテルを作ってるでしょ。それをすぐにやめてちょうだい」

「だれがそんな話を……」

「吉松、あんたからよ。誤魔化してもダメだから。幽霊屋敷で、久三とのひそひそ話はみんな聞かせてもらったわ」

 清次郎は得意気な顔をして言った。

「なんだとぉー」

 予期せぬ展開に吉松は細い目を見開いた。

「それにわたしから無理やりエレキテルの図面を奪っておいて、返してよ!」

清次郎の甲高(かんだか)い声が裏返った。

「図面ならすぐに返してやるよ。今は職人のみんなが持ってるからよ。あれはもういらねぇ」

奥に行き、汚くボロボロになった図面を放り投げた。

「なにすんのよ。大切な図面を……」

清次郎は愛おしそうに拾い上げ丁寧にたたんだ。

「図面は(けえ)したんだ。これをもってさっさと長崎へ(けえ)るんだな」

それを見ていた蒼空がきらりと目を光らせ詰問した。

「図面を模写したということですか」

「おめえはこの前の変な術を使う小娘だな」

 吉松は小さく身構えた。

「そうよ。あの術にかかりたくなければ模写したすべての図面と、模倣したエレキテルをここに出しなさい。作りかけのものもすべてを没収します」

 蒼空は真っすぐに吉松を見据え、言い渡した。

「いきなり押しかけてきて、でかい顔して何を言い出すかと思ったら、こっちにはこっちの事情ってもんがあんだよ」

 吉松は肩を怒らせ威嚇したが、

「このケースではあなたの事情は考慮されません」

 蒼空は冷静にきっぱりと宣言した。

「何を訳のわかんねぇことをしゃべくってるんだ。阿蘭陀屋からの注文もあるんだよ。そんなことはできねぇ」

 吉松はほとほと呆れるように横を向いた。

「阿蘭陀屋さんにはこのあと行きます。模倣エレキテルのすべてを出しなさい」

「清次郎! この女を何とかしろ。第一(でーいち)、おめえは俺たちの仲間だろうが」

「なに言ってるの、仲間だなんて思ったことは一度もないわよ。勝手なこと言わないで!」

清次郎はカッとなり、一歩前に踏み出した。

「なんだとう、このオカマ野郎」

と、叫びながら吉松は(たい)を翻し清次郎に襲いかかった。

「吉松! 清次郎さんに手……」

蒼空が止めようとしたがすでに遅く、清次郎は吉松のパンチを顎に食らい、二度目のダウンを喫した。

「そこの姉ちゃんもこれで少しはわかっただろ。清次郎のような目にあいたくなければ、この男を連れてさっさと(けえ)るんだな」

 蒼空は清次郎のことが気になったが、勇気を振り絞り、

「もう一度言います。模写したすべての図面と、模倣したエレキテルをここに出しなさい」

「それをおめえ一人でやろうってぇのか? そんなことできる訳ねぇだろうが」

「一人じゃあ、あり……」

「あり、がどうした」

「何でも、あり、ません」

「もういい加減にしろよ。俺様の堪忍袋の緒が切れる前に、清次郎を起こして早く出ていけ」

「そうはいきません」

 強がった蒼空だったが、

「わかんねぇ、女だな。ならこうしてやる」

と手を振り上げ一歩前に出たとき、吉松に術がかかった。両手を上げて後ろにそり気味の阿波踊りを始めた。

「ひぇ~。なっ、なんだーこれは」

 その隙に蒼空は清次郎を助け起こした。

「清次郎さん。しっかりして」

抱き起こし、肩を強く揺り動かした。

「う~ん」

清次郎は薄眼を開けた。

「イテテテテ」

顎に手をやり、立ち上がった。吉松の阿波踊りを見て、

「蒼空さん。また術を使ったのね。すごいわ」

 そう言って、吉松によたよた近づき張り手を喰らわそうとした。それを予期していたのか、吉松は咄嗟(とっさ)(たい)を入れ替えた。それと同時にリウの羽交い絞めが外れ、清次郎の平手は空を切った。

 吉松は蒼空と清次郎の二人の僅かな合間をぬって逃げ足速く、開け放たれた扉から外へ逃げ出して行った。

「待ちなさい!」

蒼空は振り返り扉に向かって叫んだが、吉松が戻るはずもなく、たちまち姿が見えなくなった。

 ――またもや逃がしてしまった。まったく、逃げ足の速いすばしっこい奴だ。

 リウは悔しそうに地団駄を踏んだ。

 蒼空は清次郎に言った。

「逃げた吉松は仕方がないから、とにかく、ここの偽エレキテルを処分しましょう」

「そっ、そうね」

 清次郎は気を取り直し、奥で様子を窺っていた若い職人に声を掛けた。

「ここにある図面と偽エレキテルのすべてを出しなさい。作りかけの物もすべてよ」

 若い職人は、図面二枚と二台の偽の完成品と七台の作りかけを出してきた。

 清次郎はこの若い職人に名前を訊くと、自分は竹二(たけじ)と名乗り、奥で隠れているのが(さん)()だと言った。

 竹二は一四、五歳だろうか、ニキビが左の頬に一つ、右に二つある。三太は十歳くらいだろう。のそのそ出てきて竹二の後ろに隠れた。

清次郎は懐にしまってあった元の図面と、竹二が持ち出してきた二枚の図面を見比べた。蒼空も清次郎の肩越しに眺めた。

「清次郎さん。これよく書けてるわね。本物と同じだね」

 清次郎は、うんと頷き、模写図面二枚と本物を懐にしまった。

「竹二さんと言ったわね、作りかけの七台も含めこの九台がここにあるすべてだね」

清次郎は無理やりこわい顔を作り、念を押した。

「そうだけど……。あんたたち、これをどうすんだい」

竹二は三太を後ろ手に庇いながら突然やって来た見知らぬ二人に強ぶった。

 蒼空は竹二を真っすぐ見つめ、諭すように言った。

「このエレキテルは、源内先生が考案したもので、さっきの汚くなった図面は源内先生が書いた元々の図面なの」

「これがそうよ」

清次郎は折りたたんでいた図面を懐から出し、床に広げた。ボロボロにはなっていたが図面の左下に源内作の署名がはっきりと読み取れた。

「この図面を吉松さんが盗んで模写したのよ」

清次郎は元の図面の横に模写した二枚の図面を広げた。

「どう、同じでしょう」

竹二と三太は元の図面と模写図面を見比べ顔を見合わせ頷いた。

「竹二さんや三太さんは何も知らなかったのでしょうけど、この図面を使って、エレキテルの偽物作りを手伝わされていたのよ」

「じゃあ、おいらたち、悪いことをしたの。お役人に捕まっちゃうの」

竹二の顔から血の気が引き、三太は小刻みに震えだした。

「そんなことにはならないと思うけど……。ところで、これまでに偽エレキテルを何台作ったの」

 竹二は部屋の奥に行き、作成台帳を取りだし帳面をめくりながら戻って来た。

「えーっと、全部で二二台だけど……」

「その二二台はどうしたの」

「阿蘭陀屋の番頭さんが十日に一度取りに来ます」

「何という番頭さんだい」

清次郎が訊いた。

「確か、きすけって呼ばれてたように思います」

竹二の後ろで三太も何度も頷いていた。

「やはり善兵衛も一枚噛んでいたのね。蒼空さん、これからどうすればいい」

 清次郎は蒼空の顔を覗きこんだ。

「そうね……」と少し考え、「清次郎さんとわたしは阿蘭陀屋に行きましょう」

「この偽エレキテルは……」

 蒼空は竹二と三太に言い聞かせるように命じた。

「二人はこの偽エレキテルを奉行所へ運んでちょうだい。それで、これまでのことを奉行所のお役人にちゃんと説明して。お役人さんも事情を知ったらきっと悪いようにはしないと思うから」

 竹二は、事情が呑み込めたようで、わかったと返事をした。竹二の後ろに隠れていた三太も竹二につられるように何度も首を縦に振っていた。

 清次郎を先頭に蒼空と透明人間のリウは偽エレキテル工房を後にした。

 ――いよいよ善兵衛のところですね。

リウはテレパシーで囁いた。

 ――そうね。これからが正念場よ。リウも後ろでちゃんと見張っててね。何が起きるかわからないから。

 ――まかして下さい。

リウは胸をドンと大きく叩いた。

「ねぇ、いま、何か音がしなかった。ドンといったような……」

清次郎は蒼空に振り向き尋ねた。

「うっ、いいえ。何も聞こえなかったけど……」

 蒼空は眼を遠くにやった。

「そうかしら……、蒼空さん何か隠してない」

清次郎はしきりに首を捻っている。

「いえ、何も」

蒼空は、こほんと空咳を一つした。


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